花を咲かせ、未来に繋ぐ [加筆修正中]   作:まんじゅう卍

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第七話 急転直下  玉藻前、顕現

「急に凄い雨だね〜」

「本当だ〜。お母さん、私たちお家戻れる〜?」

「園子と弥生ちゃんは、ハルヤに送り届けてもらうから雨が止むまではここにいてよ。それにしてもハルヤ、また何処いったんだろう」

 

 長い長ーい昼寝から目覚めた園子さんと弥生は先程から降り始めた急な雷雨を能天気に眺めている。

 私は私で園子さんと弥生の様子をぼーっと眺める。

 先程、結衣。というより千景さんは私の部屋に引っ込んでしまった。

 一時間ほど前に聞いた話を私は何度も反芻する。

 

「何で私はこうも無能かね…」

 

 ここまで自分の能力の無さを呪った事はない。ここ最近、話を聞く前からずっと悩んでいる。私は多くの人から様々なヒントを得ている。そして自分が何をするべきかを決めておきながら、それができているとは言えない。

 今、結衣に必要なものは何だろうか。

 私が想像することのできない程の心の傷を負ってしまっていた彼女は今、何を欲しているのだろうか。

 そんな事を考えていると、お母さんが困った表情を浮かべながらお父さんの居場所を聞いて来た。勿論、私が知るわけもなく。

 

「美遊はハルヤの行き先しらない?」

「お父さんの?さあ、どこいったんだろ」

 

 と答える事しかできなかった。

 今はお父さんの事などどうでもいい。とにかく結衣の事だけを考えていたかった。

 私はどうにもその場でグダグダ考えているのが気持ち悪くなって来て、結衣がいる二階の部屋に戻る。

自分の部屋なのでノックもせず入ると、私はついつい目の前の状況を見て「は?」と口に出してしまった。

 部屋が降り込んだ雨でぐちゃぐちゃになっており、その原因は何故か開いている窓に違いないのだがーー。

 

「………あああ!?」

「「ひゃあ!?」」

 

 私の突然の大声に素っ頓狂な声を上げる乃木親子の事など気にせず、私は転げ落ちるように階段を降りてお母さんに詰め寄った。

 

「お、おおおとお母さん!!」

「おおおう。凄い慌てよう。どうしたん?美遊」

「結衣が」

「結衣ちゃんが?どうしたの」

「いなくなった!!」

 

 お母さんはまだ私が何を言っているのか理解が追いついていないらしく、一度園子さんの方をみて首を傾げたあと、ようやく現実が追いついて来たのか「ええ!?」とこれまた素っ頓狂な声を上げたのだった。

 

  

 新島結衣の影は真っ直ぐひたすらに自宅へと向かっていた。言ってしまえばこの影は新島結衣のドッペルゲンガー。それ故にこの影には実体があり、自我があった。と言うより、新島結衣の心そのものなのだが。

 この雨という条件はこの影が目的を達するのに十分すぎるほど好都合だった。雲によって太陽は隠され、あちらこちらに影が生まれる。これは影のある場所でしか移動できないというデメリットを見事に帳消しにした。

 そして、あっという間に影は自宅の前に辿り着いた。

 影を辿り、中へと入る。

 狙うは父親の首。ただ一つ。

 

(今ならなんでもできる気がする…。ようやく解放される。この苦しみから。これで本当の意味で、美遊と弥生の事を友達と思える…)

 

 影はゆらりゆらりと泳ぐように室内を移動する。移動中、部屋の奥から怒声と共に缶を薙ぎ倒す音が聞こえてきた。扉の前に佇み、その声を聞く。声の主は紛れもなく影の父親だった。

 

「何であの鷲尾晴哉とか言うクソ野郎は結衣を返さねえんだ!!ちょっと権力を持っているからと言って調子に乗りやがって!あいつのせいで結衣が俺の手元に戻ってこなくて、イライラすんだよ!戻ってきたら何してやろうかなー。無理矢理力で押さえつけて首を絞めるとか?面白そうだなあ。どんな感じで泣くんだろうなあ。あああああ!クソがあああ!!」

 

