気軽に頭を空っぽにしてお楽しみください。
それではどうぞ!
唐突で悪いが、少しだけ俺の妄想に付き合ってもらうとしよう。
既に承知の通り、俺は元々神様であったらしく、時を司っていたとかなんとか。事実、俺は無意識に時間というものに介入し続け、並行世界と呼ばれるものを生み出していたらしく、それが原因で一時期は園子との殺し合いにも発展したわけだが。なかなかに厄介であると同時に、使い方次第では善にも悪にもできる。そんな能力に関して一つだけ気になる事があった。
俺は様々な時の『枝』を作り続けたわけで、その中には当然須美や園子、銀が勇者に選ばれない世界線もあったはずだ。
一体、その並行世界に辿り着くにはどんな確率をすり抜け続ければ良いのかという話に結局はなってしまうのだが、あり得なくはない。
ついつい想像してしまう。バーテックスの襲撃も無く、勇者というお役目に選ばれなかった彼女達の本当の意味での穏やかな時間。だけどその裏では別の誰かが戦っていたはずである。
今回はたった1人でバーテックスに立ち向かい続けた者の並行世界での物語だーーーーーーー。
ある日の昼下がり。
「晴哉。貴方に大切なお話をしないといけないの」
「大切な話?なにそれ」
この時、小学四年生だった俺は居間の椅子に座り、本を読んでいると母親に改まった態度でそう告げられた。
そんな改まった様子での大切なお話とはよっぽどの事なのかもしれない。そう思い、俺も居住いを正す。
「私たちに一人、家族が増えるの。それで、貴方にも伝えておこうと思って」
「それって、まさか?」
俺はようやく父親と母親の努力が身を結んだのかと嬉しくなった。きっと、二人の間に子供が出来たに違いないと。この時は思っていた。
そんな一人歩きの想像も次の母親の言葉によって打ち砕かれた。
「あはは、違うわよ晴哉。ちょっと複雑な理由でね、一人女の子を引き取る事にしたの」
俺は予想外の話に目をパチパチと何度も瞬かせる。ちょっと複雑な理由というものが気になりはするがそれ以上に、引き取ると来た。この家の人たちは俺の時といい、慈善事業でも行っているのだろうか。ちなみに俺は自分自身が引き取られた時の記憶はない。気づけば鷲尾晴哉とそう呼ばれていた。
俺のそんな疑問も他所に母親は話を続けた。
「それでその子の面倒を晴哉に見て欲しくて。年齢は一緒なんだけど、一ヶ月晴哉の方が生まれたのが早いから晴哉がお兄ちゃんね」
「要するに義理の妹って事?」
「そうなるわね。ただねえ…。私たち大人でもその子の心を癒してあげられるかはわからないのよね」
「……かなり訳あり?俺以上に」
「もうこれも伝えておこうかしら。その子の両親が事故で亡くなってしまってね。親戚も頼ろうと思えば頼れるみたいなんだけど、そこは私達のエゴね。権力乱用しちゃったわ」
珍しく茶目っ気たっぷりに舌をチラッと見せて、えへへという笑みを浮かべる母親を見て俺は絶句した。まさかこの両親に限って権力乱用などしようものはないと思っていたのに。よっぽどその女の子とやらが気に入ったのだろうか。
「何で唐突に…。というかいくら母さんと父さんでもそれは…」
「理由を求められても上手く答えられないわね。完全に感覚だったもの。この子は私たちが!って感じで」
「ええ……。まあ、いいや。あまり詮索したくないし。それでその子はいつ来るの?」
「今もうそこにいるわよ?」
「はあ!?」
指さされた方を見ると、黒い透き通るような髪を短く肩のあたりで切り揃えた女の子が静かに佇んでいた。その目にはまだ深い悲しみが宿っているように感じた。
俺は何度も母親と女の子を交互に見返す。
「もれなく早すぎない?」
「善は急げってやつよ。ほら、自己紹介でもしなさい」
俺は母親に促されるままにその女の子の前に向かった。
近づいてみてわかったが、肌はあまりにも白かった。透き通る髪と、白い肌。目はぱっちりとしていて鼻立ちも整っている。将来、美しい女性になる事を約束された彼女に俺は一瞬見惚れた。
見惚れるのもそこそこに一度軽く咳払いをしてから俺は自分の名を名乗る。
「鷲尾晴哉です。よろしく。えーっと……。ごめん。なんだっけ」
「東郷。いえ、鷲尾須美です。よろしくお願いします」
名前を言い直した彼女を見て俺は母親の方を見やる。引き取るのは良いのだが、本来の名を捨てさせたのかと俺はこの時少しだけ不快に感じていた。
ただ、母親の後でもう一度しっかりと説明するという目を見て一応この場は納得して収める事にした。
俺は改めて彼女に向き直る。そして右手を彼女に伸ばした。
「よろしくな。須美」
「………はい」
須美は俺の手を軽く取った。軽く握手をしてこれからの生活に少しばかり思いを馳せた。
しかし、それから一週間、俺は須美の姿を見ていない。
「父さん、須美はあれで大丈夫なの?」
