FGO DLC実績『鬼血の継承者』獲得   作:秋の自由研究

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ただいま(小声)


断章・裏:始まりの足音

「――事が起きる前に『葬ってしまうか』ってな」

 

 ……一呼吸おいて。

いつの間にか、ぼんやりと開いていた口元から、生ぬるい吐息が漏れ出ていく。

 

それは言葉にもならなかった、困惑の名残だった。

此方に向けられる静かな瞳と見つめ合っている内に、酷く冷たい汗が、うなじを伝って背筋を降りていく。身体が、冷えていくのを感じる。

単純な疑問が、頭を埋め尽くす。言葉の意味が、分からない訳じゃない。ただ、どうして――幼い頃の彼について、そんな事を話し合わなければならなかったのか。

 

「あ……え、それ、は」

「……いきなり過ぎてごめん」

 

 嘘を言っているのか?

 いいや、こんな所で、自分に対して、こんな嘘を吐いて、一体何になる? 

 そんな自分の疑問に先回りするかのように。彼は一つため息を吐いてから、此方へと静かに頭を下げて来る。

 

「そもそも貴女にとっては、到底信じられる話じゃないだろうしね……」

 

コイツは困っちゃったなぁ、と。その頭をくるくると撫ぜながら部屋の中へと改めて振り返り。その中心へと歩みを進めると、座敷にそのまま腰を下ろす――ただ、彼の動きを茫然と追っていたが、ぽんぽん、と座ったその隣を叩かれて。取り敢えず、そこに正座する事にする。

 

「……痺れない?」

「あ、えっと……大丈夫、だと思います」

「そっか。まぁそうか……うん。いや、なんでもない。気にしないで」

 

 ……周りを見回してみる。

 

 彼の祖父は――料理とお酒の並んだ宴の席だというのに、楽しそうにしている様子は欠片も無い。しかしそれは周りの村人達も同じ。何れもその佇まいに、一目見ても分かる程の緊張が垣間見えた。

 例外を上げるなら。料理の配膳をしている人が、たった一人だけこの空気に怯えているかの様に、見えない事も無い、位だろうか。

 

 ……無理もない。誰も動いていない、音もない、自分達以外の気配もない。まるで彫像の群れの中に放り込まれた様な状況下。それでも自分は……この部屋中に渦巻く剣呑な気配を感じ取れない。

 

「っ……」

 

 こうして、中に入って見ると、分かる。

 

 この切り取られた一瞬の時の中ですら……二つに分かれた宴席の間で、無数の視線が飛び交っているのが。

 

 視界全てが影法師。だというのに、見えない筈の暗い人影の奥から、突き刺さる様な何かが伸びているのが、目に見えるよう――向かい合う席に腰掛けた相手に向けられる非難の視線。どうすれば良いのかを問いかける様な目。何処か疲れが滲み出て弱った眼光。

 そして……何より。二つの宴席の間に立つ村長――彼の祖父へと向けられる、強い敵意が。空間を満たしている様。

 

 隣り合う者同士の不安げなやり取り、俯いて悔いる様に唇を噛む人、食事に一切手を付けていない者も多い。肌に刺さり、まるで今にも引き金が引かれそうな緊張感。

 居心地が、良くない。

 

「何処から説明したもんかなー、ホント」

 

 そんな中で、彼は飽くまで何時もの調子そのもので。

 

「というか……どう説明すれば信じてもらえるか、だなこりゃあ。だって、昔話なんざした所で、それを説明する手立ても無いし」

「……いいえ。貴方の言葉を、信じられない訳ではありません」

「そっか。本当に貴女は、優しいな」

 

 ……その言葉を聞いて、少し気分が落ち着いて来た。困惑だらけだった頭が、スッキリとして来る。

 

「……村人全員の心情は、俺は神様じゃないし分からないけど。でも、そういう結論に行きついた理由が、分からないでもないんだ」

「それは、どうして?」

「アンタも見ただろ? 俺の、額の『アレ』を、さ」

 

 そう言って、彼はつるんとした額を、指先でとんとんと叩いて見せる。

 その仕草が一体何の事なのか、察しは直ぐに付いた。自分の前で見せた……額から生えた雷の如き鋭い角と、大柄な鎧武者をも殴り倒す鬼神の如き膂力。正しく、人知を超えた力と言って良いだろう。

