FGO DLC実績『鬼血の継承者』獲得   作:秋の自由研究

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第六十九章・裏:とある宮廷の二大才女 後編

 私を見たその笑顔は、とても、透き通っていました。

 間違いなく笑顔を形作っているのです。いかめしい顔を、ゆるりと崩しているのは間違いありません。寧ろ、それを笑顔と言わず何を笑顔と言うのでしょうか。けれど。

 

 どうしてでしょう。私は……私は、笑っているように見えませんでした。笑顔なのにその中身はまるで別物。仮面を被っている、と言えばいいのでしょうか……いいえ、仮面と言うには、些かと『不自然さ』が足りません。

 マスターは、自然と笑いを浮かべているのです。ですけど、それは純粋な『笑顔』ではありません。

 

 人間は……感情そのままの表情を何時も浮かべているとは、必ずしも限りません。怒りが有頂天に達した結果、逆に無表情になる事もあれば。面白さに振り回されて苦しんでいる様に顔を顰める事もありますし。悲しみの極致に達した結果、涙を抑えようとして般若の如き形相になる事もあるでしょう。

 

「……なぁ、式部さん」

「は、はい」

 

 マスターの笑顔は、そのような感じでした。笑顔を浮かべているのに、その奥にある何かとは、明確に『種類』が違うのです。快活で、元気、ではありません。とても純粋でそして……儚くて、崩れやすい。そんな笑顔。

 私は、硝子を思い起こしました。薄く、薄く、薄く……それこそ、あるかどうかも分からない様な、そこまで薄く削られた。一枚の硝子で作られた、仮面。

 

 そして今、私から視線を逸らして、濃く濁った黒い夜空を見つめるその姿は。

 

 船の上で感じた。海風に攫われそうな。自ら海に飛び込んでしまう様な。あっと言う間に私の前から霞の様になって消え去ってしまう様な。あの時の姿を思い起こさせました。

 

「思うに、その『ぐるぐるした思い』って言うのは、悪い事ばかりじゃないんだ」

 

 マスターはその直後、コレはあくまで俺の主観的な意見だけど、と付け加えて。私に向けて……まるで、子供に自分の思いを話す、親の様に、優しい声で。

 

「単純な話だけど、その人を『凄い』って思う感情と、『気に入らない』っていう感情は全然別の物で。そして『どちらかしか持っていない』っていう人よりも、デカい」

「……思いの、大きさが、ですか?」

「正解。だってそりゃあそうだろう? 一つの感情を百までもっているのと、二つの感情を百まで持っているのとじゃあ大きさは全然違う。単純倍だ」

 

 クソデカ感情ってそういう事なんだろうなー、というマスターにそれはちょっと違うのではないでしょうか、と思ったりもしましたが……よくよく考えてみたら、確かにそうではあるのです。

 

 そんな単純なモノじゃない。

 この台詞は、当世の読み物に多く出てくる言葉でもあります。私もこれを取り乱しながら言う人が、一体どれだけの思いを抱いているのか、その先に続く彼らの次の言葉が気になってしまうのは間違いなく。

 

 しかし、物語の中で彼らが怒る理由はなんなのでしょうか。思いが複雑だからそれを誇るのでしょうか。いいえ、きっとそうではありません。彼らは自分の思いの大きさがそう言った相手に負けているとは絶対に思っていないでしょう。

 同じくらいに、例えば、好きだと思っていたり、憎んでいたり……そして『ただそれだけじゃ足りない』から、そんな単純なモノじゃない、と言うのではないでしょうか。

 

「で、二つの相反する感情で相手を思うことが出来ているなら。それをちゃんと自分の向いている方向に向けられたなら、『出力は単純に二倍』だ」

「……感情が二つあるから」

「単純で、頭の悪い理屈だけどな」

 

 確かに、この理屈は単純ですが。

 

「人間の思いのパワーは凄いってのは、式部さんだって知ってるだろ?」

「そ、それは……確かに」

 

