花を咲かせ、未来に繋ぐ [加筆修正中]   作:まんじゅう卍

62 / 94
 短編集のところに出してしまいましたが第四幕の最終回です。
 それではどうぞ!


第四幕 最終話 希望に満ちたその先へ

 

 天の神の侵攻と同時に展開された樹海。今、この中で土着の神に見染められ『勇者』となった少女達と選ばれなかった少女達。そして、人類の味方として天の神に立ちはだかる一人の『守り人』による神婚成立までの時間稼ぎが行われている。

 開戦の幕を開ける合図として天の神からバーテックスの獅子座が最大の攻撃手段としていた火球が放たれた。それを勇者達はすんでのところで回避する。回避した勇者の中に本来ここにいるはずのない一人の少年がいた。

 

「晴哉、なんでアンタここにいるのよ!」

 

「神樹に友奈と引き剥がされた!」

 

「何のためにアンタは友奈について行ったのかしら……」

 

 命を落とすかもしれない戦いだと言うのに晴哉と夏凛はギャーギャーと言い争う。晴哉とて本当なら友奈の隣にいたはずなのに気づいたら目の前に火球が迫ってきていて死にかけたのだから文句を言われる筋合いはない。と思っている。

 

「あー!もういいわよ!風!私にはまだ満開がある!時間は稼ぐからこのバカ晴哉の代わりに友奈のところへ!」

 

「ちょっ!?夏凛!?」

 

 風の静止も振り切り、夏凛は天の神の全体を望める位置にまで樹海を駆け上がった。そして今一度覚悟を決める。必ず友奈を助ける。共に帰るんだ。と。

 

「東西無双!三好夏凛!一世一代の大暴れを、とくと見よ!!!」

 

 口上と共に夏凛に神の力が宿る。赤く美しい花が咲き誇り、天の神を討ち果たさんと大地を蹴った。

 

 その頃、少し離れた位置で東郷と園子は夏凛の満開を見届けていた。

 

「あれって、にぼっしー!?」

 

「助けに行かないと」

 

「わっしーはゆーゆーを助けに行って」

 

 園子の言葉に東郷は困惑した。それではまた一人にしてしまうではないか。と。東郷も今ではあの日、何が起きていたか知っている。それ故に、一人にはしたくなかった。

 

「!?でも……」

 

「大丈夫。今回はみんないるから!今度も、ちゃんと一緒に帰ろうよ!それで、みのさんに頭撫でてもらうんだ。よくやったね。って」

 

「そのっち……」

 

「ほら、行って!」

 

「約束よ。今回も一緒に帰ろう!」

 

 二人は頷き合い、互いに自分の果たすべき役目のために駆け出した。

 

 各々が己が役目のため自分のなすべき事を実行する中、風はまだ迷っているのか自分がすべき事のために足が動かない。だが、それもすぐに終わる。風は夏凛同様自分の決意を固め、後ろに控えていた樹を見た。表情に迷いはない。

 

「樹、ここ任せてもいい?」

 

「うん。お姉ちゃんは友奈さんのところへ」

 

「任せなさい!晴哉。あんたにもこの場は託すわ」

 

「面目ないです。友奈の事、お願いします」

 

「乃木から話は聞いてる。あんたの賭け、私も乗らせてもらうわ」

 

 風は二人に頷き、晴哉と樹の逆方向に走り出す。その先にあるのは神樹。樹海を駆け抜ける風の下に東郷が満開した状態で姿を見せた。

 

「風先輩!乗って!」

 

「東郷!?なるほどね。友奈のところまでお願い!」

 

「最大船速で向かいます!」

 

 二人の狙いはただ一つ。神婚の阻止のみ。

 

 その頃上空では夏凛が天の神の猛攻にさらされていた。

 次々に繰り出される射手座と蠍座、蟹座を模した攻撃に夏凛の進撃する速度が落ちる。精霊バリアを貫通され、ところどころから血が流れていた。夏凛は歯を食いしばる。脳裏を走馬灯のように天の神によって苦しめられた勇者部部員が駆け巡った。

 

「こいつのせいで!ふざ、けるなーーー!!!」

 

 怒りに身を任せ、突貫を再開する夏凛に射手座の幾数千もの矢が襲いかかった。満開時の装備である大きな四つの剣をクロスさせ、防ごうとするがすり抜けた数発が夏凛に命中し、身体中に傷をつけていく。

 

「っく!!このっ、!」

 

 痛みに歯を食いしばって耐え、全弾過ぎ去るのを待つ。しかし、通り過ぎたと思った矢は蟹座の反射板によって再び夏凛に襲いかかる。

 それを予期していなかった夏凛の表情が絶望に染まった。

 

「ハルスケ!」

 

「任せろ、園子!」

 

 反射した矢が夏凛に当たることはない。夏凛の眼前には槍を展開し、盾にした園子と神器の一つ『生太刀』を手にし、必ず仕留めると意思を感じさせる夏凛を囲んでいた反射板を一瞬で粉砕した晴哉の姿があった。

 

「あまり前に出過ぎちゃダメだよ。にぼっしー!」

 

「その無茶っぷりは前任者そっくりだな!夏凛!」

 

「晴哉、園子!っ、次来るわよ」

 

 既に天の神は次に手をくり出していた。蠍座の尾が三人を撃ち落とさんと襲いかかるがそれも当たることはない。尾はワイヤーに絡め取られ、一つ残らず光の粒子となって消えていった。

 

「樹まで。アンタ……」

 

「みんなで守りましょう。友奈さんが帰ってくる、この場所を!」

 

 樹はここぞと言う時に強い。物理的な強さももちろんある。しかし、心の強さはその倍あると言っても過言ではない。樹の言葉に勇気づけられた三人は再び前を向く。

 

「私とにぼっしーが前に出るから、ハルスケといっつんは援護をお願い」

 

「合点承知!」

 

「わかりました!任せてください!」

 

 晴哉と樹の威勢の良い返事が樹海に響く。晴哉は同時に自分の周りにいくつもの武器を時の流れから取り出した。

 天の神はそれを挑発と捉えたのか、再度攻撃を激化させる。晴哉は山桜を思わせる盾で水瓶座の攻撃手段であった水圧のレーザーを全て食い止めた。次に三人の前に飛び出し、四人を貫かんとする山羊座の鋭利な牙を『生太刀』と周りに取り出した武具で全て無に帰した。

 

「今だ!園子!夏凜!!」

 

「もう私の命令無視してるけど、グッジョブだよ!ハルスケ!」

 

 園子は晴哉の昔から変わらない行動に笑みを浮かべた。夏凛は初めてと言っても良いほどの晴哉の圧倒的な制圧力に目を丸くするも、すぐさま園子と共に前線へと斬り込んだ。

 

 風と東郷は満開時に出し得る最大の速度で樹海の中を走破していた。かなり園子達とは距離ができている。二人は友奈を追いかける一つの指標として、神樹の方向へと向かっている深い溝を頼りに進んでいた。

 

「この先に友奈がいるんだわ!」

 

「友奈ちゃん……」

 

 あと少し。あと少し進めば。と言うところで他の勇者達が押さえつけていたはずの天の神の攻撃が風と東郷に牙を剥いた。天の神はその絶対的な力故に多方面への相手を可能としていた。例え、一部の勇者達に攻撃を無効化されようとも。

 天の神の攻撃の中でも一つのパターン化されているのか、今度は一度では破壊できないほどの量の反射板を生み出し、先程よりも多い矢を風と東郷のもとへと射出し、何キロも先にいる二人に襲いかかった。

 

「ああ、もう!しつこい!東郷、下に!」

 

「解ってます!っ!?しまっーーーーーー」

 

 東郷は矢のあまりの数に回避行動が一瞬遅れてしまった。そのたった一瞬の隙に二人を串刺しにしよう迫った矢は何故か二人の下には届かなかった。東郷と風は同時に背後を振り返る。

 矢は夏凛とはまた異なる、紅く輝く炎に包まれ焼失した。

 東郷はその炎によって更に心に火が灯る。この場にいなくても、肉体が共に戦えていなくても、心は共にある。樹海の外でみんなの帰りを待ってくれている。それが、東郷にはとても頼もしかった。

 

「銀も戦ってくれてる!」

 

「ええ、さすが三ノ輪ね!頼もしいわ!」

 

 樹海の外の銀に鼓舞され、一層力を増した東郷はグングンと凄まじい速度で神樹へと近づいた。

 ただ、天の神も黙って見ているわけにも行かない。風と東郷の上空が裂け、数え切れないほどの小さな火球が二人めがけて襲いかかった。

 

「次から次に!モテる女ってのも大変ね!」

 

「こんな時にも冗談を言えるのは流石です。風先輩」

 

 いくら撃ち落としてもキリがないと悟った東郷は風に目配せをすると船の砲台にエネルギーを集中させた。風もそれで全て理解したのか東郷に頷く。東郷は船頭を反転させ、進行方向を空へと向ける。

 

「総員退艦!」

 

 東郷の言葉を合図に二人は船から飛び降りた。進行方向を変えた船は裂けた空に命中し、大爆発を起こす。同時に東郷の満開も解除された。

 二人は神樹が友奈を自らのもとに運ぶ際に作り出した峡谷に着地した。満開を長時間続けた疲労からか、東郷は膝を地面に付きかけるがすんでの所で堪える。

 

「東郷、大丈夫?」

 

「ええ。行きましょう。友奈ちゃんのところに」

 

 頷き合い、二人は峡谷を走り出し始めた。

 

 

〜樹海外〜

 

「先生」

 

「三ノ輪さん……。貴女も祈るのです。神樹様と共に生きられるように。勇者であった貴女であれば、神樹様もすぐに認めてくれるでしょう」

 

「先生!!」

 

 銀は安芸の肩を強く掴んだ。既に安芸は仮面が外れ、右眼は消えかけていた。

 

「わからないのですか。人はこうする事でしか生き残れないのです。例え、どんな形であれども生きられるのであれば……」

 

「そんなわけない!先生は何もわかっちゃいない!!」

 

 銀の必死の説得にも関わらず、これ以上の問答は不必要だと言わんばかりに安芸は目を閉じて祈りを再開する。しばらくして、乾いた音と同時に安芸は強い衝撃に襲われた。突然のことで銀に頬を叩かれたのだと気づくのに時間を要した。

 

「三ノ輪、さん……?」

 

「こうでもしないと先生は本心を引っ込めたままだろうから。アタシは信じてる。みんな一緒に最後は笑ってられるって。人は神の力なんて頼らなくても正しくあれるって」

 

「………」

 

 銀はそして最後に力強い笑みで、彼と似た事を言ってのけた。

 

「それに、先生は知らないかもしれないけど。こういう時の勇者部は強いよ。特に誰かのために戦う時はね」

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 天の神と直接対峙をしている園子、夏凛、樹、晴哉は未だに相手方の猛攻の前に攻略の糸口を掴めないでいた。

 晴哉に関しては一体どれだけの数の神器と名刀、名槍を消費したかはわからない。完全に制限は突破しており、今こうして動けている事自体が不思議だった。

 今は天の神から繰り出された雷を園子の盾の裏でやり過ごし、呼吸を整えている。

 

「ぐっ!やああああああああああああ!」

 

 勢いに押されるも、園子が歯を食いしばりなんとか耐え凌ぐ。夏凛も四つの大剣をクロスさせ、なんとか身体本体には当たらないようにしていた。

 雷も止み、間髪入れずに次の攻撃が仕掛けられる。再び、山羊座の牙が容赦なく襲いかかる。数は前回の倍。それを樹は複数のワイヤーを交差させ、網状の盾を作り出し、到達する前に全てをバラバラにした。

 

「ありがとう、園子。助かった。ゲホッゲホッ!」

 

「ハルスケ、大丈夫!?」

 

「俺の心配はいい!自分のことだけ考えてくれ!次来るぞ!」

 

 晴哉は口の端から流れる血を拭うと再び武器である『八握剣』を取り出した。

 手に馴染んでしまったとは言え、それで影響がなくなるわけではない。晴哉を激痛が襲った。これ以上はやめておけと。身体が悲鳴を上げた。崩れ落ちそうなのを限界を超えた力で耐え凌ぐ。

 

「こんな場所でくたばっていられるかっての!!」

 

 自分を鼓舞し、再び前線に躍り出る。襲い来る攻撃は正に豪雨。天の神が乙女座の攻撃手段である爆弾による長距離攻撃と同時に蠍座の尾が眼前に迫っていた。夏凛の大剣を踏み台にして三人の前に出ると横に一閃。先に迫ってきていた爆撃を全て撃ち落とす。

 

「あと、二回!!」

 

 園子に展開してもらった盾を次に踏み台にして再度跳躍。右腕が千切れても良い。そのくらいの勢いで『八握剣』を十字に振り下ろした。

 空に強い衝撃波が走り、その勢いは遥か下の地にまで響く。それほどまでの強力な一撃は迫っていた蠍座の尾のみならず、天の神の一部にまで影響を及ぼした。天の神本体が自身の周りに張っていた結界の一部が僅かながらに欠損する。

 

(弾かれた?いや、あれは結界か!!物理攻撃でも抜けるなら、可能性のはある!)