 影は絶句した。元から心配などしてもらえてるなど考えてもいなかったが、待ち受けていたのはもっと酷いものだった。

 父親の言葉を聞いた影は決めた。

 殺す時は一瞬で逝かしてあげようと思っていた。だが、ゆっくり地道に、これまで自分にしてきた事がどれだけ愚かな事であったかを知らしめて、しっかりその体に刻んでから命を絶ってやろう、と。

 

(私の居場所はこんな場所じゃない。あの暖かくて、私が私でいられるあの場が私の居場所だ。こんなの壊してやる)

 

 影は父親のいる部屋に侵入した。不審に思われないよう影の中をゆっくりと動き、父親の影に近づきピタリと自身の影をくっつける。

 そしてその影は実体を現した。

 その手には人の命を刈り取るには十分な大きさの鎌を握っていた。

 父親も背後に何か立っていることに気がついて気怠げに振り返る。

 背後にいるのが何かも知らずに。

 

「なんだよ、また大社か?うざったーーー」

 

 結衣の父親は目を疑った。

 黒い自身の娘と同じ容姿を持った存在が目の前にいれば当然の反応だった。

 

「な、なんだよ。結衣。帰ってきてたのなら言ってくれればいいのに。脅かすなって。あはは」

 

 父親は冷や汗を身体中から噴き出しながら平静を取り繕うとする。しかし、そんな騙し騙しの平静は瞬時に消え去った。

 影がゆっくりとその手に持つ鎌を振り上げる。

 

「お、おい。結衣。冗談はよせよ」

 

 次第に父親は目の焦点が合わなくなってきた。そしてようやく、影が自分の知っている存在とは異なると気がついた。

 その目映る姿は、まるで赤黒い血を全身に纏う死神というのに相応しいものであった。

 

「死んで」

 

 影のその短い言葉には何の感慨も感情もなかった。 

 父親が声にもならぬ悲鳴をあげ、四つん這いで情けない姿を晒し逃げようとする。そこに何の躊躇いもなく、鎌を振り下ろした。

 その振り下ろした鎌は、自身の父親を切り裂く

 

ーーーはずだった。

 

 

「!?」

 

 影が振り下ろした鎌は、対象物を切り刻もうとした手前で山桜を思わせる桃色の盾に防がれていた。

 それと同時に部屋の窓ガラスを突き破り、何者かが部屋に突入してくる。そして彼は着地すると手で軽く服についてしまったガラス片を払い飛ばした。

 

「ふう。間に合ってよかったよかった。ちょっとばかし大社の正装に身を包むのに手間取ってね」

 

 影は目的を邪魔された事を呪うように、呑気に息を吐く侵入者を睨む。侵入者はその影の様子を見て小さく笑う。笑った後、スッと真面目な表情に戻った。

 

「凄い形相だね。結衣ちゃん。いやー、わかるよ。結衣ちゃんの気持ちは。だけど、今結衣ちゃんがやろうとした事は間違いだよ。だから、その鎌を下ろせ」

 

 そこには、白い大社の正装に身に纏い、刀を帯刀した美遊の父親。鷲尾晴哉が、結衣がこれまで一度も見たことがない険しい表情を浮かべて、結衣の黒い目を真っ直ぐに見据えていた。

 

 

 

 私と弥生は激しい雨の中、結衣が何処に行ったのかを探していた。弥生がお昼寝をしている間に何があったかも伝えた後、捜索を開始し、家の付近は勿論探した。

 それでもいないのであればーー。

 

「結衣の家だね」

「間違いないと思うよ〜。それを考えると私たち結構な時間ロスしてるから急がないとね〜」

 

 二人で頷いた後、再び走り出す。急ごう。と言った割には弥生の走りながら提示してくる話題はのんびりとしたものだった。

 

「私、雨合羽来て外走ると初めてだよ〜。暑いね〜」

「私だって初めてだよ。でも、お母さんが傘だと動きずらいと思うからって言って渡してくれたんだし、使わないわけにもいかないよね」

 

 今、こうして走っているがお母さんの判断は正しかった。これで傘だった場合、動きずらい事ありゃしないだろう。

ただ、私たちには更に直面する危険性があった。

 

