FGO DLC実績『鬼血の継承者』獲得 作:秋の自由研究
……ぎゅ、と。
机の上で、香子さんが掌を強く結ぶ――その手の震えから滲み出る不安を。強く、強く握り潰すかの様に。
「大丈夫でしょうか……」
「……慣れてる、って話だったんだし、信じて任せましょうや。今は」
「ですが……聞いた事がありません。この時期の熊が群れを成して、こんな人里にまでやってくるだなんて。危険極まりない事例なのでは」
実際はそれよりも危険極まりない事態の可能性が高い訳だが。まぁ、その辺りは伏せておく事とする。そんな事を言い出したら、いよいよ香子さんは倒れてしまうやもしれない。そもそも俺や婆ちゃんが伏せる様に言った事を自分達でバラすとかどんな阿呆だ。
……マシュちゃんみたいな、なぎこと同じ年頃の女の子が本当に戦えるのか(格好に関しては見掛け倒しの可能性もあり)という疑問と共に、先程問いかけたのだが。
『――あの時の『謎の鬼の少女』程ではありませんが。場数は踏んでいますので、安心してください』
気負う様子もなく。何処か浮足立つでもなく。
幼子に言い聞かせる様な、優しい笑顔。自然体の返事と共に駆けだす彼女の背中はあんまりにも『頼りになる』もので。『あぁ、そうなのか』と納得できる自分が居た。
「『プロ』を信じよう。どっちにせよ、俺達じゃどうしようもない」
「……はい」
まだ不安そうな香子さんをそう宥め、改めて一つ息を吐く。
……なぎこくらいの年の女の子と、俺と同じくらいの男子が、二人してとんでもない難行に挑んでいる、という話なのだが。あんな化け物と、あんな当然みたいに戦う事になる、そんな職場で。
そんな事を、改めて実感した時――凄い、とか。そんなんは当然として。
何処か、『悲しく』思っている自分が居る。
色々とある。何となく感じてしまう劣等感とか。俺達位の子供にそんな事させるとかどうかしてんじゃねぇのか、とか。そう言う色々な気持ちの先に――『何も出来ない』事への無力感を感じた。
安っぽい同情もある。そして、生まれ故郷を自分で守れない事で矮小なプライドが悲鳴を上げてるってのもある……でも、それらは結局呼び水で。
最終的に思ったのは……おかしな話だが、俺と同じ年頃のアイツらに何もしてやれない事が、物凄く悲しいって事。
初めて会ったばかりだってのに……不思議な話だ。まるで、表で頑張っている藤丸達が友達なんじゃないかっていう位に。力を貸せない事に、胸が酷く痛む。
「……良い奴らだからかなぁ」
「何が?」
「うぉおおっ!?」
……突如としてかけられた声に悲鳴を上げ。そこで初めて、此方の顔を覗き込んでいたなぎこの事に気が付いた。随分と、物思いに耽っていてしまったらしい。
「兄貴、大丈夫? すげぇ顔してっけど」
「……ん、大丈夫だ。多分だが」
「マ? の割には……じめじめの土~って感じだけどな。いとわろたって感じ?」
「土気色って程じゃねぇだろ」
それを言うならわろしだろ、とは言わない。コイツは分かってて、んでその辺りを敢えてもじって言ってる。ただの古文エアプじゃないのは、流石はなぎこだと思う。普段は割とあっぱらぱーだが、地頭というか、普通に頭自体は良いのだ、コイツ。
……んで、多分顔色が悪いのを変に心配するのもアレだし、茶化した言い方で少しでも元気づけようって所か。頭も良ければ、人の心を推し量るのも上手いし、気遣いも出来る。
この前、まるで名家の御令嬢みたい、と一瞬思ったのも。正しくはあるのだ。なんだかんだ教育しっかりしてるお嬢さんっぽいのは。
「……ねぇ」
「ん?」
「熊ってマジなん?」
……んで、まぁ厄介な事に。
その頭を、当人は活かそうと思ったら普通に活かして来る
「季節じゃないし……熊だったら兄貴慣れてるじゃん?」
「つっても、流石に群れだ。顔色も変わるっての」
「ふーん?」
……その疑われてる内容をばらすわけにはいかない此方としては、正直誤魔化すのも一苦労だ。ちょっとした動揺でも、察しの良さと兄妹故に隠し事を見抜かれかねない。こっちが相手を知ってる様に、向こうもこっちを良く知ってる。
