花を咲かせ、未来に繋ぐ [加筆修正中]   作:まんじゅう卍

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第5幕最終話 キミヘトドケ

 雨上がりの曇天の空に、現代にそぐわない二つの剣載が響く。

 一撃を放ち、一撃を弾くたびに木々は揺れた。

 今の世には神樹は居ない。それ故に樹海は発生しない。誰の目にもつく、公の場で美遊は自身の信念を貫くためにその刃を振るう。結衣は「ただ誰かに愛されていたい」という想いを持ちながらも錯乱し、最早自分の気持ちが制御できなくなっている。それ故に容赦なく、親友の命を刈り取ろうとする。

 晴哉は殿を務めた際に受けた傷を軽く治療しながら、二人の戦いの行方を見届けていた。

 事の次第を聞き、駆けつけた園子の髪が2人の剣戟から生まれた風によって揺れる。

 

「形はどうあれ、血は争えないな…。な、園子」

 

「ハルスケがピンチだと思って駆け付けたのに、私のあまり思い出したくない記憶を引っ張り出されるとは思ってなかったんよ〜」

 

「生憎、俺はまだあの事完全には許せてないからな。嫌味の一つくらい聞いてくれよ」

 

「何とか挽回しようと思って色々頑張ってるのにハルスケ、性格悪いよ〜」

 

「それも殆ど俺が振り回されてるし事実だからな。っと、これでよし」

 

 晴哉はあらかた止血を終わらせると、刀を鞘に納刀してその場に座り込んだ。

 

「行かないの〜?」

 

「美遊が危なくなったら行くよ。それまでは美遊に任せた方が絶対いい」

 

「玉藻前、でしょ。大天狗、酒呑童子に並ぶ三大悪妖怪の一つ。退治され殺傷石に封じられ、怨霊になった後は近づいた者を無差別に末代まで呪い殺す。そんな大妖怪を美遊ちゃんは相手取っているのにハルスケは結構余裕そうだね〜」

 

「よく知ってるな。まあ、大丈夫だよ。なんたって、今美遊に力を貸してるのは初代勇者達だしな」

 

「そっか。それとハルスケ。これ頼まれてたもの」

 

 園子が背負っていた筒状の入れ物から取り出したのは神樹の遺骸から作られた破魔矢だった。晴哉はそれを受け取ると、一言感謝の言葉を伝えた。それから直ぐに美遊が影の腕に掴まれて地面に叩きつけられる。

 目を覆いたくなるような状況にも関わらず、晴哉は心配した様子も見せずに立ち上がった。

 

「ピンチになるの早いよ……。怪我の治療は後でしてあげないとな」

 

 ボヤキながら向かう晴哉の背中を背中を園子は見つめながらポツリと呟く。

 

「頑張って。美遊ちゃん」

 

 

 

 私は結衣の動作に合わせて『夜桜の剣』を繰り出す。

 今の私は初代勇者達から様々な力を借り受けている。悪いが結衣に負ける気など微塵もしない。

 ただ、一つ不便な事と言えば私が力を借り受ける際、初代勇者の一連の記憶を全て一瞬で脳裏に焼き付けさせられた。お陰でこちらも記憶が誰の物なのか入り混じって先程から自分が誰なのかわからなくなる。

 

「球、じゃない。私は鷲尾美遊。そう。大丈夫。私は鷲尾美遊」

 

 私は意識を土井球子に引っ張られそうになるのを必死に堪える。

 

(何でこの人ここまで主張激しいの!?)

 

 かつてここまで主張が激しい人が私の人間関係の中に一人でもいただろうか。いや、いない。間違いない。

 言ってしまえば私の中には五人分の意識があり、それがそれぞれ喧嘩し続けているとでも言えばいいのか。

 

『頑張って美遊ちゃん!』

 

次に私を励ましてきたのは私の妹と同じ名前を持つ、高嶋友奈だった。

 

『郡ちゃんの為にも、結衣ちゃんを止めよう!』

 

「もちろん!」

 

 一人会話をしていると苛立った結衣の渾身の一撃が頭を掠めて行って私は背中がゾワッと粟だった。今の一瞬だけ、反射神経は球子に近いものへと変化していた為に避けれたと言っても過言ではない。

 

『あっぶねー!球じゃなかったらイチコロだったぞ。な!若葉!』

 

『私ならもう少し上手く避けられるな。そう思うだろ。杏』

 

『ええ!?わ、私に振らないでくださいよ。若葉さん』

 

「あの!うるさいので私の中で喧嘩しないで!うわあ!!?」

 

 勝手に喧嘩を始める3人に脳内はもう大混乱。

 再び振り下ろされる渾身の一撃を私は後ろに飛び退く事で避ける。だが、次の瞬間にはそれが罠だと気がついた。

 影から伸びる九つの尾が触手状になり私の足をガッチリと拘束し、私は地面に叩きつけられた。

 

「ぐっ!っかは」

 

私の口から苦しげな吐息が漏れる。内蔵全てひっくり返り、揺すぶられたような感覚に襲われた。

 さらに伸びてくる影によって私は腕を地面に固定され、首を絞められる。

 無様に地面に拘束された私を結衣は暗い目で見下ろした。

 

「これが私のされてきた事。貴女如きが、知ったような口を叩かないで!」

 

 私は呼吸ができない、視界が朦朧とした状態で結衣の言葉を聞いていた。そしてその表情も見えないまま、私に鎌を振り下ろした。

 しかし、再びガァン!という何かによって弾かれる音がした。

 結衣がギリッと聞こえるくらい大きな歯軋りをする。

 

「また!どれだけ私の事を邪魔すれば気が済むのよ!」

 

「君がこうなっているのも俺の責任でもあるからな」

 

「気に食わないっ!!」

 

 鞘で攻撃を受け止めたお父さんは刀を鞘から抜き放つ。

お父さんの右目には私と同じ蒼白い線が走っていた。

 お父さんは刀を一閃。私を拘束していた影を一気に分断し無力化した。それと同時に私の呼吸機能も復活する。私は突如呼吸機能が回復し、咳き込んだ。

 咳き込む私の前に守るような形でお父さんは立つ。

 

「大丈夫か?美遊」

 

「う、うん。大丈夫…。まだいけるよ」

 

「全部美遊に任せてしまいたかったけど、時間がない。俺は美遊の動きに合わせるからあと40秒以内に無力化するぞ」

 

「わかった。お父さん、行こう!」

 

「それとこれを渡すのが遅くなった。園子から預かった破魔矢だ。これを結衣ちゃんに突き立てるんだ。躊躇うな。躊躇えばお前がやられる」

 

「……わかった」

 

私は一度息を吐き、自分の心を落ち着けさせる。すると、乃木若葉の声が心の内に広がった。

 

