合宿の次の日、バーテックスは襲来した。
園子がリーダーになってから初の戦闘でもあり、合宿の成果を見せる戦いでもある。
俺たちはいつものように大橋へと向かい、敵を待つ。
俺は"いくたち"を使うことはせず、通常の武器で挑むことにした。作るだけで時間がかかるような中途半端なものは使えない。そう判断した。
まもなくその異形が姿を現す。銀は呑気なものでバーテックスの見た目に言及していた。
「きたっ、おぉ今度もなんかビジュアル系のルックスしているね」
「尖っていて強そう〜」
「矢で攻撃してみるわ」
須美が気合を込めて弓を引き絞る。それと同時にバーテックスはその巨体を、地におろした。四本の牙のようなものが橋に思いきりめり込んでいる。
「今回こそ…!」
須美が矢を放つ。自分だって活躍してみせる。そんな想いを乗せた矢は
竜巻のような暴風を螺旋状に纏い、敵に向かっていく。
命中して、誰もがダメージを与えると思ったその時、バーテックスはその巨体を小刻みに振動させ始めた。
「え、キモ」
銀の口から素直な感想が出る。
「そう言ってやるなよ…」
女の子から言われるそのワードはかなり効く。俺だって言われたら泣いてしまうかも知れない。しかしそんな軽口を叩けるのも一瞬だった。
大橋が大きく揺れ始めたのだ。というより樹海そのものが揺れていた。
「地震、あいつが起こしてるのか!?」
状況を把握すると同時にぎぃんと音がした。音のした方を向くと、須美の矢が弾かれていた。
「う、また通じないの?」
「落ち込んでる暇はないよ、わっしー」
「え、えぇ…」
すぐに気持ちを切り替えて、須美は敵に向かって行った。俺と銀も須美の動きに合わせて敵へと突撃する。
しかし、それを見計らっていたかのようにバーテックスは橋から牙を抜き、空に急上昇した。
「いや、飛べるのかよ」
「地震は止まったけど…このまま逃げるか!?降りてこいコラァー!」
何のための地震だったのかと思考を巡らせる前に敵の体が鈍く光る。
「っ!みのさん、敵が何か仕掛けてくるよ!防御して防御〜!」
「えっ…んな!」
バーテックスはレーザーのような怪光線を垂直に打ってきた。ちょうど俺と銀のいる位置目掛けてである。
「悪い!銀!!」
「え、うわぁ!?」
俺は咄嗟の判断で銀の服を掴み、後方へとぶん投げた。
目の前に光線が迫る。俺は桜の花を模した盾を作り出した。その盾に敵の攻撃が衝突する。
「っ、予想より重い…」
必死に受け止め続けてはいるが、どれだけ持つかはわからない。途中でこの盾が崩壊すれば俺の命運も尽きたということだ。
「ハルスケ、あとどれくらい持ちそう〜?」
「あと精々、20秒…いや、12…くらい!」
「なら、私とわっしーとみのさんで、上空の敵を叩くよ〜!いこう、二人とも!」
言うが早いが、園子は上空の敵へと跳躍する。
迷う暇もなく、須美も銀も園子に従って続く。
(ちょっとやばいかも…!)
