FGO DLC実績『鬼血の継承者』獲得 作:秋の自由研究
――くつくつ、と笑い声がする。
「悲劇ですなぁ――なんとも。『五度目』を如何にせんとする村人たちの健気な抵抗、まさかそれが、眠っていた無慈悲な虎……否、鬼の眼を覚ます事になろうとは!」
……彼の背後から聞こえて来るその朗々とした声が、静かな部屋の中に響き渡る。噛み締められた歯が、ギリっと嫌な音を立てた。何処か楽し気ですらあるその言い方を、どうしても許すことが出来なかった。
だが……自分が咄嗟に踏み留まれたのは。
そうして、好き勝手に言われている当人が――誰よりも静かで。そして。そのリンボの言葉を、受け入れている様に、見えたから。
「……三人を埋められたのは、暫く何にも出来ずに、ボーっとした後だったよ」
そして、何も否定せず。
「そっから、またボーっとして……か。まぁいいや。そこは。だろ」
「ンンン――そうですなぁ? カルデアの皆様にとって重要なのは……この男が、紛れもない『殺人者』である事! そして、その力が暴走した結果が、如何様かという事!」
リンボが両腕を広げる――あたりに広がる凄惨な景色を、殊更に強調して見せるかのように――そんな事をしなくても、嫌でも見えている。嫌でも、分かっている。ここで起きた惨劇の跡が。
マシュが、盾の持ち手を強く握りしめている。周囲の惨状から目を逸らさない様に。
リリィの片手のカリバーンの切っ先が、震えている。それでも尚、悲鳴は上げない。
『――それは、確定していないだろう』
その中で……ドクターが、静かに言葉を紡いだ。
「途中で意識を失った……その間の事は確認できない、ですかな?」
『そうだ。彼の記憶を信じるとするなら、意識がある間だけだ。その間に、何が起きたかまで、前後の状況で『犯人』を確定させる程、僕等だって愚かじゃない』
「ほう、良くぞ言えたものです――逆にこの状況下で、他に何者がコレを引き起こせるというのでしょうかねぇ?」
ドクターの反論に対し、しかしリンボも何処か愉快そうに、当然と言わんばかりに切り返してくる。これ以外の回答などない。言い返せるものならとすら言いたげな様子、口元に浮かんだ笑み、その歪みは深い。
……なんとなく分かる。敵の目的は、この一瞬の為に有ったんだろう。康友の過去のこの一件を、自分達の目の前に引きずり出す為の。
でも、どうしてそうする必要がある?
自分達から、彼を切り捨てさせる為――いいや、そんな訳がない。だって、確かにこの一件は凄惨なものだ。けれど……康友の言ってる事が本当なら、その事で彼を責めるというのも、何かが違う。
「……」
「それに――関係ないのですよ。貴方達が如何に言葉を尽くそうとも。この、当人が、納得している訳が、ございません……ふふふ。そうでしょう?」
それに、リンボの態度も、妙だ。さっきから、ずっと康友の背後に立ったまま。やけに彼に馴れ馴れしく話しかけるというか……康友は、ずっと彼らの兵隊を叩き潰し、第五特異点では直接相対した筈の敵だ。それなのに。
記憶が戻っていない、なら兎も角として……記憶が戻り、能力も戻っている。その状況だ、倒される心配は無くとも、自分達に同時に仕掛けられれば、痛打を叩きこまれて不思議じゃない筈。
この、異様なまでの余裕は、一体。
「何せ、己の手で家族を殺し……そして、のうのうと、ここまで、死にそびれた」
「っ……キャスター・リンボ! それ以上、康友さんを愚弄する様な言い方は……!」
「ンンン――貴女には、分からないでしょうねぇ……この少年の、何処まで行っても惨め極まりない、この気持ちはぁ……!」
康友の肩に、リンボの手がぽんと置かれた。
くつくつと笑う声。己を糾弾するその声にも、まるで窮せず……目の前に立つ彼を背後から見つめる目には、寧ろ何処か憐れみすら感じられる。
「貴方達と出会い、人理修復の旅という大義名分を得て……この日の贖罪の為に、この少年は駆けてきた! いいやそうせざるを得なかったのでしょうなぁ! そうしないと、自分の中に巣食う罪悪感に食いつぶされそうだった……そうでしょう?」
「……」
まるで代弁者の如く、堂々と振舞うリンボ。
その爪の先が、頬を撫ぜる。大丈夫、自分は分かっている、安心して……と、透けた同情を張り付けた、その軽快な語り口、唇を強く引き結んで――それでも康友は何も言わない。ぐっと拳を握りしめて、耐えている。
……贖罪。だから、ずっと前で戦い続けた。後ろに下がる事を良しとしなかった?
