さて、ここから先俺はどうするべきなのかと言うことを今一度考えてみる。乃木園子を発見及び救出の任は既に受けているが、その手段というものを俺は明確には考え切れてはいない。
加えて俺は大和維新軍の武装のレベルというものを明確には把握していない。大社も全てを把握し切っているわけでないので、事前情報も非常に少なかった。
「でも、銀が撃たれたっていうなら火器は持ってんだよな。……銃なんて大赦の検閲もあったろうに良く作れたな……」
今に比べて大赦の時なんかは反乱勢力は常に監視対象だったに違いない。そんな状況下でどうやって調達したのかは謎に包まれている。
「警察の横流し?いやいや。さすがにね」
仮にそうだとしたら直ぐに大赦に消されていそうなものだ。今の所はそれは後回しにしておこう。とにかく園子だ。園子を大和維新軍より先に見つけ出して保護しなくてはならない。
恐らく、大和維新軍は俺が戦える状態であることにまだ気がついていないはずだ。
(とは言え、無駄に交戦するわけにも行かないし……。それに、これ護人の装備は引き出せてはいるけど精霊はいないんだよな)
結論、弾丸一発頭か心臓にくらえば即死ということ。かなりの無理ゲーを強いられている。
自分に与えられたアドバンテージは地理感覚と長年の戦闘経験。強化された運動能力。この3つだ。これを上手く使い、1人で100人以上の人間を相手にしなければならない。
(自己分析も終わってる間にもうゴールドタワー付近か……)
大橋市を抜けてからは建物の陰に隠れながら地道に移動をしてきたのだが、気がつけばかなり丸亀に迫っていた。
あの決戦の日以来、ゴールドタワー……。千景殿は先端が砕け散り、鉄骨が剥き出しになった状態で放置されている。かつてはその名の通り、金色の輝きを放っていた塔も潮風も相まって風化が進んでいるようにも見えた。
「ここは大赦の大事な拠点の一つだったのに、大和維新軍は誰もいないのか。秘密とか隠してありそうなのに」
人身売買の記録とかあったらどうしよう。なんて自分も想像してしまう。もしかしたらもう調べ終わって、何もないから撤退したのかもしれない。
この場に立ち寄り続ける意味もないので俺は再び駆け出そうとした時、何かが空気を切り裂きながら向かってくる音が耳に飛び込んでくる。
「っ!!」
反射に身を任せて俺は飛び込むようにして横に転がった。その僅か0.1秒と絶たぬ間に俺が立っていた所に1cmにも満たない穴が空いている。一体何がそうしたのか。その正体を直ぐに俺は理解した。
(ライフルは予想してたけど予想外!!)
俺は即座に近くの廃墟に身を潜め、【鈍】と呼んでいた名もなき刀を時の流れから取り出す。
久しぶりに使う己に許された不思議な力。以前よりも出力が落ちているのか、一度取り出すのにかなり時間を要した。
「かなり気をつけて来てたつもりだけど、多分全部バレたか。潜入捜査は向かないな」
自分の行動の下手さ加減を鼻で笑い飛ばす。
(さてと……これなら力任せに進めるか。聞きたいこともあるし)
狙撃手の居場所はわからない。けど、どちらにせよ相手は撃ってくるだろう。間違いなく一般の人が住む地域には撃たないし、俺もそこに飛び込む事は最もしてはならない。となると位置は自然と予想できる。後はマズルフラッシュを見逃さず完璧に位置を見抜く。
俺は一度深く呼吸をすると、武器を握った手に力を込める。それから俺は一思いに廃墟から飛び出した。同時に淡い閃光が6時方向の結婚式場跡。鐘のある塔から煌めいた。
(そこか!!)
