花を咲かせ、未来に繋ぐ [加筆修正中]   作:まんじゅう卍

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第4話 未来亡き少年

「誰?って冗談キツいよ」

 

 銀は声を震わせ、引き攣った笑みを浮かべた。

 目の前の少年は、銀が知っている姿よりも背丈は伸び、声も低くなっていた。髪も伸び、身体も銀が知っている以上に傷ついている。それでも、面影は紛れもなく鷲尾晴哉である。

 今の彼は無表情で、銀の胸の内を掬い取るように黙って見つめ続けている。

 

「本当に覚えて……ない?」

 

 諦めきれず、銀は再度彼に問いかける。

 揶揄っているのかもしれない。照れ臭くて誤魔化しているのかもしれない。あらゆる『かもしれない』が脳裏を駆け抜けていく。

 覚えている。そう言ってくれれば全てがハッピーエンド。だが、物語というのはそう簡単に終わってはくれない。

 

「────」

 

 最早、先程言葉を発したことが奇跡なのではないか。銀がそう思ってしまうほどに、彼は黙りこくる。

 と言うより、何か言いたいのに言葉が出てこないのか、口を開けては閉じてを繰り返し、眉を顰めていた。

 

(幼い子供みたいだ……)

 

 その様子は自身の弟にあまりにも酷似していた。

 銀は似ても似つかない彼の姿が無性に悔しくて仕方なくなってしまう。彼がこうなってしまった理由は察することが今の銀には出来ない。それほどまでの動揺が銀を抱きしめ離さない。

 

「────」

 

 彼は話すことを諦め、銀を無言で見つめる。

 きっとその行動にも意味はない。銀がそう思えるほどには感情という大事な部分が欠落しているようにも見えた。夢を見ている。と形容するのが恐らく正しい。

 その夢から醒めさせるために、その頬を大きく引っ叩いても良かった。その方が万事解決を目指す上で最も効率的な手段なのではないかとすら思うほどだ。

 

「自分の名前は覚えているの?」

 

 銀は強硬手段に出る前にもう一つクッションを挟む。その答え次第で闘魂を注入し、全ての記憶を取り戻してやると強い決意がこの質問の裏には潜んでいた。

 そんなこといざ知らず、彼は首を傾げて悩むそぶりを見せる。それから思い出したように頷くと、拙い言葉を細々と呟いた。

 

「あ、き……」

 

「へ?アキ?」

 

 それが名前なのか果たして名字なのか。返答次第で更に糸と糸が複雑な絡まり方をしてくる。

 

(アタシにはハルヤほどの問題解決能力は無いんだから、もっと簡単にしてくれよ……!!)

 

 銀は自らの力の限界値を未熟ながら把握していた。それ故に、今目の前で起きている事態は自分の力ではどうにも出来ないと心のどこかでは既に諦めている。

 諦める。と言うのは銀が最も嫌いな事の一つでもあったはずだ。それがいつからこうなってしまったのか。それを何故か今になって自分に問いかけ始めた。

 自身への疑念を振り払うかのように、銀は再び晴哉に先程よりも強い口調で問いかけた。

 

「あき、って言うのは名字?」

 

「────たぶ、ん」

 

「多分って。自分の名前なのに」

 

「────わからない」

 

 何度尋ねても堂々巡りの答え。今のこれが、何もかもを忘れてしまった彼の精一杯なのだと銀が気づくには十分過ぎるほど短い問答だったように思える。

 

「────これでも、まえより、マシ」

 

 そう言って彼は悲しげに瞳を震わせると、それを隠すように瞼を閉じた。

 前よりマシとはどう言う意味なのか。それも聞こうと銀は口を開こうとしたが、これ以上彼に負担はかけたくないと言う気持ちが好奇心を貪り尽くす。

 この胸で暴れ散らかしているどっち付かずの名状しがたきこの感情。銀は乱暴に自らの髪をかき混ぜると、小さくため息をついた。

 

「良いか。お前は鷲尾晴哉。それ以外の何者でも……。って、あれ?」

 

 先程まで目の前にいたはずの彼は少し銀が目を離した隙にその姿を消していた。

 僅か10秒ほどの出来事。砂浜に彼がいた足跡はしっかりと残っている。だが、その先が無い。足は付いていた。だと言うのに足跡もつけずにこの場から姿を消すのは不可能である。

