花を咲かせ、未来に繋ぐ [加筆修正中]   作:まんじゅう卍

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幕間 名もなき日々(Ⅰ)

──これはとある端末に記録された記憶である。

 

 

 

 中学1年生になり、四国の生活にも慣れて来た幸斗。天災の日に起きた出来事は未だに脳裏を掠め、幸斗を苦しめる。それでも落ち着いた生活の中で忘れる日も増えていた。

 そんな幸斗は教室に行くために、丸亀城の天守までの坂を登っていた。初夏の暑さを感じて汗が滲む。

 

「もうそろそろ服も変えないとな……」

 

 とは言っても、幸斗は私服に拘りはなく常に制服で過ごしているくらいなので夏の制服に変えると言うだけの話。

 長袖を腕まくりし、坂を登り終わるかと言ったところで幸斗は勢いよく背中を叩かされた。

 

「いでっ。なんだ友奈か」

 

 鈍痛の走る背中を気にしながら振り返ると、目と鼻の先に同じ御役目に就いていて、何かと縁のある高嶋友奈が満面の笑みで小さく手を振っている。

 

「おはよう幸斗くん!今日も1日がんばろ!」

 

「そうだな。それと、もう少し優しくしてくれると助かる」

 

「あ、ごめん。痛かった?」

 

「おかげさまで気合が入ったよ」

 

 幸斗はケラケラと笑うと再びその歩みを進めた。友奈も幸斗の隣に並んで残りわずかとなった天守への道を行く。

 

「最近調子が良さそうだね幸斗くん」

 

「友奈こそ、いつも通り元気そうで何より」

 

「私の取り柄だからね!高嶋友奈!元気だけなら誰にも負けません!」

 

 友奈の前向きさと来たら、幸斗が常に抱えている親友達への後ろめたさを打ち消すほどだ。

 幸斗と友奈は天守へと向かう最後の曲がり角の前でおもむろに足を止めた。

 

「そういえば桜散るの早かったね」

 

 丸亀城は桜の名所でもある。友奈が足を止めて見上げている木も桜の木だった。

 

「俺は今の状態も好きだよ」

 

 桜の花が散り、緑の葉が生い茂った桜の木もそれはそれで風情を感じるものである。何より、咲き誇った綺麗さの裏側にはこう言った落ち着いた面もあると言うのには惹かれるものが幸斗にはあった。

 

「えー。私は綺麗に大満開!って感じの方がすきだなあ」

 

「友奈らしいよ」

 

 友奈のような人間はきっと、桜の木になったとしても皆に愛されて大事にされる事だろう。そしてそのうち、誰かの人生の象徴となって導く糧となるような気もした。

 

「幸斗くんは花にするとなんだろう」

 

「俺はそこら辺の雑草でいいよ。何度踏みつけられても這い上がってくる根性は感動ものだ」

 

 幸斗はそう言って友奈に笑いかけると、そのまま桜の木に背を向けて天守の中へと進んで行った。

 その背中を見て友奈は一言「もっと良いお花があると思うんだけどなあ……」と呟いたのだった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 同じ日の昼のこと。

 

「見えざる手ってなんかカッコいいよな!」

 

「タマッチ先輩、それ何か知ってるの?」

 

「あまりタマを馬鹿にするなよ杏。見えざる手ってのはだなーーー」

 

 食堂で仲良さげに話す杏と球子を遠目に見ながら幸斗はお昼ご飯のうどんを啜っている。

 ちなみに、なぜ見えざる手の話になっているのかは幸斗も知らない。

 

「タマッチ先輩……見えざる手ってのは将棋の作戦なんかじゃないよ……」

 

 呆れた杏の声が耳に届く。幸斗も心底呆れていた。

 見えざる手と言うのはアダム・スミスと言う経済学や哲学を学んだ人が『国富論』で提唱したものである。雑多に説明すると、市場における需給を通じた価格変動の自動的な調整機能を指すものとして使われることが多い。決して将棋の攻めの一手などではない。

 

「幸斗。どうした?そんな難しい顔をして」

 

「若葉とひなたじゃん。俺とご飯なんか食べずに皆と食べなよ」

 

「お前も私たちの仲間だろ」

 

「そう言われるとむず痒い」

 

