花を咲かせ、未来に繋ぐ [加筆修正中]   作:まんじゅう卍

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とてつもない量の文章になってしまいました。
ついつい書きたい事を書いていたらこの有様に。
どうかお付き合いください。前日譚のようなものですが。
それではどうぞ。


ステージ・ゼロ 希望

 終神紀10年 

 神樹が死に、天の神の慈悲により、残された香川県。四国全体を覆っていたはずの壁は、神樹の最後の力により香川のみに構築され、最後の抵抗を終えた。

 大赦と言う組織は最早形式上だけの形となり、何の意味もなさないでいた。世を統治する機関がなければ暴動が起き、それこそ人類消滅になりかねない。もしかしたら天の神は人類が早々に内輪揉めで全滅すると思ったのかもしれない。

 そうならなかったのはひとえに乃木園子のお陰であった。朽ち果てていた大赦を実力行使で乗っ取り体制を新しく整えてしまったのだから。

 だが、それでもかなり不安定である事は否めない。

 人類生存。世の安定をひたすら求めた結果乃木園子は手がつけられないほど冷酷な人間へと変貌してしまった。だが、それも秩序を保つ上では仕方がなかったのかもしれない。

 犬吠埼風は人類生存戦略を任されている研究所へ。三好夏凛は園子の側近に。犬吠埼樹は少しでも人の助けになるのならば。と。各地を歩いて人々に歌を届けている。

 だが、夏凛の方は元々優しい性格であったがために今の園子の命令にかなり自分の心をすり減らし精神疾患状態になってしまったらしい。らしい。と言うのは、直接聞いたわけではないからだ。本当なのかはわからない。

 そんな中俺は。鷲尾晴哉は何もかもを取りこぼし最後に手の内に残ったものはたった一つ。この最後に残った一欠片をこぼさないように必死に生き続けるのが今の鷲尾晴哉だった。

 

 俺は大赦の中枢。乃木園子のいる部屋へと続いている廊下を歩いている。

 俺の今の立ち位置としては、なかなかに複雑な立場だった。大赦の人間でもあり、乃木園子と対面できる数少ない人物。だが、大赦内部の地位はかなり低かった。

 そのため、一部の人たちからは批判が出ているらしい。その事に反対し、邪魔だと判断された人たちは次の日には消えていたが。

 

「久しぶりだね。ハルスケ」

 

 無理矢理貼りつけたかのような気味の悪い笑み。その裏にある冷酷さを押し殺して、ただ無害な人物を演じようとしている。それが今は何の意味もないとそんな簡単な事ですら、園子は分からなくなってしまったのか。

 

「お久しぶりです。園子様」

 

「それ、やめてと言ったよね」

 

 園子の視線が冷たいものへと変わる。

 一応、周りに控えている地位のお高い方々に配慮したつもりではあったが、宗主様の言う事なら仕方がない。

 

「一応最初の形式だけだ。改めて…久しぶりだな。園子」

 

 俺は先程までの固い口調を崩し、友達同士の会話調へと変化させる。

 そうすると同時に園子の表情は柔らかいものへと変わった。

 

「そうだね。3ヶ月ぶりくらいかな?そうそう。ハルスケとみのさん、結婚式すら挙げずに入籍していてびっくりしたんよ」

 

「こんな状況だ。あまり公にしない方がいい思ったんだ」

 

 ちょうど3ヶ月前だっただろうか。俺と銀は人知れず結婚した。

 式も何も挙げず、婚姻届のみを出すと言う、銀がかつて思い馳せていたものとは程遠いものとなってしまった。

 しかも、そのような状況を作り出してしまった原因の一部である人物が、自分の夫であると言うのも気分が悪いのではないだろうか。

 

「まだ、ゆーゆーの事を悔やんでるの?」

 

「俺はお前みたいに国を守るためにバッサリと切り捨てる。なんて事はできないんでね」

 

 若干、皮肉になってしまったかなと思ったが、園子は何も言わなかったのでそのまま話を進める。

 

「悔やむさ。あれは完全に俺の判断ミスだった」

 

「ハルスケ一人の責任じゃない。わっしーの事だって私は気づけなかったんだから」

 

「……そう言ってくれるだけで助かるよ」

 

 鷲尾須美を、東郷美森を救えなかった事は友奈を半ば壊してしまったと言っても過言ではなかった。言ってしまえばメンタルが強かった友奈ですら、親友の死は心を痛め、間違った方向に進めるには充分すぎたのだ。

 

「寧ろハルスケは讃えられてもいいと思うよ。人として生きる事を貫き通したのだから」

 

 園子はそう言うが、俺はそんな事、望んではいない。望んではならない。自分のした行いを俺はまだ許せていなかった。

 

「友奈を騙しておまけに司令系統を失った防人部隊を利用して、壊滅させてまで得たものが自分の名声だなんて吐き気がするね。俺はそんなものの為に戦ってたわけじゃない」

 

 園子の目を睨むように真っ直ぐに見据える。

 一体、あの日に俺はどれだけの命を捨てさせたのだろうか。捨てさせたのに、自分は結局こうして生き残っている。

 自分がしたくなかった事を他人に全て押し付けて、自分だけが生き残って、勝手に功績だ、英雄だ何とか言われて持て囃されるのは気分が悪い。

 

「この話はここで終りだ。そういえば夏凛はどうした?噂だと、あまりいい話を聞いてなかったんだが」

 

 俺は話を無理矢理別の方向へと転換した。この内容もあまり話そうとは思わない。だけど、せめて確認だけはしておかなくてはいけなかった。

 けれど、聞いてから後悔した。

 

「にぼっしー?にぼっしーなら、先日入院したよ?」

 

「…何を命じたんだよ。夏凛に」

 

 思わず問い直した俺の声はかなり低くなっていた。加えて正座をしていたはずなのに気がつけば片膝立ちになり、今にも園子に掴みかかれる姿勢になってしまっていた。

 何とかこの時は周りの神官の目や自分を俯瞰して、自らを律したのだがそれも長くは持たなかった。

 

「簡単だよ。新しい巫女の生贄を探しておいてくれって頼んだんよ。そしたら急に壊れた機械みたいになっちゃって」

 

 園子が笑いながらその話をしている。俺はそれを見た瞬間、今度こそ一歩前に踏み込んで、園子の胸ぐらを掴み上げていた。

 

「夏凛のことはお前だってわかってたはずだ!どうして、そうなるまで夏凛を追い込み続けた!友達のことが大切で、それを守りたいから自分の身体を動かなくしてまで満開をしたんじゃなかったのか!?それくらい友達のことが大好きだったお前はどこに行ったんだよ!!」

 

 周りの神官が立ち上がるが園子は神官達を手で止め、俺に掴み上げられながらも顔に再び嫌な笑みを浮かべる。

 そして、俺に最も効く言葉をぶつけた。

 

「もう手段がどうとか言ってられないからね。それにーーーーー」

 

 園子は俺を睨む。その威圧感に園子を掴む力が緩まった。

 

「何今更貴方は善人ぶってるの」

 

「っ!!」

 

 園子は力の緩まった俺の手を振り払って服の皺を正す。

 服の皺を正すと園子は足を前に踏み出し、俺の横を通り過ぎていった。

すれ違いざまに園子は俺に告げる。

 

「さっきまでの自分の言動振り返ってみなよ。多分、貴方はもっと自分のこと嫌いになるから。今日はもういいよ。帰って」

 

 俺は園子の背中を見ながら園子に言われた言葉が反芻してその場を動けなかった。

 

「ただいま」

 

 精神的に疲労困憊で俺は疲れ果てたままなんとか帰宅に成功した。

 帰りに夏凛のいる場所に寄ろうと思ったのだがそう考えるだけで足はそちらには向かなかった。

 玄関からの廊下を進み、居間に入るだけで気分は大分楽になっていた。

 

「お帰り。もっと早く帰ってくると思ってたのに」

 

 居間のソファでテレビを見ながらくつろいでいる銀を見て緊張感を持ち続けていた心はようやくここに来て弛緩した。

 

「すまん。ちょっと色々やらかしてな」

 

「段々とハルヤが何かをしでかすことに慣れてきてしまった自分自身がアタシは怖いよ」

 

 銀は冗談めかした事を言って、肩をすくめる。なんだか今日は上機嫌そうだった。というかいつもこんな感じか。それでも俺は理由がわからなくて、ついつい聞いてしまった。

 

「いい事でもあったのか?」

 

「お!聞きたい?へへへ、えっとねー。ちょっと待ってて。あったあった!」

 

 待ってましたと言わんばかりに銀は近くに置いてあった自分のカバンの中から一枚の写真を取り出した。

 その写真は白黒で何が写っているのかもはっきりとしない。

 

「なんだこれ」

 

 俺は首を傾げた。

 銀は俺の様子を見て、笑いながら自分のお腹を指差す。

 

「……マジ?」

 

「ガチ」

 

「早くない?」

 

「多分こんなもんだよ?」

 

 俺は完全に呆気に取られて動けなくなっていた。

 嬉しいのだろうか。喜んでいいのだろうか。

 この子は祝福されるべき存在なのに、この生まれたばかりの小さな小さな命に恐らく俺は何もしてやれない。

 園子の言葉が再び自分の中で反芻される。すると、急速に心が冷えていくのがわかった。

 その後は銀に自分の心を悟られまいと誤魔化し続けるので必死になり銀がせっかく作ってくれた料理ですら味を感じられなかった。

 

 それから数週間後、俺は風先輩が所属する研究所へと足を運んだ。

 とは言っても仕事上仕方なくという感じではあるが。

 

「風先輩」

 

「晴哉じゃない。珍しいわね」

 

 風先輩の雰囲気はかなり変わった。元々大人びていたがより一層それに磨きがかかっていた。責任感の強さも相変わらずと言った感じである。

 ちなみに、この研究所は何をしているのか。簡単に言えばどうすればエネルギー資源の枯渇や食糧問題を解決できるのかを研究している。

 

「とは言っても何もできていないけどね」

 

 風先輩は話をしながらガックリと肩を落とした。

 風先輩がそうしたくなるくらいには研究所内の空気はかなり悪い。だが、この十年間余り。この機関がなければ早々に人類は完全に消滅していた。功績はあまりにも大きい。

 

「神樹様の力も寿命が尽きてほぼゼロ。こんなことを言うのはなんだけど天の神も性格悪いことするわよね。一思いに潰してくれれば何も思わなかったのに」

 

「………」

 

 何故、香川のみが潰されなかったのか。それは今現在でも、大赦ですら把握できていない。見解としては東郷美森が奉火祭のお役目を果たした事が大きかったのではないかと考えられている。

 あともう一つの原因としては結城友奈の存在だろうか。

 こればかりはあまり話したくはない。

 

「まあ、そんな事今更言っても仕方ないわよね」

 

「…そうですね」

 

 会話がひと段落つくと、風先輩がヒョイっと缶コーヒーを投げ渡してきた。資源不足がなんとか言う割にはこのようなものが未だに流通しているのだから不思議なところではある。

 

「あ、それ試作品ね。このコーヒーも無理矢理似たもので作り上げた模造品らしいけど」

 

 ちゃんと資源不足で安心してしまった。俺は缶のプルタブを開けて一気に飲み干した。ちゃんとコーヒーである事に驚きである。

 それよりも缶、勿体ないだろ。この世界の価値基準が分からん。

 

「それで?ここに遊びに来たってわけでもないでしょ?」

 

 風先輩に聞かれるまで完全に本来の目的を忘れていた。

 これではただコーヒー擬きを飲んで帰るだけの人間になってしまう。

 銀にはこれだから上に進めないと言われたが、生憎そんな向上心など小学生の時に置いてきてしまった。銀も九割は冗談で言っているらしいので期待はされていないらしい。

 俺は脳裏にケタケタと笑う銀を浮かべながら風先輩の電子端末にデータを送信した。

 

