少しだけ弥生の出生を掘り下げて見ました。
評価や感想をつけてくれると嬉しいです。
それではどうぞ
俺の職場の学校はまだまだ夏休みで、仕事といっても雑務しか残されていない。その雑務をこなし終えた帰りに俺は大社に寄った。特に呼び出された訳でもないが何となくだ。
大赦から再び園子によって大社に代わってからは俺はよくここを訪れる。未だに神樹の権威は高いままだが以前ほどではない。あのカルトじみた風潮も次第に消えつつある。その影響もあるのか比較的来る時は心中穏やかだ。
少し長い廊下を抜け、俺は大社内の研究室に足を踏み入れた。中には白衣を着た研究者が神樹により残されたエネルギーの研究を長年しており、その中に風先輩は紛れていた。
「誰かと思ったら晴哉じゃない。まーた勝手に入ってきて」
「いや、アポ取りましたよ。そしたら風先輩、凄い簡単にOKくれたんですけど……」
風先輩はそんな事あったかなと首を傾げている。逆に問おう。ならば先程俺が話した相手は誰だったんだ。
「冗談よ。冗談。銀と美遊ちゃんと友奈ちゃんは元気?」
「お陰様で。風先輩もどうなんですか?」
「先日も夏凛がお酒持ってきて二人で飲み明かしたわよ。最近気がついたけど煮干しってお酒に合うのね」
「ちゃんと毒されてて安心しましたよ。風先輩と夏凛はそうじゃないと」
互いに何かしら毒されていて、毎回会うたびに何かしらの変化があるのでこちらとしては大変面白いものを毎回見させてもらっている。
「ところで、あんたは先生としては上手くやれてるの?私としては晴哉が誰かに何かを教えてる所なんて想像つかないわ」
「どうなんでしょうね。上手くやれているかと聞かれればNOだと思いますよ」
教師のコツなるものをかつての担任、安芸に聞きに行ったことはあるが「貴方がやりたいようにやるのが、恐らく一番生徒のためになるのではないかと私は思いますよ」と言う返答が返ってきた記憶だ。安芸は園子の良き相談相手にもなっており、この後会う予定だ。
「そんな事はどうでも良くて…。とりあえず風先輩が元気そうでよかったです」
「あんたそれを言いにわざわざここに来たの?」
「いえ。普通に園子に会うついでです。ちょっとこれからまた忙しくなりそうなので」
「晴哉、また何かとんでもない事頼んできそうで怖いわ。乃木にも振り回され、晴哉にも振り回され、私は寝る暇もない」
「そこまで過酷な事お願いした記憶ないんですけど…」
自分の記憶を辿ってみても、生憎風先輩の言うほどの事を依頼した記憶はない。
「冗談よ。乃木を待たせてるんでしょ?早く行きなさい。ついでにこれあげるわ」
「おっと…。え、なに。コーヒー?」
風先輩が投げて渡してきたものは無難な缶コーヒーだった。意図があまり理解できないが貰えるものは貰っておこう。
「ありがとうございます。また来るかもしれないんでその時はよろしくお願いします」
「はいはい。いつでも待ってる。今度はみんなで会えるといいわね」
俺は風先輩に小さく頷くと研究室を後にする。缶コーヒーを手で弄びながら歩いていると直ぐに園子のいる部屋にたどり着いた。
「園子。俺だ。入るぞ」
「どうぞ〜」
缶コーヒーをしまってから扉をノックし、園子の返事を聞いてから執務室に入る。
「よっ。園子」
「こんにちは、ハルスケ〜。いらっしゃい〜」
園子の横に控えている安芸に一度頭を下げてから俺は園子に勧められた席に座る。園子も執務用の机から離れると、俺の正面のソファに腰を埋めた。安芸は園子に一度礼をしてから静かに執務室を離れていった。
「安芸先生も一緒に居てくれればいいのにね〜」
「毎回そう言ってるけど、先生も最早あれは癖なんじゃないか?」
「今度引き止めてみよーっと。さてさて、ハルスケ。早速、近況の報告をよろしく頼むんよ〜。弥生は?弥生は元気?」
急に親としての顔を覗かせる園子に俺は若干の戸惑いを感じつつも園子の質問に答える。
「うちの娘二人も弥生ちゃんも元気だよ。最近だと結衣ちゃんが家にずっと泊まってるな。というか弥生ちゃんといい加減一緒に暮らしてやれよ。寂しがってたぞ」
「私だって一緒に暮らしたいよ〜?だけど、事情が事情だからね〜」
「それもそうか。だって、弥生ちゃんは園子がお腹を痛めて産んだ
