花を咲かせ、未来に繋ぐ [加筆修正中]   作:まんじゅう卍

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第2話 陥落

 晴哉が轢殺されかけた事件の数分後のことである。

 大和維新軍が大社に対して襲撃を行う可能性が示唆され始め、園子は安芸に対して一つの御役目を授けた。

 

「安芸先生。これをハルスケの家に届けて欲しいんだ〜」

 

「これは?」

 

 布に厳重に包まれた小さな物体。サイズ的には携帯端末と同じくらいの大きさだ。安芸は手渡されたものが何であるかを園子に問う。

 

「ごめんね先生。今は説明している暇ないかも。とにかく、ハルスケに渡さないといけない」

 

「……わかりました」

 

「これから間違いなく大変な事になる。大社の重役の人にはこれから讃州市まで退いてもらうよ〜。安芸先生もハルスケに届けたらハルスケの両親と一緒に避難してね。そこからの護衛はもちろんつけるから」

 

 園子は直接的には言わないが命の危険があると言うことは安芸自身も感じていた。それでも安芸は自分の命の張りどころはここだとばかりに御役目を引き受けた。

 

「その御役目。必ず」

 

 安芸の覚悟を受け取った園子は小さく頷く。

 それから安芸は園子に「あなたはどうするのか」と問おうとした所で園子は話を遮ってしまった。聞く耳を持たず、他の者に次々に指示を出し始めた。

 安芸は煮え切らない思いを胸の内に秘め、園子から託された『神器』を胸に抱え、息を切らしながらも街を駆け抜ける。

 後ろを振り返れば追っ手が迫ってきているのではないかと言う恐怖が安芸の背中をひたすらに押していた。季節外れの雪が更に行手を阻み、この『神器』を彼に届けることすら手間取るのかと悔しさと怒りが込み上げてきていた。

 

「この程度のことすら、私は……!」

 

 これまでも彼女、彼ばかりに負担を押し付けて来た。今回、新しき世になった時こそ自分は責任ある大人として皆が大人になるまで支えると心に誓って一年、園子に使えてきた。

 だがしかし、混乱が再び巻き起こった今、責任を取らねばならない大人である自分自身は無様にアスファルトの上に転がりそうになっている。

 

「これすら失敗したら、私は乃木さんに何と言えば良いかしらね」

 

 思わずこぼれる弱音。それでも今頃、大和維新軍相手に気丈に振る舞っているであろう者達を想い、安芸は怒りを原動力に足を進める。

 目指すは鷲尾家。例え本人がいなくても、繋いでくれる人はすぐそこにいるはずだ。絶望と希望の狭間で揺れ動く天秤。それがどちらに傾くのだろうか。

 

「……あまり良い傾き方はしてませんね」

 

 鷲尾家に辿り着くまでの最後の一本道に差し掛かった時。安芸は思わず舌打ちした。

 

(タイミングが悪い……)

 

 曲がり角の先には大和維新の構成員と思わしき数人が鷲尾家に向かっている最中だった。

 その最中、安芸の足音に気がついた構成員は振り返り安芸にその狂気の牙を向く。

 

(大和維新軍で間違いないわね。やはり、大社の中心人物の家は把握済みか)

 

 かの組織の勢力を鑑みて、一気に全ての人物は襲撃不可能と判断して園子は襲撃の始まる直前まで事は公にせず大社の一部のみで事態を把握すると言う手法を取ってきた。もしかしたらそれが間違いだったかもしれないと、安芸の額には脂汗が滲み出る。

 大和維新軍はジリジリとその距離を詰めてくる。その手には物騒なものが握られている事に遅れながら気づく。

 

(このまま撃たれて終わり?そう思うと人の命って軽いわね」

 

 銃口を向けられ、妙に達観的になった安芸はこれまで勇者部の面々にしてきた事を思い出し皮肉げな笑みがこぼれる。

 そんな安芸に不快な眼差しを向けながら、構成員の1人が銃口を突きつける。

 

「大社、乃木園子の秘書。安芸真鈴だな」

 

「ええ。そうよ」

 

「探す手間が省けた。その命、大和維新軍の新たな改革のために捧げてもらう」

 

 死の宣告を身勝手に下し、何一つ躊躇いもなく引かれる引き金。

 安芸は歯を食いしばり、これから自らの身に起きる事を想像した。どこを貫かれるだろうか。頭?腹?それとも心臓?擬似的な痛みを脳が神経に勝手に伝達する。浅くなる呼吸。止まらない汗。震える足。

 

(これがあの子達が感じていた『死』なのね)

 

 例え大赦の命令で勇者の御役目を受けた4人の少年少女の監督役だったとしても、可愛い教え子であった。その4人に向かわせた戦場は常に死と隣り合わせ。そんな恐怖にあの4人は打ち勝ってきた。その偉大さに死と向き合った今になって痛感する。

 

(けど、こんな土壇場でもあの子達は諦めなかった。それなら、私だって出来ない道理は無い!)

