花を咲かせ、未来に繋ぐ [加筆修正中]   作:まんじゅう卍

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第六話 嘘つき

 人という文字は互いに支え合って出来ていると、よく言われている。私はこの話を聞いた時疑問に思った。それは頼れる人が居るからできる話なのでは?と。私にはそんな人は誰もいない。

 家の中では私の居場所はどこにもない。部屋の隅で蹲り、父親と母親の喧嘩、罵詈雑言の嵐をひたすらに耐え凌ぐ。気づけば母親は家を出て行った。私は勿論置いて行かれた。そして、それからも私は部屋の隅で蹲り続ける。怖くない。そう思い込む事によって何とか日々を乗り越えてきた。

 だが、それにも限界はある。仕事もうまくいかない父は次第に私に当たるようになってきた。最初は空き缶を投げつけられる所から始まった。まだそこまでは良かった。だが、私が必死に謝らなければ暴力は次第にエスカレートしていく。

 謝って、謝って謝って謝って謝って謝って謝って謝って謝って謝って謝って。殴られ、謝って。それを繰り返し続けた。何が気に食わないんだろう。私は何のために生まれてきたんだっけ。段々と自分の意志が無くなっていくのがわかった。

 いつの日か、私は助けを求めた。部屋の隅で心の底から願った。助けてください。と。その時伸ばされた救済の手は私の影を掴み取った。

 その日から、私は影と共存している。

 

 海で遊んだ次の日、私と結衣と弥生は私の家の居間にあるテレビにゲームを接続して遊んでいる。昨日は私のやりたい事に付き合って貰ったので今日は結衣のやりたい事に付き合っているわけだ。

 弥生は元々ゲームが得意ではなく、普段は見ているだけだが、今日は参加したいという事で誰でも簡単にやれるカーレースのゲームを結衣は数あるゲームの中から選抜した。

 一時間くらい経っただろうか。私は今にもコントローラーを投げ出したい気分に襲われている。

 

「何で弥生もう私より上手いの!?」

 

「えへへ〜。結衣に教えてもらったからかな〜」

 

 ほんわかした空気を纏ったまま弥生は私に妨害アイテムを容赦なくぶつける。アイテムを当てられた私のキャラはクラッシュして数秒動けなくなった。やる事えげつないですね弥生さん。現時点で弥生がトップに躍り出る。

 

「弥生だけに、気を取られていると、足元すくわれるわよ」

 

 そして再び容赦なく結衣に当てられるアイテム。結果、私の操作しているキャラは再び動けなくなった。あれ?これチーム戦だっけ。

 

「あ〜。美遊拗ねちゃった〜?」

 

「弥生。貴女、意外に煽るの上手だね。お返し!」

 

 私は反撃とばかりに一位の弥生に対して強制的に当たるアイテムを放り投げる。しかし、そのアイテムは何の効果も発揮する事なく弥生によって破壊された。

 

「何でそれ持ってるの!?」

 

「美遊がする事はお見通しだからね〜」

 

 何故か弥生は本来その順位では出し得ないアイテムをその手に持っていた。ゲームシステムを超えられると最早どこにどう手を出せばいいかわからない。ここで私はリタイア。完全に心が折られてしまった。

 快走する弥生に対して、結衣は最後の最後まで出方を伺っていた。そして、ようやく結衣は動き出した。

 加速系アイテムでショートカットをすると一気に弥生との距離を詰め、直接当てるのが難しい妨害系アイテムをジャストピンポイントで弥生に当てた。そしてそのままゴールイン。最後の最後は完全に結衣のターンだった。

 一瞬の出来事に弥生は少しポカーンとすると急に結衣の方を向き、ガシッと強く結衣の手を取った。

 

「今のどうやってやったの〜!?私もやってみたい〜!」

 

 目をこれ以上ないレベルでキラキラさせている弥生。結衣も最初は戸惑っていたが案外満更でもなさそうだ。

 

「弥生は、筋がいいから、直ぐに上手くなると思うわ」

 

「本当!?わ〜い。結衣に褒められた〜」

 

「ぐぬぬぬぬぬ。私もいずれはギャフンと言わせてやる」

 