「わかってるから大丈夫だよ〜。いや〜、勢いに任せて引き取った子がこんなに大切なものになるなんて思いもよらなかったからね〜」
園子は弥生と出会った12年前の事を思い出しているのか、少し遠い目をしていた。俺も当時のことはよく覚えている。急で悪いが少しだけ関係のない回想を交えながら当時のことを振り返ってみようと思う。
ーーー12年前 夏
俺はこの時、教師を志しながらも壁の外の調査へ乗り出していた。当時既に22歳。
俺は園子からかの緊急の任を仰せつかった帰り、ついでとばかりに岐阜へと向かった。
「ここが…」
初めて降り立った岐阜の地は何処の風景とも変わらず建物は崩壊し、木や草があちらこちらに生い茂り荒廃していた。
それでも何処か懐かしい感覚を抱いたのはこの身体の本来の持ち主のせいかもしれない。
途中でここまで乗ってきたバイクから降り、自分にはない記憶を辿りながら歩いていると、やはり見覚えがある場所にたどり着く。その場所は嘗て、不知火幸斗が心の支えとなっていた親友達と出会った場所だ。
「このなんて事のないただの公園で、ちょっとした希望を見出したんだな。君は…」
あまり詳しくは思い出せないが、辛い思いをしていた不知火幸斗を生きるという行為に何とか結びつけさせていたのは彼の友達だ。その友達と出会った大切な場所がこの公園と言うことだけは何とか思い出せる。
俺は膝をつき、近くのベンチだったはずのものに花を添え、手を合わせた後少しだけ一方的に話をした。
「君のした事は何も無駄ではなかったよ。ちゃんとバトンは繋げてた。君が繋いでくれたバトンのお陰で助けられた人もいる。凄いよ。君は」
返事はないが、その代わりにそよ風が吹き、添えた花達を揺らした。俺は勝手にそれを返事だと捉えて立ち上がる。
二度とこの地を訪れる事はないだろう。最後にもう一度だけこの風景を目に焼き付けておこうと公園を振り返った。
「本当に何度も何度も助けられたよ。ありがとう。幸斗」
再び風が吹く。今度は先程と打って変わって強い風であった。『そんな名前の人はいない』と彼が言っているようだった。思わず俺は笑ってしまう。
「ははっ。そうか。君はそうだったな」
誰の記憶にも、どの記録にも残らない。そうならば確かにそんな名前の人は存在しないだろう。ただ、俺はこれも記憶は曖昧だが一つだけ約束のような事をした気がする。
「俺は覚えてるよ。君が何と言おうとね」
俺は本当に今度こそ公園に背を向ける。彼のたましいはこの場に戻って来れていた。苦い記憶も、楽しい記憶もあるこの故郷に。それを確認出来ただけで少しは報われた気がした。
二度と、俺はその公園を振り返る事はしなかった。
それから再びバイクに跨ると次の場所を目指した。そろそろ燃料のこともあるし、時間のこともあるため京都に向かわなくてはならない。
一人で居るのには慣れていたはずなのに今ではどうにも寂しくて仕方がない。友奈と共に旅を続けている須美が羨ましく感じる事もしばしば。
こうして調査兼旅をするのはいいのだが、俺は全くと言っていいほど先生になるための勉強をしていない。免許を取るだけ取って、突然の任務を受け香川を飛び出した。
今思えば何だったのだろうか。あの俺の瞬く間のキャンパスライフは。
とりあえず目下の目標は園子を支えつつ、教師をやる事にしよう。完璧すぎる人生設計。誰も有無を言えまい。
適当にその後も歌を口ずさみながら進んでいると気付けば滋賀県に入っていた。滋賀県の中を進み続けると琵琶湖と呼ばれる日本最大の湖に差し掛かった。
そこに留まるつもりはなかったが、定期連絡等々も兼ねて興味が勝ってしまった俺は少しだけ琵琶湖の付近を散策する事にした。
「ほぼ瀬戸内海と一緒でしょ。この大きさ」
大きすぎて対岸が見えない。そしておまけに海のように砂浜まである始末。想像の中で大橋をかけて観たが、何の違和感も感じられない。
水際に近づいて、水を触れてみると思わず一度は手を引っ込めるほどの冷たさをしていた。
次に水質を確かめてから口に含んでみる。凄まじい潮の味がするかもしれないと恐る恐る飲んでみたものの、あまりの美味しさに目が飛び出しそうになった。
「冷たいけど、美味しい…。この水でうどん作ったら美味いだろなあ」
