花を咲かせ、未来に繋ぐ [加筆修正中]   作:まんじゅう卍

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EXEP : 樹クライシス【2】

 いつぞやぶりの大橋のイネスに訪れた俺と樹、銀、友奈、東郷の5人。俯瞰して見てみると、どうにも変なバランスのチームである。

 そんなことは置いておき、俺と東郷、銀は何度も来ているので新鮮さはないだろうが、友奈と樹は物珍しそうに右左と忙しなく視点が移動していた。

 

「イネスは初めて?」

 

 俺の問いに樹は立ち止まってブンブンと首を縦に振った。その様は警戒している小動物のようで俺は思わず笑ってしまう。

 そんな樹の肩に銀が腕を回した。

 

「それなら樹にはイネスの事を一から叩き込まないとな!覚えて帰らないとまた一年生からやり直しね」

 

「必修案件なんですかそれ!?」

 

 あまりにも純粋すぎる驚き方をする樹にそんなわけないだろ。と心の中だけで言いつつ、歩みを再開する。

 その間もお店を横目に見ながら、銀は樹にイネスがどれだけ凄いのかをつらつらと述べている。それを真面目に聞く樹。なんて素直な子なのかと思わず感心してしまった。銀は本当に樹にこのイネスの全てを叩き込むつもりであったらしい。

 銀のイネス解説が一旦幕引きしたタイミングで友奈が樹の服の袖を引っ張った。

 

「ねえねえ樹ちゃん!あのお店一緒に行かない?」

 

「良いですね!行きましょう!」

 

 何か気になるものでもあったのか、友奈が樹を誘って可愛らしいアクセサリーの売っているお店に入って行った。

 まだ話し足りなかったのか、銀はどことなく不服そうである。

 

「何をそんなにイネスについて話す事があるん」

 

「イネスの歴史について一から話してたら時間はいくらあっても足りないね」

 

「ほんとイネスのことになると須美みたいになるよなあ」

 

 なんの気無しにぽろっと口から出た言葉は当然の如く消すことなどできないわけで、俺は東郷に笑顔で睨まれた。

 この本来、両立し得ない表情に冷や汗が止まらなくなる。

 

「と、とにかくだな。時間も限られてるし、見たいと思ったものから見ていこう」

 

 時刻は既に19時すぎ。中学生が遠出しているには不安になる時間帯だ。最低でも21時には家に着いていようと考えたら本当に時間はない。なるべく諦めずに多くのお店を回って欲しい所だ。

 俺が居ては女の子たちだけで見たいお店も気を遣って見れないだろうと判断して、一旦皆とは別れることにした。

 

「俺は適当にそこら辺歩いてくるから、銀と須美は樹と友奈の事任せたぞ」

 

「えー。ハルヤも一緒に居れば良いのに」

 

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、その方が色々見やすいだろ?」

 

「それはそう。じゃ、あのジェラートの前で集合ね」

 

 銀はジェラートのお店とは言うが、そのお店は既に潰れて今ではアイスクリームのお店になっている。その事を知ってるはずなのに、銀は頑なに認めようとしなかった。

 

(まあ、わかるよ。思い出のお店が潰れたら辛いよな)

 

 『思い出』と言うものに一家言ある我々としてその気持ちは痛いほどにわかる。

 俺は背を向けて別方向に歩き出した。頭の中にイネスの地図を広げながら、目的の場所へと向かうのだった。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 友奈と樹はお互いに髪飾りやネックレスなどを試着してみては何やら楽しそうに言葉を交わしていた。

 そんな2人とは反対側のコーナーで銀と東郷は園子にはどのリボンが似合うのかと言う対決を行っていた。

 

「園子には情熱的な赤色をつけて欲しいね。水色とか可愛らしいのは見慣れから派手なものにしよう」

 

「確かにいつもと違うそのっちは見てみたいけど、やっぱりそのっちは落ち着いた綺麗な色のリボンが似合うと思うわ」

 

「「ぐぬぬぬぬぬぬ……」」

 

 お互い譲る気のなさそうな対決。2人の頭の片隅にはこの勝負を楽しそうに眺めながら、最終的に『どちらも素敵で良いよね〜。じゃあ、両方買うんよ〜』とニコニコしながら財布を取り出す園子が投射されていた。

 

「あっちの2人も盛り上がってるね」

 

 銀と東郷の熱気を感じ取ったのか、友奈が手を止めて2人のいる方を向いた。

 

