それでは長いですがお付き合いください。
新年というものはとてもおめでたいものである。それは遥か昔から今にまで変わることなく、しっかりと受け継がれている。多くの人が様々な過ごし方をしていることだろう。この限りなく貴重な休みを享受している者。神に対し、新しい一年の抱負を宣誓したりと想像の幅は広い。
勇者部は例にも漏れず、近くの神社に集合し初詣をしていた。二人を除いて。
『晴哉。アンタ、相当頭悪いでしょ』
電話越しに聞こえて来る夏凛の声は酷く残念な者を憐れんでいた。
「俺だって何で大橋の方から讃州の方まで歩いてるか聞きたいね」
大晦日の夜。言ってしまえば昨日だが、俺は大赦本部へ連行された後、大橋の麓の【英霊の碑】に向かった。そこまでは良かった。だが、俺はその先の事を考えていなかったのだ。無計画にも大赦の送っていくという申し出をその場の感情だけで断り、遂には気まずくなり鷲尾家には帰れずじまい。挙句の果てに取った選択肢が徒歩で帰宅するという暴挙。バスや電車を使えばいいものを途中から楽しくなってきておおよそ31キロメートルの道のりを七時間近くかけて歩いている。
『あと晴哉くんはどれくらいで着きそうなの?』
友奈の問いに地図や周りの状況を確認してから残りの時間を計算して伝えた。
「あと十分かな。駅も見えてきたし」
『それじゃあ私たち、甘酒飲みながら待ってるね。あ!銀ちゃんも先に来てるよ』
なるほど。銀は親にでも送ってもらったのだろう。ちゃんと賢かったみたいだ。それよりも友奈の声音は以前より少しマシになっただろうか。俺ごときにはどうも判別がつかない。
「とりあえず直ぐに行くよ」
『了解〜。待ってるね〜』
最後に園子の声が聞こえて通話は切れた。やはり何度考えても俺は馬鹿だったかもしれない。ここに来て急に俺は正気に戻ったのだった。
「で、何で酔った人が二人もいるんだ」
俺が神社に着くなり、目にしたものは甘酒を飲み、酔いが回っている風先輩と樹だった。
「酔ってなんかいませんよお!晴哉ぱいせん!あははははは」
「え、怖」
甘酒で酔っていることも怖いが樹の代わり具合が凄すぎて顔の引き攣りが止まらない。片や隣では樹と肩を組んで風先輩が「わだじの青春があぁぁぁぁぁぁ…」と泣いている。
「あれ本当に甘酒?」
俺が隣にいた夏凛に尋ねると夏凛も風先輩と樹の豹変ぶりに引きながら「そのはず」と答えた。気になるから俺も後で一口貰ってみよう。
「ねえ、須美。写真撮らない?こんな面白い画、これから中々無いと思うし」
「それもそうね。風先輩。樹ちゃん。みんなで写真撮るので集まってください」
銀の提案に須美は同意して、何処かに行ってしまいそうになっている風先輩と樹をその場に止めさせると、最近様々な様子を収めているカメラを三脚で固定する。
「わっしーとカメラのイメージって私の家で遊んだ時のイメージが強いな〜」
「銀を着せ替え人形にした時ね。あれから時間も経ってるしもう一度やってもいいかも」
「勘弁してください。須美サン。園子サン」
元大橋三人組で話している光景は見ていてとても微笑ましいものだった。それから、須美のカメラのセッティングが終わったのを確認してから各々カメラの枠内に入る。
「撮りますよー」
須美の掛け声と同時にタイマーが作動し、シャッターが切られる。
撮れた写真は精霊が飛び出してきたり、園子と銀が友奈と須美に抱きついたり、バランスを崩された夏凛がつまづいていたり、酔った犬吠埼姉妹が倒れ込んだりと情報量の何と多いことか。それでも、この一枚は各々、大切な思い出となったのだった。
1月5日。
友奈の様子は日に日におかしくなって行っていた。今まで以上にボーッと熱に浮かされたようにしている日が増えているように思える。そうと知りながらそれでも俺は、友奈にどう声を掛ければいいのかわからなかった。友奈が話せばその相手には不幸な事が降りかかる。そんな事、友奈が許せる筈がないのだから。せめて俺か勇者部の誰かが心の声を聞ける超能力でも持っていればよかった。このままでは本当に友奈は様々な物に押しつぶされてしまい、消えてしまうのではないか。そう思わせられるくらいにはその背中はあまりにも今、勇者部から遠ざかっている。
今日は園子の提案で讃州市の園子の一人暮らしの部屋に集まって園子自作の人生ゲームをしていた。園子はこの時を相当楽しみにしていたらしく、かなり前から準備をしていたらしい。樹がゲーム内で十万円当てると架空であると願いたいが、札束が本当に出てきたりしたので相当手が混んでいたと思われる。そして当の園子は獅子舞の被り物を被って風先輩に噛み付いている。風先輩に関してはあまりにも止まったマスが不遇すぎた。現実でも事故に遭って、ゲーム内でも事故に巻き込まれるとは…。正に人生だった。
「よーっし!次はアタシ!」
銀の番になり、銀は勢いよくサイコロを振る。出た目は五でマスを進める。マスの内容は『バーテックスに襲われた街を守りゲームをリタイア』。
「不謹慎すぎる!!」
あまりの内容についつい目を見張った。
(これ本当に園子が考えたのか!?第三者の何者かの手が加えられてるだろ!!)
