花を咲かせ、未来に繋ぐ [加筆修正中]   作:まんじゅう卍

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第1幕追加EXEP フリージア

 須美が家族になってから早くも1年が経とうとしていた。ようやく最近になって須美も俺に軽口を叩いてくれるまでの仲になってきた所だ。会話の端々でやけに「全く……兄さんは……」と呆れられるのはさて置き、いよいよ本当の家族になれた気がして俺は舞い上がっている。

 そしてこうして家族として共に生活をしていると自ずと訪れる日がある。そう。誕生日である。今日は3月8日。来る1ヶ月後の4月8日は須美の誕生日なのだ。

 

「……女の子って何をあげたら喜ぶんだ?」

 

 だと言うのに、俺は何も思い浮かばなかった。こうして誰かにプレゼントをあげると言う行為も初めての事で、右も左もわからない。と言うのが現状だった。

 せめてもの抵抗でイネスの中にある多種多様なお店から商品カタログを掻っ攫ってきたわけだが、どうにも男の子が好きそうなものに目が行く。それもそのはず。選んでいるのは男なのだから。

 

「難しいな。須美の趣味はわかってるつもりだけど、どの範囲まで攻めて良いものか……」

 

 学校の勉強でもここまで迷った事はない。わからなければ割り切って諦める。それが俺の勉強の流儀なのだが、こればっかりは中途半端に投げ出したくない。プレゼントをあげるなら喜ばれるものにしたい。妹となれば尚更だ。

 須美の好きなものを連想ゲームし、何とか旧日本軍とか言う神世紀ではよっぽど聞かぬ単語から本を連想して本屋のカタログを引っ張り出す。

 

「戦艦大全ね。同じやつ今須美から借りてるぞ」

 

 戦艦でダメなら巡洋艦。そう思って見るのだがそれも須美の部屋にあった記憶だ。駆逐艦も先日借りたので最早残るのは掃海艇……。あまりにもニッチすぎやしないか。須美もそこまで突き詰めてるわけではないだろう。

 一度本のプレゼントのカタログを放り出して、次に電化製品や模型などを取り扱っているお店のカタログを手に取った。

 

「プラモデルか。須美は持ってなかったはずだけど、興味はあるのかな」

 

 模型とかになるとそれこそ男の子の趣味になりやしないだろうか。白物家電をあげるわけにもいかないので、直ぐに俺はカタログを隅に追いやる。戦艦ビスマルクの模型はまた今度買いに行くことにしよう。海外の軍艦模型など滅多に発売はしないので逃す手はない。

 そんな自分の野望も一度捨て去り、再び脳裏に須美を思い浮かべる。

 

「ますますわからなくなってきた」

 

 ここまで頭を悩ませる事もそうないのではないか。諦めて四肢を投げ出し、大の字になって天井を眺める。

 こう言う時こそ友達の本領発揮だろうに、俺には悲劇的な事に友達はいない。相談できる相手がいないと言うのはここまで苦しい事なのか。

 

「父さんと母さんにでも聞くか」

 

 俺は身体を持ち上げると、須美に部屋を出た事を気取られぬようにゆっくりとした足取りで父さんと母さんのいる居間へと向かう。

 居間に辿り着くと、パソコンを片手に紅茶を飲んでいる母さんに声をかけた。

 

「母さん。今大丈夫?」

 

「どうしたの晴哉。そんなに難しい顔して」

 

 よっぽど困り果てた顔をしていたのか、それが面白いらしく母さんはクスクスと口元を綻ばせた。最初はお淑やかに笑っていたのだが、段々と目尻に涙が見え始める。目の前の母親は思いの外爆笑していた。

 

「そんなに笑わなくても」

 

「ふふっ。少し前にも似たような光景を見たなって。ごめんなさい、何か用事があったのよね」

 

 まだ母さんは笑いが収まらないらしいので、とりあえず話だけは先にしてみる事にした。

 

「須美の誕生日なんだけどさ。何かあげたいんだけど、プレゼントが思いつかなくて。何か良い案ないかなって」

 

 俺のその問いを聞いてから、再び母さんは含み笑いを深めた。ここまで笑っている母さんも珍しい。よっぽど俺のこの今の状況がお気に召すのだろうか。子供が困っているのに笑う親と言うのは教育上いかがなものか。

 俺に厳しい視線を向けられても特には動じず、母さんは目尻を拭うと、そうね。と顎に手を当てて急に真面目な顔で考え出す。その温度差に思わず風邪を引きそうになった。

 母さんは少し悩んだ後、俺の目を見て素直に言った。

 

「須美なら、あなたのプレゼントは何でも喜ぶと思うわよ」

 

「えぇ……」

 

 俺が思わず声を漏らすと、母さんは再び小さく笑って俺の肩に手を乗せた。

 

「答えを全部言ったら晴哉の成長に繋がらないでしょ?」

 

「手厳しいなあ。……けど。そう言うのなら」

 

 母さんにこう言われてしまうと俺的には納得してしまう。他人を頼っても良いけど頼りすぎるなよ。という有難いお言葉として受け取っておこうと思う。

 

「それとね晴哉。あなた、少しは自分の事も考えなさいよ」

 

 自室に帰ろうと思ったところで再度声をかけられて、俺は思わず振り返って首を傾げた。

 

「なんの話?」

 

「さてね。なんの話だったかしら」

 

 今日の母さんは機嫌が良さそうである。一体母さんは俺に何を伝えたかったのか、わからず仕舞いのまま俺は2階の自室に戻る階段を登る。

 その途中で俺は更なる疑問が湧いて出てきて足を止めた。

 

(どうして今日は母さんも父さんも家にいるんだ?まだ17時なのに)

 

