FGO DLC実績『鬼血の継承者』獲得 作:秋の自由研究
ぐっ、と。その足が踏み出そうとするのを確かに見たが――しかし、すんでの所で康友はその動きを止めた。目の前で起こっている戦いに、無為に割り込めば五体満足ではいられない。
間違いなく人間離れした力を、今の康友は取り戻している。
しかし――それでも、眼前の戦いに割り込めるほどではない。康友がサーヴァントと相対した事はある。しかしそれは前提として、彼の相棒である式部さんの援護があったからである。しかし、今の『人外』同士の小競り合い入り込む隙は何処にも無い。
「良く見ておられた様で!」
「暇やったしねぇ。母親面しとる化け物っていうのも、よう知っとるし」
「――成程、納得!」
爪牙を交え、互いに弾き合い下がったその刹那に言葉を交わす。その一瞬ですら、恐らく割り込む暇は何処にもない――そして恐らく、マスターである彼がほんの僅かでも油断を見せれば、その僅かな隙を塗ってリンボは襲い掛かって来る。
だから、ただ立っている訳じゃない。康友自身も話に耳を傾けつつ、そこから感じられるような、僅かな変化すら逃さないようにしているのだろう。
「ほんま、ようよう元気やったねぇ――うちは死んでも『ああ』はならへんやろし」
――響き渡る音は、まるで鋼の槍が鎬を削る様なそれだ。
「追い立てられ、流れ着いて……ふふっ、そないに惨めやったんやろか?」
「華やかな都から落ちぶれたその生活、耐えきれるものではありますまい。人とは斯様なモノ――貴女もそれをご存じかと思っていましたが」
「えぇ、そうなん? 分からへんかったわぁ」
くつくつと、花咲く様に笑む酒吞童子。天から降り注ぐ暗い雷が、飛び跳ねる彼女を打ち落とそうと暴威を振るう。そんな中でも『答え合わせ』はずっと続いている。リンボが苛立たしさを隠そうとせず、彼女の口を封じようとしている様に攻勢を強めている事こそが、彼女の言葉が正しい事の裏返しか。
……しかし、酒吞童子の口にするその話は、自分達にも聞き覚えがあるものだった。
「都から追い出されたって」
思わず、口からポツリと零れ落ちた。
『――生まれたこの子が、何れ人の世に災いを齎します様に、と願ってね』
この村の始まりとなって、最後には呪詛になり果てた女の話。
彼女の呪詛は、巡り巡って、村そのものを滅ぼす程の大きな嵐にまで膨れ上がった。しかしそれだけでは終わらなかったというのか――聞き逃せないその一言に、一瞬視線を逸らしそうになったが、しかし僅かな迷いを圧し伏せ、敵に向き合う。
黒武者の数はかなり減った――だが連れて来たのは木偶ばかりという訳でもない。振るう一太刀の鋭い荒武者が一騎、斬撃で巧みに陣を築く剣客が一騎、それぞれマシュとリリィを相手に、未だ競り合いを続けている。
「っ……」
故に――万が一の際に、彼女達を援護出来る様に。マスターとして、ただ背後に立つという歯痒い覚悟を決める。疑問を口にする事も出来ない。眼前の敵もリンボと同じだ。一瞬でも隙を見せれば食らい付いて来るだろう。
だから……口を出したくても、出せない。
この舞台に上がる事すら、そう容易くは許されない。
「同じモノに連なっても――向こうは『壊れかけ』、こっちは『壊れっぱなし』やねぇ」
「……」
「少しずつ、大きゅうなって。それでやる事が……ふふっ、おかしくてたまらんわぁ。結局、何をやりたかったのかも忘れて。哀れな蟲や」
――ぞわり、と。
そんな一瞬。
背筋に、冷たいものが走る。
「っ……そう煽らないで頂けますかな?」
「そない言われても困るわぁ――手綱握れへんのは、其方の無様やさかい」
それが一体、どこから来たのか――改めて、前方を見つめ直す。二人と競り合う黒武者達。その身体から、ヘドロの様な何か、瘴気が溢れ出している様な。
……あの瘴気、何処か見覚えがある。そうだ、あの岩屋の洞からあふれ出し、亡霊達を顕れさせたあの時のそれに、そっくりだ。
「ねぇ、聞こえてるんやろ?」
