花を咲かせ、未来に繋ぐ [加筆修正中]   作:まんじゅう卍

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EXEP : 樹クライシス【3】

 雲一つなく晴れ渡る青空。降り注ぐ春の陽気。鳥の囀りに混じって聞こえるのは子供達の声。

 そうなってくれれば良かったと思ってた時期が俺にもありましたとも。

 理想、願望、未来への展望。希望に満ちた未来がまっていたはずだと言うのに、何故俺はラケットを握って振り方などをレクチャーしているのだろうか。

 

「おのれ……。今日、幼稚園でのレクリエーションだと言ったよな……」

 

 遠いところから見慣れたあのニヤついた笑みを浮かべながら、シャトルを打ち返している部長さん。場所が場所なら呪い殺している所である。

 

「ったく。『レクリエーションには間に合うから』じゃないんよ」

 

「鷲尾先輩何か用事あるんすか?」

 

 バドミントン部の先輩でもないと言うのに、ここ数日の練習に付き合っただけで相当懐かれてしまった。そうなると他部活の後輩と言えども段々と可愛く見えてくるわけで、俺も無下には扱えずにいる。

 ノック中だと言うのに俺の独り言は聞こえてしまっていたみたいで、一旦俺はノックを上げる手を止めた。

 

「この練習が終わったら勇者部の活動があってさ。ところで勇者部は知ってる?」

 

「はい!部長さんに勧められたけど俺、バドミントン一本でやりたいんで断わっちゃいました!」

 

「あらら。でも、確かに芙蓉くんはバドミントン上手そうだし、こっちを真面目にやった方が良いと思うよ」

 

「ありがとうございます!頑張ります!」

 

 元気に返事をする芙蓉何某を見ながら、若者って元気だなあ。とかつての若かりし自分を思い起こす。

 思い起こされるのは自堕落な自分。これでもかと今と変わらぬその姿に敬意を示しつつ、俺はシャトルを上げる。

 

「よし!スマッシュで終わり!」

 

「はい!」

 

 ラケットとシャトルがぶつかり、パァン!と言う音を置き去りにして、シャトルはコーナーの隅を突いた。初心者だと言うのにジャンプスマッシュを決めた芙蓉くんはどうだ。と言わんばかりに胸を張っている。

 経験者ならわかっていただけると思うのだが、ジャンプスマッシュって見てるより意外に難しい。それを入って5日で出来る人が現れるとは怖いものを見た気分だ。

 休憩と言われたので、彼には行っておいでと伝えてから俺も部長の所に水分補給がてら練度具合を伝えに行った。

 

「芙蓉くん、相当上手いね。すぐ戦力になるんじゃないか?」

 

 俺の話を聞きながら、部長は飲んでいたスポーツドリンクの端を口から離して、口元を拭った。

 

「ま、私の弟だしね。当然だよ」

 

 誇らしげに胸を張る姿は確かにどことなく彼と似ていた。

 

「………言われてみたら君も芙蓉って名字だったね」

 

「酷い!忘れてたの!?こんだけ旧知の仲なのに!?」

 

「ずっと部長って言ってたから忘れてた」

 

「こんなに可愛い女の子なのに。私なんて、超正統派の美少女じゃん」

 

「自分で言うなよな。あと、他の一年生の子達もラケットの持ち方と腕の振り方は一通り教えたから多分大丈夫だ」

 

 調子良さげにベラベラと御託を並べていた芙蓉だったが、俺はあえて受け流した。きっと収拾がつかなくなること間違いなしだからだ。

 芙蓉の方も話したいだけ話せたのか満足そうにケラケラと笑うと、俺の足をラケットで小突いた。

 

「動く?」

 

「それなりには戻ったかな」

 

「よっしゃ。なら、リハビリがてらにこれからやる試合形式の初戦、付き合ってよ」

 

「はいはい」

 

 そこから始まった試合形式の練習。まあ、後輩達に情けない姿を見せずにはすんだだろう。

 ちなみに、ちゃんと時間通りには解放されたのだった。人を振り回しはするが、約束は必ず守る。それが彼女が部長として慕われている一つの理由なようにも思えた。

 

