花を咲かせ、未来に繋ぐ [加筆修正中]   作:まんじゅう卍

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ノーユウシャ・ノーライフ(中)

 気づけば俺たちは小学六年生へと進級していた。特にここまで何かがあったわけでもなく、何かに任じられる事もなく平穏無事に自らの暮らしを謳歌している最中だ。

 今日も今日とて俺は部屋に籠って書物を読み漁っているわけなのだが、目の前に、というか膝の上に居座っているこの邪魔者をどうにかならないかと思考を巡らしていた。

 

「あのですね。詩織さんや」

 

「なんだい?ボクの幼馴染さんよ」

 

「お前、その称号誇示するの好きだな。それはいいとして、何故膝に乗ってる……」

 

 ご存知の通り、何故幼馴染となったかわからない少女。夕霧詩織は何故か、俺の膝の上に座り俺が須美から借りた例の漫画。コミック『嵐』の最新刊を読み漁っている。そしてここ最近詩織は頻繁に授業中、姿を眩ます謎の少女へと扱いが昇華していた。

 俺がジト目で抵抗の意を示すと詩織はいつもの調子で屁理屈をこねくり回した。

 

「別にいいじゃないか。ボクは座る場所が欲しかっただけさ。晴哉の部屋は椅子が一つしか無いしね」

 

 俺が座っているのは一人用のソファだ。父親にくれよとねだったらまさかのOK。座り心地も良く、俺の宝物の一つになりつつあった。

 

「座るところなんて沢山あるだろ。床とか。もしくはベッド」

 

「スカートを履いてる女の子に床に座れと言うのかい?お尻が冷えちゃうじゃないか。それと晴哉は中々に積極的なんだね」

 

 イラッとしながらも俺はチラリと詩織の今日の服装を見る。白いワンピースに身を包み、見かけ状は清楚そのもの。なのだが…。言葉に詰まった。この服装なら確かに仕方がない……。のか?

 数秒の思考。

 

(な訳あるかいな!)

 

 一瞬、認めてしまそうになってしまった自分の愚かさを呪うかのように頭をブンブンと振った。しかもこいつ、スカートとか言ったけどワンピースなら話は変わってくる。

 

「ボクは晴哉の膝の上に乗れて嬉しいよ?」

 

「俺が嬉しくないんだ。片思いは敗北と一緒だ。諦めて降りてくれ」

 

「嫌だね」

 

 ドヤ顔で拒否る詩織を見て、俺も謎の闘争心が湧いて出てきた。本を閉じて、詩織の横腹を軽くつつく。すると詩織は「ひゃあ!?」とやけに女の子らしい声を上げて飛び退いた。

「ひ、卑怯だぞ!?ボクの弱点を知って上で攻撃するとは!」

 

「乗ってくるお前が悪い」

 

「最初だって晴哉もまんざらじゃなかったろ!?」

 

「おま、人聞きの悪い事を!座っていい?って聞かれたから床かと思って頷いただけだ!」

 

「何をー!」

 

「こっちの台詞だ!」

 

 俺と詩織の不毛な言い争いは隣の部屋まで聞こえていたのか、部屋の扉がノックされ、須美が扉を開けて部屋に入ってきた。

 

「兄さん、うるさい」

 

 須美の表情はかなり不満気であった。出会った当初はこれからの生活に不安を抱えていたからか、おどおどとした態度が目立っていたが、今ではキリッとしたthe真面目ちゃんへと昇華していた。学校でもいつの間にか俺を抜き去り、学年でもかなり優秀で先生からの信頼も厚い生徒へとなっていたのだった。

 呼び方も「晴哉さん」から「兄さん」に変化した。これに関しては俺としてはちょっと嬉しかったりもする。

 

「兄さんと詩織はもう少し落ち着いてもいいと思うわ」

 

「ボクは学校ではそこまでだと思うけど」

 

「そんな事ないわよ」

 

 バッサリ切り捨てられた詩織は肩をガックリと落とした。本人も色々と思い当たる節があるからかそれ以上は否定しなかった。

 

「俺は詩織よりは間違いなくマシだと思う」

 

「兄さんは銀とトラブルを引き起こしすぎよ」

 

「あればっかりはどうしようもないだろ」

 

 神樹館の二大トラブルメーカーといえば鷲尾晴哉と三ノ輪銀を差し置いて右に出るものはないとまで言われている。

 二人が一緒に行動していれば基本何かが起きる。最早神樹館の七不思議に加えられるレベルになっていた。

 遂には須美の矛先は園子にまで向いた。

 

「そのっちは…。いつも寝てるわね。あれで成績がいいのだから不思議よね。しかも発想力も豊かだから感服せざるを得ないわ」

 

 須美は園子だけは手放しに誉めていた。園子が直接聞いたら嬉しくて飛び上がってそうだ。

 

「須美は脳内ガッチガチだもんな」

 

「…私の悪いところだとは思ってるわよ」

 

 シュンとしてしまった須美を見て唐突に申し訳がない気持ちでいっぱいになった。そこまで悩んでいるとは思いもよらない。

 

「まあ、それも須美の良いところって事で」

 

「無理矢理まとめられた気がするけど…」

 

 須美は不服なのか複雑そうな表情を浮かべていた。俺は須美を横目に本を本棚に戻す。俺の様子を見て詩織は首を傾げた。

 

「なんで本、しまうの?」

 

「なんでって。これから出かけるからだけど」

 

「ボク、そんな話聞いてないよ?」

 

「何でもかんでも予定を教えるわけないだろ……」

 

 俺は呆れ成分100%のため息を吐く。そもそもの話、勝手に人の予定も聞かずに家に上がって来たのはどっちだ。という話になる。

 

