花を咲かせ、未来に繋ぐ [加筆修正中]   作:まんじゅう卍

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第五話 負けないから

 

 結衣が鷲尾家に来てから早一週間。学校も既に夏休みに突入しており、私と弥生、結衣はこの長期休暇を謳歌していた。

 待ちに待った休みという事で一番テンションが上がっていたのは案の定弥生だった。初日に超高級車が家の前に止まったと思ったら「レッツエンジョイカガワライフ!!」と叫ばれた事は恐らく一生記憶から消える事はない。偶然、家に来ていた須美さんが苦笑いしていたのを見るにきっと園子さんも似たような事をした事があるのだろう。

 今日、私と結衣はあまりの暑さに居間の床で溶けていた。結衣も私の家での生活にだいぶ慣れてくれたみたいだ。先程も友奈を抱っこしてあやしていたし、友奈にも懐かれたみたい。

 

「あついいいいいぃぃぃぃぃ」

 

「美遊、五月蝿い」

 

「セミよりマシだよ……」

 

 というより私の声はセミと同等なのだろうか。高速道路を走行する車と同等のうるささだということか。それはそれで納得がいかない。

 

「結衣は何処か行きたいところとかないの?」

 

 私は何となしに聞いてみる。

 

「特にない。それに、夏休みにこんな風に自分の家の外に出たの、初めてだから」

 

「え、」

 

 私は先程まで暑くて溶けていたのに急に冷却されたのか身体が凍った。単純に結衣はゲームが好きだからとかそういう理由だろうか。

 

「美遊は何処か行きたいの?」

 

 逆に結衣に問われてようやく私を凍結させていた氷が溶ける。

 

「私は行きたいところだらけだよ。プールだって行きたいし、イネスだって。あとはそうだね〜。気分次第かな」

 

「美遊らしいね」

 

「そりゃどうも」

 

 一旦会話はそこで終わり。私は仰向けになって天井を見上げる。本人が嫌がろうとも何処かに結衣を連れ出したい。私はそう思ってしまった。

 

「結衣ってゲーム以外に趣味ないの?」

 

「特にはないよ」

 

 そういう事なら尚更何かしてもらおう。何だか今日の私はかなり強気なようだ。というより私はちゃんと結衣に話してもらいたいのかもしれない。自分達で勝手に調べてしまうより、本人から伝えられた方が相手も気分がいいに違いない。話してもらうにはそれ相応の信頼関係が必要となる。まだ話して貰えないという事はその域にまで達していないと考えるのが普通だ。しかもそれは弥生が抱えている秘密を結衣に隠し続けていることにも繋がるのではないか。そうと決まれば…。

 

「というわけで結衣。ちょっと外に出かけましょう!」

 

「……どこ行くの?」

 

「海」

 

 

 

 

 

 

 

「あっ!美遊〜。結衣〜。こっちこっち〜」

 

 弥生にはグループチャットを使って呼びかけ、わざわざ遠くのこちらまで来てもらった。

 

「おはよう、弥生」

 

「うん!おはようだね〜。結衣もおはよう〜」

 

 弥生は夏に相応しい麦わら帽子をかぶって、いつものようにニコニコと笑みを浮かべている。素直にやはりこの子は可愛いと思う。ずるい。

 

「それで〜?海に来たのはいいけど何するの〜?」

 

 波打ち際で、水の音がすぐ近くで聞こえる。私はその音をBGMにして告げる。

 

「遊ぶ!」

 

「ざっくばらんね」

 

 結衣が少し呆れたように頭を抱えた。私はそれに対し、自身ありげに胸を張った。

 

「この夏は言ってしまえば一回しか来ないわけで、折角なのでハメを外したい!という私の願望に付き合ってくれたまえ。例えば…それっ!」

 

 私は結衣と弥生に向かって、すくった水をかけた。弥生は「あはは!冷たいよ〜」と反応をしてくれたが結衣は対照的に真顔でというより寧ろムスッとした表情に変わってしまった。

 

「………嫌だった?」

 

「元からこういう顔」

 

 結衣は真顔で答える。私と弥生はその様子が可笑しくて二人して笑った。

 

「な、なんで笑うのよ」

 

「だって、元からこういう顔って、あははははははは!」

 

「美遊、笑いすぎだよ〜。それに、結衣もいつもはもっと表情柔らかいよ〜」

 