めがけて放たれた銃弾を俺は【鈍】で払い落とす。秒速約1000メートルの弾丸にぶつかった【鈍】は凄まじい破砕音と共に俺の手の内から消えた。
視界に捉えたのは黒ずくめの鴉のような男。俺は次の発射までの猶予を与えないためにこれでもかと彼めがけて全力で地面を蹴った。広大な樹海を走破するほどの速度を常人を見極めるのは困難である。
突然目の前に現れた俺に驚きを隠せない男は本能に任せ、俺に銃口を再度向けた。だが、こちらが一手早い。
「ごめん。一回ここから落ちろ!」
俺は再び取り出した【鈍】で銃口を斬り飛ばし、恐怖で座り込んだ男の横っ腹を力一杯蹴飛ばした。
飛ばされた先にはもちろんその身体を受け止める場所なんてない。鴉のようにそのまま飛べれば良いだろうが、それは所詮見た目だけ。引力に引っ張られて男は悲鳴をあげた落ちていく。
男が地面に叩きつけられ、その四肢を粉々に砕かれそうになるその一歩前ーーーーー。
「っと。危ない危ない」
俺は男を抱き抱える形でキャッチした。人間ではあり得ない速度で動く存在に完全に畏怖の念が勝ってしまったのか、ナイフのような刃物を持っているのにそれを抜こうともせずに俺の顔を腑抜けた顔で見つめる。
「こんにちは。ちょっとだけお話し良いかな」
「は、はい……」
ひとまず、危ない橋を渡りながらも俺は1人目の人質を手に入れたのだった。
「よし。まずは生年月日。名前。say!」
なるべく話しやすいように凄く気さくな男を演出してみたのだが、複雑そうな顔をされてしまった。
格好がつかなかったので咳払いをしてから改めて問い詰める。
「名前と生年月日はいいや。単刀直入に聞く。お前らは本当に乃木園子の命を奪ったのか」
「……どうしてお前のような子供に俺たちが教えないといけない」
答えは予想していたとはいえ、やっぱり素直に答えてもらった方が俺も手間が省けて良かったのに。と心の中で落胆。
即興プラン2。交渉を行うとしよう。
「そうだなあ。それなら交渉と行こう。この先、あなた達大和維新軍が壊滅して捕えられた時、話してくれるなら俺はあなたの恩赦を大社に奏上しよう。晴れてあなたは無実。どう?」
「俺たちが負けると言いたいのか」
「当たり前でしょうよ。なんだったら今からあの丸亀城ごと吹き飛ばしてもいい」
「は?できるわけーーーーー」
「出来ることは今、あなた自身が身をもって味わったじゃないですか」
「………」
「で、答えは」
「……仲間を売る気はない。同じ志を同じくした仲間だ。殺すなら殺してくれ。その方がいい」
「そうですか」
無駄に仲間同士の連帯意識も強いと見た。これはかなり手強そうだとこの先の事を想像して気分が下がる。
交渉決裂の言葉と受け取り、俺は【鈍】を首元にそっと近づけた。僅かに切先が触れ、血が滲む。
男は先程から自分の最期を悟っているのか、ギュッとその瞼を閉じている。現実から目を背けるその姿に俺は一言声をかけた。
「俺は命を平気で奪うような、命の価値を考えられないような集団が大嫌いです。そんな連中がこの先の未来を引っ張っていけると思うなよ」
男がその言葉に目を開き、俺を視界に捉えた瞬間。俺は刀ではなく手で頸椎に打撃を加えた。すると男は力無く人形のようにその場に倒れ込む。
「自分の命も粗末にするようでは、俺もお前とは変わらんかもしれないけどね」
俺は男の持ち物を物色したのち、取り出した毛布をかける。まだ冬だ。このまま寒さで凍えて風邪を引かれても困る。
しばらく俺は物陰に身を潜めて取得したものを色々と試してみることにした。
「これは……GPS、か。おお。どこに何人配置されてるか丸わかりじゃないか。やっぱり生かしておくべきだな」
スマホは指紋では無く、目の虹彩を利用したロックをされており、恐らく死んでいたらロックは解除出来ないようになっている。ナイフも先程まで攻撃用だと思っていたが、恐らくだがこれは自決用にも使うのではないかと思わされた。
「なんか、とことん旧時代の思想を感じる奴らだ」
嫌気がさして、思わず顔が歪む。そのうち手榴弾とかで大爆発されそうだ。目の前でそんなことが行われれば俺も助けようがない。
逆に死んでもいいと思えるほど、この大和維新軍のリーダーは魅力的な人間なのか。そう思うと少し会ってみたい気もして来た。
「データ送って……。よし、これで大社側も動きやすくなるだろ」
現在、丸亀城の付近で守りを固めているのは1000……。
「1000!?」
おい。誰だ。およそ構成員は100人程度とか言ったやつ。その10倍ではないか。
「協力者が増えたのかもしれないし……。そこの辺りは後でわかるだろ」
俺は改めて周囲を見渡す。この辺りにいない事は既にはっきりとしているが、狙撃できるほどの武器と技量があるのを考えると楽観的にもなれない。
「……園子の情報は無し、か。俺の情報は……。出ちゃってるなぁ」