 

 晴哉の中で一つの疑念。例え本体が攻めてきたとしても触れられるのか。が確信へと変わった。天の神は触れられる。あの結界さへ抜ければ。

 園子もそれに気がついたのかすぐさま夏凛に合図をし、晴哉とはすれ違いで前に飛び出す。

 しかし、天の神にとって二人は大した排除対象で無くなっていたのか先に絶対的な存在である自身に傷をつけた晴哉を排除するべく蠍座の尾を差し向けた。自由落下に身を任せる晴哉にそれを防ぐ手段はない。結果的にはこれが、狙いを晴哉に向けさせる囮のような形になったのは否定できない。それ故に、夏凛と園子が天の神へと迫るタイミングが出来た。

 

「まずっ!ぐあっ!!」

 

 山桜を模した盾を作り出してたが、振り払われた尾の横っ腹を叩きつけられ晴哉は遥か遠くに吹き飛ばされる。

 

「晴哉さん!」

 

 樹が食い止めようとワイヤーを絡めようとするも、その速さにワイヤーが追いつくことはない。

 

「園子!晴哉が!」

 

「今はハルスケが作ってくれたこの好機を逃すわけにはいかない!ハルスケなら絶対大丈夫!!」

 

「了解!なら、行くわよ!!」

 

 園子と夏凛はこれが最後の好機とばかりに天の神に突貫を仕掛ける。天の神はここで初めて焦りに近いものを見せることとなる。

 獅子座の攻撃である火球。対象者を完全に抹殺するための最大の攻撃。

 

「「やああああああああああああああああああああああ!!!」」

 

 夏凛と園子はその攻撃に怯えることなく、火球へと突っ込む。園子の盾と夏凛の大剣で太陽に程近い熱波を退け、一思いに火球を突っ切った。

 火球内で耐えきれなくなった園子の槍が崩壊する。

 しかし、その破片は光の粒子となり夏凛の大剣へと集約した。

 

「これが!!」

 

 園子が吼える。

 

「勇者の!!!」

 

 夏凛が吼える。

 

「「魂ってやつよーーーーーーーー!!!!!」」

 

 その声に呼応するかのように、真紅の炎を纏った勾玉が螺旋状に回転しながら夏凛の大剣を覆う。

 夏凛の大剣は姿を変えた。三ノ輪銀の武器であった両斧の片割れへと。

 もう行手を阻むものは何もない。斧と天の神の結界が接触する。

 

「「ぐっ!ああああああああああああああああああ!!!!!」」

 

 まだ足りない。あと一手。本当にあと一つ。

 心の底から祈った時、とある方向から放たれた一筋の閃光が矢のように天の神の結界を打ち破らんと衝突する。人々の生きたいという思いを乗せた一撃は園子と夏凛の攻撃を後押しする形で結界を完全に破壊した。

 

「「やああああああああああああ!!!」」

 

 遂にその刃が天の神へと届く。一部にヒビを入れることに成功したが、そこまでであった。天の神も身体の一部を欠損させ、黙って見過ごすこともできなかった。天の神は怒りの鉄槌を下す。園子と夏凛は衝撃で天の神から引き剥がされた。同時に樹海が赤く染まっていく。光は全てを飲み込んでいった。  

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 東郷と風はなんとしてでも神婚を成立させたい神樹の妨害を受けながらも、なんとか神樹の目の前に到達していた。しかし、目の前にはいくつもの大きな蔓を重ね合わせる事によって作られた鉄壁の防御壁が聳え立っている。

 どうしたものか。と風と東郷が僅かに思案をしているところに飛来した者がいた。

 

「なっ!?」

 

「兄さん!?」

 

 晴哉は渓谷の壁岸に打ち付けられたあと、ドサッという音と共にその場で倒れ込む。天の神から直接の攻撃は受けたが地に叩きつけられる際は精霊に守られたようで無事だった。

 東郷に抱えられると意識ははっきりしていたようでゆっくりとではあるが目を開けた。

 

「酷い怪我……。兄さん、どれだけの無茶を!」

 

「なん、だか。結局、ここに戻って来れたみたいでよかった」

 

 晴哉は東郷の肩を借りて立ち上がる。そして、今東郷と風が置かれている状況も一瞬で理解した。

 

「……満開をするのが怖いなら、俺がやりましょうか?」

 

「ううん。ここは先輩である私の役目よ。あんたは私の後ろでその勇姿をその目に焼き付けておきなさい。東郷、友奈をよろしく」

 

「もちろん。必ず共に帰ってきます。それまで、兄さんのことお願いします」

 

 風は頷き、東郷と晴哉の一歩前に踏み出す。足に力を込め、大剣を担ぎ上げた。同時に満開ゲージの約八割を消費して武装のみを巨大化させる。

 美しく、力強い八分咲きだった。

 

「さあ、見ときなさい晴哉、東郷!先輩の意地ってやつよ!ここは私が!切り開あああああああく!!!」

 

 風の振り翳した大剣は大地を割り、神樹へと向かう道を閉ざしていた蔓の壁を跡形もなく粉砕した。

 東郷は風によって切り開かれた道を迷いなく進んでいった。

 力を使い切った風はその場に崩れ落ちる。

 

「大丈夫ですか。風先輩」

 

「晴哉ほどではないにしろ、結構キツかったわ。それにしてもあんた何したらそこまで血だらけになるのよ」

 

 風は晴哉の額から流れていた血を軽く拭って、小さく笑った。大体この場に物理的に飛ばされてきた理由も察していた。

 風とは対照的に晴哉はどこか浮かない顔をしている。

 

「俺、何のためにここにいるんでしょうね。友奈を守るために隣にいるはずだったのに、何故か友奈からは引き剥がされ今はこの様です」

 

 晴哉は空を見上げている。まだ何かしなくてはならないことがあるのではないか。と。自分が友奈から引き剥がされた事にも理由があるのではないか。と考えながら。

 すると突風が樹海中を駆け抜けた。同時に天の神が赤く染まる。

 

「何が、起きてるの」

 

「!?風先輩物陰に隠れて!今すぐ!!」

 

 世界が、天の神を中心に世界が染まっていく。同時に天の神が放った熱線は神樹を一瞬で焼き尽くそうとした。見たことがないのに見覚えのある光景。晴哉はこれを防ぐのが自分の役目だと察した。

 

「降りろ!『天叢雲剣』!!」

 

 瞬時に呼びかけに呼応し、雷と共にその実体を表した。天を揺るがす最強の武器を晴哉は携える。

 

「これ、試射なのちょっと不味い気がするけどね!!」

 

 恐らく本当の一撃はこの後にくる。それでも、この攻撃を防ぎ切らない限り何も変わらない。待つのは終焉のみ。

 

「あとはちょっとコッチにも力を貸してくれると助かるぜ。銀!!」

 

 晴哉は『天叢雲剣』を振りかぶり、目にも止まらぬ速さで振り下ろした。天の神の放った熱線と『天叢雲剣』の一振りによって作られた神樹全体を覆う雷と炎の一撃が空中で激突し、攻めぎあう。

 

(打ち負かすことは不可能!なら、せめて相殺する!)

 

 傷だらけの身体に更に傷が増えていく。しかし、そんなもの今更。傷の一つや二つ、甘んじて受け入れよう。

 だが、やはり人の身で神に挑もうというのが傲慢であったのか晴哉が出し得る最大の火力を持ってしても天の神よる侵食は止まらない。このままいけばまもなく神樹が陥落することは目に見えていた。東郷もまだ神樹の内部にいる。友奈も同様だ。何もかもを守れず、全てが終わる。

 それは許せない。許してなるものか。絶対に。

 

(もう失うのは懲り懲りだ。失いたくないものを失うのは辛いし怖い。目の前で失うのは尚更……。杏が死んだ。球子が死んだ。友奈を守れず、千景を殺した!!!若葉をひなたを裏切った!!!そして、大切な娘の存在すら【俺】は忘れた!!!!今度はもっと多くの大切なものを失う事になる。それだけは絶対にーーーーーー)

 

 晴哉の内に眠るもう一人の心が目を覚ます。

 

「『二度と、あんな景色見せてたまるかああああああああああああああああ!!!』」

 

 晴哉に失ったはずの左腕が形成され、その左腕はガッチリと『天叢雲剣』の柄を握りしめた。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 徐々に取り戻されていく力。『天叢雲剣』は天の神の熱線を一部分とはいえ押し返し始める。同時に晴哉の右眼には蒼白い紋章が浮かび上がった。

 後押しするように晴哉に先程とはまた異なる声が聞こえる。

 

『頑張って。お父さん』

 

 その言葉に晴哉は思わず笑みがこぼれた。右眼にはちゃんと、**の姿を捉えている。

 

(ああ、そうだな。お前は頑張ったからな。次は俺の、俺たちの番だ)

 

 *遊もニコッと笑った。更に身体中に熱が宿る。体が熱い。心が熱い。その熱に身を委ねる。晴哉は右手を離し、蒼白い炎と共にもう一つの武器をその手に宿す。それは天の神にとって二度と見たくないと言っても過言ではない双斧の片割れ。

 

「何度でも!何度でも見せてやる!これが俺の、俺たちの気合いと根性ってやつだああああああ!!!」

 

 空間に亀裂が走る。同時に目が眩むほどの閃光が辺り一体を包み込んだ。突風も吹き荒れる。吹き荒れた風も、閃光も時間と共に次第に落ち着き、風の視界にもようやく世界が戻ってきた。

 

「晴哉!!って、いな、い?」

 

 晴哉の姿はどこにもない。樹海は風が今立っている一部を除き、外の世界の炎によって包まれていた。しかし、神樹は原型を留めている。

 

「嘘でしょ……」

 

 風は膝から崩れ落ちた。誰一人と死者は出さないつもりだった。それなのに、これでは本末転倒ではないか。友奈を助けられても、友奈は優しすぎるが故に自戒の念に囚われてしまうだろう。 

 

「あのバカ……」

 

 風は悔しさのあまり拳を作り地面を殴った。

 

「いや、あの。勝手に殺さんでください」

 

「なんかそれっぽいかなって」

 

「割りかし今、重要局面なのわかってます?」

 

 やり切ったという表情を浮かべながら晴哉は風の前に立っていた。相変わらず身体中のありとあらゆる場所から出血しているが本人は特に何も感じていないようだった。

 どうにも晴哉と風が揃うと緊張感のカケラも無くなってしまうらしい。晴哉はよっこらせ。とその場に腰を下ろした。既に先程までの輝きは失われている。姿も風の見慣れたものに戻っていた。

 それから晴哉はしばらく誰かと話しているようだったが、風にはその姿は見えていない。

 晴哉が虚空に微笑みかけ、その表情に少し陰りが見えたところで風は声をかける。

 

「誰と話してたの?」

 

「えっと……将来、娘になるかもしれない子?」

 

「あんた大丈夫?やっぱりさっき変なところ打ったんじゃ…」

 

「あはは。かもしれないですね」

 

 晴哉はまた少しだけ悲しげな表情を浮かべた。それを振り払うように上空を見上げる。風もそれに釣られて空を見上げた。

 見上げた先で天の神は既に第二射の用意に入っている。今にも撃ち下ろされたそうな光景を見て、風は思わず呟いた。

 

「どうなると思う?」

 

「勝ちますよ。絶対に」

 

 そう言って笑った晴哉の横顔は完全に勝ちを確信していた。風も「そうよね」と力強く頷く。不意に桃の花の香りがして、晴哉も風も思わず神樹の方を振り返った。

 炎に包まれた樹海から黄金の糸が一本一本紡ぐようにある一点へと集中していた。丁寧に黄金の糸で編み込まれた蕾が一思いに咲き誇る。

 

「綺麗……」

 

 思わず風は呟いた。それ以外に、言葉が見つからなかったから。

 晴哉の右眼に再び蒼白い紋章が浮かび上がった。それは神樹からの晴哉に対する最期の頼みでもあった。晴哉は苦笑いを浮かべて、最後一押しするために一言だけ呟く。

 

「行け」

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

「晴哉、くん?」

 

 樹海に飲み込まれたあと直ぐに友奈は本来そこにいるはずの人物がいない事に気がついた。確か以前にも晴哉が戦闘に参加しなかった時がある。後に聞くところによると神樹に邪魔をされた。と晴哉は友奈に語っていた記憶だ。晴哉の存在が今この場にはいない。同時にそれは今回、神樹にとって晴哉は邪魔な存在であった事を示していた。

 

「大丈夫…。晴哉くんが居なくたって私は」

 

 神樹様の下に辿り着き、神婚をして世界を救うーーーーーーー。

 

