花を咲かせ、未来に繋ぐ [加筆修正中]   作:まんじゅう卍

59 / 94
第六話 秘密の重さ

 

「ハルヤ、またボーッとしてるけど大丈夫?」

 

「ん?ああ。悪い。最近特に酷いな」

 

 時は十二月も三週目。明日はクリスマスを迎えるからか街も何処か騒がしい。ただ、病院というのはその世間の騒がしさからも隔絶されており自然とぼーっとしてしまうのかもしれない。

 銀が奇跡的に生きて助かった事故からそれほどまで時間は経っておらず、検査云々の関係上で銀は入院を余儀なくされていた。頭を強く打ったというので心配であったがそれほどまで重傷でなくてよかった。

 俺が今日、ここに来たのはもう一つ理由があった。その理由は俺の背後でこちらを睨んでおり、俺は恐る恐る振り返る。

 

「それにしても、何で同じタイミングで事故に巻き込まれるんですか。風先輩」

 

「私としてはあんた達の会話を聞かされる方がよっぽど重大な事故よ。早く盛大に爆散してほしいわね」

 

 キーっ!と謎の奇声を発しそうなほど悔しそうな表情をしている風先輩を見て俺は若干顔が引き攣る。風先輩はどういうわけか銀と同じタイミングで事故に遭ったらしく、同じ病室に入院させられている。怪我の度合いは風先輩が一段階上のようだ。それでも無事ではあるようなので安心はしている。

 

「私だって樹の出るイベント行きたかったわよ。そして樹の晴れ姿を見たかったあああぁぁぁぁ……」

 段々と最後になるにつれて悲壮感が増していき、俺は下手に風先輩に声をかけられなくなってしまった。俺は少しでも慰めになるかと思い、思いつきで風先輩に言う。

 

「須美からビデオカメラ借りて撮ってきますから」

 

「………」

 

 突然無言になる風先輩に俺は戸惑いを隠せなかった。何か不味い事を言っただろうか。

 

「あんた、そんな風に気をつかえるのね」

 

 不安になって損した。絶対に撮らないでおこう。撮ったとしても見せないでおこうと俺は決意した。

 それから少しだけ雑談と今後の相談をしてから、また明日も来るとだけ伝えて俺は病院を後にした。

 

「さむ…」

 

 病院の外は既に暗く、この寒空の下を一人で歩くのは少し寂しい。街中はイルミネーションで飾り付けられ華やかであるのに対して俺の中のイルミネーションは一部、色を失っている。それが何の色であったのか全く思い出す事ができない。そもそも点灯すらしていなかったのではないかと錯覚してしまう程にはその感覚も薄れてきている。もう少しで本当に何もかもを忘れてしまうような気がしてそれは微妙に危うさを孕み、何処か恐ろしい。気晴らしも兼ねて商店街のあたりを歩いているとおもちゃ屋の方から話し声が聞こえて俺は足を止めそちらの方に視線を向ける。

 

「お父さん!お母さん!あれ欲しい!サンタさんくれるかな!」

 

「そうね。いい子にしてたら来てくれるかもしれないよ。ね、あなた」

 

「……そうだな」

 

 一見、不思議な構成をした家族だなと感じた。チグハグそうに見えはするが、糸はしっかりと結ばれその間柄はかなり良好のように見える。実際、家族は皆笑顔だった。無愛想に見える父親も僅かにではあるがその表情は緩んでいる。気づけばその家族はそのおもちゃ屋から離れ、仲睦まじく別の場所に向かって行っていた。

 

「俺も帰るか」

 

  言葉にできない不思議な感覚を胸に抱え、俺もその場から離れる。何故、俺はあの家族に目を奪われたのだろうか。きっとこれも一生理解することは出来ず、気づけば忘れ切ってしまうのだろう。

 

「それよりも今は別の事もあるし。そんな事考えてる暇もないわな」

 