 

 とにかく生きる。生きて、晴哉にこの『神器』を託す。そのために安芸は必死に生きる術を模索する。

 そんな時、安芸を救う最も伸ばされてはならない手が伸ばされた。

 

「安芸先生!右に避けて!!」

 

 声に導かれるように安芸は右に身体を逸らす。すると背後からの投擲物が頬を掠めて、安芸に向けられていた銃口にぶつかると同時に引き鉄が引かれる。サプレッサがつけられているのか銃声はしない。自らが撃たれたのだと感じられるのは鼻を刺激する火薬の匂いのみ。安芸は一瞬の判断で来た道へと地面を蹴った。そしてその先にいた三ノ輪銀の手を取ると一目散に駆け出す。

 

「何してるんですか!」

 

「帰宅途中に突然親から讃州市に戻れって言われて、混乱してたら安芸先生がハルヤの家に走って行くのが見えて、何か嫌な予感がしてついて来たんです!」

 

 走りながら銀は安芸へと事情を説明する。その短絡的な銀の行動に安芸は髪を掻きむしりたくなった。嫌な予感がしたならばついてこないものだろうと文句の一つも言いたくなった。

 安芸が続くイレギュラーに頭を悩ませている隣で、殆ど事情を知らない銀は変な笑いを浮かべながら声を上げる。

 

「と言うか何ですかあいつら!何で拳銃!?」

 

「後で説明します!と言うより、私から離れなさい!その方が安全です!」

 

「そうは言われても安芸先生1人に出来ないでしょ!」

 

 強気に笑う銀を見て、ここまでこの子は強情だったか?と場違いな感想が浮かぶ。だが直ぐに如何にすれば銀の命を助けられるのかと言う思考にシフトした。

 しかし、安芸が襲撃者との距離を測ろうと視線を背後に向けた次の瞬間。自分の足は地面から離れていた。最初は撃たれたかと思った。しかし、それは違った。安芸が押されたのだと気づくのに時間は要らなかった。

 倒れ込み、安芸が眼鏡に付着した真紅の液体を手で拭うと、何が起きたかを脳が次第に理解しだす。恐る恐る先程まで自分が居た場所を見ると、そこに積もっていた雪は徐々に赤く染まって行く。

 

「三ノ輪さんっっ!!!」

 

 安芸の慟哭のような悲鳴が木霊する。襲撃者の方からは「どうして一般人に手を出した!」と言う怒りの叫びが聞こえる。都合が良いことに奴らは今撃ったのがあの三ノ輪家のご令嬢だとは知らなかったのだろう。一般人へ誤射したという事に動揺した襲撃者は安芸を無視して撤退と言う判断を取ったようだった。

 だが、そんなものはどうだって良い。安芸は逃げる事をやめ、『神器』をくるんでいた布を剥がすと銀の傷口に押さえつけた。

 運が良かったのか、急所にはどこも当たっていない。しかし、傷口からは出血が止まらない。

 

「誰か!誰か救急車を!早く!」

 

 安芸の叫びを聞いた近くの住人が出て来て、倒れた銀と真っ赤に染まった雪を見て顔色を真っ青にすると慌てて携帯電話で緊急車両を呼ぶ。

 救急車が到着するまでの時間。安芸は必死に銀の傷口を押さえる。自分の無力さに打ちひしがれながらーーーー。

 

 

 

 

 襲撃を受けた俺は再度警察側に保護されることになった。友奈と須美は一先ず自宅に戻ってもらう事になり、これからの事は後から決定すると言う事になった。

 警察署がやけに慌ただしいのを見守りながら、大社の状態も知りたくて俺は母親に電話をかける。が、何回掛け直しても出ない。父親にかけても同様に出ない。

 

「仕事忙しいのか?」

 