 

「隣にヒグマ住んでるようなもんだぜ? もしその事を、村の人達が何らかの事で知ったんだとしたら、そりゃあ……対応を考える位の事に、文句は言えねぇさ」

「……っ」

 

 否定したかった。でも……自分が『そう』でも、他の人はどう感じるだろうか。それを考えると、軽薄に言葉を口にする事も出来なかった。

 

「俺自身も、今ここでどういうやり取りがされてたのかは……まぁ知らない。連れてこられたのが、この後だしな。とはいえ、障子越しにも聞こえてたよ。中の喧騒はな」

「……宴もたけなわ、という事は?」

「だったら良かったんだけどなぁ」

 

 ――思い返すに、その日は何時と空気が違った、と彼は言う。

 

「ガキの俺にとっちゃ、なんか暗いな~って感じでしかなかったけど……ま、今更ながら考えりゃ、あれは殺気立ってたっていう感じだったんだろうな」

 

 何時、何がきっかけで分かったのかは……今も分からない、と彼は言う。

でも、近くに埋まった不発弾の事が分かったんだし、そりゃあ全員が自分の事を遠巻きにもするわな――あまりにも平然と彼は当時の事を語る。子供故の無知に覆い隠されていた事実を、淡々と語る。

 

「それは、この部屋の前に来た時も同じでさ……寧ろ、ギャーギャー騒いでたのが、ぴたって止まる位には、マジで怖かったよ。部屋の中から……怒号が、さ」

 

 ……けれど。平坦だったその声は、だんだんと沈みこんでいって。

 

 最後には、続けようとした言葉も、落ちた吐息に混ざって消えて。僅かに俯きながらただ黙ったまま――痛々しい空白の時間に、唇を噛む。

そっと……隣の彼が畳に突いた手に、自分の掌を重ねた。

 

彼の視線が、此方を向く。驚いたその顔は、自分が知っている『少年』と同じ、まだ年若い青年そのもので。少し……ほっとしてしまった。

 

「……ゴメン」

「いいえ」

 

 ……しばし、無言の時間が続く。

 

思えば。こうして、彼と隣り合って、静かな時間を過ごすのは一体、何時振りだったのだろうか。

 

ふと、浮かんでくる景色。

夜の帳が下りたあの日、遥か昔日の事を語り、そしてその事に向き合いたい、と自分に打ち明けてくれた――いや、昔の事を話しているのは、今ではないか。では、この記憶は一体、何時のもの?

 

 ――パキン

 

「っ!?」

 

 瞬間、浮かび上がった疑問をかき消す様な音に、身体が跳ねる。視線の先、席に座った影法師の身体に、ヒビが入り――影の一部が、剥がれ落ちて。その向こうの、人の姿がハッキリと見えている。

 見れば、周りでもぱきりぱきりと薄氷を割る様な音と共に、次々と影が剥がれ――隠されていた景色が、露わになって行って――

 

「ようやく始まったか」

「始まった……?」

「あぁ。向こうでもネタバラシが、な――そっちが始まったとなりゃ、いよいよ時間も無くなってきたか」

 

 ――ありがとう、と一言告げ。

 

 彼は、ぎゅっと此方の掌を一度握ってから……手を離し、その場に立ち上がった。大きく、深呼吸。それから、此方へと振り返り。目と目が、合う。

 

「……これからの話を聞いてから、アンタが俺をどうするか。そして、まだ俺の話を聞いてくれるかは……その時に、一旦判断してくれ」

 

 そう言った彼は……酷く、とても悲しそうな顔をしている様に、見えて。

 

 覆い隠す影の、最後の一片が剥がれ落ち。切り取られた景色の中に溶けて消える。そして……紅い色に染まり切った空間が、少しずつ色を取り戻していく。

 それはまるで、写真の如きこの景色が、動き出しているかのような。

 

「さてさて。この景色の中で、一体何人が生き残るのやら……偽りだらけの茶番劇の答え合わせと参りましょうか」

 

 目の前で『本造院康友』がぺこりと頭を下げる。

 ぎしり、と。誰かの足音が、無音だったこの空間に響いた。

 




こ、今回こそはある程度まで進めたい……(曖昧な目標)
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