 

 

 

 練習が終わると、俺はすぐに家に戻ってシャワーを浴び、着替えてから呼び寄せた大赦の人の車に飛び乗った。こう言う時くらいは都合のいい交通手段と成り果ててくれた。

 門の前で降ろしてもらうと、待っていてくれたのか樹と夏凛が姿を見せる。

 

「晴哉さん、ちゃんと間に合ってくれてよかったです」

 

「優秀なタクシー運転手がいてくれたから」

 

 俺が運転手の方に手を振ると、にこやかに爽やかな笑みを浮かべて手を振り返してくれる。

 

「ちょっ!?兄貴!?」

 

 久しぶりに妹の顔も見れたからか、夏凛のお兄さん。晴信さんはふやけた顔になって、車を速やかに発進させた。

 あのまま嬉しさにかまけて事故にならないことを祈るばかりである。

 

「だから私に出てくるように言ってたのね」

 

 夏凛は俺から受け取っていたメッセージの真意にようやく気がついたようだった。

 

「だって、晴信さんが顔見たいって言ってたから。妹を持つ身としては叶えない訳には行かんでしょ」

 

「そんなに妹って大事かしらね……」

 

「当然じゃないか。お兄ちゃんって言うのはな、妹のためなら瀬戸内海だって割れるんだからな」

 

 事実、多分『天野叢雲剣』ならば割れる。ただ、須美からそんなお願いされたことがないのでわからない。

 

「風先輩も言えばやってくれるよ」

 

「私のお姉ちゃんはそんな事出来ません!みんな待たせてるんですから早く行きますよ」

 

 樹は出来ないと言うが、多分だけど貴方のお姉さんは余裕でやりかねないと思うんですよ。なんたって女子力があれば海を割ることなど造作もないのだから。幻想に空想。女子力の前には足枷にすらならない。

 

風先輩が雄叫びをあげながら海を割るシーンを想像して、勝手に口角が吊り上がった。

 

「晴哉さん。真面目にやってくださいね」

 

 前を歩く樹は俺の方を振り返って、緊張の混ざった酷く真面目な顔をして言った。樹にしてみれば、今日上手くいけば1人の部員が入部してくれる。勇者部の行く末の分岐点なのだ。

 俺も先程までのバドミントン部での緩みまくった気持ちを改めて引き締めたのだった。

 

 

 

 

 さあ、いざ活動が始まれば俺は馬鹿真面目に取り組む。軽口など叩きはしない。となれば良かったのだが、子供達の前では若干ふざけ倒した方が印象は良い。

 歌や集団生活での指導をするのは先生達でそれと子供達の中で混同されてはならない。親しみやすいお兄さんを演じて、心の底から信頼できる遊び相手のなる事が子供達との距離を縮められる。これが俺なりに見つけ出した攻略法だった。

 とは言え、初めての活動である横手ちゃんはそうも行かず、序盤はあたふたと子供達に慌てふためいていた。子供達からしても初めて見る存在である横手ちゃんは興味の的になってしまったのもその原因と言えた。そこをフォローしたのが樹だった。

 

「今日はまだカモメお姉ちゃんは初めてだから、カモメお姉ちゃんにみんなの事教えてあげてね」

 

「「「「「「「はーい!!」」」」」」」

 

 未だに取り囲まれてはいるが、最初ほどの混乱は見られなくなっていた。樹は常に隣にいて、横手ちゃんが出来なさそうな事は殆ど引き受けていた。

 その見事な先輩っぷりに、俺は目を見張った。その背中は姉である風先輩に何処と無く似ていたからだ。

 しばらくその背中から目が離せないでいると、お絵描きをしていた子から描いた絵について話しかけられてからようやく目を話す事ができた。

 

 

 休憩時間になると樹は更に横手ちゃんにアドバイスを加えている。

 

「えっとね、こういう時はね………」

 

「なるほど……」

 

 真剣に樹からの話を聞きながら、子供達との距離感や対応をメモする横手ちゃん。

 休憩時間ではあったが、体力の余っていた俺はその様子を横目に子供達と折り紙を作って遊んでいた。

 