「ちなみに聞くけど何処にいくの?ああ、勿論今日はボクが悪いから大人しく帰るさ。ちょっと気になって」

 

「お使いよ。お母様とお父様にお願いされてね」

 

 俺の代わりに須美が答える。俺もそういう事。と頷いておいた。

 

「銀ちゃんといい、皆んな自立してるんだね。ボクも見習わないと。それならボクは早いところ退散するよ。ありがとうね、晴哉。ボクの暇つぶしに付き合ってくれて」

 

「気をつけて帰れよ」

 

 詩織は帰ると決めた後は早かった。気がつけば手を振って別れており、部屋には俺と須美だけが取り残された。

 

「詩織って一体何者?」

 

「俺に聞かれても困る」

 

 そんな会話をしながら、俺と須美は玄関をくぐり、外へと出た。会話に花を咲かせつつお使いをこなしていく。ただ、お使いと言っても簡単なもので特に困ることもなく、滞りなく俺たちは任務を遂行したのだった。

 

 

 

 

 季節は春を超え、夏になっていた。

 今日も今日とて俺たちは真面目に勉学に努めている訳なのだが、休憩時間中は至って普通の小学生になる。話したりもするし、騒いだりもする。

 いつものように俺は銀と園子と須美と談笑していた。

 一応、保険のために言っておくが男友達がいないわけではない。これは前も言った気がするが何処かの誰かさんのせいで、俺は無駄にコミュニケーション能力を高めてしまったらしく、クラス全員とはそれなりに仲がいい。一緒に昼休みにサッカーをしたりもする。ただ、自然と比較的一緒にいる時間がこの三人が多くなってしまうのだから仕方がない。

 俺は一体、何に対して言い訳をしているのだろうか。

 

「ハルヤはどうする?」

 

「んぁ!?な、何をさ」

 

 突然銀に話を振られ、変な声が出る。というか、なんの話をしていたのだったか。記憶に全くない。

「来週の休みにアタシの親戚が経営してる喫茶店でお手伝いしない?って話。アタシは毎年やってるんだけど」

 

「あ、ああ。そうだったな。そんな話だったな。俺はいつでも暇だからやりたいかも。面白そうだし」

 

「絶対聞いてなかったよね。まあいいや。須美も園子もハルヤも来るって事を伝えておくよ」

 

 俺の知らないところで既に二人は快諾していたらしかった。接客とかをするのだろうか。自分もそうだが、須美と園子が接客している姿とか想像がつかん。

 

「ハルスケの接客面白そう〜」

 

「そのっちの方が私は心配よ。ボーッとしてお水とかこぼしてそう」

 

「流石にそんな事はしないよ〜。もう少し私のこと信用してよ、わっしー」

 

 早くもお手伝いの事を想像したのか会話は自然とそちら側に寄って行った。楽しそうに話す三人を俺は少し遠巻きに見る。

 

「不思議だ…」

 

 人の関係というのは不可解なもので、特にこれといった事がなかったにも関わらず、あの三人は仲良くなっている。いや、何か大きい事が起きないと関係が発展しないなどという考えは間違いなのかもしれない。

 どんな形であれ、三人はこうして出会う運命にあるのだろう。

 何故こんな事を思ったのかはわからない。

 

「ハルヤは園子と別ベクトルで心配だよ。お客さんに水投げないか、アタシは心配だね」

 

「する訳ないだろ…。多分」

 

 銀にいらない心配をされ、俺はこれでもかと不服そうな目を向けておいた。

 そして直ぐに銀との約束した日がやってきた。

 

 

 

 

 お手伝い初日。日程は土曜日と日曜日の二日間で、朝からお店は大繁盛だった。正直失礼だが、ここまで人気のある店だとは誰が想像しただろうか。

 一応、お店からも小学生が社会体験も兼ねてお手伝いをしているという旨を伝えておいてくれたからか、お客さんの反応も頑張ってね。というものが多い。それに感謝しながら俺はテキパキとなるべくお客さんに不快にならない程度の接客を心がけた。

 

「ご注文はお決まりでしょうか?」

 

「えーっと、それなら…」

 

 お客さんからオーダーを取った後はそれをキッチンの方に伝えて、次は出来上がった料理や飲み物を指定された席へと運ぶ。

 大変ではあるが、混乱する程でもなかった。俺は機械、俺は機械と自分に言い聞かせれば事は早い。須美もあたふたとしながらも何とか形にはなっていた。

 意外にも苦戦していたのは園子だった。

 

「お嬢ちゃん。ごめんね。それは多分別の席の人のだと思うな」

 

「わ!本当だ〜!すみません〜!」

 

 わ〜。と園子は若干涙目になりながら同じところを行ったり来たりを繰り返していた。

 お客さんも良い人ばかりで文句などは一切付ける事はなかった。

 銀も途中まではサポートしていたのだが、途中からは普通に働き出してしまっていた。小さい頃から手伝っていたという事もあって手慣れている。

 俺は銀の代わりに園子の下へと駆け寄った。

 

「大丈夫か?」

 

「なんだかもうごちゃごちゃになっちゃったんよ〜」

 

「あー、はいはいはい。なるほどね。なら、園子は5番テーブルさんと6番テーブルさんにお願い。その二つのパフェとコーヒーは俺が持っていくから」

 

 園子はキッチンの方から一気に多くの料理を渡され、一体どれがどの席のお客さんのものかわからなくなってしまったようだった。

 俺はその内の三つを受け持った。というか、よくもまあこれだけの量を器用に運んでいたな。自分で運んでみて、園子の卓越したバランス能力に密かに感動した。

 

「お待たせ致しました。こちらご注文のコーヒーとパフェですね。こちらの商品にお間違いないでしょうか?」

 

「大丈夫よ。ありがとうね。頑張って」

 