「……ま、女子のお二人方がそんなに心配なら、様子の一つでも見て来るかな」
という事で。
こういう時は変に追及される前に逃げおおせるに限る。丁度いい言い訳もある事だし。
「あ、ちょっと兄貴逃げんなよー」
「逃げてねぇっての。万が一、一匹でもこっちに寄って来てたら事だろ」
本当は……猛獣が出歩いてる時には絶対に外に出ないのが鉄則なんだが。まぁうろついてんのは猛獣じゃない。寧ろ、猛獣より危険だからこそ、事前に危険を察知して逃げる位じゃねぇと間に合わないだろうし。
山で暮らすには、自分達の手で身を守る努力は必須だ。獣と同じ対処じゃ先ずそうなら臨機応変に行かないと生きていけない。
「こっちは長年生きた妖婆に任せて、偵察任務だ」
「誰が妖怪山姥だこのクソガキ」
「そこまで言ってねぇだろババア!」
……まぁ、それだけ鋭く切り返せるくらいに元気なら、ここを任せても大丈夫だろう。というか、ぶっちゃけちょっと若いだけの俺より全然おっかないしなこの婆さん。
あ。いや、待てよ。
「蔵の『長巻』、出しとくか?」
「……いらんわ。昼に物干し竿しまってある。それで充分さね」
「あっそ。流石」
大丈夫そうだ。
婆ちゃんは、無駄に武道の腕が立つ。何処でそんなの習ったのかと聞けば『若い頃にちょっとな』とだけ言われた。そりゃあ若い頃に習ってないと『そんだけ』強くはなれないだろって腕前だからまぁ……実際何も言ってないに等しい。
まぁ、こんな山奥だ。害獣対策に丁度いいと本人も言っている。実際、猪相手でも物干し竿で対応し、撃退せしめた経験がある。俺がまぁ小さい頃に一回だけだが。
「んじゃ。まぁ余裕が有ったら向こうさんの見物でもしてくらぁ」
「やめなバカ。プロの邪魔するんじゃないよ」
「冗談だっての……なぎこ、良い子で待ってな」
「ん。気を付けてな、兄貴」
なぎこに軽く手を振り返し……最後に香子さんに視線を向ける。
此方を見上げる瞳と、目が合った。不安そうな色を湛えたその藤色に……少しでも安心できるように、と微笑みかけた。
「……あのっ」
「んじゃ、行ってくらぁ」
そっと、襖を開け。隙間から身を滑らせる。
軒先の廊下を軋ませぬように、そっと膝を下ろす。低い姿勢で庭先を見渡してみるが、妖しい影は一人も見当たらない。万が一、この辺りに居たりしたらマズいからそっと抜け出したわけだが、杞憂で終わって助かった。
……静かに。足音を立てぬ様。
ゆっくりと、屋敷の中を探索する。部屋を一つ、一つ、確認していく。何かが紛れ込んでいるのを見逃したら、一巻の終わりだ。
しかし……アレだな。
今更ながら何処にも板打ち付けて戸締り一つしてないってのは無防備極まりないな、と。鍵もかけず軽く閉じただけの玄関を見ながら、思う。
『――何時でも離脱できるよう、出入り口は封鎖などしない様にお願いします』
マシュちゃんが、屋敷に立てこもっても『意味がない』っていうのを前提に話してたのに嫌な『リアル』を感じさせられた。と、裏口も大丈夫そうか。
覗き込んでいた体を戻し……指折り数えて、確認する。少なくとも、まだ屋敷の中には侵入されていない……と、思う。
「……んじゃあ、帰るとするかね」
取り敢えず一安心、と振り返って――
暗い眼孔と、目が合った。
ぞわり、と背筋が粟立つ。
「――なっ」
突然だった。
先ほどまで、何処にもいなかった。否、妖しい気配すらしなかった。まるで、何もない空間から滲み出たみたいに。
ソイツは、現れていた。
――それは下半身の無い、歪な形の『骨格』だった。
いや……肉も何もない、『骨』そのものだった。身体を透き通らせて、今――俺の目の前に、ソイツは浮かび上がっている。俺の視線の先に、瞳は存在しない。中身のないからっぽな『髑髏』が此方をただじっと見つめている。
しかし、目に見えているのに、『存在』している様に思えない。余りにも、虚ろで。それは、まるで――
「ゆ、幽霊……っ!?」
たぶんFGOの普通に見た目が怖いエネミートップ3に入るであろうゴースト君。