 

「は、ははっ。出てくるには少し遅いんじゃない」

 

 銀の脳裏を掠める幽霊というワード。あまりスピリチュアルなものを信じない銀でも今この時ばかりは思わず信じそうになっている。

 出てくるなら夏あたりに出てこい。そう思わず悪態を吐きたくなってしまう。

 

「いや。でも話せたし、流石にね。うん」

 

 幽霊でも何でも良い。晴哉らしき人物に出会えた。と言う奇跡に等しい出来事であったにも関わらず、彼のその不可思議な去り方が銀には印象に残りすぎたのだった。

 

 

 

 摩訶不思議な体験をした銀は気持ちが落ち着かず、しばらく浜辺を散策した後、家へと戻った。時刻は14時。一体あれから2時間も何をしていたのか記憶にはない。

 暇つぶしにしては大きすぎる出来事だったように思えて仕方なく、どうにも足が地についていないようにも感じられる。

 

「それにしてももう少し話してくれても良くない?」

 

 未だに夢心地のまま、椅子に全体重を預ける。真っ先に口をついたのは何故か彼への愚痴だった。

 これだけの時間1人にしておいて、突然現れては説明もないまま違う名を名乗り、たった10分にも満たない会話。愚痴の一つくらい、神樹様も許してくれるに違いないと鼻を鳴らす。

 

(……安芸先生に連絡取ってみるか。取れるかわかんないけど)

 

 彼は自分のことを「あき」と名乗ったが、銀が知っている人で尚且つ大赦関連の人物で思い当たる人は1人しかいない。

 元担任である安芸真鈴。彼女は昨年の大橋の決戦以降、須美と園子。晴哉と共にその姿を銀の前から消し去っていた。

 

「今更連絡がつくとも思えないけど」

 

 半ば諦めながら、銀は昔の安芸のアドレスにメールを送ってみた。この行為が吉と出るか凶と出るか。それは神樹様のみが知るところである。

 

「重い話もここまでにして友奈が来る前に部屋綺麗にしないとな」

 

 心機一転。どうにもならない事は今一度頭の片隅に追いやり、目の前の約束事に向き直る。

 しっかり須美と園子。晴哉のことは考えてはいるが楽しむ時は楽しむと線引きをしていた。この点は何処ぞの誰かとは違う点だ。

 そこからは昼間の摩訶不思議な出来事は考えず、鼻歌混じりに掃除を進めるとインターホンが鳴った。それに合わせるように視線は自然と壁にかけてある時計に向く。

 時刻は16時。銀はあまりにも正確な時間に苦笑しながら玄関へと向かった。

 

「もうそんな時間?はいはい。今出ますよ〜」

 

 自らの集中力の凄まじさに舌を巻きながら、玄関を開け、その先にいる人達を視界に捉えた時、銀は思わず首を傾げた。

 友奈と予定にはないが風が来たことは良しとし、風の背中に隠れるようにしているもう1人の美少女は誰なのだろうか。見た目からして風の妹ではないなと銀は勝手に高を括った。

 

「こんにちは!銀ちゃん、今日明日よろしくね!」

 

「こんにちは三ノ輪。急に押しかけちゃってごめんね」

 

「友奈、風先輩。こんにちは。それとその子は?」

 

「私の妹よ。ほら樹。挨拶」

 

 風に促され、樹と呼ばれた少女はようやく一歩だけ前に出た。依然としておどおどして自信無さげな様子ではある。

 

「は、初めまして。い、犬吠埼樹です。お姉ちゃん……犬吠埼風の妹…です」

 

「おぉ。これが噂の。初めまして。アタシは三ノ輪銀。樹で良いかな?よろしくね」

 

「は、はい!こ、こちらこそ…です」

 

 銀は優しく微笑みかけたのだが、樹はビクッと肩を震わせるとまたそそくさと風の背中に隠れてしまった。

 

「というわけで私達は帰るわ」

 

「え、それなら何しに来たんすか。上がっていけば良いじゃないですか」

 

 このままだと風と樹は自己紹介をしに来ただけと言うよくわからない人達になってしまわないだろうかこの2人。

 

「風先輩と樹ちゃんのはさっきそこで出会ったんだよ!」

 