「ありがとうございます。伝票はこちらに。それではごゆっくりお楽しみください」

 

 営業スマイルを浮かべ、一礼をしてからその場を離れる。ひとまず運び終わり、次は何かと戻ってみると須美と園子、銀が意外なものを見る目で俺を待っていた。

 

「えっと?」

 

「兄さん、接客業向いてるんじゃないかしら。意外な才能ね」

 

「そ、そうかな?」

 

 俺としてはいつも飲食店で見ている人の行動を模倣しているに過ぎない。特に褒められた対応をしている訳ではないと思うのだが。

 

「ハルスケのおかげでさっきは助かったよ〜。また助けてね〜」

 

「いや、ちょっとは慣れる努力をしてくれ」

 

 ちょっとした休憩も挟んだその後も右へ左へ大忙し。ようやく心持ちに余裕が出てきたのはお昼時のピークを過ぎたあたりだった。

 そのおかげからか、先程からニヤニヤとこちらを見ている迷惑極まりない客を見ても営業スマイルを終始浮かべている事ができていた。

 その客は相変わらずニヤニヤと笑いながら、すみません。と手を挙げた。俺は嫌々オーダーを取る用意をして接客モードに切り替える。

 

「お客様、何かご入用でしょうか」

 

「くくっ。スマイル一つ」

 

「お帰りください」

 

 即答。流れるような退出願い。我ながら何と出来た店員だろうか。店に仇なす客は即刻排除しなければならない。他のお客様に迷惑だからね。

 

「あのね晴哉。ボクはお客さんなんだから注文は通してもらわないと」

 

「大変申し訳ありませんが当店にはそのようなサービスはございません。よろしければそちらのメニュー表から商品をお選びください。お決まりになりましたら再度お声かけ、お願いします」

 

 俺は礼をして相手の反応を待たずに踵を返して須美の下へと戻る。何処から話を聞きつけたのかは知らないが何故あいつがいる。しかもよりにもよって何故他のお客さんが誰一人といないんだ!!

 須美は苦笑いと呆れが半分交わったような表情を浮かべていた。

 

「詩織、来てたのね。まあ、来るとは思っていたけれど」

 

「しかも絶対あいつ、時間見計らって来てたぞ」

 

 まだメニュー表をパラパラとめくって迷っている様子の詩織を見て、俺もため息をついた。来るのはいいがこちらも遊びでやっている訳ではないので、身内のノリというものを控えて欲しかったというのが本音だ。

 

「詩織は兄さんのことが好きなのかもよ」

 

「勘弁してくれ」

 

 ふふっ。と小さく笑う須美とは対照的に、俺は益々テンションが下降していっていた。再びすみませーんと、詩織が手を挙げる。俺は再び詩織の下へと向かった。

 

「クリームソーダですねかしこまりました。少々お待ちください」

 

「待って!まだボク頼んでないじゃん。あってるけども!!」

 

「ならいいだろ。それにお前好きだからな。そういうの」

 

 俺は詩織の反応など見る気もなかったのでそのままキッチンへオーダーを通しに向かった。

 

「どうしてわかったの?」

 

 須美が不思議そうにコップを拭きながら聞いてきた。俺も隣に並んで手伝いながら答える。

 

「普通に詩織の開いていたページから推測しただけだよ」

 

「流石幼馴染と言った所かしら。いいと思うわ。私は」

 

「……まださっきの話続いてたのかよ。余計なお世話だ。そんな気、一ミリもない」

 

 それは事実だった。小学六年生ともなれば初恋だとかを差し置いて、普通に異性とのリア充生活を嗜む者も一人や二人は現れよう。だが、自分がその枠に入ろうとは微塵も思えなかった。色々鬱陶しいだろうし。

 

「それに、俺はいざという時のストッパーだ。今は、限られた時間を過ごそうと躍起なんだろ」

 

 俺の遠回しな発言に須美は眉を顰める。正直、須美は賢いから気づいてしまうかもしれないという危機感はあった。ただ、須美は気づかないふりをしてくれたように思う。

 その内訪れるであろう別れを俺は人知れず想像した。

 その時、俺はそれを容認できるだろうか。

 

「そう言えば園子は?」

 

「そのっちなら奥で銀と休憩中よ。今頃二人でお昼寝中だと思うわ」

 

「よっぽど疲れたんだな。で、お前はちょっとした使命感でここに残っていると」

 

「ええ。銀に任せたと言われたら残らざるを得ないじゃない」

 

「須美、結構ちょろいだろ」

 

 それにしても銀は須美の扱いがかなり上手い。こう言えばこうしてくれるというのを分かっている気がする。

 一見面倒ごとを押しつけているように見えなくもないが、それは俺の心が若干捻くれているのもあるかもしれない。きっと、俺にはわからない信頼関係というやつで結ばれているのだろう。

 

「とりあえず、あと一時間頑張ろうぜ」

 

「ええ。勿論」

 

「っと、その前に」

 

 俺は別のお客さんが来る前に近づきたくないが詩織の下へ再度向かう。詩織はそれはそれは美味しそうに注文したメロンソーダを味わっていた。

 俺はスッと一枚の紙を机の上に滑り込ませる。

 

「こちら伝票ですので、お会計の際レジの方までお持ち寄りください」

 

「ありがとうー。あれ?これ伝票?」

 

「伝票だ。有無は言わせん」

 

「急に口悪くない?」

 俺は無視を貫き通し、その場を再び素早い動作で回り右した。

 

「何を渡してきたの?」

 

「ただの紙だよ」

 