「今月の納品項目です。困難であるとは思いますけどお願いします」

 

 風先輩はデータを見ると顔を顰めた。

 

「あんたの上司、とんでもないわね」

 

「それ出してるの宗主様ですよ」

 

 風先輩は苦い笑いを浮かべる。俺もその反応になるのは承知の上だ。きっと俺の表情も暗いものだったのかもしれない。

 苦笑いを浮かべていた風先輩も一度ため息を吐くと、「仕方ないわね」と微笑んだ。

 

「わかってるわ。乃木の無茶振りは今に始まったわけじゃないから大丈夫よ。それにしても、あの子は本当に変わっちゃったわね」

 

 風先輩は大赦の本部がある方角を見る。それと同時に過去を振り返っているようでもあった。

 

「繋げてくれた分、必死なんだと思いますよ」

 

「そうね。もしかしたら、今はあんたが一番あの子に近いんだからちゃんと支えてやりなさいよ」

 

 俺は「うん」とも「いいえ」とも言えず黙りこくる事しかできなかった。数週間前に言われた事がまだ頭の片隅に凝り固まっている。

 その言葉を思い出したくなくて、振り解きたくて無理矢理会話の方向を捻じ曲げる。

 

「最後にひとつだけ報告していいですか?」

 

「何、仕事関連?」

 

「いえ。あくまで個人的な話です。銀が身籠りまして」

 

 俺がそう告げると、風先輩は目をパチパチと瞬かせた後、「ええ!?」と声を上げた。周りが元々静かだったせいか、その声はよく通った。

 

「そりゃ、お幸せな事で。名前は決めたの?」

 

「そう言えば何も決めてなかったですね。何がいいと思います?」

 

「いや、それはあんたの仕事でしょう。自分で考えなさいよ」

 

 風先輩は呆れ気味にため息をついた。実際に呆れられても仕方ないことを口走ってはいる自覚はある。

 

「そうですね。考えときます」

 

「そうしなさい。それと、私が言う事じゃないかも知らないけど早く帰って三ノ輪…じゃなかった。銀のサポートしてやりなさい」

 

 俺は風先輩に頷いてから、礼をし、研究室を後にした。

 研究室を出た後に俺は独りごちる。

 

「あんな無茶な依頼、普通は引き受けないんだよなあ……」

 

 まだ、あの風先輩の無計画性は抜け切っていなかったみたいだ。あの人はその辺だけは一向に変わらない。

風先輩は引き受けてくれたが、さらにその上の人たちが拒むかもしれない。まあ、半ば強制で拒むも何もないのだが。

 

「夏凛のところ行くか…」

 

俺また独りごちて、以前は向けなかった方へと歩を進めた。ここから病院までは徒歩でわずか二分ほど。

歩きながら空を見上げる。

 

(いつでも滅ぼせるってことですか……)

 

空には大きな目のような、紋章のようなものが地を見下ろすように広がっている。それはまさしく天の神。人類は2度と純粋な青い空を楽しめなくなっていた。

 

(気が滅入るな)

 

 俺は空から目を逸らし、前だけ向いて病院へと向かった。

 

大赦の管轄である病院にたどり着いたら、まずは受付で夏凛の病室を尋ねることにした。部屋を看護士に聞いた後、忠告として、あまり刺激しないようにと言うことを伝えられた。俺はそれに素直に頷く。

夏凛の病室の前にまできて、ノックをすることを躊躇ったが覚悟を決めて扉を3回ノックしてから部屋に入る。

 部屋は大部屋で中には夏凛しかいない。園子のせめてもの気遣いだろうか。それは何処か、とてもズレたもののように感じられる。

 

「夏凛」

 

俺が呼びかけると夏凛はゆっくりとこちらを向く。

その目は虚で、心ここにあらずと言ったような感じだ。

 

「調子はどう?煮干し食べれてるか?」

 

 ベッドの隣の椅子に腰掛けて、かつてのように挨拶と共に軽口を挟んでみる。しかし反応は悪く、夏凜は乾いた唇を弱々しく動かした。

 

「友奈はどこ?」

 

「え」

 

俺は唐突な事で答えに詰まった。咄嗟に何かを言おうとしても、どれも間違いな気がして何も言えない。

 

「友奈はどこ?」

 

同じ質問を夏凛は繰り返す。

 

「友奈は……いるよ」

 

空に。とは流石に言えなかった。膝の上に置かれた手に自然と力が入る。

 

「そう。なら安心ね」

 

それだけ言うと夏凛は窓の外を眺める。その虚な目には何が写っているのだろうか。

 

「なあ、夏凛」

 

「…………」

 

今日はそれ以上は何も会話ができなかった。

 

 明るい間に家に戻れたのはいつぶりだろうか。

 ここ一週間近くは永遠に大赦に残っていた。というか残れと命じられていたのでどうしようもなかった。

 玄関をくぐって居間に入るとソファの上で眠っている銀と台所で片付けをしている銀の母親がいた。俺はカバンだけしまうと、銀の母親に頭を下げた。

 

「すみません。本当は俺が傍にいないといけないのに」

 

「いいのよ。大変さは理解してるから。確かにあの子はあなたがいいかもしれないけれどね」

 

 銀の母親はくすくすと笑っている。許されてはいるのだろうか……。

 それに、このまま行くと俺は育児をしない悪い父親になってしまいそうで怖い。

 

「そう言っていただけるのはとてもありがたいです。銀の調子はどうでしたか?」

 

「良くも悪くもって感じね」

 

 寝ている姿を見るに結構辛いのだろう。俺は銀に寄り添う形で隣に座る。男である以上銀が味わっている辛さというものはわからない。

 だからこそ、支えてやる事が今の俺の役目であるはずなのにそれが出来ない。

 

「大赦、やめようかな……」

 

 俺は銀の頭を撫でながら、独り誰にも聞こえないくらいの声で呟いた。

 

 それからまたさらに数ヶ月後。

 銀のお腹は目を凝らせばわかるくらいには大きくなっていた。性別も女の子である事が既に発覚している。

 だが、一人でいるのも辛いであろうこの時期にも俺は大赦にいることのほうが多かった。今すぐにでも帰りたいと思っても直ぐに別の要件が舞い込んでくる。

 大赦も先の天の神との大戦でかなりの人員を失った。その反動が今もずるずるとここまで引っ張られてきてしまっているのだろう。人手不足はあまりにも深刻だった。園子もその辺りのことはわかっているのだが、そういう細かい点に目を向ける時間が取りづらいのも承知の上だ。

 今日も今日とて残業。時間はとっくの昔に夜の十時を回っている。

 

「やめたいんだけどなあ……」

 

 ため息をついて身体を上に伸ばした後、携帯端末の電源を入れる。何か来ていないかなとメッセージをアプリを開く。するとちょうど一通のメッセージがタイミング良く届いた。送り主は銀だった。折角だからと中身を確認する。

 

『頑張れ』

 

 とても短い文章だった。だが、決断をさせるには十分すぎた。

 やめるのはいつでもできる。でも、やめた後の事をまだ考えられていない。それではただでさえ苦しい生活が更に苦しくなる。それだけはできない。でも、これからは誰に何を言われても日を跨ぐ前に帰宅しよう。

ちゃんと銀のことを、これから生まれてくる命の事を真剣に考えよう。

 

「名前、まだ考えてあげれてないからな」

 

 俺は今一度、気合を入れ直すために自分の頬を軽く叩く。

 この日も結局帰る事ができたのは深夜の二時近くだった。

 

「ただいま……」

 

 疲労困憊で家に戻る。

 その内、過労死しないかレベルで働いている気がした。仕方がないとは言え、かなり身体にもガタが来ているのか全身が痛い。

 

「状況が状況だけど、もう少し配慮しないと本当に大赦潰れるぞ」

 

 今、かろうじて秩序が保たれているのは乃木園子主導の大赦のおかげだ。だが、足下から崩れれば自ずと上も崩れる。それでは何も意味をなさない。何のためにここまで人類史を引っ張って来たのかすらわからなくなる。

 

「やめる時は改善案を出すだけ出してやめてやる…」

 

 愚痴を呟きながら冷蔵庫からミネラルウォーター(仮)を取り出して一気に飲み干した。

 この水を貰った時ドヤ顔で風先輩には開発云々の話をされたが、ミネラルウォーターが(仮)である必要はどこにあるのか。

 そんな事を考えながら椅子に座る。

 

「ん?なんだこれ」

 

 俺は一枚の紙を拾い上げる。

 帰ってきた時には気づかなかったが、一枚の紙が机の上には置いてあり、その紙には文字がびっしりと書かれていた。

 それが名前であると気づくのに意外に時間がかかった。

 

「希、咲良、花音、……いや、最後の亜鉛は完全にふざけてるだろ」

 

 自分が銀で、弟が鉄と、金だからといって無理矢理そっち系に繋げようとしたのだろうか。それでも意味がわからない。

 亜鉛の前に莉亜と書かれているので完全にこの辺りは連想ゲーム、というかただのしりとりであったことが窺える。

 その中で一つだけ丸が打たれている名前を見つけた。

 

「最早、最初の花系から離れきってるじゃねえか」

 

 だけど、何も考えていなかったくせに偉そうな事を言うようだが自分でも、きっとこの子にはこの名前が似合いそうだなと思った。

 

「にしてもダメな夫で、ダメな親だなあ…。泣きたい…」

 

 冗談ではなく、本当に泣きそうになりながら俺は仮眠を取るためにその場に突っ伏した。相当疲れているのか、意識はすぐに落ちた。

 

 

「よし。準備完了っと」

 

 俺は銀の入院道具一式を大きめのカバンに詰め終えた。

 そろそろ出産時期が近いため、銀は入院することとなった。俺が基本家に居られないからという大赦なりの気の利かせ方らしい。

 

「ありがと、ハルヤ。でも、本当に大赦行かなくてよかったのか?」

 

「園子に土下座してきたよ。そのかわり、今度須美のお墓参りに行くから護衛を頼むってさ」

 

「園子も地味な嫌がらせするようになっちゃったんだな」

 

 銀は悲しそうに目を伏せる。以前の園子なら間違いなくそんな事はしないからだ。

 しかも今回は俺が須美が祀られている【英霊の碑】を避けているという事を知った上での話なので尚更そう思うのだろう。

 

「大丈夫だよ。それより銀は自分のこと心配していてくれ」

 

「そうだね。そうする」

 

 銀は「あれ痛そうだからな〜」とぼやきながら、大赦の人が派遣してくれた車に乗り込む。俺もそれに続いて荷物を荷台に乗せてから銀の隣に乗り込む。

 この日だけだったろうか。銀が子供を授かってから、まともに二人で色々と考えたのは。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「何から何までタイミングが悪すぎる!!」

 

 俺は病院への道をひたすらに駆けていた。どれだけの距離を走ったのかはわからない。だが、喉は息をするたびに燃えるように熱くなった。

 今日は以前休みを貰った代わりとして、園子の護衛をしていた。そのために、電話には出れず病院からの連絡に気がついたのは最初の連絡が入ってから四時間ほど後だった。

 病院に滑り込んで、受付の人に何処に行けばいいのかを尋ねる。指定された場所に向かうと、銀の家族が俺の代わりにその場にいてくれていた。

 足音で気がついたのか銀の父親がこちらを振り向いて声をかけてくれた。

 

「間に合ってくれてよかった」

 

「すみません。本当に…」

 

 俺は銀の家族に近づいて、頭を下げる。既に失ってから十年以上経つ左腕がチクリと痛んだ気がした。

 それからまた五時間ほど経ったくらいだろうか。ふと、耳に大きな泣き声が聞こえた。自分のものでも、銀のものでもない。

 その声に耳を澄ませていると看護士さんが中から出てきた。

 

「産まれましたよ」

 

