花を咲かせ、未来に繋ぐ [加筆修正中]   作:まんじゅう卍

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様々な話を思いついては書き散らしてるので更新する話にまとまりがなく、『〜曲シリーズ』とは無関係な話となっています。
それではどうぞ!


第6幕 赤雪の章 
第1話 新たなる脅威


 中学3年生の2月。春の足音が日々近づいてくるのを感じていた。それでもこの年は珍しく大雪で去年以上に寒く、讃州市でも2月だと言うのに雪が積もっていた。

 大赦は大社へと名を変え、体制を順調に変えつつあった。俺はこれまで通り、普通の中学生としてその日々を謳歌していた。それは他の皆も変わりはない。

 俺は部室の中から雪がしんしんと降り積もる様子を眺めながら、ペンを器用に手で回していた。そんな俺の頭を手が伸びてきて、軽く小突いた。

 

「いでっ」

 

「兄さんは勉強する気あるのかしら」

 

 東郷美森(俺は諸事情があって須美)と呼んでいるが眉を八の字にして、心底困ったと言わんばかりの表情を見せる。

 

「集中したいけど出来ないんだよ」

 

 俺だって集中して勉強できるのならばこうも苦労はしていない。俺の先月の入試前最後の模試が散々だったと言うのもあって、須美は気が気ではないみたいだった。

 学力の足りない俺が「同じ高校に行けたら良いなあ」と言う願望を口に出してしまったが最後。須美の心に俺は火をつけてしまったらしかった。それからかなり叩き込まれてはいるがその反動が今になって出てきていた。

 残念な俺を見かねたのか、どこからともなく手が伸びてくる。その手の主は夏凜で何やら怪しげな文字が書かれたサプリメントが握られている。

 

「それなら集中力が上がるサプリをあげるわ!これで晴哉もマシになるはずよ」

 

「マシになるはずて……。一応もらうけどさ」

 

 くれることには感謝して2粒もらうとヤケクソ気味に口に放り込む。科学の結晶を口の中で感じはするが、美味しいとは素直に言えない。

 

「どうしてそんなに晴哉さんはぼーっとしちゃうんですかね。部室が暑いからですか?」

 

 俺たち3人の会話を聞いていたのだろう。部長である樹がエアコンのコントローラーを手に持って消すかどうかを尋ねてくる。

 

「そのままで大丈夫。本当に少しだけ考え事をしてただけだから」

 

 一年生の横手カモメと柚木遥香の扱い方が未だにわからないと言う悩みを抱えているなんて俺は口が裂けても言えない。

 あの2人……と言うより横手カモメの方が少し厄介だった。「勇者の遺物が見つかった」と妙に不気味な写真を持ってきたり、文字が消えかけのノートを持ってきたりと俺の中では変な子と言う認識になっている。

 

(そのどれも過去の勇者に関係あるってのがまたややこしいんだよね)

 

 どこから見つけてくるのかわからないが、横手は大赦の家系だ。ツテでもあるのだろう。

 俺の脳裏で蠢く彼女たちの存在をどこかに吹き飛ばすように耳に夏凜の声が飛び込んできた。

 

「樹は準備できたの?今度、カモメと遥香とやるって言うボランティアの方」

 

「はい。夏凜さんに手伝ってもらった所も完璧です!」

 

「やっぱり風より頼りになるわね」

 

 そんなこと言うとまた風先輩来るぞ。とは言えなかった。本当に出現した所を想像して思わず含み笑いしてしまう。須美も同じことを思ったのか、顔を背けて肩を震わしていた。やはり思うところは同じらしい。

 俺は咳払いをして調子を整えると樹に向き直った。

 

「公民館でミュージカル風の劇やるんだってね。俺も手伝いに行くよ」

 

「受験勉強しないといけないのにすみません……。流石に人数足りなくて……」

 

「気にしないでよ。樹の大切な見せ場だろ?応援しに行くってのが先輩の御役目よ」

 

「そう言ってくれると私も心強いです」

 