「水が多い…。弥生、状況を見て諦めよう。そんな選択はしたくないけど自分達の命がないと結衣も探せないし」

「これだけ降ってくる水の量が多いとね〜。川とかは大丈夫なのかな」

「今のところはまだ何とかって感じ。それにしても本当に酷い」

 

 降りしきる雨は私と弥生の身体を容赦なく叩き続ける。どんなに成長しようと私と弥生はまだ所詮小学六年生のひ弱な女の子だ。もしもの事があった場合、どうにもならない。

 尚更タチが悪いのはこの雨のせいで思ったよりも進んでいないのに、体力が半分くらい持っていかれていることだろうか。

 辛くなり、私と弥生は一度立ち止まって息を整える。

 

「私たちでも、これなんだから、結衣も危ないよね」

「うん。はあ、はあ。でも、それなら止めないと。命あってこその問題解決、だし、ね」

「大丈夫、弥生。顔色悪いけど…。後は私に任せーー」

 

 走り続けていたせいか、弥生の顔色はとても悪い。

 この時、私は弥生の思わぬ弱点を知ることになった。

 

「黙っていたけど、私長時間運動し続けると身体がおかしくなっちゃうみたいなんだ〜」

「!?そうなんだ…。もしかして、今まで私に付き合ってくれてた時も無理してたりする?だとしたら私…」

「そんな事ないから気にしないで。でも、ちょっと今回は私も限界だな〜。結衣の為に頑張りたいけど身体が許してくれなくて〜」

 

 「ごめんね〜」と謝る弥生に私はここまで付き合ってくれた感謝を伝える。ただ、ここに弥生を放置しておくわけにもいかない。

 私が取った結論はこれだった。

 

「うわわわ〜!?お姫様抱っこ〜?」

「静かにしてないと舌噛むよ」

「それは嫌だな〜。静かにするんっ、いったーい…」

 

 言わんこっちゃない……。

 私は結衣を所謂お姫様抱っこしながら前進を再開した。この時、自分でも驚くくらいの力が腕に入っていた。弥生の身体を持ち上げて走るなど造作もないくらいには。

 

「美遊ってこんなに力強かったっけ〜?」

「何でだろ。それに今ならどんな事も出来る気がするよ」

「不思議だね〜。あれ?あれあれあれ〜?美遊、右目の辺りに変な線が浮き出てきたよ〜?」

「んんんん?なにそれ」

 

 弥生が変な嘘をついているわけもなく、確認したい衝動に駆られるが生憎両手が塞がっていて確認する術がない。私のもどかしい気持ちを察してくれたのか、弥生が携帯端末のカメラをインカメにして私の顔を映す。

 映った自分の顔には弥生の言う通り、青白く光る線が額から目下の辺りに伸びていた。

 

「……なんで?」

「わからないな〜。もしかして美遊って特別な人だったりするのかな〜」

「考えたくもないよ。自分の事、特別だなんて思いたくないし」

 

 一旦、この身体に起きた異変を放置して私は再び前だけを見る。降り続けた雨は遂に用水路を氾濫させたのか、次第に水位が上がってきていた。足下までしかなかった水が気付けば膝の辺りにまで到達している。

 

「やばいかも…。あと少しなのに…!」

 

 結衣の家までは残り僅かだ。あと1分でも走れば辿り着けるというのに。それに結衣の姿もここに来るまで一度も見ていない。それが私の心を焦らせる。

 

「ああ、もう!水如きが、私たちの進路を邪魔するんじゃなーーい!!」

 

 私は苛立ちも込めて地面を踏みつけるように右足に思いっきり力を込め、踏み込んだ。

 

「これが私なりの、根性ってやつよー!!」

 

 私は心に火を灯し、再び力強く前進を始める。

 残り結衣の家までは200メートル近く。

 

 

 新島結衣。いや、この時だけは郡千景と明記したいと思う。

 千景は美遊と弥生が家を出る頃には既に新島家の目の前にまで到達していた。

 千景が自分の身体から影が無くなっていたのに気がついたのは美遊の部屋に戻った瞬間だった。

 この時、千景は何の躊躇いもなく外に飛び出した。

 お陰で今は濡れ鼠である。風が吹くたびに寒さで身体を震わせるが後悔はしていない。

 