「東郷先輩も銀さんも園子さんのこと大好きなんですね」

 

「昔からの親友だもんね。凄い素敵だよ」

 

「す、凄い表情してますけどね……」

 

 段々とヒートアップしていく2人の剣幕に樹は苦笑いを浮かべた。そんな樹の表情にふとした瞬間に陰りが見えたのを、友奈は見逃さなかった。

 

「部活のこと、やっぱり心配?」

 

「あはは。バレちゃいましたか」

 

 樹は恥ずかそうに、そして申し訳なさそうに目を細める。

 樹としても、自分のことを励ますためにここまでしてくれる皆の手前、不安そうな顔をするのは辞めておこうと自分に誓ったばかりだった。

 

「でも、悩んだら相談。ですもんね」

 

「そうだよ樹ちゃん!とは言っても私が言えた口ではないか」

 

 あはは〜。と照れ笑いを浮かべながら友奈は髪をくしゃくしゃとかき混ぜた。

 

「ふふっ。友奈さんのは相談ではなくて報告ですからね」

 

「い、樹ちゃん。あの時は私も慌ててたからノーカウントで……」

 

 あの事は忘れて欲しいけど忘れたくもない。と言うのが、友奈の考えだった。とは言え、それを弄るのも変な話だと、樹は頭を下げた。

 

「ごめんなさい」

 

「わわわわ!謝らなくてもいいよ。気にしてないから!それで、樹ちゃんが今思ってることはどんな事かな」

 

 先程までのおちゃらけた雰囲気は何処かに消え、友奈が優しい口調で樹に問いかける。

 樹はしばらく考えてみて、出て来たのは『大きすぎる不安』だった。その魔物にも近い存在が、樹の中で更に成長し、膨れ上がっている。

 

「多すぎて、正直わからなくなっちゃってて……」

 

「やっぱり誰も入らなかったらどうしよー!ってのが大きいのかな」

 

 樹はまたしばらく考えた後、ぽつりぽつりとハナミズキのネックレスをその目に映しながら、言葉を漏らした。

 

「友奈さん達が引退したら勇者部は廃部でも、きっと誰も怒らないと思います。それも一つの選択だって、きっと皆認めてくれます」

 

「かもしれないね」

 

「でも私は、勇者部の皆さんに沢山のものを貰いました。……私が今、そんな皆さんに唯一恩返し出来ることは、この部を存続させる事だと思ってます。この部活は、皆さんの『思い出』の大きな一つですよね」

 

「まだ卒業したわけではないけど、確かに中学の思い出って殆ど勇者部かも」

 

 楽しい事も、辛い事も、それら全てを引っくるめた大事な場所。それが勇者部だと言うことに友奈はハッとさせられる。

 友奈は頷きながら、樹の言葉に耳を傾け続けた。

 

「皆さんの『思い出』の場所を私は絶対に壊したくないんです。それに、私自身が、あの場所が好きだから……。夢を追う力をくれた『思い出』の場所だから、何がなんでも残したいんです」

 

 それがきっと、自分の次の代で途切れようとも自分では決して途切れさせたくない。それが樹の切なる想いだった。

 

「そんな風に考えてくれてたんだ……」

 

 友奈は目を潤ませ、鼻を鳴らしながら樹に抱きついた。そして、樹の肩を力強く掴むと、樹の目を真っ直ぐに見返す。

 

「樹ちゃんの想いと私たちの想いは一緒だよ!だから、そんな風に1人で抱え込まなくても大丈夫!この勧誘期間に上手くいかなくても、また次がある。次のチャンスを待って、最後に大逆転!私たち【勇者】の得意分野じゃん!」

 

 自信に満ちた友奈の目に引き込まれた樹は無意識のうちに頷き、胸の内を巣食っていたモノはかなり小さくなっていた。

 

「そうですよね。それこそ、勇者部です。友奈さん、ありがとうございます」

 

「ううん!樹ちゃんがそんなふうに思ってくれてたんだって聞いて嬉しくなっちゃった」

 

 友奈は白い歯を見せて、ニコッと笑った。その笑顔は樹の中のモノを更に小さくさせる。

 

「ね、東郷さん。銀ちゃん」

 

 樹が振り向くと、そこにはリボン論争を終えた東郷と銀がいた。

 

「樹ちゃん、感動したわ」

 

「い、いつから聞いてました?」

 