 俺のいい加減な誤魔化しに、なにそれ。と須美は小さく笑った。

 俺はそんな須美の様子を見ながら本当によく笑うようになったと思った。初め、鷲尾家に来た時は冗談を言って笑わせるだけでもかなり苦労したと言うのに。

 どれもこれも銀と園子。神樹館のクラスメイト達のおかげだろう。

 須美は俺の考えていることに大体想像がついたのかまた小さく笑った。

 

「私がこうして笑えているのは兄さんも居たからって事、忘れないでよ?」

 

「……言うようになったな」

 

 俺は思わず顔を須美から逸らす。

全く。照れさせてくれる。

 特別自分のことを誇ったことはない。だけど、今この時だけは自分自身を誇ってもいいのではないだろうか。

 

「敵わないな。須美には」

 

 俺は須美には聞こえないよう、口の中だけでそう呟いたのだった。

 

 

 

 

「終わったー!!とりあえず初日お疲れ様!」

 

 銀が順に園子、須美、俺とハイタッチをする。

 案の定、俺たちはイネスの前に来ていた。足は棒のようになりクタクタではあるが折角なので銀のお誘いに乗ることにした。

 いつものようにフードコートに向かい、いつものジェラートのお店の前で財布を取り出そうとした瞬間、銀に手を抑えられた。

 

「無銭飲食でもするつもりか?」

 

「な訳あるかいな。ふっふっふ。今日の分の働きって事でくれたんすよ」

 

 銀はひらひらと紙幣を風に揺らす。そして銀はぺちぺちと俺の頬を軽く、たった二枚の紙幣で叩いた。

 

「叩くならせめて百万円の束にしてくれ」

 

「ハルスケされたいの〜?」

 

「前言撤回。何もしなくていい」

 

 園子がその気になれば余裕で実物が出てきてもおかしくなく、ポンと出されても何と反応すればいいかわからない。

 

「というわけで今日はアタシに任せてくれたまえ」

 

「なら、私たちは先に席に座っておきましょ」

 

 須美の提案に頷いて俺たちは席に座ったのだが、これが後に過ちであったと気づく時には全てが遅すぎた。

 

 

 

 

「やりよおったな貴様」

 

 俺は悪態を吐きながらもその独特な味わいを持つジェラートを口に運ぶ。今頃メロン味で至福の時を過ごしていたはずなのにどうしてこうなった。

 

「ハルヤはいい加減この味になれたまえ。そこの二人は既に慣れているというのに」

 

 俺の横と斜め前には遂に洗脳されたのか、美味しい美味しいとだけ連呼して醤油味ジェラートを食べる園子と須美の姿がそこにはあった。

 食べてる時の目が少なくとも美味しいものを食べている時の顔ではない。

 

「一種の呪いだろ。これ」

 

「人聞き悪いね。アタシは味の共有をしたいだけなのに」

 

「初めて銀のこと怖いって思ったよ」

 

 俺も大人しく再び口に運ぶが、どうにもやはりこの味にはお口は慣れてくれないようだ。

 

「兄さん、食べないの?こんなに美味しいのに?」

 

「ハルスケが食べないのなら私たちが食べちゃうよ〜?」

 

「ひいっ!?食べる!食べるから正気になってくれ!」

 

 2人に詰められた俺は泣く泣く、この未だに口に合わないジェラートを必死に口の中に掻き込んだのだった。

 

 

 未だに目の焦点が定まっていない須美を引きずりながら家まで辿り着く頃には日も傾いていた。

 俺は須美を母親に預けてから再び外へと出る。

 少し前に買ってもらった自転車を全力で漕ぎながら誰も知らないような小さな神社へと向かった。

 自転車を適当な場所に置き、俺は階段を登る。目に入ったお社は既に朽ち果てていて、その社の前には詩織が座っており、段々と暮れていく夕暮れを眺めていた。

 この社は街を一望できる為、俺はこの場所を気に入っていた。

 

「遅かったじゃないか。女の子を待たせるとはいい度胸だね」

 

「誤差2分くらい見逃してくれよ」

 

 全力でここまで自転車を漕いで来て身体中が燃えるように暑く、俺は服の首元を掴みパタパタと軽く扇ぐ。

 

「急いで来てくれたのは本当みたいだね。許してせんぜよう」

 

「……今回は俺が悪いし、ありがたくその許しはいただいておくよ」

 

「珍しく素直じゃないか。ボクは晴哉のことをただの負けず嫌いの厄介オタクだと思ってたのに」

 

「半分、いや八割正しいから何も言えない」

 

 俺は詩織の隣に座って共に夕日を眺める。

 暫くは互いに沈黙を守っていたのだが、詩織がその均衡を破った。

 

「以前したボクが晴哉にした可能性の話を覚えているかい?」

 

「したようなしてないような。曖昧なものだけど一応」

 

「それならした事にしておこう。晴哉、ボクはさ。ボク自身が生きる可能性を見つけたい。このまま泡のようにパッと消えていくのはボク自身が許せないんだ」

 

 突然なんだ。と思わなくもないが俺には詩織の言いたいことが痛いほどに分かった。

 詩織の命はそう長くはない。今はこうして元気に振る舞っているが、"その日"になると詩織という存在がパッと消えてしまうらしい。まるで泡が弾けるように。

 この事を伝えられたのは五年生に上がった直ぐだった。  

 どうしてそんな事が分かるのかは、詩織の感覚に依るところが大きいので何とも言えない。

 詩織は続ける。

 

「ボクはまだ生きたいんだ。やりたい事なんて山ほどある。この我儘に付き合ってくれるのは晴哉しかいないんだ」

 

 俺は黙って夕日を見つめる。反対側の空には一番星が煌々と輝きを放ち始めていた。

 

「聞いてる?」

 

 全くと言っていいほど自分のことを視界に入れようとしない俺をみて、詩織は不安気に俺の顔を覗き込んだ。

 俺は考えに考えた末、遠回しに協力すると言うことを伝えた。

 