 私と弥生は酸欠になるのではないかと言うくらいに笑い続けた。何が面白いのか自分でもわからなくなったが、結衣の顔を見るたびに再び笑いが込み上げる。ああ、違う。別に結衣の顔が面白いわけではない。楽しいんだ。やっぱり、この三人でいるのが。だから自然とテンションも上がって、こうして笑えているのだろう。

 結衣は笑い続ける私と弥生を見て、流石にカチンと来たのか水をすくうと私と弥生に水の塊をぶつける。

 

「うわあっ!?冷た!」

 

「やったな〜。覚悟しろ〜美遊〜」

 

 何故か弥生は結衣の味方をして私に水を何度もかける。

 

「ええ、なんで私……ちょっ、二人は卑怯!」

 

「これは、美遊が始めた、物語でしょ。弥生、二人で美遊を倒しましょう」

 

 急に交戦的になる結衣。弥生は結衣に言われるまでもなく同盟を結んでいたようで何処から取り出したのか水鉄砲まで飛び出してきた。

 

「それ何処から出した!?」

 

「四次元だよ〜」

 

「意味がわからないよ…塩辛っ!!」

 

 口の中に海水が入る。そう言えばたまにお父さんがぼやいているがお父さんはお母さんに首根っこを引っ掴まれて海に投げ込まれた事があるそうな。しかもその時のお父さん、意識がなかったらしい。何がどうなったらそのような状況になるのか。やはり私の父親と母親は変わっていると思う。そしてその二人の娘である私も変わっていると…思いたくはないなあ。

 その役目は友奈に全て押し付けたい所ではある。姉として最悪だ。

 それから私たち三人は体力が底をつくまで、海岸沿いを走り回り続け、気づけば時計の針は十二時より先を指していたのだった。

 

「で、それで濡れ鼠で帰ってきたと」

 

 私と結衣は家に帰るなりお母さんに玄関で怒られていた。いかんせん、私と結衣は普段着のままあの場で遊んでいたのだから。

 

「あはは、ちょっとテンション上がっちゃって」

 

「ごめん、なさい」

 

 私はいつも通り適当に受け流していたのだが、結衣の様子が若干おかしい。というより、見るからに顔色が悪かった。お母さんはハッとなるとすぐに結衣に駆け寄る。その不思議な光景に私は首を傾げざるを得なかった。

 ただ、私は幼いながらに本で読んだことがある。人はトラウマに囚われるとそれからはそう簡単に逃れられないのだと。そしてその様子は往々にして……。

 でもこれは結衣の口から聞かないといけない。そうでないと、きっと何も解決しない。結衣から相談されたあの摩訶不思議な内容もこれに結局帰結してくるのだろう。勝手な私の予想だけれど。

 

「お母さん、とりあえず結衣を先にお風呂入れてあげてよ。私はあとでいいから」

 

「言われずとも美遊はあとだよ」

 

「え、酷い。なら一緒に入る」

 

 この空気を少しでも改善しようと、私が思ったことをポンポンと口にしていると結衣が私に向けて形容し難い視線を向ける。

 

「それだけは絶対に嫌」

 

「作用でございますか」

 

 私がわざとガックリと肩を落とす仕草をすると結衣の表情は先程の硬直したものから遊んでいる時のような、少し柔らかいものへと変化する。結衣は一言私に断ると浴室へと消えていった。

 背後から小さな声でお母さんが私に聞く。

 

「もう美遊はわかってるの?」

 

 私はそれが何を意味しているのかをすぐに理解した。私は小さく頷き返す。

 

「そっか……。大人のアタシでも判断に困るくらいなんだから、美遊は尚更かもね」

 

 それだけ言うとお母さんは私に背を向けて居間へと戻っていった。私もそれにならって後に続く。するとお母さんは、またもう一度足を止めて私の方を見て深刻な表情を浮かべた。

 

「先に着替えて来い」

 

「………了解」

 

 

 

 結衣の後にシャワーを浴びて、あの海独特のベタベタした感覚からようやく抜け出すと私の気分はまた元に戻った。

 結衣はどうだろうか。というより私の頭の中は最近、いかにして結衣との絆を今以上に深めるかということで埋め尽くされている。それに、結衣の言っていた夢。その内現実と夢の区別がつかなくなり、人を殺めてしまうのではないかという懸念。それも何がそうさせているのか、自分なりに考えて解決策を結衣に出してあげないと行けない。だが、一体何がそうさせているのか私にはまだわからないのでろくなアドバイスもできない。

 

「あ、友奈ちゃん。ダメよ。それ、口に咥えたら」

 