須美がこの家に来てから一週間。彼女は部屋に篭り切ったままで俺はその姿を見てはいない。ただ、お風呂に行ったり、トイレに行ったりという最低限の生活はしているみたいだ。よくわからん。
「まだ心の整理ができていないんだろう。それに私達も、半ば無理矢理ここに連れてきてしまったわけだしな。選択を間違えてしまったかと、私も母さんも少し悩んでいるところだ」
「うん。少なくとも本人の意思に関係なく連れてくるのは間違いだったと思うよ。けれど…。変に何処かで嫌な思いをするよりはって思う。俺は」
ドラマの見過ぎかもしれないがこういう時、親戚の家に引き取られても嫌な思いしかしないというイメージがある。退廃的な考えなのかもしれないとは思う。ただ、この家でもそうなってしまうパターンもあるわけで、そこは俺たちの要努力なのだろう。
使用人さんに注いでもらった紅茶を啜りながら、どうしたものかと考えに耽る。
「ちなみに、東郷家と鷲尾家って何か関係があるの?」
「特にはない。本当に行き過ぎた善意という奴だ。気をつけなければそれは悪意にもなるのだな」
そう言って父親は眉間を軽く揉んだ。
名前の件も初めての顔合わせが済んだ後、説明された。学校がどうとか行政がどうとか難しい話をされ、どうにも納得せざるを得なかった記憶だ。事故の内容も聞いた。目の前で両親が撥ねられた。そんな光景を見たのなら外に出るのも怖くなるのもわかる気がした。
「ちょっと須美の所行ってくる」
気になった俺は父親に背を向けて、須美の部屋へと向かったのだった。
須美の部屋は俺の隣の部屋で作りはそう変わらない。はず。
とりあえず扉をノックする。今まではこうしても出てきてくれるのは半分と言った確率だったらしい。が、今日は珍しく須美はその姿を現した。何気に一週間ぶりである。
少し動揺した俺を気遣ってか、須美が俺に問う。
「どうしたの、晴哉さん」
「あ、ああ。須美の事が気になっただけだよ。元気かなって」
「元気……ではあると思います」
「そっか。それなら良かったよ。不便な事とかないか?」
「いえ。不便な事など一つも。皆さん、優しい人ばかりなので」
その優しい人に自分も入っていればいいなー。という微妙な願望を抱え、俺は話を続ける。
「須美はさ、好きな事とかないのか?」
「好きなこと…ですか?」
「好きなものでも何でもいいよ。俺さ、須美の事何も知らないから。折角形はどうあれ家族になったんだから少しずつでもいいから知って行こうと思って」
これは俺の紛れもない本心だった。ここ一週間、まともなコミニュケーションも取れなかった。彼女の心労も想像に難くない。それ故に、一気にではなく、一つ一つ聞いていこうと思った。
「逆に晴哉さんは好きな事とかはあるんですか?」
「え?俺?俺は…なんだろ。本を読むことは好きだよ。それ以外は特にないかな。あ!あと機械を弄ることくらいかな」
「本は何を読むんですか?」
「何でも読むかなあ。乱読派ってやつだね。ほぼメインは小説だけど」
「漫画は読まないんですね。なら、『嵐』とかは知らない…ですよね」
なんだその漫画。何処に売っているのかと少々気になる。内容もどんなものなのか想像つかない。これはチャンスなのでは?と俺は須美に提案してみた。
「須美が良ければさ、その漫画貸してくれないかな」
この時、一瞬だが悲しみに濡れた目が少し輝いた気がした。そして須美はズイッとその身を乗り出して俺の手に例の漫画を乗せる。
この子、もしかして準備していらっしゃった?
そう思うくらいのスピード間だった。
「それと須美。デリカシーがない発言するけどさ。俺には、須美の悲しみは多分理解できないと思う。どうしても理解したつもりになっちゃうと思うんだ。だから下手な事は何も言えない。けど、良ければさ明日か、明後日でもいいよ。一緒に学校行かないか?新しい環境で慣れない事もあるかもしれないけれど、そこは俺がちゃんとフォローする」
ダメかな。と須美の反応を窺う。
須美はそのまま俯いてしまった。下手な事言ったかなと猛省していると須美が何か小さい声で言った気がした。
「え?」
「私、横文字苦手なのでこれからはなるべく避けて貰えると助かります」
「あ、はい」
須美は好きなものではなく、苦手なものを答えてそのまま部屋に戻って行ってしまった。
結局のところ、結論はどちらなのだろうか。
「本当にどっちなんだ?」
俺は首を傾げながら、須美に手渡された謎の漫画。コミック『嵐』なるものを読むために隣の自分の部屋に戻ったのだった。
次の日、俺は寝不足の目を擦りながら玄関前で須美が来るのを待っていた。別に来なくてもいいと思っている。無理をされるのは俺はどうも苦手らしい。