 風と樹の代わりに答える友奈。

 偶然出会ったと言うのも何かの縁かと感じ、銀は風と樹に自宅へと上がる事を改めて提案した。

 

「とりあえず中に入ってよ。クッションは用意してあるから各々ご自由に使って」

 

 こう言う時は強引に話を進めるのが1番。

 銀は3人に背を向けると先に居間に戻り、菓子類の準備をし始めた。何やら3人がいる玄関からバターン!と物が倒れる音が聞こえるが一体何をしているのかはわからず仕舞い。

 その音が聞こえなくなったと思ったら、軽やかな足音が2つと弱々しい足音が1つ部屋へとご案内。視線は自然と樹を追いかけていたが、その双肩には余りある力が入っていた。

 

(アタシ、別に取って食ったりはしないぞ)

 

 樹はここを魔王かドラゴンの根城とでも思っているのかもしれない。だとしたらあまりにも質素である。

 そこまで怖がられても複雑な気分になるだけなのになぁ。と苦笑しながら銀はおもてなしの品々をテーブルの上に献上した。

 これでは自分が供物を差し出している側でないか。というツッコミは心の中だけに留めて銀も腰を下ろす。

 

「改めて3人ともようこそ!」

 

 腕を広げて歓迎の意を表し、銀は誰よりも真っ先に菓子類に手をつけた。

 あまり風も友奈もこう言う時、遠慮するタイプではないと知ってはいるが、やはり先に主が手をつけた方が他の人も気兼ねなく食べられると言うものである。

 なんだか出したお菓子が和菓子多めなのは誰の影響なのか。案外、煎餅とかも悪くないなんて最近は思っていたりもする。

 

「何だか悪いわね。本当にただ顔見に来ただけなのに」

 

「いえいえ。風先輩や樹ちゃんがいた方が賑やかだと思うし」

 

「私もそう思う!」

 

「でも、あんた達2人でこれからお泊まりする予定って聞いてたんだけど」

 

「それはそれ。これはこれですよ」

 

 銀は未だに申し訳なさそうにする風にケラケラと軽く笑ってみせた。その軽快で、少年のような無邪気な笑みには風もつられて、ようやく笑顔を見せる。

 普段の部活動の時のような、賑やかな雰囲気を取り戻した銀達の話題は自然と樹のものが多くなっていった。

 

「樹ちゃんは今何年生なの?」

 

「6年生ね。来年からは讃州中学生よ」

 

「樹の好きな食べ物は?」

 

「無論うどんよ」

 

「「どうして風先輩が全部答える!?」」

 

 銀と友奈の鋭い指摘が風の喉元へと襲いかかる。が、そんなものさした障害にすらならないと言わんばかりに雄弁とその理由を語った。

 

「だって、私は樹のお姉ちゃんだし」

 

「だからって妹の発言を全て代役する姉がどこにいるってんだ」

 

 銀は呆れながら大橋市の銘菓である『かまど』のかわらせんべいを噛み砕いた。

 樹も秋限定の栗かまどをハムスターのように両手で持ち、細々と食べながら姉である風に呆れた口調を向ける。

 この砕けた雰囲気が良くも悪くも樹の緊張をほぐし、人見知りを発動しながらも徐々に会話に混じる事が出来るようになり始めた。

 

「お姉ちゃん。私だって来年から中学生なんだよ。自分のことは自分で出来るよぅ」

 

「ほら。樹ちゃんも言ってますよ風先輩!」

 

 ここぞとばかりに勝ち馬に乗っかる友奈。だがしかし、その馬は残念ながらゴール手前で雑草を貪り食うのである。

 次に放った風の弾丸は立ち止まった馬には恰好の的であり、命中した。それに乗っていた友奈は当然の如く落馬した。

 

「朝も自分で起きられないのに?」

 

「「「うっ!!」」」

 

「何で三ノ輪と友奈も苦しんでるのよ」

 

 朝、自分で起きられない三銃士。武器をこれ以上持てず、勝ち馬すら見失い遂には敗北した。

 

「まあ、でも確かに私が答えるのは違うわよね。いくら大好きな樹の事と言えど」

 

「もしかして風先輩、イントロクイズ的なノリでさっきまで答えてました?」

 

「そんな感じね。少しこれからは控えるわ」

 