「……詩織が悔いの残らないようにしてくれ」

 

「…そっか。それなら、安心だ」

 

 こんな話をしたくて詩織をここに呼んだわけではない。俺はいたって普通にこいつと話したかっただけなのにこれでは本末転倒だ。

 

「ところで晴哉はこんな場所にボクを呼んで何をしたかったのかな。前はベッドを進めたりと大胆なことばかりしてくれるね。ボクは退屈しなくて済むよ」

 

「一秒でもお前の真面目な話に付き合った俺が馬鹿みたいじゃないか」

 

 割りかし本気でそう思った。何だったら今すぐこの場から帰って須美と談笑していた方がいいような気もする。

 

「理由なんてお前がここにいる時点で大体わかるだろ」

 

「二人で見つけた場所だもんね。何年くらい前だっけ」

 

「もう四、五年前かな。明確な時期なんて憶えてないよ」

 

 これだけ長い事一緒にいるんだ。その記憶というものは日々更新されていく。それは嬉しい事だが、時にパタリと途絶えてしまう事もあるみたいで何とも不思議なものだ。

 俺は他にも何かあっただろうかと記憶の海を泳いでいると、詩織はまた真面目な顔で俺に言う。

 

「…二人で逃げようか」

 

「は?」

 

 こいつはまた突拍子に何を言い出すかと思えば。

 とは言え恐らく半分くらいは本気なのだろう。

 

「晴哉がボクの事をどう思ってるかわからないけれど、ボクはそれなりに晴哉の事が好きなんだ」

 

「それは…どうも」

 

「それにボクはさ、自分さえ良ければそれでいいんだよね。ボクは他人の為に生きるなんて事はできない。人のために何かするなんてまっぴらごめんだよ」

 

「酷く独善的で自己中心的な考えだな」

 

「人間らしくてボクとしては気に入っているけどね。こんな性格も」

 

 晴哉はどうだい?と詩織は笑いながら俺に問いかける。

 俺はどちらかと言われれば自分の為だけに生きると言う生き方はどうにも性に合わない。例えそれが偽善だろうと、誰かの為に生きるのは間違いではないはずだ。

 

「晴哉はどちらかと言えば誰かの為に動くよね。だからボクのこんな話にも付き合ってくれる」

 

 詩織も最初からわかっていたのだろう。また笑って俺から視線を外し、そう言う風だから、ボクは晴哉に頼っちゃうんだろうね。と最後に付け加えた。

 

「お前、ずるいよなあ……。わかったよ。お前は俺が必ず、助けるよ」

 

 俺が誰かの為だけにしか生きられない事を知っているから、詩織は俺にこんなふざけた話をしている。

 

「だけど俺は普通の人間だ。出来る事は限られてるぞ」

 

「それでもいいよ。ボクは、ボクをちゃんと憶えていてくれる人と居られればそれでいいから」

 

 詩織がそう言い終わる頃には完全に日は落ちていた。空には先程まで一番星のみ輝いていたが、今では一面の星空が頭上に広がっている。

 詩織はそれを見ながら感慨深げに呟いた。

 

 あれが落ちてくる。と。

 

 

 

 

「兄さん。兄さん大丈夫?」

 

「あ、ああ。どうした?須美」

 

「どうした?じゃないわよ。兄さん、今先生に当てられたのよ」

 

 はて。何のことか。と安芸先生を見ると目は如実に何を言いたいかを物語っていた。俺もそれを察する。

 申し訳がないがそもそもの話、答えたいのは山々だがこちとら何も話を聞いていなかったわけで、答えられるわけがないのだ。

 

「言い訳があるなら聞くわよ。鷲尾くん」

 

「……いえ。すみません。もう一度お願いします」

 

「ちゃんと話は聞くように。私が聞いたのはどうしてこの世界には壁があるのかって話。要は復習ね」

 

 そんな事であれば小さい頃に幾度となく叩き込まれている。

 

「未知のウイルスが世界中に蔓延って、それを食い止める為に神樹様が壁を作り、それを堰き止めた。ですよね」

 

 安芸先生は満足げに頷いた。一体何故この話題になったのかは知らない。というか、今の授業が一体何なのかすら知らない。机の上にみんなが広げている教科書がないあたり、本当に俺はこの授業への関心がなかったのか。自分のあまりの奇行に眉を顰めた。

 

 

 

 昼休み、席の近い須美と園子、銀と他数人で給食を食べていたのだが、案の定話題は俺の奇行についてだった。

 

「鷲尾は何をしてたんだよ」

 

 ケラケラと笑いながら確か、西浦だったか。はっきりとは憶えていない事を心の底から謝りながら俺はその時何を考えていたのかを思い出そうとした。

 

「んー、考え事?」

 

 俺のパッとしない返答にも西浦はケラケラと笑った。

 

「ハルスケ、お手伝い二日目からおかしかったよね〜」

 

「ハルヤは一日目に頑張りすぎて頭がおかしくなったんだよ。な!ハルヤ」

 

「なっ!じゃない。なっ!じゃ。俺だって気づいたら二日目の夜迎えてたんだから何が何だかな。でも、仕事自体は出来てたんだろ?」

 

「まるで機械みたいだったわよ。答えられたら定型分で返すって感じで、運ぶのも全て一定の速度で若干気味が悪かったわ」

 

 須美の散々な物言いに俺以外の全員が笑った。今日も今日とて世界が笑顔で溢れ、その一端を担えているのならそれもいいが、俺としては笑い事ではない。最早それは病気の域だ。早めに精神科でも受診した方が良いかもしれない。