『先程はすまなかった。ここからは私が力を貨そう。そこの男と武器を変えてくれ。刀の方が扱いやすい』

 

 お父さんは何かを察したのかすぐさま刀を私に渡す。私も『夜桜の剣』を手渡すとお父さんはクスッと笑って直ぐに結衣に向かって一直線に跳躍した。

 その背中を追いかけようとした時、若葉さんの声がした。

 

『私が基本身体を動かす。気持ち悪いかもしれないが逆らわず、受け入れてくれ。行くぞ!』

 

「はい!若葉さん!」

 

 私は乃木若葉に応える形で地面を蹴る。

この時更に結衣の攻撃は苛烈さを増した。

 結衣の外した斬撃の衝撃波によって地面の一部分が割れた。

 残り30秒。お父さんが結衣の斬撃を逸らした後、出来た隙をついて私が懐に斬り込む。先程よりも滑らかな動作で刀は結衣の身体へと吸い込まれていった。

 しかし、再び私の身体を貫こうと影の尾が目の捉えられぬ速度で結衣から放たれる。

 防ぐことは不可能。しかしーーーーー。

 

「ははは。作り物なら別に痛覚も無いしな!」

 

 お父さんから伸ばされた機械仕掛けの左腕が私を目掛けて猛進してきていた影の軌道を僅かに逸らす。同時に左腕は悲鳴をあげて砕け散った。

 ここまで御膳立てされて決着をつけないわけにはーーーーー。

 

「行かないでしょ!!」

 

 若葉さんの思い描く通りの動きをただ模倣する。そして、破魔矢を叩き込むのは結衣の心臓!!

 

「おおおおおおおおおおおおお!!」

 

 距離にして残り2メートル。この距離に近づくまでに既に手に持つ刀は粉砕された。

 お互いに丸腰。一瞬でも判断を間違えたら勝敗が決する。結衣の影は苦悶の表情を浮かべ、私の首を掴もうと手を伸ばした。

 

「貴女に私を!!理解されてたまるかああああ!!」

 

 結衣の悲鳴のような叫び声が私の鼓膜を震わせる。

 それでも躊躇うことなく、伸ばされた影の手を私はーーーーーから取り出した更なる刀で叩き落とした。

 距離、0。

 

「ここまでだよ。結衣……」

 

 突き立てられた破魔矢は結衣の影の心臓の辺りを正確に貫いている。

 破魔矢によって貫かれた結衣の影は音を何一つ立てず、何事もなかったかのように地面に溶けていった。

 妙に全ての音が遠い。自分の荒い呼吸だけが生きていることを自覚させた。

 

(やば、何も、聞こえない……)

 

 遂には何も聞こえなくなった。視界もぼんやりとしていて、立つことすらままならなかった。

 そこから先の意識はほとんどない。

 誰かが耳元で語りかけてくれていたのだが、あれは誰だったのだろう。

 

 

〜interlude結衣〜

 

 影は私に聞いてきた。どうなりたいか?と。

 私はどうなりたいと答えたのだったろうか。強くなりたいと願った。美遊や弥生と胸を張って隣を歩けるようになりたい。そうありたいと心の底から願った。

 でも同時に私はもう1人の力を貸してくれた人を頼った。郡千景と言う人物の魂は私に影以上の心強さをくれた。影の力なんて最初からいらなかったのだ。最初の数ヶ月は影のことも忘れて二人三脚で、辛いことも乗り越えられてきた。だと言うのに、私の中に住み着いた影は裏切り者のわたしを許さなかった。

 夏に差し掛かる辺りで違和感には気がついた。影に私の意識が引っ張られていること。それと同時に私自身。新島結衣の魂もその影に飲み込まれ始めた。千景の魂はそんな私を救い出すために何度も手を伸ばしてくれた。だと言うのに、結局共感と言うより、強さに固執した私は……。郡千景の魂を裏切った。そして挙げ句の果てに力を貸すと言ってくれた親友達を裏切った。

 

(影を裏切って、千景さんを裏切って。弥生を裏切って、美遊を裏切った。私は……本当に愚か者だ……)

 

 真っ暗な海の中に無抵抗に沈んでいく。ゆっくり、ゆっくりと自分のした事を自覚して無限に続く深い水底に向かっていく。

 何を頼れば良いのかわからなくなって、折角伸ばしてくれた手も全て振り払って。本当に何がしたかったのだろう。そう自問自答を繰り返すばかりだ。

 

(ごめんなさい……。ごめんなさい………)

 

 沈んでいく。沈んでいく。沈んでいくーーーーー。

 どこまで行けば私は自分を許せるだろうか。

 

 

〜interlude弥生〜

 

 無力だったことをここまで呪った事は弥生は一度もない。

 生まれつき体も弱く、運動も苦手な弥生にとって今回の一連の出来事で出来たことは結衣の心を支えることだったはずだ。なのに、何一つできなかった。そもそも結衣の心が不安定になっている事すら気が付かなかった。

 美遊の眠る病室で面会用の椅子に座りながら自分の弱さに打ちひしがれている所に、美遊のお母さんが美遊の様子を覗きに来た。

 

「おはよう弥生ちゃん。今日もありがとうね。美遊のためにこんな朝早くから」

 

「このくらいは何も出来なかった私の役割ですから〜」

 

「そこまで自分を責める必要はないと思うけどね」

 

 眠り姫状態となってしまった自分の娘の頭を撫でながら、ニコリと優しい眼差しを弥生に向ける。

 自分の愛娘が寝たきりの状況になったと言うのに焦る様子も見せることのない姿に、弥生は思わず首を傾げそうになる。

 

「おっ、弥生。アタシが美遊の事心配してないと思ってるな」

 

「そ、そんな事ないですよ〜」

 

「どうだかねえ」

 

 美遊のお母さんは普段と変わらずケラケラと喉をならして笑った。

 

「心配してるからここに来てるのさ。弥生ちゃんと一緒」

 

 美遊を撫でていた手を次は弥生に伸ばして、弥生の葛藤を掻き消すように少し乱暴に髪をかき混ぜた。

 弥生はそれだけで少し気が楽になったのか、僅かに頬を綻ばせる。

 

「晴哉おじさんは来ないんですか〜?」

 

「晴哉のやつは事後処理に追われてるよ。さっきも電話越しに泣いてた」

 

「お母さんから聞きましたけど、やった事かなり禁じ手だったらしいですね〜」

 

「まあ、神樹様の遺骸を園子が盗んでた事も驚きではあったけど……。そこは風先輩のおかげで安芸先生からの軽いお説教で済んだみたい」

 

 何でも話によると安芸先生にいい歳した晴哉と園子が正座させられてこっぴどく怒られたとか。

 その様子を偶然見ていた夏凜はその光景を話しながら思い出して爆笑していた。

 

「けどさ。美遊も弥生も晴哉も園子も。1人の女の子の人生を救ったと考えたら説教も安いものなんじゃない?」

 