「止めないと…。ダメよ。絶対に」

 

 新島家は畑の中にぽつんと建っている。似たような景色を見たことがあると感じながら千景はなんとか結衣の家に辿り着き、一旦息を整える為に膝に手をついて呼吸したあと、前を向く。

 もしかしたら遅くなってしまったかもしれない。という不安を抱え込みながら千景は新島家の玄関の前に立つ。そして扉を開けようと一歩踏み出したその瞬間、玄関の扉を物凄い勢いで何者かがぶち破った。

 そしてその憩勢いのまま千景の横を吹っ飛んで行って、雨で濡れる道路に上手いこと着地した。

 

「おいアンタ!暴れるな!命が惜しかったらとりあえず暴れるな!」

「お前みたいな奴が居なくてもどうにか出来たのに手出しするな!」

「情けない声出して四つん這いで這い回ってた奴がよく言うな!?もう既にアンタは色々情けない人間なんだから見栄を張らなくていいんだよ!」

 

 ギャーギャーと言い争う男性二人。あまりの醜さにそれが美遊の父親の晴哉と結衣の父親だと気づくのに、千景は時間を要した。

 

「あの人たち、馬鹿なの、かしら」

 

 呆れながら二人に目を向けていると、千景の横を影がスッと通り過ぎていった。それが直ぐに結衣の影だと千景は気がついた。

 

「結衣!待ちなさい!」

 

 自分でも思いもよらぬ大きな声で影を引き留めようとするが、影は止まる気配すら見せず一直線に自身の父親の命を刈り取るべく向かっていく。

 影はそのまま父親の影に潜り込むと、即座に実体を現し、大鎌を振り下ろす。

 しかし、その斬撃は晴哉の手に持つ刀によって軽々と弾き返された。

 

「おっと。危ない危ない」

「お前は何であの影を倒そうとしてくれないんだよ!あいつは俺の命を狙ってるんだぞ!?早く倒せよ!」

 

 尚、喚き散らす結衣の父親を見て、千景は呆れるのを通り越してしまった。誰のせいでこうなっているのかと、詰め寄りたい気持ちになるが巻き込まれる可能性がある為にそれはできなかった。

 晴哉も次第に呆れてきたのか段々と扱いが雑になり始める。

 

「いや、あのな。少しは自分がこうなってる原因を探って見ろって。それかそれが嫌なら楽しんだらどうだ?滅多にないぞ、娘から命を狙われるなんて」

 

 再び繰り出される薙ぎ払いを晴哉は結衣の父親に対する嫌味をこぼしながらも軽い動作で避け切った。

 

「結衣ちゃんもまだまだだね。こんな鈍相手に引き分けてるようでは、この男は殺せないぜ?」

 

 晴哉の身体は言ってしまえば今が全盛期だった。今年で34になるが、心技体共に最高レベルに到達している。そんな晴哉をまともに武器を扱ったことがない結衣に倒せるわけがない。それは目的を果たせない事も意味していた。

 晴哉は余裕たっぷりに笑う。

 

「伊達に教師と大社職員を兼任してたわけじゃないんでね。というわけで結衣ちゃん。もう少しだけ、時間稼ぎに付き合ってもらおうか」

 

 すると晴哉は結衣の父親をゴミ箱にゴミを捨てる感覚で軽くヒョイっと影の前に投げた。

水溜りの中に放り込まれた結衣の父親の表情が絶望に染まる。

 千景もあまりの行動に目を疑った。まるで晴哉の行動心理が読めない。

 

「貴方、なにをする気、なの?」

 

 千景はいつの間にか隣に来ていた晴哉に問いただす。晴哉はそれには応えなかった。

 影は罠を疑いながらもゆっくりと父親に近寄る。晴哉がその場を動かないのを確認すると、睨みつけるようにして一瞥した後、無言で影は鎌を振り上げた。

 自身の父親の情けない声は雨によってかき消され、誰にも届かない。

 今度こそ、その命を刈り取ったと思った矢先ーーー。

 

「結衣、ダメーーー!!」

 

 実体を伴ってしまったが為に、物凄い勢いで突っ込んで来た何者かを避けることが出来ず、身体ごとその闖入者と共に道路を転がる。

 影であるが故に痛みは感じないが、それでも再びあと一歩で邪魔された怒りは凄まじかった。

 影は本来、父親だけに向けると決めていた刃を思わずその場の怒りに任せて隣に転がる乱入者に対して振り下ろした。

 

「んなっ!?」

 

 振り下ろされる鎌を見て、思わず変な声を上げる。

 影が今、自分が刃を振り下ろしている相手が親友であると言うことに、振り下ろした後になってようやく気がついた。

 

(!?)