 そんな事を悩んでいる傍らで話は一転二転し、今はこの教室にはいない詩織の話に推移していったようだ。

 西浦の隣にいる菅野某が本当に感心した様子で言う。

 

「それにしても凄いよね。夕霧さん。神樹様からの大事なお役目、一人でこなしてるんでしょ?」

 

 大事なお役目。その内容を俺たちは知らない。だから、何故詩織が度々姿を消したと思ったら傷だらけで戻ってくるのか、その理由は誰も知らない。故に、好き勝手に凄いだのどうのこうの言えるのだろう。

 俺はそれを素直に素晴らしい事だと認める事はできそうにない。

 お役目とは、一体何なのだろうか……。

 

 

 夏休みになり、俺は須美と共に俺が何年か前に勝手に改造した旧世代の扇風機で涼んでいた。後で園子と銀も遊びに来るようである。

 

「扇風機見てるとあれやりたくなるよな。あーーーーーってやつ」

 

「そんなはしたない真似したくないわよ」

 

 ついついやろうとしていた自分が恥ずかしくなってスッとその身体を元の位置に戻す。

 

「ちなみに兄さん、私の電子計算機の修理はいつくらいになりそう?」

 

「素直にパソコンでいいだろ。何だそのこだわり。須美が訳のわからん改造を施しすぎて結構時間かかりそうだ」

 

 とは言ってもメモリなどに埃が溜まっていただけなので取り除くだけで済みそうだ。明日くらいにでもやれば当日に返せる。

 

「あとあのやたらと大量のアンチウイルスシステム何?普通に超攻撃的な反撃能力保有してたけど」

 

「やられたらやり返すべきよね?」

 

「……せやな」

 

 聞かなくてもよかった事を聞いた気がした。これまでカモだと思って攻撃を仕掛けてきた方々に哀悼の意を表明しておこう。南無三。

 

「兄さんって算数ができない割には天才的に機械関係は強いわよね」

 

 強い。というよりは既に出来上がっていたものをバラバラにしてそれを再度形に直すくらいであればどうとでもなる。専門知識もここ数年でそこそこ身に付けたので簡単なものであれば基本直すことができるようになってはいた。

 

「というか、算数だって出来ない訳じゃないからな。苦手なりに努力してようやく七割近く取れるようになっただけマシだろ」

 

 いつか役に立つだろうという軽い気持ちだけでとにかく勉強しまくった結果、ある程度の問題であれば解けるようにはなってきていた。身を結ぶ事はしばらくなさそうだ。

 

「私、最初の頃は兄さんがここまで真面目だとは思ってなかったわ」

 

「なんて事言うんだ。まあ、怠惰ではあるけどな」

 

「ふふ。そうね、いつも寝転んでるものね。そうだ、兄さん。本読みたいからそこの椅子、借りてもいいかしら?」

 

「お好きにどうぞー」

 

 一旦会話はそこで終わり、俺と須美は各々好きな時間を園子と銀が来るまで過ごすことにした。

 俺は須美の邪魔にならない程度に掃除を始める。何故かは知らないがこれから来る来訪者はどうも俺の部屋の方に来るらしい。

 

「そのっちと銀、酷いのよ?わっしーの部屋は無いもないからつまらない〜。とか須美は面白みがない。って」

 

 須美は若干ご立腹であった。いや、まあ確かに貴女の部屋何もないですからね。

 

「俺の部屋の方が何も面白味ないと思うけどなあ…」

 

「兄さんの部屋、意外にたくさんものあるわよ?ピコピコとかもあるし、銀からすれば嬉しいと思うわ」

 

「ピコピコってお前、何世代前の人間だよ……。ゲーム自体は好きだし、そりゃ買うよね」

 

 とは言っても特に使ってるわけではない。酷い話、モニターの下に鎮座してるだけで息を吹き返すのを今か今かと待ちわびている。すまないゲーム君。必ず俺が助けてやるからな。

 

「売ればいいのに」

 

「なんて事言うんだ。あれには思い出が…思い出が……とにかく一杯あるんだぞ!?」

 

「全くもってないじゃない」

 

「辛辣だなあ…。お前、売られてみるか?」

 

「嫌よ。何で私が売られないといけないのよ。それに、私の方が価値あるわ」

 

 それは紛れもない事実なので俺は倫理観の欠けた発言及び須美に対する失言を全力で謝り倒した。

 

「やっぱり、兄さんの方が価値あると思うわよ」

 

「急にどうした気持ちが悪い」

 

「ふふっ。なんでもないわ」

 

「?????」

 

 時折訳のわからん発言をすると思っていたが…。よっぽど夏休みに園子と銀と遊べるのが嬉しいのだろうか。

 俺がベッドの隣に重なるように積まれている本を本棚に戻そうと持ち上げた瞬間、部屋の扉が凄まじい勢いで開かれた。

 

「園子が来たんだぜー!!」

 

「アタシもいるぜーー!!!」

 

「「え、えぇ……」」

 

 やたらとハイカラな二人の様子を見て、俺と須美は同じ事を思ったに違いない。

 夏休み怖い。と。

 

 

 

 

「粗茶ですが」

 

 俺は園子と銀の前に麦茶の入ったコップを差し出した。二人は今、ゲームに熱中している。良かったねゲーム君。一緒に遊んで貰えて。

 1ゲーム終えて、園子と銀は息をついてからお茶を一口飲んだ。

 

「ごめんねハルスケ〜。突然お邪魔しちゃって〜」

 

「全然。寧ろこんなに汚い部屋に入れてしまって申し訳ないと思うよ」

 

 俺もよっこらせとベッドの端に腰掛けた。須美は一人用のソファが気に入ったのか暫くそこから動いていない。欲しいとか言われたらあげてしまいそうになるから是非とも言わないで欲しいところではある。

 

