とあるレース場に大歓声が響き渡る。確かに聞こえる大きな喝采だが、まるで何かを覆いかぶせた様にくぐもって聞こえる。それくらい、目の前で繰り広げられるレースに魅力されていた。
そのレースの勝者であるウマ娘は、他の追随を許すことの無い走りを魅せた。先頭を走り続けたウマ娘は、とても楽しそうに走る姿を魅せた。幼い私はそのウマ娘に魅せられた。視界に入る自分の小さな両の手を興奮に任せて握り締めながら。
『私もあの人みたいに走りたい!』
そう心の中で叫んだ。
「へぶしっ!」
くしゃみの様な声が聞こえ、体に衝撃が走る。
「…」
ここはある公園、そこのベンチの背もたれに体を預けて座っていた。どうやらそのまま寝てしまっていたらしい。辺りは既に暗くなっており、かなり長い事この公園で居眠りしてしまったみたいだ。
季節は春、夏にはまだ早いが温かい季節だ。それでも陽の落ちた時間帯は少し肌寒い。
日本ウマ娘トレーニングセンター学園、通称トレセン学園の学生である彼女は帰ろうとベンチから腰を上げ、ふと時計を見た。
「…ヤバい」
学園の寮住まいである彼女には当然門限がある。肌寒いのは時間帯だけが理由じゃないかもしれない。
「怒られる…!」
今から自分の足で走ってギリギリの時間だった。
次の日、あまり調子が上がらず彼女や他ウマ娘のトレーニング指導を行ってくれる教官に話を付け、トレーニング場外からウマ娘達のトレーニングを見学していた。ちなみに昨日は結局門限を過ぎ、寮長に叱られた。それが原因で調子が上がらない訳では無い。
「…私、レースに向いてないのかな」
ボソッとそんな独り言が零れ落ちる。
「いや、そんな事はないぞ」
「ヒッ!?」
「良いトモだ、粘り強く長く使える脚だな」
「フンッ!」
「ガッ!?」
「あっ…」
急に後ろから話しかけられた驚きと、何より太ももを撫で回された事による嫌悪感に思わず後ろ蹴りを出してしまった。
大丈夫ですかと声を掛けようとしたが、いきなり脚を触ってきた不審者を心配するのも何か違うなと。
「トレセン学園に不審者…?通報した方が良いかな…。いや、先にたづなさんに報告した方が良い?」
「待て待て待て待て、待ってくれ!」
彼女の太ももを触った不審者が勢いよく起き上がり、弁明を開始する。
「俺はトレーナーだ!ほらこれ!免許証とバッジ!」
顔写真が貼られたトレーナー免許証とトレーナーバッジを見せる不審者。目の前の男は蹴りを顔面に受けたため鼻血を流しているが間違いなく本人の様だ。ウマ娘の蹴りを顔面に受けて鼻血だけで済んでいる事は理解出来ないが。
「トレーナーさん?」
「そうそう」
「トレーナーさんが…何の用ですか?というかなんで太ももを触ってきたんですか?セクハラですよ」
「いや、それはすまん。性というか悪癖というか…」
「悪癖…?」
「俺の先輩に指導されてたらその人に似ちゃって…って、それは今関係ねえ」
その男は鼻血を拭い真剣な目付きで彼女を見る。
「君の脚は素晴らしい!是非スカウトさせてくれ!」
「スカ…ウト…?」
「ああ、そうだ!」
真剣な目付き、だが何処かキラキラ光る子供の様な目で彼女を見る男。
「なん…で、私なんですか?」
「さっきも言ったが、君の脚は良い!強くなれる素質を感じた!」
「昨日の選抜レース見てないんですか…?私…ぶっちぎりの最下位ですよ?」
流れる沈黙。
「えっ?」
「えっ?」
男、彼女の順に声を上げる。
「見てないんですか…?昨日の選抜レース…トレーナーさんなのに…?」
「うん、昨日見に行こうと思ってたんだけど、色々あって見に行けなかったんだ」
「色々って…?」
「…それは君に気にしてもらう事じゃないから、気にしなくていいぞ」
再び沈黙が流れる。
「…いや、それでもだ。俺は君をスカウトしたい」
固い決意を目に宿し力強くスカウトしたいと男は口にする。
トレセン学園に入学する事が出来た。だが、足が遅い。少なくとも今回の選抜レースに出たウマ娘の中では一番遅い。他の能力も低いと思う。そんな私をスカウトしたいと言ってくれている。恐らく他のトレーナーからはスカウトなんてされないだろう。だからこのチャンスはものにしなければならない。目の前の、トレーナーである男がいきなり太ももを触るちょっとヤバいヒトでも。
「そのお誘い、お受けします。…よろしくお願いします」
「よしっ!」
全力のガッツポーズをする男。
「あっ、自己紹介してないな、免許証は見せたけど。俺は照月陽介だ、チームスピカのサブトレーナーだ。よろしく!」
「レイジングライトです、よろしくお願…えっ?サブトレーナー?」
スカウト受けて良かったのか…、不安になってきたレイジングライトだった。
色々な方の作品を見て書いてみたいと思い書きました。色々ツッコミ要素あるかもしれませんが暖かく指摘して頂けると参考にします。