 こちらを安心させるように笑みを浮かべて、そう伝えてくれた。

 俺は案内されて分娩室へと入る。

 医者曰く難産であったらしく、ベッドの上の銀は身体中に汗が浮かんでおり、胸も少し上下している。

 銀は俺に気がつくと弱々しくではあるが笑みを浮かべてくれた。

 その銀の手の中にはもう一人の、産まれたばかりの赤子が包まれていた。

 

「ほら、お父さんですよ。って言ってもまだ見えないか」

 

 銀の表情はとても幸せそうだった。それとは対照的に、俺は何も言えずその場に立ち尽くしている。

 何故だろう……。

 嬉しいはずなのに、銀に労いの声をかけるべきなのに、この子に何か声をかけるべきなのに、俺は……。

 

 何故こうも、この子の事をどうでもいいと思ってしまうのだろうか。

 

「ハルヤ。大丈夫?明後日の方向見てたけど」

 

「あ、ああ。大丈夫。銀とこの子が無事で安心してな」

 

 何で銀に心配させてるんだ。そう思いながら、俺は銀に一歩近づく。

 小指を近づけると、この子は小さな手で応えるように軽く握ってくれた。

 

「名前どうしようかな」

 

「銀が思いついていたやつでいいと思うぞ。俺は」

 

「うっ、しまった。あれしまうの忘れてた。恥ずい……。えっと、気を取り直して、それじゃあーーーーーー」

 

 この時、初めて銀はその名を呼ぶ。

 

「初めまして。美遊」

 

 その声に応えるように、美遊は一層強く泣いた。

 

 四年後ーーーーー。

 

「お父さん遊ぼうよ。お父さん」

 

「ん、んん、まだ朝の六時だぞ。正気か?」

 

「しょうき?将棋する?」

 

「難しい言葉を使った俺が馬鹿だった。とりあえず降りてくれ。起きるから」

 

 この子が産まれてから既に四年の月日が流れていた。

 俺は三年前に大赦をやめた。銀一人に育児を押し付け続けるのが心苦しくなったというのもあった。なんとか独学で色々な事を学び、騙し騙しで一番大変な時期を乗り越えた。それ以上に、この子のことが今以上にどうでもよくなるのが怖かった。

 だから俺はあくまでも『いい親』というものを装っている。

 聞かれたことにはちゃんと細かく教え、優しくする時は優しくし、何か間違えた事をすれば叱った。

 自分の娘に悟られたくなかったのかもしれない。自分の父親が自分の事をどうでもいいと思っているという事を。

 服を着替えて、居間に行くと美遊は銀に取り押さえられていた。

 

「この短時間でお前は何をしでかした」

 

「はしりまわってただけだよ〜」

 

「その有り余る力、もう少し別の場所で解放してくれ」

 

「じゃあ遊ぼ」

 

「いくら俺がニートだからといっても暇ではないんだ。遊ぶけど」

 

 俺は大赦をやめてからようやくまともに銀の手伝いをできるようになった。収入は一応ある。微々たるものではあるが。しかもその依頼主が大赦なのだから辞めたと言っても、まだ何かしらの繋がりが残ってしまっている。早く切りたいと思ってはいるが当分無理だろう。

 

「何すればいい?」

 

「んー、そうだなあ。あ、なら美遊と一緒にゴミ捨ててきてよ。そうしてくれると助かるかな」

 

「了解」

 

 その間に朝食作っとくとの事なので早めに行くのが吉だろう。

 そういえば、ここ数年一切調理器具を持っていない。

 既に何回も作ったはずの須美に教えてもらったはずの調理方法は何もかも忘れてしまった。

 そんな雑になってしまった思い出と美遊を引き連れてゴミを捨てるために家から出る。

 

「私、重いの持ちたくない」

 

「スパルタって知ってるか?」

 

「こだいぎりしゃ?」

 

「お前、何読んだらそんな訳のわからん知識身につけるんだ」

 

 俺は美遊に小さい袋だけを持たせて公園近くのゴミ捨て場まで歩く。

 美遊は小さい袋だとはいえ持つと歩きづらいのかペースがかなり遅い。

俺はその小さな歩幅に合わせて歩く。

 

「お父さん、待って、歩くの速い」

 

「…悪い」

 

 遅くしたつもりだったのにまだかなり速かったらしい。

 さらにスローペースになるとようやく美遊と隣同士で歩けるようになった。

 

「ふぅ。さすがわたし!」

 

「そうだな。お母さんに似て力持ちだ」

 

 美遊の頭を撫でてやると、美遊はフニャッと可愛らしく微笑んだ。よっぽど銀に似ていると言われたのが嬉しかったらしい。

 

「せっかくだから遊んで行くか?」

 

「いいの!?それならお父さん鬼ね!」

 

「え?」

 

 ゴミを捨ててから俺は美遊を隣接している公園で遊ばせたのだが、俺もおもむろに鬼ごっこに参加させられて息も絶え絶えで、10分後にはベンチに倒れ込んだ。

 

(まだ朝だというのに元気な事で)

 

 あの元気、少しは分けて欲しいくらいである。

 取り戻せなくなった若さを憂いて、ベンチに座りながら俺は独りごちる。

 

「一体、誰に似すぎたのやら」

 

 銀の母親曰く、銀の小さい頃もこんなものだったらしいので血は争えないようだ。

 完全に脱力した状態で美遊が遊んでいるところを眺めていると、遊ぶことに飽きた美遊は小さな歩幅で俺の座ってるベンチに戻ってきた。

 

「飽きた」

 

「だと思ったよ。帰るか」

 

 頷いた美遊は目を擦って眠たそうにしている。俺は美遊を抱っこして公園を出る。

 鬼ごっこに付き合った結果息も絶え絶えのただのおっさんが誕生した。この事実は筋トレをしようと思わせるには十分すぎた。

 

 朝食を食べ終わり、銀の片づけを手伝いながら二人で今朝の事を話す。

 

「朝からあれだけ元気だと体力使うだろうな」

 

 朝から盛大に動き回っていた美遊は既に疲れたのか二度寝と洒落込んでいた。なかなかに粋なことをするじゃないか。

 

「いいじゃん。アタシとハルヤの子供らしくて」

 

「俺、あそこまで元気じゃないだろ」

 

「性格的な方だよ。あの謎の会話テンポは間違いなくハルヤのものだね」

 

 俺は何も違和感を持っていなかったが、銀からすれば美遊の会話テンポは俺に似てしまったらしい。なんと可哀想な事か。絶対に多くの人を呆れさせることは間違いない。

 

「俺も寝ようかな」

 

 俺は美遊を見ながら呟く。

 

「じゃあ、アタシは買い物にでも行ってこようかな」

 

「それなら一人で荷物持たせるわけにはいかないから、俺も行くよ」

 

「美遊このまま置いていくの?」

 

「……確かに」

 

 いい子に育っているとは言え、何故か好奇心が人一倍強い。そんな美遊を置いていったら目を覚ましたあとどうなるか。

 ついでにフットワークも軽いというおまけ付きである。

 

「だったら美遊が起きた後に一緒に出かけないか?その方が美遊も喜ぶと思うぞ」

 

「……確かに」

 

 銀もその方向で納得したのか洗い物で濡れた手をタオルで拭いてから美遊の側に寝転がる。

 銀は美遊の頬を軽くつつく。それを美遊は顔を顰めて少し苦しそうにしてから寝返りを打った。

 

「ありゃ。嫌われちゃった」

 

「誰でもああなると思うぞ」

 

 銀の行動にツッコミながら、俺は美遊の隣にあぐらをかいて座った。

 相変わらず自分には全く似てなくて笑いそうになる。唯一似ているのは目元だけだろうか。俺は美遊を起こさないように軽く頭を撫でた。

 

「ハルヤ、顔がにやけてる」

 

 銀が揶揄うように言う。

 

「そんなことないだろ」

 

 その事を否定したくて、俺は自分の頬を引っ張ってみる。ただ痛いだけだった。そりゃそうだ。だってこれ、夢から覚めるためのものなのだから。

 

「夢…夢か……」

 

 唐突に考えてしまった。俺は一体小さな頃、どんな夢を見ていたっけ。

 大人になってしまった今では思い出せないほどに無邪気な夢を見ていた気がする。

 ここでまた唐突に銀が俺に問いかける。

 

「ハルヤはさ、アタシがなんで美遊って名前にしたのか知ってる?」

 

「大体予想はついてる。安直と言えば安直だからな」

 

 「美」は須美の「美」。「遊」は友奈の「友」を「遊」に変換した。ということだろう。それは最初に名前の候補を見たときに大体察していた。

 ちなみに英雄のはずである友奈という名前は、国を滅ぼそうとした大罪人として忌み嫌われる扱いになっている。

 そのためか友奈という名前は触れてはならないものとなってしまった。それが園子の手によって行われたと言うのがあまり信じたくはなかったところだ。

 その理屈があまりにも無茶苦茶だったので、この時から園子の様子はおかしくなっていったと言っても過言ではないだろう。ただ、理屈がどうあれ必要な措置ではあった。

 それは置いておいて話を戻そう。

 

「アタシ、ハルヤが嫌がると思ったんだけどね……。ずっと気にしてるし。それに、いくら大切な友達だったからと言って勝手に文字を使ってもいいものなのかなあって」

 

「嫌だったとして、そしたら最初にちゃんと嫌だと言ってる。何より、名前について何か言うのはお門違いだ」

 

「そう言うとこ真面目と言うか、変わってるよ。ハルヤは」

 

 銀は立ち上がると俺の隣に来て何故か美遊ではなく手を伸ばして俺の頭を撫でる。

 いい歳して頭を撫でられるのはどうかと思うが文句を言う気力も起こらずされるがままにしていた。28歳の頭を撫でられる図。かなりグロテスクなような気がする。

 

「けど、その真面目さが自分を壊さないかアタシは心配」

 

 銀の優しい声音が耳にじんわりと暖かさを残す。けれど、俺はその事に何も言うことができなかった。

 

 それからまた1年後。

 美遊も5歳になり、来年には小学生というところまできた。子供の成長はなんとやら。幼稚園では友達も多いようで、銀が付き添ってよくその友達と遊びに行っている。

 一度だけ銀が行けないからと俺が代わりに行ったら左腕が無くて子供たちに気味悪がられた。その時のことを思い出すと今でも涙が出そうになる。

 この日は、銀は用事があるからと外出しており家には俺と美遊しかいない。お昼頃、俺が本を読んでいる時に美遊が焦った様子で駆け寄ってきた。

 

「ねえ、お父さん」

 

「ん?どしたん。美遊」

 

 何をどうして焦っているのか。喧嘩でもしたのだろうか。生憎、俺は喧嘩の仲直り方法とやらは詳しくない。とりあえず拳で語っておけばいいのではないだろうか。そんな事を適当に考えていたら、美遊は自分の手のひらを俺に見せる。

 

「突然出てきた…」

 

 その手には見たことのない形をした、万年筆だろうか。それが手のひらに乗っていた。

 

「いや、なんで万年筆」

 

 意味がわからない。

 

「昔の文房具ってどんなものなんだろうなって想像したら、頭の中に何か浮かんできて…。気づいたら手の中にあった」

 

「……待て。想像したら手に握られてたのか?その万年筆が?」

 

 美遊は何度も首を縦に振った。よっぽど焦っていると見た。それも当然だろう。俺でも混乱してしまう。

 嫌な汗が浮かび、それを服の袖で拭ってから美遊が持っている万年筆を拝借した。そこには文字が彫られていた。

 

「『明治31年 伊藤博文』……第三次内閣の時か…。とんでもないもの取り出してるな…。しかも細かすぎる。それはさておき。いいか、美遊。これからは無闇に物の構造とかを知ろうと思うな。意味がわからないかもしれないが約束してくれ」

 

 美遊はまた何度も首を縦に振ると、顔に疑問符を残しながらも自分の部屋へと戻っていった。

 俺は美遊から拝借した万年筆を眺める。

 

「まさかとは思ったけど…。その内、ちゃんと伝えないとなあ……」

 

