花を咲かせ、未来に繋ぐ [加筆修正中]   作:まんじゅう卍

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第3話 キセキ起こる

 神世紀299年秋 〜須美・園子〜

 

 須美は傍で寄り添うように眠る園子の横顔を見て、ずいぶん時が経ってしまったと感慨に浸った。

 窓もない部屋の中では園子の日々大人びていく横顔だけが須美の中で時の流れを感じさせている。

 

「とは言っても私もそのっちもまだまだ子供よね」

 

 可愛い顔をしているのに何処と無くアホっぽい顔を浮かべながら眠っている園子。須美は見慣れた光景だと言うのに思わず小さく笑った。

 

「もうそろそろ一年が経つわね……。そのっち……」

 

 今頃、元クラスメイト達の時計は止まる事なくチクタクと針を進めている事だろう。しかし、自分たちの時計は一年前のあの日から錆びついてしまったのか動こうとしなかった。

 

「銀は元気かしら」

 

 願わくば彼女の時が止まる事なく未来へ向かっていますように。と願いを込め、自分も瞼を閉じようとした時。

 

「元気だと思うよ〜」

 

「きゃあっ!お、起きたのなら言ってよ」

 

 園子は目を覚まし、須美の独り言に反応を示した。

 

「もうそろそろ一年だね〜」

 

「最初から聞いてたのね」

 

「そこからだよ〜。言われて気がついた〜」

 

「そのっち、この生活思ったよりも満喫してるものね……」

 

 それが良いのか悪いのか。須美は思うにこの所業、1人では耐えられない。それは園子も変わらないのではないだろうか。

 

「わっしーがいるからまだ我慢出来てるだけ〜。1人なら無理〜」

 

「やっぱりそうなのね」

 

 須美も同じ思いなので、2人してここに運ばれてきたのはある意味ラッキーだったのかもしれない。

 そう考えながら、須美は1人でこの暗い場所に隔離されている想像して身震いをさせていると、傍らのまだ眠たそうな園子は「そういえば〜」と話題を新たにした。

 

「ハルスケの捜索、再会したらしいよ〜」

 

「え?どうして今更」

 

 思いがけない情報に須美は目を丸くした。

 晴哉の捜索は2ヶ月前。夏の終わりに打ち切られていた。生きている算段が無い。と言う結論だったと言うのは須美も園子も教えてもらっていたのだった。だがそれが覆ったと園子は言う。

 

「ハルスケに似た人が見つかったらしいんだよね〜」

 

「そ、それどこ情報なの!?」

 

 既に消息不明。実の所、生きているのを諦めていた所に差した光明。須美はこれまでに無い勢いで食いついた。

 

「昨日わっしーが寝てる間に来てた巫女さん〜」

 

「誰かわかる!?」

 

「そうは言われてもみんな仮面付けてるから〜」

 

「それは、そうね。……少し頭を冷やすわ」

 

 須美は自分自身を律する方法を得ていた。兄にがむしゃらに努力し、進み続けるのも美徳だと言われた。が、それは裏を返せばもっと冷静に場面を読み取れという事でもあると気がついたのはいつ頃だったか。

 園子もフニャッと柔らかい落ち着いた笑みを須美に向け、唯一動く左手で近くのペンを握った。

 

「私たちはここから動けないし、きっと見つかったとしても教えてはくれないよ〜。一先ず、私と一緒にお勉強でもしようよ〜」

 

「それは良いけど、私たち中学1年生なのに既に範囲は3年生じゃない。そのっちに関しては高校生だし」

 

「ほら。私、天才だから〜」

 

「否定できないのがなんとも」

 

「そう言うわけで頑張ろ〜」

 

「おー」

 

 園子の間の抜けた掛け声に須美は間の抜けた声で応じた。最早、堅物と言われた鷲尾須美は園子と銀によって軟弱地盤と化していた。既に難攻不落の城。不沈艦と呼ばれた鷲尾須美の姿はそこにはない。

 しばらく互いに無言で暇つぶしのように問題を解いていく。須美は国語の教科書の内容を自己流で理解し、造詣を深めていた。その中で1人の少女がクラスメイトと打ち解けられず、1人悩む描写が飾らない。それでいて純粋な言葉で描かれていた。何だか自分に似ている。そんな風に思った時、口から漏れたのは過去の自分への他者からの評価だった。

 

「今思えば私の評価ってかなり酷いわよね」

 

「まあまあ〜。それも個性ってやつなんよ〜」

 

