FGO DLC実績『鬼血の継承者』獲得 作:秋の自由研究
「……兄貴、大丈夫かなぁ」
――ぽつり、となぎこが呟いた。
先程までの活発さは、少し鳴りを潜めている様な気がする。
康友が様子を見る為と出て行ってから――もう三十分以上が経過しようとしていた。直ぐに戻る、というには余りにも遅すぎて……何かがあったのか、という心配が頂点に達するには、十分過ぎる時間が経っていた。
室内の空気は、暗雲が立ち込めた様に酷く重い。
視線を向ければ。なぎこは、向かいで静かに座して待っている自らの祖母に、恐る恐ると言った様子で喋りかけている。
「――だから婆ちゃん、やっぱり私も」
「やめな。出るんじゃないよなぎこ」
「でもさぁ?」
「今、旅の御一行が対応してる所だろう。何か不穏な物音がしたなんて事も今の所はない。それに、山で熊にあった時の対応だって、アイツは理解はしてる」
康友が出て行ったあと――五分を過ぎたあたりから、ずっとなぎこと、彼女の祖母のこんなやり取りは続いていた。
そう簡単に怪我はしない――自らの祖母にそう言い聞かされても、なぎこの表情が晴れる事はない。兄が戻って来ない状況で何を口にされても、そうですか、と容易く納得する事は出来ないのだろう。
……香子も、正直に言えば似たような状況にある。その総てとは言わずとも、彼女の気持ちは、理解出来ているつもりだった。
「……大丈夫、でしょうか」
康友は、少年の頃からずっとこの山を駆けて来た。運動神経も良い。自然との――獣との付き合い方は、人一倍に心得ていし。危険との距離を測る感覚も、良く知っている。
だからそう簡単に大けがなんてしない――それは、理解出来ている。
けれど香子は、ずっと本を読んで過ごして来て……彼が山で生きていたその時間と『寄り添った』事が無い。だから、康友がどんな風に自然と付き合っているかを、具体的に体感した事はない。
故に……どうしても、『もしも』を考えてしまう。不安になってしまう。心配になってしまう。怪我をしてはいないだろうか、と。
「……」
きゅ、と。膝の上で掌を強く握りしめる。何かしたい。けれど、ここで自分が出来る最良の選択肢が、『待つ』事だと分かってしまうから……我慢するしかない。それが、余りにももどかしい。
ゆっくりと、目を閉じて――せめて、彼の無事を、心より祈る。無事に戻って来てくれる様に。怪我をしないで、帰って来てくれるように、と――
――ガギンッ!!
「っ!?」
……その直後だった。意識を引き戻すような甲高い音が、外から聞こえて来たのは。
二人が、僅かに腰を上げ、視線を音のした玄関の方へと向けていた。先程までの静かな室内の空気を引き裂くようなそれは――間違いなく、金属同士が激しくぶつかり合うようなそれであった。
空気が凍っている。
全く想像だにしていない音だったのだ。
例えば……そう。銃声がしたのであれば、まだ分かる。獣に対して、威嚇目的か、それとも『別の目的』で発砲したのであれば、空気を引き裂き響き渡る、一瞬の破裂音が聞こえてくるはずなのである。
だが……今のは、そんな破裂音とは似ても似つかない重厚なモノ。銃声とも明らかに違う類、聞き覚えもなく、咄嗟に身を竦ませてしまう様な異音であった。
「何じゃ、今の……!?」
「わ、分かりません。お屋敷の前から聞こえた様な気はしたのですが……!?」
なぎこと顔を見合わせながら、香子は呟く。
ひどく冷たい汗が、頬を伝っていくのを感じている。指先が、冷えてかじかんでいくような感覚があった。
何が起きているのか、直接見ては居ないのに、胸の内に確かな確信があった。今、この村で『何か』が起きている。想像だにしていないような、『異変』が。
「……婆ちゃん、流石にヤバ気じゃね、これって」
若干、苦笑いを浮かべながら。なぎこがそう口を開く。視線の先には……腰を上げた二人とは対照的に、未だに落ち着いた様子で正座を崩さず、泰然と腰を下ろした家の当主の姿がある。若い二人と違い、突然の異音にも動じた様子を見せない。
しかし……その眉間に刻まれている皴の深さは、先ほどまでよりも増している様な気がする。彼女も何も感じていない、という事は無い様であった。
「慌てるんじゃない。まだ『外』だ。屋敷が壊れたような気配もない……ただ、何かあったら直ぐに逃げ出せるように、支度だけはしておきな」
「お、おけまる。かおるっち、いざって時はアタシちゃんが引っ張ってくから」
「は、はい……」
……流石に、普段から本の蟲をやっている自分とは違うな、と思う。なぎこはこんな状況下でも動揺からすぐに立て直しているし……本造院の女当主に至っては、狼狽える事もなく冷静さを保ったままだ。
香子は……どうしても、手足が竦んでしまうのを、抑えられない。
