FGO DLC実績『鬼血の継承者』獲得 作:秋の自由研究
「ん……?」
――目を覚ます。
最初に見えたのは……天井の梁。
今は、何時頃なのだろうか――そもそも、自分は、どうしてうつ伏せになって倒れているのだろうか……ここは本造院のお屋敷の、どの部屋だろうか。手を突いて、ゆっくりと体を起こして、周りを見回してみる。
視界に映る畳や、襖は――茜色に染まっていた。
「……夕方……?」
顔を上げれば、窓から差し込む夕日に、目が眩んでしまう。少し呻きながら、よろよろと何とか立ち上がって、そして……何の気に無しに、自らの身体へと視線を下ろす。
足元に拡がるスカートの裾。ふんわりと波打ち、斜めにフリルの入ったその仕立て。自分には見覚えのないものだった。こんな綺麗な物が、自分の持っている私服の中に、果たしてあっただろうか。
そう思って、少しずつそれ辿って行って――
「ん……ぇ? えぇっ!?」
そこで、漸く――『自らの格好』に気が付いた。
「私、どうしてこんな……どっ、ドレス……っ!?」
起き上がった自分は――いつの間にか着た事も無い様なドレスを着ていた。
黒地に、青い線の入った、とてもエレガントで、上品な……まるで、西洋の物語に出て来る、上流階級の貴婦人が着ているかのような――気が付けば、胸元にもアメジストの如くに輝く煌びやかな装飾品が。
そもそも、生地自体から『高い』と言うのが分かる様な。到底、自分の様な一般市民が身に着けて良いものではない。これは。
そう思って観察していると……今着ている服の胸元が、なんというか。かなりセクシーな事を、今更ながら自覚してしまう。
露出が多い、等ではないのだが。胸の艶めかしい『まろみ』をぴっとりと包み込む、黒い艶やかな布地。まるで『そこ』を強調するかのように、胸の谷間はうっすらと透けてしまいそうな程に縦縞で、薄手。まるでストッキングの様な素材。。
「えぇっ……こんなっ……これぇっ……うぅっ///」
顔が火照っていくのが分かる。部屋の真ん中で、くるり、くるり、と回りながら。手先を見る。背中に目を向ける。腰に視線を落とす――その度に『ぴぃ』だの『ふぇえっ』だのと情けない声が漏れてしまう。
エレガント、かつエロティック――かなり『オトナ』なデザインのドレス。
密かになぎこからも『スタイルえっぐ……』と言われていた身体の線を浮き彫りにするようなそれに香子は、耐えられず。頬に手を当てたまま、ぺたりとへたり込んでしまう。
「い、一体、これはっ……」
……そこで、ふと顔を上げれば。目の前に据え付けられた――姿見が目に入った。
鏡に映る自分は、まるで別人の様。
猫の耳か、はたまた角か、特徴的な形に結わえられた髪の根元には、渦を巻く特徴的なデザインの耳飾り。しかしながら、明らかに目につく様なデザインにも関わらず。その髪型と合わせて、自分が着ているドレスに妙に馴染む、というか……
しばし、鏡の向こうの自分を見つめ――不意に、立ち上がる。そのまま、映る自分の姿を上から下まで、じっくりと観察してから……香子は、ぽつりと呟いた。
「……似合って、いる……のでしょうか、これは」
着た事は愚か、見た事も無い様な服だ。間違いない。
それなのに――鏡の中の自分はこの服を。端的に言うなら、『着こなしている」のである。明らかに背伸びして、無理して……と言った感じになっていると思っていたのが、自分から見ても……寧ろ、酷く、馴染む様にすら思う。この服が。
「サイズも……」
思えば、丈も、胸元も、腰の……コルセット?も。まるで仕立てたように、自分の身体にぴったりだ。苦しさも、違和感も、何もない。
一番不思議なのは――全く覚えのない服を着せられて。ほんのちょっとでも怖い……とすら思わない自分自身。
姿形だけではない。こうして、この服を着ている事こそが、自分のあるべき姿なんだという……そんな気持ちになっている自分が、一番奇妙だった。
「……えっと……」