鈴を転がした様なその声で、目の前のリンボに話しかけているのだろうか。けれど、それなら無為に思える問いをしたのだろうか。そして……その問いかけに、足元に渦巻く暗い霞が触手の様に蠢いたのは、気のせいなのだろうか。
ぎりっ、と。歯を軋ませる音が、此方の耳にも届く――瞬間、マシュの目の前の黒武者の巨体の背が、僅かに震えたように見えた。走った悪寒が、頭の中に響く警報へと取って変わる。
「――マシュ!」
咄嗟の叫びに応えるように、マシュのシールドバッシュが眼前の剛撃とかち合い、鎧を纏った巨体を押し返す。ぐらつきながら、地面に膝を突いたその身体――瞬間、その胴鎧を突き破り、透き通って細長い『何か』が姿を現した。
「うっ……!?」
呻き声。
それは、細枝の様に枯れた腕だった。ゴーストの様にも見える。無秩序、不規則にそれらは溢れ出して、捻じれ、蠢く。手招く様に、陽炎の様に。
――絶叫。
黒い巨体が、金切り声を上げた。直後、中心、腋、肋骨から吹き出た、蛞蝓の如くのたうつ凶器が、マシュへと向けて、押し寄せるかのように伸び来る。
咄嗟に、起動させた礼装の効果を発動させる。緊急回避とコードの付けられたそれは思考を加速させ、敏捷性を極限まで引き上げる。直後、彼女の立っていた地面を『漁る』かのような狂襲が抉りとった。
「ありがとうございます、マスター」
「大丈夫。それより」
「――あの人たち、どうしちゃったんでしょうか……!?」
ワンテンポ遅れ、此方へと飛び下がって来たリリィが、困惑の声を上げている。正直自分が聞きたい位だが……しかし確実な事が一つ。
アレは、恐らく。酒吞童子の言葉で『目を覚ました』のだ。
此方を見つめる黒い洞に、濁った白が浮かび上がる。面皰の奥から溢れ出すのは鼻の奥が焼ける様な腐臭だ。その手に理をもって構えられていた太刀が、ただの鉄の棒へと変わっていく。
だらりと下がった両腕。それとは逆に激しくのたうつ躯の腕は、まるで寄生虫だ。
「ドクター、あれって……!」
『……反応に変化あり! パターンはゴーストだけど、類似しているのは……本造院君の魔力反応か!?』
「っ!」
ドクターの言葉が、疑問に応えをくれた。
「へぇ、最後には『ああ』なるんやねぇ」
「……えぇ、お陰でもう私の意志を離れ、操る事も叶いません。全く酷い事をなさる」
「『混ざり物』なんて使うからちゃうん?」
――かちゃり、と。
そんな二対の巨体の震えが、突如止まって……その顔が、ぐるりと酒呑童子の方へと向けられた。咄嗟に、マシュとリリィがその間に割り込めば、苛立たし気な唸り声が喉の奥からあふれ出す。
間違いない、あの二匹……今は、酒呑童子を狙っている。
いや。時折、震えと共にその首が傾けば。康友の方へも、濁った視線は向かっている様にも見える、だろうか。
「――旦那はんも良かったやん。あそこまで行ってしもたら、取り返しつかへんよ?」
「……何の話か、って言いたかったんだがなぁ。はっ、察しが良いのも考えもんだ」
整える様に、息を吐いて。
リンボを見つめる康友の眼が、鋭く、吊り上がる。
「テメェ――婆にも似た様な真似をするつもりだったな」
その言葉に、先程のリンボの様子が結びつく。お婆さんを前に、あからさまに懐を開く態度、何かしらの細工と言うのは、目の前のこの光景を表していたのか。
今、あの黒武者を乗っ取っているのは、鬼や、その血族を求めて彷徨う怨霊。即ちは村の始まり、初代の継承者の母親のそれだ。
「……」
「どういう意図だったかは知らねぇが……アサシンが外で狩って無けりゃ、その生えてる幽霊染みたのが、婆のカラダにも詰め込まれてたわけだ!!」
どずん、と大地を震わせる轟音。頭から生え出た雷のような角が、バチバチと音を立てて爆ぜていた――当然だ。今の黒武者の有様が、お婆さんの末路だったかもしれないとするなら。誰よりも、彼は激情を抱いてしかるべきだ。
――静かに、リンボの口元が弧を描く。
言葉にこそしなかったが。それは、康友の怒りに対する、静かで、しかし雄弁な。悪逆な術師からの……回答だった。
舞台裏で色々やってた登場人物が……多い……!