 樹はフニャッと人懐っこい笑顔を振り撒いた。最近更に光り輝く樹の眩しさに俺は日々目を細めている。それは夏凜も同じようで目を手で覆っていた。他所から見れば奇妙な光景に見えるに違いない。

 改めて気を取り直して、俺は話を戻す。

 

「俺としてはカモメがあんなに歌が上手いのは予想外だったよ。良い誤算だった」

 

「樹ちゃんの思いつきがやれるってのは良いわよね。カモメちゃんの存在は勇者部に良い新風を吹かせてると思うわ」

 

 須美も首を縦に振って、その存在の大きさを痛感していた。

 

「ところで今日はその2人はどこに?」

 

「友奈ちゃんと3人で幼稚園に行ってるわ」

 

「須美は行かなくてよかったのか?」

 

「兄さんの勉強見ないといけなかったからよ。本音を言えば行きたかったわ」

 

「それは悪かったよ……」

 

 須美は優しいことに俺なんかに気を遣ってくれていたらしい。そうなるとこう談笑ばかりしているわけにも行かない。

 俺は再び手にペンを取ると、問題集の睨めっこを始めた。頭の中を駆け巡る数字と公式。オーバーヒートを起こすことを躊躇うことなく一問に賭ける。そして数秒の後、俺のスーパーコンピュータは活動を停止した。

 頭から煙を出し、天井を見上げる俺を見て須美は頭を抱え諦めの境地に達したのか大きくため息をつく。

 

「もうこればっかりはどうしようもないわね」

 

 空虚な何も映さなくなった俺の瞳を見つめながら、須美は「可哀想な兄さん」と俺を憐れんだのだった。そして俺の隣に座り、スヤスヤと気持ち良さそうに眠りにつくもう1人の人物。銀を視界に捉えると手に持っていた鉛筆を粉々に握り潰したのだった。

 

 部活も終わり、家に帰っていつも通りポストを覗く。特に何か入っている事もなく今日も今日とて大した知らせはない。そう思っていた。

 俺がその場を離れ、部屋に入ろうとした瞬間のこと。夕暮れの世間の喧騒を破る破砕音が響き渡った。

 

「なんだ?」

 

 俺が音に驚いて部屋から顔を出すと同時に銀も部屋から何事かと顔を覗かせた。

 

「どこかで事故った?」

 

「いや、音自体はすぐ下だな。銀は部屋の中にいたほうが良い。見てくる」

 

 銀に部屋の中で待つように促し、俺は慎重に一段ずつ階段を降りていく。下に辿り着くまでには特には異常はなかった。しかし、階下に辿り着いた時、俺は呆気に取られた。

 

「えぇ……。初の警察沙汰だよ……」

 

 ポストから黒煙が上がり、中は見るも無惨なほどに歪み切っていた。おまけに先程まで俺が立っていた後ろの壁にポストの扉が突き刺さっている。

 何故か知らないが俺の部屋のポストは何者かによって爆破させられたのだった。

 

 一端の中学生の命が狙われたと言う事でそれはもうとんでもないほどの大事になった。警察は当然来るわ、消防も来るわ。もう非日常のオンパレード。これなら樹海化の方が慣れたと軽口を叩けるほどだった。  

 犯人の狙いは現時点ではわからない。と言う事で様々な可能性を考慮して俺と銀、夏凜は一時アパートを追いやられた。俺と銀は泣く泣く大橋の実家へ。夏凜は犬吠埼の家に身を寄せる事になった。

 そんな不可解な事件があった週の休日。俺は園子に呼ばれ大社に赴いていた。この日も不自然な事に雪が降り続け、香川では何百年に一度の大雪と騒がれていた。大社に行く間も何回も足を取られて大変だった。

 

「おはようハルスケ〜。私の方でした調査の結果を教えたくてね〜」

 

 警察とは別で大社が調べてくれるとは話に聞いていたが園子の口調的に既にある程度の目星はついているようだった。

 

「もう犯人の見当でもついたのか?」

 

「大体は…って感じだね〜。『大和維新軍』って知ってる?」

 