 そんな事を言いつつも本当に嬉しそうに喜んでいる弥生を見たら、こちらもさっきまでの事など忘れ自然と嬉しくなってきた。

 弥生が何故これまでゲームをあまりしたがらなかったかは不明だが、興味を持ってもらえて何よりだ。RPG風に言えば絆が上がったと言った所だろう。

 ゲーム大会もひと段落し、私のお腹が小さく鳴った。時計を見るともうお昼時であったらしい。

 

「お腹減ったね〜」

 

 弥生は私のお腹の音が聞こえていたのかニッコリと微笑みながら私を見る。私は少しだけ恥ずかしくなって弥生から顔を背けた。

 

「今日も、もしかして美遊の、お母さんが作ってくれるの?」

 

「いや?今日はお母さん、友奈を連れて出かけるらしいから自分達で作れってさ。材料だけ置いて行ってくれてる」

 

 私はコントローラーを所定の位置に戻すと冷蔵庫に駆け寄った。冷蔵庫の外には何故か5000円札が磁石によって貼り付けられている。さてさて、お母さんは何を置いて行ってくれたのでしょうか。冷蔵庫を開くと、直ぐ目につく所に一枚の紙を見つけた。外に貼らずに中に入れたのか甚だ疑問ではある。ただ、そんな疑問も次の瞬間には消えて無くなっていた。

 

「はい?」

 

 私にはその紙に書かれていることが頭の中にすんなり入ってくることなく、首を傾げた。何を言っているんだこの母親は。

 私の様子が変だと思った結衣と弥生は私の所に駆け寄ってきて、私の手元を覗く。そして、私に内容をもう一度確認させるように弥生が詠唱する。

 

「『冷蔵庫の中身何もなかったからお使いがてら何か買ってきな。必要なものは以下ね。よろしく』だって〜。はじめてのおつかいだ〜。今日ははじめて尽くしだ〜。楽しいな〜」

 

 相変わらずニコニコな弥生とは対照的に私は何回目かわからないが、再度冷蔵庫の中を覗いた。

 

「本当に何もないのね……」

 

 ここでようやく、冷蔵庫の表面に貼られている5000円札の意味が理解できた。私は磁石をどかし、5000円札を手に取るとヒラヒラと風に揺らしてみる。一体どれだけ集めれば誰かをビンタ出来るほどの札束が集まるのだろうか。そんな事はどうでもいい。

 

「ちょっと買い物付き合ってくれる?」

 

「もちのろん〜」

 

「ええ。構わないわ」

 

 二人の同意を得ると、私はバッグを持って買い物の準備を終わらせると私たち三人はイネスへと向かった。

 

 イネスに到着した私たちは特に寄り道をすることもなく食品コーナーへとたどり着いた。

 

「さてと、諸君は何食べたい?」

 

 お母さんに頼まれた必要なものを買い揃えた後、私は二人に聞く。

 

「美遊、料理できるの?」

 

「普段何の手伝いもせずに本読んでるのに〜?」

 

「う、うるさいなあ。これでも私、そこそこ料理できるんだから。というか弥生さん、今日本当に切れ味凄いね」

 

 あまりにも事実すぎて刺さる言葉に私は苦笑いを浮かべる。まあ、論より証拠。実際に私が何か作ればこの二人も私の実力を認めざるを得まい。

 

「ほらほら。何か適当に言ってみて」

 

「そうね…。普通のものが食べたいわ」

 

「普通。普通ねぇ…」

 

 私は自分の脳内にあるレシピの中から結衣が言う普通のものを探す。あれじゃない、これじゃないと迷っていると弥生が買い物カゴに何かを入れた。

 

「……!?」

 

「さかな〜」

 

 そこに入っていたのは綺麗にお造りにされた刺身だった。普通…。普通なのかな。というか普通に予算オーバーだった。

私は無言で刺身を元あった場所に戻した。

 

「おさかなダメ〜?」

 

「ダメじゃないけどちょっと予算オーバーしそうだから。ごめんね弥生」

 

「じゃあ自分で買う〜」

 

「「はい?」」

 