「友奈が抱きついたあたりからだね。樹の話を聞いてアタシ俄然やる気湧いて来たよ」

 

 銀の眼の奥に宿った種火がメラメラとその炎を大きくしていく。その姿は【勇者】として戦っていた頃の銀を想起させた。

 その隣で東郷も力強く頷いた。

 

「勇者部5箇条一つ。なるべく諦めない。晴哉くんも言ってたけど、まだ初日よ。打てる手段は幾らでもあるわ。悲観するのは最後まで諦めずにやった時にしましょう」

 

「銀さん、東郷先輩……。やっぱり私、皆さんが先輩で良かったです」

 

 樹はそう言うと、先程までの沈鬱とした表情がパッと晴れて、嬉しそうに。そして恥ずかしそうに、はにかんだ笑みを浮かべたのだった。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 買い物を早々に終えていた俺は4人の様子を二つ上の階から眺めていた。やはり、俺が居ない方が物事は上手く回るみたいだ。

 俺の役目は他人のつけた火を徐々に鎮火させていく方が向いているらしい。人の心を動かすための着火剤にはなれない。わかっていた事とは言え、少しだけそれが出来る人が羨ましかった。

 

「そろそろ戻ろうかな。タイミング的にも完璧でしょ」

 

 ずっと最初のお店にいたみたいなので、多種多様なものがあるイネスを楽しめたかはともかく目的は達成しただろう。

 帰るまでの時間的にはまだ少し時間が余っていたので、集合場所に寄る前に服でも見に行こうと踵を返した時、視界の端にマスクにサングラスを付けた3人組の不審者が居たのが目に止まった。

 俺がそちらをじっと見つめると、その視線に気が付いた不審者達もこちらを見て、視線と視線が見事なまでに交差した。

 

「…………」

 

「「「……………」」」

 

 謎の見えない駆け引きが4人の間を行き交う。

 互いに見つめ合う事、約1分。3人は痺れを切らして、ズカズカとこちらに進撃してくる。あまりにも見覚えのある特徴を持った人たちに呆れながら声をかけようとしてーーーー。

 

「あの。3人とも何し、ぬおわっ!?」

 

 俺は力ずくで不審者Fに近くの壁際に叩きつけられた。

 

「え、ちょ、何してるんですか」

 

 Fの女子力パワーに抗えず、言葉だけでの抵抗を見せたが、別の不審者Sからの、のんびりとした口調から放たれた恐ろしい言葉に変な笑いが込み上げてくる。

 

「見られたからには証拠を隠すしかないんよ〜」

 

「それは俺を殺すって事ですよね!?」

 

「観念なさい。私たちを置いてどこに行ったかと思えば、イネスに来ていたなんてね!私たちも誘いなさいよ!」

 

 この意味のわからない状況に遂に笑ってしまった俺の首元に、何処から取り出したのか、不審者Kによって見覚えのある木刀を突きつけられる。

 

「………寂しかったの?」

 

「違うわよっ!」

 

 Kの痛いとこをついてしまったのか顔を赤くした。

 と言うよりいつまでこのくだりを続ければ良いのかと思った俺は、もう普通に話し出した。

 

「何してるのさ。風先輩、園子、夏凜」

 

 3人はようやくここで大人しく変装道具の数々を外す。言わないでおくが一切隠し切れてはいなかった。

 園子はバレちゃった〜と上機嫌にイネスにいる経緯を話し出した。

 

「私がにぼっしーとの帰り道に風先輩に偶然出会ったから、作戦会議もかねて私の提案でイネスに来てたんよ〜」

 

 何か困ったらイネスに来る。銀によるイネスイズムは園子にまで浸透しているようだった。銀にその話、聞かせたら泣いて喜びそうだ。

 

「でも、私も風も何気に来るの何年ぶりとかだったから話し合いも忘れて楽しんでたのよ」

 

「ダメじゃねえか楽しんでたら」

 

「晴哉甘いわ。昔、群雄割拠の時代にーーーー」

 

「誰かがそのような事を言ったんですね」

 

「私まだ何も言ってないけど!?あんた最近、私の扱いかなり雑よね」

 

「そう見えてるだけですよ〜」

 

 冗談でケラケラと笑っていた俺に、風先輩は小さくため息をついてから、横腹に凶器なり得る肘をめり込ませた。その痛さに悶え苦しみそうになるのを気合いで堪える。

 