昨夜は家に眠っていた一昔前の扇風機を分解していたせいで欠伸が止まらない。それに加えて須美から借りた本も読んだ為に気づけば深夜の二時を回っていた。何とも思想が偏りそうな本であったが故にインパクトは大きい。
何度目かな欠伸を噛み殺していると足音が近づいてきた。目の前には神樹館小学校の制服に身を包んだ須美が目の前にいた。
俺は思わずジロジロとその姿を見てしまう。
「あの、あまり見られると…。まだ、慣れてなくて」
「ああ、ごめん。えっと、似合ってるよ」
「ありがとう、ございます」
少しだけ頬を赤く染める須美を見て、自然に俺も笑みがこぼれた。
俺は須美に手を伸ばす。
「行こうか。一緒に」
須美は頷いて靴を履こうする。しかし、まだ外が怖いのか手が震えていた。悲惨な事故を目の前で見た、見せられた外に出るのは怖いに決まってる。俺はその震える手に上からそっと自らの手を重ねた。
「無理しなくていいよ。まだ機会はいつでもあるんだから」
「……いえ、行きます。この時を逃したら私、二度とここから出れなくなってしまいそうだから」
「そっか」
覚悟を決めた須美は何とか震える手を抑えながら靴を履く。俺はその様子を何も言わずに見守ったあと、玄関の扉を開けた。
須美は久しぶりの日差しを浴びて目を細める。
「眩しい……」
「あはは。それもそうだよ。あんな暗い場所にいたらさ」
「晴哉さん、馬鹿にしてますよね」
「馬鹿にはしてないよ。面白がってるだけだ」
「それ一緒ですよ。もういいです」
拗ねた様子でフイッとそっぽを向く姿がどうにも面白くて俺はまた笑った。須美は頬を膨らませながら俺に言う。
「晴哉さんは、よく笑いますよね」
「そうか?こんなものだと思うけど。もしかして笑い声が不快だった?」
「そんな事気にするなんて不思議な人ですね」
「いや、結構気にすると思うけど。おっと、授業遅れる」
俺は登校カバンを背負い直すと横に並んだ須美と共に学校に向けて歩き始めた。なるべく登校するのも車が少ない道を選んだので少々遠回りになってしまったが時間通り。いや、ぎりぎりに学校にはたどり着いた。
学校に着くと、須美は転校してきたと言う体になるらしく一度職員室に向かっていった。クラスは同じらしい。とりあえず一安心といったところだ。
何とか授業に間に合い、自分の席へと滑り込んだ疲れで俺は散歩終わりの犬みたいな様相で机に突っ伏していた。
「やあやあ、鷲尾さん所のハルヤくん。今日もお疲れのようだね」
「おはよう、銀。普通に挨拶してくれ。脳が焼き切れる」
同じクラスで最近よく話す隣の席の少女。三ノ輪銀は悪戯っぽい笑みを浮かべながら俺に「よっ」と片手を挙げる。俺も片手を挙げてそれに応じた。
「そういや今日転校生が来るみたいだよ。みんな噂してた。知らない子が職員室にいたって」
「へ、へー。そうなんだ。それは楽しみだ」
ちなみにそれ、俺の義理の妹なんですね。とは言えなかった。というか今の鷲尾家の家系図どうなってるんだろう。気になって仕方ない。
「ハルヤは見てないの?」
「あ、あー。チラッとね。チラッとは見たよ」
銀から目を逸らして苦笑いを浮かべた。銀も俺の不自然な行動に首を傾げた。
「まあいいや。そうだ!次の休み一緒に遊ぼうよ。イネス行こ!イネス!」
「ええ…。何で外出ないと行けないんだよ。しかも俺の家からイネスまで結構距離あるし」
何故休みの日に学校に行くのとほぼ同じ距離を往復せねばならないのやら。
「えー!いいじゃん、たまにはさ!園子も誘ってあるし、もう逃れられないぜ」
「ちゃんと予防線張ってるじゃねえか。仕方ないなあ。了解。何時集合?」
「駅前に朝10時の予定」
「はっや。起きれるかな……」
ちなみにどうして俺がこうもこの三ノ輪銀と仲が良いのか。席が隣というのは勿論だが、以前彼女が無くしものをした時に探すのを手伝ったという過去がある。ちなみに無くしたものが大切な弟から貰った石だという事で頭が大混乱した記憶だ。
校庭で無くすなよな!?と空に向かって吠えたようなないような。
ただ、その一件で銀との距離が近づいたのは間違いなかった。気づけば何かしら、やんややんやと言い合う仲になっていた。
「園子は園子で確かに起きれなさそう」
「そんな事ないよ〜。私、やればできる子だから〜」
「「うおお!?」」
地面からニョキっと生えてきた園子に俺と銀は勢いよく後ろに飛び退いた。俺は思わず声を上げる。
「きのこか!!」
「ハルスケ酷い〜。流石の幼馴染にもその言い方はないよ〜」
「誰が幼馴染だ。俺が園子に出会ったのはここニ、三年前だ」
一応ここでも園子との馴れ初めを。園子とは神樹館に入学した時に知り合った。とは言え、互いの親はこの国を治める大赦、神樹と呼ばれる神の集合体を崇める組織のお偉いさんでちょくちょく面識はあったのだが、正面切って話したのはこの時が初めてだったはずだ。
