花を咲かせ、未来に繋ぐ [加筆修正中]   作:まんじゅう卍

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第二章で少し無視していた所の補完エピソードです
少しだけ10周年イベントのインスピレーションは受けましたので、首を傾げられるかもしれません笑
それではどうぞ!!


第4幕追加EP : 晴れ風

 1人の少女は2年ぶりにとある場所に足を運んだ。

 この2年間、少女を取り巻いていた事態は良くも悪くも彼女の人生を彩っていた。

 だがしかし、彼女は家族では1人の姉として。部では部長として何とか形だけでも頼れる大人になろうと自分に向き合う異常に他人と向き合い続けた。その結果、頭の片隅に追いやられていた大事な事に今になって向き合い始めたのである。

 その為の第一歩に少女は目的の場所へと足を運んだ。手には手向けの花。その花の香りが、彼女の鼻孔を擽る。普段ならきっと感じないような事が五感を通じて心に語りかけてきていた。

 

「緊張する必要なんてないのにね」

 

 胸に手を当て、小さく一息。目の前には自分も同じ名字が刻まれた墓標。

 

「ようやく来れたよ。お父さん。お母さん」

 

 その声音には、いつものように戯けたものは感じられない。全てを成し遂げて、ようやくここに来れたと言う安堵に近い、広がる青い空と同じような澄んだ瞳でその墓標を見つめる。

 犬吠埼風は実に2年越しに、両親の墓標を訪れていたのだった。

 

 

 

 

 神世紀300年、10月。ひとまず勇者としての戦いが終わり、満開の後遺症も治って、日常が戻った来ていた私は晴哉の部屋を訪れていた。

 

「悪いわね。急に押しかけちゃって」

 

「暇してたので大丈夫ですよ」

 

 私は何の縁か何かとこうして晴哉と2人で会うことがあるのだが、彼の面持ちはこの1ヶ月で相当に穏やかなものになっていた。

 彼も彼なりに背負っていたものをようやく降ろす事が出来たようだ。その変化の具合に、私も胸を撫で下ろす。

 

「うどんは出ないですよ」

 

「来客にはうどんを出す。これ、香川の常識でしょ?」

 

「あちゃー。そうでした。準備してきます」

 

「しなくて良いわ!」

 

 2人してこうしてケラケラと喉を鳴らして笑えているのも、大きな壁をお互いに乗り越えられたからだろう。

 自分にも晴哉にも目の前に築かれた壁は相当に高かったはず。それを乗り越えられたのは1人ではなかったからだ。晴哉も1人で戦い続けていた時より、誰かと手を取り合った方が強くなれると言う事に気づいたらしい。 

 今だからこそ出来るそんな会話を楽しんでいると、晴哉は本題に切り出した。

 

「所で風先輩。何か話があるから来たのでは?」

 

「どうするのよ。普通に世間話をしたいだけだったら」

 

「それならわざわざ俺の家には来ないでしょ。誰にも聞かれたくないから、ここを指定した。違います?」

 

 日常的には文句を言いつつも頼りになる後輩なのだが、やっぱりこう言う人の心を簡単に見通したようなところは少し苦手だ。

 これで本人は自分には他人の心を理解するのが向いてないなどと言うのだからタチが悪い。

 

「えぇ。晴哉の言う通りね。ここから話す事は樹にも話さないでね」

 

「了解です」

 

 晴哉は小さく笑って頷いた。それを見てから、私は安心して話を切り出した。

 

「晴哉。あんたの力で時間を戻す事は可能なの?」

 

 晴哉が人でもあり、時量師神でもあると皆に打ち明けてから、私は少しだけその神について調べた。

 ただ、調べても調べてもその正確な情報は出てこなかった。ネットにも検索結果は0件と表示されるだけで、大赦がその存在を隠しているのは私にもわかる。だから、こうして本人に聞く事にしたのだ。

 しかし私の問いに彼の目つきが少しだけ鋭くなって、思わず喉が鳴る。唐突に武者震いがして、頭が真っ白になった。もしかしたら聞いてはいけない事を聞いたかもしれない。そう思って前言を撤回しようとした。

 

「……ごめん。答えなくてもーーーー」

 

「出来ますよ。それなりの代償はありますけど」

 

 良いわ。忘れて。そう言うつもりで一度俯いた私は勢いよく顔を上げた。

 別に未来にだって行ける。彼はそう言った。至って真面目な顔で、信じらないような話を平然とした。しかし、晴哉は首を横に振った。自分が今言ったことを全て否定するかのように。