 普段ならまだ大赦で仕事をしている時間だ。お帰りになるにしても早すぎる。不思議な日もあるものだなあ。と俺は再び階段を登る。

 広い家の中も手馴れたもので直ぐに自分の部屋の前に辿り着いた。自室のドアノブに手をかけた時、勢いよく隣の部屋から須美が飛び出してきた。

 

「何事!?」

 

 あまりの勢いの良さにたじろいてしまう。須美は緊張した面持ちで、手を後ろで組みながらこちらに一歩、また一歩と近づいてくる。

 

「えっと、俺何か悪い事したかな」

 

 何かしたのなら直ぐに謝ろう。そう思って思い当たらない自分の罪状を須美に尋ねた。すると、須美はこれまた大きくため息をついたのである。この後に来る言葉を俺は直ぐに脳裏に思い浮かべた。

 

「全く……兄さんは。自分の誕生日すら忘れてしまったのかしら」

 

「俺の誕生日?なんの話だ?」

 

 須美の誕生日の事を考えていたら、急に自分の誕生日がふって湧いてきた。きっと身体の隅々からクエスチョンマークが垂れ流されていたのだろう。須美は再び大きくため息をついた。

 

「兄さん。今日は何月何日?」

 

「3月8日だな。須美の誕生日の1ヶ月前だ」

 

「どうして私のはそこまでしっかり把握してるのに自分の日は把握してないのよ」

 

 眉間を指先で揉みながら、本気で呆れている様子を見せられたら流石の俺も思い出す。

 

「ん?あぁ、今日俺の誕生日か」

 

 本気で自分の誕生日など忘れていた。あまり話題にもあがらず、何故か毎年この時期になるとケーキを出されていたのだが、ようやくその意味を理解した。

 

「自分の誕生日そこまで意識した事なかったから思い出すまでに時間がかかったよ」

 

「お母様が言ってた、兄さんは恐らく本気で誕生日を気にした事がないってのは本当だったのね……」

 

「毎年何故かケーキが出てくる日ってイメージだからなぁ。そう言う事だったのか」

 

 長年の疑問にようやく終止符が打たれた。これにて万事解決。みなさん、怪我なく帰りましょう。以上!終幕!とはならなかった。幕が引かれるには早かったらしい。

 須美は調子が狂うわね……と愚痴を溢しながらも後ろ手に隠していた物をようやくここでお披露目した。

 

「そんな不思議な兄さんに渡したいものがあって。はい、どうぞ。兄さんはうどんが大好物でしょ?」

 

 押し付けられるようにして渡されたそれは、とても分厚くて重厚なハードカバーの本だった。しかも少し修学旅行の栞のようなテイスト。良くも悪くも隠せない手作り感。一度それには触れず、俺は本の側面に書かれているタイトルに目を通した。

 

「『香川うどんレシピ大全Ⅰ』……。ちょっと待って?」

 

 何だか俺は物凄いものを渡されたのではなかろうか。下手すればここに掲載されているお店は全てを暴かれたも当然の極秘ファイルレベル。 

 

「まさかとは思うけど、聞くのは野暮だったりする?」

 

「大変だったわよ。大全とは言っても、まだ把握しきれていないから敢えて一巻と言う事にさせて貰ってるわ」

 

 どうだ。凄いだろと言わんばかりに胸を張る須美に俺は思わず苦笑いを浮かべた。素直に嬉しいのは事実なのだが、出てきたものが想像の斜め上を行きすぎてしまっている。

 

「は、ははっ。ちょっと驚きすぎてやばい。言葉が出ないよ」

 

「力作だから目を通してくれると嬉しいわ」

 

「それは勿論だけど……。良くここまでやったなあ」

 

 執念と言うか、気合いと言うか。ここまでのめり込んで他人のために作れるのなら、それは最早才能である。

 せっかくだからと巻頭をめくってみるとそこには香川の地図が掲載されており、どの場所にどのお店があるのかが事細かに書かれていた。次のページへ捲ると次はとある有名店の写真とその特徴が羅列されている。読み進めていくと段々とこちらが不安になってきた。

 

「ねえ。大丈夫?多分だけど原材料とか多分お店側は公表してないよね?」

 

 しているお店もあるとは聞いているが、ここはしていなかった記憶。俺は震える指先でページ内の写真に指すと須美は頷いた後にとんでもない事を宣った。

 

「大変だったわ。足を運んでお土産用のうどんも買って一から調べるの」

 

「力作ってレベルじゃなくない?これ他の店でもやってるって事でしょ?」

 

「えぇ。もちろん」

 

 さも当然かのように言う須美が少し怖くなる。何が怖いって、材料のグラム数とか書いてあるのである。この本、大赦に見つかった場合検閲されそうなので俺の部屋で厳重に保管しておく事にした。

 

「ありがとう。大切にするよ」

 

「良かった。そう言ってくれて安心したわ」

 

 ようやくここで須美に屈託のない笑みが浮かぶ。それを見て、須美なりにこのプレゼントが受け入れられるのか緊張していたのだろう。今回、渡されたものが尋常ならざるものだったので不意打ちを受けたが、感想を聞かれれば素直に嬉しいと答える。誰かから。特に大切な人から貰えるものはどんなものでも嬉しい。

 

(母さんの言ってた意味はこれか)

 

 先程教わった役に立ちそうにない助言が今ようやく腑に落ちた。

 心の奥底から相手のことを考えて作ったり、選んだものならばその心は相手に伝わる。母さんはそれを教えたかったのだろう。それを理解した今なら、俺は須美に言える気がした。

 

「須美」

 

「なに?」

 

「1ヶ月後、楽しみにしておいてな」

 