「上手に出来てるね。凄いじゃん!」

 

 手裏剣作った〜。と見せてくれた子の頭を撫でながら、褒めたりしているとあっという間に時間はすぎて行って、グラウンドで運動しても良い時間になっていた。

 横手ちゃんも物は試しとばかりに早速、子供達に絵本の読み聞かせをしていて丁度終わったくらいだった。今は子供達と一緒に外に出る前に反省会をしているようだった。

 

「ちゃんと出来てたよ。私より上手かも」

 

「ありがとうございます!樹さんにそう言って貰えると自信になります!」

 

「でも、少し読むスピードが早かったかな。そこ以外は完璧だったよ」

 

「なるほど。気をつけます」

 

 皆が思っている以上に読み聞かせというのはかなり経験とコツがいる。それでも樹から見て、改善点がその辺りしかないと言うことは横手ちゃんはよっぽど上手と言うことだろう。

 横手ちゃんの才能もさることながら、俺はそっとバレないようにスマホのカメラを構えると一枚だけ写真に収めて風先輩に送った。

 

『樹、ちゃんと先輩してますよ』

 

 それから少しして、直ぐに返信があった。

 

『当たり前よ。私の自慢の妹はこの程度じゃ終わらないわ!』

 

 俺はそれを見て、相変わらずの妹の溺愛具合にクスッと笑いが込み上げたのだった。

 

「どうしたの兄さん。スマホを見て笑って」

 

「いや、俺も風先輩を見習わないとなって」

 

 東郷は俺がそう言うと、余計にわからなくなったとばかりに首を傾げたのだった。

 

 

 

 

 子供達にだってもちろんの事、善悪という物は存在する。

 彼ら彼女らはお姉さん達にはそれなりに優しく振る舞うが、力の限りを振るえるお兄さんには容赦ない。

 そこに乗っかる新人勇者……。おい、どう言う事だ。

 

「さあ!やっちゃいな!君たち!」

 

「横手ちゃん!?君、何をぐはあ!!」

 

 かつての日本の英雄、織田信長は鉄砲を部隊に取り入れて、武田勝頼率いる当時最強と言われた騎馬軍団を打ち破ったと言う。

 まさに今、例えの如く横手ちゃんの指示によって子供達から放たれたボールという弾丸は俺の身体を粉砕した。

 

「ふっふっふっ!鷲尾先輩、どうですか!」

 

「どうも何も……。懐かれるの早いね……」

 

「私の得意分野ですから」

 

 そう言って胸を張る横手ちゃん。俺が何をしたというんだ。俺に懐いてくれていた子供達は悉く横手ちゃんの手中に収まっていた。

 

「楽しんでるなら何よりだよ」

 

「はい。すっごい楽しいです」

 

 その表情に嘘は見えなかった。それに、子供達は素直だ。こうしてしゃがんでハイタッチまでしているのは心を許しているに違いない。

 ここまで上手い事やっている姿を見ていると、樹の心配も俺たちの心配事も本当に些細なものだったのだと思わされた。

 彼女は時計を見ると、子供達を室内に入れる時間であることを思い出したのか、慌てることなく皆を引き連れていく。

 慣れるの早いなあ。と感心しながら彼女の背中をぼーっと眺めていると、聞き覚えのあるリズムの足音が耳元で止まった。

 

「ハルヤ、大丈夫?」

 

「心配してくれるのなら、もう少しそのニヤつき具合どうにかならなかったりしない?」

 

「ごめん。アタシ、思ったことが顔に出やすくて」

 

 銀は口だけは大丈夫?などと言っているが、笑いを堪えるために口元を押さえるのに必死そうだった。指の隙間からその悪戯小僧のようなニヤつきは隠しきれていない。そして挙げ句の果てには堪えきれずに大爆笑し始めたではないか。

 

「そんなに笑わなくても」

 

「くっくくっ。笑わずにいられると思う?っぷっ、あははははははは!」

 