 勇者部は自分のことを思って誰もそれを認めてはくれなかった。だけど、今の自分にとって方法はそれしかない。残り僅かの命の使い方はこの道しか示されていなかった。だけど、先程晴哉に言われた皮肉が妙に友奈の中に引っかかっていた。それを振り払うように心臓の辺りを強く握る。

 今更引けない。例え、どんな理由があったとしても。

 

 遥か遠くで大きな爆発が起きたのが友奈の視界に入った。友奈は天の神の攻撃が精霊バリアでは防げないことを既に知っている。風の事故がいい例だ。

 一抹の不安が友奈によぎる。それでも、今の友奈には祈ることしかできない。

 

「お願い、神樹様。どうかみんなを…」

 

 自分のために戦ってくれているのに、その理由の本人は生きることを諦めようとしている。それなのに祈らずには居られない。そんな矛盾した気持ちが友奈の心の奥の方で燻っている。

 同時に捨てたはずの感情が湧き上がってきた。それを押し殺すように友奈は何度も何度も呟いて前を向く。

 

「怖くない。怖くない」。と。

 

 各々命懸けで戦う中、友奈も自らを礎にし世界を救うために神樹の中へと引きずり込まれていった。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 友奈が神樹の下へとたどり着いてから数分後、東郷も風の協力の下、何とか神樹への入り口を塞いでいた壁を破壊し、中へと侵入した。神樹の中は水中のようになっており、泳ぐような形でのみ移動が可能であった。

 東郷は暗闇の中、落下していく感覚に身を委ねる。

 

「なんて場所…。精霊の力でも帰れるかしら」

 

 深部へと到達すると徐々に視界が開けてきた。一言で言えば神秘的な空間。そんな空間に友奈はいた。

 

「友奈ちゃん!!」

 

 友奈はいくつもの白い大蛇に拘束されていた。更に深い場所で友奈の魂が少しずつ、少しずつその形を失っていっていた。

 東郷の呼びかけに友奈は目を開ける。

 

「東郷さん……どうして」

 

「帰ろう!友奈ちゃん!迎えに来たのよ!」

 

 友奈の下へ向かうため東郷は水をかき分けるように奥へと沈む。手を伸ばし、友奈の手を掴もうとするが、それは神樹が許さなかった。白い糸の束が東郷の手と足を拘束した。

 

「っ!そうまでしてっ!友奈ちゃん!今助けに行くから!」

 

 東郷は何とかして振り解こうと足掻くが更に拘束がキツくなるだけだった。

 

「でも、私が。私がやらないと、世界が消えちゃう」

 

 友奈が今にも消え入りそうな声を搾り出す。目には小さく涙が浮かんでいた。覚悟を決めたはずなのに、未だに友奈の中では晴哉の言葉が、東郷や風。みんながかけてくれた言葉が燻っている。何故、どうして。と何度も自分に問いかけた。その度に出てくる答えは一つしかないのに。

 

「これは、誰かがやらないと行けないことなの。だから、私が」

 

「こんなこと、誰もやる必要がない!」

 

 自分の兄が命懸けで繋げた命もある。これはある種、東郷のエゴだった。今の東郷に取って三ノ輪銀を失った世界など想像できない。故に、必ずこの世界はこの先も繋げなければならない。という使命感が今の東郷にはある。失う悲しみを知ることも大切かもしれない。けれど、失わない喜びを今は感じていたかったから。でも今ここで友奈を失って仕舞えば一体何のために自分たちはここまでやってきたのかと懐疑的にならざるを得ない。そして、次の友奈の言葉に東郷は我慢できなくなった。

 

「私が我慢をすればそれでいいから!」

 

「友奈!!」

 

「っ!」

 

 突然呼び捨てにされた友奈はハッとなり、東郷を見る。視界に入れないよう努力をしていたのについその呼びかけに応えてしまった。東郷を見るだけで友奈は段々と燻っていた気持ちが大きくなり始める。

 

「本当の事を言ってよ!!」

 

 東郷が叫ぶ。その叫びは友奈の本心を引き出すには十分だった。

 

「怖いなら怖いって、私には言ってよ。友達だって言うのなら、助けてって言ってよ!!」

 

 友奈は奥歯がガチガチと鳴っていることに今初めて気がついた。どれだけ感情を押し殺そうと身体は素直だった。友奈は自らの震える視線の中に東郷を映す。

 

「いや、だよ。死ぬのは怖いよ…。ずっと、ずっと一生懸命にやってきて……。なんで……。私は…この先もみんなと一緒にいたいよ!!」

 

 目に涙を浮かべ、懇願するように友奈は本心を叫んだ。それは東郷が待ち続けたものだった。

 

「友奈ちゃん!手を伸ばして!」

 

「東郷さん!」

 

 東郷と友奈が互いに手を伸ばし、手を取ろうとする。東郷は安堵の表情を浮かべた。ようやく、ようやく触れられる。と。

 しかし、そんな安直な希望は直ぐに打ち砕かれる。

 バチッ!!という音と共に友奈と東郷の間に精霊バリアが張り巡らされた。精霊は友奈を守るように円状に配置され、境界線を生み出していた。

 あと少しだったのに。あと少しで触れられたのに。ようやく、その手を握ってあげることができたのに。

 

「ぁぁ………」

 

 東郷は小さな諦めの吐息と共に境界線の上に倒れ込んだ。友奈が目の前で形を失っていく。諦めたくないのに、もう心は追いついてくれなかった。違うと心は言っている。それは正しくない。と。感謝もしていた。でも、友達を失ってまで手に入れるものがあってもいいのか。と。それでも今の自分にはもう何もできることはなくて。

 東郷は現実を直視することをやめるようにそっと、目を閉じた。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 銀は安芸と共に赤く染まり続けている空を見上げていた。安芸は気がつけば祈る事をやめている。銀に諭されたというのもあったが、不思議とその目は現実を見つめ直す。もう逃げたりはしないだろう。過去からも未来からも。

 

「三ノ輪さんは、私の事を恨んではいないのですか」

 

 唐突な質問に銀は何度かまばたきを繰り返す。聞かれた内容が自分の中でストンと落ちてくると直ぐに安芸へ答えた。

 

「あー、なるほど。アタシは特に何とも思ってないですよ」

 

「何故ですか?貴女には、その権利があると私は思うのですが」

 

「正直、園子と須美から引き離されて先生が勝手に姿を眩ました時は不満も感じたけど、それは違うかなって」

 

「鷲尾くんは凄い形相でしたけどね」

 

 安芸は当時のことを思い出したのか含み笑いを浮かべた。銀も当時の晴哉の様子を思い出して苦笑いを浮かべる。当時の晴哉は例え銀でも止められなかった。須美はともかく園子の居場所を見つけるためにはありとあらゆる手段を取っていた記憶だ。

 

「でも、ハルヤも先生のことは恨んでなんかはいないと思いますよ。ちゃんと全部終わったら話し合ってみたらどうですか?」

 

「……そうですね。それも、いいかもしれません」

 

「うんうん。誤解はしっかり解かないとね」

 

 普段は強気な銀の表情がフニャッと柔らかいものへと変わる。銀は詳しくは知らないが晴哉と安芸は長い付き合いだと聞く。折角なら仲直りしてもらいたいと銀は思った。

 

「三ノ輪さん、少し変わりましたね」

 

「え?アタシはアタシのままですけど」

 

「ふふ。二年間の空白というのは大きいものですね」

 

 安芸の言った言葉の意味が銀は理解できず首を傾げた。安芸はそんな教え子の様子を見て小さく笑う。

 安芸と話していた銀だが、突然ぴくりと少し身体を反応させると神樹のある方角を向いた。安芸はその不思議な行動に眉を顰める。

 

「どうしました?」

 

「先生、アタシちょっと呼ばれた気がしたんで行ってきます!」

 

「え、三ノ輪さん!?どこに!?」

 

 銀は走り出した足を止め、安芸に振り返る。そして今度は先程とは異なる強気な笑みを浮かべた。

 

「大切な友達のところです!!」

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 東郷はどれだけ目を瞑っていただろうか。時間にして見れば十秒もない。しかし、東郷にとっては何十時間にも及ぶ感覚があった。目を開けて仕舞えばそこに映るのは現実。東郷は目を背けたくて、また目を閉じようとする。

 そんな時、視界の端に映るものがあった。

 

「ぁ……」

 

 見た瞬間、目に涙が浮かんだ。一体、何度この親友は自分の事を助けてくれるのだろうか。もう一人、別の光が東郷の目に映る。その光の顔は見えない。それでも、諦めるな。と。そう伝えているように思えた。

 東郷は冷たく凍ってしまった身体を力の限りで持ち上げる。

 辺りを見渡すと、一人、また一人とたくさんの光が精霊の作り出した境界線へと手を伸ばしていた。

 その中には勇者部の面々の光もあった。見覚えのない光もあった。それでもわかることが一つだけある。ここに来てくれた人達は、自分を。人という種を信じてくれているのだ。と。

 

「神樹様」

 

 夏凛の声が聞こえた気がした。

 

「人には色んな人がいます」

 

 樹の声が聞こえた気がした。

 

「それでも、本当に人を救おうと言うのなら」

 

 風の声が聞こえた気がした。

 

「人を、信じてくれませんか」

 

 園子の声が聞こえた気がした。

 次々に集まった光の中を最後、青い鴉が飛んできて人の形へと変わる。その人影は東郷に向けて頷いた。励まされた東郷は境界面に触れ、一言神樹に向けて、これが結論だと告げた。

 

「私たちは人としての道を歩みます」

 

 それを答えだと受け取った神樹は境界線を生み出していた精霊を一体ずつ消滅させていく。そして、遂に牛鬼を除く全ての精霊がいなくなった時友奈と東郷の間を妨げていた境界線は消滅した。

 形を失っていた友奈の魂にも形が戻ってくる。そして、その魂は友奈の身体と重なり合うと、友奈を拘束していた白い蛇も姿を消す。

 もう友奈と東郷を妨げるものは真の意味で無くなった。

 

「友奈ちゃん!!」

 

 東郷は友奈に近づくと直ぐに友奈を抱きしめた。

 

「ごめん、友奈ちゃん。私、言いすぎた…」

 

「東郷、さん……」

 

 友奈は遂に堪えきれ無くなったのか子供のように泣きじゃくった。自分のせいで世界が終わってしまう事を嘆いた。友達を傷つけた事を後悔した。

 

「いいの。これで世界が終わるのなら、それは仕方がない事なの」

 

 東郷は友奈をあやすように背中をさすった。友奈は東郷の肩に顔を埋めて泣いた。我慢してきた分、涙を流し続ける。

 

「え、牛鬼?」

 

 泣きじゃくる友奈の下に、精霊である牛鬼がパタパタと飛んでくるとピタリと目の前で止まった。すると牛鬼は金色の糸を無数にその身体から解き放ち、友奈と東郷を優しく包み込んだ。

 

「何を」

 

 東郷は警戒心をあらわにするも、友奈は牛鬼の存在を受け入れた。友奈には牛鬼が既に何者であるかわかっていたから。

 

「大丈夫だよ。東郷さん。暖かい」

 

 友奈が金色の糸に完全に包まれ、金色の種となると同時に、神樹は一思いにその花を咲き誇らせる。神樹の『満開』の力を授かった金色の種は蕾となり、そしてやがてその花を開花させた。人々の希望を乗せたその姿は神々しく、美しくもあった。

 

「私は、私たちは人として戦う。生きたいんだ!!」

 

 友奈の目にはもう迷いはない。神樹への誓い。そして、天の神への宣戦布告。人が人として生きるために。友奈は天の神へ、一直線上に突き進む。

 天の神から晴哉が防いだものとは比べ物にならない、樹海全てを覆う程の熱線が解き放たれた。友奈はそれを拳を突き上げ正面から苦悶の表情を浮かべながらも受け止める。 

 

「ぐっ!く、うう。勇者は不屈!何度でも立ち上がる!!」

 

 天の神の攻撃を単身で受け続ける友奈を励ますように、遥か下方では勇者部が声を上げた。その声援は大地を押し上げる。

 

「行けえ!友奈!!」

 

「友奈さんの幸せのために!!」

 

「成せば大抵!!」

 

「何とかなる!!」

 

「勇者部!!!」

 

「「「「「ファイトーーーーーーーーーーーー!!!!!!」」」」」

 

 それぞれの想いを乗せた言葉に呼応するように友奈の手甲、『天ノ逆手』にも赤、緑、紫、青、黄の光が宿った。そしてその光は、友奈を後押しするように大きな大輪を咲かせる。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 夏凛から、樹から、園子から、東郷から、風から勇気を得た友奈の全力の拳が天の神へと迫る。天の神も負けじと熱線の威力を更に上昇させた。その身を焼き尽くすような熱線の中を友奈はそれでも前に進み続ける。

 

「「勇者は!!」」

 