第一印象はのほほーんとした掴みどころのない少女だった。だが、時折鋭い的確なことを言うので、人は見た目によらないのだなあ。と言うことを身をもって知った。
銀よりは長い付き合いになるのか。ただ、幼馴染を名乗るのは無粋な気がする。
「それで、何の話だったっけ〜?」
「靴のサイズは27センチだよなって話だ」
「ハルヤ、意味わかんないよ。園子も何で頷いてるかアタシにはわからん。幼馴染で思い出した。ハルヤ、今日詩織は?」
「なーんにも聞いてない。って、ああ!!??」
そうだ。やらかした。今日は確か……。
「園子、今日何曜日!?」
「水曜日だよ〜。ああ〜。しおりんが起きられない日だね〜」
「OKありがとう。あいつは無視する」
しおりん事、夕霧詩織《ゆうぎりしおり》は俺の真の意味での幼馴染だ。本来、あまり人と接しようとしなかった俺の性格を大胆に曲げていった張本人で、こいつのせいで俺のボッチ・ザ・ライフは3歳の頃に終焉を迎えたと言っても過言ではない。感謝半分、恨みつらみ半分といった所か。
銀が詩織の謎の弱点を思い浮かべながら苦笑いする。
「水曜日だけ絶対に起きられないって意味がわからないよな」
「不思議な子だよね〜」
「多分、園子だけには言われたくないと思う」
銀の的確なツッコミに俺は吹き出した。実際、その通りだと思う。園子ほど変わった人を俺は見たことがない。
一度会話にキリがついたちょうど良いタイミングで担任教師が教室に入ってきた。担任教師の挨拶に皆、真面目に挨拶を返す。
俺も神樹がどうこうの前に一人間としてしっかりと挨拶は返した。
やっぱり人間こうじゃないとね!挨拶しない人とか頭どうかしている。聞いているか?並行世界の俺!!
「並行世界って、何言ってんだ」
「アタシは訳のわからない事を言ってるハルヤの方が怖い」
「ボクも怖いよ。晴哉、ボクは遅刻しそうだったんだけど、どうしてくれるんだい?安芸先生怖いんだよ?」
「!!!???」
俺はバッ!と音が出るレベルで後ろを振り返った。そこにはしゃがんでその姿を隠そうとする幼馴染の姿があった。
遅刻したと言う割には長い髪をハーフアップにしてバッチリ決めてきている。園子にこの髪型を教えてもらってからこいつ、この髪型しかしてねえな。ちょっと前まで第一人称がボクだから髪を短くしようとか言ってた割には気に入っているんですね……。しかもこれまたバッチリ園子からもらったリボン付けてるし。気に入りすぎでしょ。
「あまり後ろ見ないでよ。バレるじゃん」
「知らん。白状しろ。あと、既にバレてる」
「えっ?」
俺の肩越しにひょこっと顔を覗かせるとガッチリ安芸先生と視線が噛み合ったのか数秒見つめ合った後、再び俺の背中に隠れた。
「よかったバレてない」
「俺はお前のことを相当馬鹿だと思う。早く席に行け」
詩織は「後で覚えてろよ…」という捨て台詞を吐いて前から二番目の列の自分の席にトボトボと歩いていった。
「夕霧さん、次は遅刻しないように」
クラス中が笑いに包まれる。一連のお笑いのような事が繰り広げられた後なら尚更だった。俺は目だけで詩織に謝罪の念を送っておいた。多分これで許されるだろう。知らんけど。
笑い声もひと段落した所で安芸先生からお知らせがあると知らされ、クラスが再びざわつく。大体、みんな想像はついているのだろう。先程も銀が言っていたし、案外こう言う情報は伝わりやすいのかもしれない。
「入っていいわよ」
安芸先生が廊下にいる人物に声をかける。
緊張した足取りで須美が教室に足を踏み入れた。
「わ、鷲尾須美です。よろしくお願いします」
須美が緊張しながらも丁寧な挨拶をして、礼をする。普通ならばここで拍手でも起きて良いものなのにクラス全員の視線は俺の方を向いていた。
須美も「あれ?」と表情がだんだん不安そうなものに変わって行っていた。
「………俺の妹、です」
大人しく観念する。数秒の沈黙の後、クラス中が弾けた。いくら育ちがよく、物事のメリハリが付いている彼ら彼女らもこの事には大層驚いたらしかった。
今日はよく教室が混沌な状況になるなあ。としみじみと他人事のように俺は感じたのだった。
お昼の休憩時間に入り、俺の一つ前の席の須美はクラスメイト達から質問攻めにあっていた。
そして俺もその煽りを受けている最中だ。詩織から胸ぐらを掴まれ「お前どないなっとるんや」と無理矢理説明を求められている。
「いや、だからな。妹だって」
「ボクが何度、晴哉の家に行ったかわかってるのかい?」
「お前とことん俺に敵対してくるな!?」
ダメだ。この女、まともに話を聞こうともしない。いや、聞こうとしていないのはこちらか。
「は、晴哉さん。助けて…」
俺が詩織と話していると涙目の須美が俺の目の前に立っていた。
何というか、こう、俺は庇護欲がそそられるというか。不思議な気持ちに襲われた。