「名前は。最近出てきた勢力ってのは話に聞いてる」

 

 今の四国における勢力図は複雑の一途を辿っている。園子を宗主とする大社はこれまでと同様に四国を治る正当な組織となっていた。しかし、神樹が消滅しこれまでの体制に疑問を持った一部の人々が集い出した大和維新軍なる組織。彼らはこの四国を神権政治から救い本来あるべき日本の姿を取り戻すと言う名目を立てて活動している……らしい。

 俺も実際のところは詳しくは知らない。だが、大社からしてみれば神樹を崇め奉り、300年の時をその特異な体質で支配し続けたツケがここで回ってきてしまっているように思えた。

 

「他にも様々な主義の人がいるんだけど、今はとりわけ大和維新軍が危険かな〜。実言うと一昨日も事件があってね」

 

「またか?」

 

「うん。大社の職員が帰宅中に襲撃されてね〜」

 

「通りで大社中の雰囲気がピリついてるわけだ。その人は無事だったのか?」

 

「にぼっしーのお兄さんだよ〜」

 

「そ、それは相手が悪かっな。犯人も……」

 

 あの完璧超人を敵に回して勝てると思ったのだろうか。人を見る目の無さに犯人へ同情の念を持ってしまう。

 

「でも、俺が狙われる理由ってなんなんだ?」

 

「それが不明なんだよね〜。勇者自体も秘匿されてる存在だし、ハルスケの存在は尚更ね〜」

 

 勇者の御役目というのは公にはなっていない。だがどうしても過去のこともあり、噂という形では尾鰭がついて出回っていた。

 

「なあ、園子。その大和維新軍って奴らは大赦の支配体制に反発してるんだよな。それなら御役目について触れてたりするのか?」

 

 俺の問いに園子はすぐに首を横に振った。

 

「でも、一つだけ彼らにもその存在を仄めかす事が出来てしまうものがあるよね」

 

「【英霊の碑】か……」

 

 大橋の麓にある、大赦で功績を残しその存在を後世にまで語り継がれる事を許された者達の名が刻まれた場所。

 普段関係者以外の立ち入りは禁止されているが、場所的に忍び込む事は誰でも出来てしまうし、その存在を隠す事をこれまで大赦はしなかった。大社と名を変えてからもそれは変わらない。

 

「見られていても困るものではないけど、大赦という組織が多くの少女達の犠牲の上に成り立っていたのもまた事実。ないことある事付け加えられて彼らの大義名分に使われてしまったら私も少し考えざるを得ないよね〜」

 

 反応を見てわかる通り、園子も大和維新軍という存在には難しい対応を迫られているようだった。俺に続いて晴信さんまで被害にあったという事は本格的な敵意の現れだろう。せっかく平和な時が訪れつつあるこの時に新たな火種が導火線に火をつけてしまったらしい。

 何が悪いかというと大和維新軍は話し合いには応じる気配が既にない事だろう。そうなると園子もお手上げになるのもわかってしまう。

 

「園子は大丈夫なのか?奴らは大社の支配体制の転覆が目的なんだろ?真っ先に狙われるのは園子なんじゃ……」

 

「無論かなり気は使ってるよ。守りの人も倍に増やしてるし」

 

「そんな状態だったのか……。ごめん。気づけなくて」

 

「私たち大社がみんなを不安にさせないために言ってないしね。学校行きたいけど、皆を巻きこむわけにはいかないからしばらくは休むよ〜」

 

「卒業まで後2週間と少しなのに……。それまでに解決すると良いけど」

 

 俺の希望的観測を園子は笑い飛ばした。俺だってそれは百も承知だ。とは言え、学生として日常を送りたいという園子の願いは再びこうして閉ざされようとしている。俺はそれが耐え難かった。

 園子は俺の心中を察したのか、「我慢する事には慣れてるから〜」と俺が泣いてしまいそうな事を言う。

 

「部活はどう?皆元気?」

 