  今、間違いなく俺が気にしなくてはならないのは友奈の動向だ。矛盾しているようだが俺は以前までは友奈の動向の違和感。それが何であるかを知っていたはずなのに、もう忘れてしまっている。それもつい先日のことだと言うのにだ。

 

「流石にこの歳で痴呆症は笑えねえよ」

 

  俺は明日か明後日に東郷家を訪れる旨を須美に送ってから前を向いて本格的に帰路へとついたのだった。

 

 次の日、病室に向かうと中には既に樹とサンタのコスプレをした須美、夏凛の姿があった。ただ樹は今日イベントなのではなかったか。

 

「なんで樹がいるんだ?」

 

「あはは。晴哉さんもお姉ちゃんと似たようなこと言うんですね。お姉ちゃんが怪我して寝てるのに私だけ楽しむ事なんてしたくありませんから」

 

  そう話す樹を風先輩は申し訳なさそうに見ている。少し無神経であったろうかと俺は反省した。樹はそういうタイプの人間であったと俺は未だに理解できていなかったらしい。

 俺は気を取り直して銀の隣に椅子を持って行き腰を下ろした。そして鞄の中を漁り袋を取り出した。突き刺さる視線に無視を決め込む。

 

「ほれ、クリスマスプレゼント」

 

「ありがとうハルヤ。あ、ごめん。アタシ何も用意してないや」

 

「そんな状態で何かしら選びに行ってたら逆に怖い」

 

 別に貰えるならとても嬉しいが身体が健康な方が個人的にはありがたい。今はその頭の包帯を早く外して欲しい。心配で仕方がない。

 

「というかハルヤ。なんで袋に神社の名前が書いてあるのさ」

 

 渡された袋に書いてある文字を見て不可解に思ったのか銀が首を傾げた。

 

「中を見ればわかる」

 

 今回は以前の誕生日プレゼントのように誰かに相談できるほど余裕もなかったので笑われる事を承知で思いついたものを買ってきたのだが、今の反応を見る限り間違いなく高評価は得られまい。というか中身自体が高評価を得るために設計されていない。それも当然だ。

 銀が小包から中身を取り出す。樹も風先輩も中身が気になっていたのか覗き込むように銀の手元を見ている。

 

「……お守り?」

「早く治るといいなあ。と思いまして」

 

「「「「ふっ!」」」」

 

 銀の向こう側で風先輩と樹が吹き出したのが見えたがそれも敢えて無視を決め込む。銀も必死に笑いを堪えていたがしまいには耐えられなかったのか吹き出し、盛大に笑う。ひとしきり笑い終わると目に浮かんだ涙を拭い俺の顔を見て再び笑った。プレゼントの中身は笑ってもいいが人の顔を見て笑うとはなんと失礼なやつなのだろうか。

 

「あはははははは!!笑いすぎてお腹痛い!!っくっふふ落ち着けアタシ…。…ふー…。アタシ、ハルヤのこういう所見てると『ああ、ちゃんと須美の兄貴だな』ってつくづく思うよ」

 

「当たり前だ。お兄ちゃん舐めんな」

 

 せめてもの抵抗に真剣な表情で銀に答える。むしろその態度すらも銀には面白かったらしくまた笑い転げている。

 

「晴哉。いいセンスしてると思うわよ」

 

 馬鹿にしたように笑いながら風先輩も俺に親指を立てる。部室に戻ってきたら何かしらのドッキリでも仕掛けてやろう。とびきり怖いやつを。

 

「兄さん、流石ね」

 

「褒められてる気がしないぞ。安心してくれ。本命は他に用意してあるからさ。っと、風先輩もどうぞ。さっき思いつきで買ったやつですけど」

 

 俺は別の袋から一冊の本を取り出した。その名も『うどんコンプリートガイド』。風先輩には是非ともこれを見ながら、病院の不味い料理に立ち向かって欲しいところである。

 

「あ、ありがとう。……これ見てどうしろってことよ!?」

 

「治ったら一緒にうどん食べに行きましょってことです」

 