というより須美に色々とそのままのテンションでクラスメイトが聞いてしまったのだろう。
俺はため息をついてから須美の手を取って教室の外に向かって歩き出す。
「詩織、あとは任せた。頑張れよ。学級委員長さん」
「仕方ないなあ。貸し一つね」
俺はヒラヒラと手を振ってその場を後にした。戻ってくる頃にはこのボルテージも下がっていると願おう。
「あの、晴哉さん。何処に」
「まだ全然この学校の事わからないだろ?案内しようと思ってな。あと数十分で出来るかはわからないけどね」
俺は須美から手を離し、歩調を須美に合わせる。俺の歩調はどうにも速いらしく、銀や詩織にちょくちょく文句を言われる。その反省も踏まえて須美にはなるべく合わせるように努力した。
家庭科室や図工室を紹介しつつ校舎内を歩いていると須美が突然感謝の言葉を述べた。
「あの、ありがとうございます」
「ん?何が?」
「私の気持ちを汲み取ってくれて」
「普通だろ?クラスの皆も悪気があって言ってたわけじゃないからそれは知っておいて欲しいかな」
「ちょっと驚きはしましたけど、今はもう大丈夫です。それに、悪い人たちではないのは見てればわかりますから」
「そっか。それとさ、良ければなんだけど…。敬語、じゃなくて普通にタメ口で話さないか?あ、いや。敬語のままがいいなら強要はしないよ。良ければだ」
俺が慌てふためいて情けなく予防線を張りまくる様子を見て、須美は小さく吹き出した。
「そうですね。確かに私たち同い年ですし。ちょっと待っててください…。よし、これでいいわね」
「おおう。急に雰囲気変わるな」
敬語をやめた瞬間、先程まで弱々しかった須美とはイメージがかけ離れて厳しい、真面目な雰囲気へと変化した。顔も先程と違ってキリッとしている。
「もしかして演技してた?」
「全然そんな事はないわ。困っていたのは事実よ」
「多重人格?」
「晴哉さんってそう言う怪異って信じる性質なの?」
「信じないけど信じたくなりそうだよ。というか何?怪異って」
よくわからないがオカルトと言いたいのかもしれない。もう少し他の言い方があろうに。
「まあ、いいや。この方が面白いし。あと、俺の事名前で呼ぶのはやめた方がいいかもね」
「なら、何と呼べばいいのかしら。兄さん?はなんだかかしこまり過ぎてる気がするし」
「晴哉さんは他人行儀すぎるしなあ。かと言ってお兄ちゃんは俺が気恥ずかしい」
二人して歩きながら唸る。仮に今回のように須美と家族になった世界線の俺は須美に何と呼ばせているのだろうか。
「やっぱり暫くは晴哉さんの方がしっくりくるわ」
「そうだな。須美が呼びやすい様に呼ぶのが正しいよ」
これでもとりあえずは一歩前進したのではないだろうか。
先週の絶望的な状況に比べれば一歩どころではないのかもしれない。案外、須美も車の音が聞こえなければ特に怖がった様子を見せる事もない。行きは少々苦労したが、長々と話すことでもない。
「戻るか」
「ええ。そうしましょう」
須美が柔らかく笑ったのを見てから俺たちは教室へと戻った。案の定、先程まで俺に対し敬語だった須美が突然のタメ口になっていたのは皆驚いていたが追求はしなかった。それから須美にどうして今になってここに来たのかを聞く人もいなくなった。
斜め前の詩織を見ると親指をグッと立てていて、その爽やかすぎる笑顔に逆にイラッとしながら俺は有能な幼馴染に感謝をした。
放課後になり、俺は図書館に残って勉強に取り組んでいた。どうにも苦手な数学が出来るようにならず、何とかできるようにならないかと誠心誠意取り組んでいる訳なんだが。
「いや、だからさ。何で二人同時に出ていかねえんだよ。目的地一緒だろ。兄弟仲良く映画見ろよ」
案の定、例の文句を垂れ流しながら頭を抱える。
須美は途中までは付き合うと言ってくれていたのだが、色々環境の変化もあり疲れているかもしれないと思い、使用人さんに迎えに来てもらった。
須美の代わりに俺の隣には例の幼馴染。詩織がいる。
「あのさ、詩織。お前、何かに対抗心燃やしてないと死ぬ病気なん?」
「何で?」
「それ、今日園子が無意識に解いてた超絶難問だろ。身の丈を知った方が身のためだぜ?」
「ボクだってやれると思ったからやってるだけさ。生憎、晴哉ほどボクの頭は弱くないからね」
「作用ですか」
俺は再びシャープペンシルを手に持ち、別の計算式を解いていく。どれも小学生の初歩的なものだが舐めてはならない。ここで基礎能力を身につけられなかった場合、後々本当に困る事になる。気がする。
そんな基礎でごちゃごちゃ言っている俺とは対照的に隣の厄介人は凄まじい勢いで式を組み立て、解答を叩き出してしまった。
いや、お前それ連立方程式って中学の範囲やんけ。人生何回目や。
詩織の様子に呆れ、気がつくと時計は五時を回っていた。良い子は帰宅する時間。それは神樹関係なく昔から言われている一種の風習だ。
