FGO DLC実績『鬼血の継承者』獲得 作:秋の自由研究
「――麗しの女神、ステンノ様」
ちらり、と『御簾』の向こうへ視線をやった。
浮かぶ線の細そうな影と、表面上は穏やかそうに聞こえる声、そして耳ざわりだけは良い台詞が、どうしても此方の頭の何処かを引っかいて……無視するという事が出来ない程に苛立ちを掻き立てる。
「ご機嫌如何でしょうか」
「……相変わらず、とだけ言わせて頂きますわ」
とはいえ、その苛立ちに任せる程の元気もない。げんなりとしながら、返事を返した。
毎朝、律義にこうして自らの部屋の前に、この男が挨拶に来るのにも、いい加減に慣れてきてしまっている。最初の方は、それなりに嫌味など返していた様にも思うが……結局の所、この向こうの相手にはそれが通じる程の面白みも無く。
今はただ、静かに返事だけを返す事にしている。
「それは何より……不足があれば、遠慮なくお伝え頂きますよう」
「えぇ、そうしますわ」
……その台詞に、一つ溜息と共に、安堵を抱いた。男は、何時もこのやり取りを終えれば直ぐにこの場から立ち去る。後は少なくとも、暇ではあるが……比較的穏やかに過ごす事が出来るのだから。
「……はぁ」
待遇自体は……そこまで悪いモノではない。こうして着せられたこの国特有の装束は、重さこそ気になるモノの、上等な素材である事は間違いなく……生活を支える為の侍女も常に三人近くは配備されている。
食事は必要こそないが、まぁ用意されたそれは美味な方ではあり、退屈を紛らわせたりこうして囚われている留飲を下げたりには丁度いい。自分で食べる必要もなく、侍女たちが食事の世話も焼いてくれる。
自分が誘拐された身ではなく、御簾の向こうの誘拐の黒幕やら、胡散臭い術師やらが時折会いに来るのでなければ、楽しめもするのだが。
そう思って、ちらりと先ほどまで男がいた場所を眺め――たのだが。
そこに、まだ人影が残っているのに、そこで気が付いた。
「――」
先ほどよりも、頭は低い位置に……まるで、自らに向けて跪いている様な……いや、というよりこれは――ステンノには、脳裏に閃くモノがあった。
「……貴方の様な方でも、私に祈るのですね」
目の前の相手にかけた声のトーンが――先程より、一段落ちているのが自覚できた。
見覚えのある仕草であり、そして……酷く嫌な思い出を掻き立ててくる行為でもある。
ステンノは――愛玩される神である。
名もなき島に訪れた十把一絡げの勇士共は、どいつもこいつも自分達に向けて、勝手な思いを語り、薄っぺらな愛を口ずさんで、そして――その何れよりも重く、無駄に真剣な祈りを捧げていった。
生前に死ぬほど目にした。苛立ちを通り越し、頭が冷えて、自然と嘲笑えるようにすらなっているようなものだ。見なくても分かる。
……何よりも苛立つのは。
そんな祈りを見てきた中で、目の前の男は――自らの欲望の成就を聞き届けて貰おうとしているのではなく、ただ、『祈る』事だけをしている。実に古い……そして、正しい形の祈りの捧げ方をしていることだ。
『――大仕事の前でしてね。祈りを『捧げる』事をお許しいただきたい』
「……そう。叶えて貰うつもりはないのね」
『えぇ、まぁ。神は人を彼岸から眺め、されど交わらぬモノです。彼らに祈りを捧げ、気持ちを静め、一つ腹をくくる。それくらいの関係が丁度よろしいかと』
頼らず。縋らず。一つの灯として仰ぎ見る。神がそこにいる、という事だけを頼りに自らの足で踏み出す――遥か昔、神と人が共にあった頃の、もっとも古い一つの在り方だ。畏れと共に、自らの意志で行動していた、そんな人々の。
『我が配下が、カルデアとの一席を設けましてね。私もいい加減、重くなってしまった腰を上げねばと思った次第でございます』
「あら、そうなの。上手くいくと宜しいですわね」
『――良ければ、貴女も如何でしょう? 妹さんも御同席すると思いますが?』
――その一瞬。
飛びついて、その喉首に噛みついてやろうかと思った。牙を剥いて。そのヘドロの様な中身を全て吸い出して、干からびた肉屑にしてやろうかと。
どの口が、その台詞を言うか。
ゴルゴーン三姉妹、ステンノにとって、末の妹は――