 

 止めようと思っても既にその腕は止まることを知らず、そのまま一直線に振り下ろされる。

 それを二人の間に入る形で、晴哉はまたしても軽々と斬撃を跳ね返す。

 そして乱入者の方を見て、やれやれと言う表情を浮かべた。

 

「次はもう少し慎重に頼むな。美遊」

「お父さんこそ、なにその格好。似合わないね」

 

 影。新島結衣の親友、鷲尾美遊は立ち上がると父親の手から刀を奪い去ると結衣の方へと切っ先を向ける。

 

「今からは私と千景さんが相手だよ。力づくでもその閉じた心、こじ開けてやるんだから!!」

 

 突然、美遊に名前を呼ばれ千景は「えっ?」と自然に驚いてしまった。そもそも、今の千景にはなんの能力もない。それ故に、思わず少し距離のある美遊に問いかける。

 

「え、私もやる、の?」

 

 千景の小さい声が雨にかき消され美遊に届くわけもなく、佇んでいると突然弥生が姿を現した。

 

「弥生もいるんだぜ〜。もれなく戦力外だけどね〜」

 

 千景はニョキッとどこからか現れた顔色の悪い、体調が優れなさそうな弥生を見てギョッとした。

 

「九条さ、いえ。弥生、大丈夫なの?」

「私の呼び方も口調も無理に結衣に寄せなくても大丈夫だよ〜。美遊から全部話は聞いているから〜」

「……そう」

 

 千景は今にも倒れそうな弥生の身体を支えながら被害を受けないであろう場所にまで下がる。

 

「貴方、かなり無茶したでしょ」

「なんたって結衣の為だし、千景さんの為でもあるから頑張ろ〜って思えたしね〜。ゲホッゲホッ!」

 

 激しく咳き込む弥生の背中を千景は軽くさする。かなり弥生は辛そうだった。何故、自分の身体を削ってまでこんな事をするのか。千景は不思議で仕方がなかった。

 

「……二人からすれば、結衣はともかく私は赤の他人じゃない。どうして、そこまで」

「私は、もう二度と大切なものを失いたくないからね。誰一人として。美遊も同じ気持ちだよ」

 

 千景には一瞬だけ、弥生の姿がかつての戦友と重なった。

 弥生がぐったりと壁にもたれかかると同時に美遊の方でも変化があった。

 晴哉は再び結衣の父親を回収すると遠くに走れとだけ伝えた。すると、結衣の父親は一目散にこの場を離れていった。

 段々と影の方、結衣も錯乱してきたのか美遊にも何の躊躇いもなく刀を振るう。

 千景は他人に全てを委ねることしか出来ない悔しさに唇を噛んだ。

 

 

 私は結衣から振るわれる大鎌をお父さんからぶんどった刀で受け止める。だが、予想以上の怖さに私はお父さんに助けを求めた。

 いや、だって本当にここまで命を刈り取る形をした刃物見たことないよ!?しかも私が持ったことがある刃物とか、精々包丁が限度だと言うのに!!

 

「お父さん!助けて!死ぬ!」

「さっきまであんな風に啖呵切って置いてそれはないだろ」

 

 お父さんが自分の取った行動には責任を持てと言わんばかりに私の助けを一蹴した。

……なんて父親だ。急に厳しくなりますね。本当。

 

「私、刀なんて扱った事ないよ!?」

「あまりにも銀すぎる……。勢いだけで生きるのも大事だけど自分の力量、ちゃんと見切ろうな」

「そんな冷静に私の性格分析していなくていいから!」

「仕方ないな。全く。よっこらせ!」

 