 弥生は自分のカバンに手を伸ばすと一枚の黒いカードを取り出した。私と結衣、絶句。

 

「お金は沢山あるから大丈夫なんよ〜」

 

「そういう問題ではないと思うわ」

 

「とりあえず弥生。そのカードしまった方がいいと思うよ」

 

 私がそう言うと弥生も「しまった〜。お母さんもあまり外に出すなって言ってたの忘れてた〜」と言いながら大人しくカードをしまっていた。今日の弥生は色々と外れてしまっているように感じる。

 

「結局何作ろう」

 

 再び路頭に迷ってしまった。もうこの際、別に冷凍うどんでもいいのではないだろうか。私がそう提案しようとした時、弥生が急に手をポンと叩いた。

 

「私、食べたいものあったんよ」

 

「お!なになに?」

 

「焼きそば〜。美遊の一番の得意料理だよね〜。久しぶりに食べたいな〜」

 

「そうなの?それなら、私も、それがいいわ」

「意外なリクエストだね。そう言うことなら私に任せときい」

 

 そんなもので良ければ無限に作って見せよう。何せ、私は小さい頃にお父さんを唸らせたくてやたらめったらと焼きそばを作り続けた。そのせいかやたらと焼きそばの腕だけ上がってしまったという悲しき過去を持つ。

 

「それならその材料だけ買って帰ろうかな」

 

 私たちは結局、この日のお昼ご飯は三人で焼きそばを作ろうという事で決定した。

 場所を移して再び鷲尾家。私たちが家に帰る頃には既にお母さんも友奈も帰宅していた。

 

「おっ!サンキュー美遊。流石アタシの娘」

 

 家に帰るなり、買ってきたものをお母さんに渡すと笑顔でわしゃわしゃと頭を撫でられた。二人がいる前では正直恥ずかしい。

 

「弥生も結衣もありがとうね」

 

 お母さんは私から手を離すと、隣にいた弥生と結衣の頭を軽く撫でる。弥生は笑顔で嬉しそうにそれを受け入れ、結衣は気恥ずかしそうに顔を少し俯けた。

 

「あ〜。結衣照れてる〜?」

 

「て、照れてない…わよ…」

 

 誤魔化しきれないくらいに顔を赤らめている結衣を見て私と弥生は自然と笑みが溢れた。

 

「なんだかちっさい時の須美を見てる気分だよ」

 

 お母さんも結衣の反応を見ながら微笑む。

 

「須美さん、こんな感じだったの?」

 

 突然出てきた意外な人物の名前に私は思わずお母さんに聞き返す。

 

「そうそう。昔はあの須美もなかなかに照れ屋だったものよ。園子が須美にジェラートを間接キスで渡そうとしてた時なんて…いたっ!」

 

「「「へ!?」」」

 

 思い出に耽っていたお母さんの頭を何かが命中した。思わず三人とも驚きの声を上げる。お母さんの後ろを覗くとそこにはやけに冷静な顔をした須美さんの姿があった。その手には何故か強力そうなゴム鉄砲を握っていた。

 

「ちょっと須美サン。アタシは事実を言っただけで…」

 

「ぎーん?」

 

 須美さんの顔には笑みが張り付いているが、多分心からは笑ってない。表情を見るだけで「わかるわね?」と言っているのが見てとれた。

 

「続きは後で話すとして、いてっ!」

 

 お母さんはどうにも懲りないようであった。まあ、多分後々その面白そうな話はしてくれるだろう。

 

「どうして須美さんはここに?」

 

 本当に何処からそれだけのゴム鉄砲が出てくるのか、須美さんがお母さんを撃ち続け、あまりにも可哀想になったので私が須美さんに話しかける。すると須美さんは撃つのをやめ、私の質問に答えてくれた。

 

「さっきまで銀とそのっちと一緒に出かけてたの。私もまた外に出ていっちゃうし、行く前に三人の顔見ておこうと思って」

 

「え〜?もう行っちゃうんですか〜?」

 

「仕事だしね。兄さんも頑張ってるみたいだし、私も頑張らないと」

 