 晴哉と銀が同時に友奈を更に後押しするように空に向かって声を上げる。

 生きていたいという願いを。誰かの為に生きる素晴らしさを。その素晴らしさ故に誰かを傷つけるという愚行を。日々を生きる喜びを。誰かを失う悲しみも。人の持ち得る全ての感情を、人であるが故に持つ強い意志を友奈はその拳に込める。

 

「根性おおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 五つの大輪の下に更に真紅の炎を纏った勾玉と四本の神を討ち滅ぼす剣が現れ、友奈の拳にブーストをかけた。

 天の神の熱線など、もう友奈には怖くなかった。その勢いに身を委ねる。

 

「おおおおおおおお!!勇者!!パーーーーーーンチ!!!」

 

 熱線の中を突き抜け、遂に友奈の拳が天の神の本体、夏凛と園子が傷つけた部位へと衝突した。次の瞬間、友奈は天の神を貫通し、天の神はなす術もなく鏡を模していたその姿を瓦礫へと変える。中心部位から粉々に砕け散った天の神は膨大な光の渦を巻き起こしながら、崩壊していった。

 神樹も今が好機と見たのか、花吹雪が舞い世界の理そのものを上書きしていくように天の神が生み出していた炎の世界を樹海で埋めていった。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 全てが終わる少し前。晴哉は神樹と少しばかりの問答をしていた。隣の風は満開。とは言ってもゲージの都合上八分咲きになるのか。その影響でグッタリと項垂れている。晴哉はその隣に腰下ろすと右眼にのみ映る美遊に向き合った。

 

「ありがとう。本当に」

 

『えへへ。お父さん、またすっごい無茶してるからいても立ってもいられなくて』

 

「そんなに無理はしてないよ。それより、謝らないといけない事が沢山ある。ごめん。俺はお前をーーーーーーー」

 

 晴哉が謝罪の言葉を述べようとすると唇に美遊の人差し指が触れた。

 

『いいよ。謝らなくて。あれは私がしたくてやった事だし、お父さんは知らないと思うけど……私なりの贖罪』

 

「贖罪?」

 

『うん。私ね、色々と思い出しちゃって。ごめん。あまり口に出したくないかな』

 

「そっか。いいよ。それなら。何も言わなくて」

 

 晴哉が柔和な笑みで美遊に伝えると美遊も目に涙を浮かべながらも小さく「ありがとう」と呟いた。目元を美遊は拭ったのを確認してから晴哉は問う。

 

「酷な質問になるかもしれないけれど、美遊。お前はこの後どうなるんだ?」

 

『さっすがお父さん。抉ってくるね〜。…私はこのまま消えてなくなるよ。もう、帰るべき場所も無くなっちゃってるしね』

 

 私の生きていた世界に通じる可能性は完全に潰えたし。と美遊は付け加えた。それは事実上の勝利宣告。この先の未来を知る美遊の発言だからこそ確実性を持ち得る。

 美遊がいなくなることは寂しいし悲しい。でも晴哉には思うところがあった。どんな形で美遊の世界が生まれていったのか想像するには難くない。美遊の世界は自分自身が失敗に失敗を重ね続けた果ての世界だと言うことも何となく想像がついていた。

 その失敗の果てに美遊と晴哉は出会っていた。何とも不思議な縁だろうか。美遊の世界の自分がどう思うかはわからないが、今この光景を見ればそれなりに受け入れられるのではないか。と晴哉は思う。

 晴哉と話している間にも美遊の体が徐々に光の粒子となっていく。

 

『お父さん、最後に一つだけいいかな』

 

「ああ。遠慮せず言ってくれ」

 

 晴哉から言質を貰うと美遊は照れくさそうに頬をかいた後、表情を崩した。その表情は奇しくも先程銀が安芸の前で見せた笑顔ににていた。

 

『私、またもう一度人生を歩めるのなら今度もお父さんとお母さんの子供がいいな。とても、とっても楽しかったから!』

 

 美遊は泣き笑いに近い状態で告げると俺の返事も待たずにそのまま光の粒子となって消えていってしまった。最後に「またね」とだけ言い残して。

 

「またね。って。はあ……。そうなる気しかねえじゃねえか」

 

 思わず晴哉は**がいた場所に向けて微笑みかける。

 

(また、忘れちまった……)

 

 せっかく思い出せたと思ったのに。そのまま今度こそは覚え続けているつもりだったのに。妙にやるせない気持ちになり、晴哉は虚空を見つめる。すると、風がようやく顔を上げて晴哉に問う。

 

「誰と話してたの?」

 

「えっと……将来、娘になるかもしれない子?やっぱり誰なのかは思い出せないですけど」

 

「あんた大丈夫?やっぱりさっき変なところ打ったんじゃ…」

 

「あはは。かもしれないですね」

 

 晴哉はまた少しだけ悲しげな表情を浮かべた。それを振り払うように上空を見上げる。風もそれに釣られて空を見上げた。

 見上げた先で天の神は既に第二射の用意に入っている。今にも撃ち下ろされたそうな光景を見て、風は思わず呟いた。

 

「どうなると思う?」

 

「勝ちますよ。絶対に」

 

 そう言って笑った晴哉の横顔は完全に勝ちを確信していた。何故そう思えたのかはわからない。けれど、不思議とそんな気がした。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 晴哉が目を開けるとそこは学校の屋上だった。空は青く透き通り、先程まで広がっていた絶望はない。

 晴哉は身体を起こして辺りを見渡す。案の定誰もおらず、何故か学校は学校でも神樹館小学校の屋上だ。

 

「なーんで俺だけ神樹館の屋上なんだ……」

 

 晴哉は再び脱力感に襲われてその場に座り込んだ。気になることは山ほどある。友奈がどうなったのか。みんなは無事なのか。

 晴哉は小さく笑ってから悪態を吐いた。

 

「最後の最後まで俺にだけは嫌がらせを続けるなんて。やっぱりお前、性格悪いよ。神樹様」

 

 人々に味方し、友奈と世界を元に戻すために全てのその力を使い果たし、散華。完全に力を失ってしまったであろう神樹のある方向を眺める。

 晴哉は神樹のある方向から視線を逸らし、全てのはじまりの場所で、晴哉は風から連絡が来るまでの間、守りきった街並みを見下ろしていたのだった。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 最終決戦から二ヶ月近くの時が過ぎた。神樹という国の根本的存在を失い、日常は大きく変わりつつある。まず第一に生活必需品が配給制になった。一時的な措置であるようだが、それもどうなるかわからない。

 次に世界を取り囲む壁が消失した。これは壁の先の世界へ行くことを可能としたが、同時に人々の不安を募らせることとなる。神樹はもういない。守ってくれる絶対的な存在を失った人々の心に暗い影を落とし込むのには十分過ぎた。

 そして、大赦の事実上壊滅により政治体制は大きく崩れかけた。すんでの所で持ち堪えているがそれもどうなるか。

 讃州中学勇者部はそんな中でも変わらなかった。風先輩は卒業と共に引退し、今は樹新部長を中心に部活が行われている。

 今日も部活はある。しかし、晴哉はそれに参加できないでいた。晴哉とて参加できるものなら参加したかったが、いかんせん大赦から呼び出されて仕舞えば行かざるを得ない。

 晴哉は神器使用の上限超過による後遺症でしばらく片足の機能がうまく機能しないと言うことで杖をつきながら歩く羽目になっていた。治る保証はあるらしく、それでも相当の時間がかかるみたいだ。

 大赦の施設の扉をくぐると以前よりもやはり人気はない。殆どの神官が神樹と一体となるためにその身を稲に変えてしまった。その一帯を見にいったのだが流石に絶句した。今は立ち入り禁止となっているが、あの場はその方がいい。人が見るものではない。

 施設内を進んでいくと一人の巫女がいた。今はもうその仮面を外している。なんだか、久しぶりにその素顔を見た気がした。

 

「鷲尾くん。来てくれたのですね」

 

「安芸先生の呼び出しを拒否したことなんて一度もないですよ」

 

「……どうだか。とりあえず外に出ませんか?こんな場所で話すのも貴女は気分が悪いでしょう」

 

 安芸は晴哉より数歩前を歩き、そのまま外に出る。海沿いを安芸と歩きながら、晴哉は海を見た。波は穏やかで、心地よい風が吹いている。晴哉の心も自然と穏やかなものへと変わっていく。

 安芸は大橋を一望できる砂浜で足を止める。砂浜の呼称を示す看板があるが文字が擦り切れてしまい文字は読めなかった。

 

「鷲尾くんは海が好きだと聞いたので」

 

 晴哉はうなじの辺りを軽く掻く。大体誰の話を参考にしたのか想像は容易かった。小さい頃から時間があれば晴哉は父親と母親にこの大橋を一望できる砂浜に何度も連れてきてもらっている。不思議と惹きつけられる場所だったから、晴哉の記憶には色濃く残っていた。

 

「父さんにでも聞いたんですね」

 

「ええ。貴方のご両親は今思えば懸命な判断をしたのだと、私は思います。三ノ輪さんのご両親も。ただ、乃木さんのご家族は……」

 

「……やめましょ。こんな湿っぽい話。俺は今日、先生と明るい話をするために来たんですから。いや、でも湿っぽくはなっちゃうのかな…」

 

 安芸は晴哉のその台詞に目を丸くした。以前の晴哉であれば嫌味の一つも言っていただろうに。安芸の反応に晴哉は首を傾げた。

 

「な、なんですか?」

 

「いえ。人はこうして大人になっていくのかな。と思ったので」

 

「???」

 

「気にしないでください。私の戯言です」

 

 晴哉はとりあえず首肯しておく。とは言え、一体何の話なのかこの短時間では理解できなかった。

 しばらく二人の間に静寂が流れる。波が砂浜に打ち付ける音だけがこの空間を支配していた。そんな中、晴哉は安芸の方を見てから突然頭を下げた。安芸はまたその目を丸くする。

 

「今までご迷惑ばかりかけて、酷いことも沢山いいました。本当にすみませんでした」

 

 安芸は最初、呆気に取られていたが段々と言葉足らずの晴哉の真意が理解できた。思い返せば銀にも言われたが安芸と晴哉の関係性は互いの立場によるすれ違いを繰り返し続けた結果、擦り切れてしまったように思う。

晴哉もそれを理解しており、その原因が全て自分にあると踏んだのだろう。他者を理解できなかった自分の過ちだ。と。

 

「鷲尾くん。顔を上げてください」

 

 安芸に促され、晴哉は顔を上げる。再び視界の中に安芸が入った。晴哉の目に映る安芸の表情も何処か穏やかなものだった。

 

「私は何も気にしていません。私にも言葉足らずの場面はたくさんありましたから。私も貴方に謝らなければならない」

 

「俺も、先生には何とも思ってませんよ。むしろ感謝してます。俺を見つけてくれた事、鷲尾家に預けてくれた事。たまーに様子を見に来て遊んでくれた事。『守り人』としての稽古をつけてくれた事。命を助けてくれた事。感謝しても仕切れないです」

 

 これらの言葉は晴哉の本心だった。何一つと嘘のない。純粋であるが故に人の心には届きやすかった。安芸は唐突に晴哉に背を向ける。晴哉は安芸の行動には一切触れなかった。安芸はこれまで我慢していたものが、抱え込んだ重みが堰が切れたように溢れ出した。

 晴哉は安芸が落ち着くその時まで安芸の後ろにそっと寄り添っていたのだった。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「はあ。で、園子は大赦をぶっ潰そうとしたと。園子の持つ特権と草を最大限に利用して。お前はちょっと魅力を感じた。となかなか意味がわからないのは俺だけか?」

 

「魅力は感じたのは確かだけど、止めたわよ。ちゃんと。樹ちゃんの言葉がそのっちを完全に引き止めたわね」

 

「言うようになったね。樹も。後輩の成長がこんなにも嬉しい事だとは思わなかったよ」

 

 晴哉は安芸と本当の意味で邂逅したその日の夜、大橋市から讃州市に戻り、そのまま東郷の家に赴いていた。その日の部活で起こった事を簡潔に聞いたのだが、それはもう何というか。園子らしさが溢れていた。

 

「自分が……。っていう自己犠牲精神は変わらないな」

 

「どの口が言うのよ。もう兄さんの身体、生きてるのが不思議なくらいじゃない。そんなボロボロな状態で言われても説得力ないわ」

 

「言うて今だけだよ。直ぐに元に戻るさ」

 

 心配気に見つめる東郷に小さく笑いかけてから晴哉は顎に手を当てて今後の自分がすべき事を考えた。そこに東郷が晴哉の思考を遮るように先程の話に補足をする。

 

「それと兄さん。そのっちが兄さんに伝えるようにって。これ」

 

 東郷に渡されたのは手紙だった。晴哉はその手紙をとりあえず開いて読んでみる。内容を咀嚼し、理解していくごとに晴哉の眉間には皺が寄って行った。

 

「なあ、須美。園子、本当に樹の言った事わかってるのか?」

 

