FGO DLC実績『鬼血の継承者』獲得 作:秋の自由研究
この村の事が――好きだった。
ただそれだけの言葉が、なんだか酷く胸に染みた。ぽつりと、ただ消え入りそうな言葉だった。とても寂しそうな言い方だった。どうして『過去形』なのだろうか。
今、目の前にある景色は無くなってなどいない筈だ。もう残った人々は余りにも少ないのは、確かだけれど。それでも……確かに、この村はあるというのに。
……そんな思いが顔に出てしまっていたのだろうか。此方をちらと見た青年は『ごめんよ』と、僅かに目を伏せながら言葉を零した。
「式部さんから見れば、確かにそうだ」
「……貴方から見れば、違うのですか?」
「ま、こんな有様になってるからな――見える景色も大分違う」
頭髪の残っていない、そんな頭を彼はため息交じりにゆっくりと撫ぜてから。また、赤い景色の中に滲む様に浮かんだ、二つの影へと視線を向けた。
「……兄ちゃん、兄ちゃんって追っかけてくれてたあの頃も。もうすっかり、色褪せて見える様になっちまったよ。悲しいねぇ」
そう言って彼が手を伸ばしたのは――前を行く少年よりも小柄な、少女の影。僅かに細められたその瞳が、哀愁に揺れる。それはまるで、届かぬ彼岸の向こうへと旅立った、遠い人を眺めるかのような。
おかしな話である。少女は――なぎこさんはまだ存命だというのに、どうしてそんな風に彼女の影を追うのだろう。
……そう思い、自分も幼い彼を追う少女の姿へと目を向けてみる。
しかし、どうしてだろう。その影に、あの活発な少女の姿が、どうにも重ならない。いや、あの少女の幼い頃の姿を――思い出せない?
「元気な娘だったよ――父さんも母さんにすっごい愛されてさ」
――そうしている間にも、影がもう二つ。
今度は、大人が二人。寄り添って駆ける二人を見守るその影は、ご両親のものだと思われるだがしかし……その影を見ても尚、やはりその顔が思い浮かばない。
「……どうして……?」
「そんで――あぁ、後は婆も一緒にいたな」
――そうして、当然。もう一人。
しかし……赤い景色に浮かび上がったその姿に、別の意味で驚いてしまった。
「あれ……?」
「ん、どした?」
「あ、あの……お婆さんだけ、影じゃなくて……ちゃんと」
赤い色の中で、はっきりと見える藤色の着物。そして、穏やかなその笑顔。普段の不敵な笑い方とは違う……好々爺の如きそれ。それは間違いなく、隣に座る彼の祖母の姿だった。ただ彼女だけが、はっきりと見えている。
彼は、ちらりと影に目をやって。それから不思議そうに首を傾げ。
「影? いやアレは……って、おい。その辺りも雑にしてんのか、ったく。出来の悪いTRPGじゃねぇんだぞマジで」
「ざ、雑ですか……物覚え、そんなに悪くないつもりなのですが」
「あ、あぁいや違う違う! そう言う、いやっ、式部さんが悪いんじゃなくてぇ!?」
少し落ち込んだ此方を見た途端、目を見開いた彼は慌ててバタバタと手を振って、何とか此方を慰めようとしてくれる――『貴方の記憶力はマジで英霊級だよ!』とか『人類史も認めるレベルだって!』だとか。
……なんだかその姿は、何もかも違って見える中で、普段通りの彼そのもので。安心すると共に、少しクスリと笑い声が漏れてしまった。
「あー……兎も角、だ。その、影になって見えるのは、貴女のせいじゃないというか。いや違う、ここで言いたいのはそうじゃないんだよ」
「では、一体何を?」
「だからな? その、俺の人生の鑑賞会、的な。だからまぁ、今までは飽くまで『主要登場人物』のご紹介な訳だけど……はぁ~、アンタを前にこんな段取り悪い物語とか、恥ずかしくてしょうがねぇや」
……大きく、深く、ため息を吐く彼。
別に自分はそこまで物語に造詣の深い立場でもない、ただ本が好きなだけの娘なのだから、そこまで気にしなくても良いと思うのだけれども。
しかし……ほんの少し、寂しくもある。一応、彼の幼馴染として、ずっと過ごして来たつもりなのだけれど。『主要』までは言って貰えないようだった。
「……アンタの出番は、もうちょっと先だよ」