 お父さんは微妙な掛け声と共に先程も結衣を妨害した山桜を模した桃色の盾を大鎌と刀の間に展開すると、即座に私の身体を滑り込む形で回収した後、一瞬で結衣から距離を取る。あまりの運動神経にこの人は本当に私の知っている父親なのかと疑いたくなるレベルだった。

「お父さんってもしかして凄い人?」

「もしかしなくてもただの一般人だよ」

 

 私は絶対にそんな事ないと思うんだけどなあ。

 だってもう止んだとは言えこんな大雨の中、足も水に浸かっているのに普通に動き続けてしかもさっき手放したはずの刀を手に既に握っているし。

 

「どう考えても普通じゃないよね」

「うるさい。普通だ」

 やけにムキになって子供のように言い返してくるお父さんを見て、私はついつい笑いが込み上げてきた。

 そんな私を睨みつける存在が一人。

 結衣は恨めしげに私を睨む。

 

「美、遊、は。なん、で、笑える、の。ずる、い。ずるいよ。私は、笑えば辛い思い、を、するだ、けなの、に!!」

 

 胸の辺り抑え、苦しげに呟く結衣。私は今度は逃げずにその目を真っ直ぐに見据える。

 

「悪いけどね、結衣。私だってここに辿り着くまでに辛い思いなんていっぱいしてきたよ。結衣が想像つかないような事だって経験してた。今さっき知ったばかりだけどね。何処かでの世界で私は記憶を失い続けた。…大切だった筈の事を全部忘れた…。その前はお父さんを殺して、お母さんを殺した!友奈だって殺した!何から何まで壊した!」

 

 それは先程、弥生と共にここにくる過程で見えてしまったものだった。

まさかあの青白く光線が私の無理矢理閉じられたものを覚醒させる鍵だとは思いもしなかった。私とあの私は別物だが中身は同じだ。あの私が起こした過ちは私の過ち。

 またフラッシュバックしそうな自分にはない記憶を振り払って、私は思った事をそのまま言葉にして結衣にぶつける。

 

「何度も言うけど私は結衣の気持ちは多分一生わかってあげれないよ。痛みの種類が別だからさ。こんな事を言ったら結衣は怒るかもしれないけれど、もうそんな過去すてちゃいなよ。思い出して苦しい想いをするなら私が、私たちが思い出させないくらい楽しませてあげるから。結衣が笑ってても良いって、笑うことが苦しくないって思えるようにしてみせるから。だから、もうそんな影捨てなよ。可愛い結衣が台無しだよ」

 

 私が一歩前に出て結衣に右手を伸ばす。

 結衣は肩で息をして、ずっと胸を苦しそうに抑えている。

 

「わか、った、ふりを、さ、れて。私が、よろこ、ぶとでも?わた、しがわらえ、る?私は、わら、えるようになる、ために、その、お、とこをこ、ろそ、うって思って、るのに。邪魔、しない、でよ!!」

 

 次の瞬間、私は自分の目が信じられないものを見た気がした。一つ、また一つと尾のようなものが結衣の影から伸びる。合計で九つの尾は次第に収束し、結衣の容姿が変化した。

 私はその姿を見た一瞬だけ、意識を失ったが、何とか踏みとどまる。

 結衣は悍ましいほどの威圧感を放ち、先程とは打って変わって蒼白い妖炎を纏い、足元には赤と青色の彼岸花が咲き乱れている。

 その力が何であるか気がついたのは千景さんだった。

 

「精霊!?いえ、嘘よ。だってあれは、神樹の力が無ければ使えない筈。それに、仮にあの子が私の勇者だった頃の力を模造してるなら精霊は七人御崎になるはず…。あれは、なに?」

 

 驚愕の表情を浮かべる千景さん。それでも、私には言ってることが半分くらいは理解ができなかった。

 

(何?精霊って。七人御崎?それが精霊?)