 弥生は確か須美さんとはかなり仲が良かった気がする。私同様、良く外の世界の話を聞いている。一緒に聞くことも多い。ただ、結衣とは面識がないはずだ。そのため、結衣も少し引いたところから私たちの会話を聞いている。須美さんもそれがわかっているからか結衣に近寄ると少し屈んで目線を合わせる。

 

「初めましてよね。私は東郷美森。訳あって須美とも呼ばれてるわ。よろしくね。結衣ちゃん」

 

「は、はい…。よろしく、お願い、します」

 

 戸惑っている結衣に須美さんはニコッと笑う。それで結衣の緊張も多少ほぐれたようだ。それから一言、二言言葉を交わすと須美さんは腕時計を見て声を上げた。

 

「あっ!いけないわ。友奈ちゃんを待たせちゃってる。ごめん、銀。私行くね」

 

「おおう。突飛だなあ、須美は。気をつけて。友奈によろしく」

 

「うん。銀も元気でね。居間で眠ってるそのっち任せたわ」

 

「園子は任されたよ。行ってらっしゃい須美」

 

「ええ。行ってきます」

 

 須美さんは最後に私と弥生、結衣に「またね」とだけ声をかけて横を駆け抜けて行った。多分、調査でしばらくは戻ってこないだろう。ちょっと寂しい。

 

「さてと、須美は言っちゃったし、区切りもいいからご飯にしようか。何か買ってきた?」

 

「それだけど、私たち三人で焼きそば作ることにしたんだけどいい?」

 

「勿論。それは構わないよ。あー、後園子がお昼寝中だからちょっと静かにしてあげてくれな」

 

 そう言えばさっき須美さんも園子さんが居ると言っていたっけ。相変わらず国家元首が自分の家で昼寝しているとか言う状況に理解が追いつかない。そして隣にいたはずの弥生がいつの間にか消えている。

 私と結衣は居間へと足を踏み入れるとわかりやすい位置で園子さんはすやすやと眠っていた。弥生もその横で園子さんにくっつく形ですやすやと眠っている。

 

「仲良いね。相変わらず」

 

 お母さんは掛け布団をそっと園子と弥生にかける。弥生もこの家での邂逅が数少ない母親に甘えられる瞬間なのだろう。そう考えるとずっとこうしてあげていたい気分にとらわれる。

 

「弥生の分は作るとして、二人で作る?」

 

「気持ちよさそうに、眠ってるし、このままにしといてあげましょ」

 

「りょーかい。それなら、作りますかね」

 

 私は買ってきた諸々の材料などを用意する。どれも基本的なもので包丁に慣れていないと思われる結衣も教えればすぐに出来る様になるだろう。

 お母さんは私たちの様子をテーブル備え付けの椅子に座ってこちらを見ている。なんだかんだ私は料理をしているが、心配なのかも知れない。主に結衣が。

 ただ、私とお母さんの心配は杞憂で結衣は普通に包丁の扱いも上手く、何も言う事はなかった。

 

「……あまり何かを捌くのはしたくないわね…」

 

 何やら不穏な事を呟く結衣は置いておいて、私は私でお母さんから使用許可を得た肉を焼くとしよう。めんどくさいので結衣の切った野菜も中に一緒に放り込む。肉と野菜の焼けるいい匂いが部屋に充満する。いい感じに焼けたら先に炒めておいた麺を中に投入。少し蒸らしたら、ソースをかけて完成っと。

 

「結衣、味見してみてよ」

 

「うん。……美味しい…」

 

「ならよかった。結構雑にやっちゃったから心配だったけど」

 私は自分と結衣の分を盛り付け、弥生のだけはラップをかけておくことにした。盛り付けたものをテーブルまで運ぶ。

 

「上手くできたじゃん。今回はハルヤに食べさせなくていいの?」

 

「お父さん、私が作ったやつ食べても絶対にお母さんの方が美味しいって言うもん。他の料理は褒めてくれるのに」

 

「ははは、拗ねてら拗ねてら。アタシとしてはハルヤの反応はうれしいんだけどね」

 

「お幸せなことで…。聞いてるこっちは恥ずかしくて仕方がないよ」

 