「あー、アタシもうゲームオーバーか…」
銀の悲しみ方はあまりにもリアルすぎて、言葉が見つからない。あまりの結末に園子と須美は銀に抱きついた。常々、現実にならなくて良かったと思うばかりだ。
割りかし本気で泣いている園子と須美から視線をずらして風先輩に向き直る。頭には『10回休み』と書かれた鉢巻を巻いていて、マスの悲惨さがわかることこの上なかった。俺は風先輩の怪我の具合なども、ふと心配になり聞いてみた。
「本当に五日程度で退院できたんですね」
「私もびっくりよ。正月は一緒に初詣なんて出来ないと思ってたのに。怪我の度合いが予想よりかなり浅かったってのも大きかったみたいね」
もろトラックに撥ねられたと聞いたが、銀と同じタイミングで外に出てこられるとはよっぽどなのだろう。まあ、即退院できたのは喜ばしいことだ。
「友奈もありがとうね。数日間だったけど溜まってた依頼やっておいてくれて」
「あはは。何というか、何かしてないと落ち着かなくて」
妙な言い回しに風先輩は首を傾げたが特に気にするでもなく、風先輩は人生ゲームに目を移す。俺もそれにつられて盤面を見ると、夏凛がちょうどスタート地点まで戻った所だった。……この人生ゲーム、多分一生終わらないだろ。
その後、一度ゲームに区切りをつけた園子は部屋の奥からとんでもない代物を取り出してきたのだが、それは長くなりそうなので割愛させてもらう。物だけ簡単に紹介しておくと、三百年前の園子の祖先。乃木若葉が残したものであった。その名を『勇者御記』。内容は三百年前、バーテックスが初めて襲来してからの人類の激闘。初代勇者の足跡を記録したものだった。
それと何故か『勇者御記』と共に入っていた鍬。園子は切り札かもしれないと茶化していたが、かなり年季の入った物だったので脈々と自分達の知らないところで受け継がれてきたのだと考えると感慨深いものがあった。
俺は園子に断りを入れて、自分の目で御記の内容を全て確認したが、不知火幸斗の名前は何処にも存在しなかった。また、驚いたのは三百年前に高嶋友奈という少女がいたという事実。友奈という名前の由来が彼女にあるという事を想像するのは容易かった。それこそ、深い深い関わりを今でも持っていそうなものである。調べる事はまだまだ多そうだ。
1月11日。
今日は依頼で琴禅公園に来ていた。何でも猫が行方不明だそう。茂みの中などを覗き込んでみたりするがなかなか見つからない。樹が猫語で呼び出して見ても、呼び出されたのはカメラを構えた須美と園子だった。
「いたか?友奈」
「まだ見つからないや。何処にいるんだろうね」
さりげなく友奈の表情を伺ってみる。今日は少しマシだろうか。それでも苦しそうなのは変わらない。一歩踏み込んで聞いてみても帰って来る答えも変わりはしないのだろう。
「晴哉くんなら何処に隠れる?」
「俺なら二度見しないと見つからない場所に隠れるな。とか言ってたら見つけた。あそこだな」
「本当だ。どうして見つからなかったのかなあ」
不思議そうに首を傾げる友奈を横目に、俺が指を刺した方向には一匹の猫が警戒心丸出しでこちらを見ていた。
「おいでー。大丈夫。怖くないから」
友奈が猫に語りかける。友奈がこちらに引き寄せようと猫に手を伸ばす。だが、猫は「にゃっ!?」と謎に驚きの表情を浮かべた後、茂みの外に飛び出した。そこを俺が友奈の代わりに猫を受け止め持ち上げる。
「ほら、帰るぞ。広い世界を見たくなったお前の気持ちはわかるけどな」
猫の目を直視して語りかけるとようやく観念言ったのか、落ち着きを取り戻してくれた。
「おお!お手柄よ。友奈。晴哉」
風先輩からお褒めの言葉をいただいてから、俺は猫を風先輩の手元に移した。
「あげます。猫」
「いや、何で渡すのよ」
「折角だから写真でも撮ってもらえばいいかと思って」
「それでは先輩。記念に一枚」
慣れた手つきで須美がカメラを構える。パシャリというシャッター音がして切られたカメラの画面に写る勇者部は何ら今までと変わりがなかった。