 結局、俺の身体は何十年の過程を経て人として生きる事を選び本来持っていた力を放棄したはずだったんだが。

 引き継がれるとは誰が思うのだろうか。

 そんな時、ちょうど携帯端末が鳴った。画面には風先輩の名前が表示されている。一体何の用だろうか。そう訝しみながら通話のボタンに指を伸ばす。

 

「はい。鷲尾ですけど」

 

『晴哉?私、私』

 

「間に合ってます」

 

 俺は通話を一方的に切った。数秒後に再び携帯端末が音を立てる。

 

『ちょっと待ちなさーい!なんで切るのよ!」

 

「怪しかったので」

 

『そんなつまらないボケはいいのよ。本題だけど、いつか会える?』

 

 つまらないボケとはよく言う。先に吹っかけてきたのは風先輩のはずなんだが。と文句の一つと言いたくなったのをグッと堪える。

 

「俺はもう大赦の人間じゃないので、他の人当たってください」

 

『違う違う。仕事の事じゃないわ。普通に銀と美遊ちゃんに会いたいだけよ。主に樹がね』

 

 そういえば言われてみれば確かに樹はまだ美遊に一度も会ったことがなかった気がする。

 それに樹自身、かなり有名になってしまい俺も高校を卒業してからは一度も会えていない。

 俺は風先輩の申し出を受ける事にした。しかし、美遊にも予定と言うものがあるだろう。そこら辺を調整しなければならない。

 

「そう言うことなら。ただ、美遊にも予定があるので、またこっちから連絡します」

 

『わかった。それじゃあよろしく』

 

「…あの、風先輩」

 

 俺は風先輩が通話を切る前に一度引き止めた。こちらもひとつだけ聞いておきたい事がある。

 

『どうした?晴哉』

 

「……夏凛はどんな感じですか?」

 

 画面の向こう側で風先輩が息を呑んだのがわかった。何と答えていいか、わからないようだった。

 

『…何も変わってないわ。四年も経つのにね……』

 

 風先輩は悲しげに呟く。中学の頃からお互いになんだかんだと仲が良かっただけに尚更苦しいのだろう。

 

『…私には、今の夏凛に何が見えてるのかはわからない。何もしてあげられないのが心苦しいわ』

 

「それは俺も一緒です。大赦も、十分な医療を与えられるほど余裕があるわけじゃないですから」

 

 間違いなく残された香川の状況は四年前よりもさらに酷くなってきている。燃料事情も、食糧事情も、医療事情もかなり切迫してきている。

 いつ、崩壊してもおかしくない状況ではあるのだ。だから他人事のようになってしまうが、夏凛という言ってしまえば一人の一般人に割り当てられる人員。医療はどうしても疎かになる。

 大赦の中には一部、この状況を鑑み反攻作戦を考えている人たちもいたみたいだが案の定気づいたら戸籍から消えていた。

 正直、そこまでするかという感じではある。だが、そこまでしなければならないほどやはりこの国の秩序というものは容易く崩れ去るようだ。

 

「すみません。変なこと聞いてしまって。また連絡します」

 

 俺はそれだけ言うと一方的に通話を切った。

 美遊の事といい、考える事が山ほどできてしまった。

 

「まずは銀に相談かな。話はそこからか」

 

 どうせ隠し事をしていてもいずれバレるのならば早い方がいい。銀が帰ってきたら話そう。

 その前に……。

 

「お腹空いたか?」

 

 俺はいつのまにか隣に戻ってきていた美遊に聞いた。

 美遊が「うん」と言う前にお腹が小さく鳴ったのを聞いて俺は軽く笑う。美遊も恥ずかしそうに、はにかんだ笑みを浮かべる。

 

「お父さん、お腹空いちゃった」

 

「言われずとも、お作りいたしますよっと。とは言っても焼きそばくらいしか作れないけどな」

 

 俺は冷蔵庫を開けて麺等々の具材を取り出す。

 焼きそばにはいい思い出と悪い思い出、両方が詰まっていて何とも言えない気分になる。食べるけど。

 俺が片手でごちゃごちゃ手際悪く作業していると、美遊がこちらを覗き込んでいるのが見えた。

 

「お父さん、私もやりたい」

 

「やる気があるのはいいけど、やった事あるのか?」

 

「ないよ?あるわけないじゃん」

 

 そこで胸を張るなよ我が娘よ。

 

「銀とやった方が多分安全だぞ」

 

「お母さんは見てて安心できるけど、お父さんは危なっかしい」

 

 五歳児にそう言われる大の大人。と言うことはよっぽど危なっかしいのだろう。昔はもうちょっとまともにやれていたはずなんだけどなあ。と過去を懐かしむ。

 

「そりゃ、腕片方しかないしな。けど、手伝ってくれるならお願いするよ。包丁……いや、いけるだろ」

 

 美遊は台座を持ってきて、俺の隣に置くとその上によじ登った。それでも身長は俺の方がやはり高い。地味に面白かった。

 

「お父さん、身長おっきいんだね」

 

「これでも小さい方だぞ。周りに比べたらな」

 

 美遊に答えながら、俺は少し前に銀が買ってきた子供用の小さな包丁を取り出すと、美遊の手に握らせる。

 かなり不安ではあるが、飲み込みが早いおかげでその不安は次第に消えていった。

 

「で、こっちの手は……そうそう。そんな感じ。あとは一思いにズドン」

 

 俺の説明に美遊は不満げな声を漏らす。

 

「説明下手」

 

「なんてこと言うんだ」

 

 そういえば、俺は昔、誰かに似たような事を言った気がする。

 あの人、不知火幸斗とやらはやたらと顔は俺に似ていたけど何だったんだろうか。

 記憶の片隅に埋まっていたのが、ひょいと唐突に顔を出してきた事に謎の縁を感じつつ、美遊曰く下手くそな説明をしながら教え込んでいく。

 少し時間はかかったが「焼きそば」という固有名詞を持つものにはなったと思われる。

 別の変異体になる事を恐れたが、焼きそばでそんな風になるのでは間違いなくセンスがない。もれなく説明した俺の。父親としての残り僅かな威厳というものを何とか保持できた事に安堵感を覚えた。

テーブルに作ったものを並べて、手を合わせてから実食する。

 美遊は恐る恐る口に焼きそばを運んだ。俺はその様子を見つめている。

 最初は難しい表情を浮かべていたが、自分が知っている味になっている事に気がついたのか美味しそうに残りを食べ始めた。

 

「自分で作ったのって美味しいね!」

 

「満足なら何より」

 

 俺も美遊を見るのも程々に美遊制作の焼きそばを口に運ぶ。

 うん。普通の焼きそば。銀の味によく似ている。

 

「美味いな」

 

「本当!?」

 

「美味い。我ながら俺の教え方が」

 

 美遊はドン引きしていた。父親なりのとてもつまらない冗談だと受け取って欲しかった。

 

「お父さんの冗談分かりにくいよ」

 

「五歳で冗談と本音の区別がつく方が怖い。ちゃんと美遊の作った焼きそばは美味しいよ。世界で2位タイくらいかな」

 

 美遊は不満そうに唇を尖らせる。一番でない事が不満なのだろうか。

 ここは嘘でも「一番だよ」とでも言ってあげるのが正解な気もするが、自分の気持ちには嘘をつきたくない。

 

「何でニ番なの?」

 

「生憎、先着で二人いる」

 

 美遊は首を傾げた。その二人とやらを考えているようだ。

 少なくとも一番目は想像がつくだろう。

 

「お母さんはわかるけど、あと一人誰?」

 

「内緒だ」

 

「ええ……」

 

 美遊は釈然としない表情を浮かべている。それから自分の中で何かを決意したのか「よし」と呟いた。

 

「私、お父さんに焼きそばを世界で一番美味いって言わせてみせる!」

 

 身を乗り出して、大々的に宣言する。その目はやってやるぞと熱く燃えていた。

 

「それならまずは俺や銀抜きで作れるようになってからだな。多分、気をつければ一人でも作れるはずだけど……。無茶はするなよ?それとこれから2回か3回は銀と作る事。約束な」

 

 俺がそう言うと、美遊は嬉しそうに力強く頷いた。

 しばらく、焼きそば生活が待っていそうだ。と俺は軽く息を吐いた。

 そう言えば、焼きそばとかうどんを作るのに小麦が必要なはずだけど、そこら辺の原材料は大丈夫なのだろうか。

 

「そこら辺は、香川県民の意地ってやつか?」

 

 命懸けで小麦を生産しまくっている農家の方達を想像すると、大変申し訳ない。

 次の仕事、農家とかでも悪くないなと。そう思った。

 

 銀が用事を済ませて帰ってきた後、俺は美遊が眠っているのを確認してから銀に今朝あった事を伝えた。

 

「流石にそれは予想してなかったね」

 

「俺もだよ。どうすればいいと思う?」

 

 俺は昔の反省を生かして銀に問う。ただ、今回ばかりは銀が直感でどうにかできることでもないのか彼女もどうしたものかと唸っている。

 

「俺としては説明しない方がいいような気もしてる。美遊の事だから一回知るとその内容を探求しかねないと思うんだ」

 

 俺の言い分に銀は再度唸る。

 

「アタシ的には…話した方がいいような気もしてる。あまり力で押さえつけるなんて事はしたくないけど、強く言えばあの子も流石に躊躇うと思うし。だって危険なんだよね。あれは」

 

「俺が二度と使わないって放棄を約束したものだからな。まだ気づかれてはいないみたいだけれど、今一度使われるとここまでの全ての時間が水の泡だ」

 

 それから何時間か銀と話し合った結果、結局美遊には伝えることになった。銀と俺の二人がかりの強い言葉に美遊は目に涙を浮かべていた。それに罪悪感を覚える。でも、こればかりは絶対に必要な事だと自身に言い訳をした。この日は何度も「ごめんなさい」を繰り返す美遊に俺と銀は心を痛めたのだった。

 

 美遊は何も悪くない。

 

 悪いのは俺だーーーーー。

 

 一週間後、偶然、全員の予定が会い、近くの喫茶店で俺と銀、美遊の三人は風先輩と樹と落ち合う事となった。

 約束の時間より少し前に到着して先に席に着く。

 

「何か面接みたいじゃない?」

 

 銀に指摘され、三人並んで座っている図に就職面接のような感覚を受けた。これから二人来るのだから集団面接と言うやつか。ちなみに俺は就活を知らないので違うような気がする。

 

「仕方なくないか?」

 

 仮に俺が対面側に行ったところで尚更変な感じになる。

 結論として、俺たちは大人しく待つ事にした。

 美遊は暇を持て余したのか、メニュー表をめくって何回も同じページを見返している。子供らしい様子を見て勝手に頬が緩んだ。

 

「何か欲しいのか?」

 

 メニュー表に意識が吸いつけられていた美遊は急に声をかけられた事で驚いたのか、ビクッと体を硬直させる。

 

「な、何もいらない。私は何も欲しくない」

 

 そんな事を言いながらも美遊の目は、メニュー表のパンケーキに一直線。銀もついつい笑いが込み上げていた。

 

「今回だけな」

 

 俺は店員を呼んで注文をする。とにかく高い。世間はこれでよく回っているというか。非常に不思議なものである。

 これ以上考えると毎度のごとくドツボにハマるのでやめておく事にする。

 

「ありがとう!お父さん!」

 

「次はない」

 

 目を輝かせて、大人しく待ち始めた美遊の頭を撫でながら銀が俺の方をニヤニヤとした笑みを浮かべながら見る。

 

「どうせ次も頼まれたら断れないくせに」

 

「……かもな」

 

 断れない。いや、断りたくないのかもしれない。

 観念すると、未だに俺は美遊のことをどうでも良く思っている。それは五年が経った今でも変わらない。おそらく、もう美遊も気づいているんじゃないだろうか。俺が何とか騙し騙しで父親という役を演じているという事に。