 先程話を聞いていた限り、樹の「もう危ないことはやめてください。私たちは中学生なんです。勉強も部活も、大切なことはもっとたくさんあるんですから」という心打たれる言葉に園子は納得したのではなかったのか。東郷も肩をすくめる。

 

「一応、基盤は作っておきたいんだと思うわよ」

 

「なるほどね……。はあ…。とりあえず手回しだけはしときますよ。まったく」

 

 晴哉は珍しく園子に呆れている様子だった。手紙は東郷の部屋の隅に置かれていたシュレッダーにかけた。あり得ないと思うがクーデターが失敗して自分が関与していると疑われた際、証拠が残っているとまずい。

 東郷は晴哉の行動の意味を直ぐに察したのか目を細めた。

 

「案外、兄さんは薄情なのね」

 

「ほっとけ。一人でも生き残れれば何か起きるしな」

 

「乃木若葉も白鳥歌野もそうだったものね」

 

「……あれこそ、本当にそうだな。諦めなかった結果がこれだ。でも、俺があの光景に耐えられるとは流石に思ってないよ」

 

 手紙を全てシュレッダーにかけ終わると晴哉は一息吐いた。やはり何処か難しい表情を浮かべている。

 

「迷ってるの?」

 

「迷ってはないよ。園子に協力して欲しいと言われたら俺は頷かざるを得ないしね。ただ……」

 

「お父様とお母様ね」

 

「そそ。まあ、多分納得はしてくれるとは思う。協力だって一番にしてくれそうだけど、万が一旧体制派(仮)になられるとね」

 

 晴哉の立ち位置は微妙に難しいらしい。

 

「とりあえず、園子と相談しながら穏便にクーデターは成功させるよ」

 

 これが今の所、晴哉の出した答えだった。まだその表情には迷いはあるものの、ある程度は納得しているようだった。内心ビクビクである。

 

「っと、こんな物騒な話はここまでにして。須美、明日出かけないか?久しぶりに」

 

「いいけど、何処に行くの?」

 

「くっくっくっ。何処だと思う?」

 

「どうせイネスでしょ。いいわよ。兄さんを介護しないといけないしね」

 

「ぎ、銀と一緒にしないでくれ……」

 

 東郷は晴哉の杖を持ち上げて小さく微笑んだ。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 その日の夜、晴哉は園子に呼び出された場所に向かった。場所はとある歩道橋。晴哉が到着した時には既に園子はおり、街を見渡していた。

 

「園子」

 晴哉が声をかけると園子はゆっくりと晴哉の方を向いた。

 

「来てくれると思ったよ。ハルスケ」

 

「悪いな。今日、部活の方に出れなくて。須美から話は聞いてる」

 

「あはは。いっつんに止められちゃった。あそこまで言われちゃうと流石の園子さんでも慄いちゃうんよ」

 

 園子は嬉しそうに笑った。きっと、止めてもらえたことが園子にとっては嬉しかったのかもしれない。晴哉も園子に釣られて笑みが溢れた。

 晴哉は園子の隣に並んで園子にならい街を見渡す。

 しばらく二人の間を静寂が包み込んだ。先に話を切り出したのは園子だった。

 

「私、嬉しかったんだ。もう、御神輿にされるのには慣れてたんだけど、みんなの反応を見て私は誰のものでもないんだって。ようやく気づけたよ。私、ようやく人に戻れたんだなって」

 

「そっか……」

 

 園子が胸に手を当てて、感慨深げに息を吐く。そして、コートの内側から封筒を一通取り出す。園子はそれを一思いに破り去った。

 

「ハルスケ!」

 

「ん?」

 

「私、乃木家の末裔じゃなくて一人の乃木園子として勇者部を続けるよ!それが今はすっごく嬉しいんだ!」

 

 園子のその表情は晴哉が本当に久しぶりに見るものだった。最後にここまで天真爛漫に笑った姿を見たのは2年前。晴哉は園子に再びこの表情をさせてくれた勇者部のみんなに心の内で感謝した。

 そんな時、背後に気配を感じ、晴哉は振り返る。

 

「先生?」

 

「鷲尾くん、先程ぶりですね。…園子様」

 

 晴哉は思わぬ人物の登場に少々面食らった。安芸はフッ。と小さく笑ってから園子の名を呼ぶ。しかし、安芸の呼ぶ声に園子は反応しなかった。

 何かに気がついたのか安芸は一度咳払いをしてから一歩園子の方に歩み寄る。

 

「乃木さん」

 

「うんっ。先生、待ってたよ」

 

 園子はようやくここで安芸の方に振り返る。晴哉は一連の流れを把握すると園子のちょっとした性格の悪さに苦笑いを浮かべた。

 

「本当に決心を?」

 

「うん」

 

 園子は頷く。その反応を見て、安芸は表情に陰りを見せる。

 

「本音を言うのなら私はーーーーーーー」

 

「ありがとうね先生。私ね、自分で決めたんだ。もう誰かの命令じゃないからオーライ。助けてくれる?」

 

「もちろんよ。どうしたらいい?」

 

「大赦を潰すのは中止。もっと穏便なやり方にするんよ」

 

 園子はそう言うと晴哉の方を見た。晴哉は園子の「クーデターは起こさない」という趣旨の発言にホッと胸を撫で下ろしていたところだった。

 

「ハルスケも協力してくれる?」

 

「最初からそのつもりだよ」

 

 晴哉の即答に園子は満足気に頷く。

 

「乃木さん、貴女は……」

 

「私ね、ピッカーンと閃いたんよ。今のバラバラの大赦を纏めるには新しい御神輿が必要でしょ」

 

 安芸と晴哉は同時にその言葉に衝撃を受けた。しかし、安芸はそれを園子の覚悟だと察したのか何も言わずに肯定した。

 

「そのお役目って私とハルスケが適任じゃない?」

 

「え、俺も?」

 

 思わぬタイミングで自分の名前が出た事で晴哉の脳内が疑問符で埋め尽くされる。

 安芸も「なるほど。それなら確かに…」と納得した様子を見せていた。

 晴哉もしばらく悩んだ末、ようやく園子の心理にたどり着いた。

 

「ハルスケが私のバックにいれば基本的に大赦の反対派は黙るからね〜」

 

「置き物かい……」

 

 大赦で大きな発言力を持つ鷲尾家兼時を司る神。それが園子に味方している。これ以上のものは存在しないのだろう。

 

「あと、ハルスケは私がやりすぎたら止めて欲しいんだ。ハルスケとはとーっても重要なところで意見が食い違うからさ」

 

「……了解。今度はちゃんとお前を支えてみせるよ」

 

「今度?」

 

「いや。なんでもない。こっちの話だ」

 

 晴哉は園子のしようとしていることに納得したのだが、安芸はまだ何処か完全には納得できていないようだった。

 

「乃木さん。それではまた貴女が辛い思いを」

 

「大丈夫!私はもう人形じゃないから。部活も大赦も両立させるなんてカッコいいよね!青春バリバリだよ!」

 

 安芸は園子の言葉を受けて完全に納得したようだった。ここでも教え子の成長を感じたのか、安芸は嬉しそうに微笑む。

 

「乃木園子の新しいステージ!振り落とされるなよ!」

 

 園子は満面の笑みで晴哉と安芸に親指をサムズアップ。安芸はこの時、何故、あの時銀によって説得され生き延びたのか真の意味を理解した気がした。生き延びたのは乃木園子を支えるためなのだ。と。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 場面は移りに移り、園子を支えると晴哉が表明した次の日、晴哉は約束通りおでかけ。と言うよりリハビリがてら東郷と丸亀城に来ていた。来たのはいいのだが……。

 

「兄さん、案外あの人たちの言うことに理はあるのだと思うのだけど」

 

「うん。まあ、大和民族云々は須美が惹きつけられそうな言葉だけども」

 

 東郷は丸亀城前で集会を開いていた集団の声に耳を傾け、妙に惹きつけられていた。そちらに向かって行かないよう晴哉は必死に東郷を抑える。晴哉は以前にもこの団体をイネス前で見ていた。

 ただ、晴哉も彼らの言う事は一理あると感じていた。時代が異なれば人々を惹きつけられる内容だが、神権政治が行われている今はあちら側がカルトじみていると思われても仕方がない。それだけの長い年月を人々は神を頼り続けていたのだと実感する。

 大和民族の団体さんの前を通り過ぎ、丸亀城の敷地内に入る。敷地内を歩きながら晴哉と東郷はこれから先の事を話し合った。

 

「兄さんはこの先どうするの?」

 

「とりあえずは部活して、勉強して、高校に無事上がれたらいいなって感じ」

 

 何の変哲のない未来展望だが、昨日の園子を見て晴哉はそれでいいと強く感じていた。きっとこの先、何年後かはわからないが園子に振り回される日常がやってくるのだろう。それまでの休養期間と晴哉は位置付けた。

 

「そう言う須美はどうするんだ?そうだな…高校は行くとしてその先」

 

「まだ決めてないわ。けれど、何となくだけど友奈ちゃんと壁の外に行って冒険でもしてる気がするわね」

 

「考古学的に見たらかなり壁の外って面白そうとは思うな。須美、確か将来の夢歴史学者だったよな?向いてると思うぞ」

 

 晴哉は初めて東郷。と言うより鷲尾須美と出会った日の事を思い出す。

 

「私、かなり食い気味だった気がするわ。恥ずかしい…」

 

 当時の会話を東郷も思い出したのか、少し頬を染めて俯く。晴哉は東郷の様子を見て、少しだけ揶揄った。

 

「須美が好きなの昭和時代だもんな」

 

「も、もう!兄さん揶揄わないで」

 

 東郷は珍しく顔を真っ赤にして晴哉の横腹を小突いた。晴哉は他にも揶揄える内容があっただろうかと記憶を辿っていると、次は二の腕を摘まれたのでこれ以上記憶を遡る事はできなかった。

 丸亀城の天守へと続く登り坂に差し当たり、東郷は晴哉に寄り添う形で歩みを緩める。

 

「なんか俺、本当に介護されてないか?」

 

「今の兄さん、歩き方がぎこちないから仕方ないわよ。諦めて。ほら」

 

「すまん」

 

 晴哉は東郷から差し伸べられた手を取って一歩一歩踏みしめるように歩く。そんな時、僅かに知らないのに知っている人物達が目の中に映った。誰かが卒業証書を受け取っている。みんな、笑顔だった。

 

「兄さん、右眼」

 

「なんか最近こう言うことが多くて……」

 

 東郷に指摘され、携帯端末を鏡がわりにして自分の顔を見る。右眼の辺りに薄らと蒼白い紋章が浮かび上がっていた。

 

「そこに生きてた人たちの姿が見えるのだったかしら」

 

「そそっ。良さげな光景だったよ。初代勇者様達にもこんな穏やかな時間が流れていたんだなって」

 

 晴哉は一度瞬きをするとその光景は元に戻る。すると蒼白い紋章も同時に消えてしまう。

 

「兄さんも大変ね」

 

「正直いい迷惑だよ。はあ……。本当の意味で人として生きたい…」

 

 それは晴哉の心の底からの懇願だった。しかし、もしかしたらこれもある種課せられたお役目なのかもしれない。と晴哉は最近よく考える。今の所、自分にしか辿れないものもある。大赦に不都合であったと、存在を消されてしまった二人の足跡も辿れるのではないかと淡い期待を込めていた。

 東郷と晴哉は侵入が許される地点まで出向き、丸亀城の敷地内から外に出た。何でも、しばらくすると再びこの場は侵入できなくなるらしい。園子のせいで。昨夜既に園子は、政治的拠点を丸亀城に据えると公言した。何とも気が早いことだ。と安芸も帰り際苦笑いを浮かべていた。

 

「この後は何処に行くのかしら」

 

「俺は一回大橋の鷲尾家に戻るつもりだけど、須美はどうする?」

 

「今日は一日付き合うって決めたから兄さんに付いて行くわ」

 

「りょーかい」

 

 それから電車に乗って一駅移動し、二人は何ヶ月ぶりに鷲尾家の敷地内に足を踏み入れた。

 

「ただいま戻りました」

 

「お邪魔しま……ただ今戻りました」

 

 言い直した東郷を見て晴哉は小さく吹き出した。東郷にジト目で睨まれ、晴哉は大人しく廊下を進んでいく。晴哉は突き当たりの大部屋にたどり着くとノックをしてから扉を開けた。部屋の中では父親が何やら集中した様子でパソコンをいじっていた。二人の存在を背後に感じ、父親は晴哉と東郷の方を向いた。

 

「すまない。気が付かなかったのを許してくれ」

 

「ただいま、父さん。気にしなくていいよ。母さんは?」

 

「母さんは二階で話している。須美も、よく帰ってたね。お帰り」

 

 父親は東郷に労いの言葉をかけ、柔和な笑みを浮かべた。父親からすれば例え義理とは言え大事な一人の子供が帰ってきてくれて嬉しくないわけがないのだろう。想像はその表情を見るだけで容易だった。