 ダメだ。今の俺にはこの目の前にいる銀のことを悪魔か魔王にしか見られない。

 だが勇者は諦めずに立ち上がり、魔王との対話をーーーー。

 俺がそう思った矢先、時間決め通りに子供達を屋内に戻した横手ちゃんがグラウンドに戻ってきて、彼女は俺の隣にしゃがんだ。

 

「樹先輩が撃沈している鷲尾先輩を引きずってでも連れて来て。と言っていたので力ずくで行きますね」

 

 笑顔で物凄く怖いことをおっしゃった。しかもその指示が樹から出てきたというのが尚更怖い。

 

「ちょっと待て。俺は立てるし歩ける。なんなら、今から魔王との直接対話を試みようとしてたところだからな」

 

 生憎、引きずられるのは趣味ではないので早々に立ち上がる事にした。

 よっ。と掛け声と共に立ち上がって、服についた砂を払う。

  

「魔王ってのは誰のことだい?ハルヤ」

 

「紛れもなく三ノ輪さんの事ですけど」

 

「ハルヤは知らないだけだね。本物の魔王を。本物の魔王っていうのはな、笑いの中にもっと殺意が加わってるもんだ」

 

 誰のことを言っているのだろうか。まあ、確かに俺も銃で撃ち抜かれそうな気がしなくもない。

 今も背筋に感じる視線と言うレーザーポインター。俺の命は握られているも同然であった。

 

「こんなこと話してる場合じゃないね。横手ちゃんも早く戻ろう」

 

「そう言ってるじゃないですか」

 

 なんだかこの後輩に手玉に取られている気がしなくもないが、これもまた一興だろう。

 それから室内に戻り、また少し子供達と交流をしてから、俺達は幼稚園を後にした。今日も今日とて子供達に大絶賛。先生達もまたお願い。と言ってくれたので次は劇でもしようと言う話になった。

 以前、友奈と風先輩が主演でやった人形劇。あれが中々に評価が高かったみたいで、今の代の子達にもやって欲しいとのこと。

 

「本当ですか!?やった!今度は失敗しないようにします!」

 

 勢いよく、友奈がそんな感じにやる気を見せたので、勇者部側も快く引き受けることになった。実言うとあの劇、他の保育園や幼稚園でも引っ張りだこになっていた。

 脚本、犬吠埼風の最高傑作は文化祭の劇だが、隠れた名作はこちらになるのではないだろうか。こんな場所にも名前を残す大先輩。流石である。

 

 

 

 

 帰り道、園子の提案でうどんを食べに行くことになった。もちろん、お店はあの『かめや』だ。

 店内は見慣れたもので、こんなご時世でも破格の低価格でうどんを提供してくれている。

 席に着くと、まず初めに口を開いたのは夏凜だった。

 

「どうだった?今日1日の活動は」

 

「凄く楽しかったです!またやりたいくらい!」

 

 元気な返事に、フニャッとした可愛らしい笑み。先程、俺を攻撃した同一人物とは到底思えない。

 

「この他にも部活の助っ人とか、色々あるんですよね」

 

 期待感からか、横手ちゃんの目はどことなく輝いているようにも見えた。

 それに東郷が頷く。

 

「勇者部はやる事が沢山あるから、退屈しないわよ」

 

「良いですね!私、忙しいの大好きです!」

 

 以前来た時は俺を見て怯えているようだったのに、なんだか今日は人が変わったように元気だった。この先輩だらけの環境になれてくれたと思えば、前向きに物事を捉えられよう。

 樹も同じことを思っていたのか、朝までの緊張した雰囲気はいつの間にか霧散していた。

 

「途中まで凄いあたふたしてたけど、気づいたら子供達みんな、カモメちゃんに懐いてたからびっくりしちゃった」

 

「樹先輩のおかげです。接し方とか事前に教えてくれてたから、何とかなりました」

 