 仲間。と言う言葉は諸事情あって幸斗としてやけに重たいものとして扱っている節があった。

 

「それに幸斗。明日から友奈の提案で皆で昼は食べるという事になっただろ。……もしかして嫌だったか?」

 

「嫌なんかじゃないけど、ただ……」

 

 幸斗としては人数比率の問題である。6:1の割合で1人男子で輪の中に加わるのはいくらなんでも難しい。

 

「仕方ないだろ。私としても何故お前だけが男児で選ばれているのか知りたいくらいだ」

 

「それは俺のセリフだ」

 

 幸斗としても何故自分が選ばれたのかと知りたかった。特別な理由はありまくるわけだが、それでも他の人でも良かったのでは?と1年経った今でも思うのである。

 

「幸斗さんの心優しいところに神様は惹かれたんじゃないですか?」

 

 平気な顔して照れ臭くなるようなことを言うひなたから幸斗は目を逸らしてしまった。心は擦り切れ、荒んだままの幸斗にとってひなたの言葉は本来の幸斗を取り戻させるものでもあったが、同時に毒でもあった。

 

「ひなたの言葉は嬉しいけど、俺……優しいのかね」

 

「そうですね……極度のお人好しと言ったところですか」

 

「褒めてる?それ」

 

「時として褒めてますけど、時として心配してます」

 

「なんだそれ」

 

 ひなたの遠回しな台詞に幸斗は苦笑いを浮かべるしかなかった。まるで会う前の自分のことを知ってるようだと少しばかりの警戒感も見せる。

 ひなたも幸斗の警戒感を感じ取ったのか、申し訳なさそうに目を伏せた。

 幸斗は自分のせいで悪くなってしまった空気を紙屑のように丸めてゴミ箱に捨てる。それから脈絡もなく若葉に問いかけた。

 

「んんっ。それで若葉。一つ質問だ」

 

「私にか?急だな」

 

「見えざる手ってわかるか?」

 

 若葉は突然の意味不明な質問に何度か瞬きをしてキョトンとしているが、書かれている事への理解が出来たのか箸を置いて酷く真面目な顔をしてーーーーーー。

 

「手品のことか?」

 

「………嘘だろ?」

 

 拝啓。10分前の自分へ。明日は雪でも降るかもしれません。寒さ対策は万全に。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 同日夕方。何故だか昼間の暖かい温度はどこに行ってしまったのか、肌寒い空気が香川を覆った。

 

「若葉が変なこと言うからだ」

 

 と言うより、見えざる手の認知度はそこまで高くないことを幸斗は思い知らされた。

 幸斗とて別に詳しいわけではない。学と言うものに対し、プライドが高い元両親に叩き込まれた知識の枠に入っていただけである。

 

「ううっ。嫌なこと思い出しそう……。やめとこう」

 

 冷たい空気と一緒に過去のプレイバックまで流れてこられてもたまったものではない。幸斗は身体を震わせながら寮への道を急ぐ。

 寮は丸亀城の敷地内にあり、近くて便利だ。だと言うのに、今日に限ってその道のりは遠く感じた。

 

「変な感じ」

 

 心の持ちようでここまで体感の距離が変わると言うのも面白い。いつか心理学について学んでみるのもまた一興かもしれないと幸斗は雑念程度に考える。

 風に追い立てられるように寮の玄関に足を踏み入れようとした時、陰から急に人影が伸びて来た。幸斗は思わず驚いて、情けない声を上げた。

 

「なんだ!?って、郡さんか。今日はみんなして俺を脅かす日なのか……?」

 

「そこまで……驚かなくても良くないかしら……」

 

「誰だって突然陰から人出て来たらびっくりしますって」

 

 驚かせると言っても各々レベルが違うのがこれまた面白い。

 幸斗が驚いて早鐘を鳴らす心臓を落ち着けること数秒。やっと落ち着いて来た幸斗は千景へと目を向ける。千景はいつも通り、遠い距離感は感じるものの少し浮ついているように見えた。

 

「郡さんはこんな時間にどこへ?」

 

「……あなたには関係…ないわ……」

 