 

「だけど、風先輩。それで先輩の抱えている気持ちは変わりますか?」

 

「それは……」

 

 自分が1番わかっている。わかっているけれどーーーー。

 私が言い淀んでいる間に、晴哉は先程までの鋭い視線を緩めて申し訳なさそうに首を垂れた。

 

「風先輩は両親に会いたいんですよね。だから俺に頼もうと思った」

 

「……そう、ね」

 

「ごめんなさい。出来るとは言ったとはいえ、俺には出来ません」

 

 普通に考えて無理なお願いをしているのは私の方だと言うのに、何故か晴哉が頭を下げたせいで急に調子が狂ってしまう。

 私が今の話は忘れて。と再度言うタイミングで私は自分の耳を疑った。

 

「え?」

 

 今一度、言われた言葉を理解したくて私は聞き返す。それに対して晴哉は今にも泣きそうな顔で私に告げた。

 

「風先輩の両親が亡くなるきっかけの事故。あれを引き起こしたのは、俺達です」

 

 それから少し、時が止まった。窓の外の世界は動いているのに、この部屋の時間だけがピタリと停止した。

 思考も何もかもが追いつかず、私はただ晴哉の顔を見続けるしかなかった。晴哉も唇を噛みながら胸の内から込み上げる感情を押し殺し続けている。

 

「風先輩が望むのなら話をします。それと俺が過去に戻したくない理由も」

 

 私は晴哉に何と返せば良いのかわからなかった。事実を知った事もそうだし、それを大赦も晴哉も隠していた理由も聞きたかった。

 きっと、以前の自分ならこの時点で晴哉を頭ごなしに否定していたかもしれない。そうならなかったのは自分が勇者として戦い、満開と言う最大の障壁を乗り越えたからと言うのも何と言う皮肉か。

 

「聞かせてちょうだい。何があったのか、本当の事を」

 

「……わかりました。でも、俺からも一つだけ守ってほしい事があります。須美には言わないでください。多分、1番傷つくのは須美だと思うので」

 

 俺たち。と言ったからには知人の名前が出てくるとは思っていたが、東郷の名前が出てくるとは少し意外だった。

 晴哉の願いを頷いて私は受け入れる。それにまずは安心したのか、一息吐くと、晴哉は訥々と当時の事を語り出す。

 

「2年前、俺たちは大橋で3体のバーテックスと戦闘状態にありました。その時には既に最終決戦で、お互い出し惜しみ無しの激戦だったと記憶してます」

 

「………」

 

 東郷の名前が出てきた時はまさかとは思ったが、ここで2年前に戦っていた勇者達の御役目の話が出てきて、私の中で大方の予想がつきつつあった。

 

「必死でした。満開には大きな代償があると言う可能性が頭の中をよぎって、それでも敵は押し留めなくてはダメで。樹海にダメージが入ると現実世界にも影響が及ぶと言う事を完全に失念してました。少なくとも俺はそうです。須美はわかりません」

 

 当時の事を思い出してか、晴哉は眉間に皺を寄せる。

 元より彼らを責める気は更々無かったが、話を聞くごとに誰が悪いとか、そんな考えは次第に無くなっていっていた。

 仮に私がその状況になったらどうだ。晴哉は戦いの最中に満開の後遺症については把握をしていたと言うのなら、私はその時点で怖気付いて戦いを放棄したかもしれない。だとすれば、東郷や晴哉。乃木園子の激闘は讃えられる事はあれど、批判して良いものではないはずだ。

 

「獅子座の攻撃を相殺するために、須美は満開における最大火力をぶつけました。その結果、大橋と樹海。海面の一部を吹き飛ばしました。後は、知っての通りです」

 

「その結果、高波が起きて避難誘導をしていた私の両親が巻き込まれた……」

 

「はい。それがあの時起きた事の発端です」

 

 全てを語り終えた晴哉は、何でも言ってください。とばかりに私に真っ直ぐと向き合った。

 それなら先輩として一言言っておこうと思う。

 

「あんた馬鹿ね。怒られるとでも思った?」

 

 私は小さく微笑んで、首を横に振った。

 向けられた仕草や予想外の言葉に晴哉は何度も瞬きを繰り返している。

 

「……まあ。それはそうですね」

 

 一体どんな罵声を私が浴びせると思ったのか。だとしたら少し心外だ。私ほど器が大きくて、どんな事も受け入れられる人はいない……と言うのは冗談。前言撤回。

 私は人差し指の先で、コップの縁をなぞりながらそれを目で追う。ぐるっと一周させても私の答えは変わらなかった。それを確認してから、私は晴哉を真っ直ぐと見据える。

 