その時の事を『覚えていない』というのに。頭ではなく、身体があの日の惨劇を覚えている、とでもいうのだろうか。
自分が、その惨劇の瞬間、その場所の近くにいた……とは聞かされてはいるだが。どうにも、靄がかかってしまっている様に、思い出せなくて――
「……静かに」
はっとする。
振り返れば……声の主は、座してその眉間の深い皴を湛えたまま。孫のなぎこと共に襖の向こうを見つめている。どうしたのか、と聞く前に――それが聞こえて来た。
――ぎし ぎし
……床が、軋んでいる。それも、一度ではない。一定のテンポを保ったまま。床を歩いている。何者かが、この部屋に近づいている。
先ほどの異音がまた頭の中で再生された――あの音の主が今、此方へと近づいて来ている、とでもいうのだろうか。
呼吸が浅くなる。床が軋む音が、いやにハッキリと聞こえてくる。その足音は――自分達の部屋の前で、その動きを止めた。
「「……っ」」
「……」
二人が息を呑む。一人は、今だ静かに座したまま動かない。ただ――全員が、自分達のいる部屋の、襖に意識を集中させている。何者がやってくるのか。
怨霊か。祟りの塊か。はたまた――この集落に伝わる、『鬼』か。
自然と後ずさってしまう。自分は、襲撃者がやって来た時、果たして乱心せずしていられるだろうか――
――すぱんっ
「いやー、びっくりしたー。すまんすまん、ちょっと時間かけすぎて――」
ぼごっ!(みぞおち) ばしんっ!(額)
「ごっべぇ!?」
「さっさと入らんかこの阿呆が!! 悠長に足音をさせるな!」
「何を変に雰囲気出して戻って来てんだバカ兄貴! かおるっちもガチビビりしてんじゃねぇか!!!」
……と、思っていた所で侵入者は乱心する間もなく制圧された。
「そ、そんなに怒る事ないじゃないの……ちょっと時間かけちゃったのは悪いと」
「ちょっとじゃねぇよ! 三十分近くかかってんの!」
思わず、呆然としてしまう。
見つめるのは……なぎこの足元に崩れ落ちながら、盛大に説教を受ける――本造院康友の、元気な姿。親族二人に詰められながら『やめろっ』だったり『ちょっ、蹴っ飛ばすなババア!』と、見ているだけで分かる元気さも、何時も通りだ。
怪我も、傷もない。何かに襲われた様子もない。
何時も通りの彼の姿――それを確認出来た途端。ぼうっと立ちっぱなしだった体から力が抜け、とさりと崩れ落ちてしまった。
「か、かおるっち!? ちょ、大丈夫!?」
「だ、大丈夫、です……」
慌てた様子で駆け寄って来るなぎこに、軽く掌を向けながら『問題ない』と示す。正直な所、立てない位に頭がくらくらしているが……極度の緊張状態から戻ったのだから、これ位は普通だろう、と思った。
……それよりも。
「か、香子さん!?」
焦った様子で、此方に駆け寄って来る彼の姿。それを見ているだけで、瞳から熱いものが零れていくようで。
もつれる足を動かしながら……それでも、何とか彼の元へとたどり着いて。その腕の中に縋りつくようにしなだれかかる。
……体温がある。生きている。シャツの袖の感触を握りしめながら、目の前の少年が此処にいる事を、しっかりと確かめる。
「良かった、あぁ、本当に……っ」
「……あー、その、なんだ。ゴメンな。心配かけて――」
「――なぎこっ!! そこから離れなっ!!」
――その感触から、不意に引き剥がされた。
え、と。頭の中が、真っ白になった。
――そして、なぎこの背後に立つ、黒い巨体が、目に入った。
「――はえ?」
黒い鎧。赤い面。人ならざる体格。その両手が――身の丈ほどもある、大太刀の柄を、握りしめ。ぎり、という音が、はっきりと聞こえてきた。
なぎこは、反応出来ていない。何が起きているのかも分かっていない。自分も、眼の前にいる『ナニカ』が分からない。
でも、あぶない、それだけは分かる。逃げて、と考える前に言葉が漏れる。それよりも早く、もう大太刀は振り上げられていて。
「――ッらァぁアあぁッ!!」
その張り詰めた空気を打ち破る、猿叫
康友の声だ。自分を突き飛ばしたのも、彼だ。何のためだ。
今、目の前で……怪物に、立ち向かう為だ。
突き飛ばされた身体が、畳の上に転がる。なぎこの表情が歪む。自分も同じ表情をしている。孫を助ける為に、座していた姿勢から飛び掛かる様に、老体を圧して飛び込もうとする姿も見える。
でも。
それよりも何よりも。彼が――『疾い』。
「え――」
ばちり、と。目の前を――黄雷が走り抜けた。
ぐしゃり、と鈍い音がする。
赤い面が――叩きつけられた拳で、ひび割れ、砕け散っていくのが見えた。本当に熊ほどもある巨体が、少年の殴打で、確かに横薙ぎに押し返されていく。
振り切った拳。食いしばった歯。冷や汗を流す頬。
それらを、康友の額から『生えた』――雷の如き角が、煌々と照らしていた。
おや? 何話か前と展開が似ていませんか?(震え声)