神世紀299年春 〜銀side〜
大橋での最終決戦からどれだけの時が経過しただろうか。三ノ輪銀はたった1人、茜色に染まった空の下を行く。
中学生になった銀は少しだけ高くなった目線にそろそろ新鮮味が無くなり始める頃合いだった。あと少しだけ高くなってくれれば。なんて思わなくもないがそれはきっと贅沢な願いなのかもしれない。
「ただいま」
覇気のない声が玄関から居間にまで足早に駆けていく。慌てて駆けて行ってもその言葉を受け取る者は誰もいないと言うのにせっかちなものだ。
「まだなれないなあ。この暮らしも」
須美と園子。晴哉が突然と目の前から姿を消し、たった1人大赦の命で讃州市の中学校。讃州中学に向かわされたのも数日前のことのように思えて仕方がない。
「新しい友達は出来たけど、まだなんかしっくりこないんだよな」
独り言を呟きながら、夕ご飯の米を研ぎ始める。
「須美と園子は元気かな……。晴哉も、何処かで生きていれば良いんだけど……」
大赦の人に話をしても須美と園子の居場所ははぐらかされ、晴哉の生死は不明のまま。モヤモヤする気持ちを胸にどう新たに友達を作れと大赦は言うのだろう。相変わらず、自分達の気持ちはお構い無し。無茶ばかりを強要してくる。
「晴哉だけでも居てくれれば、どうとでもなったのに。アタシ1人じゃ出来ることも限られるしなぁ……」
大赦への不信感を洗い流すように、米のとぎ汁を洗い場に流す。白く濁った水はまるで自分の心だ。一見、純粋なものを装っているだけ……。なんて似合わない事を考えてしまう。
「よし。セット完了。あとは待つだけ、と」
米を炊く準備も終わり、銀は1日の疲れを全て預けるようにソファにもたれ込んだ。
ぼーっと天井を眺めていると、銀の携帯が震えた。見たことのない電話番号。迷惑電話かもしれないと思いながら銀は通話ボタンを押す。
「はい。もしもし三ノ輪です」
『あ!良かった合ってた!私だよ。結城友奈!』
電話越しに聞こえてきた声は入学式で偶然出会い、何故だか共に人助けをした同い年の少女。結城友奈だった。加えて同じ部活。勇者部に入ったよしみでもあった。
「友奈か。びっくりしたよ。どうしたん?」
『銀ちゃんせっかく仲良くなれたのに、連絡先交換してなかったから』
「だから電話をかけてきたと。明日でも言ってくれれば良かったのに」
『そうするつもりだったんだけどさ。さっき不思議な人がいてね』
何やら話が進み出したぞ。なんて銀は直感で思った。
『帰ってる時、私が銀ちゃんの名前をボソッと呟いたらすれ違った男の人がジーッと私の方を見てたんだよ』
「だ、大丈夫なのかそいつ」
ただの不審者なのではと銀は訝しんだ。だが、友奈の口振り的にもそんな事も無さそうなのがまた変な話である。
『で、その人が話しかけてきたんだ。「聞き覚えのある名前だ」って』
「んん?」
『でも変なのがその人、自分の名前も住んでるところも。これまでの事も何一つ覚えてないらしいんだよね。おまけに私たちと同い年っぽいし』
風向きが突如として変わり出した。友奈は言葉を必死に探しながら、自分の身に起きた事を話してくれているが銀の心臓は早鐘を打ち始めていた。
結論を急ぎ、銀は友奈の話を遮るように食い気味に聞いた。
「その変な人が友奈にアタシの電話番号でも教えたって事?」
『うーん。そう言うわけじゃなくて、その人それだけ言って何処かに行っちゃったんだよね』
銀は思わずソファから転がり落ちた。これまでの話、一体何だったと言うのか。
多分、友奈はこの話を誰かにしたくて真っ先に自分に電話してきたのだろう。そう思ったら友奈が少し可愛く見えてきた。
「け、結局アタシの連絡先は誰に聞いたのさ」
『犬吠埼先輩!』
「風先輩に聞いたんだ……。それなら納得」
『うん!明日は銀ちゃん部活来る?』
コロコロと変わる話題。まるで先ほどまでの話など気にしないと言わんばかりの勢い。それでも、銀はその流れの中で1人立ち尽くしている。
(もしかして……。いや、ただの不審者の可能性もあるし……)
それでも可能性があるなら賭けてみても。なんて思ってしまう。
胸の中に膨らむ希望とそれに裏切られる恐怖。相反する感情に釘を打つように友奈の声が銀の耳に飛び込んでくる。
『今日部活あったんだけど、もしかして体調悪かった?』
「あ、いや。うん。そんなところ」
『ええっ!?だ、大丈夫!?今からお見舞い行った方が良い!?』