「元から知りたいのは真実だけだったし、その内容を聞いて逆に私が胸が苦しくなったわ。自分に置き換えられるだけに非難したりする事なんて出来ない」

 

「風先輩は優しすぎますよ……」

 

「何よ。怒って欲しかったの?」

 

「半殺しにされるくらいは覚悟してました」

 

 晴哉の気の抜けた面白くない冗談に、私は思わず苦笑い。晴哉もんんっと咳払いすると、一気に飲み物を飲み干した。

 それを見守ってから、私は改めて二つ目の質問をする事にした。

 

「それであんたが時を戻したくない理由ってのも聞いて良いかしら」

 

「皆の努力を無に返したくないからです」

 

「あんたらしいわね。でも、仮に大橋決戦の前までに時を戻してって事をすれば東郷も乃木も……」

 

 私の疑問は予想済みだと、晴哉は首を横に振った。それだけでもう晴哉が諦めていることは明白だった。

 

「残念ながら結果は変わらないんです。俺は神としては不完全体で、戻るたびに記憶を失います。過去に今の記憶を持ち込めないんです。だから、やるだけ無駄なんですよ」

 

「なるほど。何となく納得が行ったわ。それなら、期待していた私が馬鹿みたいね」

 

「期待させたのなら申し訳ないです」

 

「大丈夫。これでスッキリしたわ。ありがとう」

 

 この言葉に嘘はない。これで私の心の蟠りは完全に溶け切った。

 むしろこんな話をさせてしまった私こそが謝らなければならない。晴哉だって苦しかっただろう。最近思うのだが、この子は未だに何か大きなものを背負い続ける気がした。それを少しでも軽くしてあげるのが私の、先輩としての大きな役割に違いない。

 

「折角なので話しておきますけど、風先輩お墓参り行ってます?」

 

「うへ!?」

 

「その反応見ると行ってないんですね」

 

「り、理由はあるのよ。両親がいなくなって、樹の面倒も見なくちゃ行けなくなって。大赦には勇者がどうとか言われ始めて、部活の事も部長としてしっかりしないと行けなくて。色々とありすぎて心の余裕がね」

 

 実際のところ本当にそうで、樹の姉でありながら親として、皆の部長として引っ張っていかなければダメで、自分の事を顧みる事など出来なかったのである。

 必死に大人になろうとしている間に時は残酷にも過ぎていった。気がつけば2年も経っている。

 

「実言うと暇さえあれば行ってたので…一向に自分のお供えしかないなあ……って」

 

「部活が無い時どこに行ってるのかと思ったらそんな事してたの?」

 

「一応、はい。園子の所に会いに行くのと病院。銀の実家に行く合間合間に」

 

「あんた、思った以上に人情深いのね」

 

「あの時の事を覚えていて、唯一動けた人としての当然の役割です」

 

 その少し歪な使命感はとても晴哉らしかった。でも、歪ではあるが自分のした事に向き合うと言う意味ではあまりにも優しすぎたように思う。

 仮に、全ての歯車が狂って世界が終わってしまうような事になった時、彼のこの優しさが間違った方向に動かない事を祈るばかりだ。

 

「それで風先輩。せっかく落ち着いたんです。風先輩の両親も赤の他人の俺の顔なんて見飽きたと思うんですよ」

 

 遠回しな言い方に私も唇を尖らせる。

 

「わかってはいるのよね。行かないとって。……2人の所に行ったら、それこそ私のこれまでの2年間が逆行しそうで、少し怖いの」

 

「風先輩はまだ中学生なんだから、親の前で子供に戻るのは当然の権利だと俺は思いますけどね」

 

「そういうもん?」

 

「多分?」

 

「そこは確信を持ってほしいわ」

 

 私の頬が勝手に綻ぶと、それに釣られて晴哉の表情にも笑みが戻って来ていた。

 

「せっかくの休日なのにこんな話をしに来てごめん」

 

「整理はつきました?」

 

「そうね。8割くらいって感じ」

 

 残りは大赦の説明不足への怒りだ。もっと鼻から私に話をしてくれていれば晴哉にこんな辛い思いをさせる必要もなかったと言うのに。やっぱり大赦は潰すに限る。

 

「大赦は潰そうとしないでくださいよ?」

 

「ありゃ。バレてた。しないから安心しなさい」

 