 思わず気になって聞いた幸斗に千景をいつも通り冷たくあしらった。千景は皆に対して距離を取ってはいるが、幸斗には顕著だったように思える。

 距離は少しでも縮めれるのならと思って、千景の好きなゲームの話を振っても中々相手にされない始末。幸斗は千景との友好関係を少し諦めていた。

 

「気をつけて行って来てくださいね」

 

 せめて安全くらいは願わせてもらっても良いだろうと声をかける。千景は小さく頷いて丸亀城を出て行った。

 幸斗も部屋へと戻り、ベッドの上に身体を放り投げる。

 

「俺、やっぱり歪なのかね」

 

 存在と言い、過去と言い……何かと関わる人たちに無用な心配や気を使わせてしまっているように思えて幸斗は申し訳がなくなった。

 

「かと言って出ていくわけにもいかないしなあ……」

 

 出て行く時はよっぽど皆と喧嘩した時だけだろうと幸斗はあり得なさそうな未来を思い描く。

 このチームはまだ結成されてから日は浅い方だと言えよう。互いの命を預け合うのに1年は短いのではないかと言うのが幸斗の持論だった。それでも特別仲が悪いと言うわけでもない。不安はあるが乗り越えられると勝手に思っていた。

 

「……下手すりゃ、俺が一番の障害だな」

 

 上手いことやらねばと改めて身が引き締まる。

 

「少し鍛錬してくるか」

 

 幸斗は立てかけてあった『不知火』を手に取ると、寮を出た。

 寮の庭で鍛錬すること数十分。かなり陽が傾き、そろそろ黄昏時と思われる時間。

 

「あれ?幸斗さん。何してるんですか?」

 

「まさか先にいよちゃんが帰って来るとは」

 

 千景より先に杏が帰って来た事が幸斗は意外で少し驚いた。杏は杏で奇妙な呼ばれ方をしたのでキョトンと目を丸くしている。

 

「いよ、ちゃん?」

 

「忘れてくれ。今日も本屋?」

 

 なんだか今日は会話の調子が度々狂ってしまうものだから、幸斗は半ば諦めかけていた。

 

「そうです。新刊が出たから欲しくて」

 

「へぇ。どんな本?」

 

「これです」

 

 杏が袋から取り出した本は杏が気に入っている恋愛小説のシリーズだった。幸斗も何度か本屋に通っているのでわかるのだが、このシリーズ妙に売れ行きが良いのである。何故であろうか。

 

「幸斗さん、恋愛小説とか興味あるんですか?」

 

「俺は……どうなんだろ?」

 

 あまり幸斗自身、想像しても自分が誰かと恋愛関係になるとは想像がつかない。小説という他人の物語を借りて楽しむというのであれば多少なりとも興味はわいていた。

 

「と言うより、幸斗さんは恋愛ってした事あるんですか?」

 

「失礼な。俺だって1人や2人……」

 

「本当ですか!?」

 

 普段の彼女からは想像もつかないほどの食いつきに幸斗は後退る。まさか軽い気持ちで嘘をついたら、ここまで目を輝かせてしまうとは想像できるわけもない。

 

「ごめん。見栄張った」

 

 幸斗が真実を打ち明けると、杏はみるみるうちにその勢いを失い、墜落した。

 

「……一応聞きますけど、誰かを好きになったことはあるんですか?」

 

「うーん。どうなんだろ。無いかな。そういう杏は?」

 

「私も無いです。私はどちらかと言えば、今はまだ物語の中のキラキラしたものとして見てたいですから」

 

「そう言うのもありだな」

 

「あの、ここだけの話。幸斗さんはこの中だったら誰がタイプとかあります?」

 

「藪から棒にとんでもないこと聞くな。……タイプだけで見たら友奈かな」

 

「めちゃくちゃ簡単に答えますね」

 

 杏曰く、もっと躊躇って恥ずかしがりながら言うのが普通らしい。それを聞いた幸斗であるが、納得はいかないが頷いてはおいた。

 

「なんでそんなことを?」

 

「私が今関わってる男の子って幸斗さんしかいませんから、新鮮な意見を聞けるかなって」

 

「新鮮だった?」

 

「市場で安売りされてる感じです」

 

「それ、結構時間経ってないか?」

 