「1番個性的な人に言われたく無いわ」

 

「個性派勇者トップ2〜」

 

「う、嬉しそうね。それにコンビみたい」

 

「2人で漫才でもしてみよっか〜」

 

「名前何にする?」

 

「わっしーはワッシーナで、私はソノコリン〜」

 

「まだ覚えてたの?」

 

 まだ2人が打ち解けてもいない時、イネスのフードコートで互いにお試しで呼んでみたあだ名。それすらも大事に胸に抱えている園子に須美は不思議な感情が湧き上がる。

 

「大事な思い出だからね〜」

 

 須美が抱える胸の軋みなど知らぬ存ぜぬと言わんばかりの園子の満面の笑み。これが見れるのなら過去の少し恥ずかしい思い出も悪く無い。とも須美は思った。

 

「勉強も飽きたし、ついでにコンビ名も決めようよ〜」

 

「何が良いかしら。私とそのっちでしょ……」

 

「わしその〜」

 

「あ、安直ね。……大橋の端っこにいるから橋っ子とか……。ごめんなさい。忘れて」

 

「洒落てる〜!!」

 

「洒落てないわよ。我ながら面白く無いわね……」

 

「コンビ名としては50点だけど、私たちの状況を揶揄するなら100点〜」

 

「最悪じゃない」

 

 須美は園子の言動の端々から感じ取っている。近々の園子、なかなか自分達の置かれた状況に不満を持ち始めているのではないかと。

 きっと杞憂なようにも思える。結局、園子の心境を正確に読み取るのは須美と言えども至難の業と言えた。

 

「この話はお終い!大人しく勉強に戻りましょ」

 

「そうする〜。いつか普通に戻った時のためにね〜」

 

「そうね。いつか、戻った時のために」

 

 銀や晴哉に笑われないように。恥じぬように。戻ってくるかもわからない日常に思いを馳せ、須美と園子は1日。また1日と時をじっと待ち続けるのだった。

 

 神世紀299年〜冬〜

 

「今年は暖冬のようでございます。神樹様も、お御心が安らいでいる証拠かと」

 

 巫女からの心にも響かない報告を真摯に聞いているフリをしながら、須美と園子は聞き流していた。

 暖冬がなんだ。それならせめて心行くままに雪が降った方が良い。投げやりな気持ちを視線のキャッチボールで伝える。

 そこから更に数分巫女の話は続き、解放された瞬間須美は園子に提案した。

 

「雪が積もってきたら雪合戦がしたいって言いましょ」

 

「わっしーやっぱり嫌がらせの才能出てきたんじゃないかな〜」

 

「私何も言ってないじゃない」

 

「神官と巫女のみんなに雪合戦やらせて、私たちは司令塔って事じゃないの〜?」

 

「それで全員濡れ鼠にさせて風邪引かせようなんて全く考えてないわ」

 

「部屋も濡れ鼠だ〜」

 

「掃除も何もかも大赦がやってくれるのだから気にする必要もないわよね」

 

「鬼〜」

 

「人聞き悪い事言わないでよ」

 

 なんとも不毛な会話を楽しむ2人。元より楽しみと言えば会話をすることのみ。

 

「なんだかんだと1年以上経っちゃったわね」

 

「このままあと何回季節は巡るかな〜」

 

「………銀にも兄さんにも会えずに朽ちてくのだけは勘弁願いたいわね」

 

「そんなわっしーに朗報〜」

 

「前もそう言って変な話始めたじゃない」

 

「今回は本当に朗報だって〜。昨日巫女から聞いたんだけどね〜」

 

「私、そのっちの隣にずっと居るのに知らない話多くないかしら」

 

「気のせい気のせい〜。それで結論だけ言うとね」

 

 須美の喉が無意識のうちに期待で鳴る。園子は本当にいつも通りの会話の流れで改めて話を切り出した。

 

「ハルスケ見つかったみたいだよ〜」

 

「へぇ〜………。え?」

 

 その情報を前に須美は頭を殴られるほどの衝撃を受けた。そして同時に思い出す。一年前の別れとなった日のことを。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 神世紀298年〜大橋最終決戦〜

 

 バーテックスとの戦闘が始まり数十分。

 全ては序盤での戦闘における躓きだった。序盤に満開を須美と園子は行ってしまったのである。

 数回に及ぶ満開の代償により、須美は足と左腕の感覚。そして左目の視力を失った。他にもきっと多くを失っている。

 満開の恐ろしさをその身に味わい、加速していく動悸。巨大な獅子座の名を冠するバーテックスは撃退したが、それ以上に須美は怖かった。自分のものが無差別に奪われていくこの状況が。