 風はそう言うが、それだけすぐに妹の特徴を聞かれ答えられるのは、相当相手のことを知っていなければならない。悪いことは一つも無かったりする。

 

「ちなみにさっきの風先輩が答えたのって全部あってるの?」

 

「はい。全部あってます」

 

 誇らしそうな樹はその胸を張った。内心かなり嬉しいのか、花のような可憐な笑みを溢している。

 そんな樹を見る銀の目は、おもむろに色を変えた。そのあまりに貧相な山を見て……。

 

「………む」

 

 その平地を銀は双眼鏡越しに見渡す。東西南北、全てにおいて広がるは平原。山は遥か彼方。空間という海を渡った先の大陸にそびえ立っている。

 

「……板」

 

「ぎ、銀さん!?突然何を言うんですか!?」

 

 樹は銀の視線が自身の胸に吸い込まれていることに気づき、自身の腕で身を守るようにして抱きしめた。

 銀は須美のものに触れて以来、遥か彼方の頂へと想いを馳せていた。なかなか中学に入ってから須美を越える存在はおらず、落胆のあまり肩を落とすこともしばしば。

 そんな銀に再び一発の銃弾が風より叩き込まれた。

 

「あんたも変わんないじゃない」

 

「ぐっふ!!」

 

 胸を抑えながら銀は倒れ込んだ。目と鼻。口から血を噴き出しながら……なんて事は勿論なく、起き上がって自分の身体と友奈の身体を交互に見返して更に大きくため息をついた。

 大人しくお茶を啜っていた友奈は突然舞台へと上がらされ、一体何事?と言わんばかりに真顔で銀を見つめ返している。

 

「大丈夫?銀ちゃん」

 

「えぇ。アタシも思ってましたよ……。中学に入ったら何か変わるって」

 

 何やら独白めいた事を始めた銀に風と友奈。樹は思わず息を呑むほどにその一言一言に聞き入った。

 

「けど何しても変わらなくて……。伸びるのは身長ばかり……。アタシは夢を諦めざるを得なくなっちまった」

 

 虚空を見つめ、そのまま消え入りそうな銀の手を取ったのは友奈だった。何故か目には涙を浮かべており、風と樹は思わず口の端を引き攣らせた。

 

「だ、だめだよ!夢は諦めちゃ!よくわかんないけど、絶対ダメ!!」

 

 友奈の声に引き戻された銀は、目の前に迫る涙目の友奈に逆に困惑を隠せなかった。

 

「どうして友奈は泣いてるん?」

 

「え、だって銀ちゃんが夢を諦めたって言うから応援しなくちゃって」

 

「お、おう。勿論まだ諦めてないけどね。2年でも3年でも待って……。ちょ、友奈痛い。強く握りすぎぎぎぎぎぎぎぎ!!」

 

「うん!銀ちゃんはそうじゃなきゃ!!」

 

 恐らく何もわかっていない友奈。だが、人を励まし立ち上がらせる力が彼女の言葉にはあると意外な場面で判明したのだった。

 失意の銀も復活は果たしたが、友奈に握られた手は壊滅的な被害を出していた。

 悶え苦しむ銀の隣で、悠々とお茶をおかわりしながら風は樹に少し先の話を持ちかけた。

 

「そうだ。樹は中学に入ったらやりたい部活とかってあるの?」

 

「今のところは特にはないなぁ。あっ。お姉ちゃんの勇者部には興味あるよ」

 

「本当!?樹ちゃん勇者部入ってくれるの!?」

 

「はい。話はお姉ちゃんから聞いてましたし、それに友奈さんと銀さんとなら私も頑張れそうです」

 

 それを聞いた友奈は勢いよく樹の手と自分の手を繋いだ。

 数分前の銀の惨状を見た樹は己の手も粉々に砕かれるのではないかと戦々恐々とし、思わず友奈に怪物を発見したが如く恐怖一色になった。

 だが、樹の想像した事は起きず友奈は繋いだ手を握ると優しく嬉しそうに上下に振った。

 

「来年からよろしくね樹ちゃん!」

 

「は、はい!こちらこそです友奈さん!」

 

「気づけば樹が入ることになった所で三ノ輪をどうにかしてやりなさいよ」

 

「だ、大丈夫です風先輩。少し前、これより痛い目に遭ってましたから」

 