 新鮮さのかけらもないような気がしてならないが、杏は満足そうなので幸斗はこれ以上は何も言わずに引き下がる。

 幸斗は杏とここまで話したのは仲間と言えども久しぶりで、なんだか新鮮だった。

 

「それでは私は戻ります。幸斗さんも自主練も良いですけど、ちゃんと休んでくださいね」

 

 柔和な笑みを残し、杏は寮の中へと消えて行った。杏が恋愛の話になるとそれなりに食いついて来ると言うのは良い収穫だった。 

 今度は本を借りて見ても良いかもしれないと、幸斗は前向きな気持ちになる。

 

「そう言えば、友奈で思い出した。横手さん、元気かな」

 

 ふと思い出す、終末のバスで出会った1人の少女。幸斗よりも一つ年上で、高嶋友奈を導いた本物の巫女。

 彼女は普通であることをこよなく求め、大社には入らなかったと幸斗は烏丸久美子から聞いていた。ただ、実際のところはどうなのか。幸斗は結局ことの顛末を耳にしただけで事実は知らなかった。

 

「元気だと良いけど……」

 

 当時のことを思い出すと、浮かばれない方々が多くいる上に幸斗しても友を失い、投げやりに過ごしていた時期でもある。あまり印象は良くない。

 

「ん?と言うか何も考えずに言うたけど」

 

ーーーーー俺、友奈がタイプなん?

 

 再び自分の答えを反芻してみるが特段、照れる事や恥ずかしがる事もない。思いつきで口に出したが、本人に聞かれたらと想像すると幸斗は音を上げそうになった。

 とは言え、せっかくなので少し想像してみる事にした。恋愛小説風に。

 

『幸斗くん。私……、幸斗くんの事が……』

 

『俺も………』

 

 それから2人は手を繋いでーーーーー。

 

「うああああああ……っ!!これは酷い……」

 

 幸斗は砂糖を致死量飲まされたような最悪な気分に陥った。しかもそれを知人でやっていると言うのがあまりにも気持ちの悪い点である。

 今すぐ記憶を消せるものなら消して欲しいと幸斗は神に祈った。戦う力を授けられるのなら、記憶の一つや二つ消してくれたって良いだろうと吐き捨てる。

 

「はあ……。嫌になる」

 

 なるべく自分を男子中学生だと言う認識を切り離し、1人の「個」として俯瞰して来たが、今の変な想像のせいで普通の男子中学生の感覚が戻って来てしまった。

 鍛錬する気も猛烈に失せ、幸斗は身体を引き摺りながら寮の中へと再び戻って行ったのだった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 また後日のこと。幸斗は夕方、暇を持て余したので食堂に来ていた。夕飯までの時間はかかるが、いた所で何も問題はない。

 欠伸を噛み殺しながら中に入ると、端っこで千景が携帯ゲームに熱中している所だった。イヤホンもつけているので幸斗の足音にも気がついていない。

 

(凄い手捌き……。器用なんだな)

 

 幸斗は千景の指先の速さに感心した。その器用さを使えば割り箸で黒豆を掴むことなど容易に違いない。

 感動する幸斗を他所に食堂に入って来る影が二つ。そのうち1人は幸斗と千景がいるのをみると嬉しさで弾み出すのではないかと言うくらいの喜びを見せた。

 

「やっぱりぐんちゃんここに居た!幸斗くんも!」

 

 友奈は満面の笑みを浮かべたまま、千景の隣に滑り込むように座った。

 幸斗がそんな微笑ましい光景を見つめていると、若葉がスッと幸斗の隣に並んだ。

 

「球子と杏、ひなたもすぐ来る。せっかくなら今日くらいは昼だけではなくて夜も一緒にどうかと話になってな」

 

「もしかして探してたか?」

 

「鍛錬もしていなかったみたいだからここだと思っていたが、案の定だ」

 

「俺の生活圏の狭さで居場所バレるの複雑だよ」

 

「探しやすくて助かる。幸斗がいなくなっても、見つけるのは簡単そうだ」

 

「そう言われるとまた複雑な気分になるよ……」

 

 2年余り経った後、若葉はこの会話を思い出し自分のした事に耐えきれず逃げ出した幸斗を見つけたのは言うまでもない。

 当然の如く、この時は誰も2年後の悲劇を知らないーーーーー。

 