 

「ただいま戻りました。お父様。お元気そうで私も嬉しいです」

 

「はっはっはっ。あんな事があった後だが、晴哉よりも健康さ」

 

「よく言うよ。俺が直前に精霊を通じて釘刺しておかなかったら例のごとく稲になってたのに」

 

 厳格だった父親が肩から荷が降りためか、やけに砕けた口調で明るく振る舞う姿に東郷は違和感を感じた。それは晴哉も同様なようだった。

 

「どったの。今日。父さん変だけど」

 

「須美が帰ってきてくれて少々舞い上がりすぎたかもしれないな。んんっ。さてと、話さなければならないことは沢山あるが……」

 

 ただの親バカだった。幾ら大赦で絶大な発言力を持っていようと子供の前ではただの父親になる図に思わず東郷は笑みを溢す。そして、自分がそこまで愛されていた事に感謝した。

 

「すまん。須美、連れてきたのに申し訳ないんだけど少しだけ席を外してくれると助かるかな。すぐ終わる」

 

「わかったわ。お父様、お母様は二階でしたよね?」

 

「ああ。そろそろ話も終わる頃だと思うから時間的にはいいかもしれないな」

 

 東郷は頷くと晴哉に目配せをしてから部屋を出ていった。東郷が二階へと登る音を確認してから晴哉は話を始める。

 

「単刀直入にお願いします。俺たちに力を貸してくれませんか」

 

「……意地悪な事を聞いても良いだろうか」

 

「なんなりと」

 

「それは自分たちの利益の為か」

 

「違う。この土地に住むすべての人の為です」

 

 即答した晴哉の真っ直ぐな言葉と視線は父親を納得させるには十分すぎた。それと同時に父親は自分の息子のことが誇らしくなった。

 

「課題は山積みだぞ」

 

「覚悟はできてます」

 

 この先直面するであろう事を想像しても、もう晴哉は恐れなかった。父親は満足げに頷くとひとまず話はここまでだ。と区切りをつける。

 

「この話はここまでで良いだろう。須美を呼んできなさい。お茶にでもしよう」

 

「ん。呼んでくるよ」

 

 晴哉は立ち上がり、東郷を呼びに行くために杖をついて大広間を後にする。父親はその後ろ姿を見て、息子の成長ぶりに目を細めたのだった。

 

 

「晴哉ってば須美が来る前はね」

 

「ふふっ。兄さんらしいわ」

 

「あの、俺をあまり辱めるのはやめてくれない?すっげえ居心地が…」

 

 今では貴重品になりつつあるお茶を飲みながら四人は机を囲む。なんでも話を聞いたところによるとこの四人分で最後だという。

 父親も母親も立場と比較して贅沢をしていたという事はなかったが今まで以上に節制をする事にしたようだ。

 

「松山の方へ旅行に行った時は松山城の中に亡霊がいるから行きたくないって駄々こねてたな」

 

 意外にも東郷は自分が出会う前の晴哉の事を詳しくは知らなかった。会話も次第にその方向はシフトチェンジし、父親も過去を懐かしんでいた。晴哉は対照的に恥ずかしそうにしており視線が定まっていない。今もカップにお茶が入っていないにも関わらずカップを口につけていた。

 

「兄さん、怖いもの嫌いだったのね。意外だわ。頻繁に夜外に出ていたから気にしてないのかと」

 

「ぅ…。前日に見た時代劇に城が出てきて、その中で人がバッタバッタ血を流して死んでいくものだから血がまだべっとり城の壁に付いてると思って。めっちゃ怖かった」

 

 凄く揶揄いがいのある話題に東郷は気分が沸き立つ。普段、晴哉に揶揄われてばかりなので今回仕返しができるかもしれないと思った。

 晴哉はまたバツが悪そうにカップを口につけ、中に液体が入っていないのを知ると大人しくカップを置く。

 

「他には何かあったかしら」

 

「まだあるの?」

 

 東郷が食い気味に母親に詰め寄る。東郷のそんな様子を見て、母親は嬉しそうに笑った。

 

「他にはねーーーーー」

 

「うんうん!」

 

 女性陣は女性陣で話を始めてしまい、東郷の隣にいた晴哉の耳にはその会話が一言一句入ってくるわけで相変わらずの肩身の狭さを味わう羽目になった。そんな晴哉に父親が慰めの言葉をかける。

 

「晴哉も大変だな」

 

「俺、しばらく須美と顔合わせられんかもしれない」

 

 団欒は緩やかに流れていくーーーーー。

 

 

「あら。もうこんな時間。話すぎちゃったわ」

 

「凄く楽しかったわ」

 

 晴哉の恥ずかしい話をたらふく平らげた東郷は満足そうに一息ついた。時間は既に夜の七時を回っていた。来た時間自体が遅かったと言うのもあるがよっぽど話に熱中していたのが窺える。

 東郷も時計を見て「帰らないと」と小さく呟いた。その表情は少し寂しげである。

 

「泊まってくか?」

 

 晴哉はぶっきらぼうに東郷に言う。なんだか、そんな言い方が懐かしくて東郷は小さく吹き出した。

 

「今日はそうしようかしら。えっと、大丈夫そう?お父様。お母様」

 

「ええ。いいに決まってるじゃない。お部屋の準備はすぐに済ませるわ」

 

 母親は張り切った様子で使用人さんと共に部屋を後にした。よっぽど嬉しかったのだろう。あまりの即断即決っぷりに晴哉は感服する。きっと、この思い切りの良さは参考になるかもしれない。と。

 鷲尾家の方に泊まると決めた東郷はもう一度座り直す。

 

「兄さん」

 

「……なんだ」

 

「自作の小説、まだ部屋にあるの?探してきていいかしら」

 

「やめろよ!?」

 

 東郷はこれでもかと言う性格の悪そうな笑みをたたえ、晴哉は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 ちなみに東郷もかつて小説を書いた事があるが散々な評価をネット民から貰った記憶があり棚にあげた。ちなみに晴哉はそれを知らない。秘密合戦では東郷の方が晴哉を一歩上回っていた。

 

「ちなみに内容はどんなのかしら」

 

「さっき母さんから聞いてただろ。い、言わなくていいからな」

 

「兄さんが純愛物語が好きだなんて知らなかったわ」

 

「ああああああああああああああああああああああああああああ!!!?!!!?!!?」

 

 晴哉は壊れたCDデッキのような奇声を上げた後、グッタリと机の上に突っ伏した。ぴくりとも動かない。ただの屍のようだ。

 父親は若干引いていた。

 

「須美、なかなかきつい事をするんだな」

 

「普段、私の方がたっくさん揶揄われてますから。積もりに積もった分の仕返しです」

 

 ここまでやってやっとスッキリしたのか東郷の肌はツルツルだった。晴哉は二度と東郷を揶揄わないでおこうと心の隅で決意する。因果応報とはまさにこのことか。

 

「ただ、聞くところによると内容が面白かったってのは悔しいところね」

 

「や、やめてあげなさい須美。このままだと晴哉の身が持たない。……私も読んだが」

 

「父さんも読んでるじゃん。勝手に人の部屋漁らないでくれよ……」

 

 晴哉は若干涙目だった。この調子で行くと使用人さんまで見てそうな勢いに晴哉は逆に諦めの感情が生まれた。晴哉は立ち上がると一度自分の部屋に戻る。そして本棚の後ろに隠してあった忌まわしき記憶を解き放った。

 大広間に戻り、例の自作小説が書かれたノートを東郷の前に差し出す。

 

「なんとでも言ってくれ。なんか、もうどうでもよくなった」

 

 変な思い切りの良さに東郷は逆に混乱し、その状態で晴哉からノートを受け取る。しばらく、東郷はそのノートを食い入るように見た。

 数分後、読み終わった東郷はそっとそのノートを閉じ机の上に置いた。

 

「悔しいけど面白かったわ。兄さん、変に器用貧乏ね」

 

 東郷はその内容に圧倒された。内容自体は短いものであったが、それでもかなりのメッセージ性を兼ね揃え、尚且つ物語としては独特の空気感。素人がおいそれと出せるものではなかった。言ってしまえば器用貧乏とか言う比ではない。下手をすれば園子と並ぶどころか上回ってしまうのではないか。と言う領域。

 

「これ、いつ書いたの?」

 

「園子に感化された時だから割と最近だぞ。小六の夏休みくらい」

 

 この時、東郷に嫌な記憶が蘇る。自分がネット上で小説を酷評される中自分の兄は周りに見せることなく黙々とその天才的な物語を胸の奥に秘めていたのだと思うと、尚更あの時の自分の文才の無さを呪いたくなった。何故これほどのものを人に見せないのか。と問い詰めそうになったが、理由は晴哉の反応を見れば明らかだった。

 

「兄さんの意外すぎる才能が見つかったところで流石にそろそろやめておくわ」

 

「その方が助かるよ……。顔熱いから夜風当たってくる」

 

 晴哉は疲れた様子で大広間を後にした。その様子を見て東郷はやりすぎてしまったかしら。と反省した。その場には東郷と父親のみが残される。

 

「最近どうだ?」

 

「変わりなくやれてます。生活はだいぶ変わりましたけど」

 

「そうか」

 

 そこでまた会話に区切りがついてしまう。東郷は思うのだった。晴哉の言葉足らずなところや少々愛想がないのはこの人を見て育ったからではないか。と。

 失礼な考えを振り払い、今度は東郷が話題を振る。

 

「お父様はこの先どうするのですか?」

 

「大赦の名のある中で残ったのは鷲尾家と三ノ輪家のみ。今はなんとかしてこの国を支えて見せるよ。直ぐに次の優秀な世代が代わってくれるさ。そうだね。隠居でもしたら妻と旅行でもしようかな」

 

「素敵です。お母様も喜ばれると思いますよ」

 

 東郷のお墨付きをもらい、父親は小さく笑う。

 その後も二人はなんてことのない話題に花を咲かせたのだった。

 穏やかな日々が続く。これまでの事が嘘であるかのように。今日、今のこの瞬間東郷はそれを強く実感したのだった。そして同時に思うのだった。自分達のした事は間違いではなかった。と。東郷は胸を張る事ができた。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 別の日。春休みに入って部活に出るのが強制ではない日、部室にて晴哉は職員室から運ばれて来た壊れたプロジェクターを前にして唸っていた。修理の依頼を安請け合いしたのだが、見た感じこれが何故壊れているのかわからなかったのである。

 この日、一人しかいなかった部室に風と樹が入って来た。

 

「おはようございます。晴哉さん」

 

「おはよう。樹。あと、風先輩も」

 

「朝早くから部活に取り組むとは結構結構。ほれ、OGぞ。何かだせい!」

 

「急に横暴になるじゃないですか」

 

 晴哉は呆れ気味に風へ飴を一つ渡す。

 

「え、本当にくれるの?」

 

「その方が静かそうなので」

 

 晴哉は腕まくりをしてから一度プロジェクターに触れる。やはり、触れて見た感じ何処にも異常はない。

 再びため息をついて手を離した晴哉は樹から向けられる不思議なものを見る視線に気がついた。

 

「私、いつも思うんですけどそれでわかるものなんですか?」

 

「大体はね。うーん。説明は難しいんだけど……」

 

 晴哉は必死に言葉を抽出しようとするが、やはり言葉での説明は不可能であった。

 

「とりあえずちゃんとした業者に見せた方がいいって伝えときます」

 

 晴哉はプロジェクターを脇に置くと、凝り固まった身体を伸ばす。

 風は晴哉が作業を終わらせる頃にはすでに飴を舐め終わっていた。

 

「叩けば治るんじゃない?」

 

「女子力のかけらも見当たらない発言ですね……」

 

 あまりに脳筋な発言。なんとなくで晴哉は風の発言に乗ってみることにした。軽くプロジェクターの頭頂部分を叩いてみる。

 

「動くわけないか」

 

「まさかあんたが私の戯言を採用するとは思いもよらなかったわ」

 

「なんとなくですよ」

 

 晴哉は先程風に渡したものとは別の味の飴を口に放り込んだ。樹にも一個投げて渡した。

 

「あ、ありがとうございます」

 

「うん。やっぱり樹は飴を食べる仕草も可愛いわね」

 

「ありが、とう?」

 

 もう風にしてみれば樹の行動はなにもかも可愛いのではないだろうか。しかし、今見ても何とお似合いな姉妹であろう。真の意味で仲が良いというのはこういうのを指すのではないだろうか。

 二人の間に水を刺すのもいかがなものかと思い、晴哉は部屋の隅で姉妹を見守る事にした。

 窓から差し込む日光は晴哉の身体を優しく包み込んだ。晴哉はあまりの心地よさに最近の疲れも出たのか、思わず目を閉じてしまった。

 

 

「晴哉さん。晴哉さん!」

 

「ん……。ぁぁ。俺、寝てた?」

 