 揺れる瞼の奥には園子と晴哉が映っている。

 

「須美、今どんな状況だ」

 

 自身も身体は壊れ始めているだろうに、あくまで冷静に晴哉が須美に問う。

 

「左目と足、左手の感覚が、ない、わ」

 

「そっか。園子は」

 

「私も目と右手が……」

 

 現状を確認し合い、3人は更なる違和感に気がつく。バーテックスを倒したのに樹海が解除されないのである。

 真っ先に壁側に異変を感じたのは晴哉だった。須美も晴哉に釣られて壁に視線を向けるとそこには倒したはずのバーテックス達が一斉にゆっくりとこちらに向かってきていた。

 

「う、そ」

 

「ははっ。馬鹿にしてんのか。どこまでも俺たちのことを……」

 

 圧倒的な戦力差を前に、晴哉は悪態をつく。これではどれだけ満開で敵を駆逐しようと、神器で敵を粉砕しようと勝ち目はない。

 

「園子、身体の異変は満開のせいだと思うか?」

 

「そう思うよ〜。それでも私たちがあれと戦わないと世界が……」

 

 須美と園子が震える手で武器を再び取る中、晴哉は2人に向かい合うとニコッとこれまで見たことが無いほどに穏やかな笑みを須美と園子に向けた。

 

「よし。それなら園子。須美を連れて行ってくれ」

 

「え?ハルスケは〜?」

 

「俺は全部倒して、後から行くよ」

 

「でも、もう兄さんの身体は……」

 

「何のためにこれまで頑張ってきたんだって話さ。須美と園子さえ生きてればまだ再起できる。だから、ここで行くのは俺だ」

 

 晴哉は穏やかな笑みとは一転。1人立ち向かう覚悟を決めていた。

 

「そんなのだめよ!兄さん1人にはしていけない!」

 

 須美のわがままに晴哉は無言で背を向けた。足が動かない須美は晴哉に手を伸ばすしかない。

 

「待って!兄さん!」

 

「これ以上満開はさせられない。園子。意地でも須美の手、離すなよ」

 

 晴哉は背中越しに園子に願うように言葉を搾り出す。それでも、決して須美の声に振り返ろうとはしなかった。

 

「そうだ。満開をすれば、まだ……。そのっち!?何するの!!」

 

「わっしー!考えてあげて!ハルスケの気持ちを!」

 

「でも、まだ私は戦える!何度でも立ち上がれるわ!」

 

「その足で、その目で。その腕でどう戦うつもりなの……。わっしー。ごめん。私は、残された選択肢を……今は優先するね」

 

 須美は満開をし、晴哉を連れ戻そうとしたが園子はそれを阻止した。

 晴哉と須美の絆の強さは知っている。それを知った上で、園子は最優であり最悪の選択肢を選ばざるを得なかったのである。

 園子は残された力を振り絞り、須美を抱き抱えると晴哉が向かった先とは逆へと駆け出した。

 

「ハルスケ。必ず私が、何があっても助け出して見せるから……」

 

 園子がそう静かに呟いたのを最後に、須美の視界は霧がかかったようになり、晴れ渡る日は2度と来ていない。

 これが須美と園子。晴哉が行く道を違えた最終決戦の顛末である。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「どうして急に見つかったりするわけ?」

 

「私にも何とも〜」

 

 園子も見たかったと言う事実を聞かされただけで、完璧に情報を把握したわけでも無い。それに、今の園子と須美には晴哉に関して知る権利と言うのはゼロに等しいのだった。

 それでも諦めが悪いのがこの2人。互いにそれを知っているからか、須美も園子もまだ残された視界には力強さがあった。

 

「でも、その話が聞けただけでも僥倖よ。居場所もわからないの?」

 

「うん。それも教えてはくれなかったな〜」

 

「情報の小出し感が凄いわね」

 

「別に教えてくれたって良いのにね〜。会いに行けるわけでもないんだし〜」

 

「そのっちはまだしも、私は特にね」

 

 須美は動かない自らの足を指差す。園子も対抗するように自分の体を指差した。

 

「私も身体は動かないよ〜」

 

「こんな不毛な争いしても無駄ね」

 

「私は楽しいよ〜。喧嘩したーい」

 

「喧嘩ってするものだったかしら……」

 