 俺はサラッと嘘をついた。風先輩も特段悪い気もしなかったのか、特に何も言わずに早速その内容に目を通している。

 さて、クリスマス気分も良いが友奈の抱えている秘密を今一度暴かねばならない。とは言えそれも大体は既に察しはついている。記憶は曖昧になってしまったとはいえ、一度は知り得た情報。パズルは何とか完成に近づいている。後は確かな確証が欲しいところだった。 

 そんな事を考えていると病室の扉の向こうで何か物音がした。

 

「誰か来たのか?」

 

「友奈ちゃんじゃないかしら」

 

「確かに、友奈まだ来てないわね」

 

  扉が開きかける音がしたのは確かなのだがそれから人が入ってくる気配がない。単純に間違えただけか、はたまた自分達の勘違いか。俺は引かれるように扉へと向かう。

 ただ、ここで変な想像を勝手に働かせた風先輩が声を震わせながら扉を開けようとする俺を止めた。

 

「ちょっと晴哉。開けないでよ?」

 

「開けますけど」

 

 俺はなんの抵抗も覚えず扉を開ける。後ろから悲鳴が聞こえたがそんな悲鳴をあげるほどのものは外には存在していなかった。いや、自分の膝より下に人影を感じ恐る恐る見る。何か居た。

 

「うおおああああああああああああ!!!???ん、園子?」

 特に身長が高いわけでもない俺でもその位置は死角。膝より下の所でしゃがんで園子は何かを拾っていた。

 

「何やってんだここで」

 

 俺が声をかけても園子はこちらを振り向かない。視線は手に持っている押し花の栞に一点集中。それには俺も見覚えがあった。友奈が愛用している自製の栞だ。

 

「なあ、それって…」

 

 俺が再度声をかけると園子はようやくゆっくりこちらを見た。

 

「私、わかっちゃったかも。ねえ、ハルスケ。この後時間ある?」

 

 園子のその真剣な表情を見れば俺だって何が起きているのか大体の想像はつく。それ故に無言で俺は頷いたのだった。

 

  園子は銀と風先輩のお見舞いを簡単に済ませるとみんなに断って俺を引き連れ、近くの喫茶店に向かった。

 店内に入り、適当な席に腰掛けると園子はメニューも何も見ずに話を始めた。なんだか真っ先に飲み物とか頼もうとしていた俺が馬鹿みたいだ。

 

「みんなに話す前にハルスケと相談しておいた方がいいかと思って」

 

「友奈の事か?」

 

 園子は小さく頷いた。

 

「俺も明日、須美の家に行って友奈の相談をするつもりだったんだが…。ちょうどよかったと思うべきかな」

 

「お〜。やっぱりハルスケは頼りになるなあ。頼りになるから敵に回すと嫌なんだよね〜」

 

「お互い様だ。俺も二度とごめんだね」

 

  互いにしかわからない冗談を軽く言い合って小さく笑う。

 

「それで、ゆーゆーの事だけど。ハルスケはもうわかるんじゃないかな」

 

「期待が大きいなあ。一応友奈の最近の行動がおかしいのはわかってる」

 

「その原因は?」

 

「今答え合わせをしようとしてるところだ。園子は、あれが何かわかるのか?俺、以前はわかってたはずなんだけど昨日一昨日から急に頭の中が混乱仕切りで……」

 

 乱雑に散りばめられたピースは本当にあと少しで整えられて、形を浮かび上がらせるというのに本当に俺は欠陥品だと思わされる。

 

「また何かしらの制約かな〜?」

 

「制約に近いとは思う。まあ、多分俺がここで何かを思い出すととことん誰かにとっては都合が悪いんだろ。で、さっきの問いの答えは」

 

 改めて俺は園子に問う。園子の雰囲気からして全てわかっているのだろう。園子は一度目を瞑ると自分の考えを言い始めた。

 

「前、わっしーを助けに行ったよね。それは覚えてる?」

 

「ああ。それはな」

 

「続けるね。あの時わっしーは天の神への生贄として捧げられていた。そこをゆーゆーはわっしーを助けるために無理矢理引っ剥がしたの」

 

