FGO DLC実績『鬼血の継承者』獲得 作:秋の自由研究
ぎし、と。縁側が軋む音と共に、腰を降ろす。視線を上へ上げれば、煌々と輝く月が此方を見下ろしているのが見える。こんな夜中に起きて月を見るなんて、何時ぶりだろうか。
ちらりと、奥の部屋に視線を向けた。
『カルデア』の人達はもう自分達の部屋に帰っている。そして今も障子にはハッキリと明かりが灯っていて――この時代に起きているっていう世界を歪めるほどのデッカい『異常』を解決する為に、話し合いが行われているのだろう。
……そういうぶっ飛んだ話を聞いてたら、忘却できるか。こんな気分も。
「……いやいや、何を不謹慎な事言ってんだ。世界を救うって言うヒーロー様達の話し合いだぞ。個人の悩みを誤魔化す為に使われたらたまんねぇっつぅの」
正直な話、そんな事を考えてしまう位には……今の自分には余裕が無かった。
俯いて、庭先と縁側の境をぼーっと見ている。ハッキリとしない記憶を、何とか手繰り寄せようなんて、普段やらない様な事をしながら。
「――三人とも、宴会場までは行っていなかった……?」
――おかしな話だ。
もう何年も前。婆ちゃんの言う通り、物心ついたばかりで記憶もあいまいな年頃の時の話に間違いない。向こうの方が正確に事件の時のコトを記憶しているというのは、疑いようもない事実だと思う。
……けれど、どうしてだろう。
胸に残る違和感を、拭えない。あの日……あの日、自分は直接脅威に遭遇していないというその証言に、素直に頷けない。いや、本当なのかという、疑いの念が拭えない。
だって……だったら。
「なんでこんなに、騒めくんだ……いやな感じが、残ってるんだ」
自分だって、何とか立ち直った辺りのコトはぼんやりと覚えている程度だ。だが……そうなるのは決して楽じゃなかった事だけは、覚えてる。
脳裏に刻み込まれている。少し切っ掛けがあれば、幾らでも頭の中にチラつく。
目の前に広がる血の海、部屋に散らばる何人もの死体、そして……大好きだった――
思い出したくもない。胸の奥も、頭の芯も、軋みやがる……あぁ、でも畜生。
「……違う、これは……っ」
だけど。まだだ。こんなもんじゃないんだ。
あんまりにも薄情な物言いなのは、分かってる。けど……村の皆が死んでた、あの景色じゃない。届かない。胸糞悪い気持ちになる。嫌って言う位悲しい気持ちが胸を満たす。でもそんなもんじゃないんだ。
……腹の奥から湧いてくるこの感覚を覚えたのは――さっきの話に、僅かな違和感を覚えた時からだった。
婆ちゃんの言った事に……引っ掛かりを覚えた。俺はあの景色を――婆ちゃんに連れられて、見た。三人一緒に。でも……でも。
泣き声も――いや、悲鳴も。何も、何も記憶にない。忘れてるだけ? あんな地獄みたいな光景の中で、忘れられる要素が何処にある。なぎこも、婆ちゃんも……ただ静かにあの地獄を見ていただけ?
そう思った時――脳の中の、何処かに引っ掛かりを覚えたその時。
突然、震えが止まらなくなった。何に対してかも分からない。良い知れない、寒気の様なモノを感じた。全身が竦み上がる様な。墨で縮こまって震えていたくなるような。全てを捨てて逃げ出したくなる様な……この暴力的な……
「……う゛……ぇ……っ」
地獄の釜の蓋が開いたみたいに。
得体の知れない――『恐怖』が、体を満たした。
「んだよ、何なんだよコレっ……!」
爺ちゃんに指名されていた事も、知らなかった――あの日の事は、部屋に広がった凄惨な景色しか覚えていない。他は、すっぽりと記憶から抜け落ちている。
なのに……この恐怖は、一体何処から来たんだ。コレはあの日感じたモノなのか。だとしたら俺は、一体何に震えているんだ。何に怯えているんだ。
「俺は……」
――思い出したくもない程、恐ろしいモノを見たんじゃないのか?