「元気だよ。樹とカモメ、遥香が今度公民館でミュージカルみたいな事するって張り切ってる。今もその練習してるんじゃないか?」

 

「わお!素敵だね〜。私も見に行きたかったな〜」

 

「……俺が護衛についてれば良いって問題でもないのか?生憎、力はまだ残ってる。戦えはするよ」

 

 俺の提案に園子はまた首を横に振った。その反応は予想済みではあったのだが、俺的には少し煮え切らない。

 

「他の人が多分許さないだろうね〜。私はハルスケが居てくれるのなら安心できるんだけど」

 

「話がそう簡単ではないってことだな……」

 

 俺自身も仮に凶弾に倒れれば園子を救う術もなくなる。宗主となった園子には軽率な行動はやはり出来ないということだろう。俺もそれは理解しているから余計な事はこれ以上言い出せなかった。

 

「私の草の者が大和維新軍については情報を集めてるし、大丈夫〜」

 

 俺を安心させるために園子はまたニコニコと笑顔を見せてくれた。あの寝たきりの時とは違う、心からの笑顔だと気づいてしまった。

 園子も俺が度々気遣う言葉を投げかけている所から、俺がいまだに園子に対して後ろめたい気持ちがある事を見抜かれてしまった。

 

「ハルスケもいつまでも私に後ろめたい気持ちは持ち続けないでよ〜。言ったでしょ?もう私は人形じゃない。自分のことは自分で決めるし、ハルスケの力を借りたい時はちゃんと言うから」

 

「そっか」

 

「ハルスケは学校に行って、ちゃんと卒業式に出て受験に挑むこと!それさえ守ってくれれば私は安心だ〜」

 

「あははっ。善処するよ」

 

 園子の気遣いが暖かくて、じんわりと目頭に熱いものが込み上げる。なんだか最近とても涙もろくなってしまった気がした。 

 俺が乱暴に服の裾で目頭に込み上げたものを拭っていると、部屋の扉が開いて安芸先生が姿を現した。先生は俺を見るなり、とても優しい眼差しを向ける。

 

「よかった。怪我はないみたいですね」

 

「本当はもう少し話したいんだけど、ハルスケにこの話ができたら次のお仕事しないといけないんだ〜」

 

「わかった。頑張ってな。俺に手伝える事があればまた声かけてくれ」

 

「うん!頼りにしてるね」

 

 園子はそれだけ言い残し、控えていた他の大社の職員を引き連れて応接間を後にした。

 残ったのは俺と安芸先生。積もる話もあるのだが、ここで話をしていても今は迷惑な気がして俺も座っていた椅子から立ち上がった。

 

「大社の皆さん忙しそうだから、俺も帰ります」

 

 俺が帰り支度を始めると、それまで俺に沈黙を貫いていた安芸先生に「帰る前にいいですか?」と呼び止められた。俺も帰り支度をやめて安芸先生に向き直る。久しぶりに見た先生の顔は疲労が見え隠れしていた。それだけでやはり今回の件はそれなりに不味い可能性があるのを示唆しているように思えた。

 

「鷲尾君。乃木さんから何か聞いてませんか?」

 

「大和維新軍のことですか?」

 

「それとは別にです」

 

「それ以外?」

 

「はい。恐らく乃木さんは話はしないでしょう。なので私から話します。あなたは大切な物を守るために鬼になれますか」

 

「へっ?」

 

 その時聞かされた話の返答を俺は安芸先生の苦渋を飲みこんだような表情も相まって、その場ですぐに頷くことはできなかったーーーーーー。

 

 

 

 園子と会ってから2日が経った。季節外れの不可思議な雪も収まりつつあったが、未だに世界は白銀に染められている。

 そんな中でも刻々と卒業式へのカウントダウンが迫っていた。一日、また一日と減るカウントダウン。

 他ごとを心配しすぎるあまりに勉強の集中力も目に見えて落ち、部室で劇の最終調整を行っていた樹にも心配される始末。先輩として見せる最後の姿がこれとは情けない。それでもやはり、安芸先生の話を思い返すと簡単に割り切れるものではない。