 結衣はあれからしばらくずっと友奈の相手をしてくれている。結衣も友奈も互いに互いのことを気に入ったようだ。というか、友奈は何を咥えようとしたのだろうか。私の角度からでは見えない。何かわからないので骨付鳥の骨とでも思っておいた。あの骨は赤子でもしゃぶりたくのなる程魅力的なのだろう。知らないけど。

 私は二人の様子を尻目に本をパラパラとめくっていたが昼ごはん後の特有の眠気に襲われて、私は机の上に突っ伏した。

 

 

 

 夢を見た。

 微かにぼやけていてハッキリとは何も見えず誰かがいるのはわかるが顔も、体格も見えない。

 誰だろうか。私は好奇心に促されるままに足を前に前にと動かす。それでも何故かその人は遠くにいて、いくら前に行ったとしても近づけない。

 待って、と声を上げるがきっとその声すら届いていないのだろう。

 そして私はその場で立ち尽くした。もうできる事は何もない。どのくらいそうしていただろうか。私の意識は突然、周りの光景が変わった事によって自分へと返ってくる。

 

(なに、これ。気持ち悪い……)

 

 私は血の海にいた。先程の顔が見えない誰かがその中心に立っていた。

 その人は大きな鎌を持って命を刈り取っている。私は瞬時に命の危険を感じた。逃げようとしても足は強固な接着剤がついてしまっているのか動いてくれない。

 大きな鎌を持った誰かは私に視線を向けると足音も立てずにこちらに近づいてくる。近づいて来たおかげで表情は見えないが少女である事がわかった。それも私は知っている。とても雰囲気の似た少女を。少女は何かぶつぶつと呟きながら私に鎌を振り上げる。私は自分に言い聞かせた。大丈夫だ。これは夢だと。殺された所で何も起きないと。少女はなんの躊躇いもなく鎌を振り下ろした、はずだった。

 

(あ、れ?)

 

 鎌は途中で止まっていた。そして、胸には一本の赤く輝く刀身を持つ刀が深々と突き刺さっている。少女を貫いた刀を持っているのは少年で、その顔は私がいつも見ている顔にそっくりであった。ここで初めて、少女を覆っていたもやが取れる。そして、私はその姿を見て絶句した。

 私は一歩後ろに後退する。

 その少女は最後に呟いた。

 

「助け、て」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわああああああああああああああ!?」

 

 ガタン!と凄まじい音を出して私は飛び起きた。心臓はあまりにも大きな音を立てていて、コントロール不可能といった所だ。ついでに飛び起きた反動で机にぶつけた膝が痛い。

 

「ううう、いったーい…」

 

「突然飛び起きたと思ったら叫び散らかして、相変わらず騒がしいな。美遊は」

 

 痛みを堪えながら前を見るとお父さんが本を読みながら私の正面に座っている。私は周りを見渡した。

 

「あれ?結衣は?」

 

「寝ぼけるのもいいがもう少し早めに起きてくれ。昼夜逆転されては敵わん」

 

 お父さんは呆れながら時計を指差した。時計の針は夜の十時を回っている。なんという事か。私はあれから八時間近くもこの窮屈な体勢で眠っていたのか。我ながら恐ろしい限りだ。

 

「ずっと起きててくれたの?」

 

「流石にまだ起きてる時間だけどな。にしても元々お前は変だと思っていたけど何がどうしたらこんな時間まで昼寝してるんだ」

 

 お父さんは本を閉じて立ち上がるとレンジに晩御飯と思われるものを放り込んだ。お父さんごめん。私、まだ多分食べられないよ。

 お父さんは戻ってくると再び椅子に座り、本を手に取りパラパラと読み始める。

 

「夢でも見てたのか?」

 

「あ、いや、うん。見てたよ。夢」

 

「そうか」

 

 お父さんはそれから暫く何も話さない。ただひたすらに沈黙を貫いている。

 

「お父さん」

 

「なんだ?」

 

 お父さんは視線だけ私の方へと向ける。聞いても答えないぞというスタンスが意地でも張られており、内側に踏み込む事すらできない。こういう時のお父さんはやけに強情だ。絶対に口を割ろうとしない。だから直接は聞かない。少し遠回りして聞くのがベストだ。と私は判断した。

 

「お父さんは『助けて』って言われたら助ける?」

 

「なんだその不思議な質問は。…真面目に答えるなら助けるに決まってる。それが家族や友達なら尚更な」

 