 私は席について大人しく手を合わせてから焼きそばに手をつける。自分で言うのもおかしいが相変わらず焼きそばだけはどうしてこうも上手く作れるのだろうか。

 結衣は焼きそばを食べながらひっそりと呟いた。

 

「私の家は、あまり親の仲が良くないから、美遊が羨ましいわ」

 

 本人としては聞こえてないつもりなのかも知れないが、私の耳には自然と入ってきた。そして昨日の夜、お父さんに言われた言葉が思い浮かんだ。

 

『美遊の目に見えている存在は一つの在り方でしかない。俺と銀という二つの存在だけで美遊の中の『親』という概念は定義付けられてる』

 

 今の私は実際そうだった。どれだけお父さんに言われようと、私の目には『私の家族』の形しか写っていない。だから、仮に声をかけれたとして私には何も言えない。

 この時だけは私は聞こえないふりをした。結衣に下手な事を言って傷付かせたくない。だけど、いつかはぶつからないといけない。それがもし今この時なのだとしたら、逃げた私は臆病だ。

 

「………」

 

 あれ?なんで私逃げてるんだろ。少し前に決めたじゃないか。結衣の何もかもを受け止めるって。私は結衣を傷付けたくない。それは紛れもない事実だ。それと同時にこれは私自身への言い訳にすぎないじゃないか。

 私は今度こそ覚悟を決めて、結衣に対して一歩踏み込んだ。

 

「結衣の家族ってどんな感じなの?」

 

 結衣の動かしていた箸の手が止まる。結衣は私の目を真っ直ぐに見た。その目は結衣であって結衣ではなかった。

 

「ごめん。お母さん。ちょっとだけ時間いいかな」

 

「はいはい。大人のアタシは去りますよ。ちょっと友奈と一緒に散歩してくるわ」

 

 お母さんは席を立つと、私の意図を汲んでくれたのかそのまま部屋から出て行った。去り際に目だけで「頑張れ」と伝えられた気がした。

 

「結衣…じゃないか。郡さん。ちゃんと郡さんと認識して話すのは初めてかな」

 

 私が聞くと彼女は少しだけ口角を上げた。

 

「ええ、そうね。私としては新島結衣が夏休み前に貴女たちに話したことが意外だったわね。貴女たちがこんな不思議な話を間に受けるなんて思わなかったわ」

 

 彼女は小馬鹿にしたように鼻で笑う。私は少しだけムッとなった。ムキになるのも違うと私は自分自身を落ち着けさせる。

 

「助けてって言われたからね。結衣は友達だし」

 

「なら、貴女にとって私は敵にあたるのかしら」

 

「そう言うわけでは…。別に私は貴女のこと、悪い人だとは思わないし。敵とは違うかな」

 

 私がそう言うと次は彼女がムッとする番だった。少しだけ視線がキツくなったように感じる。私はそれに怯まずに彼女に問う。

 

「結衣とはいつから?」

 

「…かなり前からね。貴女が会うよりもっと前よ」

 

「おおう。予想以上の長さ」

 

 下手をすれば彼女の方が結衣のことを知っているのではないだろうか。それはそれでかなり悔しいのだが。

 

「なら、結衣の好きな人は?」

 

「どさくさに紛れて何を聞いているのかしら。呆れるわね」

 

「普段の結衣より五倍くらい言葉の鋭利さがあって大変痛い…」

 

 このまま適当なことを話し続けたらきっと私の心は血まみれになっているだろう。真面目に聞きたいことだけ聞こう。

 

「郡さんは結衣と離れる気はないの?」

 

「それを決めるのはこの子よ。私は助けてと言われたから助けているだけに過ぎないわ」

 

「うーん…。あれ?でも結衣は自分が郡さんと共存してる事に気がついて無さそうだったよ?よく見る怖い夢の話にも郡さんは出てきてなかったし」

 

 私が問うと彼女は少しだけ罰が悪そうな表情を浮かべた。私も思っていた表情と違っていた為に首を傾げる。

 

「あれは…。あまりいい兆候ではないのよね…」

 

「????」

 