「そんなことしたのか。悪い。続けてくれ」

 

「奉火祭はわかるよね。人柱として天の神に生贄を差し出す儀式。わっしーは奉火祭で天の神に差し出された。その時、天の神はわっしーの身体に神樹からの妨害を遮るために2つの防御機能を作り出した」

 

「あのブラックホールと俺だけの侵入を阻んだあの結界か?」

 

「ブラックホールと結界は同じだと思ってもいいよ。結界は要するに外堀と内堀だよ。天の神はあろうことか、本丸にも罠を仕掛けた」

 

「……まさか、須美の身体に直接?」

 

「そう。天の神は生贄が奪われた時の対処法を取っていた。仮にわっしーが剥がされても、その剥がした本人に人柱の権限が移るように」

 

「と言うことは、まさか。いや、それなら辻褄も合う……」

 

「そう。もうわかったよね。ゆーゆーがわっしーから引き継いでしまったものは天の神の祟り。とてつもない呪いだね。その呪いは誰かにその内容を話した事によって発動する。実際、私たちは何度もそれを経験している。私が今わかるのはここまで。もう少し詳しく調べてみないとそれが確かな事なのかはわからないけど」

 

  園子が話した内容は自然と腑に落ちた。それと同時に覆いかぶさっていた蓋が簡単に外れたような気がした。

 

「ちなみにハルスケはわっしーの所に行って何する予定だったのかな」

 

「須美の家…というか東郷家って知っての通り友奈の家の隣だろ?何かわかるかと思ってな。カメラでも設置しておこうかと」

 

「なかなか際どい事するね〜。なんだかわっしーとハルスケ、互いに影響与えてていい関係だね〜」

 

  流石に後半は冗談のつもりで言ったのだが園子には本気のように聞こえたらしい。俺だって何かしら調査等々をするのならば常識の範疇で行うに決まってる。

 

「カメラは冗談だとして、俺は俺でやれる事はやってみるよ」

 

 それで何かが簡単に変わるとは思ってはない。ただ、きっかけになれればそれでいい。大事な話も終わって一段落したところでようやく園子はメニュー表に目を通す。

 

「折角だし何か飲もっか〜」

 

「そうだな。俺は……格好つけてコーヒーとかでも飲もうかな」

 

「おお〜。大人のハルスケみってみったい〜」

 

 園子の中での大人の基準はブラックコーヒーを飲めるかどうかにあるらしい。ちなみに生まれてこの方コーヒーに口をつけた回数なんて両手で数えられる程しかない。大人は何故あそこまで不味い飲み物を飲めるのか。

 結局俺はコーヒーとまでは行かないがこの味に近いものに慣れておくのも一興かと思い、カフェオレを注文し、園子も同じものを頼んだのだった。

 

「みのさんに怒られるかな〜」

 

「いや、大丈夫なはずだ。多分」

 

  銀ならちゃんと事情を説明すれば理解してくれるはずだ。俺はそう信じている。今後、銀になんと説明しようか悩みながら、ズボンのポケットに手を突っ込んで古い錆びれた髪留めを取り出し眺める。最近、これが俺の癖だった。癖にしてはあまりにも大袈裟な行動ではあるのだが。

 園子も俺がまた髪留めを取り出した事に気づき、話題もそちらに移る。

 

「その髪留め、また見てるね〜」

 

「ちょっと不思議な事だらけでな。この錆びた髪留めが俺が銀にあげたものであるのは勿論不思議なんだけど、こんなの拾った覚えがないんだよな。銀が事故にあった日に何故か持ってた」

 

  俺が手を広げてその錆びた髪留めを見せると園子も身を少し乗り出して髪留めを覗き込む。

 

「それで事故にあった日に気味が悪くて捨てようと思ったんだけど出来なかったんだ。それからこれ見てると少し落ち着く。なんでだろうな」

 

