FGO DLC実績『鬼血の継承者』獲得 作:秋の自由研究
「……おい。アサシン」
「なぁに?」
文字通り、人っ子一人いない大通りを見つめながら、隣で全く以て何にも気にして無さそうに、のんびりと立っているサーヴァントに声をかける。
「めっちゃ逃げられるんだが?」
「んー、しょうがないんちゃう? うちやし。一緒にいるの」
「そっかぁ」
先ほどの激戦を見てビビってる、とかではなく、自分だからビビられている、と自分で言うあたりある種の自覚はあるんだろう。
実際、皆さんは先ほどのまでの激戦を繰り広げているヤバい奴らを遠巻きにじーっと見ている……という訳ではなく。明確にアサシンを見て逃げ出しているのが分かりやすい。完全に怯え切っている。
「ここの皆さんに何したの? お嬢さん」
「んー? 別にぃ? 好き勝手にしただけやで? うちの」
「いやどんな好き勝手したのよ。ここまで怯えさせる好き勝手って。お前自分の事災害かなんかだと思ってんの?」
その目は……人や、動物を見て恐れる目ではない。それならばまだ、瞳には恐れるものが映っている。恐れる相手から目を逸らしてはいけない。見ていなければあっという間に喰らわれてしまうから。
けれど彼らは違う――アサシンを見ていない。否、見る余裕すらない。
目の前に……竜巻が、火の渦が、鉄砲水が、災害が来ているなら……それを見ながら逃げる馬鹿が何処にいる? 後ろから聞こえる音が、地響きが、熱が、見ずとも心胆を寒からしめる。
まさにそれだった。彼らがアサシンを見る目は……災害と同じだった。一瞬、それを認識した時点で、背中を見せるだとか、そんな事も考えず、兎も角逃げる事以外をまるで考えずに走り出す。
「――あら、旦那はんもええこと言うやない? 似たようなもんやで? うち」
……アサシンはそれを否定しない。
寧ろ、にっこりと笑ってそれを――肯定して見せた。自分が、最早人が測れる範疇に収まる器ではなく、文字通りの災害である事を。
「そこは否定しておくれやアサシン」
「うちがそんな、獣やらと一緒にされてたら、それこそ心外やわ」
「……心読んだりしてる?」
「んーん。せやけど旦那はん分かりやすいし、それに実際おったし。うち等を御山の獣と一緒くたにして向かって来たお武家さん。今の旦那はんみたいな顔で」
――みーんな、骨になってしもたけどね。
そう言って、アサシンはけらけらと笑った。楽し気に。
好き勝手に振舞う。ただそれだけで、人にとっての災害となり得る。それが――鬼であると。アサシンのあの暴れ具合と、周りの様子から納得せざるを得ない。
……いや、その力が脅威である、というよりも。
その圧倒的な力で、あらゆるものに縛らないで、自分の好き勝手に振舞う。アサシンの様な『在り方』であるからこそ、鬼は災害として恐れられているのだろうか。
前者は、力を振るわなければ、何とかなるかもしれない。
しかし後者は……もう鬼が『その様に在るもの』であれば変えようがないのだから。
「全く、そんなつまみ食べるみたいな感覚で人喰ってんじゃねーですよ」
「向こうから来たって言うのにそんな風に言われるのは心外やわぁ。それに全部食うたわけちゃうし……そんな大食らいに見える? うち」
「そういう問題じゃねぇ。俺だって人なんだよ」
アサシンは、自由だ。
それは例えば……発想が、だとか、振る舞いが、とかではない。
生き方の問題だ。人の如く理性と知性を持ち合わせているにも関わらず、しかし自分の生き方を曲げない。
『愉しく』生きる。彼女がそれを曲げた事は、無いのだろう。
「――ふーん? 人、なぁ」
「なんだよ」
「んふふ。旦那はん、一応うちとお仲間、なんやろ?」
「一緒にすんな」
……それが少し、ほんの少しだけ。
「……せやねぇ、おんなじちゃうねぇ」
「……」
