FGO DLC実績『鬼血の継承者』獲得   作:秋の自由研究

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断章:呪いの継承者 其之三

 頭の中が、真っ白になっていた。

 

「――とまぁ、こんな感じかな。あの日の事は」

 

 青年の語りに合わせ、移り変わる、周りの景色。彼の記憶の追体験。

 ただの法螺だ、というには。目の前の彼の語る言葉は……その景色と共に語られるそれは。あまりにも、真に迫り過ぎていた。でも、そうだとすれば――認められない事が、あまりにも多過ぎる。

 

「……信じられません、だって、それじゃあ……っ!」

「まぁ、うん。式部さんが知る、この村での穏やかな生活は……『偽りだった』って事になっちまうからな」

「っ!」

 

 そう、淡々と呟く彼に――胸の奥から立ち上る激情を、抑えることが出来ない。焼き焦がされる様な感覚の推そう胸元に、ぎゅっと両手を結び……唇を噛み締めて。此方に視線を向ける彼を、睨み付けてしまった。

 

「幾ら、貴方でも……そんな、嘘偽りを、口にするなら……っ!」

「うん。分かってる。信じてくれって言っても、土台無茶な話だよ――貴女は、そう言う人だ。なぎこの事も、婆の事も……俺の事だって。思ってるから、怒る」

 

 そうだ。あんなに元気ななぎこさんが。お婆さんが。偽りの存在であるものか。そして何よりも……目の前の青年が、自分の村の人々を、皆殺しにしたなんて、一体誰が信じられるものか。自分は、彼らと共に暮らして来たのだ。ずっと。

 

 冗談にしても、あまりに質が悪い――そう、今すぐ切って捨てたい、自分が居た。

 そうだ。そうするべきなのだ。それなのに。

 

「……それでも、アンタは、俺の話を鼻で笑わなかった。途中で、バカバカしいと切り捨てなかった。最後まで……ちゃんと話を聞いてくれたよな」

「っ……!」

 

 ……そう出来なかった。

彼の語る言葉には、酷く冷たい、諦観があった。熱量も何も……そもそも、信じてもらいたい、という希望すら、感じられなかった。だからこそ――それ以外に『何も無い』という、嫌な説得力が、彼の言葉の節々から滲み出ていた。

 

空白は、空白でしかない。隠し事を出来るだけの、余地すらない。だから、ただそこには嘘が無い、という事実しかない。

 

「……アンタは、そう言う人だ。人の言葉に、思いに寄り添う人。だから、突拍子もない俺の言葉に、真摯に耳を傾けてくれた。まぁ、だからこそキレてるんだろうが」

「それは……ですが、だからって……っ!」

 

 でも、認めるわけには行かない。私には……思い出がある。この村で暮らした、確かな思い出が存在する。なぎこさんと、お婆さんと、彼と。

 三人と、共に過ごして、話して、触れ合って。この村の一員として、生きてきた時間が自分には存在している。笑いがあった、涙があった、彼らがやって来た後には、大変な事も多かったけれど。

 

 それは決して……長い間の事では、なかったけれど――

 

「――あ、れ?」

 

 そこまで、考えて。

 

 頭の中で。

何が、ぴきり、と音を立てた。

 

「そ、んな事……ずっと、私は……ちがう、そうじゃない……?」

「……式部さん?」

 

 ぐらり、と。視界がぶれる。私は、ずっと、この村に――本好きの、ただの普通の村娘で――そうなの? そうじゃない。私は、私は、私は。

 

「私、私……っ」

 

 頭を抱えて、呻くように声を漏らす。

 ぐるりと回る様な感覚を覚える。身体が傾ぐ。耐えきれない。込み上げて来て、頭の中を掻き回す、言い様の無い……酷い、不快感に。自分の芯が、ぐにゃぐにゃになって、崩れていく。身体を、起こしていられない。

 

「あ……あぁっ……」

「――式部さんっ!!」

 

 ――逞しい腕に、抱き留められる。

 

 気分が落ち着いた時には……腕の中で、呆けたように彼の事を見上げていた。

 此方を見下ろす、見慣れた鋭い目つきが。今にも、泣き出してしまいそうな程に、歪んでしまっている。咄嗟に、伸ばそうとした手は、動かせなかった。

 乱れた呼吸と共に、僅かに鼻を啜る様な音が聞こえる。

 

「……ごめん。ごめんよ」

「康友……くん……」

「もう少し、ゆっくり……起こしたかったんだ。だって、アンタにとって、この村での思い出は、とても温かなものだって……だから、苦しまない様に、って。少しでも、マシな形で……だってのに」

 

 やっぱり、俺って奴は、と。彼の顔が歪む。ぎゅっと自分の肩を掴むその手は……震える位に力が籠められていて。それなのに、指先は肌に荒々しく食い込む事は無くて。

 噛み締めた口の端から、血が伝っていく。深く刻まれた眉間の皺は……苛立ちか。そしてそれを向けているのは?