 これまでこの夕方の暗くなる時間帯には電話に出てくれることの方が多かった。と言うのに今日に限って誰も出てくれない。

 そもそもの話、この目の前の警官達は先程俺を襲った相手が大和維新軍なる組織だと言う事を知っているのだろうか。大社から何か聞かされてもおかしくなさそうだと思い、1人の屈強な警官に尋ねる事にした。

 

「すみません。一瞬良いですか?」

 

「何だい?」

 

「警察は大和維新軍について知ってはいるんですか?」

 

 俺の問いに警察官は身体を硬直させた。それからキョロキョロと辺りを見渡すと俺にそっと耳打ちした。

 

「鷲尾さんは確か乃木様と関係があるのですよね」

 

「え?はい。ありますけど……」

 

「そしたら話しておいた方がいいか……」

 

 警官は腕を組んで悩んだ末、更に俺に耳打ちする。

 

「大社がその大和維新軍に襲撃された」

 

「は?」

 

 言っている意味は理解できるのだが、まさかこんな早く事態が加速するなど思っていなかった。俺は大和維新軍と言う組織を知ろうとするのを拒み、勝手な思想を述べるだけの集団だと甘く見積もった。その結果がこれだと言うのか。

 それでも踏んできた場数というのは怖いもので、過去の自分に苛つきはすれども焦りはなかった。それでも無言になってしまった俺を見て、警官は言い聞かせるように言う。

 

「良いかい。落ち着いて聞くんだ。情報が正しければ一般市民は何が起きたかを全く把握していないレベルで大社の占拠は完了したらしい。既にもぬけの殻だったようなんだけど、2人行方不明で……」

 

「まさか……」

 

「乃木様と安芸真鈴様だけ居場所がわからないらしい」

 

 この警官の話が本当ならば、今俺の家族も命の危険と隣り合わせの状態であることは窺えたが、それでも大丈夫だと不思議な自信があった。

 それより最も聞きたくなかったかもしれない現状を耳にした気がした。きっと、大社がもぬけの殻だったのは既に園子が動向を把握して避難指示を出したからだろう。

 

「じゃあ、園子は、安芸先生はどこに……」

 

「わからない。今は大社に誰も近づけなくなってるらしいし、捜索したくても出来ないんだ」

 

 申し訳なさそうに眉を下げる警官に「ありがとうございます」とだけお礼を伝えて、俺はその場を離れようとした。すると更に警察署内の人たちがざわついたのを感じた。

 

「また何か起きたんですか?」

 

「わからない。見てくるよ」

 

 やけに協力的な警官に再度お礼を伝えてから俺はスマホを取り出す。何かメッセージは来てないかと画面を開くと父親から一通だけメッセージが届いていた。

 

『安心してくれ。私たちは無事だ』

 

 その一言が聞けただけで心に余裕が出来た。安堵で目に涙が浮かび、それを拭って返信をしようとした。その時、先程の警官が戻ってきた。

 

「大社は完全に一度陥落だ。大和維新軍の旗が翻った」

 

「………そうですか」

 

「それと先程から大社の要職の方達がこの讃州市に徐々に辿り着いてる。ホールが臨時政府の拠点となるらしい」

 

 もうそこまで決まっているのかと俺は園子の見事な移行手腕に感服した。そうは言っても当の本人がいないのではどうしようとないのではと思ってしまう。

 そろそろテレビでもこの状況が報道されることだろう。今の所、一般市民に被害は出ていないと言うし、大和維新軍の狙いは本当に大社だけだったのだと理解した。

 

「2・26事件みたいだな。天気も相まって」

 

 かつての首都、東京で起きたと言う政府要人の暗殺事件。それに繋がる軍事クーデター。状況が当時に酷似しているように思えた。かの事件を語るには時間がいくらあっても足りないので今は割愛させてもらおう。

 それから数分もせずにテレビでは2つの中継が始まった。大社臨時政府の設置を知らせるものと、占拠された大社の様子。前者には自分の父親が映っていて、本当に無事だったのだと自分の目で確認することが出来た。

 

「鷲尾くん。君はこれからどうする?お父さんたちの所に行くかい?」

 

 両親の無事に安心して2・26事件の概要を引き出しから漁っていた所に再び警官に声をかけられた。

 

「署長は臨時政府の拠点に身を置く方が良いって言ってる」

 

「確かに安全は安全ですよね……」

 