 俺がそう言うと、須美は一瞬キョトン。とした後すぐにその表情を崩して浮かべた年相応の可愛らしい表情に、俺も小さく笑ったのだった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 それから1ヶ月後。4月8日。この1ヶ月の間は非常に長いようで短かった。何とか考え抜いて絞り出したのは、須美の好きな和食を作ってあげることと、後はおまけ程度の装飾品だ。須美は普段長い髪を上げて、バレッタで止めている。そのバレッタを死ぬ物狂いで須美に似合いそうなものを探した。勇気を振り絞って店員さんに聞いたことも今では遠い過去のように思える。

 和食に関しては須美に遠く及ばないだろうが、そこは気合いと根性。出せる程度にはなったはずだ。

 娘の誕生日と言うことで母さんも父さんも俺の時以上に須美の誕生日を祝っていて、使用人さんも巻き込んでの誕生日パーティーと化している。渦中の須美は照れているのか顔が赤い。

 

「よし!それなら頑張って作っちゃうとしようか」

 

 腕まくりをして、俺は一世一代の料理へと挑もうとする。俺の決意は空回りすると心配しているのか、須美は不安そうに俺を見つめる。

 

「兄さん大丈夫?作ってくれるのは良いけど怪我とかしない?」

 

 生きるか死ぬかの戦場に向かう者を見つめる視線は物事を捉えるにはスケールが大きすぎやしないだろうか。俺とてそんな戦場に身を置く気はないので安心して欲しい。別に料理ごときで腕が無くなるわけもあるまい。

 

「大丈夫大丈夫。成せば大抵なんとかなる」

 

 俺は須美にニカッと勝ち気たっぷりにサムズアップした。後に聞くところによると須美曰く、俺がここまで楽しそうに何かに取り組んでいたのは人生で2度だけだと言う。俺はよっぽど自分の人生が嫌いらしい。人は苦手ですけどもね。

 そんなことは置いておき、厨房の中に入ると既に頭の中にインプットさせてあるレシピを引っ張り出してきて調理に取り掛かった。

 

「晴哉様。何かあれば遠慮なくお申し付けください」

 

 有難い事に使用人さんは俺の手伝いをしようと自ら名乗りをあげてくれた。だが、珍しく俺はやる気になっていた事もあったのか1人で出来るところまでやってみたいと言う気持ちが勝った。

 

「ありがとうございます。なるべく自分の力だけでやってみます」

 

「わかりました。頑張ってくださいね」

 

 ニコリと微笑んで、使用人さんは厨房を離れた。それでも直ぐに手助けしてくれる位置にいてくれている。彼女達からすればそれも仕事とは言え、とても気持ち的には助かるのだ。

 

「まずは……」

 

 たった1ヶ月だが、密かに厨房に立ち続けて須美の調理を観察しながら好みの味を何とか探し当てた。それと正直、両親には言えない事もしている。これで何か言われたのなら悔いはない。俺は意を決すると、須美のためにその腕をふるい始めた。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 調理が終わって、須美の前に完成された料理を出す。須美は俺が作ったものを口に運ぶのが少しばかり不安なのか、箸が躊躇いを見せている。

 その対面で俺は平静を装っているが、心臓が飛び出そうなほど緊張していた。父さんも母さんも俺たち兄妹の様子をじっと見つめていた。

 須美は恐る恐るではあるが、最初に卵焼きを口に運ぶ。何度か咀嚼した後、俺の緊張を吹き飛ばすほどの花を咲かせた。

 

「凄く美味しいわ」

 

 その一言だけで俺の1ヶ月の努力が報われた気がした。ほっと胸を撫で下ろして俺も自分で作ったものに手をつける。両親も安心したのか、2人で見合わせた後に須美と同じものを口に運んだ。完全に気が緩んだのか、ご飯を食べながら寝そうになっている所に須美が微笑みを浮かべて俺に声をかけた。

 

「兄さん」

 

「ん?どうした?」

 

「ありがとう。とっても嬉しい」

 

 ニコッ。とこれまで見た中で1番の優しくて柔らかい笑みを向けられ、俺は妙に気恥ずかしくなった。

 左手で髪の先を弄りながら、俺はぶっきらぼうに言う。

 

「まだもう一個あるから」

 

「そうなの?」

 

「また後でな。それより冷めちゃうから早く食べようぜ」

 

 俺はそう言いながらお吸い物に手を伸ばした。その様子が面白かったのか、須美はクスクスと笑いながら同じものを手に取る。その様子を見て、また両親は小さく笑った。

 家族としての平和な日常の一幕と言うのがあるとするならば、きっと今の自分たちを俺は胸を張って世界に響かせる事が出来る気がした。それほどまでに俺は人としての幸せと言うものを初めて噛み締めた瞬間だったかもしれない。

 

 

 

 

 食事も終わり、お皿洗いを請け負っていると横に父さんがやって来た。

普段、表情を表に出さない父さんも今日ばかりは何処と無く浮ついているように見えた。

 

「良かったな。須美に喜んでもらえて」

 

「うん。安心した」

 

「そうか。私としては、晴哉の人間らしいところを初めて見た気がするよ」

 

「なにそれ。俺だって誰かの幸せとかは願うよ」

 

 寧ろ誰かの幸せを考え続けているからこそ、俺は困った人がいたら無視できないのだ。そう言えば、父さんも母さんも俺のそう言った姿は一度も見てないはず。去年、出会ってすぐの頃の須美にバレてしまって以来誰にも見られてはいない。

 父さんの物言いに俺が不貞腐れたように唇を尖らせると、父さんは僅かに頬を緩めた。

 

「そう言う事じゃない。私だって親なのだから晴哉が優しい事は知ってる。私は晴哉がちゃんと表情に出してくれるのが嬉しいんだ。今もそうだぞ」

 