「ハルヤの部屋、須美みたいな感じかなと思ってたけどやっぱり違うね」

 

「兄妹と言っても血の繋がってない他人だし、そりゃ違いは出るだろうよ」

 

 俺は須美の方をチラリと見て答える。

 

「ハルスケとわっしー、学校でも良いコンビって言われてるしね〜」

 

 園子がニコニコと微笑みながら言うのに対し、須美は口を微妙に曲げた。その反応はその反応で悲しい。お兄ちゃん、本気で泣きそう。

 

「この後、外行く?」

 

 悲しんでいる俺など関心がないのか、銀が使用するキャラを選択しながら全員に問う。

 

「俺は三人について行くから決めておいてくれていいよ」

 

早々に俺は卑怯だが他人に選択を委ねる事にした。

 

「私は、暫くはこのままで良いと思うわ。暑いし」

 

「私もわっしーに賛成〜。ここに来るまででだいぶ疲れちゃった〜」

 

「ちなみに銀は外で何やるつもりだったんだ?」

 

「え?釣り?」

 

「正真正銘の馬鹿だろ。熱中症で死ぬわ」

 

 元気に走り回ってくれるのは良いけれども、死にも至る可能性がある症状に自らなりに行こうとする辺り、この人頭が相当悪いのかもしれない。

 

「釣りは秋になったらしようよ。私、やったことないからやりたいんだ〜。秋刀魚釣るんよ〜」

 

「秋刀魚は釣れないと思うわよ。そのっち」

 

「え〜。なら、鮭〜?」

 

「鮭もムズイかもな」

 

 須美と銀が的確に突っ込んでいるが俺は考えた。園子の事だからもしかしたら突然、当然の事のように海に魚を釣りに行くとか言い出しかねない。というか、鮭に関しては川である。果たしてこの四国という地で取れるか、あまりにも不明だ。多分無理。

 ほんわかと時間は過ぎていき、三時を回った頃更なる来客があった。

須美が園子と銀とゲームを教えてもらいながら始めたと同時だった。バァン!と部屋の扉を開け放たれる。

 今日、一体あの扉はどれだけのダメージを与えられれば良いのだろうか。何か前世に悪い事をしたのだろうか。あまりにも可哀想だ。

 

「あ〜、しおりんだ〜。こんにちは〜」

 

 園子が真っ先に新たなる来客、詩織に手を振った。詩織は俺の部屋にまさか三人がいると思わなかったのか、固まっている。多分、勢いに任せて俺を外に連れ出そうとして失敗したと言った所だろう。

 

「えっと…後で来た方が良かった?」

 

「用件だけでも聞いておくよ。どうした?」

 

 出鼻を挫かれたからか、気まずそうに詩織は答える。

 

「人助け、しに行こうかなって」

 

「は?」

 

 あの独善的で自己中心的な考えを持つ詩織が?一体どんな心変わりだ?

 

「困ってる人を助けたいなって思ったんだけど」

 

 段々と萎れて言ってしまう詩織。別に怒ってはいないのだが、親に怒られたような表情を浮かべてしまっている。

 

「ボク、帰る」

 

「待て待て待て!?ちゃんと話聞くからそこ座ってろ。お茶持ってくるから」

 

 そのまま消えていきそうな詩織の手を無理矢理取って、俺は部屋の中に招き入れ、ベッドの端に座らせた。

 何故か、ここで抑えておかなければ本当に消えてしまいそうに思えたから。

 銀と園子に出したのと同じお茶を持って部屋に戻ると、これまたちゃっかり三人の輪の中に詩織は入っていた。

 

「それで?人助けをしたいらしいけど、具体的に何をするんだ?」

 

 詩織の前にお茶を置いて、詩織の正面に座り何故このような訳の分からない事を言い出したのかを聞いてみた。形としては四人に囲まれる事となり尋問のようであった。

 

「ほら、ボクっていつか消えるじゃん?」

 

「………おい」

 

「「「はい?」」」

 

 何も知らない三人に戦慄が走った。詩織は笑顔で固まり、徐々に冷や汗らしきものが首筋あたりに浮かび上がる。俺は「こいつ、本当に阿保なんだな」と哀しいものを見る目で詩織を見る。

 

「えっと、どゆこと?」

 

 流石に無視できなかったのだろう。銀が詩織に詰め寄った。詩織はバツが悪そうな顔をして、俺にいつか話したものと同じ内容を話した。

 あまりの奇想天外っぷりに三人は首を傾げる。

 

「晴哉、ボクって話すの下手?」

 

「上手い方だと思うぞ」

 

 とりあえず何の慰めになってもない事を言ってみる。

 

「上手いんだ。へへっ。ちょっと嬉しい」

 

「しばしば思うけど、詩織の頭の中はお花畑なのかしら」

 

 頬をぽりぽりと掻きながら照れる詩織を、須美は一刀両断した。少しは加減してあげて。と言いたい所だが、あまりにも真理すぎて何も言えない。

 

「私と一緒だね〜。しおりん仲間だ〜」

 

「お、おー?園子ちゃんとお揃いなら嬉しいかも?」

 

「やっぱりお前馬鹿だわ」

 

「言ってくれるね晴哉。ボクは少なくとも君よりは成績は上なんだよね。馬鹿は晴哉の方だ!」

 

 ビシィ!っと音が聞こえてきそうな勢いで人差し指をこちらに向ける。

勝ったと言わんばかりにドヤっている詩織を俺は置いておくことにした。 

 代わりに須美が眉間の辺りを揉みながら聞く。

 

「繰り返しになるけど、詩織は何をしたいのかしら?」

 

「そうだった。それを言ってなかったね。困っている人がいたら助けたい。それだけだよ」

 