「帰るか」
「今日も晴哉の家寄っていい?」
「自分の家帰れよ。あるだろ」
「あるけど狭いもん」
「なんて理由だ」
こいつ、そんな理由でちょくちょく鷲尾家に来ていたのか。そう言えば、何で俺こいつとこんなに仲良くなったんだっけ。
「晴哉がボクをお嫁さんにするって言ったからだよ」
「そんな事一言も言った記憶はない。しかも人の考えを勝手に読むな」
「言われた方って結構覚えてるものだよ?」
「冗談だろ?」
「冗談だよ」
すんなりと冗談である事を認め、詩織は上機嫌に階段を降りていく。俺はその後を追いかけ、階段を降りるごとにテンションが下り気味になっていった。
「今日は驚いたよ。まさか突然こんな事が起きるものなんだね」
「特殊も特殊だろ。それと、助かったよ。須美が嫌な思いをせずに済んだ」
「あのくらい朝飯前よ。ボクくらいの可愛い女の子がやめてって涙目で言えば皆んなイチコロさ」
「今日は冗談結構きつい日なんだな」
「晴哉もいつもに増して舌が良く回るようだね。引っこ抜いてあげようか」
「痛そうだからやめてくれ」
俺は恐怖心から少し詩織と距離を取りながらも歩調を合わせる。
「今日は合わせてくれるんだ」
「何だったら今すぐ早足で帰りたいよ。舌を抜かれたらたまったものじゃない」
「冗談を冗談として受け取れないとは、まだまだ二流三流だね」
「はいはい。一生俺は三流ですよ」
雑に詩織を受け流しているといつの間にか二人の家に向かうための分岐点に来ていた。
いつもならここで「またね」と言って別れる所なのだが、今日の詩織は一度立ち止まった。
「ねえ、晴哉。今ボクがそちら側に行けばどうなるのかな」
「はあ?何の話だ。少なくとも俺の家に来るだけだろ」
「そう言う可能性があるって言う話でしょ?ならさ、あらゆる選択の末にボクがいない世界ってのもあるのかな」
「急に高度な話を持ちかけてくるよな、お前」
こうなった詩織には真面目そうに適当な思いつきを言うに限る。無駄に天才で秀才で尚且つ好奇心旺盛。不思議な事が大好きな人だ。
「所詮、選択っていうのは可能性の塊みたいなものだし、それこそ過去に遡れば遡るほどその傾向は強くなるだろ?なら、何処かの分岐点でお前の母親と父親が出会わない可能性を探ればお前がいない世界ってのもあるだろうよ」
「そう言う晴哉も小学生とは思えない返答をしてくれてボクは嬉しいよ」
「こっちのセリフだ。ともかく、そんな訳の分からない事考える前に家に帰れ。暗くなる」
それもそうだね。と俺と詩織は別れた。詩織が真っ直ぐ帰ったのを見届けてから俺は自分の帰路についた。
家に辿り着くと既に夕飯が用意されていた。時計を見ると既に七時を回っていた。それは外が完全に暗くなる訳ですわ。と納得。
「遅かったな。晴哉」
「ごめん、父さん。詩織を送って行ってたんだ。それと、ちょっと寄り道をしてた」
説明するより見せた方が早いと思い、俺は途中で商店街の方まで出向き、寄り道をして買ってきたぼた餅を須美の目の前に差し出した。
「和菓子、好きだろ?」
「私、そんな話したかしら」
「クラスの人との会話を盗み聞きしてただけだよ。疲れたと思うし、今日は俺が無理矢理学校まで引っ張り出したわけだし、そのお礼」
「あ、ありがとう。晴哉さん」
とは言え所詮小学生のお小遣いでは上等なものなど買えず、安上がりになってしまった事だけはお詫びを申し上げたい。
意味が違うかもしれないがお茶でも入れて、味が不快であれば濁して欲しい所である。
俺は一方的に渡し終えると、自室に戻り部屋着に着替えて再び居間に戻って来た。父親はまだ何か言いたそうだったが、母親が嗜めたのと須美の嬉しそうな顔を見て言うのをやめたみたいだった。
俺としては怒ってくれている間は気にかけてくれている証拠なので別に怒られるのは理不尽な事以外は受け入れている。特に何か言われても嫌な気分になる事はない。
「いただきます」
手を合わせ、食材たちに感謝してから料理に手をつける。
いつも通りの美味しさに俺はあっという間に料理を平らげた。
再度ご馳走様。と手を合わせてから俺は家の外に出る。鷲尾家の庭は広く、明かりがあまり漏れてこないので星が見やすい。俺は芝生に寝転がって空を見上げた。
一際大きく輝く二つの星。確か、デネブとスピカというのだったか。あまり詳しくないので下手な知識は披露しない方が身のためな気がして来た。
星を観測するのは諦め、普通に目を閉じる。
「須美が来てからまだ一週間か。ましてや学校に行ったの今日が初めてだし。早いのか短いのかわかんないなあ」
今日一日にあった事の濃度が高過ぎたせいで何日も同じような生活をしていたような気に囚われた。
最初のうちは外に出ることを怖がっていた須美も次第に緊張もしなくなり、普通に生活が出来ていた所を見ると安心できた自分がいた。