 どうでもいいと思っているのに、その気持ちを本人に悟られたくない。そんな矛盾が俺の中に生まれている。

 

「どうしようもないな…俺は……」

 

 二人に聞こえないように口の中だけで声には出さずに独りごちる。

 本当にどうしようもない。

 心が次第に霞んでいくのが感覚としてわかった。

 銀と美遊を見る目が次第に変化していく。そんな感覚を何とか振り払うために一気に水を煽る。そうする事でようやく気分は少し落ち着いた。

 俺が一息吐いたと同時に店の扉が開く音がした。

 音に釣られてそちら側を見ると風先輩と樹が二人で入ってくるのが見えた。二人とも、すぐに気がついたようでこちらにやってきて席に着く。

 俺は樹の方へと目を向ける。何年ぶりかに会った樹の雰囲気はかなり変わっていた。昔ほどおどおどしなくなっていて、自分にかなり自信を持っているように見えた。

 店員さんが二人分の飲み物を持ってきたあと、良さげなタイミングで銀が真っ先に口を開く。

 

「久しぶり、樹。すっごい雰囲気変わったから驚いたよ」

 

「そんな事ないと思いますけど、ありがとうございます。銀さんもお母さんって感じですね」

 

 銀にそう言われて、樹はニコッと微笑んだ。物凄く落ち着いた面持ちで話す樹はやけに大人っぽかった。

 

「晴哉さん。私ももう大人ですよ」

 

 俺の心のうちを読んだのか、俺が思った事をそのまま言葉にして、樹は苦笑いを浮かべる。

 

「そうよ、晴哉。もう樹だって立派な大人なのよ」

 

「風先輩。貴女は早く妹離れした方がいいと思います」

 

「仕方ないじゃない!樹が可愛いんだもん!と言うか、もう私もアラサーになるのよね……」

 

 最後の言葉があまりにも悲痛すぎた。かける言葉がない。

 ただ、美遊だけは違った。

 

「風さん、結婚しないの?」

 

「グハッ!」

 

 子供が残酷だと、ここまで思った事は無いかもしれない。

 あまりにも鋭すぎる一撃をお見舞いされた風先輩は、虚構を見つめ、何かをぶつぶつと呟いている。

 すまない風先輩。言いたい事は言った方がいいと言う教育方針の捉え方を間違えさせてしまったみたいです。

 風先輩とは対照的に運ばれてきたパンケーキを頬張って、美遊は満足気である。

 

「お姉ちゃんは置いておいて、初めましてだよね?犬吠埼樹です。よろしくね。美遊ちゃん」

 

 死んでいる風先輩を無視して、樹が美遊に話しかける。

 名前を聞いた美遊は改めて樹の顔を見て、首を傾げた。

 

「お父さん」

 

「何だ?」

 

「私、すごいゆうめいじん目の前にしてる?」

 

「美遊が知ってる人である事には変わりないな」

 

 美遊は衝撃からか、フォークを手から離した。そしてそのフォークは俺の太ももへと刺さる。もう少し落とす位置を考えて欲しいものである。

 

「美遊、樹のファンだもんな」

 

 銀がまたよしよしと美遊の頭を撫でる。

 美遊はそれを目を細めて、気持ちよさそうに受け入れた。

 

「わ、私なんかあまり凄くないのに。そう言ってもらえると嬉しい。頑張れそう」

 

 雰囲気は変わって、経験を積んで自信を得たはずなのに樹の謙虚な所は未だに変わっていない様子だ。

 

「いい家族ですね」

 

 樹が銀と美遊が戯れる様子を見て、目を細める。

 確かにあの二人は親子だろう。それは紛れもない事実。

 

「樹から見て、そう思うならそうなんだろうな。そう言えば、一応会社と契約したって聞いたけどまだ香川の中を歩き続けて歌を歌うのか?」

 

 俺の問いに、樹は難しい表情を浮かべる。

 

「そうですね。私としてはそうしたい所ですけど。その方が得られるものもありますしね」

 

 ただ、やはり会社と契約をしてしまうとそちらに引っ張られるようになってしまうらしく、以前よりは活動できないかもしれないとのことだった。

 

「晴哉さんはこれからどうするんですか?」

 

「そうだな。その内考えるよ。それよりさ、俺と話に来たわけでもないだろ?」

 

 樹は「そんな事ないですけど」と苦笑いを浮かべた。相変わらず優しい事で。樹は視線を美遊に移すと、積極的に美遊に話しかける。

 美遊も最初は緊張しているようだったが、だんだんと慣れてきたのか、笑顔も増えていった。

 途中、美遊の食べかけのパンケーキの一部を樹がアーンされるシーン等々があってなかなかに面白かった。美遊の神経は結構図太いのかもしれない。

 それから俺たちは喫茶店を出て、美遊の要望で近くの公園に出向いた。

相変わらず美遊と樹、銀は三人で戯れあっている。あの人達、仲良いなあ…。

 そして、俺の隣で項垂れたままの人物があと一人。

 

「風先輩もいつまで死んでるんですか」

 

「私はどうせ…売れ残りですよ……」

 

 誰もそこまで言ってないんだけどなあ……。

 でも流石に堪えるらしい。俺だって言われたら心は粉々に砕け散る。

 

「風先輩ならいい人たくさんいますって」

 

「仕事が忙しいのよ!」

 

「はははは……。確かにそうですよね…」

 

 現状を知っている身としては、そう言いたくなるのも頷ける。だが、風先輩は今も戦い続けていた。必死に人類のために、せめて一日でも長く保つようにと戦っている。

 それに対して俺はどうだろうか。そう考えると、あの場から逃げた自分がとても弱い存在のように思えた。

 

「それに、最近全く日常に張り合いがないし」

 

「もう一回くらいなら叛逆起こしても大丈夫そうですけどね」

 

「張り合いがないってそう意味じゃなくて…。まあ、いいわ」

 

 俺がかつての事を揶揄うと風先輩は小さくため息を吐いた。

 張り合いがないの意味合いは俺にだってすぐわかる。だが、それを口に出すのは躊躇われた。

 

「とりあえず、鷲尾家はいつも通りで安心したわ」

 

 風先輩は戯れている三人を見て微笑んだ。

 樹も銀も、美遊も笑顔だった。

 

「私、多分自分が頑張ればこの先ああいう笑顔が見れると信じてるから、めげずにやれてるのかもね」

 

 そう言いながら、微笑みを浮かべている風先輩の横顔はあまりにも格好良かった。

 だから、その横顔に見惚れてしまうのも自然な事のように思えた。

 

「どうした?晴哉。もしかして〜。私に見惚れちゃった?」

 

「そんな事ないです」

 

 揶揄われるのが目に見えるので、俺はすぐに視線を風先輩から外す。それに俺が今感じた感情は、単純なる憧れだ。

 銀以外にそんな感情を抱く事はない。けれど、風先輩のおかげで、大切な事に気が付けた気がする。

 

「やっぱり先輩は先輩ですね」

 

「何がよ」

 

「今から話すの、全部独り言なので無視してくれていいです」

 

「急ね。まあいいわ。無視してあげる」

 

 俺は風先輩の許可をもらうと、心の中に溜まった膿を外へ吐き出すように話始める。

 

「俺、銀が妊娠してる時にずっと大赦にいて何もしてあげられなかったんです。それで、…きっと余りにも関わらなさすぎたんですね。俺、美遊が生まれてからずっと、あいつのことがどうでもいいんです。だけど、せめてそれがバレないように良い父親って言う役割を演じてきたんです。それも最近嫌になって。それで、風先輩の言葉を聞いて思いました。別に今からでも遅くないのかなって。美遊の笑顔を守るためになら、俺は本当の父親になれる気がするんです」

 

 息継ぎをする事も忘れ、一気に話し終えた俺は一度深呼吸した。

 風先輩はずっと無言で俺の独り言を聞いていてくれた。そして、しばらくしてから風先輩は口を開く。

 

「あんたはちゃんと父親やれているわよ。今も、昔もね。だって、あんたは演技だったとは言え美遊ちゃんの笑顔を絶やした事はないじゃない。それは誇ってもいい事だと、私は思うわ。それにほら」

 

 風先輩が真っ直ぐと指で前を指し示す。俺はその指の先を追って、正面を見る。

 

「お父さーん!一緒に遊ぼー!」

 

 そこには美遊が笑顔でこっちに向かって手を振っていた。

 銀もこっちに来いと手を招いている。

 

「本当にあんたが偽物だと言うのなら、あんな表情をあの子が浮かべるとは思えないわ」

 

 風先輩は「晴哉はすぐ行かせるー!」と銀と美遊に伝えると、「最後に」と俺の方を向く。

 

「もう一度言うけど、あんたは立派な父親よ」

 

 それだけ最後に付け加えると、風先輩は俺の背中を軽く前に押した。

 

「行きなさい」

 

 俺は久しぶりに誰かから勇気を与えられた。

 ここ何十年と、ずっと後ろを向いて歩いて来た。

 忘れる訳にはいかない。忘れてはいけない。自分がしたこと、させたこと。名前を、声を、思い出を。

 振り向き続ける事も大切だ。だけど今は、新たに守りたいと思えるものができた。それならば、前を向いて、しっかりと進んでいこう。

 俺の命が尽きる。その時まで。

 

「風先輩も一緒に……って、あれ?風先輩?」

 

 先程まで隣にいたはずの風先輩が忽然と姿を消した。

 するとすぐにメールが一通届いた。風先輩からだった。

『もう一人の目を覚ましてくる』

 俺はそのメールを見て、苦笑いを浮かべた。

 それよりも、夏凛が心を病む前園子が下した命令があったはずだ。確か、奉火祭の事だったか。大赦はまだその資格があるものを探しているのだろうか。

 俺が耳に挟んだ噂では、一年に五人程度を差し出さなければならない。

 無茶苦茶な条件を押し付けてきたものである。

 

「いや、俺はもう大赦の人間じゃないんだから気にする事じゃない…よな」

 

 一体何のための言い訳なのか。

 俺は今一度前を向くと、三人が待つ方へと一歩を踏み出した。

 それから数時間後、風先輩から連絡が入る。その内容は目を疑いたくなるものであった。

 

「寂しかったんだな。夏凛……」

 

 三好夏凛は、友奈と東郷の影を追いかけて行ってしまった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 美遊もついに小学生になった。

 ピッカピカの何とやらだ。是非とも楽しい学校生活を送って欲しいものである。

 小学生にもなると、親と遊ぶ時間より友達と遊ぶ時間の方が多くなるので親としては結構寂しかったりする。

 そんな情けのない事も言ってはいられないのだが。

 

「それでね。今日ね。結衣ちゃんがね」

 

 今日一日の出来事を楽しそうに銀へと話している美遊を尻目に俺は次の就職先を探していた。

 いかんせん、このまま無職では美遊が馬鹿にされるかもしれない。

 おまけに鷲尾という苗字自体、この家しかない訳で。美遊はかなり目立つ存在である事は間違いない。

 まあ、俺のせいで地位も何もかも失墜したんですけどね。

 個人の勝手な感想なので他の人はどうかわからないが、変に地位が高いよりもこうして普通の生活を送れる事の方が幸せのように思える。

 

「学校ね……」

 

 もう行かなくなって何年くらい経っただろうか。

 少しだけ自分の小学校生活に思いを馳せてみる。

 一から三年まではただ、ただつまらなかったという記憶しかない。ようやく世界に色がつき始めたのは四年生の頃からだった。それから二年後には友達もできて。今では隣にいてくれる大きな存在になった。

 それぞれがそれぞれの道を辿った。その結末は、納得のいくものではないとしても。

 一瞬の回想を終え、美遊の声によって俺は現実に引き戻された。

 

「そう言えば、学校で自分の家族っていうお題の作文が出たんだけど、どうしよう」

 

「どうするもこうするも、美遊が見たまま書けばいいと思うぞ」

 