1月16日。
それからまた数日後、この日は特に依頼などもなかった為に俺は友奈や夏凛よりも先に帰宅した。帰り際、友奈がずっとぼんやりと外を眺めていたので少しだけ声をかけると最近の常套句である「大丈夫だよ」が帰ってきたので、近くで友奈に話しかけるタイミングを測っていた夏凛に預けて
その場を後にした。
その夜、大赦と園子から得た天の神の情報を紙に図式化してまとめていると携帯が震えた。メールには須美から『今すぐ来てほしい』と短く書かれている。この同じタイミングで銀がお菓子の入った箱を持って家に入ってきた。銀には申し訳がないが今回は須美の方を優先すべきだと感じた。
「ハルヤー。さっき家からお菓子届いたんだけど一緒にどう?」
「悪い。ちょっと出かけるから今は無理だ」
「何かあったの?」
心配げに尋ねる銀に何と答えればいいか分からず、俺はまた「ごめん。すぐ戻る」とだけ伝えて家を飛び出した。
「ハルヤ、また何か企んでるのかな」
銀は椅子に座るともう一つ、自分の口にお菓子を放り込んだ。一人で食べるお菓子は自分が思っていた以上に味気がない物であった。
「何だこれは」
俺は東郷家に到着し、須美に中に入れてもらったのだが、部屋に入った瞬間プロジェクターによって壁に映し出されている物に驚愕した。
「いや、凄いな。お前」
「本当は友奈ちゃんの写真で部屋を埋め尽くしたかったのだけど」
「そこまで来ると流石に狂気だわ」
次に次にスクリーンに映し出される友奈の写真と動画。精霊である青坊主が従順にボタンをカチカチと押している姿も相まって瞬間のギャグ要素が強まっていた。
須美は何か納得いかなかったのか次は座って手元のパソコンを開く。俺はスクリーンを見ながら流し目でパソコンの画面も見る。やはり友奈初心者の俺には全てが同じに見えてしまう。
『あ。大吉だ。あはは。やったー』
これはつい先日の初詣の時のだろうか。確かにいつもと比べると弱々しい感じはするが…。
俺は少しでも何か変化がないかと次々に映し出される友奈を目を凝らして見ていると突然、パソコンを見ていたはずの須美が机をバン!と叩いた。
「何事!?」
「違う!大吉を引いたなら友奈ちゃんはもっと弾けるように喜ぶはず!なのに…。何故そんなに切ない顔をしているの?」
「す、須美?」
勢いに押され慄いている俺を無視して須美は立ち上がると勇者システムを取り出した。
「きっと私たちに言えない何かがあるんだわ。だったら」
「須美さん?あの、東郷さーん?何をなさるつもりで……。ぬぁぁぁあ!?」
須美は俺のことなど眼中にないのかすぐさま取り出した勇者システムを起動させ、俺の首根っこを引っ掴むと、一気に外に飛び出した。
「私が真相を確かめる!」
「その前に俺を離してくれ。指示通り動くから」
「あ、ごめんなさい。兄さん。私、つい」
ようやく須美の手の内から解放され、俺も自分の勇者システムを取り出し起動させる。その力を纏った瞬間、今までと少し違う感覚に囚われた。
「兄さんの勇者システムの見た目、少し変わった?」
「少しどころか、かなり変わった…と思う。色もデザインも…」
今の問題の筆頭は友奈であるはずなのに自分の装備が突然変化していることに不安を覚えずにはいられない。
色は以前は全体が赤黒かったものが左腕の袖だけが赤で徐々に黒に変化していっている。そしてデザインも今までは取るに足らない何の特徴もないものであったが突如、和に近いものとなり、丈の長い和服の羽織を少し改良したようなものを羽織っている。
「俺の格好なんぞどうでもいいや。須美、どうするつもりなんだ?」
「ベランダから友奈ちゃんの部屋に侵入を試みるわ」
「閉まってるだろ」
「そこら辺は大丈夫よ」
自身ありげに答える須美は先に跳躍し、友奈の家の屋根に着地すると器用にベランダに移った。俺も須美の背中を追いかけ、同じ容量でベランダに着地する。
すると須美は青坊主にハンドジェスチャーで指示を送っていた。
「今の何?」