 何とも単純明快な目的だろうか。わかりやすくて助かる。

 

「よし。なら今から行こう」

 

「え、兄さん?」

 

「ちょっと当てがある。須美ならわかるだろ?」

 須美は暫く考えたあと、合点行ったのか「ああ、なるほどね」と頷いていた。言い出しっぺの詩織は頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。

 銀も苦笑いを浮かべた辺り、大体俺が何をしようとしているのか理解が行ったのかもしれない。

 園子は「誰かの為に何かするの、いいよね〜」と相変わらずのご様子だった。

 

 

 詩織の人助けをしたいという提案を受け、俺たちは駅前にまで出てきた。

 

「本当にこれでいいの?」

 

「多分、俺と銀がいれば大抵何か起きる」

 

 疑心暗鬼なのか疑いの目を向けてくる詩織の隣に座り、俺はその時を待つ。

 それはいいのだが、とにかく暑い。やっぱりやめておけば良かったという後悔が一瞬にして生まれた。

 それから暫く待ったが何も起きない。

 須美も首を傾げている。

 

「ねえ」

 

「言いたいことはわかる」

 

 内心馬鹿焦り。計算と違うなー。どうしてだろうなー。

 

「ねえ、ボク思ったけどさ。晴哉と銀ちゃんって、トラブルを引きつけてるんじゃなくて自らその輪に入っていってるんじゃない?」

 

 詩織に言われ、俺と銀は互いに見合う。

 

「「そんな事ないと思うけど」」

 

 シンクロして否定する俺と銀を見て、須美と園子は思わず吹き出した。

 

「あははは!みのさんとハルスケ息ぴったりだね〜」

 

「本当に。表情まで一緒ね」

 

 そんな事を言われ、俺と銀は再び互いの顔を見る。互いの目に映る自分の表情はあまりに無表情だった。

 

「でも確かにしおりんの言う通り、みのさんとハルスケは自分から飛び込んで行ってる気がするよ〜。飛び込んで行った先で何か起きたらその時はその時って考えなんじゃないかな〜」

 

 そうだね。とは頷けなかったが何処か園子の言葉は重要な的を得ているように思えた。

 

「それに困ってる人がいないって事はそれだけ平和って事でみんな幸せなんだよ〜」

 

「確かに…。ボクは間違えてたのか…」

 

「間違いではないよ〜。誰かを助けようとする事は間違いじゃないからね〜」

 

 園子の言葉に同意するように銀は何度も頷いている。

詩織は手で自分の携帯端末を弄びながら、ぎこちない笑みを浮かべると俺たちに背を向けた。

 

「ボクはやっぱり四人のようにはなれなさそうだよ。だから、ボクは…。ボクは自分の為に君たちを守るよ」

 

 また何を言っているんだ。と詩織の肩を掴もうとした瞬間、詩織の携帯端末から聞いたこともない警報音が鳴り響いた。

 

 

 

 ボクは世界が樹海化した今、この世界の中では唯一動ける一人だ。

 ここに来るたびに一人は辛い。と何度思っただろうか。だから、一人でも頑張れる理由が欲しかった。

 ボクが負ければ世界は終わる。

 そして、ボクは自分がいつ敗北するのかもわかっている。

 それが今日だ。

 だからせめて、最後の残された僅かな時間くらいは誰かの為に使おうと思った。

 前方からは三体のバーテックスがボクを殺し、神樹様を破壊しようと迫って来ている。

 

「行くぞ、バーテックス!ボクは、絶対に諦めたりしない!!」

 

 ボクは他人の為に生きるなんて言う器用な真似はできない。だから、ボクはボクがしたい事をする為に生きるんだ。きっと後は晴哉が何とかしてくれるから。以前、晴哉は言ってくれた。助けるって。

 ボクが掴み損ねた未来をきっと、晴哉が繋げてくれると思うから……。

 

 

 

 

「詩織は!?詩織は何処だ!?」

 

「わ、私に言われても!」

 

 突然、詩織は目の前から消えてしまった。警報のような音が鳴った所までは覚えている。けど、その間に何があった!?

 俺の頭の中には以前からずっと詩織が言っていた言葉が反芻されていた。

 混乱している様子の銀と園子、須美をそのまま置いてけぼりにして、俺は駆け出す。

 嘘だと言ってくれ。嘘だって。ボクはここにいるって、言ってくれ!

 

「詩織!いたら返事してくれ!」

 声を上げながら俺は勘を頼りに大橋の方に向かって走る。周りから不審な目を向けられるがそんなの気にしていられるわけがない。

 何処だ。何処だ何処だ何処だ何処だ何処だ何処だ!!!

 息をするのも忘れ、俺は大橋の麓にまでたどり着いた。かなりの距離があるはずなのに何も感じなかった。

 

「返事しろって…。頼むから…」

 

 広場を一通り見終わった後、俺は木の下に人の足の影を見つけた。

 慌てて俺は駆け寄る。

 

「詩織!!」

 

 ようやく見つけたと思ったのに、待っていた現実は非情なものだった。

 俺はその姿を見て、膝から崩れ落ちた。

 

「しお、り?おい、返事をして……くれよ。いつもみたいにさ、馬鹿みたいに笑ってさ、詩織………!」

 

 横たわった詩織の表情は安らかなものとは程遠かった。怒りで、苦痛でその表情を歪め、左腕は消えてなくなり、白かったはずのワンピースも赤く染まり、身体にはいくつも穴が空いていた。

 泣くこともできず、俺はただひたすらにその無惨な姿を目に焼き付ける事しかできなかった。

 

 

   

to be continued………




相変わらず似たような話ばかりでごめんなさい。このワンパターン性をその内克服していきたいと思います。
次回も読んでいただけたら嬉しいです。
それでは!
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