 俺がそう言うと美遊は顎に指を当てて「むむむ」と唸りながら俺と銀を交互に見る。

 

「お母さんは……凄く頼れて、格好良くて、私の憧れだけど。お父さんは、普通かなあ……」

 

「おい」

 

 俺がちょっと待てと美遊を引き留めている間に銀は小さくガッツポーズを作っていた。

 

「ぶゆうでんでも書いておく?」

 

「嘘を書くのはよくない」

 

「だったらお母さんの事だけ書く」

 

 美遊はそのまま自分の部屋にまで戻って行ってしまった。

 部屋の扉が閉まる音がすると、銀がコーヒーを入れたコップを持ってきて俺の前に置いてくれた。

 

「いやー、ああ言われると照れるね」

 

「年甲斐もなくか?」

 

「そりゃ、褒められるのは何年経っても嬉しいものさ」

 

「そう言うものか」

 

 俺は銀が淹れてくれたコーヒーをありがたく頂戴して、口に含み苦味を味わう。お茶とは違う苦味があって、こちらも最近好きになってきた。苦味というより、酸味といった方が正しいだろうか。

 銀も一息ついてから口を開いた。

 

「アタシは美遊も友達が出来たみたいで安心したよ。何せ、ハルヤの血を受け継いでるからちょっと心配だったんだ」

 

「さらっと酷いこと言いよる…」

 

 俺の飲んでいるコーヒーが更に苦く感じた。

 その苦味に、俺が顔を顰めていると銀が一枚のプリントを差し出した。

 

「なんだこれ」

 

「授業参観。行く?」

 

「また泣かれるのも困るからやめとくよ」

 

 軽く、以前子供たちに泣かれた時の光景がフラッシュバックした。

 いくら無関係な子たちだったとしても、それなりに心に来るものである。

 

「気にすることじゃないと思うけどなー」

 

 そう言いながら銀は俺の空洞となった袖の辺りをパタパタと手で仰いだ。俺は銀の行動を気にせずにもう一度、コーヒーの入ったカップを煽った。

 

「……する?」

 

「しない。……今は」

 

 何がどうしたらそういう風になるんだ。

 俺はため息をついて空洞となった左腕から銀を引っ剥がすと、席から立ち上がって身体を伸ばすと、身体が嫌な音を立てた。もう気づけば30も近い。

 時の流れとは残酷だ。俺はそれを一番わかっていないといけない立場であるはずなのだが。

 

「そう言えば美遊って定番の質問してこないよね」

 

「なんだ?その定番の質問って」

 

「自分がどう生まれたーとか。どうやって子供って産まれてくるのー、みたいなさ」

 

「言われてみればな」

 

 確かに聞かれそうなことではある。美遊はもしかしたら既に自分で調べてしまったのかもしれない。普通に不味い気もするが。

 

「6歳とは思えないもんね。あの察しの良さというか、知的探究心の塊というか。色々と」

 

 そこら辺は「ハルヤ譲りかな」と銀は呟く。

 

「それにプラスして銀の行動力だからな。ある種の化け物かもしれん」

 

「本人が聞いたら怒りそう」

 

 銀は軽く笑った。

 

「ハルヤはさ、自分が産まれた時のことって覚えてたりするの?」

 

「それは人間としてか?それとも…」

 

「人としての方だよ。ちなみに言っておくとアタシが好きなのは人様の方のハルヤで、あちら側はそんなに好きじゃない」

 

 あちら側で沢山やらかしましたものね。そりゃ嫌いにもなりますとも。

 俺は一瞬だけ脳内に再び最終決戦の時の記憶がフラッシュバックした。

 やめておこう。あれはしてはならない事だった。

 

「人としてなら、覚えてるのは目が覚めたら母さんと父さんの顔が視界に映ったって事だな。それだけだ」

 

 自分がどうやって生まれたのかを気にし出したのは中学生に入った頃で、その時に自分がどのような存在かを理解したのだったか。

 

「そっちはどうなんだ?」

 

「アタシは自分のことは覚えてないけど、弟たちのことならしっかり覚えてるよ」

 

「いかにもお姉ちゃんだな」

 

 俺と銀は二人して笑う。

 その日は特に何事もなく、いつも通りの生活を享受した。

 

 それからまた数日後、美遊は新たな宿題を持ってきた。

 『将来の夢』、『なりたいもの』というお題だった。

 数分前、俺は美遊の『将来の夢』を聞いて怒鳴り散らかしてしまった。

 美遊が生まれて六年目にして、美遊に対して感情を爆発させてしまったのを後悔して、反省している最中である。

 外で頭を冷ましながら俺は空を睨んで独りごちる。

 

「勇者になりたいって…。それを俺が推奨できる訳ないだろ……」

 

 机を叩いた手はまだヒリヒリと痛んでいる。

 俺に怒られて目に涙を浮かべている美遊の顔を思い出す。当人からしたらあまりにも理不尽な怒りだっただろう。本人はいたって真面目に考えていたと言うのに、俺としたことが。

 

「『勇者』か……」

 

 相変わらず空はこちらを監視するように睨み続けている。

 二度と抵抗するなと言うように。人類を敗北たらしめたその絶対的な力を見せつけるように。

 その絶対的な存在から俺は目を離す。

 

「美遊に謝らないとな」

 

 俺はもう一度だけ、空を睨んでから家の中へと戻った。

 家の中に戻ると先程までの緊迫した雰囲気は霧散していた。それはひとえに銀のお陰であるように見える。

 銀が俺が戻って来たのを確認すると悪戯を思いついた子供みたいな表情で「片腕がない仏頂面の怖ーいおっさんがいてもいいならね」と言った。

 何の話かは知らないがとりあえず適当なことを言っておく。

 

「誰が仏頂面のおっさんだ。…おっさんだけども」

 

「ハルヤは美遊の友達が来たら追い出されるね」

 

「誰に」

 

「アタシに」

 

 なるべく先程まで纏ってしまっていた雰囲気を消すことを意識しながら銀との会話に努める。

 俺と銀の会話を聞きながら美遊は笑っていた。

 そこで銀が「そう言えば」と何かを思い出したのか、カレンダーをパラパラとめくった。

 

「今度、須美の誕生日すぐじゃん。お墓参り行かないと」

 

「またあの英霊の碑みたいな場所行くのか?」

 

 俺は以前園子の護衛についた時に無理やり連れてかれて以来、一度もあの場に足を運んでいない。

 俺の口は無意識に歪んでいた。

 

「須美は血が繋がってなくても妹だったんだから行かないと。昔の妹好き好きだったハルヤはどこにいったんだい?」

 

「とっくの昔にその俺は死んだな。気づいてやれなかった時点で、俺には須美に合わせる顔がない」

 

 銀は「それも仕方ないか」と小さく頷いていた。俺だって行きたいさ。自分を許せるのであれば。

 

「園子も来るってさ」

 

「園子は、また大量の焼きそば作ってきそうだな…」

 

「ははは、あれはアタシも勘弁願いたい」

 

 去年、園子はとんでもない量の焼きそばを持ってきたらしい。

 資源を大切にしてくれた文句を言いたかったが、消されそうなのでやめておいた。

 園子は現在も精力的に活動中である。少し、何年か前に比べると落ち着いてきた傾向はあるが。

 それはいいとして、俺は本来の目的を忘れるところだった。

 俺は美遊に頭を下げる。

 

「さっきは取り乱して悪かった」

 

 美遊はキョトンとした表情を浮かべていた。

 

「何の話?」

 

「冗談だろ?」

 

 俺は再度認識させられた。こいつ、かなりの大物だと言う事に。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 美遊は最近よく一人であちこちを彷徨い歩くようになった。

 その姿はかつての自分を彷彿とさせた。

 友達はいるはずなのだが、友達と遊んでいる気配も見受けられない。ちょっと親としては心配になる。

 銀が何処かに出かけてしまい、美遊もまた外へとふらふらと出て行ってしまい、手持ち無沙汰になった俺も大橋の付近を歩こうと、家を出た。

 しばらく歩くと、風が吹いて潮の匂いを運んでくる。この匂いが俺は特別好きだった。

 視界の端に大橋が映った。十年以上経った今でも、大橋は捲れ上がっていて、直される気配がない。

 

「花でも添えてくか」

 

 俺は大橋に来たついでに【英霊の碑】による事にした。

 以前までは来る事を躊躇っていたが、何故か今日は行こうと思わされた。

 近くの花屋で季節外れの朝顔を買ってから、【英霊の碑】へと向かう。階段を降りていくと、見覚えのある小さな姿が目に映った。

 

「何してんだ」

 

 俺はその小さな背中に声をかける。

 美遊はビクッと身体を震わせると、ギギギギギと錆びた機械のようにゆっくりとこちらを振り向いた。

 

「ゆ、ゆ、ゆ、誘拐犯!?」

 

「な訳あるか。というか、お前の目には何が映ってるんだ」

 

 俺は小さくため息をついた。

 

「一人で何処に行ったかと思えば」

 

 まさかここに来ているとは誰が思うのだろう。

 

「つ、ついて来てたの?」

 

「違う違う。偶々俺もここに用事があっただけだよ」

 

 俺はちょっとだけ嘘をついてから東郷美森と書かれた石碑の前に跪き、持ってきた朝顔を献花する。

 

(少しは安らかに眠ってくれ)

 

 彼女の死に際を思い、俺は心の中で祈った。

 

「お父さんはさ、全部知ってるんだよね」

 

 俺が手を合わせ終わるのを待っていたかのように、美遊は俺に問う。

 全部とは何を指しているのか、俺にはすぐにわかった。

 

「……またその話か。好奇心旺盛なのはいい事だけどな…」

 

 俺はもう一度小さくため息をついた。

 

「何をどうしてそんなに知りたいんだ?お前は」

 

 美遊は手をグッと握ると、真っ直ぐ俺の目を見て宣言した。

 

「私は……『勇者』に、なりたいから!」

 

 美遊の目はまだ何も現実を知らない、ただ理想だけを追い求める子供だった。その目はいつかの自分に似ていた。

 

「何の役にも立たないぞ」

 

 俺は美遊の強い意志に観念して、打ち明ける事に決めた。その前に再度確認を取る。

 そんな俺に美遊は力強く頷いた。

 

「わかった。でも条件がある。流石にその歳でこの現実を知るのは辛すぎる。それくらいのことなんだ。だから、美遊が12歳になったら少しだけ話そうと思う。12歳になった時、まだ聞きたいと思う気持ちがあるのならね」

 

 俺は美遊の返事を待たずに立ち上がると、美遊に背を向ける。

 

「どうする?一緒に帰るか?」

 

「まだもう少しだけここにいようかな」

 

「そうか。帰り、気をつけてな。……あと関係ないけど一つだけ言っとく。人として生きることだけは何があっても諦めるな」

 

 俺は美遊に色々な意味を含めた忠告をしてから、その場を後にした。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 それから美遊は再び俺の意志に反するかのように自分の物を取り出す力を研究し始めた。

 どこからどの範囲までは取り出せるとか、その他諸々。何より、不味いのは勇者システムを介さずに力を使えている事だ。俺は勇者システムを経由して置換、及び元の姿に近づいた。だが、美遊は違う。何の補佐なしに最初から使えている。

 本来なら止めるべきだった。

 俺はその危険性を知っていた。

 そして、その日は予想以上に遅れてやってくる。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 美遊が12歳の誕生日を迎えた。

 約束通り、俺は美遊に話さなければならない。

 美遊もこの四年間近く、自分の力をほぼ完璧に使いこなせるようになったようだった。本人は俺にバレていないと思っているようだが、案の定、物を取り出す時の特有の時が歪みが近くで起きれば同族として気づかないはずがない。

 俺はコーヒーを飲みながら、美遊にどうこの話を切り出そうかと悩んでいた。というより、そもそも美遊から聞かれない限り、俺は答えるつもりはないのだが。

 銀は第二子を授かり、大きくなったお腹を慈愛がこもった笑顔でさすっている。本人曰く、嬉しいらしい。痛いけど。

 今度ばかりは俺もしっかりサポートしようと、休みを取るようにした。

 これもついでだが、流石に不味いと思った俺は結局大赦に戻る事にした。

 大赦も以前ほど切迫はしておらず、あの厳しい時期を知っている身としてはかなり楽になった。

 

「にしても私にも妹か〜」

 

 美遊は「名前つけてあげたいな」と銀のお腹を触っている。12歳差の姉妹というのもなかなか居ないのではないだろうか。完全にあの日の約束など忘れていそうな勢いだった。

 

「えへへ、どんな子かな〜」

 

 浮かれてるなー。という感じだ。よっぽど美遊も嬉しいらしい。そんな事を考えてると、携帯端末の呼び出し音がなった。画面には見たことのない番号が映し出されている。俺は疑問に思いながら、通話を繋げる。

 

「鷲尾ですけど」

『あんた、美遊ちゃん何したのよ!』

 

 画面から聞こえてきたのは風先輩の焦った声だった。全く話が見えてこない。

 

「美遊が、どうかしたんですか?」

 

 俺は家族に聞こえないよう、部屋の外に出てから風先輩に詳細を聞いた。

 

『不味いわよ。美遊ちゃんが狙われてる』

 

「……まさか!」

 

『そうよ。あんたの予想通りよ。何で放置しておいたの!』

 

 俺は携帯端末を手から離しそうになるのを何とか堪える。

 こうなるのは当然だった。

 かつて自分達と対峙した力と似た力がこの香川の何処かで見つかった。この事に、天の神が怒るのは必然。

 俺は汗が止まらなかった。手の震えも。

 

(俺は、俺は間違えたのか?)