 お父さんは一度目を瞑った。何か考え事をしているように見える。多分、お父さんの事だ。私が何を聞きたいのかなど既に察しがついているはず。

 私はお父さんの次の言葉を待つ。すると突然お父さんは語り出した。

 

「昔々、ある所に家族も友達にも見捨てられ、いじめられ、辛く悲しい思いをしている少女がいました」

 

 お父さんは御伽噺をするようにゆっくりとゆっくりと語る。だが、内容はかなり重たい。でもきっとこれは関係がある事なのだろう。私は食い入るようにその話を聞いた。

 

「ある日、人類はとてつもない強大な力を前に絶滅寸前まで追い込まれます。そんな中、誰からも愛されない少女は力を得ました。誰からも愛されない少女は最初、戸惑います。しかし、この力さえ有れば誰からも愛される事に気がついた少女は精一杯お役目に努めました。ですがある事件がきっかけでその少女は友人を失い、心は深く深く傷ついてしまいました。そして、その少女は次第に心を失っていきます。事件後に少女に与えられるのは罵詈雑言。しかも自分とは相対的にもう一人の力を持った少女は愛されていくのです。それを少女は許せませんでした。少女は再び愛されなくなってしまったのです。それまで命を張って戦っていた少女は自分が戦う理由を完全に見失ってしまったのです。少女は武器を手に取りました。そして道行く人々を斬って斬って血の池を作り出したのです。ですが、少女の命はそこで途絶えます。自身の過ちに気づいて」

 

 長々と話し終わったお父さんは一度息を吐くと「これでいいか?」とぶっきらぼうに言った。

 

「今のは?」

 

 私は結衣の事、夢の事関係なくただの好奇心でお父さんに聞いていた。

 この際に話したのだから私が直面している事と無関係ではあるまい。お父さんは天を仰ぐ。

 

「忘れられた人の話だよ。もれなくあと一人いるが……」

 

「お父さんと同じ顔してた人?」

 

 私が詰め寄るとお父さんは目を見開くと、お父さんは苦笑した。

 

「なんの話だ?」

 

「あれ、誰なの?」

 

 今更とぼけるお父さんに更に詰め寄るとお父さんは困ったような、迷ったような表情を浮かべる。それでもお父さんは自分の中で何かを納得させたのか口を開く。

 

「困りきってるようだから夢を見せてあげたんだよ。残酷な実際にあったね」

 

「何それ。お父さん魔法使いなの?」

 

「そんなとこ。で、話を戻そう」

 

 お父さんはなんと魔法使いだった。そんな馬鹿な話があるものか。

 だが、お父さんはあくまでその設定を貫くつもりらしいので私は仕方なくそれに乗った。

 

「あれは不知火幸斗。ただの一般人だよ。誰かの痛みも苦しみも背負った何者にもなれなかった人。後もう一人、誰からも愛されなかった、愛されたかった少女は郡千景。かつて世界を救った『勇者』の一人だ」

 

「その二人が関係あるの?結衣と」

 

「なんと言えばいいんだろうな。要するに郡千景と新島結衣は似てるって事だ。美遊が言っていた影は…郡千景の……影って事だな」

 

 少しこの辺りの話は複雑だからお前が本当に気づかないといけないことに気が付いたら伝えるよ。とはぐらかさらた。

 なんだかそこまで言われたら答えがほしくて私はお父さんに再度詰め寄る。またお父さんは口をつぐんだが「甘いな。全く」と一人ごちるとお父さんは口を開く。

 

「強いて言うなら…そうだな。お前の目には何が見えてる?」

 

「え?お父さん」

 

 私は至極当然のことを言ったつもりなのだがお父さんは小さく笑う。

 

「その父親はどうよ。美遊に対して」

 

「優しいよ。怒ると怖いけど」

 

「なんで俺は美遊に優しくできたり、怒ったりできたと思う?」

 

「私のことが好き、だから?」

 

「若干語弊があるが…まあいい。そうだな。そもそもだ。俺が美遊の事を好きになるためには何が必要かわかるか?」

 

 人が人を好きになったり、愛おしく思ったりするのにまず必要なもの。私は暫く首を傾げて思考に耽る。

 

「……興味?」

 

 ふと思いついた言葉を呟いてみる。お父さんは「そうだね」と頷いた。なんと正解のようだ。さすが私。

 