リンボのその言葉は、今までの彼の行動の裏付けそのものだった。前線で暴れているのが性に合ってる、と言うのも間違い……ではないとは思うが。
それでも、世界を取り戻す為の戦いで、誰よりも率先して前に出る事が。自分が犯した罪を、少しでも雪ぐための物だった、というなら。
「……それは」
リリィの声は、何処か寂しく、哀しそうな響きだった。
確かに……自分の身を、半ば投げ捨てて、薪にする様な、そんなやり方は……認められるものではない、認めてはいけないものだ。
「あの日の狂気の景色が、彼の頭に染み付いて、離れる事は無かった。故郷が伝えていた忌むべき秘密も、その伝承に狂った村人達も――そして、何よりも、彼らを自らの手で悉く誅戮した己自身も! 許せるものではなかった!」
「……こんな、クソみたいな俺と、クソみたいな力が……もし、誰かの役に立てる、っていうなら。それは、あぁ」
……しかし。今の彼の表情を見て、一体誰が、康友の選択を否定できるだろうか。
彼自身にとっては心の傷の象徴、トラウマの形そのもの――それが、背負った罪を償う為の、か細い光の糸になるというのであれば……ぼんやりと光る程の熱量に、触れただけで肌を焦がされて、痛みに苦しむ事になったとしても。
それは、きっと。
「俺にとっては……『救い』だったよ」
「――しかし、矛盾ですねぇ!!」
……そんな彼の想いを、リンボは、ここぞとばかりに、嘲笑う。
「顔も知らぬ何者かを救う? ンンン――隣人を、家族を、妹を! 無残に磨り潰したその拳で?」
どうやら、自覚はおありだったようですがね、と。両肩に置かれたその手が力強く、彼の身体を掴む。此方に向けられたリンボの瞳が……不意に、三日月の如き鋭い弧を描いて歪んだ。
「――あの日、無残に殺された側からすれば、納得しようも無く」
そのまま、リンボの手によって康友が振り向いた先。
あの日、全員が彼の手にかかった、というのなら。その中に、彼女も居た筈だ。本造院康友の――祖母である彼女が。
康友が、顔を上げる。此方からは……僅かに、震える肩と。今にも消えてしまいそうな小さい背中しか、見えない。まるで今の彼は、処刑台を登る罪人みたいで。
そんな彼を……お婆さんは、黙って見つめていた。壁に立てかけていた白い布に包まれた何かを、片手に握りしめて。
「自ら守ろうとした血族のその手に引き裂かれる、無念――このリンボ、心中お察しいたします……さぁ、吐き出しなされ! その胸の内!」
康友の傍らから離れ……今度は、お婆さんの方へと、リンボが歩み寄る。
はっとしたリリィが剣を構えた。しかし、そんな事を気にする素振りも無く、一歩、また一歩と……まるで、勝ちを確信したかのように、不気味な程に殊更、余裕綽々と、歩み寄る。少女騎士の剣の切っ先の間合いだとしても。
お婆さんの、澄んだ瞳が、ちらりとリンボに向けられる。
リンボは……その掌で彼を指し示しながら、道化の如くにわざとらしく、その頭を下げて見せた。
「今なら、お孫さんも、存分に聞いてくださいますぞ、何せこの時が、彼にとって懺悔の時なれば! さぁ、さぁ、さぁ――!」
「言いたい事はそれだけかい、この外道」
――ざくり
「………………おや?」
「アンタも物の怪の類なんだろうが、生憎だったね。此奴も『平安』から伝わる三条の業物さ……『神秘』とやらは、十分に宿っているだろうよ……!」
思わず、瞠目してしまった。
目にも止まらぬ早業だった。不意を突かれ、
思い出すのは――第五特異点で見た、スカサハ技の冴え。流石にアレに及ぶ程ではないが……しかし、決して見劣りしない、あまりにも鋭い一刺し。はらり、と。解いた布が一歩遅れて、地面に落ちる。
お婆さんの、研ぎ澄まされた薙刀の一撃が――確かに、リンボの身体を貫いた。
という事で、今回の投稿はここまでとなります。
次回更新は……多分、九月だと思います。
もしその時に見かけたら、宜しければ読んでやってください。