 1年前、晴哉と2人で立ち向かった3体のバーテックスから受けた怪我に比べればどうって事はないと、常人とはずれた感性を残念ながら銀は持ち合わせていた。

 それもそのはず。今は隠せているが服の下には未だに残ってしまった傷も多い。

 銀の物言いに怪訝な顔をする3人を置き去りにし、そそくさと銀は友奈の手を取って触診を開始した。

 

「ところで友奈はどうしてそんなに握力強いのさ」

 

「どうしてだろ。思い当たる節はないんだけどなあ」

 

「そうなんだ」

 

「あ。でも、小さい頃からお父さんに武術教えてもらってるよ」

 

「うん。それだね。これからその握力は人類を守るために使ってくれよな」

 

 そんな事態にならないよう、銀は願ってしまう。だが同時に、自分が讃州中学へと向かわされた理由も何となく察しがついてしまっていた。

 『その時』まで銀は逃げるように、最悪の思考を端へと追いやった。

 それでも神と言うものは不条理を押し付けてくるもので、風は銀の過去の話へと足を踏み入れた。

 

「今更なんだけど、三ノ輪ってどうしてこっちに来たの?そのまま神樹館でも良かったのに」

 

「んー。何となくです。強いて言うなら、逃げ出したかったんじゃないですか?あの場所から」

 

「お嬢様方の学校だからね〜。アンタみたいなお転婆娘には厳しかったのかしら」

 

 銀が言葉を詰まらせた事から、風はこれ以上の介入はやめ、逆に茶化すように悪魔のようにニンマリと口端を緩めた。

 

「元気が良いって言ってくださいよ。アタシ、体力だけは風先輩に負けませんよ」

 

「良い度胸じゃない。今度、うどん大食い対決で勝負よ!!」

 

 互いに売られた勝負は買う性分。その事が災いしてか、2人の熱い視線はぶつかり火花が連鎖し、見事な大輪が咲き誇った。

 その間に挟まれていた樹は勝負の内容が180度折れ曲がっていることを思わず指摘する。

 

「お姉ちゃん、体力要素が消えちゃったよ!?」

 

「うどん啜るにも体力はいるのよ」

 

「そうだぞ樹」

 

「えぇ……」

 

 妙に連帯感を強めていく風と銀に樹は新たな宇宙を感じ始めていた。要するに思考を放棄したのである。

 友奈は苦笑いをし、宇宙に旅立とうとしている樹ロケットの緊急停止ボタンを押して何とか地球へと押し留めた。

 

「あの2人、こうなると勝敗つくまで終わらないから」

 

 樹の色彩を失った瞳にも色が戻り、何事もなかったかのように友奈を見上げた。

 

「勝率ってどんな感じなんですか?」

 

「半々ってところかな。最近は風先輩有利って感じ」

 

 友奈はあえて自分の土俵で勝負しようとしているから。と言う風の姿は隠しておくことにした。

 きっと、その方が樹の為にもなると直感で感じ取っていたのである。

 銀と風が奏でる協奏曲と言う名の喧騒へ耳を傾けながら、友奈と樹はのんびりマイペースに話をし始めた。

 

「樹ちゃんは何か好きなこととかある?」

 

「何かあるかなあ……。あっ!占いは得意ですよ!」

 

「占い!良いね。今度私のこと占ってみてよ」

 

「はい!もちろんです!友奈さんは普段どんなことされてるんですか?」

 

「私は押し花が好き!栞とかにしてるんだ。お家に沢山あるから欲しかったらあげるよ!」

 

「本当ですか?何だか友奈さんの作るものって、温かそうです」

 

 そう言って、小春日和みたいに笑う樹に釣られ、友奈も桜の花を咲き誇らせた。

 

「友奈さんってコロコロ表情変わって面白いです」

 

「そ、そうかな。確かに顔に出やすいかも?」

 

「はい。凄く可愛いです」

 

「えへへ。ありがと。樹ちゃんも可愛いよ!」

 

「そ、そうですか?ありがとうございます」

 

 2人して照れ笑いを浮かべながら、友奈は思い出したかのように携帯を取り出した。

 

「そうだ。樹ちゃん、携帯持ってる?」

 

「あ、ごめんなさい。まだ持ってなくて……。中学に入ったらって」

 