 そんなに自分はこれまで家族にすら愛想がなかったのだろうか。確かに何にも興味を示さず本という狭い世界に閉じこもっていたことは認めよう。だとしても、そんなに感情を表に出していなかっただろうか。

 確かに心の片隅に家族の前だろうと自分の本心は表に出してはならないという気持ちがあったのも事実だった。きっとそれを父さんは見抜いていた。だから今みたいに安心しきってるのかもしれない。

 

「私は今の晴哉を見てると、裏にどんな事情があれど須美を迎えられて良かったと思ってるよ」

 

 父さんはそう言って俺は頭に手を乗せると、少し乱暴にかき混ぜてから厨房を出て行った。

 

「ありがと。父さん」

 

 気恥ずかしくていつも言えない感謝の言葉。一体どれだけの感謝を俺はあの人達に伝えねばならないだろう。きっと一つや二つでは収まらない。たった数年で数えきれないのだ。大きくなったら一つ一つ返していこう。

 洗剤で覆われた皿を水で流し、そこに映った自分の顔を覗き込む。

 

「ははっ。よっぽど嬉しいんだ」

 

 綺麗になった皿には勝手に口角が上がって目を細めている自分と全く瓜二つの存在。それが今の自分だと素直に受け入れて、俺は皿を乾燥機の中に入れたのだった。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 お皿洗いも終わり、俺は一度自分の部屋に戻った。部屋に置いてあるもう一つのプレゼントを取りに行くためだ。

 部屋に無事取りに戻り、再度須美の部屋に行くために扉を開けた時、その先にいた存在にびっくりして飛び上がってしまった。

 

「うわっ!?ど、どうした須美」

 

「私の部屋でもいいけど、兄さんの部屋で話した方がいいかなって」

 

「そう?それならどうぞ」

 

 部屋に来てくれたのなら話も早いので、須美を中に招く。須美には父さんから貰ったソファに腰掛けてもらって、俺はベットの縁に落ち着いた。

 ソファに座った須美の表情は先程まで柔和な笑みだったのに、今は自分の中の問いを聞くべきなのかどうかと言う迷いで染め上がられている。

 

「話があるんだろ?何か言いたいことが」

 

「兄さんこそ」

 

「俺は後でもどうとでもなるから。ほら、言ってごらんなさいな」

 

 俺が冗談を言うような口調で勧めると、須美はようやく口を開いた。

 

「私の本当のお母さんに会いに行った?」

 

 須美の単刀直入な問いに俺は素直に頷いた。確かにこの話は外では出来ない。

 

「……なんの話だ?」

 

「とぼけても無駄よ。兄さんの作った料理の味……。ほとんど私の作るものと同じだった。けど、一つだけ違った事があったわ」

 

「偶然だろ」

 

「どうしてそんな事を?バレたらただでは済まないでしょ」

 

 とぼけ続ける俺に須美の語気が僅かに怒りっぽいものに変化した。

 

「あの卵焼きの味、私が普段作る時はお父様とお母様に好みの味を合わせてるのは言ってるわよね」

 

「そりゃ1ヶ月隣で作り方見てたしな」

 

「けど、今日のは違う。あれは()()()()()()。私のお母さんしか知らないはずなの」

 

 詰め寄る須美に俺はどう説明したものかとこめかみの当たりを軽く叩く。

 

「須美の言う通り、会いに行ったよ。東郷さんに」

 

 俺が話を始めると須美は呆れ半分。怒り半分といった様子で首を横に振った。

 

「やっぱり。私ですら接触を禁止されてるのにどうやって……」

 

「頑張って探したとしか」

 

「そんな単純なわけないじゃない」

 

「嫌だよ。多分、本当の事を話したら須美は俺を嫌うし」

 

 正直に言うと多分これが1番大きい。ここまで得て来た信頼を損なってしまう事が今は1番怖かった。

 

「素直に言わないとお父様に言いつけるわよ」

 

「なっ!そ、それは卑怯……。はぁ。わかったよ」

 

 経験上、須美がここまで引き下がらなかった時は大体どんな条件を出しても引き下がる事はない。俺は観念して白状する事にした。

 

「これまで知り合った沢山の大人に聞いたんだ。最近誰か転校したっていう噂を聞かないかって」

 

「それで見つけ出したの?」

 

「ザックリ言うとね。案外すぐに見つかったよ。人伝いに聞いて行って、5人目だったかな。俺も知らなかったよ。須美の本当の名字」

 

 辿り着いた時の感動は底知れなかった。それと同時に、説教される覚悟もその時出来た。

 

「下の名前は聞けなかったな。まあ。それはどうでも良いや。多分だけど変わってるの名字だけだろうし。東郷須美。良い名前だね」

 

 名家に養子に来たとは言え、よっぽど名前を変えさせるまではしないはずだ。俺が何気なく出した仮説に須美はそうね。と頷いた。

 

「話を戻して……俺はすぐに会いに行ったよ。東郷さんも快く受け入れてくれて」

 

 本当に優しい人だった。俺の素性と事情を知りながらも、柔らかい物腰で色々と教えてくれたのだ。それからこれは本当に内緒だが、須美の小さい頃の話も少々聞いた。その時言われた「貴方のような子が鷲尾家に居てくれるなら安心だわ」と言う一言は俺の家族としての自信にもなった。

 

「事の顛末はそんな具合。今のところは誰にもバレてないと思う」

 

「どうしてそんな危険な事を。バレたら兄さんもタダでは済まないじゃない」

 

 須美は先程と似たような問いを先程よりも困惑した声音で繰り返す。その問いに俺は素直に思った事を口に出した。この場で取り繕う事に何一つと意味はないのだから。

 

「だってやるからには須美に喜んでもらいたいでしょ?」

 

「だとしても……」

 