小声で須美に問う。すぐに分かると須美が窓を指差す。同時にカチャリと音が小さくなって鍵が開いた音がした。
『中に侵入し、鍵を開けなさい』という指示だったようだ。精霊の動きが洗練されて過ぎていて様々な憶測が思い浮かぶ。
「やっぱりやり慣れてるだろ」
「えぇ」
須美はここにきて遂に白状した。「えぇ」の一言で済まされていいものか。兄として止めるべきないのか。と言う葛藤の間に精霊との見事な連携プレーを行った須美は僅かに開けられた隙間から侵入を試みる。ただ、一瞬だけ須美の動きが止まった。
「あ」
開けた所が狭すぎたのか須美の胸が窓に引っかかったようだ。須美が一瞬こちらを睨んだ気がしたので、俺は自分の身の保身のためにサッと目を逸らす。それと同時に見てませんと両手を上げた。
須美が完全に部屋に入った後、俺も音を立てないように中に侵入する。
部屋の電気が付けっぱなしだったので起きているのではないかと思ったが、友奈は時折苦しそうに身悶えしながら眠っていた。侵入に際し、自分の中にあった倫理観というものが徐々に壊れていっているような気がした。こんな形で友奈の部屋に入ることになろうとは。人生何が起こるかわからない。というか、何で須美は俺を連れてきた。
その理由は直ぐに理解できた。
「兄さん、精霊出せる?できたら、部屋の扉の前に配置してほしいわ」
「了解。出て来い。村正」
要するに監視の目が欲しかったのだろう。流石に親が入ってくる可能性もあるわけか。そりゃそうだよな。普通に考えて。
俺が村正を配置し終わる頃には須美は部屋を一通り見渡し終わっていた。須美は違和感に気がついたのか本棚に近づき、日本の歴史という本を取り出す。すると須美の動きが止まった。俺も須美の手元を覗き込み、息を呑んだ。須美が手に取ったのはただのカバーであり、中身の本は全くと言っていいほどの別物だった。
「勇者御記…。何でこんなものが」
須美が小さく呟く。『勇者御記』は少し前に園子の家で見たものしかないと思っていた為に驚きが隠せない。俺は他にも手がかりがないかと辺りを見渡して見るが、牛鬼ぐらいしかここ最近の友奈を詳しく知っている奴はいないだろう。牛鬼に関してはまともにコミュニケーションが取れるかどうか自体不明だ。俺は人形をずっと噛んでいる牛鬼に近づいて語りかけてみる。
「何か知らないか?お前。いや、食うな。この服は食べ物じゃないって」
こちらに飛んできたと思ったら口を開けて俺の髪を齧り始める牛鬼。正直、食べられて困りはするが大きな声を出すわけにもいかず身を任せる。
「とりあえず、借りていくか?これ」
俺が問うと、須美は頷いたのだった。俺も須美が頷いたのを確認してから村正を回収し、牛鬼の頭を軽く撫でてから須美と共に外に出た。
友奈の部屋から脱出し、東郷家の庭に着地すると同時に端末が震えた。勇者礼装を解除して相手を確認する。
「またかよ。こんな時に」
これから一度、東郷家に戻った後、友奈を除く勇者部にこの事を共有しようとしていた矢先にこれで何度目かわからない番号から通知が来ていた。
「悪い、須美。ちょっと大赦から呼び出された。銀に会えたら銀にも謝っておいてくれ」
「ちょっと、兄さんーーーー」
俺は須美の静止を無視して東郷家から離れ、全速力で走る。
「やっぱり既に大赦も知ってはいたか……!」
大赦が俺に伝えることは恐らく友奈関連だ。もっと何かできたはずだと、俺は御記の内容を思い返すだけで自分の不甲斐なさが嫌なった。
先程、御記の中身を少し覗いただけで既に友奈の身体は、心は限界を迎えていたのは容易に理解できた。御記の内容はあまりにも見るに耐えないものだった。御姿の説明から始まり、友達の代わりに呪いを被り、世界のバランスを何とか取り戻したこと。大赦は既に友奈の異変に気がついており、調べもついていると言うこと。外の炎の世界がある限り、友奈の身体は元に戻らないこと。そして、今年の春を迎えられないこと。
(あの日、違和感を感じた日に少しでも俺が友奈に踏み出しておけば!!俺は!またーーーー!!)