仮に生きている間にインフラがこの辺りにまで到達していたら園子に進言してみよう。
「っと、水はいいとして連絡しないと夏凛が怒る」
慌ててバイクに戻り、無線のアンテナやら色々と設置する。携帯がいかに文明の利器であったかを痛感した。
「あー、聞こえるか?夏凛。反応求む」
「聞こえてるわよ。相変わらず間抜けな声ね」
「お前は相変わらず煮干しを食べてそうな声してるな」
「何よ、煮干しを食べてそうな声って。まあいいわ。食べてるのは事実だし。アンタ今どこにいるのよ」
食べてるんかい。と思わず突っ込みたくなったが、その衝動を抑え、素直に夏凛に現在地を伝える。
「琵琶湖って場所にいるんだが、わかるか?」
「わかるわよ。それにしてもアンタすごい場所にいるのね。友奈達とは真逆じゃない」
「野暮用で遠いところに行ってたからな。そっちのみんなは元気?」
「全員元気よ。アンタの行方の方がよっぽど心配だったわ。銀の事もあるのに本当に何をしているのか私には理解しかねるわよ」
「うっ…。それはそうなんだけど……」
銀の名前を出されて言葉に詰まる。
それもそのはず。言ってしまえば、俺は銀とそのお腹の子を無視してここにいるわけで、やっている事は最低以外の何物でもなかった。
「いくら緊急事態だからと言っても、今にも産まれそうな子と銀を放置して置くのはいただけないけど、今回は晴哉に任せた方が早い事なんでしょ?」
「別に俺でなくても出来ることだよ。三種の神器の返還の真似事なんて。それに、その理由に甘えて岐阜やら滋賀やら行ってるのはな…」
本来の任務は既に達していて、直ぐに帰るべきであったのにそうしなかったのは一重にこれから産まれてくるであろう新しい命を見るのが怖かったからだ。逃げるのにも、今回の任務は利用しやすかった。
何をどうして、自分はこんなにも怖がっているのかは全くと言っていいほど理解が及ばないのが尚俺を苦しめた。
俺は胸ポケットからいつ誰かから貰ったかわからない古い髪留めを取り出す。これを見るたびに胸が張り裂けそうになるのは何故なのか。
そんな事を考えていると夏凛が小さくため息をついた。
「まあいいわ。反省してそうだし。とにかく、早く帰って来なさい」
「あ、ああ。そうするよ」
「なら、切るわね。気をつけて」
俺は通信機を口元から離すと、急に脱力感が湧き、腕が地面に引っ張られているのかと思うくらいの勢いで腕を下ろした。
「帰るか…」
先程までのテンションは何処へ。
現実は一瞬で自分の元へと追いついて来た。そもそもの話、今回の話は逃げる事自体がお門違いなのだ。
今ひとつ足りない自分の中途半端な気持ちに整理をつけるように、俺は手に持っていた古びた髪留めを琵琶湖の中へと放り投げた。
そして、死ぬ気で四国まで戻ろうと再びバイクに跨ったのだった。
場所を変え、京都。
この地で、俺は彼女に出会った。
この時の俺は何故こうも何かに妨害されなければならないのだろうか。と頭を抱えていた。
端的に説明しよう。たまたま通りかかった小さなお寺から泣き声が聞こえました。以上。
「風先輩がこの場にいたら卒倒しそうなレベルの話だな…」
天の神の炎の中は時が止まっていたとは言え、それも八年も前だ。それに既にこの地は防人組によって調査は完了していたはず。今更、赤子の声が聞こえるのは恐怖以外の何物でも無い。
「頼むから変なもの出ないでくれよ」
一度呼吸を整えてから、俺はボロボロになったお寺の襖を開けて中に入る。中はかなり腐食が進んでおり、いつ倒れてもおかしくないような場所だった。
奥に進んでいくごとにその泣き声はどんどん大きくなっている。そして遂にこの襖を開ければ直ぐそこという距離にまで近づいた。もう一度大きく呼吸をする。気持ちを落ち着けた次の瞬間、俺は勢いに任せて襖を開け放つ。
「……え、ん?んんんんんんんんんんんんんんんんんんん!?」
俺の目に映ったのは正真正銘、ただの赤子だった。そして隣には白骨化した遺体。
不味い。冷や汗が止まらない。風先輩を馬鹿にしたけど普通にやばい。
(怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!!!!!!!こんなに怖いことある?いや、ないね!)