「若葉はゲームとかやらないのか?」

 

「私は少し苦手だな。そう言う幸斗こそ、ゲームをしている姿は見ないが」

 

「俺はゲームをするなら散歩するくらいの人だぞ」

 

 実際、幸斗はゲームをするくらいなら身体を動かす方が好きだった。とは言え、その理由にも悲しい背景もあると言うのは若葉は知らない。

 

「あ、でも私もゲームはやるぞ」

 

「ほお。どんな?」

 

「スピードなら誰にも負けない自信はあるな」

 

「なんか可愛いな」

 

「かわっ!?」

 

 僅かに飛び跳ね、顔を赤くする若葉に幸斗は不思議そうに首を傾げる。本人からすれば何をそんなに驚くことがあるのかと言った具合だ。

 幸斗は若葉に睨まれ、その理由がわからないまま一先ず若葉の背を押す事にした。

 

「ほら。ちょっとくらいあの輪に入って仲深めて来いよ。リーダー」

 

「お前こそ入れば良いではないか」

 

「そう言われたらちょいと入ってみたくなるよね」

 

 そうは言っても、あの友奈と千景の間に入ることは幸斗には難しかった。大人しく若葉と共にひなた達を待つ事にした。

 若葉と共にウォーターサーバーから取った水を飲みながら、幸斗は数日前の杏との会話を思い出し、せっかくならと若葉に聞いた。

 

「若葉は誰かを好きになったりしたことってある?」

 

「と!突然何を言い出す!」

 

 飲んでいた水を危うく吹き出しかけるほどの反応に幸斗も釣られて笑いそうになった。

 若葉は幸斗のことをヘビの如く睨む。耳が赤い気がするのは気のせいではない。

 

「おぉ〜……。お前、そんな反応するのか」

 

「うるさい。それに、私は恋愛沙汰など似合わん」

 

「ひなたは若葉のこと好きそうなのに?」

 

「ひなたは別だ」

 

「特別ってことね」

 

「口が達者なようだな。今すぐ二度と開かぬように縫ってやっても……」

 

「そこまでする!?」

 

 幸斗は勝手に聞いておいて後悔した。きっとこの手の話、本当に若葉は苦手なのかもしれないと今になって気づく。

 

「幸斗はひなたのような幼馴染はいないのか?」

 

「………いたけど、7月30日の天災で亡くなったよ」

 

「……すまない。軽率な質問だった」

 

「大丈夫。ただ、まあ。悔しいよね。目の前にいたのに助けられなかったのは」

 

 そして今では剣に変貌させられ、幸斗の左側の腰に佩剣されているとは誰も思うまい。

 お互いがお互いの弱点のような会話をするものだから妙に辿々しい。それでも幸斗は煩わしいとは思わなかった。

 

「若葉は愛するひなたをちゃんと守れるように強くなりなよ」

 

「それは無論だ。言われるまでもない」

 

「心強いお言葉ありがとうございます。なっ。ひなた」

 

 幸斗がその名を呼ぶと、若葉は神速の如き速さで振り返った。

 実を言えば先程からずっと若葉の後ろにはいたのである。幸斗はそれを知った上で無視し、絶好の機会を待っていたのだった。

 

「若葉ちゃん……大好きです!」

 

「ひなた!?おおっ!?抱きついてくれるのは良いが場所を!?」

 

 何だか途中から公衆の面前で見せつけるにはディープなものになっていきそうになり、幸斗はそそくさと視線を逸らし、満足げに目を細めて水を飲み干した。

 そんな幸斗の隣に雑に腰掛ける音が聞こえ、そちらに目を向けると球子が苦笑いを浮かべて2人の姿を目に焼き付けている。

 

「幸斗、お前何したんだ?」

 

「いや。何もしてない。と言うか、何だかすごい久々にあった気がするの俺だけ?」

 

「いや、タマも幸斗と話すのは久々だぞっ。何してたんだよ」

 

「それはこっちのセリフだ。同じ教室にもいたのに一言も言葉交わさない事とかあるんだな」

 

「もっとタマに関心を持ちタマえよ」

 

「背が小さくて見えづらかったのかも……。わかった。俺が悪かったからそんな目で俺をみるな」

 