日を追うごとにその内容は見るだけでも苦しいものへと変化していく。
誰にも呪いを移さないよう、気をつける為に口数が次第に減っていったこと。猫を捜索した日だけは調子も良く、久しぶりに気分がよかったと言うこと。次第に頭がクラクラしてまともに会話という会話を上手くできなくなってきたこと。先日、喧嘩してしまった夏凛に謝りたいということ…。とても苦しい。体も痛い。心も痛い。もう、何もかもがぐちゃぐちゃになってしまいそう。それでも自分は勇者だからと。決して挫けないと必死に言い聞かせていた。
(誰かのために自分を犠牲に?そんなの俺が許せるわけないだろ!!)
走る。とにかく走る。どこに当たればいいのかわからない気持ちを抱えながら、その気持ちを振り払う為に全力で走る。今回も誰も悪くない。何もかもの条件が悪すぎただけだ。それ故にこの気持ちは何処に持っていけばいいんだ。自分が満開のことを抱えていた時とは別の、このどうしようもない気持ちはどうすればいいんだ。
俺はあの後、走り続け遂には途中から勇者礼装を身に纏い、あちらこちらを走り回ると言う奇行に及んだ後、ようやく気持ちが落ち着いた後に大赦へと辿り着いた。
遠くに赤い光が壁に向かって飛んでいったような気がしたが、気のせいだと信じたい。
大赦本部に入るといつものように数人の神官と巫女が控えており、恭しく頭を下げる。何度経験してもこればかりは慣れる気がしない。
「再三に及ぶお呼び出し、大変申し訳ありません。鷲尾晴哉様」
「いえ。あなた方が俺に気を使う必要はありません」
「勿体無いお言葉でございます。早速ではありますが、奥にてお待ちしている方々がお見えです。どうぞあちらへ」
以前とは違い、今回は誰も案内することがない。流石にここまでされればどんな話の内容なのかはわかる。
長い廊下を抜け、開けた場所に出る。こちらは以前のように一段高くなった場所に幕が降りており、その奥には十人ほどの影が並んでいた。
「遅くなりました。待たせてしまった事、お詫び申し上げます」
通知は要約すると「早く来い」だったのに対し、俺は一時間ほど遅れてこの場に来ている。流石に謝罪すべきだと感じ、両膝をついて身体を前に折り、手を地につけ、首を垂れた。
五秒ほど頭を下げた後、状態を起こし、正座をした状態で俺は幕の中の人物に用件を尋ねる。
「ご用件は」
少しの間が空き、幕の向こうから言葉が返ってくる。
「鷲尾晴哉様。貴方には結城友奈様の神婚の儀を無事、執り行う為に結城友奈様の護衛についていただきます。神樹様がそれを望んでおります」
「……貴方達の信仰心の為に心中させられるのは嫌なんですが」
「これは心中ではありません。人という種が生き残る為、神樹様と共に生きる。その素晴らしい世界の実現の為です」
それを信仰心と言うのではないか。この中枢部、相当頭が悪いらしい。
そこに自分の家族がいると言うことも信じたくない事ではあるが。俺は悩んだ末、あまり禍根は産みたくないと感じ、今回のお役目を引き受ける事にした。恐らく、これがどちらに転んだとしても最後のお役目だ。何かあった際、友奈の側に居られるだけでもかなり違う。大変都合がよろしい。
「わかりました。そのお役目、お引き受けいたします。結城友奈を身命を賭してお守りいたしましょう。ただ、最後に多いですけど2つお尋ねしてもよろしいでしょうか」
「可能な範囲であるならば」
「友奈はその神婚の儀については承諾したのですか」
「その点はご心配なく。結城友奈様は残された命を世界を救う為に使用すると今回の件、承諾してくださいました」