 私の冗談も先程の晴哉同様、面白くなかったのか冗談に聞こえなかったのか、物凄い顔が引き攣っていた。

 何だかこのままだと話に収拾がつかなくなりそうだったので、私は立ち上がり部屋の外に指を向けた。

 

「よしっ!三ノ輪でも誘ってうどん食べに行くわよ!」

 

「良いですね。ご馳走になります」

 

「え、私が払うの?」

 

「冗談です。たまには俺が払いますよ」

 

 それならお願い。なんて言って、似合わないウインクを振り返って晴哉にしてみたりする。それを彼は似合わないですよ。なんて言って揶揄った。

 残酷な真実を知ったと言うのに、私の心は晴れやかだったと思う。迷う所もあったがそれでも納得は出来た。

 来月あたりは少し休みがある。その時くらいにお墓参りには行こう。私はそんな事を考えながら、靴を履き直す。

 玄関と外との境界線を眺めながら靴を履き終わると私は最後に一つだけ聞いてみる事にした。

 

「晴哉はまだ何か起きると思う?」

 

 何故そんなことを思ったのかはわからない。突然聞かれた内容が内容なので、晴哉も眉を顰め顎に手を当てる。

 

「一個、懸念してる事はあります」

 

「ほ、本当にあるのね」

 

「小耳に挟んだだけなので何とも……。まあ、何もないですよ。よっぽど未知との遭遇がない限り」

 

 ケラケラと軽く笑い声をあげながら、晴哉は不穏な空気を吹き飛ばした。私も今は晴哉のその言葉を信じる事にしたのだった。

 

 

 そんな会話をした翌週。銀が何やら物凄い未知との遭遇を引き起こして結局、ここからも紆余曲折あって私は両親のお墓参りには行けなかった。

 その未知との遭遇が一体何だったのかは忘れてしまったのだけど、ぼんやりとした輪郭だけが残っている。

 それから数ヶ月後。全てを解決し終わったのは年が明けてからだった。私はあと1ヶ月で中学を卒業。そんな大人と子供との狭間の最後の期間にようやく両親の墓石を訪れる事が出来たのだった。

 

 

 

 

 

「お父さんとお母さんが居なくなってから本当に色々あったのよ」

 

 墓石に語りかける私に反応するかのように、冷たい風が頬を撫でる。

 冷たいけど暖かい。今までよく頑張ったと褒めてくれているような優しい風だった。

 

「聞いてほしい事は山ほどあるけど、まず謝らないとね。ごめんなさい。来るのに時間がかかって」

 

 答えは返ってこない。当然と言えば当然だ。でも、木々の揺れる音は私の耳にじんわりと溶け込んだ。少しだけ泣きたくなる。けど、それをグッと私は堪える。

 

「少しだけ……今だけは樹のお姉ちゃんでもなくて、勇者部の部長でもなく居させて」

 

 それから私は子供が親に今日会ったことを話すように、墓石に語りかけた。楽しかったこと、大変だったこと。思いの丈を全て打ち明けた。

 この2年間の話はいくらしても尽きない。尽きなくて……。

 

「私、馬鹿だよね」

 

 時間を戻したら、その2年間の話も出来なかったと言うのに不可能に近い可能性に縋ろうとしていた。

 私はこの2年間にあったどの出来事も思いの外好きだったらしい。きっと全部、私の今後を彩る大事な一部となっていくはずだから。だからーーーーーー。

 

「心配しないで、私の事見守ってて。これから大変だろうけど、それも今まで通り私の女子力の高さで乗り切って見せるわ」

 

 話したい事を全部話し終えて、視線を墓石から逸らすと眼前に広がる瀬戸内海がこれ以上ないくらいに輝いて見えた。

 太陽の光を反射し、輝く一つ一つの光の粒子は私の本当の意味での門出を祝福しているかのようだ。水面で繰り広げられる光の舞踏会から再び視線を墓石に戻す。

 

「それなら、またね。2人とも」

 

 次は樹と2人で来るよ。その時は立派な大人になって、びっくりさせてあげるんだから。

 心の中で微笑んで、私は墓石に背を向けて再び歩き出す。

 

「さて、受験勉強のラストスパート頑張るとしますかね!」

 

 その前にせっかく大橋に来たのだから有名なうどん屋に寄っていこう。

 女子力は何だって解決するのだから。

 

 




書き散らした感じにはなってしまいましたが、第二章の7〜11話あたりを読み返してくださるとこの事か、となってくれるかと思います!

感想や評価をいただけると更なる励みになります!それではまたお会いしましょう!
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