「凄く痛そう〜」

 

「このくらい、射手座の攻撃が腕を吹き飛ばした時に比べたら……」

 

「アンタ比較対象がおかしなことになってるわよ」

 

 比較対象がおかしいのは承知の上だ。とまあ、こんな事はどうでも良いわけで、俺は改めて3人に何をしていたのかを聞いた。

 

「それで、何してたんですか。素直に出てこれば良いものを……」

 

「隠れてないと樹の成長シーンを見れないでしょ」

 

「必死すぎて私もドン引きだったわ」

 

 首謀者は風先輩で確定し、同時に巻き起こる夏凜裏切り。園子は園子で何故か立ったまま目を閉じようとしている。

 バランスが取れてそうでそうでもないチームを目にし、よく勇者部は何事もなくやってこれたと安堵の気持ちが襲って来た。

 

「ほんと、樹の事になると凄いですね。夏凜も」

 

「ぶ、部員集められなかったら私たちの責任にもなるから必死になってるだけよ」

 

「相変わらずのツンデレっぷり。この後、俺はフードコートの方に集合になってるからそっち行くけど」

 

 こんな会話をしている間に樹達は動き出していた。遅刻するわけにも行かないのでついてくるにせよ、ここで別れるにせよ決断を迫られた。

 

「私たちはこのまま3人で帰るわ。邪魔しちゃ悪いし」

 

 元々そのつもりだったから。と風先輩は夏凜と寝かけの園子を連れて出口の方へと向かおうとする。

 その背中を見送ろうとした所、夏凜がこちらを振り返った。

 

「晴哉、また明日から頑張るわよ」

 

「もちろん。明日は寝ない」

 

 決意表明を新たにしたが、夏凜はその目標に苦笑いを浮かべた。何が不満だと言うんだ。

 

「私も寝ない〜……。zzz」

 

 夢の中で、園子も明日からの部活動勧誘への意気込みを語っているのだった。

 

 

 

 

 色々あったが、何とか遅刻する事なく集合場所に辿り着くことができた。

 樹の表情はここに来た時よりも明るくなっており、その目も力強いものに変わっていた。連れて来て良かったと思って安堵するのも程々に、俺は何があったかを知らないふりをした。

 東郷は俺を見てクスクスと口を押さえたので俺の三文芝居は簡単にバレているらしい。

 

「ちょっとは元気そうになったみたいで良かった」

 

「気を使わせてしまってすみません。けど、もう大丈夫です」

 

「そっか。安心安心」

 

 友奈は後ろで組んだ手の隙間からVサインを覗かせる。俺もそれに同じ動作で応えた。

 

「よし。それなら帰るか。遅くなっても困るし」

 

「えぇ!まだ樹に全然イネスのこと伝えれてない!」

 

「銀、それは後日にしましょう。また一緒に来よ。ね?」

 

 まるで母親が子供に言い聞かせるような口調。銀も赤子ほど物分かりが悪いわけでは勿論ないので、素直に頷く。

 

「須美にそう言われたら、仕方ない。今度は皆で来よう。その方が絶対楽しいしね」

 

 この場に奇しくも居ない3人を俺は頭の中に思い浮かべる。その人たち、実はさっきまでいたんだよ。とは口が裂けても言えない。

 ちょっとした秘密を抱えながら、俺たちは帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 翌日。相変わらず午前中は授業を受けるだけの時間。今の時間を乗り越えれば部活動勧誘で、午後の授業はない。勉強嫌いな俺からすれば嬉しい限り。

 今更だが、クラスは今年も東郷、友奈、銀、園子、夏凜と同じだった。見えざる手がネームプレートを弄り倒して出来たようなクラス分けだ。

 今年は受験の年、と言う割にはまだ4月なのでクラス内に張り詰めた様子はない。これがそのうち次第にピリピリとした空気感になると考えると胃が痛い。

 

「鷲尾くん。ぼーっとしてるのは良いけど、話聞いてたかしら」

 

 ついつい授業中に未来の事を想像して、勝手に胃を痛めたのでは言い訳の一つも見つからない。

 ここは素直に答えるのが上策だと言うのは過去何年かの統計で把握している。死角は無い。

 

「すみません。聞いてませんでした」

 

「………はぁ。あとで職員室来なさい」

 

「はい」

 