「確かにそうかもしれないですね〜」

 

 弥生が頷いて別の部屋で治療されている結衣の事を思い浮かべていると、また軽く頭を叩かれた。

 

「いてっ」

 

「おっと、ごめん。そこまで強くやったつもりはなかったんだけど……。アタシも大人なので子供達にはちゃんとお説教しなきゃ行けないわけですよ」

 

 先程とは違ったとても真面目な顔で見つめられ弥生は背筋を伸ばす。

 

「美遊にはしたいようにしろって言ったけど流石に無茶しすぎ。今回の事もハルヤが裏で動いていたから何とかなっただけで、下手したら凄い怪我してたかもしれないんだぞ。あんな雨の中に何も言わずに飛び出して行って、あれから園子も居なくなるし。アタシずっと探し回ってたんだからな」

 

 美遊のお母さんは心の底から心配していたのか、説教と言うには優しすぎる口調だが、それでも何処か緊張感が抜けたのか僅かに声が震えていたような気がした。

 弥生は怒られていると言うのに心の大事なところがとても暖かくなって、頭を下げるのも忘れてしまうほどに大事にその思いを抱きしめた。

 

「反省してる?」

 

 案の定、銀は自分の言葉が響いているのかと疑問に思って弥生に問う。

 完全に忘れていた弥生は慌てて頭を下げた。

 

「は、はい!してます〜。ごめんなさい……。心配かけて」

 

「よし。それならもう弥生ちゃんにアタシが言うことはない!美遊には三日三晩涙が底をつくまで説教するけどね」

 

 舌をチロっと見せて茶目っ気たっぷりに冗談を言って、美遊のお母さんは持ってきた荷物の整理を始めた。

 その姿を眺めながら、弥生は少しだけ美遊の母親が目の前の人物であることが羨ましくなったのだった。

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 目の前に広がる光景はあまりにも非現実的なもので、私はそれだけでここが現実でない事を理解した。

 無数の花達が幻の風に吹かれて心地よい音楽を奏でる。その音楽に合わせるように誰かが背後に立つ。若葉さんかなあ。なんて振り返ってみたらそこには自分の父親と瓜二つの男性。思わず口が滑った。

 

「………誰?」

 

「始めましてかな美遊ちゃん。俺は不知火幸斗。ちょっと過去に色々あって、君のお父さんとは縁がある人物だ」

 

「は、はあ。私の父がお世話になってます?」

 

「あら。君は存外にも素直だな。お父さんも見習って欲しいよ。最近も人の事酷使しといて謝りに来る事すらしない」

 

 この不知火さんとやらが言っていることは今の所、全くと言っていいほどわからなくて、脳内ではずっとクエスチョンマークが飛び交っている。

 そして申し訳ないけど、私はこの人の雰囲気が何処と無く苦手だ。何と言うか……匂い?人を傷つける事を時には躊躇わない非道な人柄がどこかにあるような気がした。

 

「あの、若葉さんとかは?私に力を貸してくれたのはあなた以外の他の勇者4人だったはずなんですけど」

 

「わかってるよ。こんな人殺しと話していて気が滅入るだろ?すぐ話は終わらせて若葉達の所に送るよ」

 

 まさか自分で白状するとは。本当によく分からない人だ。私がこれでもかと警戒心を滲ませていると言うのに、あっけらかんとした様子で勝手に話を進め出した。

 

「神樹様って言う存在を君たちの世代は知ってるのかい?」

 

「一応、世界を守ってくれていた神様と言うのは……」

 

 お父さんやお母さん。友奈さん達からも聞いているからそれとなく知識はある。だが、どの流れで急にその神樹様の話になるのか見当がつかない。

 

「それがどうかしたんですか?」

 

「うーん。少し問題があってね。俺はそれを聞きたくて君を呼んだんだ」

 

「問題?」

 

「ああ。君が無事に助けた新島結衣だけど、君と戦ってる時に玉藻前っていう精霊を降ろして戦ってたんだ。その『精霊』って言う存在そのものが問題でね」

 

「何が問題なんですか?もしかして、結衣の身にまだ何か……」

 

「そこの辺りは心配ない。根本的な問題なんだ。精霊、と言う存在は神樹様がいなければ本来なら発動しない力で、どうして新島ちゃんが使えたのかを知る必要があるんだ」

 

 もはやそれ、私が手をつけられる範囲の話なんでしょうか。結衣の身体に何も問題がないのであれば私はもう関わる事はないと言うのに。

 しかしやけにこの不知火幸斗という正体不明の存在のこちらを試すかのような挑発的な目。非常に癪に障る。

 

「何か思い当たる節はないかい?」

 

 私の敵意の満ちた目には目もくれず、やはり淡々と話を進めていく。私はもうこの人はこう言う人なのだと観念して話を続ける事にした。

 

「特には……」

 

「なるほど。となるとこの件に関しては少し調べる必要がありそうだ。ありがとう。話はここまでだ。あとは君のお父さんにでも調べさせるさ」

 

「えぇ……。あの、お父さんの仕事これ以上増やさないであげてくれません?死んじゃいますよ」

 

 今頃目を覚さない私の心配をしながらも仕事に追われて泣いてるのではないだろうか。

 そんな事を考えている端で、幸斗さんは驚いているようでもあり、何処と無く嬉しそうに目を細めている。

 

「……なんだ。子供に心配されるくらいには父親を全う出来ているのか。感心した。そう言う事ならこの調査は君に任せよう。何か起きた時に君なら対処できるだろ」

 

「え、ちょっ!?何どさくさに紛れて私に!?」

 

「誰か1人はこの問題を解決しなくちゃいけないからね。君は体力もあるし知力もそこそこ。期待してるよ」

 

 絶対馬鹿にされている。今後もこの人と関係があるかは知らないが見返してやろう。仕方なしでその調査とやら、引き受けようではないか。

 私の負けず嫌いな一面を引き出すのも計算の内なような気がするが今は置いておこう。それ以外に聞いておきたいことがあった。

 

「あの、私のお父さんとは仲が良かったんですか?」

 

 少なくともこんな現世とは思えない世界に1人いるのだから生者ではないだろう。亡くなってからかなり時間も経っているように思える。

 だとしても、ただ一端の知人程度なら先程のような安心し切った表情はしまい。

 幸斗さんは遠くを見つめて、過去に手を伸ばす。そして掴んで引き戻した過去に苦笑いを浮かべた。

 

「仲が良かったか、ね。どちらかと言えば俺が拒絶してた方かな」

 

「そうなんですか」

 

「色々あったからね。昔は……。君のお父さんは俺以上に底が見えない人だった。今とは大違いだよ。けど、困ってた時に思惑があったとは言え唯一手を差し伸べてくれた存在なんだ。言うなれば戦友かな」