 

「……ごめんよ……いっつも、俺はこんなんだ」

 

伏せた目が、潤んでいる。今にも零れてしまいそうな程の涙が滲んでいる。あぁ……泣かせてしまった、と。自分も、悲しくなってしまった。違う。決して、そんな顔をさせたかった訳ではない。彼の口から語られる、あの日の事を、聞こうと思っただけなのに。

 

 ……あぁ、どうしよう。どうすれば、泣き止んでくれるだろうか。私の、弟の様な、彼が。少しだけ考えて……でも、結局それ以外には、何も無い事を、悟った。

 僅かに震える口を、なんとか動かす。ちゃんと、彼の耳に届きますように、と。

 

「お話を……聞かせてください……続きを……」

「……式部さん」

「途中で、やめてしまうのは、簡単、ですけど……でも……」

 

 それが、例え納得はできない事でも……せめて、全てを聞いてから、というのは。決して間違っていない筈だ。

何方も、間違っていない。貴方は、泣かなくていいのだ、と。そう示すのであれば。まだここで終わってはいけない。ちゃんと話を聞いてあげるべきだ。

我ながら、本当に彼に甘いな、と。思わず、自嘲の笑みが零れてしまう。

 

そんな自分を見て……彼は、漸く。くしゃり、と。困ったような笑顔を返してくれた。

 

「……優しすぎるんだよ、アンタはさ」

 

 そうだな――と。抱えた自分の身体を……彼は、自らの胸に預けた。自らが背もたれ代わりになる様に。ちら、と。まだ力の入らない首を傾ければ、何処か恥ずかしそうに視線を逸らす、つるっとした頭が目に入る。

 

「勘弁してくれ。都合よく椅子を用意するとかも出来ねぇからよ」

 

 ――それよりも、と。

 

「ここからは……まぁ、見なくてもいい時間だ。正直、退屈だと思うから、ダイジェストで行かせて貰うぜ」

 

 そう口にした途端――周りの人々が、消え失せていく。ひっくり返った膳が、流れる血潮が、まるで消しゴムで消されたかのように。そして残るのは……元の大広間だけ。

 その代わりに空中に浮かんできたのは、ぼんやりとした輪郭。そしてその中に浮かび上がってくる、何かの景色。

 

家の中を探す姿。子供ながらに、せめて、何かと交換できそうなものを、と。結局一番古めかしそうで、それでいて歴史を感じさせる、筆を選んだ。

獣道。アスファルトで舗装された道路。保護されて、身元不明の子供として過ごす日々。周囲との軋轢。僅かに出来た友達。それでも、どうしても引いてしまう、一線。かつてのトラウマ。

 

『……こうした方が、まだマシだろ。うん』

 

 ぽつりと呟く、寂しげな背中。

 

「……まだマシ、まだマシ。うん。口癖みたいなもんだな」

「口癖……」

「うん――」

 

 結局、何とも交換する事も無く、ずっと持っていた筆。街中をぶらつき――そして、気まぐれに献血でもしようと立ち寄ったその場所で……攫われた。

 

「えっ」

「……びっくりしたよね。ホント」

 

 呆然と映像を見てから、背後を振り返る。十数年前の一件から、あまりにも彼の人生が激動に過ぎる。そりゃあ驚いてもしまう。本当かと振り返れば、ただ黙って遠い目をしながら目の前の景色を眺めている。

 

「……良かったら、式部さんも法螺だって思ってくれないかな。もしかしたらここだけ無かった事になるかも知れないし」

 

 その言葉で、多分本当の事なんだろうな、と思った。

 

 再び、視線を浮かぶ景色に向ける。そして――あ、と。声を漏らした。

景色に映る、行き交う人々。着ている、あの白い服は……確か、カルデアの人達の内の一人、藤丸立香が着ていたものだ。彼は、カルデアという、あの組織に連れていかれたのだろうか。

 

気が付けば、彼も似た様な白い服に身を包んでいた。なんというか、いかつい顔つきに禿げ頭の彼に、絶妙に似合って無くて……くすっと笑ってしまった。

 

 ――そんな時だった。

 

「……あっ?」

 

 今度は……周りの、大部屋自体が歪み始める。和室の作りは……まるで、何処かの地下室かの様な、少し陰鬱な雰囲気の場所に。

 

 そして――その中心に、佇む、その姿は。

 

「……俺にとって。ただ、生きて、死ぬだけの時間だった。でも」

 

 懐かしそうに。目の前の『女性』を見ながら彼は、呟く。零れた言葉は……あふれ出す温かな思いが、滲み出ているかの様に、とても優しい。

 

『サーヴァント、キャスター。紫式部と申します』

「ここからは……俺にとって、温かな……二度と忘れない、春の時間だ」

『文に親しみ、詞に焦がれ、ひとの想いに寄り添う女にて……どうぞ良しなに……』

 

 それは――『私』だった。

 

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