「そ、そこまでは大丈夫」
『そっか。じゃあこんなに長話させちゃってごめんね』
「うぅん。気にしないで。友奈の声聞いて元気出た」
『本当?それなら良かった。それと最後に風先輩からの伝言!明日はなるべく来てね。だって。あ!体調治ってからで大丈夫だよ!』
「りょーかい。明日は絶対行くよ」
そもそも今日部活があった事を忘れて帰っただけとは口が裂けても言えない銀だった。咄嗟に嘘をついてしまったのはご愛嬌という事にしてもらおう。
笑顔のまま通話を切り、銀は真っ暗になった画面に映る自分の笑顔を見て上書きするように苦笑した。
「大丈夫。まだアタシは忘れたわけじゃない。絶対に探し出してみせる。晴哉も。園子も須美も」
自分自身に言い聞かせるように、銀は力強く頷いたのだった。
神世紀299年春 〜???〜
意味もなくただ足を動かしている。動くから動かしているだけ。きっとその一歩一歩に意味を見出す事は出来るのかもしれない。けれど、そうする事すら出来やしない。
動くのが不思議な足を引きずり、見えていることも奇跡的な目を頼りにひたすら目的もなく歩き続ける。いや、目的はあるのかもしれない。けれど、目的を思い出すことなく、歩き続ける──。
神世紀299年夏 〜銀side〜
気がつけば照りつける日差しが肌を焦がす時期。いつまで経ってもなれないと感じていた須美と園子。晴哉が居ない日常も気がつけば受け入れつつあった。それでも片時とも3人のことを忘れた事は無かった。
探す事もままならず、選択肢が限られる中、銀が選んだ事と言えば3人に再び会った時にみんなを退屈にさせないほどに面白い話をたくさんする。というものだった。
中学校も定期テストが終わり、無事夏休み。銀は決めた事をやり遂げる為に余りある時間を活用すべく部活に参加していた。
「おはようございます!間に合った!」
「間に合ってないわよ。5分近く」
「いてっ。風先輩、アタシの元担任みたいな事しますね」
元気よく挨拶をして部室に飛び込んだ銀は入り口付近で待ち構えていた風にバインダーで頭を軽く小突かれた。
「ったく。三ノ輪も遅刻してくるし、友奈も遅刻するし。私も遅刻するし。皆遅刻癖が酷いわね」
風はサラッと自分が遅刻した事を告白したが、追及を許さぬ構えで話を次へ次へと進めていく。
(アタシで5分遅刻なら、他の2人も5分遅刻してるのでは?)
気がついてしまったのだが、言うと厄介な事になりそうなので銀は胸の内に秘めておく事にした。
「と言うわけで、今日のお題は遅刻癖をどう治すかよ!」
そんなこんなで始まった遅刻癖を治そうの会。案外、銀もノリノリでこの話題には食いついた。
たったの部員は3人。真っ先に手を挙げたのは友奈だった。
「はい!風先輩!」
「うむ。発言を許す結城友奈!」
「朝、風先輩が私たちに電話をかけるってのはどうでしょう!」
「良いじゃん。それ決定で!」
きっとそれが最良の選択だと銀も乗っかった。多分、風の今日の遅刻は寝坊ではなく単に用事が重なっていただけだろう。妹のために早朝から起きてご飯を作ってるとも聞いている。朝が弱い代表である銀と友奈が遅刻しないためにはきっとそれが1番だ。
勝手に完結させようとした銀と友奈の間を割って入るように風は突っ込む。
「ちょーいちょいちょい。私を抜いて勝手に2人で決めるな」
「それ以外に方法あります?」
「……無いかもしれないわね」
「ほら。やっぱり風先輩は頼りになるなあ」
「あんた、最近私の扱い雑になってきてるわよね」
「そんな事ないですよ!」
銀がケラケラとあっけらかんに笑うと風は小さくため息をついた。
「まあいいわ。それも必要ならやるわよ。私としては何か指針みたいなものが足りないような気がしてるのよ」
風は元からこれがやりたかったのか意気揚々と話を始めた。これが本題だと言うのなら、風は要らない前置きで余計な仕事が増えた事になる。受け入れてしまうのも風らしい。
指針。と言う言葉を聞いて真っ先に首を傾げたのは友奈だった。
「この勇者部のですか?」
「そうよ。さっき職員室から用紙貰ってきたから、ここに五箇条的なの書き込んで置いておきましょ」
「良いですね!……とは言ってもすぐ言葉が出てこないです」
友奈は腕を組んで、必死に言葉を探している。銀も真面目に考えようと用紙と睨めっこを始めた。
