FGO DLC実績『鬼血の継承者』獲得 作:秋の自由研究
霧の都に響く……悲鳴の様にも、怒号の様にも聞こえる声。そして何れにしてもその標的は、拙達二人、というより、隣のホンゾウインさんなのですけれども。
建物の上から見える黒い影は、灰色の街並みを、真っすぐに突っ切って此方に向かって来ています。建物を丸ごと無視するその動きは、普通であれば不可能な動き、肉体の無いゴーストならではの動きです。
「ひえー……俺、これからアレの追跡を躱しながら逃げ切るのかよー」
「物凄い一直線にこっちに向かってきますね」
「竜巻がこっちに突っ込んで来てるみたいなんだけど」「
「実質そんな感じだと思います。あの大きさの亡霊、だと」
しかし、彼らは物をすり抜けられても、そこら辺りにある家や地面にも、物理的に干渉できない訳ではなく。その呪詛に満ち溢れた腕を振り回せば、我々を襤褸布の様に引き裂く事も容易いです。
とはいえ……そんな暴力よりも、恐ろしいのはあの亡霊が放つ、人を容易く呪い、そして命を奪う、呪詛なのですけれども。
「ひえぇ……マジで視線が合っただけで寒気がすんなぁオイ」
「だ、駄目ですよそんな事したら! 亡霊というのは見るだけでも悪影響があったりするんですから!」
「その言い方だと全部じゃないんだろうけど、あいつは見るだけでもアウト勢って事か」
「そう、ですね」
……今言った通り、見ただけでも亡霊の放つ呪詛は人を犯してくる事はあります。
亡霊がどうして恐れられているのか。彼らは、触れずして、寧ろ近寄らずとも、どんなやり方でも人を呪う事が出来る、その『なんでもあり』な部分が、最も恐れられていると思います。
あの巨大なゴーストは、そう言っても不思議じゃない程に、強烈な呪詛を纏っているので念には念を入れた方が良いと思いますが。
「……そんな化け物相手に、いくら備えをして貰ってるにしたって無茶だよなぁ、こっちを真っすぐ狙って突っ込んでくる災害から一人で逃げ切るとか、自分で了承しておいてなんだけども」
「――ククク、良いではないか。昔の勇士とやらは自ら災害にも等しい試練に命を懸けて挑んでいた、英雄に至るためにな。貴様も英雄に成れるやもしれんぞ?」
「いやー英雄とかガラじゃないですし……」
「あの、そもそも突っ込んじゃダメですよ」
今からホンゾウインさんにはたった一人であれから逃げてもらうのを考えると、その言葉が余りにも、薄っぺらい心配には聞こえなくもないです……けど、決してただ一人で逃げてもらう訳ではありません。その為の、拙と――ゴルゴーンさんです。
「っと、ここら辺で良いかな。十分離れたし、そんじゃまお二人さん……後は任せたぜ」
「はい……十分に気を付けてください」
「ふん、まぁ精々死なぬように生き残れよ」
「あいあい。んじゃまぁ――行ってくる」
走り出すその背中を暫し見つめてから……振り返ります。巨大なゴーストが、やはりホンゾウインさんの走り去って言った方向に、向かっているのが屋根の向こうから見えました。我々の役目は彼に追いつくまでの時間を、少しでも稼ぐこと。
「ゴルゴーンさん、屋根の上にお願いします」
「フン……」
先ずは、ゴルゴーンさんのお体に乗せてもらってから、屋根の上に飛び乗って、どこからでも長距離から射撃が出来るようにします。敵からの呪詛が届かない様な位置……正直に言えば、どれだけ離れていても届く時は届きますが……それでも、無いよりは有った方が良いので。
弓による射撃。矢は既にライネスさんや師匠たちが用意してくださったものを持ってきています。対霊の為の細工が施されている特製の何本か。拙は弓の名手ではありませんがそれでも、アレだけ的が大きいなら、じっくり狙えば当てられない事も無いと思います。
……とはいえ、あの嵐のような亡霊に、それこそ矢の一本が直撃した所でどれだけアレの進撃の足を止められるか、と問われれば。不安が残る、としか言えないのですけれど。
「――随分と青い顔をしているな小娘」
「……あ、いえ……そんな事は」
