FGO DLC実績『鬼血の継承者』獲得 作:秋の自由研究
「……っ!」
――幽霊に拳が通じるのか?
そんな事は考えなかった。先ずは抵抗するかどうか――即座に拳を構える事を選択。
何もしないまま逃げ出せばどうなる。なぎこに、香子さんは戦えない。婆ちゃんも、流石に亡霊相手に物理の長刀が通じるかどうか。
あの黒武者が襲撃して来た、っていう話だったが……家の中と違って、僅かに遠くの方から誰かが争う音が聞こえてくる辺り、まだ向こうは奮戦してるのは間違いない。
じゃあこいつはなんだ。考えられるのは……別動隊とか?
バトル物の漫画なんかで聞きかじった程度の、本当に酷い素人判断だが、それ以外には思いつかなかった。
「何のためにこっちに態々襲撃仕掛けてくんだよ……!」
理由はさっぱりだし言っても分からんが、それでも言いたかった。こちとら一般人しかいないってのに。
幸い……この前の黒武者よりは、あんまり迫力はない。ただ、浮き上がって此方を見つめてくるだけで、不気味さはこっちの方がひとしおだけれども。
時間は、稼げるかもしれない。その間に……『逃げて貰う』のが一番か。
息を吸い込む。大声上げたら間違いなく襲い掛かって来るだろう。だが……その一瞬でもあの鬼婆なら二人を連れ出してくれる。老人とは思えない様なパワフルさは、孫の俺が一番よく知ってる。
……悪いなぎこ。無事には帰れそうにない。香子さん、頼むから怪我とかせず、無事に逃げ切ってくれよっ……!
「……」
奥歯噛みしめて、相手とにらみ合う。タイミングはこっちから。少しでも、隙というか意識が逸れた一瞬を狙うしかない。あの骸骨幽霊の意識が何処へ向いてるのかを見極めるのはまぁ難題だが……
出来るだけ冷静に、相手と見合う。揺らめく鋭い指先に意識を払う。腰を落としたままどう動いても反応だけは出来るように、気を尖らせる。
……が、長くはもちそうにもない。
イヤな事に……もう自分の呼吸が荒くなって来ているのが、自分でも手に取る様に分かってしまった。分かってる。全身ガチゴチの緊張状態で、無駄な力は要りまくりだもんなコレ。全く、超常のモンと睨み合うなんてこちとら初めてだぞ手加減してくれよなっ……!
「……っ」
動かない。ピクリとも。隙を見せるつもりはないという事か。青白い髑髏からはサッパリと相手の動向は伺えそうにもない。
全く、ずっと両手をぶらぶらさせやがって。せめて、顔の前で構えてくれる、とかして貰えりゃあそっちの敵意が分かりやすいってのに……
……ん?
「……いや、まさか……?」
ごくり、と唾を呑む。
ゆっくり、深呼吸。一つ、二つ、と繰り返し……段階的に、身体から力を抜いていく。ちょっと変に痙攣しそうな位に無駄に力んだ体だ。直ぐに脱力するのは、無理だ。
それと共に……漸く、体が緩んでくる。
反応は、やはりない。正直、今飛び掛かられたらヤバイが……しかし、気持ちを落ち着けようとしている此方へ、ただ髑髏は眼孔を向けるだけで。
合理的な理由はない……ただの直感だった。
力が抜け、漸くしっかりと自由に手綱を捌ける程度になった所で……体を起こす。何時でも逃げ出せるように、と備えていた体勢を解いて。
そして最後に……拳を、下ろした。
……棒立ちのまま。また一つ、二つと呼吸を繰り返す。
「――襲って、こねぇ……?」
やっぱり此方を見たまま……幽霊野郎は動かない。
というか……こうして冷静に見合ってると分かる。飢えた山の獣を相手にした時みたいな、びりびりした緊張感が何処にもない。見た目は不気味だが、なんというか……ぬぼっと立ってるだけで。
『……』
かちゃり、と。
両手が上がる――素早く、ではなく。ゆっくりと。
視線でその指先を追いかけて行って……顔の横で、手が止まる。
「……降参……っていうか、何もしないってか?」
ホールドアップ。そんな風にアメリカの刑事が口にしてそうな一場面を想起させる格好のまま、俺の言葉に、髑髏はやはり鷹揚に頷いて見せる。