俺は臭いものには蓋をしろ理論で、そっと一歩後ろに下がり、そっと襖を閉じたのだった。
それから数十分後、俺の腕の中には小さな赤子が抱え込まれていた。
「なーんで、無視できないかな…」
俺はようやく泣き止んでくれたこの赤子をどうしようかと途方に暮れていた。
八年間だ。八年間、この子はずっとあの場にいたのだろうか。普通に考えれば無理な話だ。考えられるのはあの場だけ何かしらの影響を受け、時間がずれていたと考えれば都合があまりにも良すぎるが説明がつく。
「生きてるのなら助けないとな。とは言え、ここから四国までかなりの距離あるって言うのに…どないすんねん」
背負いながらバイクを運転する?落ちそうで怖い。
ここ何十年と使っていないが時間の流れから何かとりだす?これはもう放棄したものだから今使えば自分の信念を曲げることになる。それに、天の神の怒りを再び買う恐れすらある。どれも最適解とは言えまい。
俺が導き出した結論は、ひとまず四国本土と連絡を取るという事だった。運が良ければ防人の部隊がいるかもしれないという可能性に賭ける。
「少しだけ待っててな」
腕の中の小さな子を抱きながら四国本土と通信を取れるように準備を進める。
「おいおい。これはおもちゃじゃないって」
興味津々でトランシーバーに伸ばされる手を軽く払い除けながら、数分の時を要してようやく連絡が取れるようになった。
「こちら鷲尾晴哉。緊急で連絡を入れた。応答求む」
「さっきぶりね。どうしたのよ。緊急って」
「今、京都にいるんだけれど。そこで子供を拾ったんだ。まだ見た感じ0歳に満たない。このままだと結構危険だ。近くに防人の部隊がいれば合流したいんだが」
「何よそれ!ちょっと待ってなさい。直ぐに現在位置を確かめるわ!」
通信機の向こう側で何やらとてつもない音を立てながら何かが崩れる音を聞きながら、赤子の手に自分の小指を向けると、しっかりと反応を返してくれた。目もぱっちり開いているし、見た感じはまだ元気そうだ。
「晴哉、聞こえる?」
「おお、聞こえてるぞ。凄い音で何かが落ちてく音がしたけど大丈夫か?」
「そんな事なんて事ないわ。それで、晴哉。今、防人部隊がそちらに向かってる。芽吹には話は通しておいたからアンタは自己紹介だけすればいいわ」
「サンキュー、夏凛。助かる」
「それと追加の情報。アンタの子、産まれそうよ」
「…………は、い?」
「というわけで先程同様言うことは一つね。早く帰って来なさい」
そしてまた一方的に通信が切られてしまった。
俺は心の中で叫ぶ。
(どうして毎回こうなんだああああああああああああああ!!!)
腕の中で手を叩きながら喜びの感情を表している赤子は、どうにも俺のことを煽っているようにしか思えなかった。
結局、待てと言われて仕舞えば待つという手段以外に方法はなく、俺はなんとなしでこの赤子と戯れる。
「おい。やめろ。俺の手を食べようとするな」
コイツ、ちょっと小指を伸ばせばそれを掴んでしゃぶろうとする。多分、口が寂しいのだろうけど此方としても汚れている手を口に咥えさす訳にもいかない。
「お前、お腹減らないのか?」
あれからそれなりの時間も経っており、空腹で泣き出してもおかしくないように思える。産まれたばかり?の子に生水を飲ませるわけにもいかない。
「もう少しだけ耐えててくれよ。なんでも、優秀なお姉さん達が助けに来てくれるみたいだからな」
俺が言い聞かせるように言ってから、腕の中の子を見ると既にスヤスヤと眠っていた。胸も上下しているし、とりあえずは普通に寝ただけみたいだ。
「……はあ。何してんだろ」
今頃、銀は頑張ってくれているのに俺はこんな所で座り込んで空を見上げているのか。
とは言えこの子を見捨てるのも目覚めが悪い。
それでも、これから生まれてくる自分の子供にもこれくらいの情は抱くべきなのかもしれないのに、それすら沸かない。自分は親としては終わっているのかもしれない。
「お前も、新しい親をちゃんと見つけてあげないとな。俺みたいな人間に当たったら最悪だからさ」
このスヤスヤと眠っている子の親はどんな人なのだろうか。恐らくだが、あの白骨遺体が母親であると推定される。父親は既にバーテックスに襲われた後なのだと、状況を見る限り推定する事が出来た。