「須美の思いと真逆のことをしたのなら謝る。確認しなかった俺が悪いし」

 

 当然須美の中でも鷲尾須美になるためにこれまで捨てようと思って来た思いや感情だってあるはずだ。それを無駄にしてしまうような事をしたのなら謝るべきだと思った。

 じっと須美の出方を見つめていると、やりにくそうに俺から視線を逸らす。それから何やら一言二言ぶつぶつと念仏を唱えるような声の大きさで呟いた。思わずその様子を見て首を傾げてしまう。須美は更に俺の何もわかってない阿保面を拝んで、今度は項垂れてしまった。

 

「この朴念仁……」

 

「世間ではそれは罵倒って聞いたことがあるんだけど」

 

「違うわ。褒め言葉よ」

 

 俺とて言語には精通しているのだからわかる。だが、須美は頑なにその言葉が悪い意味だとは認めなかった。

 

「私が怒ってるのは兄さんの無謀な行動よ。考えなしにも程があるわ」

 

「そうなの?良かった、須美の思いを無駄にしたわけじゃなくて」

 

「もうっ。丸っ切り話が通じないわ。こんな事初めてよ」

 

「それすらも最大限の賛辞と受け取っておくわ」

 

「惨事の間違いよ……」

 

 須美は遂に頭痛まで起きてしまったのか、頭を手で押さえながら天井を仰いだ。俺は須美のその姿を見られて非常にご満悦である。

 

「まあ。須美は何も知らないって言っておけば良いよ。だって、これは俺の初めてのわがままだしね」

 

 生まれて初めてのわがままなのだから、大人も少しは大目に見てくれるさ。と俺は肩をすくめる。須美もこれ以上は問い詰めても無駄だと悟ったのか、やれやれと言った様子で首を横に振った。

 

「兄さんのわがままなら仕方ないわね」

 

「だろ?」

 

 俺はしてやったりとニヤリと笑ったが、須美はその返答とばかりに俺の頭を軽く小突いた。歳の割に大人びていた須美の子供らしい姿に思わず腑抜けた表情になる寸前で思いとどまる。

 このまま溶けてしまっても良いのだが、本来の目的を忘れるわけにはいかない。俺は背中裏に隠しておいたラッピングされた小袋を須美に渡した。須美は次々に襲いくる落差の激しい波状攻撃に目を回しかけている。

 

「次は何なの?爆発したりしないでしょうね」

 

「失礼な。……紐を引っ張ったらクラッカーがなる仕掛けは作ろうとしてやめたけど……」

 

「やっぱりやろうとしてたじゃない……。兄さんの考えてる事、段々とわかって来た気がするわ」

 

「嬉しい事言ってくれるじゃん」

 

「悪い気がしないのが変な所なのよね」

 

 須美は一端会話を区切ると、恐る恐るリボンを解いて袋を開ける。その中身を須美は取り出した。

 

「髪留め?」

 

「世間ではバレッタと言うらしい」

 

「知ってるわよ。今も付けてるのだからわかるわ」

 

 無知であると暗に指摘されかけたのが悔しかったのか、須美は唇を尖らせている。須美的には敵性語だから知らないかと思って知識をひけらかそうとしたらしっかり知っていた。俺の方が恥ずかしいくらいだ。

 負けた気分になりながらも俺は一度軽く咳払いしてから話を緩やかに本来乗っていたレールへと戻す。

 

「普段つけてるのもいいけど、やっぱり須美は水色が映えると思って」

 

 今、須美がつけているのは簡素な黒のデザインを基調とするものだった。勝手ながら、それではどうにも味気がないような気がしてしまったのだ。

 俺が色んな人に相談を繰り返し、何とか予算内で手に入れたこのプレゼント。水色を基調としており、目立ちすぎない程度の意匠が施されている。

 

「……本当に兄さんが選んだの?」

 

 須美は何度もプレゼントと俺を交互に見た。

 

「一応?」

 

「そうなんだ。ふふっ。ちょっと待ってて」

 

 口に手を当てて、小さく笑った後、須美は今つけている物を外して俺のプレゼントした方をつけてくれる。それから照れくさそう俯いた後、上目遣いで不安気に俺に言う。

 

「どう?似合ってる?」

 

「怖いくらいには」

 

 必死に絞り出した感想はそんなよくわからないものだった。

 須美の浮かべる表情も相まって、本当に物語の中に出てくる登場人物のような印象を持ってしまう。凛とした雰囲気の中に一つでも可愛らしいものが組み込まれているのだとしたら、それは最早ギャップで人を殺せてしまうに違いない。

 

「どうして兄さんがそんなに驚いた顔してるのよ」

 

「富国強兵してしまったと思って」

 

「?」

 

 多分、言葉の意味はわかるのだろうけど会話の流れ的に意図が掴めなかったのか眉に皺を寄せてクエスチョンマークを浮かべた。

 

「忘れてくれ」

 

「ふふっ。変な兄さん」

 

 俺が手をブンブンと振って無かった事にしようとしているのを見て須美はまた小さく笑うと、俺の目を真っ直ぐに見据えた。その瞳の奥には一つの優しい灯火がゆらゆらと揺らめいている。その灯火は俺の瞳の中の更に奥。心の中の蝋燭にパッと火を灯した。

 

「ありがとう兄さん。本当に嬉しい」

 

 灯された火はその一言で爆発的に身体全体を駆け巡る。須美の咲き誇った花のような笑顔。声。その全てがただの小さな火を、更に大きくさせる。そして、生まれて初めて大切な人を喜ばせたいと言う感情が本物になった。

 

「何があっても、これは無くさないから」

 

 須美は一度バレッタを外すと、大事そうに胸の前に抱いた。

 