 

(……樹は軽蔑するかな)

 

 カモメと遥香と楽しそうに準備を進める樹の背を見ながら、俺は再び安芸先生との会話を思い返す。

 

『あなたは大切な物を守るために鬼になれますか』

 

『それは、どう言う意味ですか』

 

『あなたにその手を汚してくれと……お願いしています』

 

 ここまで思い返したところで俺は大きくため息をついた。

 

「鬼ね……。次の敵は神じゃなくて人ですか……」

 

 もしかしたらこうなるのではないかと言う予感はあった。だが、何もないことを願っていたのもまた事実。俺は再び戦と言う舞台に舞台袖から引っ張り出されようとしている。それを心の何処かで嫌がっていた。

 

(大和維新軍もあの日以降派手な動きは見せてない……。大社も勘繰りすぎたんじゃないのか?)

 

 そうであれば俺が出張る必要もない。希望を捨てる事はせずにおこう。そう言い聞かせて俺は再び問題集と格闘を始めた。

 そうは言ってもやはり集中力は保たず、俺は樹達に断りを入れて部室を後にした。

 雪を踏みしめながら学校を出て駅までの道を歩く。いつもの帰り道。何の変哲もない道のはずなのに何処か気持ちが悪い。誰かに見られているような、不思議な感覚を背中で感じる。

 橋を渡り切るところまでは我慢していたのだが、遂に我慢ならなくなって俺は後ろを振り返った。

 

「………誰だ」

 

 振り返った先には帽子を深く被り、黒の服に身を包んだ何者かがニヤリと気味の悪い笑みを浮かべて立っていた。

 俺の中でこいつがアパートのポストを破壊した張本人なのではないかと言う憶測が湧き上がる。

 

「何か言ったらどうだ」

 

 何も話す気配のない目の前の人物に問いかける。声は聞こえる距離だ。聞こえていないわけがない。しかし、一切何も話さず、こちらを見ようともせず何を考えているのかを俺に全く悟らせなかった。

 その不気味な存在感は俺の意識を釘付けにするには十分だった。だから俺も背後から迫る死神の鎌に気づくのに遅れた。

 耳に届くモーターの音。その回転数の異常さに気がついた瞬間。俺はようやく振り返った。視界がとらえたのは猛スピードで迫る一台の乗用車。

 

「っ!!嘘だろ!?」

 

 一方通行の道で避けられる場所はない。完璧に術中に嵌った事を悟りながら俺は避ける事を考える時間を許される事なく、迫る巨大な鉄の弾丸に倒されるのをただ待つばかりとなった。

 

(みんな!!)

 

 自分の死の瞬間をその目で最後まで見届けようとせめてもの抵抗心で目を見開く。スローモーションで迫る車。雪に足を取られ強張り、動かなくなった身体。全てが最悪だ。ここまでの悪条件はない。

 衝突の瞬間。開いていた目は勝手に閉じ、死を待つ。だが一向にその時は来ない。そして俺の横を突き抜けた暴風。

 

「ぁ?」

 

 麻痺する感覚が次にとらえたのは何かが大きく砕けた音と人の悲鳴。崩れる建物の壁。恐る恐る首を動かすとその光景を視界に捉え、俺は膝から崩れ落ち、無意識に途絶えていた呼吸を身体が思い出して必死に酸素を求める。

 

「は、はっ。はぁ。はぁ。はぁ」

 

 車のフロントは巨人に踏まれたのかと思わされるほどに原型とどめていなかった。残念ながら運転手は無事では済まないだろう。即死できていれば救いはあるかもしれない。

 と言うより俺は何故助かったのか。その答えはすぐにわかった。

 

「は、ははっ。そりゃそうだろ。あれだけ速度出してればハンドル少しでも回せば滑るっての……」

 

 奇跡的に車は雪に隠れ凍結した道にハマり、大きくハンドルを取られたのだ。何かに守られた。不思議とそう思えた。

 

「っ!さっきの人は!!」

 