想像がつくのはこう言うシチュエーションだ。
世界が炎に包まれる直前、何とかバーテックスから逃げ続けたこの子の母親とこの子はあのボロボロの寺社にたどり着いた。母親の方も力が既に残っていたかも怪しい。
そして気づけば世界は炎に包まれていた。
結果として、どう言う理屈か母親だけが先に解放され、この子は何故か現れず、母親は子供の帰りを待ち続けた結果、あの場で命を落とした。それから八年近くの時が経ち今に至る…と。
「ちょっと無理あるよなあ…。けれど、それ以外に思いつかないし」
だとすればこの子の母親はあまりにも悲しい運命を辿ったのか。想像すると胸が締め付けられる。
そして先程よりもこの子の事を絶対にどうにかしようと思う気持ちもより一層強くなった。
それなりに時間が経過した頃、エンジンの音がした。顔を上げると奥から一台の車が此方に向かって来ていた。
俺は合図に手を上げる。すると相手も理解したようで、車を停めた後、中から四人の女性が出てきた。
「貴方が鷲尾晴哉さん?」
リーダーと思われる、凛々しい顔立ちの女性が俺に問う。俺は直ぐにこの人が防人組のリーダー。楠芽吹だと理解した。
「初めまして。鷲尾晴哉です。助けに来てくれて助かりました」
「当然のことよ。とりあえず、その子と荷物を載せてくれて構わないわ。話は車の中で」
芽吹が車へと戻っていくのについて行きながら、俺はこの四人組の中で一人見たことがある顔がいるのに気がついた。
何時ぞや神樹館の何処かの教室で見た覚えがある。
けれど、その相手は無言でその身を翻し、車へと戻って行ってしまった。言われた通り、車に荷物を乗せた後ある事に気がついた。
「……さらば、バイク。2回しか乗ってないけど楽しかったぜ」
密かにバイクに別れを告げ、俺も車の中に身を投じる。言われた席に座ると、背後に人の気配を感じて振り返る。
「あれ?一人増えてる?」
奥には何かに怯えて縮こまっている人が一人。
「あ、あ、貴方、誰ですか?」
あたかも俺のことを化け物とでも思っているのか、相手は表情を恐怖一色に染めている。
「めぶー!何も答えてくれない!この人変だよ!」
「雀、うるさい。子供が起きちゃうじゃない。それに貴女が答えさせる時間を与えなかったからよ」
賑やかだなー。そして俺は変な人らしい。密かにショックを受けつつ、芽吹が雀と呼んだ人物に自己紹介をする。
「鷲尾晴哉です。どうも」
「しゃべった!?あ、私は加賀城雀です食べないでね!!」
本格的に恐らく俺は、人の言葉を発せず無言で人を喰らう化け物とでも思われていたようだ。人形バーテックスは笑えないって。
……いたわ。あの二足歩行の変態。
話が進まないからか助手席に乗り込んだ金髪の、貴族っぽい人が俺への自己紹介も兼ねて芽吹に助言する。
「楠さん、一刻を争うのでしょう?ならば、いくらこの方が人形バーテックスであろうと赤子は人間。助けないと行けませんわ。それと鷲尾晴哉さん。私は弥勒夕海子と申しますわ。以後、お見知りおきを」
「は、はあ…。よろしく」
(キャラ濃!!!)
濃度ならば勇者部に勝るとも劣らないだろう。一体どのようなチーム構成をしているんだ。
俺が驚愕していると芽吹がアクセルを踏んで車を発進させる。話は戻るが一応、名前だけは知っていたがここまでとは。あと顔と名前が一致していないのは隣に座った穏やか〜な人と後部座席に座った無言の人の二人。
「えっと、どちらが国土亜耶さんでどちらが山伏しずくさん?」
俺の質問に先に答えたのは子供を預かってくれた穏やか〜な表情を浮かべている方だった。
「私が国土亜耶です。初めまして、鷲尾晴哉さん。一度、何処かのタイミングでお会いしたいと思ってました。よろしくお願いします」
ニコッと笑う彼女は園子のフニャッとしたような笑みとは違い、まさに天使かのような笑み。
いけない。浄化される。もしくは天に昇らされる。
「どうかなさいましたか?」
「いや、大丈夫です。はい。なんともないです。…それと、あと一人なんだけど…。何処かで会ったことあるよな。山伏さん」
片目を髪で隠した彼女はゆっくりとこちらを向く。基本無言なのか、あまり先程から話さず、その表情からは何を考えているのか読み取りにくい。