「何を……忘れて……っ!」
「――兄貴?」
聞こえてきた声が――頭の靄を吹き飛ばす。
声のした方へと振り返れば。縁側に差し込む月明かりの中に……なぎこが立っていた。
「……なぎこ」
俺の妹、可愛い、ちょっと生意気な元気娘。だが……どうしてだろうか。目の前のなぎこは、普段とは何処か違って見える様な気がした。
元気印は鳴りを潜め。ただ静かに佇んでいるだけなのに、こんなにも彼女を美しく感じてしまう。真っ直ぐに此方を見つめるその瞳の輝きは、まるで宝石の様。吹き込む夜風に靡く黒髪が、とても艶やか。
差し込んでくる月明かりが、透き通った羽衣のみたいにその身を包み込んで。
まるで……遥か遠い昔の、貴い生まれの姫君かの様な――
「……何、どしたん? そんなこっち見て」
――そこで、はっと正気を取り戻す。
……きょとんとして小首をかしげるその仕草に、何なら安心すらしてしまった。中身は何処まで行っても、何時も通りのなぎこだった。いや違う、心が弱ってた所為か、妙な幻覚を見ちまった。マジで一瞬だがコイツに見惚れちまってた。
何を考えてる。ばっちし庶民な妹だぞ、なぎこだぞ。なんだよ貴族のお嬢様って。一番似合わんだろコイツに。まぁかわいいのは否定せんけど。
呼吸を整える。視線を上げる。何時の間にか余裕の戻った心のまま、ニヤリと不敵に笑いかけてやる。
「……別に、なんでもねーよ。安心しろ」
「の割にはさぁ……しょんぼり気味で顔面真っ青だったけどぉ?www」
「全部見てたなら言えよォ!?」
……が、誤魔化す事は不可能だったようだ。めっちゃニヤニヤしながらの一言に、無情な思いと共に崩れ落ちる事しか出来なかった。
どうやら縁側で黄昏ていた姿は丸ごと見られていたらしい。まぁ、そりゃあそうだ。さっき縁側に出てた時にはなぎこいなかったもんね。後から来たなら当たり前の事だよね。
って言うかじっくり全部相手の痴態を観察してから、改めて声かけるとかどんな鋼の精神力してやがる。バケモンかコイツ。
「くっくっくっ……んで? もっかい聞いて欲しい?」
「ったく……いいよ。別に大した事でもねぇんだ。気にすんな」
「そ? ならいいんだけどさー……隣失礼?」
「どーぞ、ご勝手に」
とととっと軽い足音の後に、夜風の冷たさは別の、確かな温もりが身体に触れる。
横に視線を向ける。隙間なく、密着して腰を降ろしたなぎこが、にへへ、と笑いかけてくる。口の端に笑みを浮かべて返し……今度は、真っ直ぐに前を向く。
そこから暫く、互いに口を開く事も無いまま、静かな時間だけが続いた。
他に音も無いからか……耳を澄ませずとも、心臓の鼓動まで触れた所を通じて、此方に伝わって来るような気がする。
……先ほどまでは、『死』を思っていたからか。なんだか、隣から伝わって来る、なぎこが生きている感触が、酷く心を落ち着かせてくれた。
「……兄貴」
「ん?」
「ホントにだいじょぶそ? 昔みたいな面してたけど」
ぽつり、と。零すようになぎこがそう呟いた。
もう一度、なぎこの方へ顔を向けた。此方を見つめる――心配そうな表情を浮かべたなぎこと、視線が絡む。その顔は、なんだか泣きそうな様にも見えた。
――口の端を持ち上げてから、目の前の頭にぽん、と掌を置いた。
「わぷっ」
「妹の癖に、生意気に兄貴の心配なんかしてんじゃねぇよ――なんて事ねぇさ。な」
……まぁぶっちゃけ、大嘘だ。
少し落ち着いたけど――胸の中のざわめきは収まっちゃいない。
だけどまぁ、そんな物。コイツの前で見せるもんじゃない。俺の様子に釣られて、コイツ迄不安定にする事は無い。
俺は兄貴だからな、と。何となく強がってみる。
「……ホントに?」
「あぁ、ホントさ――信じらんねぇか?」
「んー……珍しく『お守り』とか持ってるから、なんかね」
そう言われ、ふと首元に視線をやる。
そう言えば……あの『鬼』から貰った『お守り』。
いっつもポケットに入れてるのもアレだし……適当に紐付けて、首飾りにしてかけてあったんだっけか。でも、うーむ。変な心配買う位なら、やっぱり外した方がいいだろうか。
そう思い、首元に指先を伸ばし――
「――だめっ」
直後、その手が掴まれた。
「な、なんだよ?」
此方に向けられる、僅かに見開かれた瞳。身を乗り出さんばかりの勢いちょっと仰け反ってしまう。ちょっと狼狽えながらの問いに……一瞬の間の後、ハッとした様子で手を離してから、なぎこは拳一個ほど距離を取った。
「あ、えっと……お守りって、やっぱ身に付けてこそじゃん? 外すのはちょっとマズくねって思ったんだけど」
「そんなもんかねぇ」
……改めて、お守りを指先でつまんで、視線の高さまで持ってくる。
黒い石で出来た、不思議な文様の刻まれたお守り。こんなもん渡して俺にどうしろって思ったが……まぁ、捨てるのも何か勿体ないと思ったから持っている。
残念ながら、少なくとも精神安定には繋がらないっぽいが。
「……っていうか、そう言いたいなら口で言えよな。ビックリしたぞマジで」
「あ、あはは……ごめんちゃーい……」
……やっぱり、さっきの様子に引かれて不安定になってるのかもしれない。
お守りは兎も角として、改めて気合を入れ直さないといけないか。少なくとも、なぎこの前で弱い姿を見せるのは無しだな、うん。
そうと決まったら……寝るか。うん。夜中までこんな暗い顔してるからマズいんだ。ちゃんと寝て、調子取り戻さないと――
「じゃな、お休み」
「へーい、おやすみー……」
「あーもう……あんな顔しないでよなぁ。マジで、剥がれかけちった」
「性別も何もかんも違うってのにぃ……普段とのギャップ似すぎ……」
「はぁ――定子様、頼むから応援ヨロ……んじゃねぇと、最後まで『コレ』やり通せる自信無くなって来るよー……」
どうでもいい話ですが、中身は昔のままとなっております。