 樹は申し訳なさそうに目を伏せる。友奈自身も中学に入ってから持たせて貰った身なので、樹の気持ちは痛いほどにわかった。

 

「大丈夫!気にしないで。それなら来年、樹ちゃんと連絡先を交換するって言う楽しみが出来たから!私の毎日頑張るための目標にするよ!」

 

「大袈裟すぎませんか!?……でも、そう言ってもらえると私も色々頑張ろうって思えます」

 

 気持ちが落ち込んでしまっていた樹も友奈の力強い言葉で、蒼天を見上げるが如く勢いで前を向いた。

 目の前で太陽のように輝く友奈に樹は少し、憧れを抱く。手を伸ばしても、まだまだ届かない遠くの存在でもいつか近づけたらと言う思いが強くなった。

 2人の間に交わされた何てことのない日常の中の約束。それが誓いのような、不思議な力を纏っていた。

 

「ところでお姉ちゃんと銀さんはいつまであれをやってるんですか?」

 

「あれって?」

 

 樹が指差した先に友奈も目線を向けると、風と銀が頭や身体をぶつけ合って何やら小競り合いをしている。

 友奈と樹はその光景に唖然としつつ、友奈は今の風と銀が何かに似ていると言って記憶を辿る。

 

「何だっけ。私、昔図鑑で見たことあるよ」

 

「何ですか?」

 

「あれだ。パキケファロサウルス」

 

「…………」

 

 「厚い頭を持つトカゲ」の名を冠するパキケファロサウルス。樹と友奈には言語化された瞬間、もうそれにしか見えなくなってしまったのだった。

 

「お姉ちゃんと銀さん、まだあのままだと思うから私達だけで楽しみます?」

 

「そうしよっか」

 

 全てを諦め、友奈と樹は2人だけの世界へと逃げ込んだのだった。

 

 

 夕方19時に差し掛かろうとしていた。空は洗いきよめられたように澄みとおった星空。銀はベランダからその空を見上げていた。

 

「何だか白熱しちゃったわ」

 

 やけに近く聞こえる風の声。何処から聞こえるのかと慌てて隣に視線をやると、いつの間にか隣には風がいた。

 銀はよっぽど自分がこの夜空に夢中になっていた事を、少しだけ恥ずかしくなる。それをひた隠し、銀は小さく笑った。

 

「ですね。こんな馬鹿なことやってる間に日が暮れてますよ」

 

「あはは。そうね。と言うか、私たちはまだ居てよかったの?」

 

「もちろんです。何なら泊まって来ます?荷物だけ取りに戻って」

 

「なんて魅力的な提案してくるのよ。けど、今日は帰るわ。また今度改めて誘って」

 

「それじゃあ、来週あたりにでも。アタシ、近く誕生日ですし」

 

 そう言って手招きする銀の手を、風は力強く握った。

 銀はそれが風の返答だと勝手に解釈し、プレゼントに何を頼もうかと思案していると、風は室内で戯れる友奈と樹へ、母親のような優しい眼差しをむけた。

 

「樹もあんなに友奈と仲良くなっちゃって。やっぱり友奈は凄いわね」

 

「普段そんなに人見知りなんですか?」

 

「まあね。私が心配したって仕方がないんだけどさ」

 

「人見知り、か。アタシの友達にも居ましたけど案外治るものですよ」

 

「そうなの?」

 

「はい。1人いたんですよ。アタシの大事な友達で」

 

 銀は昼間に偶然再開した彼のことを思い返す。

 1人でいることが好きなのに、それが本当は強がりで。誰かと一緒にいるのが好きで、誰かのためなら自分の身をこれでもかと犠牲にしてしまう銀にとっての『勇者』。

 遥か彼方に瞬く星々を見つめる銀の瞳が優しく、とても寂しげだったからか風は黙って銀を見つめ続けた。

 

「じっとアタシの顔見て、どうしたんですか」

 

 風から向けられる静かな視線に気づいた銀は、怪訝そうに首を傾げた。

 首を傾げる銀に、風は胸の中から最後の空気を吐き出すように、つぶやいた。

 

「あんた、本当に友達思いよね」

 