 というより俺もこの錆びた髪留めを手放したくないし、この髪留めも俺の手から手放されるのを避けてるように感じていた。それと同時に不思議と小さくではあるがこの髪留めを持ち歩いているだけで勇気を得られるような気がした。

 

「誰の持ち物なんだろうな。これ」

 

「それもいつか解決するといいね〜」

 

  会話が一段落すると頼んだ飲み物を店員さんが運んできてくれたので、俺と園子は話題をあれこれと変えながら会話に興じた。

 

 次の日、学校も休みということもあり俺は朝一番に須美の家を訪れていた。

 

「おはよう。兄さん」

 

「おはよう。須美。悪いな、朝早くから」

 

「兄さんがこんな朝早くから動くことなんてないから明日は雪でも降るかもしれないわね」

 

「昨日降ってたから事実上あの言葉は本当だと思うぞ」

 

玄関前で少し立ち話をしてから須美に案内される形で東郷家の敷居を跨ぐ。なんだかんだとここに来るのもかなりの回数を重ねている。その度にどうでもいい話で盛り上がったり、ちょっとした思い出話をしたりとしているが今回はそうもいかない。俺は須美に手土産を渡し、いつものように須美の部屋に通された後、適当な位置に座る。一度須美は台所に行くとお得意のぼた餅とお茶を持って戻ってきた。

 

「毎回わざわざありがとう。いただきます」

 

 俺はありがたく須美のぼた餅に手をつける。相変わらず甘さがいい感じで美味い。

 

「本当は友奈ちゃんの為に作ったんだけど最近食べてくれなくて」

 

「理由はどうあれ美味いし貰える物なら貰っておくよ」

 

「兄さんの持ってきてくれた最中(もなか)もなかなかね」

 

 須美は美味しそうに最中を頬張っている。ちなみにこの最中。大橋の家の方から送られてきた物で須美と食べろとのメモが入っており、都合もよかった為持ってきたというわけだ。俺も須美に習って口に含むが実際美味しい。ぼた餅と最中の甘さをお茶で喉の奥に流し込んでから俺は今日の本来の目的を須美に伝える。

 

「なあ、須美。須美から見て最近の友奈ってどんな感じだ?」

 

「友奈ちゃん?友奈ちゃんは可愛いと思うわ。それととても優しくて…ああ、語り出したら終わる気配がしないわ」

 

 突然恍惚な表情を浮かべたと思ったら次は頭を抱えて唸る須美を見て、友奈の影響は凄まじいのだなあ。と改めて感じさせられた。しかも俺は最近の事を書いているのに恐らく須美は出会った時からのことを全部話そうとしている。いくらなんでも盲目すぎないだろうか。

 

「いや、最近の様子だけでいいんだ。ここ一週間くらいの」

 

「簡潔に言えば友奈ちゃんらしくない。かしら」

 

 先程までの危ない雰囲気は形を顰め、突然真面目に話し始めるものだから俺とて大混乱。その辺りは置いておいて、やはりその辺りは須美も感じ取っていたらしい。というより実際、俺でもわかる程度なのだから須美が気づかないはずがない。

 

「それでだな。須美、お前カメラ好きだろ」

 

「ええ。友奈ちゃんの専用があるくらいには」

 

 胸を張って答える須美に俺は苦笑いを一瞬だけ浮かべた。流石というべきか何というべきか。

 

「どちらも好きなのは構わないけれど、まあ色々と気にかけてくれると助かる。写真の表情とかな」

 

  最後に「須美なら些細な変化もわかるだろ?」と若干の挑発も加えておく。効果は絶対だった。

 

「ちょうど風先輩の動画とかもおさめておきたかったし、構わないわ」

 

「助かる」

 

 とりあえずこれで少しは状況が好転すればいいのだが。何がともあれ手がかりがなければその可能性を確証には出来ない。友奈に関しては勇者部

の中で須美が最も知っている。そこに俺は賭けた。

 

「別に兄さんが言い出さなくても私、撮るつもりだったわよ」

 

「何を」

 