既に盾を成している花弁は5枚のうち2枚にまで減っていた。2枚残っているとは言えすぐに壊れるだろう。三人が空へと急上昇していくのが見えた。胴体を狙おうとしていた須美に園子が指示を出す。
「わっしー!狙うのは光線の出てるところ!」
「了解よっ!そのっち!」
須美の渾身の力を込めた矢は、光線を出している発射口に飛び込んでいった。
(け、結構過激なこと思いつくな)
大爆発と共に、バーテックスが弾け飛んだ。それと同時に盾にかかっていた重さも急速に無くなった。
残り、花弁は一枚。
「あっぶね…」
俺は思わず呟いた。寿命が酷く縮まったように思う。
その頃上空では怒涛の攻撃が繰り出されようとしていた。
「やった…」
「あとは、任せろー!!」
「やろう!みのさん!」
園子と銀は弱った敵へと突撃し、容赦のない攻撃を繰り出した。何ふり構わぬ必死の攻め。
「ここから!皆んなの場所から、出て行け〜!」
攻撃を打ち込む轟音が、空に鳴り響く。敵はその攻撃に耐えかねたのか、よろよろと下降してきていた。
須美もその二人を援護するように必死に矢を放つ。
俺もずっと座ってる訳にも行かない。立ち上がり、ここぞとばかりに右腕に意識を集中させ、武器を作り出した。
「来い、"いくたち"」
俺の声と共にその刀身が姿を現す。その刀身は渋い鼠色をしていながらも、光を青く煌びやかに反射した。
俺は跳躍し、渾身の力を込めて"いくたち"を振り下ろした。
「さっさと、落ちろっ!」
攻撃が命中し、敵が勢いよく地面に叩きつけられた。その隙を逃さず、すぐさま三人が追い討ちをかける。
一撃、二撃、三撃、四撃ーーーー。
気づけば敵を壁の近くまで押し戻していた。
バーテックスはそれでも身体を回復させると逃げるように壁の外の空間へと逃げていった。
「いったかな〜?」
「みたいね」
「も、戻ってこないよね〜?」
「念のため、5分待ってみましょう」
園子と須美と銀は、壁の前で虚空を睨むようにして構えていた。
「戻ってくるならまた切り刻んでやる!」
銀のその気迫に押されてか、敵が戻ってくることはなかった。俺もようやく落ち着くことができたからか、小さく息を吐いたのだった。
樹海化が解除され、気づくと四人は大橋が見える公園にいた。公園に設置されている祠が淡く光っている。神樹が移動させてくれたようだ。
(変なところに気が利くなー)
一応神様なりの労いなのだろう。大赦に連絡して迎えに来てもらうことになり、それまで四人はくでーっと芝生の上で倒れていた。
「ハルヤ、大丈夫か?」
「なんかこう、初めて見えちゃいけないものが見えた気がする…」
「三途の川〜?」
「六文銭持ったなかったから通れなかったわ」
「逆に持ってたら怖いわよ…」
上を見たまま話続ける。日光が眩しい。
「それにしてもそのっち、よくあの短時間で決断できたわね、攻め込もうって」
「だってハルスケが10秒は持つって言ってたんだから10秒は持つじゃない?それに、それくらいあればなんとかなるかな〜って」
「……!」
須美が息を呑んだのがわかった。あの場で、誰かを信じる事を果たして須美は出来ただろうか。と自問自答しているようにも見えた。
というより、園子もよくもまあ俺の言葉なんて信じたものだ。あんなの口から出まかせなのに。銀ならともかく俺みたいな根性なしがよく10秒も持ったものだ。
「そのっち、凄いわね」
「貴方こそ、隊長よ。本当に」
「ね、ここぞと言うときにやってくれる!」
「あは、あははは〜」
園子は友達から褒められるということに慣れていないのか、頬を紅く染めて照れている。
須美は急にそんな園子の手をガシッと握った。
「はうっ〜?」
「何かが纏まったらしいな須美の中で」
「そのっちは、私が育てるわ」
「そ、育てる〜?」
「あはは、なんじゃそりゃ!母親!?」
銀がゴロゴロと笑い転げた。
そんな微笑ましい光景のさ中、俺は次のことを考えていた。もとより、初戦からバーテックスの知能の高さは警戒してはいる。一体で迎撃され続ければ知性があるのならどのような行動に打って出てくるか。いつまでも一体しか襲来しないなんて考えは捨てた方が良さそうだ。今日はまだ一体だけだったから銀を敵の攻撃から逸らすことはできた。だが複数体となるとそれも難しい。
いつくるかは分からない。けれど、用意しておくに越したことはない。
そんなことを考えながら俺は空を睨みつけていた。本当に気が休まることはしばらくないだろう。
その夜、自室で本を読んでいると部屋の扉がノックされた。
「あいてるよ」
