FGO DLC実績『鬼血の継承者』獲得 作:秋の自由研究
「――んだよ」
部屋から吹き飛ばされていったその巨体。
拳を振り切ったままの姿勢で……少年は、その倒れた大男を呆然と見つめている。口からぽろりと、真下に倒れた襖へと零れたその声は、僅かに震えていて。
「人間ってのは、やろうと思えば……やれるもんだなぁ」
それは――彼の心の内の『感情の波』を表している様だった。それが、心の震えから来るものなのか。それとも、突然の出来事への動揺を表しているのか……それは、香子には推し量る事は出来なかった。
……否、それ以上の事を読み取れる余裕が無かったというのが正しい所だ。
ちらり、と。自分も改めて、縁側の向こうへと倒れ伏す黒い影へと視線を向ける。
それこそ熊と同レベルの屈強な体格。鋼の塊の大太刀を容易に持ち上げていたのを、香子はしっかりと見ていた。その大きさが飾りな訳はない。
猛獣と同等以上の筋肉の塊――それを、普段から野山をかけて多少は鍛えている、程度の成人男性の拳が、あそこまで殴り飛ばすなど。
「……あ……あに、き?」
――その『異常さ』への、反応は大きく分かれた。
なぎこの声は……分かりやすく震えていた。兄に向けられた瞳もまた、同じように。
……日常の一部だった。ずっと一緒にこの村で暮らして来た隣人だった。香子にとってはそうだし、なぎこにとってもそうだろう。
そんな相手が、ほんの一瞬の間に――剥き出しにした嵐の如き暴力を振るう『何者』かに変貌して。平静でいられる訳がない。
何とか笑みを浮かべようとして……それすらも、僅かに引きつってしまっているのが、彼女の心の内を表している様で、痛々しい。
「――婆ちゃん、なぎこと香子さん連れて物置まで下がってくれ。急いで」
「分かってる……さっさと行くよなぎこ、アンタもだ」
寧ろ……彼女自身の祖母の様に、表情一つ変えず冷静に対応できる方が、『異常』と言ってよかった。
「ば、婆ちゃん、ちょっと待ってよ、兄貴は?」
「……良いから、急ぐよ」
「婆ちゃんっ!」
「ここにいて何か出来るのかい、アンタに!」
……その細身の体から放たれる一喝は、寧ろ不自然なまでに力強い、と言ってもいい。
もしやこの状況に、一切何も感じていないのか。瞬間、いっぱいいっぱいになりそうな頭が、僅かな熱と共にそんな想像をはじき出して……しかし。
なぎこの手をしっかりと掴んだ後。その顔が――再び背後へと向けられる。。
「……これだけは言っておく。無茶だけはするんじゃないよ」
その口から出て来た――いや、零れた言葉は、余りにも弱々しいものだった。
「……出来る訳ねぇだろ。こちとら、どうすりゃいいのかも五里霧中だぜ」
「良く言えたもんだバカ孫。いいから、どうにもならなかったらさっさと逃げな――生きてる方が『まし』なんて事、幾らでもあるんだ」
「はっ、年だなぁ……弱気な事言う様になりやがって」
深い皴の刻まれた目尻が、口元が。きゅっと強く、引き締められた。強い意志の光の輝く瞳は、湖が如く漣に揺れて――まるで、そこから溢れだすものを必死に堪えている様ですらあった。
何も感じていない、等と。その顔を見て言える訳が無かった。
……彼女は、知っている。
無礼な想像を投げ捨てた代わりに。頭の何処かで確信めいたそんな考えが浮かび上がってくるのを感じていた。
本造院家の当主。長くこの家で生きて、この集落の事について多くを知る生き字引の様なお方である――目の前の事象について、何か心当たりが有っても、不思議ではない。
「(……そうだ)」
混乱が少し収まったからこそ。彼のその姿に――思う所も出てくる。
額から生えた角や、人を大きく超えた膂力。それは……お伽噺に。そして、この村に伝わる伝承の主役たる、『鬼』そのものではないか。
この村に滞在している、あの不思議な一行が調べている事にも、繋がる事だ。香子は彼らと共に調べものをしていたのだ。だから、勘付き易かったというのもあるかもしれない。