 これにて状況終了。先生呆れさせる作戦は授業後に職員室に行けば授業中のペナルティは無し。当てられることより断然マジであり、生徒からすれば勝利の方程式。だと言うのに誰も使わない。不思議なこともある。

 周りからの反応も「またか」というものばかりで、笑いを堪える人もいるだけに最早日常の一つなのだ。

 

(自分で言うのも変な話か)

 

 チャイムが鳴ると、先生が出て行った後を追いかけて教室を出た。この一連の流れも、最早作業。先生も意味がないものとそろそろ理解し始める頃合いかもしれない。そうなると次の手を考えなければならないので、それはそれで面倒だ。

 職員室に入ると先生達の熱い眼差しが俺に向く。そして瞬間冷却。何に期待していたのだろうかこの人達は。

 

「鷲尾くん、ここ座って」

 

 俺は先生に言われるがままに通された席に座った。いつもは立って注意をされ、追加の課題を渡されるだけなので違和感を覚える。

 謎の緊張感。樹海化し、バーテックスがこちら側に姿を見せるまでのあの時の感覚に酷似していた。

 数分待つと、何やら沢山の紙を持ってきた先生は対面に座った。もうとにかく早く解放されて勇者部に顔を出したかったのでこちらから切り出した。我ながら、あまりにも生意気な生徒である。反省の色が見えない。

 

「課題多いですね。嬉しいですけど」

 

「何を言ってるんですか。授業の時もそうですけど、こちらの話を最後まで聞きなさい」

 

「すみません……」

 

 俺としても、そう言われてしまうと反省せざるを得ないわけですよ。いかんせん間違えているのは俺なわけだから。

 先生も俺の顔に反省の色を見出したからか、この話は終わり。とばかりに口の端をあげて雰囲気を明るくした。

 

「よし。鷲尾くんが反省した所でこれ課題ね。ちゃんとやってくるように」

 

「課題は出されるんですか……」

 

「教員の間では鷲尾くんは追加の課題を出せば出すほど成績が上がるって言う認知なのよ」

 

「そんなこと無いと思うんですけどね。課題は頑張ります」

 

 仕方ないので30枚ほどあるプリントの束をいただいた。最早夏休みの一教科の課題ではないか。これに違和感を抱かなかった自分も末恐ろしい。

 

「どう?勇者部の方は」

 

「え?」

 

「え?って、あなた勇者部の部員でしょ?」

 

 話の変わり方が魔球そのもの。俺は対応出来ずに情けない声を上げてしまった。

 

「そうですね。勇者部の部員でしたね」

 

「ふふっ。記憶喪失?そんなに課題がショックだったかしら」

 

 冗談を言ってクスクスと笑う先生は歳の割には可愛らしいな。とか言う感想は置いておいて、徐に勇者部の話になった事に思わず首を傾げた。

 

「どうして勇者部の話を?」

 

「頑張ってるかなって。大赦の人……えっと、名前何だったかな」

 

「頑張ってますよ。もしかして安芸先生?」

 

「あぁ、その人ね。安芸さん。その人に鷲尾くんはどう?って前に突然聞かれてね」

 

「学校に来たんですか?」

 

「違うわよ。怖かったわ……。路上で急に話しかけられて、そのままカフェに連行されたのは……」

 

 確かに大赦の人に声をかけられたらそら怖い。てか、安芸先生。大赦の服のまま会いに来たのか。

 

「私、何かしたのかとビクビクしてたの。そしたら鷲尾くんの名前が出てきて。神樹館の時の担任の方だったのね」

 

「そうです。色々お世話になってました」

 

「かなりじゃじゃ馬だったみたいね」

 

「今も変わらないですよ」

 

「自分で言う事じゃありません」

 

 ファイルの端で軽く頭を小突かれた。ちょっと痛い。

 

「で、勇者部って所で頑張ってますよ。って話をしたばかりだから、気になっただけ」

 

「そうだったんですか。災難でしたね」

 

「災難って。安芸さんに言っときます。今日もこの後会いに行くので」

 

「何仲良くなってるんですか。やめてください。また今度会う時、俺が酷い目にあいますから」

 

 想像しただけで背筋が凍る。未だに小学生の頃の数々の仕打ちがトラウマになっているらしかった。別に何かされたわけではないけども。よっぽど銀の方が怖がってそうだ。

 

「ごめんなさい。引き止めちゃったわね。部活動勧誘頑張って来なさい」

 

「いえ。ご迷惑をおかけしました。失礼します。柚木先生」

 