ジーッと見つめていれば文字が浮かんで来てくれるかもしれない。なんて言うのは幻想で一向に浮かぶ気配がない。
「とりあえず、挨拶はきちんと。ってのはどう?今も出来てはいるけど」
「さすが風先輩!」
「褒めても何も出ないぞ後輩よ。飴あげる」
褒める友奈に満更でも無さそうな風。今日も勇者部はいつも通りだ。
銀は自分が勇者として戦っていた時のことを想像していた。あの時、どんな気持ちで戦っていたのだろう。命をかけた戦いと部活は比較するには不相応である。とは言え、ヒントがあるような気がした。
「なるべく諦めないって言うのはどうですか?勇者らしくない?」
スッと口から自然と出てきた言葉だった。
「良いじゃない。それも採用!でも、あと3つくらい欲しいわね」
「元気が1番!よく寝て!よく食べる!」
「友奈らしいわね。順調順調!さあ次よ次!」
言葉通り元気溌剌と意見した友奈に風は満足気に頷いた。銀は銀でニヤッと笑ってから風の脇を優しく小突いた。
「風先輩も少しは出してくださいよ〜」
「出したじゃない。挨拶」
「それで満足して良いんですか部長!」
銀は更に風の心をヒートアップさせにかかる。風も銀に強気な笑みを見せた。
「煽るじゃない〜。それなら部長としての威厳の見せ所ね!何かない?友奈」
「えっ!?今の流れで!?」
まさかの友奈被弾。
「う、う〜ん。な、悩んだら相談……とか?」
「出てくるんかい」
無茶振りをかした風も予想以上に良い言葉が出てきたからか、そのまま用紙に書き入れていく。
銀も友奈も風の手元を覗き込み、一字一字刻まれていくのを目で追いかけた。
「これで4つ。4箇条って言ったところですか」
「キリ悪くない?」
「じゃあ、あと一つですね!」
文句も言わず、前向きに頷く友奈。それに見習って銀も何度目かの思考タイム。
「「「…………」」」
これまでにない長い沈黙。考え込む3人。きっと単純な一言で良いはずなのに、どうしてもその一言が出てこない。
銀は何となく自分の考えではなく、ここには居ない須美と園子。晴哉ならどう言うだろうと考えてみた。
(須美は「富国強兵」とか言いそうだし、園子は「手のひらは15センチ〜」とか言いそうだぞ……)
何だかんだとこう言う時、1番まともな事を自分が言いそうな事実が少しばかり意外でクスッとなる。
(でも、晴哉なら須美と喧嘩しながらこう言うだろうな……)
「銀ちゃん?」
銀が頬を緩めていたのを見て、友奈は不思議そうに首を傾げた。
「なになに。この感じ、妙案が降りてきた?」
風の茶化すような言い方に、銀はニッと力強い笑みを返した。
「勇者部5箇条1つ!成せば大抵なんとかなる!」
神世紀299年夏 〜???〜
ひたすらに炎天下の下、海を眺めている。それをしていれば記憶が戻るんじゃないかと、何も考えられぬ頭で砂浜で足を運んだ。
子供達が笑い合いながら走る光景を背に、辛うじて生き残っている右耳で波が砂に打ちつける音に耳をすます。
「…………」
多くの言葉を忘れたこの獣の如き者はこの目の前の光景に何て名前を付けようかなどと足らぬ語彙で考えた。
「…………」
声を失い、今目の前の光景を本当は何と言うのか尋ねる事も出来ない。今自分の抱えている感情が一体何なのかもわからない。言葉を知らない。伝えられないと言うことがこんなに不便な事だったろうかと記憶が無いなりに過去を振り返る。
「…………」
霧がかかったように何も見えない。思い出そうとするといつもこうだ。
何も見えず、結局答えにも辿りつかない。
「……………」
自分はどこに向かっているのだろう。何をしたくて、こんなにも長い間彷徨っているのだろう。霧の向こうの何かに辿り着くためにはどうすれば──。
「………っ」
次の瞬間、全身の力が抜けこの者は砂浜に倒れ込んだ。
「────」
動かない。身体が燃えるように熱い。そうしてからようやく気づく自身の異変。
本来、身体を冷却するはずの汗が一切流れていない。辛くて、息苦しくて倒れ込んで、灼熱の太陽にその身を焦がされても死ぬことはない。
何故なら────。
「………ら、ま……さ」
視界の端に映る**。その名を呟き、その目を閉じた。
相変わらず書き散らしてますが温かい目で見守ってやってください。
ちゃんと最新話も更新しつつ、書き溜めてたものも順に出していこうと思います。
感想とかくれたらとても喜んでしまいますので出来たらよろしくです。
ではまた次回!!