 

 そう言って幸斗さんはせっかく手繰り寄せた思い出をまた遠くに不要なものだと放り捨てた。

 思い出を語った時の幸斗さんの純粋な目を見て、出会った時は苦手だった意識が少しだけ変わってきた。何だか悲しい人だと思った。きっと持っておきたいはずの思い出を、幸斗さんは非道な存在を演じるために必要ないものとして処分している。そうならなければならないと自分に言い聞かせているようだった。

 私が先程まで感じていた苛つき。それはこの遠回りな演技のせいだったかもしれない。

 

「私、幸斗さんのこと誤解してました」

 

「嫌だなあ。誤解なんて。君の中ではずっと極悪非道の勇者殺しとしておきたかったのに」

 

「じゃあそう思っておきます」

 

 私は敢えて突き放すように言うと、彼はクツクツと喉を震わせた。

 

「助かるよ。それと今度こそこれが最後だ。恐らくだけど、郡千景の魂は新島結衣と今後も共存関係にあると思う。良くしてあげてくれ」

 

 サラッと、とんでもない事を言った気がするがそれが事実なら私は喜んで受け入れよう。

 別れの挨拶だと言わんばかりに彼は最後の最後で似合わないウインクをして、指をパチンと鳴らした。 

 突然視界がおぼつかなくなる。足元もふらついて、空間が歪んでいるような感じで目が周りそうだ。

 いつの間にか幸斗さんの姿は消えていて、視界の揺らぎが止まった瞬間私の身体は強い衝撃を受け止めた。

 

「ぐっふ!」

 

 とても女の子が出して良い声ではなかった。

 痛みから顔をあげると私の顔の近くには黒とオレンジの鮮やかなパーカーに身を包み、気の強そうな顔立ちの女の子が胸元にめり込んでいた。

 可哀想に。私の胸は未だに未発達だ。エアバックの代わりにすらならなかったろう。

 私の心配も他所に、彼女はお母さんに似た力強い笑みを私に向けた。

 

「ようやく来たか!タマはもう待ちくたびれたぞ!」

 

 私は目の前の少女が土居球子である事を即座に理解した。声だけで判別がつくのかな?と思ったが思いの外わかりやすい。

 他にも誰かがいる気配を感じ、周りに視線を巡らすとぼんやりとしていた視界に3人の輪郭がハッキリと映し出され始めた。

 

「タマッち先輩。さっきも困らせてたんだからこれ以上はダメだよ」

 

 また背後から声がして、私は抱きつかれたまま背後を振り返る。

 そこには陽炎のように揺れる影。その影は見たこともない人達なのに、私は自然と誰か誰かをわかっていた。ゆっくりと姿を現したのは球子を覗いた3人の勇者。乃木若葉、高嶋友奈。伊予島杏。

 私はその3人を目の前にして身体が凍りつく。凍りついた私の氷を溶かしたのは勢いよく握られた手だった。

 

「おおー!ようこそこちら側へ、美遊ちゃん!」

 

 何だか先程から知人に似たような人を良く見る。私の知っている友奈さんと瓜二つ。下手すれば私の妹もこの方々同様、似た容姿になるのでしょうか。

 それにしても高嶋友奈さん。言い回しが非常に不穏である。

 

「友奈。まだ美遊は未来ある若者なのだから勝手にこちら側にしては可哀想だ」

 

「そっかそっか。えへへ。役割から解放されて、少し私も解放的になっちゃってたのかな?」

 

 ごめんね。と言いながらはにかんだ笑みはとても可憐で、謝罪の言葉だと言うのに意味もなく勇気づけられそうな気がした。

 これが初代勇者のパワーだと言うのか。私は名前しか知らなかった伝説上の人物達と話せると言うことが感無量すぎて、まともに会話できるのだろうか。多分出来ない。現に今も足が震えている。

 

「は、は、は、初めまして。わ、わ、鷲尾、美遊です。先程は皆さんありがとうございました」

 

 言葉も噛み噛み。動きもまるでロボットみたいだと俯瞰しながらも身体は緊張で思い通りにはならなかった。

 そんな私を見て、若葉さんは柔和に微笑んでから一度軽く咳払いをした。

 

「今更私たちの自己紹介は不要だろうから割愛させてもらう。一応、杏の方から美遊の今の状態について先に説明してもらうから聞いてくれ」

 

「それでは、僭越ながら私から美遊ちゃんについてのお話をさせてもらうね」

 

 その前に立ち話も何だから。と私はとある場所に案内された。

 ここは本当に不思議な場所で咲き誇る花以外は何もないはずの空間なのに、気がつけば私は学校の教室の中にいた。

 しかし、私もそろそろ驚くことになれてしまったのか特に反応を見せることなく勧められるがままに椅子に座った。

 5人が話をするには広すぎるような気もするが、この場所はこの4人にとって本当に大切な場所だったのかもしれない。本当ならここにもう1人いるはずなのだろう。

 

「どう?驚いた?」

 

 黒板の前に立ってクルッと回って見せた杏さんの方が可憐すぎて驚くくらいだったのでわ、私は素直に感想を伝えた。

 

「なれちゃいました」

 

「美遊ちゃん、可愛い見た目の割に肝が座ってるんだね」

 

 感激したと杏さんは手を叩いて私に席に座るように勧めた。私はその勧めに従って、椅子に座る。

 本来なら夏休みなのにこの木製の椅子に座ってしまったせいで眠っていた学校の感覚が呼び覚まされる。予想し得ない悪影響だった。まさにイレギュラー。

 

「可愛いなんて初めて言われました」

 

「えぇ!?こんなに可愛いのに?」

 

「はい。どいつもこいつも私の事は男の子だとか可愛げがないとか散々ですよ」

 

 これまで言われてきた数々の暴論。それを今になって思い出し、何故か腹立たしくなってきた。

 この際、私も杏さんのように可愛くて美しい路線に変更するのも有りかもしれないなんて思ってしまった。……出来るわけもないのに。出来ないことはするものではない。

 

「ミユウはタマにそっくりだな!舎弟にしてやる!」

 

「えぇ〜」

 

「微妙な反応!?」

 

「もう!タマッチ先輩のせいで話が進まないから美遊ちゃんの隣で大人しくしてて!」

 

 一連の流れでこの2人の仲が以上に良いことがわかった。

 杏さんに怒られて大人しく球子さんは椅子に座る。それを確認してから杏さんは私に丁寧に現状を説明してくれた。

 

「今の美遊ちゃんは魂を五分割されてます。美遊ちゃんと後私たち4人ですね」

 

「また魂の話……。凄いスピリチュアルなんですね」

 

「勇者と言う存在がそもそも神の力を得ることが前提なのだからスピリチュアルな話にもなるのは当然だ」

 