「え?」
此方をちらりと見てから。彼は再び口を開いた。
「さて……まぁ、こんな風に実に幸せな家族だ。その子供たちが、この村の外の世界を何にも知らない事を除けば、どこにでもいる様な……当たり前の家庭と言ってもいいかな」
――瞬間、赤い庭に居た影達が掻き消える。
直後、ぱたぱた、という音と共に背後を振り返る。いつの間にか自分の直ぐ後ろに、廊下を走り抜けようとしている少年の人影が。隣の彼も、同じように背後を振り返り。暫しその姿を眺めた後、ゆっくりと腰を上げ。走る姿のまま切り取られた、その影の行き先へと視線を向けた。
「んー……多分、これは玄関の方かな」
「遊びに行っているのでしょうか?」
「ああいや、お出迎えだよ――近所付き合いも盛んだったし。まぁ小さい村だから当然っちゃ当然だけどさ。ちょっと見に行くかい?」
そう言って歩き出す彼。その後へと続いて歩き出す――暫し後、玄関に辿り着けば。先程までそこに居た少年の影が、既にそこへと辿り着いていて。開いた玄関で、また別の影に頭を撫でられている。体格的に、先程のご両親ではない。ご近所付き合い、というその言葉からも……恐らくは、村の住人の誰かなのだろう。
目の前の少年の影は、見るからに嬉しそうに飛び跳ねているかの様な。こうして眺めているだけでも、微笑ましくなる様な情景が思い浮かんでくる。
「……この日は、確か『――』さんだったかな。桶の底が抜けたのを、父さんが直してくれたからって。手に入ったお菓子を差し入れてくれたんだっけ」
「親しい方、だったのですか?」
「うん。遊びに行ったら、良く茶と菓子を出してくれてた」
その思い出を噛みしめるかのように、彼は繰り返し頷きながら、口元に笑みを浮かべて見せた――それだけじゃないんだ、と。口から零れたその言葉は、意図して口にしたものではなかった。
どの家の、誰々さんが誕生日に缶バッチをくれた、とか。自分が溺れかけた時に、誰々さんが助けてくれた、だとか。誰々さんの家で楽器を弄らせて貰った……等々。
彼の口にする思い出は、どれも陽だまりの中の様に温かな思い出ばかりで。いつの間にか、自分も笑みを浮かべながらその話に聞き入っていた。
「割とやんちゃなガキだったのにな。それでもみーんな、俺に良くしてくれていたよ」
……緩んだ口元からあふれ出す吐息は、まるで鉛の様に重い。
「子供は元気なくらいが丁度いい、なんてさ。我ながら恵まれすぎてた。ホント、理解できてなかったのが、申し訳なく……今更だけどな」
「それは……その」
「――これが全部、亡くなってから気が付くんだからよォ」
かちり、と。音がした――赤い日差しで染まっていた室内が。突如して闇に覆われる。
突然の事に、慌てて周りを見回してしまうが……しかし、彼は特別動揺する様子も無くそのまま、静かに自分の目の前に佇んでいるまま。その視線が……ゆっくりと、背後へと向けられた。
「これって……?」
「全てが終わる日――その日の再現、かな」
身を翻し、一歩踏み出しながら、静かに彼は言う。
終わる日、というその言葉に……直ぐに思い至る事がある。それは……つまり。十数年前。あの、どうしても自分が思い出せない……惨劇の日の。
「俺に取っちゃ、何時も通りの村な変な決まり事で大人が集まってて、誰も構っちゃくれない。妹と一緒にどっかでぶーたれてた」
「それは……」
「で、誰か漸く迎えに来てくれたかと思えば……しかめっ面の婆が来てさ。良いからこっち来いって腕を引っ張る訳だ。そりゃあギャんぎゃん噛み付いたなぁ」
再び屋敷の中を歩いて……そして、その足は再び――あの、目を覆いたくなるような惨劇の起きた、その部屋の方へ。ほんの少し、脚が重くなるのを感じている。
そんな自分を振り返った彼は、くすりと笑って『大丈夫だよ』と、そう言った。
「――この夜が明けた後だ。あの地獄みたいな景色が広がるのは」
「じゃ、じゃあ、やっぱり……」
「あぁ。今、俺達がこうして立って居るのは――村の皆が居なくなっちまった『あの日』の記憶の中って訳だ」
交互に場面転換するの死ぬ程難しい……