 

 人として育てるはずであった美遊を、神に近づけたのは間違いなく俺だ。やめさせなければならなかった。それを俺は!!

 風先輩は更に話を続ける。

 

『天の神の怒りを封じるために、次の奉火祭の供物が美遊ちゃんに決まったわ。これしか、天の神の怒りを封じ込める手段はない。乃木が既に動いてるわ。逃げなさい。出来るだけ遠くに』

 

「逃げるって言ったって、今更何処に」

 

 俺は考えを張り巡らせる。いや、今は行動するのが先決。

 俺が動こうとした瞬間。電話越しに何かが爆ぜる音がした。

 

「風先輩!?」

 

『やっほ〜。ハルスケ』

 

 その声は、もしかしたら今一番聞きたくない声だったかもしれない。

俺は目を瞑った。

 風先輩は……。もう。

 

『こうして話すのも久しぶりだね〜。それでも去年ぶりかな〜?』

 

「お前に付き合ってる暇などない。遂に先輩すら殺す事を躊躇わなくなったらお前は終わりだ」

 

『そう言わずにさ〜。それに、もう逃げられないよ』

 

「!?」

 

 園子の声と同時に、玄関が破られる音がした。

 そして続々と装束に身を包んだ神官と巫女が流れ込んでくる。

 

「不法侵入ってレベルじゃねえぞ」

 

「乃木園子様からのご命令です。今すぐに鷲尾美遊さんをこちらにお引き渡しください」

 

 おそらくこの中で最年長の巫女が恭しく礼をする。その巫女は俺が知っている人物だ。長年お世話になり、つい先日も軽く立ち話をしたばかりだ。

 騒ぎを聞きつけたのか、銀も居間から出てきた。

 美遊も自分の名前が出たのを聞いて、不安そうに顔を覗かせる。

 

「理由は」

 

「貴方が気づいた通りです。時間がありません。早急に」

 

 俺は美遊のいる方を振り向いた。美遊も大体のことは察したのか、表情は絶望に染まっている。

 

「自分の大切な娘をそう易々と渡せるとでも?」

 

「何が起こるかを予測できたにも関わらず、何も貴方はしなかった。それを大切な娘とは。片腹が痛いですね」

 

 巫女の正論が刃物のように俺に突き刺さる。俺は何か言い返そうとするが、何も言えなかった。

 

「無言は肯定と受け取ります」

 

 巫女が手を振り下ろすと、俺と銀は巫女と神官に取り押さえられた。

銀のお腹には子供がいる。その事すら、こいつらには理解できないようだった。

 

「お父さん!お母さん!」

 

 必死に助けを求める声。だが、五人に取り押さえられているこの状況では俺一人の力では太刀打ちもできなかった。

 

「まだ私!何も出来てない!」

 

 美遊が俺に向けて手を伸ばす。

 だが、その手は一切届くことはなく、美遊は神官と巫女の波に飲まれて消えていった。

 その嵐のような一幕の後、もう何もすることはないと神官と巫女が去った後、俺は銀の顔色が悪い事にすぐ気がついた。

 

「っ!一体どんな抑え方しやがった!!」

 

 すぐに救急車を呼び、銀を病院へと搬送してもらう。

 病院についた時には、既に銀の意識は失われていた。

 どのくらい待っただろうか。告げられた言葉はあまりにも無慈悲だった。

 

「残念ですが」

 

 必死の治療にも関わらず、母子共に死亡。

 幸せだった空気は一転。絶望へと叩き落とされた。

 

 俺はこの一週間、魂が抜けた抜け殻になっていた。

 唯一手元に残った物は銀に昔あげた髪留めのみ。銀は小さな命を抱いたまま命を落とした。それも唐突に。

 本当に、何もかもを俺は取りこぼした。

 中学の頃も園子とは争ったが、殺意という感情が湧いたのはこの時が初めてだった。

 美遊が奉火祭に投入されたという話はまだ聞かない。

 それでもすぐに天の神の怒りを封じ込めるために生贄にされるだろう。

俺にはもう何もない。

 だが、最後に微かに残った希望ならある。

 美遊を助ける。それ以外に、全ての道を切り開く方法はない。

 

「もう、世界なんてどうでもいい。俺は……」

 

 全てを終わらせる。

 美遊を助け、乃木園子を殺す。

 

「生贄になんて、させてたまるか」

 

 大赦は手段を選ばなかった。

 銀を殺す必要まではなかったはずなのに。

 園子としては俺が抵抗する気力を一気に削ぎ落とすつもりだったのかもしれない。

 だが、俺もそこで折れてやるほど弱くない。

 こうして、俺の正真正銘、最後の戦いが始まる。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 奉火祭の日が来る。

 私は白装束に着替えられ、神輿に乗せられている。

 これから自分が向かう先は必ず生きては戻れない場所。

 私は園子様から自分の母親と待ち望んでいた妹がこの世を去った事を聞いた。それも全て私のせいだと。そう言われた。

 確かにその通りだった。

 お父さんは力を使う事を止めたはずだ。それを私は無視して、ただ『勇者』になりたいという独善的な思いだけで強化し続けた。

 そして結果を見れば、有り様。私は二人の大切な命を奪った。どれほど親不孝、妹不孝なのだろう。

 だから、別に奉火祭にて生贄にされる事に抵抗はなかった。

 

「行きますよ」

 

 巫女に声をかけられて小さく頷くと、私が乗っている神輿は神官達の手によって持ち上げられる。

 20分程壁の上を進みながら、外と内を分ける境界線にまで到着した。

 その場には多くの神官、巫女、そして乃木園子がいた。

 

「大人しく来てくれて嬉しいよ〜」

 

「はい」

 

「最後に何か言うことはある〜?」

 

 園子様に聞かれて、私は首を横に振った。私には何も言う権利はない。

 

「そっか〜。それじゃあ、早く終わらせちゃおう。邪魔が来るかもしれないし」

 

 園子様に指示を出され、私は神輿を降りる。

 この先がどうなっているのかを私は話を聞いただけでわからない。

 私は境界線に立つ。そこで一気に恐怖という感情が爆発した。

 

(私、死ぬの?)

 

 そう自覚した瞬間、急に怖くなった。足も自然と止まってしまう。

 

「どうしましたか?」

 

 先導する巫女が不自然に思い、こちらを振り返る。

 怖い。死ぬのが怖い。お父さんに謝れてない。お母さんにまだ何も学べていない。妹と遊べていない。友達とも遊べていない。勉強だってまだまだやり足りない。失わせた命を、助けられていない。

 

『まだ、何もやれてない!!』

 

 それは私が連れ去られる時に叫んだ言葉だ。

 あれは心からの叫びだった。

 

「早く動きなよ」

 

 後ろから園子様の冷たさを纏った鋭い言葉が突き刺さる。それでも私はその場を動かなかった。

 私は一度大きく息を吸った。

 

「私、まだ何も!やれてない!!」

 

 私は香川全体に響くように声を張り上げた。もしかしたら届くのではないかという期待を込めて。

 だが、反応はすぐには返ってこなかった。私は満足して、足を前に進めようとした。その時。

 

「そうだよな。まだお前が思い描いた事、何も出来てないもんな」

 

 その声が聞こえた瞬間。私は泣きそうになった。

 一人の仮面をつけた神官がゆっくりとこちら側に歩いてくる。

 園子様は自身の背後を睨んだ。神官はその視線をものともせず、園子様の横を通り過ぎ、私の隣に並ぶとゆっくりと仮面を外す。

 

「無駄な事するね〜。ハルスケ」

 

 園子様は冷静を装っているがその姿を見た時、苛立ちと共に強く歯軋りしたように見えた。

 

「無駄かどうかはまだ決まってない。決めつけるのは早計だぞ。宗主様?」

 

 お父さんはそう言うと園子様に挑発的な笑みを浮かべたのだった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 俺は仮面を外して園子と相対する。

 周りにいた人々が臨戦体制に入った。様子から見るに、俺がここに来ることも想定済みらしい。

 そんな中、園子が一番最初に口を開いた。

 

「みのさんの事は残念だったね〜」

 

「自分が指示しといて、何言ってやがる」

 

「ハルスケに言ってもわかるか知らないけど、必要な犠牲ってのもあるんよ〜」

 

「俺が戦意喪失して動かないようにしたかったのならば他の方法があったはずだろ」

 

「あれが一番手っ取り早いんよ。ハルスケは失う事を怖がっている。それを知っていたからね〜」

 

 この場で長々と話す気も元々ない俺は早々に話を打ち切る。そして俺は流れるように美遊を担ぎ上げた。

 

「まあいい。それじゃあ悪いけど、美遊は貰ってくぞ。あと早々にこの場を離れる事をお勧めする」

 

 園子は俺に一際厳しい視線を向ける。

 

「何のために?その子のお陰で世界は滅びようとしてるのに、助ける必要がどこにあるのかな」

 

 俺は園子の反応を見て笑った。

 こいつは何もわかってない。所詮、亡国のトップであるに過ぎない。落ちていくばかりの全を守ろうとする者に、これからの未来を繋ぐ1を守る者の気持ちなどわかるわけがないのだから。

 俺は園子の発言を小馬鹿にするように笑いながら、園子に告げる。

 

「自分の子供を守らない親がどこにいると思う?」

 

「貴方からその言葉が出てくるとは思わなかったな。でも、貴方が子供を守るように私には世界を守る義務がある」

 

 園子は左腕を高く上げる。

 それと同時に各神官が俺と美遊を包囲する。その手には拳銃が握られている。神官が持っていいものではないものを持っている姿を見て、俺は危うく笑いそうになった。

 

「最終的にも、俺とお前はあまり仲良くやれなかったな」

 

「そうだね。私は貴方のことが正直言って憎いくらいだよ」

 

 園子がそう言って高く上げていた左腕を振り下ろした。

 神官たちが俺だけを殺そうと狙いを定めて引き鉄を引こうとする。

 

「忠告したはずだぞ?」

 

 俺は我ながら嫌な笑みを浮かべる。

 

「ちゃんと捕まっててくれ」

 

 俺は美遊に小声で伝えると美遊の俺を掴む力が強くなった。

 俺はそれを確認すると銃声が響くと同時に自分の指を鳴らした。

 園子は俺の目的がわかったのか、表情がそれまでの冷酷なものから、驚愕、焦りへと変化した。

 