「……やめておくわ。『あの』メドゥーサは、少し虐めるのが面倒だから」
吹き上りそうになったマグマの様な熱を。鉄面皮の様な微笑みの中に押し込めた。ここで自分が男に飛び掛かった所で、どうにかなるものではない。それどころか、そのままの勢いで、本当に彼女の目の前に連れて行かれでもすれば――
……その場面を、彼女は想像したくもなかった。故にこそ大きく、しかし気づかれぬように。苛立ちを外へと流すように、息を吐いて。ギリギリの所で堪えた。
『左様ですか……我が女神へのささやかな慰撫の席になるかと思ったのですが』
「あら。そんな殊勝な事を考えてくださるような間柄でしたかしら?」
『これはこれは手厳しい。誠に貴女は我が大切な客人です故に、丁重におもてなししたい心に嘘偽りはございませんとも』
……その言葉自体に嘘はないだろう。それを今まで、嫌という程に目の前の男は証明してきた。この男の配下の術師をここに近づけない様に口にした時から、あのうさん臭い術師は本当にここへ近づきもしなくなった。
待遇にしても、口にした事を律義に叶えてくる――それが、逆に、不気味に感じてしまう程に、男は此方の命に従順に応えた。
だからこそ――目の前の男への警戒はさらに高まるばかりだ。
美しい見た目の神の虜になっている? 違う。
幼い少女が囚われている事を憐れんだ? 違う。
こうして毎日話す事で絆されていっている? 絶対に、あり得ない。
「――都合の良い道具にそこまで歯触りの良い言葉を吐けるその神経。本当に、それだけは見事なモノね」
『お褒め頂き、ありがたく……』
この男の言葉も、行動にも、一切の感情も絡んでいない。
機械的に仕事をする事に徹している、なんて。そんなレベルではない。
おかしいと思わなかった訳がない。
この着物も、食事も……余りにも文句ひとつ言わずに準備してきた。誘拐された立場なのだ。ここまで落ち着いた対応をされれば、逆に余裕を失う。
そんな時に。少し意地悪交じりに言った一言。
その翌日には……自分に付いていた侍女の一人――その首が、丁寧に箱詰めにされた挙句、男の手ずから送られたのだ。丁寧に死化粧までされて。
久方ぶりだった。血の気の引くような感覚がしたのは。
『申し訳ありません――以後、侍女の選定には細心の注意を払わせていただきます』
そう言って……男は、低く、低く、自らの前に首を垂れた。媚びる様な声色も、何もなくただ……淡々と事実を報告するように、『いつも通りに』謝罪の言葉を口にした。
『ご不満とあれば、管理を任せたリンボの指の一つもお付けいたしますが……?』
――即座に断った。
ここへ連れてきた、あの術師もいけ好かない……臓腑の腐ったような悍ましい香りを撒き散らすロクデナシだと思った。しかし……それと同じ、いやそれ以上に目の前の男は異様というしかない。
『それでは……これ以上貴女様に不快な思いをさせる前に、失礼をば――』
……ゆっくりと、男が腰を上げる。
この国特有の『キモノ』という服の裾同士を合わせ、此方へとゆっくり一つ会釈をしてから……背を向けて歩き出していく。
一つ、息を吐く。あんなモノを生み出すとは、つくづく人の世の業というモノは恐ろしいと思う。ああいった、一つも二つも人間離れした輩が、英雄と呼ばれるが――アレが人間の世に馴染める気もしなかった。
……優秀とも言われただろう。大きく躍進もしただろう。しかし、それでも最後には弾かれたのではないか、と思う。ある種、もっと人間らしい輩に。
いや、そうであって欲しかった――アレよりは、欲と業に塗れた、人間らしい権力者等が上に立っていた方が、幾何かマシだ。そう思ってしまう。
「……でも」
あんな無機質なモノが、自らの欲望のままに動く、という事が想像も出来ない。自分を攫って、何かを企んでいる事を隠しもしていない事は、流石に分かる。分かるけど――アレが何を望むか、自分には想像も出来ない。
――存外と。
あの仮面の様な面の下に。
この人の世を赤黒く塗りつぶす様な。
余りにも深い激情を煮えたぎらせているのやもしれないが――
因みにもうちょっと人間味のあるキャラクターにする予定だったんです……どうしてこうなったんでしょうね(困惑)