 ぺこり。と礼儀正しく頭を下げるその姿はどことなく育ちの良さを感じさせた。親の教育の賜物か、生まれ持っての素質か。まあ、どちらでもよろしい。

 ところで、カモメちゃん。と言うのは会話的に横手ちゃんの名前だろう。俺、今知ったんですが。今まで知らなかった。

 横手かもめ。語呂悪くなかろうか。

 その事がバレたのか、東郷に肘で軽く小突かれた。それと同時に皆のうどんが運ばれてくる。もちろん頼んだのは肉ぶっかけうどんである。手を合わせてから、まず一口啜る。変わらぬ味に涙しそうになるのを堪えた。後輩の前でこんな事で涙するとか情け無くて、逆にそれで泣けそうだ。

 「美味しいです!」と二口、三口と食べ進めて行く横手ちゃん。そんな彼女とは対照的に園子はジーッと彼女の方を見て固まっている。銀もそれに気がついたのか園子に声をかけた。

 

「どないした園子。早く食べないと冷めちゃうぞ。そうだ、食べさせてあげよっか」

 

「やった〜!あーん。もぐっ。んん〜!美味しい〜」

 

 銀に食べさせて貰った園子は頬を押さえてご満悦そうだ。それからしばらくして正気に戻った園子は横手ちゃんに首を傾げた。

 

「カモメちゃんの呼び方考えないとね〜。何が良いかなあ」

 

「の、乃木様が私にあだ名を?大丈夫?恐れ多くないかな……」

 

 園子や他の子に聞こえないように小声で何やら言う横手ちゃん。残念ながら俺の耳は誤魔化せない。しかもなんと言う事でしょう……。何故そんなに顔を赤らめているんでしょうか。

 

(え、乃木様言うた?そんなに顔赤くする必要ある?)

 

 俺が感じた違和感を、珍しく東郷や園子ですら気がついていない。呑気に「それはそのっちが決めた方が良い名前が決まりそうだけど」などと言って、うどんを食べていた。

 うどんが目の前にあると確かにそっちに気が取られるけども。そして今更になって俺はとある事が頭の片隅をよぎる。

 

(横手って確か大赦でも見たことあるな。あれを見たのは、確か……【英霊の碑】?)

 

 別に突き止めなくても良い事であるとはわかっていた。ただ、少しの好奇心が勝ってしまった事は許して欲しいと思う。

 だが、それは今ではない。今の楽しそうな雰囲気をぶち壊すほど、俺も空気が読めないわけじゃない。

 

「友奈は何かないのか?」

 

 俺自身、愛称の方は特に思いつかなかったのでなんとなく友奈に振ってみた。それが、間違いだとも知らずにーーーー。

 

「わ、私?えー、何かあるかなあって、ええええ!?どうして土下座!?」

 

 友奈が「こんなのはどう?」と言いかけたところで、横手ちゃんの方からガタン!と言う音がした。

 そして、何故か彼女は俺が見た中で2番目に綺麗な土下座を展開していたのだ。俺、唖然。東郷は「見事な姿勢ね……」などと呟いている。

 

「お、おい。どうしたんだよ。横手ちゃん。君も突然陳謝とか言って腹を切る性格なのか!?」

 

「わ、私如きに友奈さんが愛称なんて!も、もう死んでもいい!」

 

 わ〜。壊れちゃった〜。

 いかれちゃったよこの人。何が引き金になったのかは最早言うまでもない。

 

「一旦落ち着け」

 

「いひゃい」

 

 目を覚まさせるための、渾身の一撃を繰り出した中指は横手ちゃんの額にぶつかって、パチン!と音を立てた。

 彼女は何度もダメージの深刻な額をさすっている。

 

「目、覚めたか?」

 

「いえ。私の目は、心は情熱で燃えたぎってます」

 

「詩的な事言わんでよろしい。とりあえずうどん食べようぜ。なっ?」

 

 俺はいつぞや、須美にした時のように横手ちゃんの頭を撫でた。須美は大抵のことはこれで何とかなった記憶。

 案の定、横手ちゃんは顔を赤らめて大人しく自分の席に戻った。恥ずかしがってるのか、怒りで打ち震えているのか。どちらにせよ狙い通りと胸を撫で下ろしたが、他の方々からの視線が痛い。

 俺はそれを流すように視線ごと、うどんのスパイスにして身体の中に放り込んだのだった。

 

(ん?あれ。結局、横手ちゃんの愛称どうなったんだ?)