 銀もたっぷりと透き通る夜の空気を胸いっぱいに吸い込み、数々の思いを乗せて吐き出す。

 喜び。悲しみ。驚きや不安。けれど、そのどれもが今の銀を作り上げていた。一度自分の目で確かめ、頷くとかぶりつくようにして再び自分の中へと引き戻した。

 それから銀はいつものようにニカッと太陽のような燦々とした笑みを風へと向けた。

 

「はい。アタシ、みんな大好きですから!」

 

 その銀の胸を張った答えに風は嬉しそうに頷いた。それからすぐにいたずらっ子のように目を細める。

 

「そっか。ちなみに私は友達?先輩?」

 

 銀は一体何を言ってるんだとばかりに首を傾げた後、答えに窮する事無くしれっと口にした。

 

「頼りになる先輩でもあり、心置きなく恥ずかしい事を言い合える親友かなあ」

 

「そうね。そんだけ恥ずかしげも無くハッキリと言えるもの」

 

 あまりの銀の言葉の説得力に風は恐れ慄く。

 風も銀のこう言った素直に相手へと自分の想いを伝えられる所は見習わなければならないな、と密かに感じた。

 

「それなら銀との距離が縮まった所で私は帰りますかね」

 

「あ。何気にアタシの名前、初めて呼んだ」

 

「嫌だった?」

 

「いえ。すっごい嬉しいです。と言うわけで、仲良くなった印に今度うどん奢ってください。頼れる風先輩」

 

「この流れで!?良い時だけ先輩扱いされても困るんですけど!?」

 

「私も奢るんで!」

 

「意味ないじゃない……」

 

 風は軽く銀の肩を叩くと、部屋の中へと戻っていった。

 その背中を見つめながら、銀は今になって照れ臭くなり、頬を人差し指で二度三度なぞる。

 

(顔、赤くなってないかな)

 

 携帯の画面を鏡代わりに見てみるが、部屋の明かりがあるとは言っても見辛く、銀は小さくため息をついて携帯をしまう。

 いつだったか、将来の夢を話した時に恥ずかしくなり、顔を赤くした所を園子に揶揄われたのを今になって銀は思い出す。それもまた良き思い出だったと今なら言えるだろう。

 気持ちも一区切り。銀も室内へと戻ると、風と樹は帰り支度を済ませており、友奈も立ち上がっていた。

 

「銀ちゃん、風先輩と樹ちゃん帰るって」

 

「みたいだね。送ってきますよ。2人より、4人の方が安全ですし」

 

「良いの?あんた達、帰り2人になるけど」

 

「武闘派2人ですよ?友奈もあの馬鹿力あるし、アタシも……まあ、やってきた事にはやってきたので」

 

 銀の人生史上、最も過酷な運動はあの勇者としての鍛錬である。恐らく、そこらの小中学生に比べれば相当力はある方だと自負はあった。

 それも数時間前、危うく敗北しかけたのは自分の名誉のために銀は部屋の片隅へと既に収納済みである。

 

「それならお願いするわ。樹もまだ銀と話したいみたいだし」

 

「あはは。友奈さんとは話せたんですけど……ね?」

 

 最後にコテッと首を傾けた樹の仕草に、銀の心は撃ち抜かれた。

 

「余計行きたくなった。友奈、行こう」

 

「はーい!」

 

「何でいつにも増して真剣なのよ」

 

「この可愛い後輩を守り抜けるのはアタシと友奈だけですから!」

 

「覚悟決めてますから!」

 

 2人してハイタッチして意気込みを露わにする。風と樹は、自信とやる気がみなぎる2人と顔を見合わせると同時に吹き出した。

 

「あっはっはっ!!それならお願いね。2人とも」

 

「お願いします。友奈さん。銀さん」

 

 親指を立て、サムズアップした風と綺麗で礼儀正しい礼をした樹。それに友奈と銀は頷き、各々順に部屋を出る。

 物語はハッピーエンドになると最初から決まっている。はずであった。

 最後、銀が戸締りをして外に出ようとしたその時。携帯が一件の通知を知らせた。

 

「何だこんな時、に。……え?」

 

 銀は送り主の名を見て、自らの目を疑った。可能性にかけ、9割あり得ないと諦めていた。送られてくるはずのない、その名前。

 

「安芸、先生?」

 

 外では友奈達が待っている。だと言うのに、銀はその場で立ち尽くしてしまい、そのタイミングの悪さに思わず壁に拳を突き立てたのだった。

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