「寝てましたよ。すっごく心地よさそうに。お昼の時間ですから一緒にうどんでも食べに行かないかと思って」

 

 樹に言われ、晴哉が部室にかけられている時計を見ると既に昼を回っていた。そして部室内には朝見かけなかった顔がちらほら見えた。

 

「友奈と須美も来てたのか。ふわっ……」

 

 欠伸を噛み殺す事もできず、晴哉は間抜けな顔を晒す。

 

「おはよう晴哉くん!すっごく幸せそうな夢を見てたね」

 

「ん……。何の話?」

 

 友奈に言われたが、晴哉自身何の夢を見ていたかなんて覚えていない。友奈は人の夢を覗き込める謎の超能力でも手に入れたのだろうか。少し気になるところではあった。

 

「兄さん、誰かの名前呟いてたわよ。しお……なんとかって」

 

「はあ?塩?」

 

「わかるわよ。配給制になった今、塩は大変貴重だもの」

 

「いや、その路線で納得するんかい。人ですらないし」

 

 しお…何とかさんは置いておいて、晴哉は立ち上がる。

 

「思ったけど晴哉、あんた寝てないの?」

 

「寝ましたよ。ちゃーんと」

 

「もしかして私と同じで晴哉さん、朝弱いんですね」

 

「うーん。確かに朝は弱いかもしれない」

 

「はいはーい!私も朝弱いよ!」

 

「ふふっ。元気ね。友奈ちゃんってば」

 

 友奈が笑顔でいる。あれから何ヶ月も時は経っていると言うのに、晴哉は改めてこの勇者部において友奈という存在が笑顔でいる重要性があるのかを感じさせられた。いや、友奈に限った話ではない。誰もが笑顔でいられる世界こそ、本当の意味で目指すものなのだろう。

 晴哉の隣でその光景を見つめる樹も目を細める。

 

「守れてよかったですね。この場所を」

 

「本当にな」

 

 晴哉も樹に釣られて頬が緩んだのだった。

 

「ところで、銀さんと夏凛さん知りませんか?」

 

「あの二人は……。何してるんだろうな」

 

「え、」

 

 晴哉は樹に言われて気がついた。あの赤組がこの場にいないことに。

 

「晴哉さんも何も聞いていないんですね」

 

「まあ、今日は別に強制的に出ないといけないわけではないし、いいんじゃないか?」

 

「あ、てっきりみんな来てるから……」

 

 しっかりしてそうで微妙なところが抜けている樹だった。

 その頃、夏凛と銀は何をしたいかと言うとーーーーー。

 

「お!釣れた!あれ?けどこれって食べられるの?」

 

「さあ。私は煮干し以外の魚には無頓着だからわからないわ」

 

「えー、役立たずー。園子、これって食べられる?」

 

「干せばなんでも食べられると思うな〜」

 

「そ、園子サン?」

 

 園子も交え、三人仲良く釣りを楽しんでいたのだった。

 その光景を眺める一羽の鴉。ここまでこの鴉は多くの物語を見守ってきた。しかし、そろそろこの鴉にもお役目が終わる時が来た。長い長い旅路だった。鴉は羽を羽ばたかせ、遠くへ壁を越え、何処かへと消え去っていった。

 

「なあ、園子」

 

「どうしたの〜?みのさん」

 

「そこに何かいなかったか?」

 

「鳥さんじゃないかな〜。私、焼き鳥大好きなんよ〜」

 

 園子と夏凛の目には何も見えなかったが不思議と銀の目には青い羽がふわりと宙を舞った気がした。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  

 中学三年生が始まり、一ヶ月が過ぎた頃、俺は友奈の家に突然呼ばれた。一体何事かと戦々恐々としながら友奈の部屋へと通される。実にこの部屋にお邪魔になるのはあの不法侵入以来だった。俺は内心ドキドキだった。もしかしてその事がバレたのではないか。と。

 

「晴哉くん」

 

「はい!?」

 

「えっ、どうしたの?そんなにガチガチに固まって」

 

「いえ。なんでも……。んんっ。須美もいないようだけど、一体どう言ったご用件で」

 

 友奈は一連の俺の不可解な仕草に首を傾げつつも、本棚の中から一冊の本を取り出してきた。

 

「これは……」

 

「勇者御記。まだ残してたんだ」

 

「てっきり捨てたものかと思ってた。どうしてこれを俺に?」

 

「なんて言えばいいのかな。捨てちゃいけない気がして。それにこれからは楽しい事をいっぱいこれに記していきたいなって。それで、晴哉くんに一つお願いがあるの」

 

「俺が可能な事なら」

 

「ありがとう。しばらくは晴哉くんがこれを記していって欲しいんだ」

 

 俺は一瞬、友奈の言っている言葉の意味が理解できなかった。友奈は友奈で『勇者御記』を俺に差し出している。俺は何度も友奈と御記を見返してから御記を手に取った。

 

「どうして俺が?友奈が書けばいいんじゃ…」

 

「私の勇者部としての活躍は続くけど、勇者としての戦いは終わったから。けれど、晴哉くんの戦いはまだ終わってないんじゃないかな。これから先、これがあれば晴哉くんが自分の事を少しでも大事にできるかなと思ったんだけど」

 

 友奈は微かに気づいているのかもしれない。俺と園子がしようとしている事を。それと付け加えて俺の心にぽっかりと空いてしまった大きな穴を。人をよく見て、それに人一倍敏感に気がつく友奈だからこそ気づけたことなのかもしれない。

 

「勇者部六箇条一つ。無理せず、自分も幸せであること。特に晴哉くんはね」

 

「あはは。善処はするよ。けど、そう言う友奈が俺は一番心配だ」

 

「わ、私はもう無理しないよお」

 

 拗ねたように唇を尖らせる友奈を見て俺は小さく笑った。なるほどね。友奈が俺のことを心配する理由も少しはわかる気がした。未だに杖がなければ上手く歩けないし、何なら二年前から左腕がないときた。身体を張り過ぎと言われても何も言い返せる自信はない。

 

「銀ちゃん、すっごい心配してたんだよ?『ハルヤは自分の扱いが雑だから困る』って」

 

「声真似似てるな……」

 

 扱いが雑。か。

 

「とにかく。その『勇者御記』は晴哉くんに預けるね」

 

「わかった。ありがとう」

 

 俺は手渡された勇者御記をカバンにしまうと友奈は要件が済んだからか何処か手持ち無沙汰になってしまった様子だった。

 

「俺、そろそろ帰るよ」

 

「ええっ!?さっき来たばっかりなのに!もう少しお話ししようよ」

 

「お、おう。それもそうだな?」

 

 俺は浮かしかけた腰を再び下ろした。改めて友奈の部屋を見るとどの勇者部部員よりも女の子の部屋と言った感じだった。これで中身が半分くらい体育会系なのが尚更面白い。ふと視界の端に押し花で作られた栞が入る。これなら友奈の好きなことだし話も広げやすいのでは?

 

「友奈って確か押し花作るの好きだったよな」

 

「うん!大好きだよ。私の特技の一つでもあるし」

 

「よければ教えてくれないか。左腕が機械仕掛けの義手でもできるのなら」

 

「もちろん。ちょっと待っててね。準備してくる!」

 

 友奈は勢いよく立ち上がると鼻歌混じりに自室を出ていった。今思えば二年近く共に部活をしてきたと言うのにこう言う個人としての交流が少なかったように思える。単純に俺がそう言うことに意識を向けられるほどの余裕を持てていなかった。と言うのもあるが。唯一と言っていい機会は銀の誕生日プレゼントを一緒に買いに行ってくれた時だろうか。

 友奈はすぐに戻ってきて、その手には幾つもの花と専用の道具が握られていた。

 

「それでは第一回、押し花教室を始めたいと思います」

 

「よろしくお願いします」

 

「晴哉くん、作り方わかる?」

 

「友奈が幼稚園で子供達に作り方を教えてるのを聞いてたから何となく」

 

「わかった。それならーーーーー」

 

 友奈は逐一丁寧に作り方を教えてくれた。方法も様々なものがあった。ただ、物によっては完成までには少し時間がかかるとのこと。ここで初めて押し花というのが一日で成るものではないということを知った。最初の工程だけを手伝わせてもらい、あとは友奈が教えてくれたことを紙に書き、自宅の方で実践することにした。

 

「押し花ってこんなに方法があるんだな」

 

「そうだね。電子レンジで加熱して乾燥させたり、アイロンを使ってやることも出来るけど最初は普通に何日もかけて作る方が楽しいと思うよ」

 

 そう思うと幼稚園ではどちらかと言えばその場でやっていたわけではなく今回みたいに作り方を教えていたのだろう。ちゃんと作ったものはこちらです。とプレゼントしていたあたり流石と言えた。

 俺がメモした説明書きを読んでいると友奈が突然不思議な問いを投げかけてきた。

 

「晴哉くんってあまり自分の事話さないよね」

 

「んん?俺、結構自分の事話してる気がするけど」

 

「私、晴哉くんが自分の事話してるの聞いた事ないよ」

 

「うっそだ〜」

 

「本当だよお」

 

 自分のこれまでの会話を振り返ってみる。いや、案外話してはいないだろうか。

 

「昔は死ぬほど自分の事嫌いだったし、話すのは苦手だったけど今はそうでもないよ」

 

「うーん。じゃあ、なんでそう思うのかなあ」

 

「不思議なこともあるものだな」

 

 俺はウンウン唸って悩んでいる友奈を他所に、もういなくなってしまった精霊の定位置となっていた場所に目を向ける。

 

(結局、俺があれを出せなくなったのってそう言う事だったんだな)

 

 力を貸す対象が俺から友奈にシフトしていっただけだろう。まあ、またどこかで誰かに力を貸しているに違いない。高嶋友奈はそう言う人間だ。

 

「俺、そろそろお暇するよ」

 

「うん。わかった」

 

「お邪魔しました」

 

「ねえ、晴哉くん」

 

「ん?どうした?」

 

「あまり自分が我慢すればって思わないでね。例え、そのちゃんのためでも」

 

「……自分によく言い聞かせておくよ。また明日な」

 

「うん!また明日ね!」

 

 帰り際、友奈が俺に言った言葉は本人の体験もあるからか重たくのしかかった。もちろん、いい意味で。

 俺は空を見上げる。空は海を映し取ったかのように青く澄んで輝いていた。きっと勇者達の未来はこの空のように明るい。次の勇者も。またその次の勇者も。俺の役目はまだまだ続く。これから先の未来も守り続けなければならないから。だって俺はーーーーー。

 

勇者たちの『守り人』なのだから。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  

 

 八年後ーーーーー。

 

 鷲尾家では数週間前、この世界に産声を上げた一人の女の子のお披露目が行われている。今は大広間に勇者部が集合していた。本州を調査していた友奈と東郷もこの日だけは四国に戻って来ていた。

 美遊と名付けられた赤子は母親に抱かれ、スヤスヤと気持ちよさそうに眠っている。

 まず初めに友奈と東郷が美遊の顔を覗き込んだ。

 

「うわあ。可愛いね、東郷さん」

 

「ワタシモユウナチャントノコヲ……」

 

「どうしたの?東郷さん」

 

「いえ。何でもないわよ。友奈ちゃん。それにしても可愛いわね。何処となく銀にそっくり」

 

「へへっ。美遊、お前人気者だな」

 

 銀はもちもちの美遊の頬に軽く触れる。美遊は深い眠りについているようで抵抗を少し手を動かすだけに留めた。

 俺の隣にいた園子がほんわかとした声で自己紹介をする。

 

「初めまして美遊ちゃん〜。乃木園子です〜」

 

「園子の声、聞こえてるのか?これ」

 

「睡眠学習〜」

 

「そのっちって急に変なこと言うわよね。兄さんの近くにいるからよ」

 

「え、俺が悪いの?」

 

 突然あらぬ方向から飛んできた毒矢に心を貫かれる。確かに大社にいる間は園子の隣にいる事が多いけれども。

 園子に続いて風先輩も銀の許可を取ってから手に触れた。しかし、美遊は目を開けたと思ったらギャン泣き。風先輩大困惑。

 

「わ、わ、私何かした!?」

 

「手に触れましたね。以上。ギルティ」

 

「さっすが風ね。期待を裏切らないわ」

 

 俺と夏凛からの容赦のない言葉に風は肩をガックリ落とした。それにしても不思議だ。風先輩とて何度も赤子との相手をした経験はある。接し方や触れ方などは特に間違いはなかったはず。

 そんな時、風の隣から一節のメロディーが聞こえてきた。それが樹の鼻歌だと気づくのに時間はかからない。

 

「〜〜〜♪」

 

 樹が音楽を奏で終わる頃には美遊も既に泣き止んでいた。

 俺だけに限らずその場にいる全員が樹の歌に耳を傾けていた。樹は照れくさそうに微笑んだ

 

「泣き止んでくれてよかったです」

 