「貴女の父親にこの事を話すのは気に食わないけど貴女にならいいわ。この子もこれだけは許してくれるだろうし。新島結衣は私を頼り過ぎた。わかるかしら?意識が二つある事の危険性。今、こうしている間も新島結衣という存在は次第に消えていっているわ」

 

「消える……。それは、どうしようもないの?」

 

「ええ。私が考え得る限りでは」

 

 私は少しだけ思考の世界に耽る。そう言えば、結衣は既に自分が自分でいられる時間が少ないと気づいていたはず。以前、結衣が怖い夢を見たと言っていた時にそんな話をしていた。そして、残された時間も。後は結衣が何を怖がっているか…。私は何もかもを知っている。それなのに…何も解決策が思いつかない。

 私が悔しさのあまり、唇を軽く噛むと突然彼女は質問を投げかけてきた。

 

「貴女はやり直したいことってあるかしら」

 

「やり直したいこと?うーん。あるにはあるけど…」

 

「私は…沢山あるわ。この上ないくらいに」

 

 そのやり直したいことの内容を彼女は言おうとはしなかったが、お父さんの話が事実だとすれば想像はついた。

 

「この子には間違った道を進んで欲しくない。この子は私と違って、素直で、とても優しい。私みたいにやり直したい事なんて作って欲しくないの」

 それは郡千景の心からの言葉だった。彼女の目は私を真っ直ぐ見ている。

 

「でも、どうする事もできないんだよね」

 

 ここまでの話を聞く限り、状況は最悪だ。結衣に残された時間は少ない。もう影の話を打ち明けられてから一週間近く経過している。

 

「そうね。私は約束上、この子の承諾なしにこの子の抱える問題を口に出すわけにはいかない。おまけにこの子はもう戻ろうとしてない。貴女達から見れば八方塞がりもいいところね」

 

 どうしてだろう。どうして結衣は私たちをそこまで信頼してくれないのか。私は、弥生は結衣が何者であろうと、どんなに重たいものを抱えていようと受け止めると決めた。何もかも、覚悟を固めた。それなのに何故…。

 

「……郡さん。今って結衣の家って開いてるかな」

 

「貴女が何を考えているかは知らないけど愚かな真似はやめた方がいいわよ。それに…今頃そちらには貴女の父親が向かってるわ」

 

「え?」

 

「貴女は早くこの子の心の奥底から郡千景ではなく新島結衣を引っ張り出しなさい。私はそうすればまた再びただの影に戻り、果ては英霊になり損ねた亡霊となるだけ」

 彼女はそこでひと段落したのか一息ついた。ここで私に再びある疑問が浮かぶ。

 

「もしかして、この家に来てからずっと郡さんだったりする?」

 

「八割ほどと言っておくわ。昨日の海は新島結衣。今日のゲームは私。貴女には申し訳ないけれど殆どこの家に来てから話しているのは私ね」

 

「そう、なんだ…」

 それは言ってしまえば、結衣はこの家に来てから自分自身を塞ぎ込んでいるわけで…。

 

「あれ?なんで、私…」

 私は何かが溢れる感覚がして思わず自分の目の当たりを触れる。何故か手は涙で濡れていた。一度気がついて流れ出した涙は止めどなく流れ続ける。

 

「私なんか、泣く資格もないのに…」

 きっと結衣が表に出てこないのは私が悪いのだろう。やたらと自分の家族を自慢して、いかにもこれが普通であると言わんばかりに振る舞っていたから。結衣は傷ついてしまったのか…。

 

「何を勘違いしてるかわからないけど、貴女が思ってるような理由ではないわよ。この子が出てこないのは」

 

「…なら、どうして」

 

「先程も言ったでしょう。私の口からはそれは言えないと。はあ…。貴女は残念にもあの男に似てるわね。最悪よ。勝手に勘違いして、勝手に背負い込んで自滅していく。私が言うのも、何だけれど、気持ちが悪いわ」

 私は彼女の言うことにまた首を傾げた。涙はまだ止まりそうもない。今初めて知ったけれど私は結構涙脆いみたい。

 

「この子は貴女が思う以上に自分に対して嘘つきだって事。私の口からはこれ以上何も言えないわ」

 