 俺は一礼をしてから、席を立って職員室を後にした。

 

 

 

 

「ごめん。遅れた」

 

 肩で息をしながら、急いできましたよ感を出して部室の扉を開ける。急いでないし、疲れてもないけど仮に一年生がいた時の威厳を保つために必要なのだ。

 先生に怒られて、遅刻している時点で威厳はない?そう思った人は素直に名乗り出なさい。うどんにしてあげる。

 と言うのは冗談で、部室内には初めて見る顔の女の子が目を点にしてこちらを見ていた。

 

「おっ、新入生?」

 

 ぺこりと頭を下げた女の子は俺に警戒心を抱いているのか、すぐに視線を外して友奈と東郷との会話に戻って行った。

 知らない男の人が入ってきたら怖いに決まってるわけで、俺はこの場にいる事になれていても他の人はそうは思っていないのだ。

 『勇者』を守る『守り人』で成り行きでこの部活に参加し、唯一の男子部員なわけではあるが、俺とて嫌われるような事はしたくない。怖がられるなら奥の方で縮まっていよう。

 と言うわけで、俺は部室の奥にカバンを置くと、床に腰掛けた。

 物置きのようにもなっているので埃っぽい匂いが鼻をくすぐる。大橋の実家も部屋はそんな感じなので特に違和感はない。

 

「ハルスケも一緒にいれば良いのに〜」

 

 いつの間にか俺の横に園子が来ていた。1人隅にいる俺に気を遣ってくれたのかもしれない。

 

「あの子が怖がっちゃってるから」

 

「怖がってはないと思うけどね〜」

 

 園子が俺の左腕を指の先で突く。そこは空洞で、相変わらず袖が形の在り処を求めて彷徨っている。それと、隣に立てかけられた杖。

 なるほど。確かにこんな人には怖さと言うか不安要素が勝るか。

 客観的に物事を見てみるのはやはり大事だと気付かされた。

 

「義手の方はもう少し待ってて欲しいんよ〜。その時が来たら渡すね〜」

 

 その時。と言うのは園子が大赦における実権を握るための最初の一手を打ち出す時だ。既にこちらも綿密な計画のもと、動き出す予定らしい。

 

「本当に来年には仕掛けるのか?早すぎるだろ」

 

「そうじゃないと遅すぎる気もするからね〜。大丈夫。ちゃんとハルスケにも相談するし、安芸先生にも相談してるから」

 

 園子がそう判断したのなら、俺はそれに従うのみだ。園子を1人にしない。そう誓ったのならば次は必ずその約束は守らなくてはならない。それが今の俺の科せられた裏のお役目だと思っている。

 

「けど、今は私はまだただの中学生。部活、頑張らないとね〜」

 

「そうだな。俺も早く動けるようにならないと」

 

 感覚の戻らない右足をさすりながら、俺は園子に笑って見せる。

 

「の割にはテロを制圧してるみたいだけど〜?」

 

 俺と園子の間の空気が、音が。全ての雑踏が止まる。ひび割れる。という先人たちの生み出した表現は、何一つ間違いではなかった。

 

「だ、誰から聞いた」

 

「私に隠し事はできないからね〜」

 

 誰から聞いたのか、と言う俺の問いを無視して含みのある言い方をする園子に先程まで浮かべていた快活な、銀に当てられたような勝ち気な笑みは引き攣った苦笑いへと、その形を変えたのだった。

 

 

 

 

 

 それから嬉しい事に4人、5人と勇者部に興味を持ってくれた子達が来てくれた。思いの外の成果に樹を含めた皆は胸を撫で下ろしている。

 一年生全員が部室から退出してから、俺は物置きから這いずりでた。長い事、狭いところに居たので身体が痛い。

 

「それで、あの子達入りそうなの?」

 

 凝り固まった身体を伸ばしながら、樹に聞いてみる。

 

「興味は持ってもらえて、1人は今度の活動に来てくれるみたいです」

 

 嬉しそうに目を細めている樹だったが、急転直下。ですが……。と樹が不思議そうに首を傾げるものだから、俺も釣られて首を10度近く傾ける。

 

「なにかあった?」

 

「最初の子以外、何故かみんなバドミントン部からここを教えてもらったらしくて。不思議だなあって」

 

 あまりにも思い当たる節がありすぎた。頭上では、あのバドミントン部部長がニヤニヤとしながら俺を見下ろしていた。一応、今度感謝の印にうどんを送っておこうと思う。

 