「逃げーーーーー」

 

 園子が言い切る前に、大きな爆発音が響き、地面が崩れて落ちた。

 

 俺は讃州中学があるあたりに着地した。

 壁の方向を見ると、煙が上がり、次第に外の地獄のような光景が姿を現した。昔のように樹海化はない。戦う手段もない。あとはこの世界は終わりの一途を辿るのみ。

 与えられた時間は少ない。

 俺は美遊を仰向けに寝かせる。

 

「手短に伝えるぞ。美遊。今から俺はお前を過去に飛ばす」

 

「え?」

 

 美遊は何を言ってるの?と言わんばかりの表情で俺を見る。

 

「悪いけど、細かく説明する余裕はない。飛ばされた過去でまず最初に俺か銀に会え。それと、美遊の記憶を少しだけ消す。名前、生年月日、どうして過去に来たのか。それから俺には出来ない美遊だけにやれる事があるはずだ。多分、代償は凄まじい。けれど頼む」

 

 俺は美遊に頭を下げる。

 

「今から失われるすべての命を、失わせた命を取り戻してきてくれ」

 

 美遊は戸惑った声で俺に聞いた。

 

「それは、お役目?」

 

 ああ、俺は卑怯だ。この先美遊をその想いに縛り付ける言葉を簡単に言おうとしている。

 

「そうだ。そして、今から美遊は世界を救う『勇者』だ」

 

 俺は美遊の頭を撫でた。きっと、『こちら』の俺がこの顔を観れるのは最後になるだろう。美遊は俺に頭を撫でられるのを大人しく受け入れる。

 

「やっぱり、俺には一ミリも似てねえな」

 

 俺は美遊の頭を撫でながら軽く笑った。

 

「そんな事ないよ」

 

 美遊も泣き笑いのような状態で軽く笑う。

 人々の怒声が、叫びが、次第に大きくなってきたのを俺と美遊は感じた。

 

「それと最後にこれを」

 

 俺は美遊の手に銀が大切に持っていてくれた髪留めを握らせる。

 

「これってお母さんの……」

 

「そうだ。これは『勇気のバトン』だ。きっとそれが縁になって何処かで繋がってくれる」

 

 そして、それは大きな輪になって必ず美遊を救う。

 

「じゃあな。元気で」

 

 俺はこの時人である事をやめた。忘れ去られた時量師神の力を完全に解放し、美遊を過去に送る。

 美遊を光が包み、宙に浮かんだ。

 

「お父、さん」

 

 俺は美遊が伸ばした手を少しだけ握って、届かなくなる位置で手を離した。

 そしてその光に背を向ける。美遊を包む光とは反対を見ると、世界が赤く染まっていた。

 壁の破壊を宣戦布告とみなした天の神が人類を殲滅せんとする。

 

「天の神、見てろ。お前が一番恐れてた事をやってやるよ」

 

 天の神の全てを破壊する光の柱が俺と美遊に向けられる。どんな手段を使っても美遊を過去に行かせたくないらしい。

 俺は最後の力を振り絞って、桜の花を模した盾を展開する。

 目の前が美遊を包む光とは別の光に覆われた。

 

「ははは、もう限界か」

 

 俺は五枚のうち、三枚が一瞬で溶解したのを見て、自分一人でするにはこれが限界だと言う事を悟った。

 まだだ、まだ耐えなければ。

 残り一枚。まだ美遊は行かない。

 

(流石に、もう無理かな)

 

 諦めかけたその時、誰かの影がそっと、手を重ねてくれた気がした。

 それに勇気をもらう。残りあと数秒。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 本来耐えられぬはずのない一撃を最後の最後で押し返す。だが、それだけだった。絶対的な力の前では紙切れに等しい。

 隣に手を添えていてくれた影が俺の手をそっと掴む。

 こっちに行こうと。俺の手を引く。

 その先には、友奈が、須美が、風先輩が、夏凛が、園子が、樹が、今まで俺と関わってくれた人たちが並んで俺を待っていた。

 それぞれが色んな表情をしている。

 笑っていたり、怒っていたり、泣いたり、無表情だったり。

 

(謝らないとな。色々と)

 

「ほら、行こうよ。ハルヤ。美遊のちょっとした旅路、見守ろ」

 

 俺は首肯して、銀の手をしっかりと握ると光の先に一歩足を踏み出した。

 同時に、美遊を包む光も消える。

 この瞬間、世界は崩壊した。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 どうして私はこんな場所にいるのだろう。

 名前も、生まれた日も、自分の親の顔も何も覚えていない。

 あてもなく、ふらふらと歩き続ける。

 その結果、私は疲れて倒れてしまう。このまま、自分は何もせずに終わるのだろうか。いや、まだ私には『お役目』がある。

 これだけが今自分が覚えている唯一の事だった。その内、さまざまな事を思い出すはずだけど、今はそれは置いておこう。

 とにかく私は会わなければ。

 

(誰に?誰だっけ)

 

 私は混乱した。倒れる私の前に、誰かの影が映った。

 

「大丈夫?」

 

 その影は倒れる私に手を差し伸べる。その顔は、見覚えがあるような気がした。

 また一つ、私は思い出す。

 だけど、ここで思い出しても、私はまた忘れてしまうだろう。

 これは私が引き起こしてしまった事への贖罪だ。

 だから、全力をとしてこの『お役目』を遂行しよう。そうすれば、きっと許されるはずだ。そう信じよう。

 

「おーい、アタシのこと見えてる?大丈夫かー?」

 

 この声も聞いた事がある。小さい頃、よく歌を歌ってくれた、私の大好きな人の声。

 私は気づいていると意思表示をするために、差し伸べられた手を取る。

 

「おっ、気がついてる。よしよし。怪我は…してないかな」

 

 私の姿が無事であるのを確認すると小さく頷く。

 

「どこから来たの?」

 

「……わからない」

 

「わからない!?」

 

 目の前の人物はあちゃー、と頭を抱える。

 

「じゃあ、名前は?」

 

 私はもう一度首を横に振る。

 もう、目の前の人物の表情は不思議なものを見る目になっておりずっと頭の上にはクエスチョンマークが浮かんでいる。

 

「お母さん」

 

「ふえ!?」

 

 私に「お母さん」と呼ばれた人物は顔を真っ赤にして、周りに誰もいないのを確認してから一息ついた。

 

「もしかして記憶喪失?」

 

「多分…そう」

 

 そこまで答えたところで、私は眩暈がして再び前に倒れ込んだ。お母さんはそれを慌てて受け止めてくれた。

 段々と腕の中で意識が落ちていく。お母さんは慌てながら何かを言っているが、私にはもう何も聞こえないいない。

 私は一度、目を閉じるとお母さんの腕の中で少しだけ眠った。

 

 それからは記憶を取り戻しては失い続ける日々。

 楽しかった記憶も、その日あった事を次の日に忘れてしまうなんて事はザラにあった。その中でも唯一忘れられなかったのはお父さんが仮名でつけてくれた名前だった。

 時は流れ、その流れの中で何もかもを忘れ、自身の存在すらも供物として差し出した私はついには誰からも認知されなくなった。

 お父さんやお母さんから認知されなくなった日は一日中泣いた。

 そして私のお役目も終わりを告げようとしていた。

 東郷美森も生きており、結城友奈も心苦しいとはいえ、天の神の呪いを一身に引き受けている。

 ここらがもう私の限界だった。できる事はもはや無い。

 だから、最後の抵抗で私は逃げられぬ呪いの暴力に巻き込まれたお母さんを救うために身を投げ出した。

 身体が宙を舞い、地面に叩きつけられる。

 その衝撃で思い出したのか、最後の最後で私がお母さんと、自分の妹を間接的とは言え殺したのを見てしまった。

 私は痛みを堪えながら、お母さんの方を見る。

 お父さんはお母さんに駆け寄った。何度もお母さんの名前を呼んでいる。お母さんは目を開けてくれて、意識もはっきりとしていた。

 逆に私の意識はどんどんと底なし沼に落ちように暗くなっていく。

 

(お父さん。お母さん。もし、許されるなら。今度も二人の子供でいたいな。そしたら今度はちゃんとするから。迷惑かけないから)

 

 その願いを聞き入れてくれたのだろう。頬を伝う涙を、神様は雨で拭ってくれた。

 私は成し遂げられただろうか。『勇者』になれただろうか。

 でも、希望は繋げた。バトンも上手いこと繋がってくれた。もう満足だ。やり切ったという達成感に身を委ね、誰かの暖かい手に触れ最期の時を待つ。そして私の意識も鷲尾美遊という存在の記録も粉々に砕け散った。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 俺の手の中で、美遊は息を引き取った。

 その顔は、何かを成し遂げ、満足したように安らかなものであった。そして◯◯の遺体は気づけば手の中から消えていた。

 

「俺、なんで泣いてるんだ…」

 

 理由も何もわからない。そもそも何故俺は銀を置き去りにして、こんな場所で座り込んでいるんだ。

 目元の涙を拭ってから、俺は銀の手当てをした。

 車に撥ねられたはずなのに、怪我はほぼどこにもない。

 

「大丈夫か?」

 

「うん。なんとかね」

 

 銀が擦りむいている箇所を、事故を聞きつけ、駆けつけた近所の人が持ってきてくれた医療道具を使って簡単に治療する。

 

「昔もこんな感じでやってくれたことあったっけ」

 

「あったな。そんなこと」

 

 泣いていた事を誤魔化したくて、ついついぶっきらぼうな反応になってしまった。

 銀も目尻に涙を溜めている。銀もその理由を理解できていないようだった。簡単な治療が終わる頃には救急車が到着し、銀は念のため病院へと搬送された。

 それからしばらくして、風先輩が事故に巻き込まれたと言う連絡が夏凛から入った。

 

「なあ、風先輩に友奈から何か聞いてないか聞いてくれないか?」

 

『今すぐは無理よ。でも、わかったわ。何かあるのよね』

 

「あぁ。頼んだ」

 

 偶然とは思えないタイミングに俺は疑いを強めた。そして数分後に夏凜から連絡が入った。

 

『友奈からは何も聞いてないって。でも、話している途中で凄い顔色変えていたって』

 

「わかった。ありがとう。俺もすぐそっちにいくから」

 

 通話を切り、今一度考える。

 これで確定した。天の神の祟りとやらの内容が。それはあまりにも勇者部部員殺しだった。

 

「話したらダメって事か……」

 

 友奈が頑なに話さない理由。そして、俺たちがまとめて怪我を負った日のこと。その僅かなピースが一つ。また一つと形を成していく。

 俺は思った。勇者部は下手をすれば崩壊するのではないか。と。

 そんな事を考えていると今更ながら、自分が手にずっと古びた髪留めを持っていた事に気がついた。

 誰かが言っていた気がする。これは勇気のバトンだと。それを言っていた人はもう思い出せない。

 

「でも、受け継いだよ。そのバトン。今度は俺が繋げてみせるから」

 

 俺はここにはもういない誰かに聞こえるように、決意を固めたのだった。

 

『鷲尾家』のバトンリレーは、まだ途絶えない。

 

 

 

 




この話を書きたいがためだけに登場していただいた美遊さん。
無事お役目終了でございます。
なんとか勇者の章にオリジナリティを加えられないかという創意のもと、書かせていただきました。賛否両論ではあると思いますけど。
そうそう。某有名アニメのスピンオフの魔法少女シリーズ見たんですよ。
いましたね。同じ名前の人物。大変申し訳ありません。

さて、とりあえずこの話はここで打ち止めでこれからは先にのわゆの方を完結させて行きたいと思います。
我ながらあちらの話は書いていて訳がわからなくなっている最中なので支離滅裂になるかも知れませんが、どうかお付き合いを。
こんな駄文長編を読んでくださった方、ありがとうございました。
それでは
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