「そんなに気に入ってくれたのなら良かった。けど、俺も今須美から大事な物を貰ったよ」

 

「私から?」

 

「そう。まあ、笑われるから言わないけど」

 

 俺は気恥ずかしくて冗談を言うようなトーンで更に誤魔化した。

 

「まさか料理よりこちらが喜ばれるとはね」

 

「美味しかったし嬉しかったのだけど、不安が勝って喜びきれなかっただけよ」

 

 それよりはこちらの方が安心して貰うことが出来た。と須美は和やかな雰囲気で答えた。やはり、先ほどまで本当に心の底から俺の事を心配していてくれたらしかった。そうなると、俺もしっかりと反省の意を込めて決意を新たにせねばならない。

 

「次はもうしないよ」

 

「どうだか。兄さん、隠し事多いし無理するし。信じきれないわ」

 

「えぇ……。頼むよ」

 

 須美の厳しい評価に俺が悲しげに眉を八の字にすると、よっぽどそれが面白かったのか須美は笑いを堪える。目尻に溜まった涙を指で払ってから、須美は最後にお決まりの台詞を言った。

 

「全く……。兄さんは仕方のない人」

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 それからまた1年後。友達の少なかった俺と須美には、何ものにも変え難い仲間が出来ていた。神樹を護る御役目に共に付くようになった乃木園子と三ノ輪銀。この2人のおかげで、去年までなら考えられない程に賑やかな日常を噛み締めている。

 7月半ば。暑い日差しが降り注ぎ、アスファルトが照り返す。その全てが肌を焦がそうと襲って来ていた。

 そんな日でも相変わらずの銀の提案でイネスに……と思いきや、その日は銀の家に招かれたのである。なんということか須美抜きで。

 

「さて、今日園子とハルヤに集まってもらったのは他でもない」

 

「何かな〜。わっしー居ないから凄く違和感〜」

 

「何をさせられるのかわかった物じゃないんだけど」

 

 園子は滅多にないこの状況を楽しみ、俺は須美がいては出来ない事をさせられるのかと戦々恐々としていた。そんな俺達を見て、銀はケラケラと笑うと俺の肩を軽く叩いた。

 

「まあまあ。ハルヤさんや。別にそんなに怪しいことはしないよ。アタシはシンプルに須美の誕生日を祝いたい!ただそれだけですわ」

 

「須美の誕生日は4月だぞ。もう7月じゃないか」

 

「ちゃーんと知ってるよ。知った上でアタシは提案してるのさ」

 

「須美も今更誕生日を祝われても困惑する気がするんだけど……」

 

 今年は今年で俺は須美にプレゼントは渡してある。それも既に3ヶ月前。桜の花も散り、今や入道雲が空を優雅に泳ぐ時期となっている。でも、せっかく友達になれたのだから渡したいと言う気持ちはわからなくはなかった。

 

「来年じゃダメなのか?」

 

「来年でも良いんだけどね。いち早くアタシは須美が喜ぶ顔が見たいのさ」

 

「そう言われると弱い」

 

「おっ。兄さんは乗ってくれると思ったよ」

 

 銀はニヒッと白い歯を見せた。俺の弱い所を把握していたのか、俺は簡単に銀の案に乗せられている。

 続いて銀は園子にも意見を求めた。園子は考えるまでもないとばかりに頷いた。

 

「私もやりたいな〜。あのわっしーが喜ぶ姿見てみたい〜」

 

「よしっ!決まりだなっ!ちなみに兄さんは今年何渡したの?」

 

「今年は俺を自由に使える券だったかな」

 

「えぇ……」

 

「素敵なプレゼントだね〜」

 

 銀と園子の反応は全く逆で、園子には何かと好感度が高いプレゼントだったらしい。銀は「悪くはないけど……。何か違くない?」と首を傾げる始末。一応弁明だけはしておこうと思う。

 

「し、仕方ないだろ。訓練も始まって、しかも俺は君たちの倍の時間かかってるんだぞ」

 

 【守り人】の御役目は3人を必ず護りきると言う使命感を持ってやってはいるが、3人を護り切ろうと思ったら俺は3人を護りきれるだけの体力や判断力。盤面を読み解く力を身に付けなくてはならず、訓練の時間は3人の倍に膨れ上がっていた。

 

「うっ。それは確かにそうかも。前も助けられてるから何も言えない……」

 

 銀が言ってるのは合宿が終わった後の戦いのことだろう。確かにあの時は直近だと1番死を身近に感じた瞬間だったかもしれない。

 

「おかげで私たちは戦えてるわけだし感謝だよ〜」

 

「多分俺がいなくても結果は変わらないと思うけどね」

 

「そこは素直にどういたしましてって言えば良いのに〜」

 

 わっしーは最近素直になってきてくれたのにハルスケは頑なだな〜。と園子は身体を揺らした。

 どうにもまだ俺は自分自身が感謝されると言う行為が苦手らしかった。必要だからやった。それだけだと思ってしまう。でも、ここは園子の言う通り素直になってみるのも良いかもしれない。

 

「どういたしまして……」

 

 やはりぶっきらぼうになってしまって嫌々言わされたみたいになってしまった。それでも園子は気にせずに満面の笑みで頷いた。

 

「こちらこそ〜」

 

 俺と園子のやりとりを見て、銀はニヤニヤとしていたと思ったら次は机の木面を指でなぞり始めた。俺と園子がそれを目で追っていると、銀は飽きたのか途中でなぞる事をやめてしまう。そして中々に考えさせられる一言をポロッとこぼした。

 

「なんかハルヤって須美以上に取説が難しそうだよ」

 

「そりゃ須美のお兄ちゃんだしな。上位互換なのは当然だ」

 

「もっと紙切れ一枚くらいにはなって欲しいよ」

 

