花を咲かせ、未来に繋ぐ [加筆修正中]   作:まんじゅう卍

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第八話 天の神、襲来

 俺は神婚までの残り僅かな時間を使用して、できる範囲最大限の調査を行った。かつての神話にヒントがあるのではないかと、大赦に貯蔵してある神話を関連性の近いものから順に読み進めた。神代の頃、神婚というものが行われたとされる伝説を見つけはしたが、どれもヒントとするには程遠かった。収穫という収穫と言えば神代の頃に行われた神婚では、神は蛇の姿を模していたという事。これだけだ。

 

「何ともパッとしない情報だよね」

 

 他にも園子に連絡を取り、天の神とその祟りについても寝る間も惜しんで本格的に全てを調べ上げた。どちらかと言えば、こちらの方がはっきりとわかった。

 天の神は三百年前、人類の行いに怒り、バーテックスを送り込んでから一度たりともその姿を見せる事はなく、普段は高天原に鎮座しているとされている。そして、三百年前に人類は人として生きる代わりに許されているのに今回、人類は神婚という天の神から見れば最大の禁忌を犯そうとしている事。この神婚が天の神の逆鱗に触れる事はまず間違いないだろう。

 

「八方塞がりなのは誰も一緒か……。神殺しはやっぱりそう簡単にはいかないな」

 

 俺は大赦の資料保管庫で読んでいたものを棚に戻してから小さくため息をついた。きっと大赦も考えた末の結論が神婚という儀式なのだろう。今回ばかりは一概にも大赦は責められない。

 俺はこの場にいてもこれ以上は何も得るものはないだろうと感じ、資料保管庫を出た。

 

 

 

 携帯端末の時計を見る。時は1月18日。銀と別れてからまだ二日も経っていない。大赦内の廊下を歩いていると巫女が一人、こちらを見て立っていた。

 俺は巫女に対して頭を一度下げる。巫女も俺とは対照的な綺麗な礼をする。ただ、その落ち着き払った態度とは裏腹に告げられた言葉はあまりにも無慈悲であった。

 

「鷲尾晴哉様。時間です。所定の位置へ」

 

「もう、ですか。……本当にやるんですね」

 

「ええ。私はこれから勇者様に最後のお役目を告げると言う役目が有りますのでここで失礼致します。御武運を」

 

 一方的に告げ終わると、巫女は踵を返して長い廊下を戻っていった。

 

「先生……」

 

 覚悟を決め、俺も準備のために一歩を踏み出した。まだ謝れていない事が沢山ある。感謝しなければいけない事が沢山ある。どれだけ知らないうちにあの先生に助けられていたのか、気付くのが遅すぎた。後悔というものは後になってから気がつく。だから俺は先生に「ありがとう」と「ごめんなさい」を言うまでは生きなければならない。言葉は口にしなければ伝わらないのだから。

 

「もっと早く気がつければなぁ……。村正。出てきてくれ」

 

 次に俺は村正を呼び出すと一枚の手紙を村正に手渡す。

 

「行けるか?」

 

 村正は一度その場で一回転すると、その手紙を渡して欲しい人の下へとふわりふわりと飛んでいった。任務が終わればまた戻ってきてくれるだろう。

 

「さてと……。俺も行くか」

 

 俺の最後のお役目は結城友奈を無事に神樹まで届ける事。その後は友奈を助けようとする勢力を排除し、神婚を成立させる事。

 

「無茶言うよな。全く」

 

 こんな人間を信用しようとするなど大赦も落ちたものだ。そんな事、やらせるわけないのに。

 以前、須美と園子が新しい装備を受け取る際に身を清めた場所で今回も友奈は儀式の準備をしている。俺は勇者礼装を身に纏うと儀式の場へと向かったのだった。

 

 

 

 

 

 その頃同時刻、勇者部も大橋の麓にある【英霊の碑】に到着していた。ドーム状の建物内には多くの碑が立っており、先頭の少し開けた場所に一人の巫女が風、樹、夏凛、東郷、園子、銀の五人を待ち受けていた。

 巫女は勇者達の存在に気がつくと手を合わせる。

 

「勇者様に最大限の敬意を」

 

「やめてください」

 

 その巫女の行動を東郷は止める。そしてドーム内に足を踏み入れた。

 殆どの勇者部部員がこの場に足を踏み入れるのは初めてで、辺りを見回す。

 

「この場所は、歴代の勇者様や巫女を祀る場です」

 

「ここに友奈がいるの?まさか…」

 

 最悪の事態の予測をする夏凛。しかし、その心配は無用だと言わんばかりに巫女は夏凛の発言を否定した。

 

「友奈様はこの場にはおりません。今は晴哉様と共に大赦におります」

 