 

 そんな事を考えている瞬間に、結衣は目の前から消えた。

 

「えっ?」

 

 私の横を何かがすり抜けていったと思った次の瞬間、私の背後にいた千景さんの方から短い吐息のような声が聞こえた。

 隣にいたお父さんが全力で地面を蹴ったのを追いかけるように私が振り返った瞬間には紅い花が咲き誇っていた。

 

「千景さん!!!」

 

 結衣はあろうことか、例え今は千景さんが結衣の身体を操っていたとは言え、自分の身体であるはずなのに結衣は、自分の身体を切り裂いた。

ドサリ。と音がして千景さんが倒れる。

 私と弥生はその光景をそう簡単には信じられなかった。

 

「あは、あはははははははは!!これで、これで私は、影のまま生きていける。強い私のままで、要らないと思った人は消して、私を愛してくれる人だけと、一緒に居られる!!ねえ、美遊、弥生?」

 

 結衣の恍惚とした表情は私と弥生にそれ相応の恐怖を与えるには十分だった。さらに大きくなるその存在感に私はついに足のバランスを崩し倒れ込んでしまった。

 弥生も目の前で千景さんが倒れるのを見て、表情を私が見たことのないものへと変化させる。

お父さんだけは結衣の斬撃をすんでの所で回避し、大怪我を負った千景さんと弥生を抱きかかえると私の隣に再び戻る。

 お父さんの手は千景さんの血で濡れていた。

 初めて見るような傷に私は意識が遠のきそうになる。

 

「………美遊、二人を連れていけるか?今から少し走ったところに風先輩が来てるはずだから、急いで病院に向かうんだ。あとこれ、これをこの傷跡に当てておけば出血は辛うじて止まる。頼んだ。絶対に死なせちゃいけない」

「お父さんは?」

「殿ってやつだ。正直、あんな化け物と戦う羽目になるとは思ってなかったんだけどなあ」

 

 お父さんはうなじの辺りを軽く掻くと私に一言「行け」とだけ伝えた。

 私は二人を持ち上げると再び自分の力が強くなったように感じた。

 千景さんの傷口にお父さんから渡された不思議な布を当て、私は指示された方向へと走り出した。どんどんお父さんとの距離が離れていく。

 少し行ったところで本当に一台の車がこの冠水した道路に負けじとこちらに向かってきていた。

車が私の手前で止まると、窓が開いた。中から風さんがハンドルを握ったまま声を張り上げる。

 

「乗って!」

 

 私は自動ドアが開いた瞬間に言葉通り飛び乗る。ただ、私は二人を乗せると車から降りる。

 

「美遊ちゃん?」

「ごめんね。風さん。二人をよろしくお願いします」

 

 私は二人を乗せた車に背を向けると来た道を走って戻る。着ていた雨合羽も脱ぎ捨てた。

 

「絶対に逃げたくない。もう押し付けだろうがなんだろうが、私は結衣を笑わせる!笑ってて良いって思わせてみせる!だからーーーー」

 

 私はいつからか肩に止まっていた青い鴉に手を伸ばす。

 

「私はこの時だけ『勇者』になる!!!だから、力を貸して!!!!」

 

 不思議な感覚がした。

 私は空が暗く、ありとあらゆる花が咲く場所いる。

 目の前には山桜。

 私は肩に止まっていた鴉に導かれるように山桜に近づき、その木の根元に厳かに佇む、暗くも透き通るような黒さを持ち桜の花をあしらった美しい剣を引き抜く。

 次の瞬間、私はその世界から解放され手には『夜桜の剣』と何者かに名付けられた剣が手に握られている。

 先程まで刀の振り方もまともにわからなかったのに、今ではどう扱えばいいのか解る。

 姿は変わらないが、身体の身体能力は格段に向上していた。

 視界に結衣の姿が入る。

 お父さんも私を視界に映したからか、笑みを浮かべた。

 お父さんは大鎌を跳ね返すと、出し得る限り最大の回し蹴りを結衣に与え、体勢を崩させる。

 私は地を全力で蹴った。

 弾丸のような速度で結衣に迫る。

 

「そんなに愛されたいのなら!!」

 

 私は『夜桜の剣』を横に一閃。それを結衣は身体を捻り、防ぐ。

 私と結衣はピッタリと張り付く形で鍔迫り合い、互いの武器が、想いが火花を散らす。

 私は結衣の攻撃を受け止め続けながら、結衣の心に直接届くように自分の想いをぶつける。

 

「私が一生、どんな結衣になろうと、どんな過去を持っていようが愛し続ける!!!」

 

 

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