「それは逆に中身が無さすぎて嫌じゃない?」

 

 その理論に納得はいったのか銀は確かに?と疑問を感じつつも納得はしてくれたらしかった。果たしてこの話題の落とし所は何処なのか。目処がつきそうにないので俺は無理矢理話題を捻じ曲げると言う強行手段にでた。

 

「それで話を戻そう。須美に何かしてあげたい事があるってこと?」

 

「言い出しておいて何も考えてないんだよね」

 

「一から考えればいいよね〜」

 

「ぽ、ポジティブだな。園子は」

 

 銀に振り回されるのですら、園子は楽しいのかもしれない。俺も心の何処かでは楽しいと思っているのかもしれない。3人の様子を冷ややかな視線で追っていた時が最早懐かしかった。

 

「って事で須美へのプレゼントは参謀のハルヤが考えるって事で」

 

「何がどうしてそうなった。俺に丸投げするなよな」

 

 俺が回想に浸っている間に何やら勝手に決まっているではないか。

 

「ハルスケが1番わっしーの事知ってるからね〜」

 

「そうは言ってもなぁ……」

 

 難易度が高い要求な事この上ない。幾ら俺が須美を家族として大切にしていると言っても、その全てを知ってるわけではないのである。

 

「ちなみに去年は何を渡したのかな〜?」

 

「去年は手料理と髪飾りだな。たまにつけてる水色のバレッタだよ」

 

 当時の事を思い出しながら俺が答えると銀は意外なものを見る目で俺を凝視していた。

 

「どしたよ」

 

「ハルヤも真面目なものをあげるんだなって」

 

「本当に銀の中での俺は何者なんだ」

 

「良いお兄さんって感じ」

 

「ニヤつきながら言われてもな。あとさっきから俺のこと兄さん兄さん呼ぶなよ」

 

 俺が思わず色々込みのため息をついても、銀はケラケラといつも通りの軽い笑い声をあげた。新しいおもちゃを見つけたことがよっぽど嬉しいらしい。

 

「となると髪飾り系は無しだね〜。となると、わっしーが好きなもの……」

 

「呪術かっ!」

 

「いや、待て。おかしいだろ」

 

 段々と銀の俺に対する評価のみならず、須美への評価も一体どうなってるのかと不安になってきた。園子も園子で否定せずに、確かに好きそう〜。などと言う始末。須美が居ないとボケ倒すこの2人を同時に相手取るのは至難の業に思えてくる。何だか俺もこの波に乗った方が楽かもしれない。

 

「藁人形セットとか送ったら?」

 

「そ、それはちょっと〜」

 

 さすがに本気すぎたのか俺の案は園子に側から見ても面白いくらいに困った顔をされて却下された。俺がボケるのは違うらしい。

 俺が落胆し、肩を落としていたそんな時、園子の目がピカーン!と輝いた。その光を見た瞬間、俺と銀は即座に正座になって話を聞く体勢になる。

 

「閃いた〜!目隠しして景色の良いところ連れてくとかは〜?」

 

「おっ!良いなそれ!」

 

 園子の提案に真っ先に食いついたのは銀だった。

 

「別にあげると言っても物をあげる必要はないからね〜」

 

「その視点はなかったよ!ナイス園子!アタシが頭を撫でててやる!ほれほれ〜!」

 

 銀は勢いよく園子に飛びつくと、ワシワシとその頭をかき乱した。園子はやめてよ〜。とは言いつつも嬉しそうに受け入れている。須美が見たら拗ねて頬を膨らませそうな光景だった。

 一通りじゃれつくのも満足したのか、グッタリと大の字になりご満悦な2人。何故だか目を背けたくなる。

 

「疲れたあ〜。眠くなってきたよ〜」

 

 大の字のまま目を閉じようとする園子の頬を俺は反射的に摘んでいた。

 

「お、おい。あと少しは頑張ってくれ」

 

「うぅ……。ハルスケ厳しい〜」

 

「わかった。寝てくれても良いから適当に一つだけ良い場所あげてくれ」

 

 せめてもの抵抗だ。最悪園子が眠る間際に直感で言った場所に須美を連れていけば良いだけの可能性すらある。その可能性に俺は縋った。

 

「景色の良い場所かぁ〜……。むにゃ…。わっしーの部屋あ……」

 

「園子にとって景色の良い場所って須美の部屋だったのか」

 

 完全に寝息を立て始めてしまった園子の隣で銀は笑いを堪えながら肩を震わせた。それにしても園子は須美が好きすぎやしないだろうか。

 ひとしきり笑い終わった銀は目尻に浮かんだ涙を拭って俺に聞いてきた。

 

「兄さん的にはどうなのさ」

 

「ええ〜。どうって言われても……ねえ?」

 

「もうアタシは須美の部屋で良いんじゃないかと思ってる」

 

「諦めんなよ。くっ。真面目キャラの須美の存在感の大きさをこんな所で痛感するなんて」

 

「まあ、景色の良い場所なんて言われてもアタシ達で行ける場所なんて限られてるしね」

 

「それは否定できない事実だなあ。ちょっとスマホで調べてみるか」

 

 俺はスマホを取り出すと、地図アプリでそれとなく調べてみる。ただやはり、どこもかしこも子供の足で行くには辛いものがあった。気合いと根性でどうにかなるレベルでもない。

 

「となるとこの話は頓挫?」

 

 発案者の銀がそれを言い始めたら駄目だろうに。俺はもう少し粘るために思考速度を加速させた。今までの会話にヒントがあるかもしれないと過去を必死に辿る。

 

「そうはさせたくないけど、むむむ……。物をあげる必要はない、ね」

 