「そうか? くくっ、私に殺される前の、勇士気取りの男共と似たような空気を感じ取ったが……気のせいであったか?」
多分、そんな不安はもう見抜かれてしまっているのは間違いなくて。流石は古き時代において、挑んできた勇士を悉く返り討ちにして見せた――多分、あの巨大な亡霊よりも更に畏れられる、偉大なる神性……ゴルゴーンさん。
遥か昔に在ったこの方に、小娘の下手な隠し事なんて通じないのでしょう。
「まぁ、別に外しても構わん。私は外さんからな。足止めの任務、とやらは何れにしても上手く行くだろうよ」
「……それは」
「なんだ? 励ましてもらえるとでも思っていたか? 私はそこまで温い性格はしていない。慰めてもらうならば、貴様の師匠にでも頼むんだな」
「い、いえ、その、そんな事は……」
実際の所。拙自身、正直今にも倒れてしまいたくなる位、苦しいです。
物凄い『強い』思いがあそこから流れてきて、膝が笑ってしまいそうになってしまっていて……頭の芯にまで、何かが響いてくる気がします。
独りぼっちだったらきっと……フードを被って震えているだけの弱々しい半人前の墓守が、そこにいるだけだったかもしれません。
けれど。
『――レディ、君が今まで出会った来たのは、きっちりと人生を生きて、それでも強い思いを持ってこの世界にしがみ付いた厄介者ばかりだ。それに比べれば、力こそ神霊級だが、アレが過ごした時間は実に短い。赤ん坊同然だ。まるで恐れるには足らないよ』
拙には……ゴルゴーンさんの言う通り。師匠が居ます。
『どっちつかず』を『内弟子』にしてくれた、大切な師匠が。
師匠が、拙の目を見て……拙は負けない、そう言い切ってくれたのが。何よりも心の支えになって。今、拙の心を支えてくれます。
恐れるに足りない、というのは流石にそう簡単に言い切れはしませんけれど。それでも立ち向かう事くらいは、出来ます。
当たれば、きっと何かしらの意味があると……いえ、必ず、あの巨大な嵐を止めるだけの一撃になり得る、と信じて。この矢を――
「……あっという間に持ち直したか、つまらん」
「ご心配をおかけしました。拙は……大丈夫です」
「だから心配なんてするか。全く」
「あ、ごめんなさ――あっ」
……は、話してたらつい、矢が。明後日の方向に……というか、向こうって、あの。ホンゾウインさんが走って行った方向の様な。
「……」
「……くくくっ、気分だけは持ち直しても、矢がへっぽこではどうしようもないな?」
「ご、ごめんなさないっ!」
き、気を引き締めて! 頑張って、矢を当てていきたいです。ハイ……
「……なんか、飛んできたなぁ」
『大丈夫かい?』
「うん。大丈夫、直撃はしてない」
下手をすると、こっちに直撃するんじゃないだろうか、と思わないでもない勢いだったけど。
矢が当たったのは、傍らの家の屋根で、深々と突き刺さってる。もうちょっと角度とかズレてたら普通に頭がトマトじみた事になっていたかもしれない。
「大丈夫? 向こうに呪詛届いてない? それで狙いずれたとか?」
『いーや? そんな様子はないねぇ』
「ならいいけど。んじゃあこっからは逃げる事に専念したいから、通信にも応えらんなくなるけど……」
『あぁ。一応、時間が来たら此方から連絡はするからその時だけは返事頼むよ』
「りょーかい」
そんな光景を幻視しつつ、ブン、という通信が切れる音を聞いて気を引き締め直した。後ろから追いかけてくるのは、恐ろしい嵐の如き亡霊に間違いない。下手を打てばそのまま俺が消え去って終わりだ。
しかし……このタイミングであればこそ、俺はこうして一人きりになれたのだろうしこうやって気持ちを整理するだけの時間も……この後の事も……
「……いっそ吹き飛ばしてくれた方が楽なんだけどなぁ」
俺と繋がっているという『塔』……その中に詰まっている物ごと、俺を消し去ってくれればどれだけ楽になるモノかと思う。
それはきっと――俺がまだ、小さな小さな『クソガキ』だったころの記憶で……今も『どっちつかず』な自分を、抉る様なモノに、違いないのだから。
前向きなグレイちゃんと後ろ向きなホモ