俺は思わず唇を噛んだ。神婚と言う儀式に乗り出すこと自体が驚きではあったが、それ以上に友奈が生きることを諦めてしまっていた事に悔しさが滲む。
「なら、あと一つ。貴方達は、人として生きる事を既に諦めてしまわれたのでしょうか」
頭を下げたまま、正面からの返答を待つ。場が数秒の間、息遣いも感じられないほどの静寂が満たされた。
そんな中、俺の質問に答えたのは聞き覚えのある声だった。
「ええ。我々は神樹様と共に…」
「そうですか。お答えしていただいてありがとうございます。失礼します」
願わくば、その答えに少しでも迷いがある事を祈るばかりだ。正直、神婚なんて不穏でふざけていそうな事、認めたくない。
自分をここまで育ててくれた人に背を向けて俺は暗い通路を戻る。迷いはない。迷いは…ない…。
大赦と世界の境界線を跨ごうとした時、俺は背後からの聞き馴染みのある声で止められた。
「晴哉様。少しお時間をよろしいですか」
「……俺なんかでよければ」
向けていた足を俺は再度大赦側に向ける。しばらくの沈黙の後、巫女が沈黙を破った。
「我々大赦は既に人として生きる道を諦めています。ですが、貴方の目は酷く挑戦的です。何か企んでいるのでしょう」
「企んでいるも何も、まだ可能性がある限り諦めたくないだけです」
「だから私はあなた方に賭けたい。私は……半分以上は既に諦めています。大赦の人間として生きると覚悟を決めた以上、貴方の賭けに乗ることはできません」
この人は俺が考えていることは既に想像済みらしかった。しかもそれが当たっていると言うのが心底怖い。
俺は込み上げる笑いを押し殺し、巫女に問う。その時、俺は無意識に左腕を強く握っていた。
「……先生は出来ると思いますか。俺たちに、天の神の打倒を」
「…………奇跡が起こらぬ限りは」
奇跡。良い言葉だ。今の俺が1番欲するものをこの人は容易に投げつけてくれる。そしてその言葉を装備すれば、俺は不思議と何でもできてしまう気がする。
目の前の巫女も人だ。だから間違える。だけど、間違えずに導いてくれた過去も沢山ある。その言葉に背を押されたことが幾度も。だから今回は俺がその言葉で諦め切っている目の前の巫女に手を伸ばす。
「ははっ。ですよね。俺もそう思います。だから、やってみる価値はあると思うんです。先生は言ってくれました。1+1+1を10にしろって。今はもう俺は1人じゃない。1%の可能性でも全員合わせれば10にでも20にでも出来ると信じてる」
「成長、しましたね」
「それに俺たち勇者部はやりますよ。友達1人を犠牲にするくらいなら、きっと神になどならず共に死ぬ事を選びますよ」
俺はニッと笑いながら仮面の巫女に威勢よく言い放ち、背を向けた。
家に戻ると玄関の前に座り込んでいる銀の姿があった。『勇者御記』を読んだのだろう。銀の反応こそ、自然なものであるように思う。
「大丈夫か?」
「そう見える?」
「全然。……ちょっと散歩しないか?」
「する」
ゆっくりと立ち上がった銀と共に階段を降りて、海岸に向かって歩く。暫くは無言であったが、橋を越えたあたりでようやく銀は口を開いた。
「ハルヤは知ってたのか?今回のこと」
「知ってたよ。確信を持ったのは今日だけどな。俺が最近、園子と一緒にいたのもそれが理由だ」
「……凄いね。ハルヤは。アタシなんて友奈の事を友達だ。なんて言っておきながらその変化に全く気が付かなかったのに」
銀は再び下を向いてしまう。
「話すべきだったか?」
「……園子が言ってた。今回の事は大赦もハルヤも園子も迂闊には話せなかったって。みんな、それで納得してた」