どうしようか……少なくとも、こうしてここに立ったままというのは無いだろう。誰が着せてくれたにせよ……これは、お礼で良いのか、文句を言えば良いのか。兎も角なんでこんな上等なものを――いや、いや、違う。
そうじゃない。着物に目を取られていたが、そもそも今、自分の暮らすこの集落は、緊急事態の最中にあるのだ。自分がこうしてここに倒れているのも……
「皆様は……どうしているのでしょう」
先ずは、部屋から出て。誰かを探す所からだ。
背後の襖をあけて、部屋の外へ――歩くのにも、やっぱり支障は無かった。寧ろ、どれくらいこのドレスで歩けるのか、身体が知っているかのような……
「大広間……この時間なら、御台所も……」
左右を見回す。相も変わらず、お屋敷の何処もかしこも茜色に染まっている。板張りの廊下を進んでいけば……ぎしり、ぎしり、と。板張りの床から響く、軋みが。やけに大きく聞こえてしまう。
実に、静かだった。
僅かな身じろぎの音すらも、廊下の奥へと呑み込まれていく――外から聞こえて来る風の音、人の営みから生まれる物音、誰ががいる様な気配も無い。
自分だけが。この伽藍の中で、たった一人で、歩いている。
「……な、なぎこさん? お婆様……康友君……?」
胸元で、拳を結んでしまう。誰も、呼びかけに応えてくれない。歩きなれた筈の廊下なのに。物音ひとつしない不気味な沈黙が、孤独てあることを浮き彫りにする。夕暮れの屋敷の暗闇が渦を巻き、自分を脳の瞳を覗き込んでいる――
あぁ……怖い。
見慣れた景色の筈なのに、ここはまるで……異界だ。自分の知っているルールの通用しない場所。未知と恐怖で彩られた、薄影の住人たちの遊び場。
たった一人で、それこへ迷い込んでしまったかのような――
「……それとも」
――本当に?
そう思った時。喉の奥から、かすれた声が、漏れた。
今……自分がいるのは、本当に本造院のお屋敷なのだろうか。
人の気配がない、物音一つしない――それは、この場所が『自分の知っている場所』ではない証ではないのか。今、居るこの屋敷が……記憶の中にあるお屋敷に『とても良く似ている』だけの、得体の知れない何物であるという事の。
足を止める。ぎし、と。床の軋む音が、嫌にはっきりと耳に届く。
「っ……」
壁を見る。天井を見る。夕日の差し込む、廊下を視線で辿る。一歩、踏み出す毎に、暗がりが、足先から――うぞり、と。絡みついて、這い上ってくるような……酷く、名状しがたい、生理的嫌悪を煽る、蠢く肉粘体に、しゃぶられるような、錯覚を覚える。
血の気が引く。肌が、泡立つ。足取りが、鈍くなっていく。
……もし、振り返れば。
そこには。薄暗がりから、洞の目で深淵から覗き見る……『ヒトガタ』が、笑みを、べっとりと、張り付けている、と。思うと。
「……っ!」
ぎゅうっ、と。手を結ぶ。
悲鳴を上げて、今すぐにでも逃げ出したかった。押し入れの中にでも逃げ込んで、そこで蹲りたかった。少しでも安心できるような場所に。
けれど……本当に、そんなものがいるのなら――『気づいてはいけない』。それは、此方が気づいた事を、目ざとく捉え。向こう側へと連れて行こうとするだろうから。
だから……怯えに押しつぶされそうになりながら、必死に。必死に。前だけを見て進むしかないのだ。耐えて、耐えて、耐えて――
「……あ……ぅ?」
そうして――歩いて行って。
視界に、『それ』を捉えた時。
……身体に籠っていた力が、自然と抜けたのを感じた。
廊下の先。夕日に照らされたその『子供』は――彼女には、見覚えがあった。髪型もそうだが……一番分かり易かったのは、その『目つきの悪さ』である。
「……康友、くん?」
彼女が見慣れたその姿から『十数年』は年若いであろう少年は。
きょとん、とした表情で此方を見つめていた。
今月の更新は、区切りもいいのでひと先ずここまでとなります。
更新があれば、次は四月か、五月にお会いしましょう……