 若葉さん達はこう言った話にはなれてしまっているみたいだった。流石にこれだけ聞かされると大事なワードって事はわかる。

 兎にも角にも私は五重人格ということらしい。それを落ち着いて受け止めている自分に少しばかりの畏怖を覚えた。

 武者震いする私に続けますね。と杏さんが説明を再開する。

 

「特に五分割されているからと日常生活には問題はないかと思います。……タマッチ先輩や友奈さんが静かにしていればですけど」

 

「アンちゃん。私だっててぃーぴーおー?は守るよ〜」

 

「そうだぞ!タマだって美遊の身体乗っ取ってキャンプしようなんて思ってないからな!」

 

「球子さん!?私の身体好き放題はやめてくださいよ!?」

 

 この人先程から私のことを可愛がってくれるのは良いが、何かと自由度が高すぎやしないだろうか。

 一先ずキャンプについては置いておいて、私の今後がどのような形になっていくのかは段々と鮮明になり始めていた。

 とどのつまり、私はこの4人と共存しなくてはならないらしい。

 

「……私、もしかして皆さんの依代ってこと?」

 

「あ、気がついちゃいましたか」

 

 気まずそうに杏さんは明後日の方向を見つめた。横に座る球子さんは自分の事なのに何事かわかっていなさそう。若葉さんと友奈さんは申し訳なさそうに苦笑いを浮かべている。

 

「抜け出せなくなっちゃったんだ。私たち。美遊ちゃんの魂から」

 

「はえ?」

 

「思い当たる節はない?」

 

 友奈さんに聞かれてまた初めて考えてみたが思い当たる節など一つもない。

 私が素直に首を横に振ると若葉さんは小さく頷いた。

 

「知らないのならその方がいい。もし知りたいのなら君のお父さんにでも聞く事だ」

 

 また登場して参りました私の父上。と言うか、何故このはるか昔の勇者達は私のお父さんの事をそこまで理解しているのか不思議でならなかった。

 それを聞こうと口を開きかけた所を、杏さんに人差し指を唇のあたりに添えられて止められる。

 

「そこから先は私達からは話せないから。ね?」

 

 そう言われて仕舞えば私は素直に頷かざるを得ない。

 直接お父さんに聞くしか事の真実を知る方法はないのだろう。

 

(それにしても私、どんどん人間離れしていくな……)

 

 とは言えこの4人も実質私が引っ張り出してきたようなものなので、少なくとも責任は私にあるはずだ。それに良い典型例がそれこそ私の友人にいるではないか。結衣も今回の似たような現状の前例だと言えるはずだ。

 

「私の身近な人に依代になりかけてた人居ますから見慣れたもんです」

 

「ぐんちゃんだね!また会えるなんて嬉しいなあ」

 

「あの、本当に一応私の身体ですからね?」

 

 私、自分の身体を好き勝手されそうで少し怖くなってきた。良識ある勇者であることを切に願っておこう。

 それから少しまた雑談を挟んだところで、私は若葉さんがソワソワとしている事に気がついた。私が若葉さんに首を傾げると、少し恥ずかしそうに咳払いをしてから話を切り出した。

 

「所で、美遊。お前は私たちの力を借りる時もう1人は呼ばなかったのか?」

 

「もう1人?」

 

「あぁ。私たちの巫女なのだが……。上里ひなたと言うんだ」

 

「…………どちら様です?」

 

 私を除いた勇者4人に電流走る。私、地雷を踏み抜くような事をしたのだろうか。

 

「し、知らないなら良いんだ」

 

 もの凄いショックを受けたのか、途端に生気がなくなったような虚な目で虚空を見上げながら念仏のようなものを唱え出した。怖すぎる。こんなに個性豊かな人しかいなければさぞかし賑やかな勇者達だった事だろう。

 

「話をまとめると美遊ちゃんは基本的には日常生活に問題はないけど、時と場合によっては私たちの主張が激しくなる時があるって事です」

 

「そこまでなら別に被害はないかなあ。あと、ごめんなさい。私からも一つ良いですか?」

 

「はい。いいですよ」

 

「ありがとうございました。こんな私のために力を貸してくれて」

 

 こうやって謎空間とは言え直接会えたのだ。私は今1番言いたかった事を素直に伝えられたと思う。

 正直、私の魂が五分割されようと消滅しようとこの感謝の言葉さえ言えればそれで良かったのかもしれない。大事な親友を救えたのなら、この程度の事は安いものだ。

 完全にここで気が緩んでしまったのか、急に立ちくらみのような感覚が私を襲う。

 

「む。そろそろ意識が戻る頃だな」

 

「やっぱり、戻る時って…目眩とかなんですね。王道すぎて私は好きですよ……」

 

「美遊ちゃんメタすぎるよ」

 

「あはは。かもですね」

 

 友奈さんにユーモアのある返答が出来ず、そろそろ喋るのも厳しくなってきた所で、私の背中が強く叩かれた。

 痛いはずなのに、私はそれが少し嬉しかった。視線だけをその手の方に向けると、球子さんが思わず目を細めたくなるほどに眩しい笑みで送り出してくれた。

 

「それならこれからもよろしくな!タマ達のこと退屈させるなよ!」

 

「美遊ちゃん、迷惑かけるけどもうしばらくだけ我慢して欲しいな」

 

「わかって、ます。それならまた、いつか」

 

 そこで私は遂に繋がれていた意識の糸がぷつんと音を立てて切れてしまう。

 それでも胸の高鳴りと暖かさは2度と忘れられないくらいに、満ち満ちている。その自分の心臓の音で私は目を覚ましたーーーーーーー。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 あの夏の日から既に1ヶ月が経とうとしている。

 私が目を覚ましたのは全てが終わってから2日後とそんなに時間は経っていなかった。

 私達の生活に何か変化があったかと言えば……。まあ、それ相応にはあったと思う。

 私は1ヶ月前に比べて格段に運動神経が良化していた。そして同時に目覚めたかのように今まで以上に読書をするようになり、やたら外に出て遊びに行こうとしだした。おまけに少し真面目になった。

 その原因はわかっているし、現に頭の中が少し騒がしい。私は今日も今日とてゲンナリとしながら学校の門をくぐったのである。

 

(……私のことは良いけど、結衣はいつになったら目を覚ますのかな)

 

 結衣は1ヶ月たった今も心のドアを閉じたまま心身喪失状態にある。何度もお見舞いに行っているが結果は目に見えていた。

 教室までの長い廊下を結衣の心配に充てるのも最近では日常になってきている。ため息を押し殺しながら、私は教室の扉を開けた。

 

「おはよう!鷲尾さん!」

 

「おはよー。相変わらず元気だね」

 