 とても……分かるのです。

私も、人の想いを綴り、そして書き上げて来た英雄であるのですから。人の想いは、正負関係なく、恐ろしい程の強い力を、体に満たす事を……私はよく知っています。

想い人に送る歌。仇敵を呪う言葉。政敵を睨む呪詛。親子の合間に生まれる確執。立場や派閥を越えた先に生まれる、そんな友情の力。

 

それらが生み出す力は、それこそ自分も他人も、活かすも殺すも、全てが自由自在。

 世界を滅ぼす様な強大な敵に屈さず、未だこうして歩みを進めるのも……思いの力である事は間違いありません。

 

 けれど。それはただ想うだけでは、決して生かす事は出来ない事も、私は知っています。内に秘めて……ただただ、煮詰め続けるだけでは。

矛盾するようですが。

 思いの力は、一度自分の外へと向けなければ……自分の内側に満ちる事はありません。

 

「その思いを、外へ」

「うん。まぁ俺が言わなくても、式部さんは知ってたと思うし、なんだったら、もうその思いを外に向けて、物凄いパワーを得てた……『紫式部日記』なんて言うのは、正に代表格だと思うよ。今でも、多くの人が読む本である事は間違いない」

「……あの、それに関しては……あの……」

 

 そして私も。彼女への鬱屈とした思いを……あの、向けました。外に。私の夫の事とかも色々言われていたり、とか……それもありましたが。兎も角。ほんの、ほんのちょっとだけ、彼女への称賛も混ざっていましたが。けれど。主に負の感情が込められていた気がします。

 

「だから、凄いんだよ。式部さんは、」

「……」

「自分の中にある、それよりも更に深い物があっても。それでも、片方の想いを外に向けることが出来た。本来なら、向き合う事だって嫌なはずなのに。それでも……貴女は書き上げたんだから」

「マスター……」

 

 でも、それでも。マスターは凄いと言ってくれるのです。

 こんな、うじうじとしていた私の事を。

 それは……純粋に、嬉しくて。私の生きた国、その後進からの、真っすぐな誉め言葉は。

 とても、心に沁みます。

 

「後は……そうだなぁ。式部さんのライバルかどうかは兎も角、まぁ、同じくらい有名だった清少納言さんも、サーヴァントになってるかもしれないし」

「え――そう、ですね?」

「出会ったその時は、思いっきり言ってみたらどうかな。貴方が生前、言えなかった……例えば『貴女の枕草子、凄かったです。ファンになりました』とか?」

「えっ!?」

 

 そして、そんな風にちょっと泣きそうになっていた私に、もっと凄い事をおっしゃってくれやがりました。

 

「ふぁっ!? ファンッ!?」

「だって。ファンでしょ。枕草子の」

「いいいいいいいいいいえ! 確かに枕草子の冒頭の『春はあけぼの』の一節の衝撃だとか彼女の独特の感性によって書かれた面白おかしい説話だとかそれは確かに見るべきところが沢山あってぇぇぇ……で、でもでもなんというか知識をひけらかしている部分だとかもう明らかに『これ間違ってますよね』という解釈もあり、特に、特に『私は日々輝いている』とひけらかしている様な説話も多く――」

「うん。そこまで読み込んでるならファンだね」

「~~~~~~~っ!」

 

 ……砕け散りました。マスターの真っすぐな視線が、私の何かを打ち砕きました。これ以上誤魔化しても、何の意味も無い気がしました。余計に墓穴を掘ってしまう気も致しましたので、即座に白旗を上げました。

 

「……うぅ」

「くっくっくっ……まぁまぁ。作品のファンとしての感情と、個人の好き嫌いは別に区別できるし。それにそんな凄い思いがあるなら、やっぱりもったいない」

「……何がですかぁ……」

 