須美も友達はともかく、クラスの雰囲気には慣れてくれた気がするし、明日からは大丈夫だろう。
そんな事を考え、明日からの生活に期待を膨らませていると隣に置いておいた携帯端末が震えた。相手はまさかのスパムメール。
苛ついた俺はメールの着信機能をオフにしたのだった。
それからまた二週間近くが経った。
須美は最初の方こそ、玄関の向こう側に行くのを躊躇っていたが、次第にその躊躇いもなくなり学校にスムーズに行けるようになった。
ただ、どうにも次の課題が現れたようである。
「私、友達の作り方がわからないの」
真面目な顔でそう告白された時はついつい吹き出して須美の不況を買った。それでも少しは役に立とうと様々な提案をしたわけなのだが、須美はどれも上手くいかなかったようで酷く落ち込んでいた。
先程もパソコンで何やら調べ物をしていた。履歴というシステムをまだ知らないのかコソッと覗いた瞬間、俺は目から涙が出て来そうになった。
そのあと、戻ってきた須美にボッコボコに。それはもう暫く立ち上がれないくらいにはボロボロにされた。それ以降、須美のパソコンに対する知識量は格段に上がっていた。明らかに履歴だけ消す方法を覚えれば良かったのにサイバー攻撃対策すら身につけてきた時には正気を疑った。
休日に、俺と須美は行儀良く朝食を食べながら少し悲しい会話に花を咲かせた。
「晴哉さんはどうやったの?」
「俺は、どちらかと言えば周りに助けられたかもな。あれ?そういや、銀と園子、詩織と話したか?」
「夕霧さんは少しだけ初日に。乃木さんと三ノ輪さんはまだ全然話せていないわね。一言、二言言葉を交わしただけかしら」
少し前、イネスで遊んだ時は俺と銀、園子の三人でその場に須美はいなかった。まだ心の整理もできていないかと誘う事はしなかったのだが、次は一緒に行くのも悪くない。いや、行こう。
「銀と園子は逆に須美と話したがってたから今日話しかけてみたらどうだ?」
「声のかけ方がわからないのよ」
「かなり重症なご様子で」
「晴哉さん、私に近い分類の人だと思ってたわ」
「なんつーこと言うんだ。いや、近く遠い存在かもな。須美は真面目過ぎてちょっとみんなに距離を取られ、俺は不真面目すぎた故に距離を取られ、自分からも距離をとりそうだ」
「でも、晴哉さんはそうはならなかったのよね。私から見ても晴哉さん、不真面目には見えないし」
「完全にあの馬鹿げた幼馴染のせいだよ。あいつが居たかどうかで完全に俺の人生が変わってる」
大袈裟かもしれないがそれは紛れもない事実だろう。小さい頃、本ばかり読んで引きこもりがちだった俺を詩織は外に無理矢理連れ出した。
たくさん遊んだ。虫取りだってしたし、二人で隠れん坊したり、大人数で鬼ごっこをしたりした。一緒にプールに行ったりもした。思い出せばかなりの確率であの女が隣にいる。
「晴哉さんは夕霧さんの事になると嬉しそうに話すわよね」
「そうか?」
「そうよ」
フイッとそっぽを向く須美に首を傾げながら俺は紅茶のカップに口をつけた。
「そう言えば、昨日くらいに庭に何か設営されてたんだけど。あれ何?」
「私がお母様とお父様に水浴びする場所が欲しいって言ったら直ぐに用意してくれたわ。…少し申し訳ないけど」
「気にする必要はないと思うけど。どうしてまた水浴び」
「気が引き締まるのよ?晴哉さんもやってみる?」
「興味はあるな。いつやってるんだ?」
「基本的には朝よ。早朝にやると一日頑張ろうって思えるわ」
再びそんな事もあるのかと思いながら俺は紅茶のカップに口をつける。紅茶はこの一瞬でぬるくなっていた。
会話もひと段落したいいタイミングで俺の携帯が着信を知らせる。
またスパムメールか?と思いながら見てみると相手は銀だった。
『ハルヤ、イネス行こう!今すぐ駅前集合ね!』
あのお方、俺が一生暇だと思ってるよね。暇だけどさ。
少しは日程を聞くなり何なりしてほしい所ではある。用事とかないけどさ。
俺は『了解。すぐ行く』とだけ返して携帯を横に置いた。
「誰?」
「件の三ノ輪銀さんだよ。多分、園子も来ると思うし須美も行かないか?多分銀のやつ、須美込みの話してるし」
「行ってもいいのかしら。私」
「急に現れたからと言って仲間外れにする人たちではないし、大丈夫」
不安そうな須美を置いて俺は身支度を整えに部屋に戻る。ある程度、他人の前に出れそうな格好だけして部屋を出た。
須美も準備を手早く済ませたのか俺より先に玄関前で待っていた。
「早いな」
「どうしたらいいかわからなくて。このまま行こうかなと」
「全然大丈夫だと思うぞ。さっきまでの俺みたいに部屋着ではなかったんだし」
一度詩織と出かけた際、あまりの服装の酷さにやんややんやと言われてからはある程度整えるようにしている。ただ小4なんだし、背伸びしすぎるのも身体が痒い。