 例の如く私を見た瞬間1番最初に挨拶をしてくる例の彼を軽くあしらいながら私は自分の席につく。

 どうして彼の周りの人間は彼の肩を叩いているのだろうか。何か悲しいことでもあったのかもしれない。可哀想に。

 その集団をぼーっと眺めていると、私の隣に誰か来る気配がした。この足音は紛れもなく弥生だ。振り返ると私の日常の象徴たる彼女が手を振っている。

 

「おはよう美遊〜。今日も良い天気だね〜」

 

「弥生もいつも通りそうで」

 

 いつも通りとは言ったものの、彼女の瞼は重たそうで完全に開き切っていない。今にも夢の世界に飛び去ってしまいそうな危うさがそこにはあった。

 

「昨日ね〜、久々にお母さんが帰ってきてくれたから嬉しくて夜遅くまで起きてたんだ〜。少し眠たーい……」

 

 園子さんはようやく事後処理から解放されたらしかった。何やら話によると結衣の影を倒すために使った破魔矢は神樹様の遺骸を応用したものらしい。神の力の影響力は低下したとは言え、それでもまだこの国には神による力の断片がそこらにあると言う事を改めて実感させられる事になった。

 

「そう言えば私のお父さんも昨日久々にまともな時間に家戻って来てたな」

 

「日常が戻ってきた感じがするよね〜。あと足りないのは結衣だけだ〜」

 

「そうだね。ほんと、いつまで寝てるつもりなんだか」

 

 新学期が始まってから1週間近く、彼女の席は空白だ。あの場所だけ時の流れが止まってしまっているような気がした。

 

「もしかして美遊の消した影が結衣そのものって可能性ない〜?」

 

「ぞくっとする事言わないでよ。ちゃんとその辺りはお父さんが調べてくれたから大丈夫なはず……」

 

 暴走した結衣の影はしっかりと結衣自身の元に戻っているらしい。心配するなと頭を撫でられたのは記憶に新しい。

 

「わかんないけど、もう少しで起きる気はしてるよ〜」

 

「そう思っとくよ」

 

「それより美遊、大丈夫だった〜?泣かなかった〜?」

 

「何の話?……あぁ、お母さんに怒られた日かな」

 

 今回の一件、お父さんは私のことを怒らなかったが代わりにお母さんの怒りようは凄かった。と言うか、お父さんまで一緒に怒られてた。

 私はと言えばここまで大真面目に怒られたのも初めてだったので終始落ち込みすぎて肩が地面につきそうだった。しかもその怒る内容も理不尽なことでは1ミリもないので私は受け入れるしかないのである。

 ただ、どこまで行っても自分は美遊の親だから心配するに決まってると言われた時は別の意味で涙が出そうになったのは内緒だ。弥生の前でそんな事を言うのは照れくさいので肩をすくめて当時の辛さを10倍に増幅して語った。

 

「キツかったよ。足首から先が無くなると思ったね」

 

「それは痛そうだね〜。でもちゃんとついてるから安心だ〜」

 

「ふっふっふっ。これ実は接着剤でくっ付けてるんよ」

 

「えぇ!?本当に〜!?」

 

「凄いだろ〜」

 

 2人ともボケ始めると収拾がつかなくなってしまった。

 結局私の足首から先は接着剤でくっついている事になり、その誤解は放課後まで解けることはないのであった。

 

 

 

 

 

 放課後、結衣の病室に赴こうとしたところで私はクラスの委員長に呼び止められた。手には何やら紙袋を引っ提げている。

 普段からバカ真面目で不真面目な私とは水と油の子なので、わざわざ声をかけてくるとは思いもよらずに目を点にする。

 

「何をそんなに驚いてるの」

 

「いや、まさか話しかけられるなんて。君、私のこと苦手でしょ」

 

「隠してたんだけどバレちゃったか」

 

「あれで隠してた気なら演技向いてないよ。役者はお勧めしないな」

 

「元からなる気は無いから大丈夫だ」

 

 思いの外会話が続いたことをお互いに意外に思っているのか、不服そうに顔を見合わせる。

 それから委員長の彼は私に紙袋を押し付けるようにして渡した。

 

「鷲尾さん。これ、新島さんに渡しておいて欲しい」

 

「何これ」

 

 紙袋の中には寄せ書きが入っており、クラスメイト一人一人のメッセージが書かれていた。

 

「私これ知らないんだけど」

 

「鷲尾さんは自分で話に行くんだろ?文字より声の方が受け取る側は嬉しいって聞いたから」

 

「へぇ。君、なかなかロマンチストじゃん」

 

 私が揶揄う意図も込めてニヤリと笑うと、彼は少しだけ顔を赤くして髪を弄った。

 

「べ、別に良いだろ。早く行けよ。新島さん待ってる」

 

「はいはい。お望み通り行きますよ」

 

 私はケラケラと笑いながら手のひらを振って背を向けた。

 

(何だっけあの子の名前。まあいいや)

 

 私は名前が思い出せずに首を傾げながら下駄箱までの長い廊下を行く。

 後にそんな彼とはそこそこな関係性になるのだが、それはまた別の話としておこう。そんな未来の話に今はする価値はないのだから。

 

 

 

 

 

 

 結衣の病室で私は無性に読みたくなった恋愛小説に目を通しながら放課後の時間を過ごしていた。

 弥生は一度家に帰っており、また後で来るらしい。

 本を閉じ、結衣の手に触れると生者としての温もりはあれど、痩せ細っていた。それもそのはず。今は生きるための最低限の栄養を液体でのみ投与されたいるのだから。

 

「いつまで反省してんだ。早く起きないと小学生終わっちまうぞ」

 

 静かな病室に私の独り言だけが虚しく空間を反射する。

 

「起きてくれないと私が五分割された意味もないでしょ」

 

 小さくため息をついてから私は結衣から手を離す。

 窓の外は夏の暑さも次第に収りつつある。目を覚ました時、きっと結衣は世界の変わり方に瞬きを忘れるかもしれない。

 私はその様子を思い浮かべて、クスッと笑う。目を丸くしている結衣を弥生と一緒に笑って、結衣が不貞腐れて布団に潜り込んで私たちはまた笑う。目を覚ましてくれないとそんな事すら出来やしない。

 

「反省なんて目を覚ました後でいくらでもさせてあげるからさ……。結衣がいないとつまらないんだよ」

 

 結衣は知らない。私たちがどれほどあなたの事を大切に思っていて、かけがえのない存在であると言う事を。

 

「私最初に言ったじゃん。どんな結衣でも愛してみせるって。私が結衣に嘘つくと思う?」

 

 私は無意識に握り拳を作り出しており、力を入れすぎていたのか膝の上で震えていた。

 

「誰にも話さなかった事を私達には話してくれたよね。それが私、凄い嬉しかったんだよ……。やっと心を許してもらえたって、本当は1人で舞い上がってたんだ……」

 