「嘘つき…。結衣が…」

 私は自分の目の当たりを擦り、涙を拭うとチラッと弥生の方を見る。まだ彼女はすやすやと眠っている。弥生は私より賢いからこのヒントの意味がわかるかもしれないと思ったが今は聞くことは出来なさそうだ。

 

「あと、一週間はあるんだよね」

 

「そうね。ただ、それが限界ってだけで早まる可能性もあるわ」

 

「わかった。ありがとう、郡さん。私、あと少しだけ頑張って結衣の心開けて見せる。絶対に」

  

 私はグッと自分の胸の前で拳を握ると、余っていた残りのお昼ご飯をいっきに掻き込んだ。

 

郡千景は焼きそばを掻き込んでいる美遊を見ながらひっそりと呟いた。

 

「…貴女は嘘つきね。本当に…。こんなにいい友達がいるのに」

 

 先程は新島結衣が思わず「私の家は、あまり親の仲が良くないから、美遊が羨ましいわ」なんて呟いてしまい、それを聞かれた事を恐れた彼女はまた心の奥底に潜り込んでしまった。

 そして新島結衣は鷲尾美遊の事を嫌いになろうとする自分自身を嫌いになり、更に塞ぎ込んだ。

 郡千景はかつての自分を思い返す。

 

『結局、私は乃木さんのこと好きだったのかしら』

 

 私は何か大切なものに気がつく前に、あの男に止められた。いや、むしろ止めてもらった事を感謝すべきなのかも知れない。きっと私はあそこで生きたとして乃木さんや高嶋さんがいるあの場に戻れただろうか。答えは否だ。それこそ私は本当に大切だったものすら失ってしまっただろう。

 高嶋さんのことは勿論好きだ。ただ、私は乃木さんのことをどう思っていたのだっけ。嫌いではなかった筈だ。それこそ、そこで眠っている乃木家の末裔を見たところで憎悪の念も湧かないのならば特に悪い感情は抱いていなかったと推測できる。

 

『私も、偉そうな態度をとる割には相変わらずね』

 そもそも私は自分自身の抱える気持ちすら三百年近く解決されていないのにこの子の抱える気持ちの問題など理解できるはずもない。

 

『私も、もしかしたら自分自身に嘘をついているのかしらね』

 心の中で呟いて少しだけ笑う。それならばこの子が私に助けを求めるのもわかる。

 とりあえずは鷲尾美遊は見守っておこう。少なくとも、あの鷲尾晴哉とか言うハリボテの出来損ないよりは自分の気持ちに筋があるに違いない。

 さて、残りのタイムリミットは一週間。それまでに鷲尾美遊は新島結衣を解放できるだろうか。出来なければ待つのはかつての再演。私がやりたくないと望んでも、負の感情が爆発すればその行為には手を染めてしまうように、この子の心の救済システムは作られている。

 厄介なものだ。本当に都合が悪い。

 

 

 

 

 私は信じたい。ずっと信じたい。それなのに私の目に映る光景は見たくないものばかり。勝手に嫉妬して、そんな嫉妬する自分が嫌になって、こんな矮小な自分は受け入れてくれないだろうと思い、さらに蓋をして。

 どんどんズブズブと何かに埋もれていく。沼のような感覚。

 美遊は、弥生は何だも私を受け入れてくれると言ってくれたのに、私はおかしい。もう嫌だ。ぐちゃぐちゃになりそうだ。

 また思い出す。痛い記憶を。この痛い記憶のせいで私はおかしい。そもそもこの痛い記憶を作ったのは誰だ?

 

「私の…家族…」

 心の中の暗闇で私は呟く。沸々と湧く怒りは私を惑わせる。不思議と今の私ならやれる気がした。私ではない何者かにこの意識を手放してしまえばきっと何もかもから逃げられる。そして何もかもを消したあと、再び戻ってこればいい。

 私はおもむろに影の中で立ち上がると、暗闇に手を伸ばす。ズブリとその影に手を入れ、中から大きな影で作られた鎌を取り出す。

 影はそっと、本体から離れると実態を伴わない姿のまま自宅へと回帰したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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