「ぐ、偶然だと思うよ」

 

 そう言って俺は適当に誤魔化しておいた。悪いことはしていないはずなのに、何故こうも後ろめたい気持ちになるのだろうか。

 俺がはっはっはっ。と乾いた笑いを浮かべる中、夏凜は先のことを見越し始めていた。

 

「来てくれると決まったのなら、その時何をするか決めないとね」

 

「夏凜ちゃんと言う通りね。やはりいつも通りのことをするべきよね」

 

「確か横手ちゃんが来るのが15日だから……。保育園での活動ですね」

 

 新入生の子、横手ちゃんと言うらしい。名前は後で確認しておこうと思う。

 

「保育園の活動となると、出来そうなのは何かな」

 

 友奈が珍しく目を閉じて真面目に考えるものだから、俺も日頃の活動の中から出来そうなことを、脳という情報の海から掴み出そうと手を突っ込んだ。

 俺と友奈とは対照的にいつも通り、直感任せに銀は手を挙げた。

 

「はい!」

 

「じゃあ、銀。どうぞ」

 

 東郷が軽く咳払いしてから、クイズ番組の司会風にビシッ!と銀を指名する。銀は間髪入れずにとんでもないことを宣った。

 

「ドッジボールの的!」

 

 言いたいことを言えたのか満足して、一連の流れに乗ってくれた東郷と堅い握手を結び、何ならハグしている。

 一体どこにそこまで友情を深める要素があったのか是非とも教えて欲しいくらいだった。

 

「おい、待ってくれ。ドッジボールの的は俺の仕事だろ」

 

「ハルヤでも出来るって事だから、横手ちゃんも出来るっしょ」

 

「俺の、仕事がぁ……」

 

 銀の言う通り、俺でも出来ることというのは他の人なんて簡単に出来る。唯一子供達と触れ合うための俺の機会が、今まさに損失しようとしていた。ここで交渉に失敗したら俺の居場所はあの幼稚園にはない。

 メラメラと燃えたぎる勝負心。俺は燃える炎を膨らませるための薪を求めて、夏凜にその熱い眼差しを向けた。

 

「アンタ、その役目に凄まじいまでの使命感持ってるわね」

 

「夏凜ならわかるだろ?あの子供達の純粋無垢な目にサンドバッグにされる楽しさを」

 

「わからないわよ!!」

 

 なんて事だ。唯一理解を示してくれそうな雰囲気だった夏凜にすら、最後の一言が余計だったのか可哀想なものを見る目を俺に向けるではないか。

 

「そもそも期待の新人、横手ちゃんに的なんてさせたら入ってくれなくなるだろうよ」

 

「良い案だと思ったんだけどなあ。ね、須美」

 

「本気で言ってたのだとしたら、俺はお前がわからない」

 

「あっはっはっ!いくらハルヤがわからないだろうと、アタシには最大の理解者である須美がーーーー」

 

「……いや、私は最初から無しだと思っていたわ」

 

「須美!?」

 

 まさかの大裏切り。ドラマとかだったら超激アツ展開であることは間違いない。だがしかし、ここは現実。この世に二つとないリアル。儚いかな。現実とは無情なもので、東郷を正気に戻すには充分だったようだ。

 

「私も、みのさんの案は怖い〜」

 

「冷静に考えたら確かにおかしいね」

 

 こちらも園子によってトドメが刺され、冷や水を被せられたが如く、身体を縮こませて次第にその存在感を消していった。

 頼むからそのまま消えずに戻ってきて欲しい。居ないと俺が困る。

 

「でも、横手ちゃん身体動かすの好きって言ってたよね。それなら子供達の遊び相手もできるんじゃないかな」

 

 友奈は頭をフル回転させ、本人の言っていたことを引っ張り出してきた結果、これなら行けそうだと言うのを的確に意見として提案してくれた。

 とりあえず銀のドッヂボールと言うのも閃きの一つに含まれたようで、彼女の犠牲は無駄ではなかったらしい。

 

「じゃあ、当日は基本的には私が横手ちゃんに付き添う形で活動することにしましょう」

 

「「「「「はーい」」」」」

 

 かくして、あれほどまでに道を見失っていた新入部員確保は遠回りしながらも、着々とその道を見つけ出し、歩み出し始めたのだった。

 

 

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