 

 あの園子ですら、その事を忘れるほどインパクトのある奇行。とんでもない一年生が来たもんだと、俺はこれからの一年にある種の希望を見出したのだった。

 

 

 

 結局、あの後は活動の話に戻り、横手ちゃんは正式に勇者部に加わることとなった。雑多な流れ解説にはなってしまったが、これにて『樹クライシス』は一応、幕を閉じたのである。

 

 

 

 だが、横手ちゃんがつるやで見せたあの奇行。皆、そこまで深く考えてはいないようだが、何処と無く俺には引っかかったままだった。

 引っかかったまま、時は過ぎていき横手ちゃんが入部してから2週間が経った頃、また1人の子が勇者部に興味を持ってくれて体験に来てくれた。その子は何と言うことか、偶然にもあの柚木先生の娘さんだった。

 まあ、その子も中々変わっている子で、何かと無気力そうな空気感。それが別に意図的に出しているわけでなく、勝手に滲み出て来てしまっていた。

 

「ふむふむ。柚木はるかちゃんね。横手ちゃんと同じクラスか」

 

 彼女が来た日、部室には俺しか居らず、仕方なしに俺が対応する事になったのだった。

 何処と無く雰囲気が自分に似ていたので、横手ちゃんよりかは最初の方に会話するには緊張感はいらなかった。

 

「かもめとは幼馴染です。親同士が仲良くて、クラスもたまたま」

 

「へぇ、そうなんだ。横手ちゃんに誘われてここに?」

 

「そうです。それと晴哉先輩の話も母から聞いてます」

 

「良い話だよね」

 

「半分そうで、半分違います」

 

 どうにも俺は3年の担任である柚木先生には微妙な生徒らしかった。

 それは置いておいて、とりあえず彼女が勇者部に入る気があるのかどうかだけを聞いておかねばならない。

 

「勇者部には興味があるって事でOK?」

 

「半分そうで、半分違います」

 

 口癖だろうか。

 

「ちゃんと勇者部には興味はあります。私の小学校でも有名でしたから。それに、一回目の前で人助けをしてる人を見たことあるんですよ」

 

「おぉ、そうなんだ」

 

 一体誰なんだろう。風先輩か、友奈か。それとも東郷か。何となく黙って聞いていると出て来た名前はーーーー。

 

「はい。目の前にいる晴哉先輩でした」

 

 まさかのまさかの登場。話し的に、ケーキ屋の店主さんを偶然助けた時の話だろう。

 

「俺なんだ。それは予想外」

 

「車に轢かれそうな方を身体を挺して助けてて、それからずっと地域で晴哉先輩や他の勇者部の方がいたら必ず目に止まってました」

 

 当時の私には凄く大きな存在に見えてましたよ。と言われた俺は妙に照れくさくなって、それを誤魔化すために咳払いした。そして、もう半分の方は?と話を逸らす。

 

「はい。それとあと一つはかもめに強く勧められたからです」

 

 段々と面接のような雰囲気になり始めてしまった。真顔で表情一つ変えずに話す柚木は、本当に面接を受けているかのようだった。

 俺、面接受けた事ないけどそれでも多分もう少し愛想は良くするのでは無かろうか。

 

「ちなみになんて?」

 

「本物の勇者がいるって。私は別にそれはどうでも良いんですけど、かもめが先日変な資料?みたいなものを持って来て」

 

「何それ」

 

「えっと……、物凄く古いノートでした。文字も掠れてて、殆ど見えなかったんですけど、かもめが凄い勢いで私にその事を話すから気になって」

 

 何でも彼女曰く、その古いノートには勇者部なる記述があったとか。

 

「横手ちゃんの俺の中の謎が深まるのは置いといて、勇者部に入ってくれるなら大歓迎だよ」

 

「こちらこそよろしくお願いします。入部届はいつ出せば?」

 

「先生には俺から出しとくから、これに名前と日付だけ書いてね」

 