 辞書を引っ張り出してきて調べたい衝動を、須美は眉間を揉む事で他の感情とごちゃ混ぜにした。

 須美はそのまま園子との会話を一区切りし、静かに目を閉じる。晴哉と過ごした短いけど、何にも変え難い大切な時間。

 

(早く兄さんに会わないと。この記憶が大切な宝物から、ただの思い出になってしまう前に……)

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

神世紀299年秋 〜銀〜

 

 讃州中学は皆の心の拠り所である昼休みになっていた。

 学校全体が賑やかで、まるで空間が生きていると言った具合だ。そんな喧騒の中で、銀は教室に入ってくる心地よい日光とそよ風によって船を漕いでいた。

 ここぞとばかりに日頃の疲れを回復する銀。そこにクラスメイトでもあり、同じ部活の『勇者部』に所属する結城友奈が声をかけてきた。

 

「銀ちゃん!来週の休みの日空いてる?」

 

「んあっ。……もちろん。どっか行く?」

 

 情けない声と共に銀の乗った船はオールを止めた。

 秋だというのに友奈の笑顔は夏の太陽を遥かに凌駕するほどの輝きを放っており、銀は思わず目を細める。

 そしてこう言う時、友奈は決まって銀を何かに巻き込む時の合図でもあった。

 

「来週のお祭り行こうよ!これ!」

 

 そう言って友奈が目を輝かせ、取り出したのは讃州市で毎年開かれているお祭りのチラシ。

 銀はそのチラシを手に取ると、一通り目を通す。以前の銀であれば迷わず頷いているのに、最近はこうやって一旦立ち止まる事が増えてしまっていた。  

 とは言え、用事があるわけでもない銀はチラシを友奈に返すと小さく笑い返した。

 

「良いよ。アタシも行ってみたかったんだ。なんだかんだと讃州市に住み始めてまだ半年だし」

 

「本当!?やった!」

 

 友奈は大きく飛び跳ね、そのままクラスメイトに銀が祭りに行く事を承諾してくれた事を伝えに行った。

 銀はその背中を見て、また小さく笑った。そして同時に思うのだった。

 

(今のアタシを見て、三人はなんて言うかな)

 

 誇れるかどうかはさておき、勇者部の活動やクラスでの出来事をおもしろおかしく伝える事は出来るに違いない。

 しかし以前ほど、力一杯何事も駆け抜ける元気が無いのもまた事実。先日実家に戻ったら弟に心配されるレベルだったのだ。おまけに何と言われたかと言うと「あの姉ちゃんが!!考え事をしてる!?」である。

 

「そこまでアタシ、頭空っぽに動き回って何も考えてないように見えたのかね」

 

「何が?」

 

「おっと。友奈戻ってきたんだ。何でもないよ」

 

 ボソッと吐き出した家族への悪態だったが、いつの間にか目の前に戻って来ていた友奈に書かれていたらしく彼女は首を傾げていた。

 友奈までも心配させるわけにもいかず、銀はわざとらしく眠たかったとアピール。それから身体を伸ばして気持ちもリセット。今からが正真正銘の三ノ輪銀だ。

 

「よしっ!三ノ輪銀復活!!」

 

「よくわかんないけど元気ならOKだね!!」

 

 恐らくクラスで最も元気が有り余っている2人。その2人のいつも通りの様子に皆、目を細めるのだった。

 周りからそんな目で見られている事に2人が気づくはずも無く、ひとしきり盛り上がった後、銀は一つ名案とばかりに友奈に提案した。

 

「あのさ。友奈。祭りの前日からアタシの家泊まりに来ない?」

 

「え!?良いの!?」

 

「もちろん!まあ、おもてなしというおもてなしは出来ないけど」

 

 ちょっとした予防線を張りつつも、それを凌駕するほどの友奈の嬉しそうな顔。それを見て、銀は自分の悩みは些細なものなのだと胸の内に仕舞いこんだのだった。

 

 

──────────────────

 

 1週間と言う時間は中学生である銀にはあっという間に過ぎていった。部活や勉強。学生としての本分をこなすだけで時間はいくらあっても足りない。

 特にこの1週間、銀は自分でも驚くほど授業に集中していたのに加え、部活も忙しかったがために体感2日ほどだった。

 

「と、そんなこんなで友奈が泊まりに来る日ですよ」

 

 祭りの前日。友奈は約束通り、銀の家にお泊まりする事が決定していた。誰かを自分の家に泊めると言うのは銀にとっても初めての経験で、何処と無く浮ついた気分になる。

 