「友奈ちゃん」

 

「お、おう。流石須美」

 

 やっぱり、この義妹は本物かもしれない。俺は2個目のぼた餅を食べながら素直にそう思った。

 

 時は当たり前に何事もないかのように過ぎていく。時は気づけば大晦日。銀と風先輩は既に退院しており普通の生活に戻っており、冬休み前の部室内は相変わらずの賑わいを見せていた。銀は今年は家族と新年を迎えたいという事で大橋の方に戻っており、家に突然上がり込んでくることもなく、一人本を読みながら過ごしていた。

 

「こんなに静かなの久しぶりだな」

 

 最近特に部室内は賑やかだったし、自分の部屋も勇者部部員が何回か来ていたのでそれも相まってこの広すぎる自室が突然寂しいものに思えてきた。

 ここでも時間はあっという間に過ぎて、あと少しで神世紀も301年になりそうだと言う時に突然呼び鈴が鳴った。夜も更けているというのに誰がこんな時間に。と心の中で悪態をつきながら玄関の扉を開ける。俺はこの時後悔した。何故、インターホンのモニターを確認しなかったのかと。

 

「はいはい。どちら様、で……はい?」

 

 そこには仮面を被った大赦の職員が五人ほど立っていた。何が目的なのかは知らないがその仮面をつけたまま夜に外を出歩かないで欲しい。

 

「何用でうちに…」

 

「鷲尾晴哉様。貴方には来てもらいたい場所があります」

 

「えぇ……。それって拒否権は…」

 

「ありません」

 

 行かなくても構わない。という僅かな可能性に賭けたがキッパリと神官に断られてしまった。こんな時間から外に出るのも億劫だと言うのに強制となれば尚拒絶感は増す。ただ、何度断ろうと返ってくる返答は何も変わらないと言うことは理解していた。

 

「わかりましたよ。ついて行きます。場所は?」

 

「着けばわかります。それではこちらに」

 

 俺は逃げることすら諦めて、上にコートだけ羽織ってから神官と巫女に囲まれる形で車に乗せられ暗闇の中どこかに連れて行かれたのだった。

 

「結局大赦本部ねえ…」

 

 何故大晦日に大赦本部に来なければならないのか。正直言って苛立ちが止まらない。俺は神官に勧められる形で施設の奥に奥にと進んでいく。すると、少し開けた場所に出た。正面には垂れ幕が掛かっており、その中には人影が10個ほど存在していた。俺は一度案内してくれた神官の方を見る。神官が頷いたのを確認してから俺はその垂れ幕へと近づいた。

 

「何用で」

 

 膝を地につけて恭しく礼をするが言葉遣いだけはどうにもならなかったらしく粗暴なものとなってしまった。このような場所で感情の制御ができないのは、まだ子供な証拠なのだと痛感する。そんな事を考えていると垂れ幕が上がる音がして、目の前には10人の仮面を被った大赦中枢の者達の姿が映った。俺は無意識に一歩後退りする。中央に座っていた一人がゆっくりと立ち上がるとこちらに近づいてくる。見ればその人が高位の者であると一瞬で判別がついた。そして、何故か頭を俺に対し逆に相手側が恭しく下げたのだった。

 

「鷲尾晴哉様。いえ、時量師神様。神樹様をかつて構成していた貴方様だからこそお頼み申し上げたい。神樹様は徐々に力を失っております。貴方様が神樹様と共にあれば……」

 

「だから何でしょうか」

 

 嫌に癪に触る物言いに途中で話を遮る。人を侮辱するのも大概にして欲しい。確かに神樹が力尽きるのは今の人類にとっては死活問題なのは間違いない。この大赦のお偉いさんが言いたいこともわかる。実際問題、戻ればそれなりには回復はするだろう。戻れれば。

 

「御言葉ですが」

 

「何なりと。鷲尾晴哉様」

 

「俺ははもう戻れません。その資格がとうの昔に消えてますから」

 