 園子が何気なく言った言葉だが、一つのキーワードになるような気がした。それから次は須美が嬉しいと感じる事を考えてみる。そして、その結果をひとまず口に出してみる事にした。

 

「須美は多分だけど、銀と園子と遊べることが多分1番楽しいし嬉しいんだと思う」

 

「ほうほう。それで?」

 

 銀はやけに真面目に俺の話に耳を傾けた。俺も人の事は言えないが、普段からこのくらい真面目に安芸先生の話を聞いておけば授業中に頭を名簿帳で叩かれる事はないだろう。そんな事を考えながら思いついたピースを一つずつ形にしていった。

 

「確か讃州市の方に石…だったかガラスだったかを自分で加工してネックレスとかを作れる場所があったはず……。うん。要するに一緒に体験的なね」

 

 余計な情報も混ざってしまったが言葉通り。一緒に何か作ってそれを3人で一緒に身に付けたり出来たらそれこそ須美は喜ぶに違いない。

 俺が足りない語彙力でその説明を付け加えると銀は目を輝かせた。

 

「それ良いじゃん!」

 

「まさか賛同してくれるとは」

 

「けど、お金はどうしようね。アタシ、讃州市まで行くお小遣いもないよ」

 

「なんて事だ。まあ、そこの辺りは俺が何とかするよ。銀が将来出世したら俺に返してくれれば良いよ」

 

 誰かを祝うと言うのはお金がかかる物だと言うのはわかっている。多分、他にお金を使わずにお祝いをすると言う方法もあるだろうけど今回はこれで正解な気がした。

 

「出世払いね。安心したまえハルヤ。アタシは将来有望だからね!期待していてよ!」

 

 そう言って銀は俺の背中を力強く叩いた。いくら女の子とは言え、勇者として訓練を受けている彼女の一撃は俺の内臓を震わせた。つまり普通に痛い。

 

「い、今の慰謝料もそこに入れておいてくれ」

 

「ありゃ。そんなに強く叩いたつもりはなかったんだけどね」

 

 銀はケロッとした顔で私何かしましたか?とばかりに自分の手のひらと俺を交互に見つめ直している。下手したらこれまで何人も彼女の犠牲になっているのではないかと想像すると、恐ろしいものがあった。

 

「兎にも角にも園子が目を覚ましたら説明はしないとな」

 

「もしかしたら寝ながら全部聞いてるかもよ」

 

「あはは。まさか園子でもそれは……」

 

 冗談半分で銀とそんな会話をしていたのも束の間。園子が何やら寝言を言い始めた。

 

「わっしー……。一緒に…。作る……。zzz」

 

「断片的にはあってるな」

 

「園子には不可能って3文字がもしかしてなかったりする?」

 

 俺と銀は目を合わせた後、2人して園子に目を向けた。気持ちよさそうに眠る園子の表情はとても穏やかなものだった。目線を銀に戻すと、彼女は肩をすくめて部屋の隅にあったブランケットを園子にかけてやる。

 

「園子の誕生日にも何かやってあげないとね」

 

 眠る園子の横に座って、優しい視線を送る銀の横顔に俺は無意識に惹きつけられていた。俺はそんな自分自身がわからなくて、誤魔化すために目を閉じて心の中で御託を並べ続ける。

 自分でも何故自分の気持ちを誤魔化そうとしたのか理解できなくなった所で目を開けると、目の前に銀の顔が飛び込んできた。俺は驚きのあまり、身体が硬直した。

 

「てか、アタシ達須美の事ばかり言ってたけどハルヤもじゃん」

 

「銀もね」

 

「まだ4ヶ月も先じゃん。気が早いって。……待って。園子の誕生日って」

 

 銀は何かの違和感に気がついたのか、先程の俺見たく身体が硬直している。きっと頭の中では物凄い演算でも行われている事だろう。それを待っていても良いのだが、答えは早い方がいい。俺は先に答えを出した。

 

「ん?8月30日だろ?」

 

「知ってるよ!やばい。次は園子のこと考えとかないと!ハルヤ、須美に連絡して!」

 

「忙しすぎるだろ」

 

 俺は銀の行動力の高さと身体が5つあっても足りないのではないかと思わされるほどに忙しない様子を見て、苦笑いを浮かべていた。

 銀の行動の一つ一つは考え無しのようにも見えるが、実は友達想いというとても暖かくて優しい思いをその内に秘めている。そんな無鉄砲さもきっと彼女の長所なのだろうと今なら思える。

 そんな事を考えながら俺は須美に連絡を入れる。その最中、ふと何気なしに園子に何が欲しいのかを聞いてみた。夢の中で言ったものが出てきたら驚いてくれるのではないかと悪戯心も相まって思いつく。

 

「園子は何が欲しい?」

 

「zzz……。私、わっしーとみのさん…。ハルスケと居られれば何でも〜……zzz」

 

「どうしてこうも妙に照れ臭くなることを言うかな園子は」

 

「よっぽど銀と須美の事が好きみたいだな」

 

「自分の名前も入ってたのに何を言ってるんだか」

 

「照れ隠しをしてる事に気がついてくれよ」

 

「ダサいよ」

 

 銀のどストレートすぎる物言いに稲妻が駆け抜けた。俺は目の前が真っ暗になって首の骨が抜けたように一気に力が入らなくなって首を垂れた。

 

「そこまでショック受ける?」

 

「俺のこれまでの生き方が全て否定された気分だよ」

 

「アタシ的には遠回しに言わずに素直に気持ちを言ってくれた方が嬉しいな」

 

「そうなんだ。それなら、少し頑張ってみる」

 

 とは言えそう簡単に行けば俺も苦労していないわけで……。希望薄と思ってしばらくは自分の言動に向き合ってみようと思った本日の昼下がりであった。

 

 

 

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