 俺と銀にはこの時、樹が女神か何かに見えていた。真っ先にその歌にくらいついたのは銀だった。

 

「樹、良ければその鼻歌教えてくれよ。無理強いはしないけどさ」

 

「いえいえ。全然教えますよ。まさか私も思いつきのメロディーがこんなに役立つとは思いませんでした」

 

「え、思いつきなの?」

 

 銀が目を丸くする。銀だけでなく、周りのみんなも同様の反応を見せていた。風先輩だけは誇らしげに胸を張っている。

 美遊は完全に目が覚めてしまったみたいでそのつぶらな瞳で周りにいる大人を交互に見返している。きっと、どうして自分がこうも注目を受けているのか気になっているのかもしれない。

 友奈が美遊に手を伸ばすと美遊は何を思ったのか友奈の手を軽く握り、友奈の指を吸い始めた。

 

「わわっ!?」

 

「あー、はいはいはい。ごめんみんな。ちょっと席外すね」

 

 俺とてこれでも育児について勉強はした。時間がなさすぎてほぼ独学ではあるが。それ故、今の美遊の行動が何を意味するのかは流石にわかる。本来なら育児の仕方を教えてくれる学校のような場所に銀と行くべきだったのだが。今更、そんな言い訳は見苦しいだけだ。

 銀が席を外し、周りが大人だけになる。俺はとりあえず友奈に謝っておく事にした。

 

「すまん」

 

「全然気にしてないよ。むしろすっごく可愛いかったから嬉しかったかも」

 

 とりあえず友奈にウェットティッシュを渡して手を拭いてもらった。赤子のする事は予想外なことばかりで楽しませてもらえる反面、困ることもあるのだと実感する。

 

「兄さんは美遊ちゃん、抱かないの?」

 

「抱いてあげられるなら抱いてあげてるよ。ただねえ、ご存知の通り腕がこれでして」

 

 機械仕掛けの義手を服の袖から覗かせる。須美もそれですぐに納得してくれた。

 

「アンタも大変ね。私の任務中に泣き言を言ってくるくらいには」

 

「お前は船の上で煮干し食ってるだけだろ」

 

「失礼ね。ちゃんと仕事してるわよ」

 

「私にも悩みがあるなら相談してくれればいいのに〜」

 

「少なくともお前は忙しさの元凶No. 1だからな?」

 

 俺はジト目を園子に向ける。園子も自覚があるからか、徐々に俺から視線をずらしていった。夏凛が思い出したように言う。

 

「結局アンタ、今は大社一筋だから何とかなってるけどこの先どうするのよ。教師、受かったんでしょ?」

 

「両立できないかなとは思ってる。忙しさに拍車がかかるだけなんだけど」

 

「これからは私が気をつけるんよ〜。実際、ハルスケに頼りすぎてたところもあるし」

 

「助かる。ちゃんと相談には乗るよ」

 

「うん!やった〜。まだハルスケと一緒に謀できるんよ〜」

 

「あのなあ。お前が作った敵を俺がどれだけ心を痛めて蹴落としてるかわかるか!?」

 

 反省しているかと思ったら一ミリもしていなかった。開き直ってすらいるように見える。俺は頭を抱えたくなった。

 

「兄さん、そこだけは同情するわ」

 

「ありがとう。須美。ただ…まあ。前回の件だけは俺も園子には反対できなかったから仕方ないけど」

 

 園子は四年ほど前から本格的に外の世界に生き残った人々がいないかの調査を始めている。仕方ないとはいえ、反対する勢力も当然出てきたわけで……。信者も多い分、園子は敵も作りやすい。沖縄にて奇跡的に生き残りを発見し、実績を挙げた事によって多少は改善されたもののそれでもまだまだだ。

 

「ハルスケの次のお仕事はお祭りの運営ね〜」

 

「また微妙に忙しい仕事持ってくるな。お前。やりますけども」

 

「晴哉さん、昔からそうですか安請け合いしすぎだと思いますよ」

 

 樹に苦笑いされながら言われ中学生の時、プロジェクターを修理していた時にそんな事を言われた事を思い出した。確かにあの時から何も変わっていない。

 

「そんな安請け合いしてばっかりで苦労する事に喜びを感じてるハルヤもアタシは好きだけどね」

 

「銀、あんた結構大胆に惚気るわね」

 

 美遊をあやしながら戻ってきた銀に風先輩は的確なツッコミを入れる。銀さんや。あまり皆の前ではやめてほしい。照れる。

 銀は「ごめんなさい。少しだけ見ててもらってもいいですか?」と美遊を俺の母さんと父さんに預けた。二人とも初孫が可愛いのかすごく可愛がっている。二人とも上手い距離感で銀と美遊に接してくれているので、巷で良く耳にする姑問題なるものにはならないと信じたい。

 ようやく両手が自由になった銀は肩をグルグル回して肩の凝りをほぐす。突然、園子が銀の腰あたりに抱きついた。

 

「私もみのさんの事好き〜」

 

「わわっ。ちょっと園子。急に抱きつかないでくれよ」

 

 よしよし。と頭を撫でる銀と気持ちよさそうに頭を撫でられる園子の図。ムズムズしている須美に俺は声をかける。

 

「混ざれば?」

 

「……」

 

 須美は無言で銀と園子に歩みよるとスポッと二人の間に収まった。その様子に他のメンバーは吹き出した。

 

「何してんだ須美」

 

「仲良くしてるから私もって思って」

 

「犬かお前は」

 

「きっと、わっしーもみのさんに頭撫でられたいんだよ。うまいもんね、みのさん」

 

「なんだ、甘えん坊さんか。よしよーし」

 

「………」

 

 須美は何も言わずに目を細めていた。きっといつかの思い出も脳裏をかすめている事だろう。

 

「アンタはいいの?」

 

「いや、俺が行くのは意味がわからんでしょうよ」

 

「てっきり、わすゆ組だし行くのかと思ってたわ」

 

「な、なに?そのわすゆ組って」

 

 夏凛が自分で言ったことに対して首を傾げたので俺は「えぇ……」という表情を浮かべた。自分の言った事には責任を持ってほしいものである。

 

「なら、私たちはゆゆゆ組だね!夏凛ちゃん!」

 

「待て待て待て待て。友奈も乗っからないでくれ!」

 

 その微妙にわかりそうでわかりにくい略称、今後も展開されていきそうである。

 何となく俺は美遊の様子が気になり、友奈達に断りを入れて大広間を後にした。そのままの流れで向かいの部屋に入る。中には自分の父親と母親、銀方の家族がいた。最初に俺は銀方の家族に頭を下げ、挨拶を交わす。

 

「お久しぶりです。義父さん。義母さん」

 

「晴哉くん。久しぶりだね。銀は迷惑をかけてないかい?」

 

「迷惑だなんて。俺には勿体ない人です」

 

 俺は本心をそのまま伝える。この場にいる全員がクスッと笑った。俺、変な事言っただろうか。だいぶ成長して銀に負けじと劣らないくらに負けん気が強そうな鉄男の方をチラッと見る。

 

「にいちゃん、姉ちゃんのどこがよかったの?」

 

「すまん。見る相手を間違えた」

 

 俺はすぐに鉄男から視線を逸らし、美遊の方へと向けた。美遊は母さんの膝の上で何やら手を動かしていた。本当にこの子は何を考え、何を見ながら生活しているのだろう。

 

「晴哉、もうよかったの?」

 

「ひと段落したから美遊の様子を見にきただけだよ。産まれて間もないとはいえ、あまりかまってあげられてないし」

 

 母さんの隣に腰掛けると、美遊は俺の方へと手を伸ばした。母さんは微笑むと美遊を俺の膝の上に預けてくれた。まだ首は座っていないのでしっかりと支えてやる。

 

「そんなに手伸ばしてどうしたよ」

 

「晴哉の手を握りたいんじゃないか?」

 

「なるほど」

 

 俺は美遊に小指を近づける。すると美遊は笑顔で俺の指をその小さな手で握った。実を言うと美遊の前に似たような体験をしているが、それは俺と園子、安芸、それと本当に内密な人しか知らない。防人組には何度か釘を刺したおかげか、今のところ情報は流出していない。

 美遊と戯れ、自然と笑みが溢れる俺の横で、これまた大きく成長なさった金太郎が美遊を覗き込んだ。もう10歳と言う事に衝撃を受けております。

 

「髪の毛の色、お姉ちゃんにそっくり」

 

「髪の毛はどちらかと言うと三ノ輪家寄りだな」

 

 俺としては性格も銀に程近いものになるのではないかと予想している。外を走り回っている様子が容易に想像ついた。

 

「にいちゃんが姉ちゃんのこと助けてなかったら美遊も生まれてきてないって思うと感慨深いな」

 

「鉄男、マジでお前成長したのか…」

 

「は?」

 

「ごめん。黙るよ」

 

 部屋は笑い声で満たされたが俺は内心穏やかではなかった。

 反抗期の子、怖い。俺、先生やっていけるだろうか。一抹の不安が頭をよぎる。気にしすぎか。流石に。

 鉄男と金太郎の注意が美遊に向き、落ち着いたところで銀の母親が心配気に声をかけてくれた。

 

「晴哉くん、身体は大丈夫?」

 

「はい。足もだいぶ前に元に戻りましたし。けれど、今は銀の方が少し心配です。俺のせいで美遊の育児任せっぱなしですし」

 

「仕事ばかりもいいけれど、銀も、この子もちゃんと見てあげてね」

 

「肝に銘じておきます」

 

 また園子から仕事を安請け合いしてしまいました。とは言えなかった。

 

「あう、あ」

 

 何だか俺の手を握って唸る美遊に責められている気がしてきた。うん。大社、辞めようかな。その方がいい気がするぞ。

 真剣に検討を始めてしまった俺の様子を見て、銀の母親は目を細めて小さく笑った。

 

「別に責めてるわけではないのよ?ただ、ね。子供って言うのはわかるのよ。自分が愛されているかどうかって」

 

「……」

 

「ふふっ。ごめんなさいね。こんな事を偉そうに」

 

「いえ……。ためになります。お義母さん、美遊少しの間お願いしていいですか?」

 

「もちろんよ」

 

 俺は美遊を銀の母親に一旦預ける。銀の母親はさすがと言っていいほど扱いに慣れていた。

 

「美遊、またすぐ戻ってくるよ」

 

 美遊に小さく微笑んでから俺は軽く頭を撫で、部屋を後にした。俺は再び向かいの部屋に戻る。談笑している園子の名を呼び、俺は頭を下げた。

 

「園子」

 

「あ、ハルスケお帰り〜」

 

「悪い。さっきの仕事の依頼、他の人に回してくれないか。頼む」

 

「あ、さっきのあれ〜?あれ、冗談だったんだけどなあ〜」

 

「へ?」

 

「私もハルスケにそこまで頼りきりじゃないしね〜。と言うわけで、ハルスケには新しいお役目を与えるんよ〜」

 

 俺は目を点にしながら園子の話を聞いていた。須美の方をチラリと見る。『注意しておいたわよ』とその目は言っていた。須美へのお礼は後ほどにして、俺は園子の言葉に耳を傾ける。

 

「ハルスケにはしばらく大社はお休みしてもらいます〜。そうだね〜。一ヶ月くらい〜?いや、もっとかな〜」

 

「そ、園子?」

 

「決めた!美遊ちゃんが一歳になるまではよっぽど私が困らない限り、大社に来るのは任意とするんよ」

 

「あ、ありがとう。急すぎてちょっと混乱してるけど」

 

 混乱する俺の肩をポンポンと軽く夏凛が叩く。

 

「アンタがいない間は私が園子の事を支えるから大丈夫よ。ちゃんと、美遊ちゃんの事見ててやりなさい」

 

 お、男前すぎる。カッコいい。と素直に思った。

 樹は感心した様子で言う。

 

「晴哉さんも美遊ちゃんの為なら園子さんのお願いは断れるんですね」

 

「今回は、ね。それに園子も今は支えてくれる人がたっくさんいるし」

 

「そうだね〜。凄く幸せな事なんよ〜」 

 

 園子の表情は本当に幸せそうだった。これ以上ないくらいの満面の笑みを浮かべている。これだけ支えてくれる人がいるのなら、園子も間違いは犯さないだろう。それは俺も同様だった。俺も、間違いを繰り返すことはない。その確信があった。

 俺はこの場にいる全員の顔を見渡す。次々と色々な感情が湧き出してきた。それを言葉にして仕舞えば一体どれだけの時間がかかるかわからないくらいに。同時に俺は思いを馳せる。これから先の俺たちの紡ぐ物語を。次の誰かに紡がれる物語をーーーーーー。

 

                         【終】




ようやく。よーうやく第四幕を終わらせることができました。若干駆け足だったかな。と思わなくもないですが。
こんな駄文に付き合ってくださる皆さん。本当に感謝しています。まだ、完結できていない章もあるので気ままにやっていこうと思います。
今後もよろしくお願いします!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。