「よかった。まだ起きていたのね」
「まだ8時だぞ。寝れる訳ない」
「そうね。今日も授業中寝てたからよね」
バーテックスがくる前の授業で俺は爆睡していた。そのことがバレていたらしい。なんて皮肉を言うんだこの子は……。
「寝る子は育つって言うじゃん。その容量で俺の脳も発達するかもしれん」
「馬鹿なの?」
「馬鹿だ」
はっきり言い返すと須美はため息をついた。最近多いですねため息。全く誰のせいなんだ……。
どこの誰かもわからない人に責任を投げつつ、俺は改めて須美と向き合った。須美は俺の顔をジッと見つめている。
「そんなことより。…兄さんは最初からわかっていたの?」
「何が」
「そのっちのこと。前、先生に推薦した時言ってたじゃない。そのっちは閃きや決断力は1番だって」
「そういやそんなこと言ったな」
「私…ずっとそのっちを選んだ理由がお家柄かと思ってたわ。けどそんなことなかったのね」
「人それぞれ良さってものがあるからな〜」
須美は、己の欠点を棚に上げて隊長に選ばれなかったのは家柄のせいだと決めつけ、大人びた納得をしていた自分に軽く酔っていたらしい。
でも、それが間違いだったと気づけたのなら御の字。俺だって須美がリーダーになるべきだと一時期は思っていた。けれど、園子のあそこまでの才覚を見せつけられれば仕方もない。
「けど、もう納得したんだろ?」
「ええ。隊長はそのっち以外に考えられないわ」
「なら万事解決だな」
「そうね。兄さんがそのっちを推薦した理由もわかったわ。でも、別にその理由を隠さなくなっていいじゃない。はっきり言ってくれれば」
「須美が傷つくと思ってさ。ほら、俺あまりコミュニケーション能力高くないし。須美に変なこと言っちゃう気がして」
「だから私が自分で納得いくまで黙ってたってことね」
「まあ、そんなところ。そだ。美味しいお菓子をさっき、とあるつてで貰ったんだよ。一緒に食べないか?」
俺が須美を誘うと、須美は「仕方ないわね」と言いつつも案外満更でもなさそうな表情を浮かべながら、俺の用意した椅子に座った。
それから少し他愛のない話をして、お茶が湯呑みから無くなりかけた頃に須美は突然歯切れが悪くなった。
「どしたよ」
あまりに急に黙るものだから思わず須美を見つめる。須美は言うべきか迷ったのか、俺の顔と湯呑みを交互に見たあとその口を開いた。
「…兄さんは、もう少し自分の身を考えた方がいいと思う」
「?」
「前の戦いもそう。今日だって。いつも誰かの代わりに傷ついてる」
「須美だって怪我したじゃないか。それと変わらん」
「…そうだけど…」
須美はその先も何か言おうとするが言葉が見つからないのか口をもごもごと動かす。俺はそこに追い打ちをかけるように須美を説得する。
「別に俺は怪我しようが何しようが構わないんだ。それに忘れかける時があるけど俺は"守り人"だからな。護るのがお役目だ」
お役目の重さを1番重く受け止めているのは須美だ。こうすれば納得する筈。だが、そうはならなかった。
「死ぬかもしれないのよ」
「どのみち人は死ぬものだから…けど、まあ、そうだな…」
須美の心配をする顔を見るといつもの軽口も言えなかった。俺は「気をつけるよ」としか言えなかった。
「約束よ?」
須美はそう言い残すと残りのお茶を啜って、また明日。と自室へと戻っていった。
自分の身を案じろと言われても俺の身体にある爆弾の導火線には既に火がついてしまっている。どのみちこの体は壊れる。なら、誰かを守って壊れてくれるのならその方がよっぽどいい。
この考えは決して間違いなんかじゃない筈だ。一晩かけてもこの問題の答えは得られなさそうで、きっとどうにもならない。
俺は自分を納得させ、部屋の明かりを消して眠りについた。
その日は珍しく夢の中に俺に似た人は出てこなかった。
俺は先日見たあの桜の前に立っていた。それをただ眺めている。今気づいたがその桜の周りには様々な花が咲いていた。白い花や橙色の花。名前はわからない。いかんせん花の知識なんて全くない。他にもいろんな色の花が咲いていた。
ただそれを眺め続ける。
すると一匹の鴉が飛んできた。青色のとても珍しい鴉が。見たこともないその優美さん、優雅さに俺は目をを奪われた。
とても綺麗だった。どのくらい見ていただろうか。
一陣の風が強く吹いた。
俺は目を閉じる。
そして風が止み目を開けた。
そこは自室だった。目が覚めたらしい。カーテンの隙間から覗く朝日と漏れてくる光。俺は学校に行く時間だと言う憂鬱感を感じながら身体を起こそうとした。