 そんな私を見て、マスターは……先ほどの笑顔とは違い、何時もと同じようにけらけらと笑っています。余程私の今の姿が滑稽なのでしょうか。若干意地悪です。

 けれど、マスターはさんざっぱら大口を上げて笑ってから。今度は優しく、私に向けて微笑みました。

 

「相手へのディスだけを生前書いたなら、後は相手の凄い部分。作品に対してのファン魂でも何でも、もっと爆発させたら、パワーは二倍だ――相手への複雑な感情、向き合わなくちゃいけない事だって、決してマイナスになるだけじゃない。デカいプラスにもなる」

 

「背負わなくちゃいけないなら……背負うモノも力に変えられたら、一番いいよね」

「……」

 

 その微笑と言葉には。一つの、彼が示してくれた答えがありました。

 

 清少納言とは、複雑な関係でした。

一度も出会う事はなくとも、私は彼女の……大切な方を破滅に導いた一派の一人。直截な事はしていませんでしたし、私は自分が出来る事をしていたにすぎません。しかしそれは回りまわって……彼女を滅ぼした事に変わりはありません。

 

 それは……彼女に対しての、私のしこりであった事は間違いありません。立場の違いや人伝で聞いた評判で一方的に醜い感情を向けているだとか、彼女の書いた枕草子への想いだとか。そう言ったものと混ざり合って、処理しきれない感情になっていて。

 

 もしかしたら。彼女から恨まれている事は、変えようのない事なのかもしれません。

 

 でも――それでも。

 

「背負ったものも……力に変えられれば、確かに、一番いいですね」

「式部さんがどうするかは、俺がどうこう口を出せる事じゃないけどねー。もしそうだったら一番いいよね、ってだけだ」

「……いいえ。私は、マスターのサーヴァントですから。素直にそのアドバイスにも、従ってみようと思います」

 

 もし、マスターの言う通り。この思いを、清少納言に向けてぶつけられて。私が先に進むための力に出来たなら。

 そんな理想の光景があるなら。

 

「ふーん……じゃあ、改めて聞かせてよ。清少納言とは、どんな感じだったの?」

「……はい。今まで言った通り――と言った感じですね。彼女とは」

 

「言葉での殴り合いなんて本当になくて。歴史とはそんな感じで。存外と普通なものです。私は彼女とは結局互いに言葉を交わす事も無く――それでも気に入らなくて、同じくらいにどうしようもなく……焦がれている処もあって」

 

「もし、何時か奇跡的に出会えることがあったら?」

「はい……正面から、ぶつけてみようと思います。私の、思いを」

 

 目指してみようと思うのです。

 お互いがサーヴァントとして出会うなんて。そして、この記憶を有している今、この時に出会う、なんて。そんな奇跡、滅多に起こらないかもしれないけれど。

 それでも――何もせず、今までみたいに体の中で押し込めているだけ、よりも。

 ずっとましだと思ったから。

 

 目指さないで、何もしないよりもマシだと、思ったから。

 彼女の恨みに怯えているよりは……良いと思ったから。

 

「うん。出来るといいね」

「はい」

 

 怖い、と思う部分はあります。

 けれど。今はサーヴァント。本来得られない筈の第二の生だから。やれなかったことをやってみようと思う心が、上回りました。

 

 それは……目の前の若い少年が、凄いと、言ってくれたからでしょうか。それとも、こうして話している間にも、既に思いの力は外に向いて、内に満ちていたのでしょうか。

 

 いずれにせよ。

 こうしてマスターと話せて、とても良かった。良いマスターに巡り合えた幸運に感謝して。そして……マスターにも、感謝を。

 

 

 

 

 

 

「内に渦巻いてるモノを力に変える、か」

「……俺が出来てねぇ、っていうのに。偉そうによ」

「はっ、ホント……馬鹿みてぇだなぁ」




上手に書けたか分からねぇ……! でもこの後には絶対に必要なので書かなけりゃならなかったパートなので、血反吐塗れで書き上げました(疲労困憊)
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