「だって、うち、そんな窮屈な生き方、してへんもん。そんながんじがらめで、息詰まりそうになって。我慢できる気、せぇへんわぁ」
羨ましくも、なる時もあるのだ。
そう思うのは。我が儘なのだろうか。
「――良かったよ、良い感じの廃屋見つかって」
野宿にもいい加減慣れて来たけど。流石に野宿が良いとは口裂けても言えない。野宿だと、油断してたりすると急に獣に襲われたりもする。
それに……野宿、というのはアサシンは、意外にも嫌がるのだ。
『別にぼろいのはええねんけどなぁ……野に転がるって言うのは、ちょっと。それこそ獣と同じやし。うち、これでも箱入りやねんで?』
そういうアサシンは、何というか都会派な印象を抱くのは間違いないのだが。箱入りとかいう冗談をかましてきた辺り、多分全部本気ではないのは分かりやすい。アサシンが箱入りだとか、一体何の冗談だと。
アサシンは、反英霊だ。
彼女は人と同じように朗らかに笑う。はんなりと笑う。揶揄う様に笑う。しかし――しかしだ。その顔の裏に潜んでいるのは、決して人と同じモノではない。
――邪悪。
一切の、何の瑕疵も無く、彼女の本性を語るのであれば、それだ。善性とは明確に逆の位置に存在する彼女は――何よりも、自分の思うように振舞う。
そして、同じくらいには、狡猾だ。
小賢しい、という事ではない。勇者の知恵とは違う、別方面の知啓の形。相手を絡めとり、そして奈落へと優しく引き込み、突き堕とす。見えない剣みたいなろくでもない厄介さしかない。
そこには間違いなく、長い事えげつない戦い方をしてきた『経験』が生きているのだ。箱入りなどと、口が裂けても言えるようなそれではない。
「……ん? どないしたん?」
「いや、なんでもねぇよ。随分と良い顔してんな、と思っただけで」
「そやねぇ……あんな可笑しな靄を纏って。別の顔してるお月さんを肴に一杯……っていうのも、おつなもんやと思うて、ね」
廃屋の上。
薄紫の霞に包まれてぼんやりと輝き、地上に怪しげな輝きを落とす満月。それを背負いながら朱色の盃を煽って飲み干すアサシンは、実に風雅だ。
それすらも。彼女にとってはある種の『擬態』である。
彼女は、鬼らしく本能剥き出しで暴れようと思えばできるのだろう。だがそれを敢えてしない。自らが楽しむのに必要だからこそ、『本能を上手に抑える』やり方を知って活かしている。人とてそれを知っている者は、何人いるだろうか?
「旦那はんも、こっち来て楽しまん?」
「酒は生憎と苦手でね。遠慮させてもらうよ」
「あぁ――それも、あるけど、そうやなくて。角生やして、抑えてるもん、晒してみいひん? ここに来てから、ぜぇんぜん暴れてへんやんか」
――それは、俺も同類ではあるのだが。
「……いや、ちょっと、調子が悪くてね。悪い酔い方しちまいそうだ」
「ええやん。別に。変に我慢せぇへんでも……我慢は体に毒やで?」
「お気遣いどーも。先に寝てるぜー」
彼女は。鬼だ。
俺の中に流れる血と、同類だ。
それを知っていてか。彼女は、時々……あぁ、時々。こうして、俺を、誘ってくる。出会った時から、それはきっと。
……出会った時から、本当にそうだっただろうか?
否、もう分からない。大分時間も経っている。兎も角、彼女相手に油断していては。俺の本性すら……おもちゃにされてしまうだろう。
俺の中に眠る鬼の血を、彼女は……楽しそうに、楽しそうに見ている。ずっと。そうなのだ。彼女のあの瞳に、暴かれるという恐怖を、俺は見ている。
……特異点を一緒に乗り越えてきたはずの相棒に、恐怖なんざ抱くのも、可笑しな話だと思うのだが。
「……俺がアサシン、としか呼べねぇとも、その辺りに関係してんのかねぇ」
そもそも。
どうしてアサシン、としか呼ばないのだろう俺は。頑なに。彼女の真名を知る事はマスターとして、必要な事の筈なのに。
どうして、アサシン、と呼んでいるんだろう。
アサシンは可愛いねぇ……(思考停止)