「…神樹館の時、だと思う」
「やっぱり?見間違いではなかったんだな」
それを確認できただけでとりあえずひと満足。急に気が抜けたのか身体の力がグッと抜けた。
ボーッと車窓から荒廃した街並みを眺めていると芽吹が雑談とばかりに話を始める。
「晴哉さんはーーーーーーーー」
「晴哉でいいよ。同い年なんだし」
確かそうであったはず。夕海子だけが確か一つ上だった記憶だ。防人部隊も全員の情報を把握したわけではないのでなんとも言えないが。
「わかった。疲れてるかもしれないけれど私たちにも繋がる話だし、少しだけ話に付き合ってもらってもいいかしら」
「OK。どんな話だ?」
初対面のはずなのにどうも会ったことがあるような感覚を胸に抱く。そのせいか言葉遣いもどうにも初対面のものとは思えない感じになってしまった。ただ、相手もそれはさほど気にしていない様子だ。
「その子は何処にいたの?私たちが以前、調査した時は見つからなかったのに」
「場所は小さなお寺だな。本当に町外れの。それ以外は俺にもわからない。どうして今になってこの子が見つかったのかも」
「夏凛から聞いていたけど、本当に貴方は何かに巻き込まれないとすまない人物なのね」
「初対面でなかなかの言われようだな。実際そうだけども」
俺が頭の中でこれまで遭遇してきた数々の珍事やその他諸々を思い出していると、相変わらず何かに怯えている様子で雀が言う。
「待って。それだと私たち今から何かに巻き込まれるってこと?あ、急に頭痛が痛いからメブ、降ろして」
「そんなわけ、ない。加賀城は、心配しすぎ。それに、彼は強いから」
意外にも擁護してくれたのはしずくだった。それにしても雀の方は俺に対する警戒心は相変わらずだし、しずくに関してはなんだその俺に対する信頼度は。
「晴哉さん、強いの?」
「もう弱いぞ。なんだったら多分、この中で一番弱い」
「ダメだー!!やっぱり頼れるのはメブしかいない!!」
「雀、うるさいから静かにして。このままだと私が事故を起こしてみんなおじゃんよ」
「それはそれで嫌なので大人しくしてます」
そうして再び座席に埋まるように消えていく雀。この子、外の世界にあるもの全て怖いと思っていないだろうか。なんだか、亜耶が抱いている子の話はしない方がいいような気がしてきてしまった。隣に白骨遺体があったなど卒倒ものだろう。いや、逆に霊などに対しては強いのかもしれない。
「あの巫女は元気?」
唐突な芽吹の質問に一瞬思考が凍る。
「え?巫女って…。防人の?」
思考が凍ったまま、問い直したので考えれば直ぐにわかることを俺は聞いてしまう。それに亜耶は嫌な顔一つせずに答えてくれた。
「防人の巫女は私です。ですが、大赦からの伝言役として私たちに尽くしてくれた方がいるのですが…。あれから何年も会えてないのでもしかして…と芽吹先輩は思っているんですよね?」
亜耶の問いかけに対して芽吹は頷く。
「あの巫女はちょっと気に入らなかったけど、お世話になったのは変わらないから色々と整理がついた今なら会える気がして」
俺は一度頭の中でその巫女の存在を想像してみる。芽吹が言うのを聞く感じ、結構な嫌味などを言うタイプの人だったのだろうか。
そして何故か俺の頭の中で眼鏡をかけたクールビューティーな一人の巫女の存在が思い浮かんだ。
俺は携帯端末を取り出すと写真フォルダーを開く。その中から、神樹館組の撮れなかった卒業写真を撮ろう。と言う園子の提案によって最近撮った写真を画面に映し出した。俺、須美、園子、銀、安芸先生のうち安芸先生をピックアップする。
「この人?」
とりあえず運転する芽吹に見せるわけにもいかず、隣の亜耶に見せる。亜耶の反応はあまりいいものではなかった。
「すみません。晴哉さん。私たち、当時は仮面をつけた姿しか見ていないのでなんとも…」
「言われてみればそうだな」
生憎、動画は撮っていないため、声で判別してもらおうと思ったがそれも出来ない。この際、実際に会ってもらうしか方法はあるまい。
「ごめん。力になれなくて」
「気にしなくていいわ。今度、自分で探してみせるから」
俺からも今度、安芸先生の方に聞いてみておこう。もしかしたら俺の中での安芸先生の空白の二年間の間に何かあったのかもしれない。