 今にも殺されてしまうのではないかと思うほど鋭い視線を向けられ、幸斗はすごすごと引き下がった。

 

「よろしいっ!タマは幸斗の理解力が高くて嬉しいよ」

 

「俺も命が惜しいからな」

 

 幸斗と球子のやり取りをいちゃつきながら見ていたのか、ひなたはニッコリと柔和な笑みを浮かべた。

 

「球子さんは小さくても可愛いですし、頼り甲斐があると思いますよ」

 

「幸斗はひなたを見習いタマえ!」

 

「そうする……」

 

 久々の会話がこれとはいかに。幸斗は思わず天井の蛍光灯と見つめ合った。

 これにて杏以外のメンバーは揃ったのだが、杏は中々姿を見せない。一緒に来ると聞いていた若葉も球子に尋ねた。

 

「球子。伊予島はどうした?」

 

「杏ならすぐ来るぞっ!っと噂をすればってヤツだ」

 

 杏は廊下を駆け足で来たのか、少し息が上がっている。訓練しているとは言え、あまり身体も丈夫ではないと幸斗は聞いていたので少し心配になった。

 

「すみません……。お待たせしました、よね?」

 

 自分が遅れたことへの申し訳なさも積もっているのか、杏は気まずそうに目を伏せた。

 若葉も杏の気持ちを慮ってか、気にするなと声をかける。

 

「いや、大丈夫だ。幸斗のおかげでかなり楽しませてもらった」

 

「何の話をしてたんですか?」

 

「若葉とひなたにお互いへの愛を語ってもらってた」

 

「ええっ!?わ、私もそれ聞きたかったです」

 

「聞かなくていい!幸斗!お前はさっきから本当にーーーーー!」

 

「ちょっ!待て!」

 

「問答無用っ!!食事が終わったら道場に来い!その性根、叩き直してやる!」

 

「俺、そんな悪いか!?」

 

 国家存亡の御役目を担わされた少年少女。この時ばかりは久しぶりに年相応の騒ぎっぷりを見せたのだった。

 

「……高嶋さんは……あの中に加わらなくていいの?」

 

「私は今は良いかな。今はぐんちゃんの隣にいたいし!」

 

「……そう」

 

「うんっ!あっ。ゲームオーバーになっちゃった」

 

 友奈に言われ画面を見ると珍しく千景は操作をミスり、大きく「game over」と表示されている。

 これは今までどんなミスもしなかった千景が、初めて見せたミスだった。千景はその画面を見ながら自分の胸の内に宿り始めている想いに、気づかれないよう小さく心の中で笑ったのだった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

〜明星の夜桜〜

 

 ○○は星あかりに照らされた桜の樹を座りながら見上げている。

 神樹様が消え、自由となったはずの○○と○○の魂は何かに括り付けられているかのように解き放たれる事はなく、人となった神の行く末を見守り続けている。

 何となく眺めているうちに思い出した記憶。まだ先があるはずなのにテレビの砂嵐のようにノイズが走り続けているのもまた一興。

 

『と言うか、この記憶思い出させてどうするのさ』

 

 少年は桜の樹に問いかける。

 

『暇つぶしになるかなって?まあ、確かに……懐かしい気持ちにはなったけど』

 

 桜は少年に笑いかけるようにざわめいた。それからとある提案をし、少年の顔を困らせる。

 

『あいつに再び力を貸したい?』

 

 桜の樹は頷くようにその枝を揺らす。

 

『記憶を見せたお礼に姿を変えて欲しいって?いや、良いけど……それだと奴に、晴哉に激痛伴わせるけど良いの?』

 

 何やら取り引きをするために、わざわざ仕舞い込んでいた記憶の一部を見せたらしかった。

 普段なら絶対にそんな事はしないはず。そこまでして助けたいと思われる彼を少年は羨んだ。

 

『痛みは一瞬だけど、相当痛みを味わせるぞ。何たって金屋子神の呪いはまだーーーーー。……いや。わかった。君がそこまで言うって事は何か理由があるんだろ』

 

 少年は要望を受け入れると、立ち上がり桜の樹に手を添えた。

 

『それじゃあ、行ってこい。高嶋友奈』

 

 

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