「兄さん、ここ二日いないと思ったらそう言う……」

 

「そうとなったら大赦に乗り込むわよ」

 

 風の提案に全員が頷くが、巫女はそれすら無駄だと言わんばかりにその行動を否定する。

 

「現在、晴哉様が友奈様の護衛をしております。貴女達が晴哉様を信頼するのであれば、今この時だけは彼にあの場を任せるのが適任かと」

 

「……風先輩。今はハルスケを信じよう。きっと大丈夫」

 

 園子は巫女の言葉を受けて、今友奈の所にいるであろう彼を信用する事にした。それは何度も共に戦い、時には敵対した園子だからこその信頼だった。

 それにこの巫女が敢えてこう言った言い方をする時は何か裏があるのだと園子は察しがついていた。

 

「そうね……。わかったわ」

 

「いいでしょうか。話を続けます。友奈様からお聞きになったかと思いますが世界を救うには神婚しかない。我々には急ぐ必要があった。友奈様の寿命はあと僅か。我々も探しました。友奈様を救う方法を。しかし、なかったのです。外の炎が存在する限り、友奈様は祟りに苦しめられる。いくつかのプランはありました。しかし、どれも不可能だとわかったのです。どれも時間が足りませんでした」

 

「そんな…何勝手に諦めてるのよ!まだ、時間が足りないと言ったって…少しの猶予は!!」

 

 夏凛がまだあるかもしれない可能性に縋り付く。だが、それすらも叶わない。何故なら、出来るのであれば既に大赦が手を打っていると気がつかされたから。

 

「ここにいる勇者様達は、戦場で命を落とし英霊となりました。そして友奈様も戦い方は違えど皆の為にその身を捧げようとされています。それが勇者としての役目であると理解して」

 

「だから…それを私たちにも納得しろと言うんですか…」

 東郷は拳を震わせ、巫女に問う。しかし、巫女からの返事はない。

 

「ここにいる勇者達って、私たちと同じくらいの年齢の子ばかりよね。大人はいつでも子供を犠牲にして、そんな歪な世界あるの!?」

 風も巫女に問うが、まともな返答は返ってこなかった。どれも正論だったから。何もこの少女達が言う事には間違いはない。それ故に、巫女は言葉に迷った。

 

「今、この世界では多くな人々がこの先の春を待ち通しく思っています。家族で食卓を囲み、うどんを食べ、温かい布団で眠る。そんな生活を守る為には少々の犠牲は仕方がないのです。私たちでは神樹様は受け入れてくださらない。これからこのような場所に向かうからこそ、貴女達は受け入れられるのかもしれません。そうです…これは…。やむを得ない事なんです」

 

 それ以降は巫女は口を開く事はなかった。仮面のせいで表情は見えない。それでも僅かに声は震えていた。

 

「ピーマンが嫌いだったよね」

 

 突然の園子の発言に皆の視線は園子に集まる。この場にいる内の、東郷と銀だけは何が言いたいのか瞬時に理解した。これまで黙っていた銀も一歩前に出る。

 

「そうだ。安芸先生は訓練の時や、学校でも凄く厳しかった。…けれどアタシは、アタシ達は先生の優しさを知ってた。そんな先生だったから信用できたんだ。絶対にそんな事を言う人じゃなかったのに…。もう先生は。昔の先生じゃないんだね……」

 

 銀の言葉は珍しく尻すぼみにどんどん小さくなって行った。それだけ、銀の中での先生の存在は大きかったのだろう。彼女と言えど失望したわけではない。ただ、道を何処かで違えてしまった先生を直視したくなかったのだ。

 東郷も銀の隣に並び立つ形で一歩前に踏み出す。

 

「先生は、兄さんの輸血に協力してましたよね。あの時、別に見捨てる事だって出来たはずです。だって兄さんは殆ど死んでいたんですから。あの回復だって奇跡の代物だって後から聞きました。でも、先生はそんな死に体の兄さんを助けた!誰一人犠牲を出したくなかったから、人を失う辛さを何処かで知っていたから、そうしてくれたのではないのですか!!」

 

「…晴哉様の時とは状況が異なるのです。一を取るか、全を取るか。今の私には選ぶ事などできない」

 

 東郷は巫女の返答に一抹の悔しさを感じ、唇を噛んだ。もう自分達の欲しい回答と言える回答は貰えないだろうと確信した。あまりにも遅すぎる確信。それだけ、東郷はこの巫女を、二年前自分達を成長させてくれた先生を、信頼していた。

 次の瞬間、唐突に凄まじい揺れが四国全土を包み込んだ。海が荒れ、風が吹き、地が震え、天は吠える。

 揺れに耐えられなかった樹は激しく尻餅をついてしまった。風先輩も樹を支える余裕は無く、自分を支えるだけで精一杯となっていた。

 