こんな話をしている間に防人組と俺と謎の赤子を乗せた車はいつの間にか四国に入った。目的地の大社前に着き、俺は一度車を降りてからここまで送り届けてくれた防人組の五人に頭を下げる。
「ありがとう。本当に助かった。お陰でこの子も無事、なんとかなりそうだよ」
腕に抱いている赤子は先程から行動を再開し、先程から俺の髪の毛を軽く引っ張ったりしている。その様子を見て、芽吹達は安堵していた。
俺はもう一度深々と頭を下げてから、大社の方に足を向ける。
「ねえ、メブ。あの後、大社爆発したりしないよね」
何かとんでもない事が背後から聞こえてきた気がするが、このまま突っ込みを続けていれば多分一生中には入れない。
俺は最後に落ち着いたら、もっと防人の話を聞きたいと言う事を伝えると芽吹達も快く了承してくれた。もちろん元勇者達も一緒だ。
俺は長い時間をかけて、ようやくこの赤子を無事なところまで辿り着かせる事に成功したのだった。
今思えば、車内で亜耶がこの子の面倒を見ていてくれたのはかなり大きかったのではないかと感じた。
ひとまずあの赤子は病院で検査を受けるとの事で、俺は医者に預け病院内のもう一つの場所へと向かう。
その場に行くと何故か須美と友奈がいた。
「あ!晴哉くん!間に合ってよかった!」
友奈がおーいと手を大きく振って合図をくれる。片手を上げてそれに答えつつ、俺は二人に近づいた。
「すまん。色々と物事が重なりすぎた」
「夏凛ちゃんから話は聞いているから謝らなくてもいいわよ。先ずはお役目お疲れ様。兄さん」
須美から労いの言葉をかけられて、ようやくひと段落ついた心地がした。夏凛からもうすぐという連絡を受けてから時計を見ると五時間近くが経過していた。
「例の子はどうなったの?」
「先に病院で検査の後ーーーーーーーー」
多分、こうなるだろうなあ。と言うのを伝えようとした瞬間に、携帯端末が通知を知らせる。画面上には夏凛の名前が表示されている。
「どうした?今はあまり席を外せないんだけれど」
「園子から聞いていないのね…。あの子の行き先が決まったわ」
「はっや。え、まさかーーーーーーーー」
「そのまさかよ。園子が掻っ攫って行ったわ」
「………大丈夫なん?それ」
俺はこの時、一抹の不安を感じていた。
それでも結果論的に見ればあの子が乃木家に行ったのは何ら間違いではなかった。それから暫くして、美遊が生まれた訳だが、それはまた別の話としておこう。
そんな事があった数日後、俺は乃木家を訪れていた。
なんでも園子が大社に来ていないという連絡が安芸先生より入ったからだ。ここ数日、あの例の赤子に園子はゾッコンらしい。
広大な乃木家の敷地内に入り、事情を説明して中に通してもらう。
「園子。俺だ。入ってもよければ返事を頼む」
案内された部屋に園子がいるという話を聞いて俺はそこに通された。一応、確認を取ったが中から返事がない。
「大丈夫かよ…。悪い、入るぞ」
特段鍵がかかっていたわけでもなく、すんなりと部屋の中への侵入は完了したが俺はその様子を見て、ため息をつこうにもつけない状態に陥ってしまった。
「気に入りすぎだろ。全く…」
園子は赤子に寄り添う形で眠っていた。俺は仕方なく園子の肩を揺する。すると園子は少し唸ってから目をゆっくりと開けた。
「あれ〜?ハルスケ、どうしてここに〜?」
「お前が大社に来ないから呼びに来たんだよ。電話かけても出ないみたいだったしな」
チラッとベビーベッドに眠っている赤子の様子を見ると、こちらも気持ちよさそうに眠っていた。
「いや〜、夜中に弥生が泣いちゃったから、それを泣き止ますのに時間かかっちゃってね〜。やっぱり、本当の親が恋しいのかな〜」
「あー、大変だもんな。銀も困ってたよ。美遊、ちょっと目を離したり近くにいないと泣いちゃうし。所で、弥生って誰?」
「この子の名前だよ〜。ふっふっふ。私に戸籍を捏造するなんて他愛のない事だからね〜。もうこの子は立派な香川県民だよ」
園子はその後も、軽く弥生の頬を突いていた。仕事をしてもらわないと困る反面、俺はその様子に対して何も言えなかった。
「名前も苗字もなかったみたいだから、ちゃんと苗字も考えたんだよ〜?