既に共有されているではないか。あの一瞬でこれを伝達したとなると相当に最初からこの男は俺を探すための人員だったのではないかと考えられる。
(そう言えば、改めて俺狙われるの当然のように思ってたけど、誰も知らんよな。俺が護人だったなんて)
ここで出発点に立ち返ると、再びこの疑問が浮かび上がってくる。
(……仮定を立てたとして、元大赦の人間が大和維新軍に加担していると考えるのが普通か)
そうなるとまた人が限られてくる。ほとんどが知人と言っても過言ではないので余計に頭が痛い。
「移動するか。悩んでても仕方ないし」
ありとあらゆる人を疑い始めてしまったら、本当にキリがない。何度でも確認するが俺の今の御役目は園子を助けること。それ以外は必要のないことだ。
「バレてるんだったら話は早い。……一回捕まってみるのもありか」
それも作戦としてはありかもしれない。そんな事を考えながら、俺は再び丸亀に向けて飛び出そうとした時。脳の中心に稲妻が落ちたような感覚に襲われ、俺は思わずその場で倒れ込み蹲った。
「な、にが」
頭が割れそうになるほどの痛み。神器の後遺症とは違う、別の何か。
「っ!!君、は……!」
激痛の中、わずかに開く目で『それ』を捉える。
肩のあたりまで伸びた短い髪を後ろで結い、人の心を真っ直ぐと見抜く大きな目。天真爛漫さに溢れた笑顔。
知っているはずなのに、どこか異なる少女が俺の目の前にいる。
「ゆう、な?……ぐっ。なんで、ここに」
痛みを堪えながら、俺は立ち上がってその少女に問いかける。少女は「あれ?私のこと知らない?会ってたはずなんだけどなあ……」と独り言を何やら呟いた後、力強い笑みと手を俺に差し伸べたのだった。
「私は多分あなたの知ってる友奈ではないかなあ。私は高嶋友奈!縁あって、あなたに力を貸すよ!」
「は、い?」
突然の助っ人襲来。しかも、それはどういうわけか初代勇者の1人。高嶋友奈だった。
激痛も次第に緩和されて来ており、朦朧としていた意識も段々と明瞭になって来ていた。同時にぼんやりと輪郭だけだった高嶋友奈はハッキリとその目に映り始めている。
「なんで、初代勇者様が?」
「その勇者システムって元々は幸斗くんのだよね」
「そう、だね。それが友奈さんが見えるようになった理由?」
この時には頭痛も治りつつあり、少しずつ足を前に運べるようにはなっていた。
「私、つい先日まで結城ちゃんの方を守っていたんだけど、訳あってこうしてまた戻って来たんだ!」
その訳あっての訳を知りたい所だったが、俺もそこまでこの事象に慣れていないわけではない。
神樹様から解放され、解き放たれた魂が今使用している不知火幸斗の勇者システムに何らかの理由があって住み着いているみたいな感じだろう。
「少し話が繋がった気がするよ。そりゃ色々神器とも言われるわけだ」
高嶋友奈の登場はイレギュラーで園子も予想していなかったとは思うけど。
「それで?高嶋さんはどんな手助けをしてくれるん?」
「私?私はただの話し相手だよ?」
「愉快な旅になりそうだ」
力を貸すとはどんな凄いことをしてくれるのかと思っていたが、まさかの話し相手。思わず苦笑いと皮肉をこぼしてしまう。
高嶋友奈は宙に浮いたまま、俺の中に並ぶ。辺りを物珍しそうにキョロキョロと見渡しながら、ふわふわと浮遊移動している。物凄く気が散った。
「結城ちゃんはあれから元気?」
「元気だよ。てか、世間話をしてる暇もないんだ。後にしてもらっていい?」
おもむろに世間話を始める高嶋友奈。俺はまだ微かに痛む頭を叩きながらあしらった。
反応が悪かった俺を見て、高嶋友奈は首を傾けて脳裏に何かを浮かべている。
「こうすると晴哉くんは喜ぶって言われたんだけどなあ」
「誰に」
「幸斗くん」
「……いつか会う時があったら言っておいてくれ。それは間違いだって」
俺に直接的な覚えがあるわけではない。でも、何だかそれは至極間違いな気がした。戦闘中に世間話をやたらとされたら迷惑だと思う。
「ところで、高嶋さんは何が起きてるのか知ってるの?」
「何も知らないよ?」
「嘘だろお?」
これではきっと役に立たない。俺は半ば諦めにも近いため息をついてしまった。この人は俺に頭痛を与えてまで何のために出て来たのかと問い詰めたくなってしまう。
(大和維新軍とか正体不明な組織の相手もしながら、何故ここに突然現れたのかよくわからない高嶋友奈の事も気にしなくてはならんとは……。前途多難すぎる)
「まあ、どちらにせよついて来てくれるなら有難いよ」
「私の役割はほぼ精霊と一緒だから慣れてる!任せといて!」
「複雑な気分にさせないでよ……」
「それと、晴哉くん。自分を見失いそうになったら、必ず私を見てね。これは約束」
高嶋友奈と交わすことを強制されたこの約束。その意味がわからないまま、俺は遂に丸亀市に足を踏み入れた。
これから始まる、最悪の事態を予期せぬままーーーーー。