園子は言葉足らずな俺とは異なり、ちゃんと上手く説明したようだ。正直、あの場に行かなかったのは英断だったかもしれない。
知らない間に公園にたどり着いていた俺と銀は、手頃なベンチに腰掛けた。
「前もこんな感じのことしてたよね」
「喧嘩した日だな。何か今から俺がしようとしてる事もデジャブな気はするけども」
「…はい?」
銀が首を傾げた。そりゃそうだろう。会話に脈絡も何もなさすぎる。
「さっき大赦で個人的に最後のお役目が言い渡された」
「おおう。これまた唐突な。でも、隠し事されるよりましかも」
「だろ?お役目の内容は友奈を守ること。期間は友奈と神樹様が結婚するまでの間だ」
銀はポカーンとした表情を浮かべ、また首を傾げたあと、段々と内容が頭の中に入ってきたのか物凄い勢いで俺に詰め寄った。
「ちょいちょいちょい!待って待って!け、結婚!?友奈が!?しんじむぐ!!」
叫びそうになっている銀の口をすんでのところで抑える。仮に一般人が聞いていたらとんでもない騒ぎになる。それだけは避けたい。
「ぐ、ぐるしい。ハルヤ」
「あ、ごめん」
銀は苦しそうに何度も息を吸ったあと、ようやく元に戻ったのか俺を少しジト目で睨むと「続き」と不機嫌な声音で言う。俺は苦笑いでそれに反応を返すと続きを話し始める。
「俺も神婚の詳しい事は知らない。だから残された少ない時間で色々と調べたい。もしかしたらそんな事しなくても誰もが助かる方法が奇跡的に出てくるかもしれない。まあ、天文学的確立だろうけどな」
「その事は皆んなは知ってるの?」
「勝手な予想だけど、友奈が明日にでも説明すると思う。説明しなければ俺の口から言うだけだよ」
予想とは言ったが、友奈は必ず話す。何故か、今はそう断言できた。
「これまた身勝手な話だけど、神婚の事を調べる為に暫く学校は休むよ。勇者部に行くことも無いと思う。家にも戻らないかも。学校での友奈の様子は逐一園子から教えてもらう手筈になってる。次に会うのは…全部上手くいった時だな」
「ハルヤ、本気なの?」
俺が頷くと、銀は諦めに似た表情を浮かべた。予想していた通りの反応が返ってきて笑いそうになるのを堪える。銀は一度空を見上げたあと、少しこちらに寄った。
「銀?」
「少しだけ目、瞑ってて」
「へ?」
肩を掴まれ、言われるがままに目を瞑った次の瞬間。唇に自分のものではない柔らかい感触が押し付けられた。思わず目を開けると銀の顔が直ぐ近くにあり自分が今何をされているのかを理解した瞬間、茹だるくらいに顔が熱くなった。
「んっ…」
銀の吐息が聞こえ、どれだけそうしていたのかわからない。気づけば銀は全体の表情が見えるくらいには離れていた。当の銀も顔を赤らめている。
「恥ずかしいならやるなよ……」
「う、うるさい。それに、もう二度と会えない気がしたから…つい…」
銀は顔を俺から逸らして明後日の方向を向く。俺もそれに釣られて銀が見た反対の方向を向く。それでは埒が開かないので俺は銀の方に再び向き直った。
「大丈夫だよ。成せば大抵なんとかなるから。こんな形で自分達の物語を終わらされるのも癪だしね。ほんの数日の別れだからそんなに悲壮的になる必要もないさ」
「…うん。そうだね。ハルヤはなんだかんだ強いからきっと大丈夫だよな」
「ああ。負けそうになっても根性でどうにかしてみせるよ」
ようやく銀にも少しは笑う余裕が出てきたのか小さく微笑む。俺も銀に釣られて口角が上がった。
「帰ろうか」
「そうだね帰ろっか」
俺と銀は座っていたベンチから立ち上がる。何があろうとも俺には勝たなければならない理由ができた。人として、次に物語を進める為に。