 それは確かなのだが、俺は正直今すぐに園子を探しに飛び出したい気分だった。例え、再び自分の命が危険に曝されるとしても。

 園子は俺の身を案じて安芸先生の言う御役目の話はしなかった。けれど、やっぱり俺は園子を支えると誓った。須美や友奈。他の皆も危険に曝され始めている。これ以上目を瞑っているわけにもいかないのだ。

 こっそりと抜け出してしまおう。そんな子供じみた感性で警官の目を盗もうと機会を伺い始めた時、スマホが着信を知らせた。

 

「なんだこんな時に……。大橋の病院?どうしてだ」

 

 こんな時でも神器の後遺症の検査でもするのかな?と特に疑問に感じず、俺は電話に出た。

 

「はい。鷲尾です」

 

 電話に出たのは良いのだが、聞こえてくるのは荒い呼吸の音だけでさっぱりわからない。違和感だらけの通話に俺は首を傾げた。

 

「あのーーーー」

 

「安芸です。鷲尾くん。私は、私は……」

 

「安芸先生!?」

 

 まさかの電話の相手は行方不明となっていた安芸先生だった。病院の電話から話をしているのならきっと無事なのだろうと安堵していたのだが、先程から様子がおかしい。改めて無事なのかを本人に確認する。

 

「安芸先生は無事なんですよね」

 

 そんな簡単な問いに生まれた数秒の沈黙。それからゆっくりと頷くような声音が聞こえてくる。

 

「はい。私は……。ですが……三ノ輪さんが」

 

「銀に何かあったんですか!」

 

 ここに来て予想外の名前が出てきた。既に大社の一線から退き、一般の家庭へと戻った三ノ輪家だが、神樹の御役目に選ばれた元大赦の名家としての存在感は健在だった。それ故の現在の複雑な立場故に園子は守りをつけると言っていた。実際、三ノ輪家にはかなりの警備がされていた。となると、可能性は絞られる。

 

「先生答えてください!何があったんですか!」

 

 俺の再三の問いかけに、安芸先生は荒い呼吸を繰り返しながら声を絞り出す。

 

「三ノ輪さんが、避難の最中に私を見かけて……。私を銃弾から守るために、庇って……」

 

「なっ!銀は、銀は生きてるんですか!」

 

「生きてます……。出血が多く、今は……安静にしていないといけませんが……」

 

 その言葉が聞けただけでも良かった。全身に入っていた力が抜けて近くの壁に全部の体重を預ける。

 

「そうですか。それなら良かった……。安芸先生、今からそっち行きます。動かないで待っててください」

 

 俺はそれだけ伝えると、警察署を飛び出した。もはや隠れて逃げようなんて考えは抜けていた。

 制止する警察官の声を振り切り、外に出るとそのタイミングを見計らっていたように一台の車が目の前に現れる。一瞬身構えたが、直ぐに杞憂だと知った。

 

「晴哉くん乗って!」

 

「晴信さん!?」

 

「急いで。君にはもう説明する必要もないだろう?」

 

 そう言われて仕舞えばこちらは甘えるしかない。大橋市までの道のりは歩いていける距離ではないからだ。

 この人も巻き込まれることを承知で俺を助けに来てくれたはず。

 

「お願いします」

 

「任せといて。それなら飛ばすよ!」

 

 晴信さんは力強く笑うとアクセルを強く踏み込んだ。車は一気に加速し、景色を置き去りにしていく。

 俺を取り巻く状況は大きく3つ。大社の陥落。加えて行方不明となった園子の行方。そして凶弾に倒れた銀の安否。

 

(情報が断片すぎるのもあるが……。大和維新軍の動向を全く俺たちに教えず、悟らせなかったのは園子なりの優しさだったんだろうとは思うけど、やっぱり教えてくれた方がこういう時動きやすいな)

 

 今更そこをついても仕方ないとはわかってはいるが、事態がこうも悪化すると本当に困る。思わず苦笑いもこぼれてしまう。

 俺とてその優しさに甘えてしまった罪はある。だからこそ、まだ間に合う今の段階で俺は覚悟を決めようと思う。

 車窓に映るそんな自分を見つめ、大きく深呼吸。再び見つめた車窓に映る自らの表情は『あの頃』と同じものになっていた。

 

(奴らは銀も傷つけた。これで見逃してやれるほど俺も甘くない。大和維新軍は如何なる手段を使っても壊滅させる。何があろうと、必ず……)

 

 

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