「なに!?この揺れ!」

 

 夏凛が困惑した声を上げる中、巫女は空を睨む。

 

「もう、来るというのですか。貴女達の出番です。天の神は、人類が神の力に近づきすぎた事を理由に裁きを下したと言われています。人間が神婚し、神に近づくなどもってのほかなのです」

 

「バーテックスが、来る」

 

 東郷は巫女の発言を汲み取り、これから襲い来るだろう敵の名を呟く。しかし、巫女はそれを一蹴した。

 

「いいえ」

 

 震えが収まると同時に空に裂け目のようなものが生まれ、赤く黒く空を染め上げていく。壁からは外の炎が内部へと侵入を開始しており、黒煙が上がる中から巨大な何かが姿を現す。

 

「壁の中に敵!?」

 

 前代未聞の出来事に風は困惑の声を上げた。樹は風に支えられながら立ち上がり、風の言葉に疑問を呈した。

 

「敵、なの?」

 

「あんな奴、どこから」

 

 樹や銀の疑問などに答える暇は巫女にはなかった。それ故にこれから行うべきお役目だけを勇者達に伝える。

 

「神婚は友奈様が神樹様の下へと辿り着き、人々の願いの礎になった瞬間に契られる。人は神の一族に。人でなければ襲われない。これで皆、神樹様と共に平穏を得ます。これが最後のお役目です。敵の攻撃を神婚成立まで防ぎ切りなさい」

 

「ええ。やってみせるわ!」

 

 風は誰よりも真っ先に勇者システムを取り出し、それに皆が続く。銀だけはその場で無事を祈ることしか出来ない。それでも心は、魂は、今から最後の戦闘へと向かう勇者と共にあった。

 

「友奈は返してもらうわよ!」

 

「神婚なんてさせない!!」

 東郷の決して揺るがない決意の声の下、一同は勇者礼装を纏い、神樹の最後の力を振り絞った樹海へと乗り込んで行った。

 

 

 

 

 

 

 空が赤黒く染まるのを俺は儀式の準備を終えた友奈の隣で見届けていた。そして遥か遠くからでも感じられるほどの不快な圧迫感。やはり巫女や資料通り、天の神が神婚を阻止する為に攻め込んで来たのだと確信した。

 

「やっぱり来るよねー。そりゃあ」

 

 天の神と遥か昔に結んだ契りで神には近づかないと言っておきながらの背信行為。人だろうと神だろうと怒るに決まってる。

 

「晴哉くんは怖く、ないの?」

 

 空の不気味さに本能的な恐れをなしたのか友奈は声を少しだけ震わせながら俺に問う。

 

「素直に話すと怖い。けれど、俺としては死ぬ恐怖を無理矢理自己犠牲というあり方で許容している人の方がよっぽど怖いね。見るに耐えん。ちょっと前の自分を見てるみたいだ」

 

 話で聞いただけだが、ただでさえ友達と喧嘩をしてからこの場に来て心をすり減らした人間に言う皮肉ではないと我ながら感じる。だが、俺からすればこの位言わなければ何も伝わらないように感じた。

 

「まだ時間はある。俺も時間は稼ぐ。それまで考えてくれ。自分がどうしたいかを」

 

 俺は友奈の方を見ずに伝える。どうにもやはり俺の言葉は人には響かないらしい。俺の言葉に対する友奈からの反応はほぼゼロだった。代わりに俺は友奈の側に控えている巫女に視線を向ける。俺と視線が噛み合った巫女はいつものように手を前で合わせ、礼をする。

 

「晴哉様。友奈様をよろしくお願い致します。人類と神樹様の為に」

 

「……お任せを」

 

 俺は巫女からも視線を逸らして、壁の方向を見る。徐々に樹海化が広がってきていた。きっとこの樹海化も最後の力を振り絞っているのだろう。

 

「死なば諸共だ。神樹」

 再三の確認だが、俺には友奈を神婚などさせる気などさらさらない。

これから俺がしなければならない事は二つ。天の神からの攻撃を防ぎ切り、友奈の救出を助けに来るであろう須美に託す。

 

 俺は樹海化に飲み込まれる直前に『不知火』を取り出すと地面に突き立てた。地の神々に己の意志を示すかのように。

 

 勇者達は空を睨む。必ず、大切な仲間を助けると神ではなく、自分自身に誓って。

 

 大赦の人々は祈る。神樹と共に生き、神の眷属として天の神に怯えず安心して過ごせる明日を迎える為に。

 

 友奈は拳を握る。自分の中での覚悟を揺るぎないものにするかのように。

 

 それぞれがそれぞれの想いを胸に抱え、正真正銘の最後の戦いの火蓋は遂に切られた。

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