「……ご当主様――」
故に、香子は……どうしても、問いかけてしまうのを止められなくて――しかし。
『――――ッ!!!』
その問いかけを寸断する様にして……今度は、人ならざる叫び声が響き渡る。
その悲鳴の元を振り返れば、庭に倒れ伏していた巨体が丁度起き上がるのが目に入る。
生きていた――と認識すると共に、その手に再び大太刀が握りしめられる。ぎらり、と剣呑な輝きを見せるそれに、ひっ、と喉の奥で言葉にならない悲鳴が漏れてしまった。
アレは……貧弱な人間の体など、濡れた障子の様にあっさりと裂いてしまう、恐ろしい凶器だ。それは、目の前の彼だって――
「や、康友さんもっ――」
「香子さん」
震えながら絞り出した声を。
酷く――この場に似合わない位に、穏やかな声が制した。
「ちゃんと避難してくれな」
そうして。
香子が望んでいたのとは反対方向へと……康友は躊躇う事なく歩み出す。
拳を強く固め、強く一歩を踏みしめて――その、たった一足は。部屋から廊下を軽々と飛び越して、彼の身体を縁側の端へと運んでみせた。あ、と。声を漏らし、その歩みを止める暇すら与えぬ程に、疾く。
縁側に立った康友は。その顔から微笑みを消して。
目の前の武者を……踏み潰す虫を見るかのように、冷酷に見下している。
「……何が起きてるか、分かんねぇか。俺もだよ。でも、だからって取り乱す余裕は、無い訳だ。んなことしてたら……もっと『酷い事』になるのは分かり切ってる」
目の前に降り立つ康友に――跳ね上がった黒武者が、太刀を振り上げて襲い掛かる。
最早、その巨体ごと彼に覆い被さる勢い。猛獣の如き荒々しさを隠しもしない、その迫力に、離れながらに恐怖に慄いてしまいそうだった。
だが……彼は、それを前にしても、一歩も下がらない。目の前の脅威を、その目で真っ直ぐに見つめたまま。怯えない。竦まない。壁の様に、堂々と立って。
その首を伸ばす勢いで突っ込んで来る黒武者――その顔面が、上へと弾き飛ばされた。
「――ほらよっ、お二人さんっ!」
振り上げられた拳が、その巨体の顎を跳ね上げた。ぐらり、と背後へと傾きかけたその身体を……康友はがっしりと両手で掴み、今度は自ら自分の側へと――否、自分の背後へと振り回し、放り投げて見せる。
その声は……自分達ではない。目の前に入り込んで来た二人へのものだったのだろう。
「マシュっ!」
「はいっ!」
――白の意匠の仕立て。紺に染まる鋼の鎧。
少年の声に応える様に。少女は、その手の大楯を振るう。目の前に迫る人外を前に一切怯む事もなく――迷わず、その一歩を踏み出して。
ずん、と。屋敷を揺らす程の重厚な足音。強烈で、そして、愚直なまでに真っ直ぐなシールドバッシュが、飛び込んで来た黒武者の身体を阻む様に……外へと、再び押し返して見せた。
ばきり、と。その巨体を包む黒鉄が、飴細工の様にひび割れて行く。中世の破城槌を思わせるが如き破壊の力がそこにある。
しかし。
「――きれい」
靡く薄藤の髪。そこから零れる、紫紺の輝き意志の光。ただ、前だけを見て、背後の少年に無防備な背を預けていた。その背の仲間を守る事という、鎧や盾の様に堅牢な『善』の意志が……少女の、マシュの背から、滲み出していた。
そして彼女の背の立香もまた、その揺るがない背を信じて。目の前の敵を恐れず、堂々と立つ。その身体から溢れ出す紅い光が、盾の乙女を支える様に包み込んでいた。
そして。
立香の柔らかな笑みに背を押されるようにして……盾の乙女は、その『鉄壁」をもって悪しき者を打ち払う――!!
「はぁああああああっ!!!」
――怪物は、ただただ、天へと吹き飛ばされていくばかり。
何者にも犯す事敵わない、金剛石の如き意志で煌めく『絆の主従』――その景色に。何時の間にか、恐れも忘れ。香子はどうしようもなく目を奪われてしまっていた。
なお完全復活には一人足りない模様