九条弥生にしたんだけど、どうかな〜」
「あまりの展開の速さについていけないけど、いいんじゃないか?」
「本当〜?よかったね、弥生。褒められたよ〜」
えへへ。と笑う園子の表情は紛れもなく親であった。
それにしても、何故園子はこの子の事をそこまで気に入れるのか俺には到底理解が及ばない。
「ミノさんから聞いたんだけど、ハルスケはあまり美遊ちゃんの事が好きじゃないって。どうしてなのかな」
「…嫌いってわけじゃない。寧ろとても大切だよ。必ず守らないといけないと思ってる。……端的に言うと怖いんだよ。ふとした瞬間に居なくなってしまいそうで」
「昔からそんなような事言ってるよね。うーん。あまり解決になるかはわからないけど、居なくなるのが怖いなら、今度こそちゃんとその手を繋いでいれば良いんだよ。そうしないとまた今回も繋げれたものを手放してしまうと私は思うな〜」
なら逆に、何故園子は自分とも血が繋がっていないその子をそこまで溺愛できるのか。聞いてみると園子は苦笑いを浮かべながら答えてくれた。
「実を言うと、私もこの子のことはいまいちわからないよ。だけどね、私の大事な大事な部分を埋めてくれるような気がしたから、私は引き取ったんだよ。言っちゃえば自分の為でもあるよね。あとは、可愛かったからだよ。それ以外にないよね〜」
園子は少し真面目な話をした後に元の口調に戻る。
「ハルスケはビビりすぎだよ〜。もっとどっしりと構えてないと、今後天の神が再び来た時に対処できないよ〜」
「そんな事二度と起きないように、先日三種の神器をちゃんとした手順を介して納めて来たんだよ。他の神器等々も。でも、そうだな。確かにビビりすぎなのかもな」
園子の言葉は一理も二里もあった。
全ての言葉を咀嚼して飲み込む頃には、今すぐ仕事を放棄して美遊と遊んでやりたいと言う気持ちが湧き出して来た。もっと美遊の事を知りたいと、不思議とそう思えた。
「あと、お礼も言わないとね〜。弥生の事、助けてくれてありがとう」
「どういたしまして。というわけで大社行こう。さっきから安芸先生からのメッセージが止まらないんだよ!」
「あーん、やだ〜!もっと弥生と遊ぶんだ〜!」
「どっちが子供かわからん!とりあえず使用人さんに預けとけ。俺も出来る限り手伝って早く帰れるようにするから!」
何とかして園子を弥生から剥がすと俺は直ぐに園子を大社へと連行した。そして待っていたのは安芸先生によるお叱りのお言葉だった。
何で俺も怒られてるんやろうか。しかも内容全然関係ないし。やはり、俺は生きるのが下手なのかもしれないと思ったが口には出さないでおいた。
そして次の年には俺も無事、教員の職に就き、美遊の相手をしながら、園子と弥生の間に纏わりついてしまう問題を協力して一つ一つ解決して行った。
幼稚園に入る前から、顔合わせをしていた為に小さい頃から美遊と弥生は既に親友となっていた。
美遊も弥生も無事に大きく育ち、今では大人たちにとってもいなくてはならない存在となっている。
そして小学生になり、結衣と出会い、三人で様々な思い出を作り続けている。
ーーーっと、回想はここまでにしておこう。
ここから先はもう俺達大人の出番ではない。次の物語を紡ぐのは新たな純粋無垢な少女達なのだから。
「にしても、今考えても弥生ちゃん、不思議な子だよな。実の娘でもないのにあそこまで園子に似るとは思いもよらなかったよ」
「私の英才教育の賜物だね〜。とは言え、私も結構驚いているんだよね。もしかしたらハルスケと同じパターンの人かもね」
「やっぱりこれに似た会話何処かでしたことあるような気がするな…。まあ、どうであれ今の弥生ちゃんがいるのは園子のお陰だろうし。美遊とも仲良くしてくれてるから俺としても嬉しい」
生憎、こう明るい話ばかりもしていられない。一旦、弥生の話は置いておくことにした。
それに今日はこの話を一応するために園子に会いに来たのだ。本来の目的を忘れる所だった。
「結衣ちゃんの事だけど、以前から気をつけていたんだけれどちょっと危なそうだ」
「タイミングもハルスケが予想していた通りだね」
「というわけで園子、お前の権力による乱用をお願いしたい。どれほど嫌な父親であろうと、自分の手で殺させる訳にはいかないからな」
「そうだね。なら、諸々の準備は私が勝手に終わらせておくからハルスケは結衣ちゃんの父親の保護を最優先で。もしもの際は今回ばかりに限って武力行使も認めます。ただし、神器は使わないように」
「了解だ。なら直ぐに行くよ。今日はありがとうな。思い出話できて楽しかったよ」
「お願いね。二度と、悲劇は生まないために」
俺は園子に頷いてから、執務室を後にする。
前言撤回。まだ、暫くは彼女達の物語に干渉することになりそうだ。