 呆気に取られるのも束の間。慌てて橋の方を睨むがそこには誰もいなかった。

 その存在自体が錯覚だったのかと疑い始めた時、駆け寄る2人の足音がしてそちらに目を向けた。

 

「兄さん!!」

 

「晴哉くん!」

 

「須美、友奈……」

 

 そう言えばこの2人の家はこの通りだったと思い出し、2人がこの場にいない間の出来事で良かったと安堵の気持ちが湧いてくる。

 嫌な想像が現実に起きなくて良かったと胸を撫で下ろして、俺は2人に大丈夫だと笑いかけようとした。だがしかしーーーー。

 

「良かった。2人ともこの場に……痛ったあ!!」

 

 飛んできたのは須美の強烈な平手打ちだった。

 

「え、なんで!?」

 

「馬鹿!どうして自分の心配をしないの!」

 

「それはそうなんだけど、だってここ2人の家のちか……痛え!!」

 

 再び飛んでくる平手打ち。どうして俺は車に与えられたダメージよりも更に多くのダメージを最愛の妹から叩き込まれているのでしょうか。

 須美は俺の胸ぐらを掴み、しばらくワナワナと手を震わせていたが俺の頬に一粒。二粒と雨が降る。

 

「だから兄さんのそう言うところだって言ってるでしょ!良かった……。何もなくて……」

 

 なんだか須美のテンションがいつもに比べておかしい事に違和感を覚えた俺は友奈にアイコンタクトで何があったのかを尋ねる。

 友奈は後で話すね。と今は須美をそのままでさせてあげることを選んだ。本当に何があったのだろうか。

 

(須美もおかしいけど、やっぱりさっきのは大和維新軍の構成員か?人の命を平気で使い潰すような人達が?)

 

 大和維新軍。正直に言おう。俺はこの人達を少し甘く見積もっていた。しかし、今回の件でハッキリとした。この人たちは目的のためなら人の命を平気で奪う。敵も仲間も関係ない。その異常な体制を持つ組織が大社に牙を剥き始めていた。

 

(もしかして、園子や安芸先生が言う以上に危機的状況は近いんじゃ……)

 

 もしかしたら遅すぎる可能性すらあった。あの話を聞いた時点で大和維新軍の手が伸びていたのだとしたら、盤面はあっという間にひっくり返されてしまうのではないか。考えれば考えるほど不安要素は尽きなくなり始めた。

 遠くから聞こえる緊急車両のサイレン。また俺は警察のお世話になるのか。と半ば絶望しながら音が近づいてくる方に目を向ける。その時、俺の目はあのフードの人物を捉えた。

 

「あいつ、まだ……」

 

 俺の声に反応するようにして、奴はニヤリと気味の悪い笑みを浮かべると黄昏時の世界に消えていった。

 

「今の誰?」

 

 友奈も奴の姿は見ていたらしく、表情には僅かに恐怖の色が混じっていた。

 

「厄介な事になったかも……。意外に狡賢く頭が回るようで」

 

 俺は無意識の間に唇を強く噛んでいた。遅すぎる可能性どころではない。既に遅かったのだ。間違いなく一手どころか二手遅れている。何故ならまだ俺は奴らの狙いを全くと言っていいほど把握していないからだ。

 

(ぬるま湯に浸かり過ぎたか)

 

 あまりにも情報が少な過ぎて俺がこうも命が狙われている理由もわかるわけもない。そして先程、俺と須美。友奈に関係性があるという情報は間違いない奴らの手に渡った。この先、2人が被害に遭わないとは限らなくなってしまったのである。

 

(……大切なものを守るために鬼になる。か)

 

 俺は須美の頭を優しく撫でながら、ひしひしとその身で感じ始めた。迫り来る嵐の雷鳴をーーーー。

 そしてその日、大橋では1人の大社関係者が凶弾に倒れた。

 香川全土に積もった純白の雪が赤く染まり始める。

 後に『赤雪事変』と呼ばれる2週間に及ぶ大社と大和維新軍の血の流し合い。その悲惨な争いの幕が開ける。

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