 何が足りないのだろう。結衣が再び閉じてしまったその心を私達に開いてくれるためのピース。綺麗事を並べているわけじゃない。心の奥底から湧き上がる本心を真っ直ぐに伝えているのに、今の私には何がーーーーーーー。

 

「やっぱり、私がまだあなたの事をわかった気でいるから……かな」

 

 上辺だけ取り繕っていると思われてるのか。そうであったとしても無かったとしても、私は無性に怒りに近い感情が沸々と湧き上がってきた。

 もう取り繕ってなんかやらない。優しい言葉だけじゃない。思いの丈、全てぶつけてやる。

 

「そんなに私の事が信じられないなら言ってやる!誰が好きであんな命懸けで助けようと思う?」

 

 私がーーーーーーー。

 

「誰が好きで自分の子でも無い子を助けようと思う!?」

 

 お父さんがーーーーーーー。

 

「死んで、魂だけになってもあなたを救うために手を伸ばしてくれた人がいた!」

 

 千景さんがーーーーーーー。

 

「持病を無理矢理我慢してあなたの為に走った子もいる!」

 

 弥生がーーーーーーー。

 

「みんなみんな!結衣の事が大切だからだ!!大切だから……大好きだから…みんなあなたの為に駆け抜けて来たんだ!」

 

 風さんや園子さん。お母さん。クラスメイトのみんな。

 あなたに手を差し伸べた人たちは大勢いた。だと言うのに。

 

「どれだけ自分が周りの人から愛されているのか、それがわからないのかこのわからずや!!」

 

 湧き上がる思いを全てぶつけて、肩で息をする。視界は真っ暗で私は気がつけば結衣の胸元に顔を埋めて、みっともなく涙を流していた。

 静かに涙を流し続ける私の頭をそっと何かが触れた。

 私はハッとなって顔をあげる。お互いの視線が交差した時、私は堪らず彼女に抱きついたのだった。

 

「ごめんなさい。ごめんなさい……。みんなに心配かけて、傷つけて……」

 

「後でたくさん聞くから、。ぐすっ。帰ってきてくれて……。ありがとう!」

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 11月上旬。既に季節は秋から冬へその足取りを進めていた。

 私たちの歩みもも季節が進むごとに一歩、また一歩と先へと向かっている。

 目が覚めた結衣が退院するまでには相当な時間を要した。今も定期的に怪我のケアやリハビリで病院には通っている。

 結衣の中に宿った千景さんはお父さん達の予想通り結衣の中に留まり続けている。しかもただいるだけでは無くて、定期的に出てきて結衣の世話を何かと焼いていた。その度に私の中の高嶋さんまで急に主張を激しくするので勘弁して欲しい所ではあった。

 

「良いところ美遊に全部持ってかれちゃった〜。でも、結衣が目覚めてくれて私嬉しい〜」

 

 結衣のリハビリが終わるのを大社の施設で待ちながら、私たちは季節外れのアイスを食べている。

 弥生は弥生でいつの話をしてるのか。

 

「弥生があと10秒早ければね……」

 

「神様は不平等なんよ〜」

 

「うーん。それはそうだと思う」

 

 そんな過去の回想は一旦置いておいて、私は未来の話をする事にした。

 

「これからどうしようね」

 

「美遊がそう言う時は何かやりたい事があるときでしょ〜」

 

 スプーンを咥えながら弥生は私の目を覗き込んで来る。その私の考えを見透かしたような瞳に思わず笑みが溢れた。

 

「ふふっ。さすがは私の相棒。私さ、自分の力だけで旅に出てみようかなって」

 

 まだ未熟な私には手の届かぬ未来かもしれない。けど、力を貸してくれた勇者達の生きた土地を巡るというのは必ず成し遂げたい事の一つになっていた。

 

「美遊なら大丈夫だよ〜。でも、1人で行くの〜?」

 

「今の所はね」

 

「………そうなんだ〜」

 

 反応に間があった事の意味に私は気づきながら、あえてそれをスルーした。何故だろう。過酷な旅になるとかいうわけでもない。だと言うのに私は弥生や結衣をこのエゴに巻き込みたくなかった。

 まだ世界を知らず、理解できない私はどうしても知りたいのだ。人と言う存在の本質を。人の優しさを、温かさを。

 その短い旅の中で得た答えが良いものでも悪いものでも、私は受け入れようと思っている。

 

「大丈夫。ちゃんと無傷で帰ってくるよ。流浪の勇者としてちょっと世間をみてくるだけだから」

 

「結衣には言ってあるの〜?」

 

「もちろん。弥生に言う前にね」

 

 私がそう言うと、弥生は頬を膨らませて私から視線をフイだと逸らした。

 

「拗ねないでよ〜」

 

「別に拗ねてないよ〜。勝手にどこか好きな場所行っちゃえ〜」

 

「ごめんって。弥生ならすぐ受け入れてくれるかなって思ったの!」

 

 この通り!と手を合わせて精一杯の謝罪を見せるが、弥生は取り持つ様子を見せなかった。よっぽどこの大事な話をされたのが最後と言うのがポイントが低いらしい。

 信頼しているからこその最後だと言う事をどう言えば信じて貰えるだろうかと言う考えだけが頭を駆け巡る。弥生はそんな私に一石を投じた。

 

「……友奈ちゃんはどうするの?」

 

「そりゃあ、私の家で引き取る事になった結衣にでも任せようかなあって」

 

「もう!やっぱり美遊のことなんて知らないんだから〜!」

 

「わわわ!そんなに不機嫌になられても困る!理由はある!理由はあるんだから!」

 

 なんだか何を言っても今日の弥生には通じなさそうだが、一先ずは説明責任は果たさねばならない。

 

「私の家で暮らす事になった結衣も友奈に触れてれば、家族の大切さとか失った時間も取り戻せるんじゃないかなって」

 

「それなら最初にそう言えば良いのに〜」

 

「言おうとしたら勝手に弥生が拗ねたんでしょ……」

 

「拗ねてません〜」

 

 やはり何を言っても通じなさそうだ。今日はそう言う日らしい。

 私は諦めて、手の温度で溶けてしまったアイスを嫌々頬張った。この溶けたアイスの感覚は苦手だ。

 

「まあ、旅を実行に移すにしてもだいぶ先だけどね」

 

 私は猛烈に反対するであろう人物2人を脳裏に思い浮かべた。

 普段は放任主義的な両親も今回ばかりはただでは行かなさそうだ。否定はされなさそうだが、高校を卒業してからはどう?とは言われそう。

 親としてはその辺りの心配は当然なのだろう。私だってそれはわかっていた。

 

「だから近いところから行こうと思う。まずは高知とかね」

 

「全く……。やっぱり私は美遊には敵わないな〜」

 

 弥生は私もそれほどまでにしたい事を見つけたいとボヤく。私はアイスのカップを傍に置いて、弥生の手を取った。

 