だが、身体を動かそうとするとなんだか重く、頭痛がする。おまけに身体が熱い。汗がとめどなく出てくる。
(あ、これは……)
俺は夢のことなんて忘れ、一つのことを悟った。
「…風邪ひいた」
鷲尾晴哉。この世に生を受け13年。幼年期はいざ知らず、体調を崩したことなんて記憶にある内は一度もなかった。決して不真面目とはいえ学校を休んだことはない。
「おおぅ…皆勤賞が…」
俺はそんなどうでもいいことにショックを受けた。
母親に体温計を持ってきてもらい熱を測った。
「38度…結構高いわね」
「ごめん」
「いいのよ別に。こんな時にしか心配してあげれないし」
母親はそういうと微笑んだ。俺はまだちゃんと子供で母親に心配してもらえることが少し嬉しかった。
「お役目のこともあるし疲れが溜まってたのね。今日は休みなさい」
「ん」
俺は寝ながら頷く。母親と入れ違いで須美が入ってきた。
「大丈夫?」
「問題ない…は嘘だけど大したことないよ。それより皆勤賞の方がショックだわ。なんのために学校に行ってたと思ってる…」
「変なところでこだわるのね。兄さんは」
須美が笑う。俺もそれに釣られて笑った。
「それじゃあ行ってくるわ。ちゃんと休んでいてよ?」
「りょーかい」
須美もそれだけ言うとカバンを背負い直して部屋を出ていった。なんかこう、須美に心配されると変な気分になる。
寝て治るものかは分からないがとりあえず目を瞑るだけ瞑ることにした。
目が覚めたのは昼過ぎだった。
「寝すぎだろ…」
母親が用意してくれていたうどんを啜りながら独り言をいう。風邪を引いていても今日もうどんが美味い。
体調も大分回復したようで頭痛ももうしなかった。けれどその代わり、左腕に違和感があったが今回の体調不良も「道理で」と納得した。
今回の風邪は身体にかかった負荷によるものかもしれない。
「両腕持ってかれただけでこの有り様か…」
この先すごい不安に駆られた。そのうち吐血するんじゃなかろうか。そんなことにならないことを願いたい。どうか神樹様この身をお助けください…と祈るがーーーー。
「いや、冷静に考えたらあいつのせいじゃないか」
願う相手を俺は間違えたらしい。動くだけマシだと思い直して俺は残りのうどんを一気に啜った。
午後3時ごろ。俺は昼ごはんを食べた後読みかけの本を読破していた。この際、潔く欠席ライフを楽しもうと思う。
二冊目に手を伸ばした時、勢いよくドアが開いた。
「おっ!起きてる、元気じゃん!」
ノックをしろノックを…。
俺は文句を言ってやろうかと口を開きかけた瞬間、銀が勢いよく部屋に飛び込んできた。
「ちょっと銀!兄さんは体調が…悪くなさそうね」
「あ〜、起きてる〜。よかった。お邪魔します〜」
いつもの三人が部屋に入ってきた。いや、本当に抵抗ないなこいつら。
「風邪ひいたんだって?やわいなーハルヤは」
「俺だって風邪引く予定なんてなかったんだ。こいつアポも取らずに勝手に」
「風邪さんって予約取ってから入ってくるの〜?」
「なわけないでしょ」
須美が的確に突っ込む。銀はケラケラと軽快に笑う。
「そうだ忘れるところだった。はいこれ。イネスで買った飲み物に、イネスで買ったお菓子」
そういうと銀が袋から飲み物やらお菓子やらを取り出した。どれも消化には悪そうだ。元気になったら是非とも全部頂こう。
「悪いな。気を使わせて」
「へへっ、いいってことよ!」
「みのさん、すっごい心配してたもんね〜。『あの時…アタシを庇ったから…』って〜」
「ちょっ!?園子、それ言わない約束!」
銀が園子の口を塞ぐ。「やめてよ〜みのさん〜」と言いながらもそこまで嫌がってなさそうだった。仲が良くて何より。俺はわちゃわちゃやっている二人を尻目に須美にお礼を言う。須美はまだ心配そうに俺を見ていた。
「なんかよく分からないけど、とりあえずありがとう」
「もう大丈夫なの?」
「朝に比べると全然マシだ。身体も動くし」
俺は右腕をぐるぐると回した。それで須美も納得したらしい。
三人はこのまま須美の部屋で遊ぶとのこと。いかにも普通の小学生らしかった。一応俺も小学生ではある。あまりにも他人事すぎてびっくりだ。
それにしても今日、意外に自分は色んな人から心配されているのだと実感した。今まで、その事に気づかなかった。少しだけ須美が昨日行ったことがわかったような気もした。
隣から聞こえる楽しそうな声を聞きながら俺はもう一度目を閉じる。そうして、何度誓ったかわからないがもう一度自分の中で決意した。
必ずこの三人だけは護り通す、と。