油断を誘う嘘か、と考えもしたが……こっちは只の一般人。多分、やろうと思えば俺の事なんざ潰せるであろう相手が、そんな面倒をする必要あるかと考えると……
「……ん?」
そこで、片方の手が下げられたのが視界に入って来て、思考の渦から戻される。
闇の中、上げられたまま朧げに光るもう片方の手が、かたり、かたり、と。前後に揺れ始める。繰り返し、繰り返し……いや、これって揺れてるっていうよりも……
「こっちに……来いってか?」
それは……此方を手招いている動きだった。間違いなく、此方を。
確認の問いかけに、ゴーストは手の動きを止め、すっと両手を下ろし……此方に背を向ける。ちらりと肩越しに此方を見るその動きは、自分についてこいとでも言いたげな仕草である。
目的は、俺か。
……なんで俺を連れ出そうとしてるのか。意図はさっぱりと分からない。
が、いずれにせよ――それに乗る訳にはいかなかった。
「……ダメだ。香子さん達を置いていけねぇ」
今、起きている表での騒ぎの事を考えれば……コイツについて行って自分一人でこの場から離れるなんて、できる訳が無い。こんな怪しい誘いに乗る乗らない、以前の話だ。例え目の前に居るのが見目麗しい天女で、『貴方を助けに来ました』と言われたとしても、ここから離れる訳が無い。
「悪いな。折角、害はないって示してくれてたのに……日を改めてくれ」
そう口を開き……ゆっくり、後ずさる。
交渉決裂、という訳では無いが。全く知らない相手の要望を断った後だ。態度が変わることだってある、かもしれない。普段なら兎も角、こんな周りでドンパチをやっているような状況だ。警戒したって別に可笑しなことは無いだろう。
動くか。それとも、そのまま立ち去るか――相手の動向から目を離さないまま、一呼吸。
透き通った躯の指先は……す、と思わぬ方向を指し示す。まだ日は高く、蒼穹の空に雲が浮かぶ、その向こうへと――っ!?
「なっ……!?」
視線を、速攻で戻した。
肩口から眼孔を此方へと向けて。その指先は……かちゃり、と下へ。屋敷自体を指し示すように揺れる。曖昧なジェスチャーは――視線の先のそれと合わさって、明確な意味を持ちあわせる事となる。
……サービスの良い事に、ここの『護衛役』まで用意してくれているらしい。まぁとんでもない大きさの『餌』と一緒に。
「……『知りたければ』ってか」
確認の問いかけに、髑髏が縦に揺れる。
考える。護衛役がいたとして、俺が皆を残して離れる理由になるかって言えば、それ自体はノーだ。心強い味方がいるにしても、俺も残った方が、もっといい。頭数は多ければ多いほどいいのだ。
しかしこの場合、両立は不可能。俺が『付いていけば』その間は守ってくれるという事だろう、俺より圧倒的に『強い』奴が。俺と奴のトレード、と言えば分かりやすいか。
……家族を預けてもいい位に、信頼できるかと言えば、別だが。
「……」
拳を握り締める。
それでも。薄情かもしれないけれど……俺の中で、付いていきたいという思いがある。
ここ最近の異変は、何もかも――遥か昔に起因するモノだ。俺達の村に伝わる、あの可笑しな伝説の。
そして今は勿論。もしかしたら……あの十年前の惨劇だって。あの調査の徹底ぶりを見れば、怪しむなって方が無理だ。
父さんも、母さんも――皆、連れ去った、あの嵐みたいな……
「……悪い。香子さん。なぎこ」
二人に、一言詫びる。これは、俺のワガママだ。
ババアは……多分、『行け』って言ってくれるだろう。なんなら、日和って行かなかったらぶっ飛ばされる、かもしれない。
腹は決まった。後は……俺自身の意志を、示すだけだ。
「……連れてけよ」
口を開く。もう後戻りは出来ない。
「教えてくれるんだろ。この村の深い所を、よ」
……かたり、と髑髏が揺れて、ゆっくりと前へ進み始める
一瞬、皆の部屋の方へ視線を向けてから……俺も、一歩踏み出す。今、胸の中で渦巻く衝動に、身を任せて。
そんな俺を嘲笑う様に。
蒼穹の空に――艶やかな着物の袖が、はためいた。
取り敢えず一つ目の山場までは今回の更新で持っていきたいですねぇ……