「弥生なら見つけられるよ。絶対に」

 

「なんだか隣を歩き続けてくれた美遊が遠くに行っちゃった気分だよ〜」

 

「あはは。大丈夫。これまでもこれからも、私は弥生の隣にい続けるから」

 

「美遊は嘘はつかないからね〜。信じるよ〜。後それ、後ろの人にも言ってあげな〜」

 

 ニコニコと私の背後に立つ人に弥生は笑顔を向けた。

 振り返ると案の定そこには結衣がいて、彼女は立っていて私は座っているのでなんだか見下ろされてる気分になる。悪い気はしないので私は変な癖でもあるかもしれないと言う不安は置いておこう。

 

「美遊は私たちに嘘はつかないわよね」

 

 結衣はクスリと小さく笑いながら距離を詰めてきた。

 

「え、えぇ。もちろんですよ。私は結衣も弥生も愛し続けますとも」

 

 やはり結衣の顔立ちは整っていて、すぐに近くに顔があると同性の私もドギマギしてしまう。

 妙な緊張感を持て余しながら、私は立ち上がった。

 

「よし!結衣のリハビリも終わった事だしどこか遊びに行こう!」

 

「どうせイネスでしょ。付き合うわ」

 

「私ももちろん行くよ〜。私たち3人の友情は不滅だよ〜」

 

 不滅とはまた大袈裟に出たものだ。でも、不思議とそれに違和感は覚えなかった。

 3人並んで施設の外に出ると、まだ高い位置にある太陽が外の世界はようこそとばかりに私達にスポットライトを浴びせた。

 伸びた三つの影。その影は並んで同時に歩みを始める。

 そのうちの一つの影の中で何かが蠢いた。優しく、そっと1人の影を撫でる。貴女はこれからは大丈夫だと、そう言っているようだった。

 名残惜しそうにしながらも影は人知れずその姿を消した。ようやく自分の御役目が終わったのだと、初めてやり切ったと安堵の気持ちを大事に胸に抱えてーーーーーーー。

 

 郡千景の魂は光に溶けるようにしてその役目を終えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

〜エピローグ〜 

 

 初めて訪れる愛媛のみかん畑。もうそろそろ収穫の季節なのか、木々に実っている果実も世界をオレンジ色に染め上げている。

 木々を掻き分けて進むと、開けた場所に出た。オレンジ色の世界から澄んだ青色の世界へ。違うグラデーションで色づく世界は全くの別物に見えた。

 高台にあるここからは松山の街並みが一望できた。空気をたっぷりと肺に送り込むとほのかに柑橘系の香りがする。

 

「こんな近場でも来るのが高校生になってからなんて、やっぱりお父さんもお母さんも厳しいよ」

 

 愚痴をこぼしながら、私は目の前の美しい光景を目に焼き付ける。

 過去を生きた人もここでこの街を眺めて、自分がこの街を守るんだと言う気持ちになったのかもしれない。それほどまでに美しい景色だった。

 

「次は杏さんの通ってた場所を探さないと。300年前とかだし、もう無いかなあ」

 

 私がなんとなく呟くと、内側から「ええ!?」と驚きの声が聞こえてきた。それも当然のはずだと伝えるのだが、急に心が重たくなった。よっぽどショックだったのかも知れない。落ち込むのは良いが私も気分が落ち込むので常にハッピーでいてもらいたいものだ。

 行く前に休憩も兼ねてもう少しだけこの景色を眺めていようと座ろうとした所にスマホが震えた。取り出して画面を見るとそこにはデカデカと『友奈』と言う文字が浮かんでいる。私は思わず頬が綻んで、すぐに電話に出た。

 

「どうした〜?」

 

「お姉ちゃん今どこ?」

 

「お姉ちゃん今愛媛のみかん畑。景色が良くて休憩してるところ」

 

「良いな〜。私も行きたかった……」

 

「そう落ち込むなよマイシスター。また結衣に頼んでイネスでも連れて行ってもらいな」

 

「むー!お姉ちゃんは私の気持ちわかってなさすぎ」

 

 電話越しでも伝わる不機嫌さ。まだまだ小学生の可愛らしい妹の言動に私はクスッとなる。

 

「何言ってるんですか。お姉ちゃんほど友奈の事知ってる人いないぞ」

 

「ふん!お姉ちゃんより結衣お姉ちゃんと弥生お姉ちゃんの方が私のこと知ってるもん!」

 

「おおい!実の姉に言う言葉!?悪い子にはお土産買って行かないぞ」

 

「そ、それは困る」

 

 なんて現金な。

 

「とにかく!寂しいから早く帰ってきてね」

 

 なんだこの妹。私を尊さで殺したいのならそう言ってくれれば良いのに。大事な大事な妹に寂しいから早く帰ってきてねと言われて、慌てぬ姉などあるまい。

 

「それとお母さんが美月くんって子について教えろ。だって」

 

「はっはっはっ!ノーコメントで!お母さんに伝えといて。勝手に人の人間関係漁るなって」

 

「それ教えてたの結衣お姉ちゃんだよ」

 

「うわぁ。何も言えなくなっちゃった。とりあえずお土産は買って帰るから欲しいもの後で送っといてね」

 

「うん!それじゃあお姉ちゃん気をつけてね!」

 

 勢いよく電話を切ったのか、強いタップ音の後にツーツー。と切なそうな声を出す。痛かったろう。後でお姉ちゃんから物は大事にしなさいと言っておかねばならない。

 私は一度何となく3人で写った待ち受けを見てからスマホをズボンのポケットに杜撰に突っ込んだ。

 

「そろそろ行きますか。友奈、みかん好きだったっけな……」

 

 愛媛名物といえど高校生の私に鯛めしを買っていく力など無いので、そこら辺で爆売りしてるみかんかオレンジジュースでも買って行こう。

 地域特産品を知ってこそ社会を知る第一歩である。私の旅の主義だ。

 私はこのみかん畑近くの直売所で3つ購入すると、鼻歌を奏でながら坂を降りる。

 

「さて、次はどこに行こうかな」

 

 私の旅はまだ終わらない。勇者達の軌跡を辿り、失われた過去を取り戻しに行くのだ。

 

 そしてこの過程でいつか、これまで愛し続けた人と無限に続くであろう友情を大切に抱えて、また別の誰かの心を知って愛するのだろう。私にはそれがたまらなく楽しみで仕方がない。

 

 1人でも多くの人が、自身の持つ未来が晴れやかであると思えるように私たちは進み続ける。この先も、ずっとーーーーーーー。




2年ぶりにようやく書き終わりました!やっと自分なりにこの物語の落とし所を見つけれたと思ってます。
この章もようやく完結です。まだこの先も別の物語を展開するのか、短編集を書いていくのは考えているところです。
これからも応援のほどよろしくお願いします!!ありがとうございました!!
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