「行こっか」
「ええ。行きましょう」
俺と須美は玄関から出て、広い庭を進んだあと、正門から出る。とりあえず交通手段は徒歩あるいはバスなのだが、須美の提案で徒歩を選択した。
割りかし距離があるが学校に行くくらいの距離だと思えば大して距離は感じない。
子供の足でも大体二十分ほどで集合場所の駅前にはたどり着いた。
「居ないやんけ」
誘ってくれた張本人、三ノ輪銀が何故か時間になっても来なかった。事故にでもあったのだろうか。そう思うと物凄く心配になってきた。
公園に設置されている時計を見ると既に十分ほど集合時間から遅れている。
「あれ?もしかして俺が間違えた?」
不安になり、携帯端末のメッセージアプリを開き、先程の内容を確認する。やはり何度見てもそこには『今すぐ』と書かれており、尚更銀に何かあったのではないかと不安になった。
須美は須美で「遅い…。三ノ輪さん遅い…」と眉をぴくぴく動かしていた。須美と何処か行く時は時間守ろう。その方が良さそうだ。
それからまた数分後、ようやく銀は姿を見せた。
「何してたんだ?やけにボロボロだけど」
「あはは。ちょっとね。あ、鷲尾さんおはよう!」
「おはようございます。三ノ輪さん」
須美は銀の濁した言葉に首を傾げたが、俺はその理由は直ぐに察した。つまるところ、また何かに巻き込まれたのだろう。以前共に歩いている時に男性が自転車で転んだらしく倒れていて、救急車を呼んだのだがその救急車は到着と同時にパンクを引き起こした。と言う事もあったし、今日は逃げ出した犬でも捕まえに行っていたのだろう。
走ってきたからか、肩で息をし、ようやく呼吸を整えると辺りを見渡して次は銀が首を傾げた。
「あれ?園子は?」
「はい?来てないけど」
俺も辺りを見渡す。その姿は案外直ぐに見つけられた。
園子は木陰のベンチでうとうとと船を漕いでいた。いつか誘拐されるぞあの子。
園子を起こすために近づくと何やら寝言を繰り返していた。
「鷲尾さん…スミスケはワッシーナ…。わっしー…。むにゃ…」
「だとよスミスケ」
「嫌よ。その呼び方」
即座にバッサリとスミスケと言う呼び名は園子の知らぬところで切り捨てられた。
「わっしー…。えへへ。私の事はそのっちでいいよ…。むにゃ…」
「らしいぞ」
「わっしーは良いけれど…。そのっちはまだ呼びにくいわ」
結論、須美の園子の中での呼び名はわっしーに決まったようだった。そしてもれなく園子の夢の中ではかなりこの二人、仲がよろしいようだ。
銀が園子の肩を軽く揺らす。そうするとようやく園子は眠たそうにゆっくりとその瞼を開いた。
「あ〜、みのさんだ〜。おはよう〜」
「待たせてごめんな、園子。あと、こんな場所で寝てると風邪ひくぞ」
園子の頭を撫でる銀。園子は嬉しそうに目を細めた。
園子は頭を撫でられながら、須美の事を視認したのか目をぱあっと輝かせて須美に詰め寄ると須美の手を取った。
「わっしー来てくれたんだね〜!さっきまで見てた夢にわっしーが出て来てたからとっても嬉しいんよ〜!」
「は、はあ。ありがとうございます?」
ブンブンと手を上下に振る園子に須美は相変わらず戸惑いの表情を浮かべていた。
現実でも園子の中で須美はわっしーと言う呼び名で固定されているようだった。須美もどうやら諦めたようだ。
「鷲尾さん、アタシのことも銀でいいよ。折角こうして出会えたんだからさ、仲良く行こうよ」
「あ、ありがとう。ぎ…三ノ輪、さん」
須美は名前を呼ぼうとしたのだが、途中で諦めてしまった。顔を赤くして俯いているのを見るに余程慣れていないのか。まあ、その内になれるだろうと希望的観測をしておこう。
銀もありゃ?とずっこけていたが最終的には嬉しそうに頷いていた。
「みのさん抜け駆けはずるいよ〜。わっしー、私の事はそのっちでいいからね〜。はい!コールミーそのっち!」
「ええ!?そ、そのっ…。ごめんなさい。まだ私…無理そう…です」
「ありゃりゃ〜。それもそうだよね〜。わっしー、これからもっと仲良くなろうね。慣れてからでいいよ〜」
須美は小さくコクリと頷いた。
この二人、若干距離感がバグってはいるがいい人であるのは須美もわかったようだった。
「よーし、揃ったから行こっか!レッツイネス!」
「いえーい!ナイスイネス〜!」
「は、ハイテンションね。二人とも」
銀を先頭に園子と須美がその後を追う。自然と園子が銀との和に須美を入れてくれたおかげで須美もこの一瞬の間に緊張が解けていた。
俺も三人を追いかける形でイネスの中へと足を踏み入れた。
さてさて、ここで一度だけ時を先に進めようと思う。
進める先は…どこの辺りがいいだろうか。
そうだな。あの三人が親友と呼ばれる関係性に発展するところまで進めようかな。
二年後の六年生春あたりへ。