「俺は少なくとも昔は美遊の事がどうでもよかった。でも必死で美遊を知ろうとした。だけどな、自分を引き合いに出しておいてなんだが世の中そんな人間ばかりじゃない。実の娘にすら興味も抱かずサンドバックのような扱いをするゴミだっている。美遊の目に見えている存在は一つの在り方でしかない。俺と銀という二つの存在だけで美遊の中の『親』という概念は定義付けられてる。結衣ちゃんの事を本気で助けたいと思うのなら、その固定観念は捨てろ。話はそうしないと前には進まない」

 

 お父さんの言葉を一つ一つ咀嚼して内容を飲み込んでいく。

 意味を一つ一つ理解していくたびに、私は段々と心が重くなってきた。いざ正面からそれを受け止めようとするとかなり心に来る。

 元々、私も半分くらいは結衣の様子を見て理解していた。結衣の置かれているかもしれない状況を。しかもそれは私が口出ししていい内容でもない。私は今まで以上に心がぐちゃぐちゃになりそうだった。自分で以前、弥生に言っていたではないか。知らなくていいこともこの世にはあると。

 

「けどな、美遊」

 

 お父さんは私の表情を見て私が何を考えているのかを察したのか優しい表情で私に言う。

 

「俺だってあまり人の気持ちを汲み取るのは上手くないんだが、多分結衣ちゃんは嬉しい思うぞ。そうやって自分の事のように悩んでくれて、必死になってくれるのはな」

 

 踏み込みすぎるのも問題だけどな。と最後に苦笑いする。お父さん自身も多分結衣の事を知りすぎてしまった事に対して申し訳ないと思っているのだろう。

 

「ちょっと結衣ちゃんが抱えている問題は子供数人でどうにかできる範疇を超えかけてる。そっちは大人の俺や園子の仕事だ。美遊は結衣ちゃんに寄り添ってあげる事が今のお役目。結衣ちゃんの抱えてる悩みはそれで多分解消されるから」

 

 お父さんはいい終わると立ち上がって電子レンジの元にまで行き、中身を取り出すと私の前に置く。

 

「冷めたかも」

 

「私も夢から覚めたかも」

 

「つまらん」

 

「酷くない?」

 

 娘が頑張って乗ってあげたのに、それを一蹴するとは。なんて酷い親なのでしょう。

 

「昔、美遊に作ったご飯に対して点数をつけられ俺の心を折った人には言われたくない」

 

「私そんな事してたの?」

 

 私が聞くと先ほどまでまともだったお父さんは突然壊れたようにフリーズした。

 

「お父さん?」

 

「悪い。先に寝る」

 

「え、ちょ、お父さん?」

 

 様子がおかしくなったお父さんを見送りながら私は温め直された晩御飯に口をつける。

 

「美味い……。私、料理に点数なんてつけたことあったっけなあ……」

 

 私は過去の自分に問いかけながら、冷めてしまった料理を温め直すことはせずに口に運び続けた。

 

 

 

 自室に戻ると結衣が私の部屋にある本棚から数冊本を取り出して読んでいた。珍しいなと思った。私は思った事をそのまま口にする。

 

「珍しいね。本読んでるなんて」

 

「たまにはいいかなって」

 

 先程の話を聞いた手前、気まずくなるのではないかと不安になったがそんな気持ちは抱かず普通に接する事ができた。

 

「にしても結衣ってよくこんな時間まで起きてられるよね。私、もう眠いよ」

 

「美遊が寝すぎなの。さっきまで貴女寝てたでしょ」

 

「そうなんだけどなあ…ふわあ…」

 

 私は欠伸を噛み殺そうとして結局失敗し、間抜けズラを結衣に晒す。

 

「明日は何しようか」

 

「……ゲーム」

 

「OKそうしよう。明日は結衣の日だね」

 

「その次は弥生?」

 

「順番でしたいことするのいいね。面白い」

 

 私は明日に思いを馳せる。それとは対照的に結衣の表情は浮かない。

 

「ねえ、美遊」

 

「どしたん?改まって」

 

「私、いつまでここにいていいの?」

 

 私は天井を見ていたのを体ごと結衣の方へと向ける。

 

「ずっといてもいいよ。結衣が満足するまででも。結衣の居場所はここにあるんだから」

 

「……ありがとう」

 

 結衣はごろんと横に転がって私から顔を背ける。私は見逃さなかった。結衣の目に涙が浮かんでいた事を。

 それ同時に電気によって映し出される影にも視線が吸い付けられた。私はそれに対して不敵な笑みを浮かべる。

 そして結衣には気づかないように呟く。

 

「私は負けないよ」

 

 その言葉が届いたのか、影は薄く薄く笑みを浮かべたような気がした。

 

 

 

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