 人になる事を望み、守るべき者を定め、一人の人を愛した。抽象的であるべき神がここまで一つの事に拘るなどあってはならない。イレギュラーもいい所だ。そんな存在、受け入れられるわけがない。それに、俺の代わりなど既にいる。それはあの300年前に起きた悲劇から続くものだ。本人も今更変わるなど言うまい。

 俺が断言して言い切ると少しの間、場に沈黙が広がった。俺の話の先を待っているのだろうが生憎これ以上言うことはない。今、この場にはきっと俺の父親もいるのだろう。一体、その目に俺はどのように映っているのだろうか。

 

「もういいでしょうか。折角のうどんが伸びてしまうので」

 

  踵を返し、その場を去ろうとした瞬間。先程まで恭しく礼をしていた神官の発した言葉に俺は彼らの正気を疑った。

 

「本気、なんですか?」

 

「我々にはもう時間がない。可能性があるのであればその一つの可能性に辿り着くため行動するのみ。貴方様も一つの手段でありましたが、このような事態であれば取るべき道はただ一つ」

 

「「「「「「「「「「神婚を成立させ、神樹様と共に生きるのみ」」」」」」」」」」

 

  十の仮面が一斉にこちらを向く。表情は隠れていて見えないが、俺は今この状況を述べるのに最も適切な言葉はこれだと感じた。

 

(この人たちは狂ってるーーーー)

 

 そう思わせるには、この人たちの信仰心の深さ、愚かさは十分であった。それよりも神婚とは何なのか。いや、漢字のままなのだろうがそれでも意味がわからない。ただ、今この時はこの場を離れた方がいいと言うのは本能で察した。これ以上この時点で深く踏み込みすぎるのは危険だ。

 

「……偉そうな物言いですが、人の良識の範疇であれば俺は貴方達に協力します。仮にこの事を俺が外部に漏らすと言う心配があるのであればこの後、存在を消す事をお勧めします。どうにも今の貴方たちはこれまで一貫してきた徹底的な秘密主義を崩しているように思える。まあ、分かりますよ。焦りますからね。色々と」

 

  俺は即座にこの場を後にした。今度こそ、俺を止める存在は何もない。それでも奥から暫く刺さり続ける視線は不快極まりなかった。

 

 何とも言えない気持ちを胸に抱えながら、俺は大橋に隣接している【英霊の碑】を訪れていた。この場に来た意味など特にない。時間も深夜で、あと少しで除夜の鐘が鳴り出す頃合いだろう。

 俺は以前、園子が「ここが銀のお墓である」と言った場所の前に立っている。結局、何故あんな事を園子が口走ったのかは園子自身も覚えておらず迷宮入りしているが。やはり何度見てもそこには何もなく、台座があるだけだ。俺はその台座に、しゃがんでズボンのポケットから以前より持ち歩いている謎の髪留めを添えた。

 

「またちゃんと思い出せたらここに来るよ」

 

  短く手を合わせてから立ち上がり、階段を登る。途中で振り返りたくなる衝動が起こり、足が止まりそうになる。もっと一緒にいたい。だけど、何も思い出せない俺にその資格はない。俺は自分の抱える女々しい気持ちを振り払う為に、必死に前だけを見続けた。

 

 

 

 大赦本部、中枢。今この場に鷲尾晴哉と入れ替わりで入ってくる一人の巫女がいた。巫女は垂れ幕の前まで行くと、正座をし、正面を見ないように恭しく頭を垂れた。

 

「鷲尾晴哉様はどのようなご決断を」

 

「人の良識の範疇であれば手を貸す。との事だ。今がどうであれ、元々、

神樹様を構成していたのは確か。我々如きが反意を示すのは不敬。それ故に元老院に話を即座に通し、鷲尾晴哉様の最後のお役目を与える事を決めた。この先、我々は結城友奈様の力を持って人類の生存を目指す。この長き神事を終わらせる為の神婚を成立させる為に彼には結城友奈様の護衛についてもらう。神婚の儀を邪魔する者を打ち払うために」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。