 思ったよりすんなりと話が通った事に拍子抜けしつつ、俺は柚木が入部届を書き終わるのをボーッと眺めて待つ。書き終わるのにそう時間はかからなかった。

 彼女からペンと入部届を受け取ってから、俺はそれを所定の位置に仕舞い込む。しまい終わってから、俺は皆が戻ってくる暇つぶしもかねて柚木と世間話と洒落込む事にした。

 

「ところで、柚木ちゃんって何か得意なことあったりする?」

 

「親の遺伝子のせいで、スポーツは何かと出来ます」

 

 友奈、夏凜、銀に続いてのスポーツ要員。東郷と園子はオールラウンダーなのでスポーツもOK。段々と脳筋集団になり始めたこの部活の将来が少し思いやられる。

 

「ほら、私無駄に身長も高いですし」

 

 はっ。と鼻で笑いながら物凄く悲観的に柚木は自分の身長のことを俯瞰した。確かに彼女は中学一年生の女の子にしては相当高い。成長期がまだ続くのだとしたら、俺は抜かされてしまうかもしれない。

 俺がそんな事を考えたことが見抜かれたのか、柚木は更に落ち込む。俺的にはそんな落ち込むことではないと思うのだが、彼女はそうではないらしい。こうなったら先輩らしくフォローを入れるべきだろう。

 

「大丈夫。身長が高いのは大きな特徴だ。それを活かせるのが勇者部!柚木くんは来るべくして勇者部に来たわけだ」

 

 俺なりのフォローはそれとなく効果はあったらしく、一瞬ポカーンと俺の顔を見つめていたが、それもすぐに破顔して柚木はクスッと笑った。

 俺はこの時、真顔以外の柚木を初めて見た。

 

「何だか、今の話し方妙に知り合いを思い出します」

 

「そりゃ良かった。俺にも1人いるよ。似たような話し方するバドミントン部の知り合い」

 

 最近良く出番があるバドミントン部部長。確か彼女がこんなような話し方だったはずだ。

 時折り何処から聞いて覚えるのか、難しい四字熟語とか使う時もあるので俺としては無駄に勉強になったりもしていた。本当に何処から仕入れてくるのか教えて欲しいくらいである。

 

「もしかしてですけど、その人の名字って芙蓉だったりしません?」

 

 心当たりでもあるのか、的確に俺の知り合いの名字を柚木は言い当てた。

 

「おっと。まさかの知り合い?」

 

 ここで繋がるか。この人たち。

 

「はい。先祖代々、何故か親交があるみたいで私たちもです」

 

「そりゃ凄い」

 

 香川は狭い。こうも知り合いが集結することもあるのか。はたまた運命力か。どちらにせよ、俺はこの世界の狭さを改めて痛感した。

 そんな感慨深さも程々に、これからの日程を話す事を忘れていたと予定表を見せようとした時、部室の扉が凄まじい勢いで開け放たれる。

 横手ちゃん。その扉はスライド式だ。最早それは開けるではなくて蹴破ってるぞ。

 可哀想な扉くん。無惨にも彼は本来滑るはずのレールをハズレ、行くはずのない方向にバタンと倒れた。その姿に拝。

 

「もう少し学校の施設は大切に扱おうな」

 

 俺は扉を直しながら、言い聞かせるように横手ちゃんに言った。

 彼女は反省はしているのか、しょんぼりとしていて、そんな横手ちゃんを柚木がヨシヨシと慰めていた。

 

「晴哉先輩、この通り反省してるので許してあげてください。この子、特定のことになると常識人から狂人に変わるんです」

 

「前も急に土下座してたし、それは知ってる」

 

「すみません……」

 

「直せるくらいで良かったよ。それで、何かあったの?」

 

 彼女を常識人から狂人にさせるほどの事とは一体何なのか。

 俺は何となく想像が付いてはいたのだが、敢えて聞いてみる。

 俺の問いに横手ちゃんは、先程までのしょんぼりとした様子は吹っ飛び、目を輝かせてこう言った。

 

「勇者の遺物が見つかったんです!!」

 

「「はい?」」

 

 何やら横手ちゃんはとんでもないものを見つけて来たらしかった。

 

 

 樹クライシス 〜完〜 

 

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