「……落ち着かない」

 

 友奈は夕方の16時頃に来る予定だった。ちなみに現在正午前。あと約5時間何をして過ごそうかと銀は思案する。

 必要そうなものはある程度揃えた。一緒に料理すると言う事でその材料も買ってある。お菓子も、飲み物も。よっぽどのイレギュラーが発生しない限り、揺るがない鉄壁の構えだ。

 

(そう言えば最近、あまり何かに巻き込まれること減ったよな)

 

 イレギュラーと言う単語で思い出す小学生までの自らの体質。巻き込まれ体質と言う己の運命は、中学入学と同時に呆気なく敗北してしまったのだろうか。それはそれで一抹の寂しさを感じる。

 

「……アタシ、あれはあれで充実してたの、か?」

 

 それはそれでよくわからない感情になってしまう。

 気持ちがモヤモヤとするのを変に噛み締めてしまい、更に味が良くなる過去の記憶達。

 

(スルメか!アタシの記憶は!!)

 

 最近、1人で考え事をしては1人でツッコミを入れるなど、脳内で1人2役してしまうのが銀の悪い癖にもなっている。

 そんな事はさておき、銀は本物のスルメを口に咥えると家を出た。家にいても落ち着かないので、折角なら海でも見に行こうかと言う気になったのだ。

 

 

 

 銀の家から自転車を漕ぐ事数分。案外近い位置に砂浜はある。

 自転車を手前の公園に停め、波音に招かれるように銀は真っ直ぐ波打ち際に向かう。公園と浜辺の境界線を越えると、そこにはもう一つの空が広がっている。

 風に「逆立ちしてみたら空落ちて来て入れ替わるんすかね」などと意味不明な質問をしたのも記憶に新しい。

 少しの時間、その場に立ち尽くしてから、銀は再び砂浜の端を目指して歩みを進めた。

 

「園子も須美も何してっかなあ」

 

 海の奏でる優しい音色は不思議と須美と園子の事を思い出させた。相変わらず春から秋になっても、銀は『現在』を生きながらも『過去』を歩き続けている。だからこそ、今の生活に足がついていないような感覚に陥るのだった。

 

(結局手掛かりも何も見つけられず仕舞いだし、何か大きなキッカケさえあればなあ)

 

 やっぱりあと一つピースが足りないと銀は感じていた。あの大きな組織に立ち向かうには1人では限界がある。

 園子と須美の今の状況を案じるだけで、銀には何も出来ない。それが悔しくて、今も遊びの約束の合間を縫ってこんな事をしているのかも知れなかった。

 

「ハルヤも同じ状況だったら今のアタシと同じ事してそうだ」

 

 ふと、あのぶっきらぼうな親友を思い出す。銀としては出会った時の第一印象と本人の性格が全く同じだった事が、不思議と好感を持てたのを更に思い出した。

 

(アタシとは真逆だった、よな?ほっとくとすぐに1人になりたがってたし。最初)

 

 思わず銀は小さく笑う。そしてそのおかげで陰った心にも陽が差し、世界がまた明るくなる。

 誰もいない砂浜。響くのは波の音と自身が踏みしめる砂浜の軽やかな音。身体を抱きしめるそよ風も、今日は機嫌が良さそうだ。

 

「うん。良いハグ。いつか園子と須美にもここを教えてあげよう」

 

 ついでに晴哉にも──。

 そう思った矢先、銀は足を止めた。誰もいないと思っていた砂浜の終点に人影があったからだ。

 太陽の光とそれを照り返す海のおかげで真っ黒なシルエットだけが銀の目は捉えている。そんな時、これまでとは違った強い一陣の風が、その影を巻き込みながら消し去った。

 銀は不思議と瞳が熱くなる。

 

(見間違いをするわけがない──。してなるものか!!!)

 

「ハルヤ!!」

 

 名前を呼んだのが先か。身体が動き出したのが先か。

 この1年間、探し続けた人がすぐ手の届く位置にいる。銀が奇跡とも言える僅かなこの機会を逃せるわけがなかった。

 しかし、銀は足を止めた。晴哉と思われる人が放った一言が、銀の足を止めさせた。

 

「え?」

 

 一滴の水滴が零れ落ちたような、そんな微かな声が銀の口から漏れ出る。それもそのはず。

 目の前の彼は、銀があと少しと言うところでこう言ったのである。

 

「君は、誰?」

 

 

 

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