FGO DLC実績『鬼血の継承者』獲得 作:秋の自由研究
――暗闇に、彼女は立っていた。
紫紺の髪。麗しい神だった。
その美貌は、到底こんな殺風景な暗闇に立っていていい存在では無かった。誰からも愛玩され、誰からも傅かれる。そんな神だった。
彼女、ステンノに何時もの姿と違いがあるとすれば。二つに括っていた髪は、髪飾りを外されて、長髪になっている事くらいか。
彼女は思考する。形ある島から攫われた事。正に一瞬の出来事。
二人の……護衛的な存在。彼女達が目を離した一瞬で、信じられない程に機敏な動きで攫われた。黒い、シャドウサーヴァントと呼ばれていた存在に。
一人だけ潜んでいたのだ。気づかれぬように。
「――全く、なんなのかしら。こんな所まで連れてきて」
そこからは、なんだかいけ好かない魔術師と対面させられて。此処まで連れてこられたのである。彼女の機嫌はもう最低も最低を更新していた。正直、舌打ちをかましてやりたいがしかし。女神としてのプライドが、それだけは堪えさせていた。
そもそも。
彼女は、特別鋭敏な感覚がある訳ではないが、しかし。この場所の空気が“良くない”事くらいは分かっていた。普通の人間ならここに居るだけで、徐々に病んで行っても不思議ではない程に『淀んでいる』。
こんな所に女神を放っておくなど、不敬だとかが言語道断レベルである。ステンノの不機嫌メーターは、既に限界を振り切っていた。
ホント、神の怒り、恨みという物を思い知らせてやろうか。等と。出来るかどうかも分からない事を夢想するくらいには。
『ンンン! そう警戒なさらずとも宜しいかと、麗しきゴルゴーン三姉妹の長姉殿!』
――ふと、声が聞こえた。
何も無い闇の底から。おっそろしく胡散臭い声だ。いろんな人間を見て来たが、それら等足元にも及ばぬ程に胡散臭い声だ。多分、神罰を与えられるような力があれば声を聴いた瞬間に『あ、コイツはやっておいた方が後で良いな』と、やる。絶対。
こんな奴の言葉を欠片でも信じようものならその時点で自業自得は確定するだろう。
「あらあら。貴方は何方様? 私に何か御用なのかしら?」
『取り繕う必要はございませんぞ。貴方様がどのように我々の事を考えているかは凡そお見通しですので。ハイ』
「――そう? であればさっさと返して欲しいのだけど。こんな空気の悪い所にいたいけな少女を一人置いておくなんていう礼儀知らず共の元に、一秒たりとも居たくないのよね。汚れる気がするわ」
『ンンンンンン! 予想以上のお言葉。これは拙僧も思わず笑いが零れるという物』
取り敢えず、全力で煽ってみたが……まるで効いている気がしない。
感情を制御出来ている、というよりは。そもそも彼女の言葉に対する、本人の感覚自体が違う……と言った感じか。こういう手合いとはマトモに話すだけ無駄なのだ。
そして、そんな厄を固めたような男は、今、少しずつ暗がりから姿を現していた。その服装は、少なくとも西洋のモノとは思えぬような意匠である。
『しかし申し訳ありませぬ……我々としても、貴方様を帰す訳には参らぬのです』
「あら、どうして? こんなか弱い少女一人。贄にしたとしてもたかが知れていてよ?」
『ご謙遜を。貴方様の高貴な血であれば、一人でも生贄には十分に過ぎるという物でしょう、とはいえご安心をステンノ様! 貴女の役割はそれではございません』
それは恐らく、東洋の着物と呼ばれるものではないかとステンノは判断した。となれば少なくとも、ここは自分が居たあの“ねじれた”時代ではないのだろう。聖杯の知識が、初めてマトモに役立った気がする。
そして……その着物を着た存在は、意外にも大柄な体をしていた。声からして、細い体の、暗躍を得意とする類の輩ではないか、と推測していたのだが。寧ろ、勇士として称えられても、辛うじて問題ない程度には、肉付きが良い。
「――我が主は、貴女の『存在』をこそ求めているのです。何かを奪おうだとか、その様な乱暴な事は、とてもとても」
まるで、獰猛な肉食獣を想像させるような男だった。
そんな要素はどこにもない。しかし、その男は獲物を前に、牙をむいて喰らい付き、しゃぶりつくす。骨しか残さない。そんな光景が容易に思い起こされる。
猫を被る……否、人の皮を被って化けているのだ。目の前の男は……そう思えてならなかった。
「そう。貴方の様な男が仕えている相手、という時点で凡そマトモなご主人様では無いわね。麗しき肉食獣さん」
「ははっ! 彼の希臘の女神からそのように例えて頂くとは! 何と最早恐悦至極にございますれば……まぁ我が主が真っ当な輩ではないのは保証いたしますが」
「あらそうなの? 部下からもそのように言われるなんて、素敵なお方なのね」
「えぇ、えぇ! この私めを従えるお方ですから……あぁ、これは申し訳ありません。ご挨拶が遅れまして」
暗がりから、完全に姿を現した男は、白と黒に分かれた珍妙な髪色の頭を、彼女の目の前に垂れた。下げ切る前に、その顔に裂けるような笑みが浮かんでいたのを、見逃しはしなかった。
果たして……ステンノは、その笑顔がただの癖にも等しい物なのか、それとも自分を嘲笑っていたからその様な顔をしていたのか、その何れでもありはしないのか。
少なくとも、何れの可能性であっても間違いなくその笑みは此方に向けられる刃の如くに、酷く攻撃的で、刺すようで。
「私、キャスター・リンボと申します。以後多く貴方様の眼前に馳せ参じるこの身なればよくよく覚えて頂ければ、幸い!」
リンボ。
聖杯から与えられた知識によれば、とある聖者を崇める宗教においての地獄であるとの事だ。そんな名前は本名な訳が無いので、明らかに偽名だ。
名前すら名乗るつもりがないのは……やはり、此方の事を警戒しているのだろうか。
名前というのは、それだけ重要な情報だ。神霊を相手に迂闊に名乗りを上げない、というのは適切な知識を持っている者でなければ出来ない対処法だ。
「えぇ。分かった。今すぐ忘れておきますわね」
「ンン、なんとも手厳しいですなぁ」
「それで……そのリンボさんだけを寄こして、主様は来てくださらないのかしら?」
「申し訳ありませぬ。我が主も些か以上に忙しく。何分敵の多い方ですので。というよりこの世にあるだけで衆生の仇として扱われていらっしゃるので、敵しかいない、というのが正しいのですが」
その一言が本当なのであれば、胡散臭いこの目の前の術師に加えて、敵以外がほぼ存在しない主も居るという。正直、捕まる相手としてはこの上なく最悪なレベルではないだろうか。思わず顔も歪んでしまうというもの。
「さてステンノ様。此方の自己紹介も終わった所で……此方の要求をお伝えしたいのですが、宜しいかな?」
「お伝えも何も、私は此処から出られもしないか弱い女神よ。何をされても抵抗すら出来ないのですから、何も言わずに強行すればよろしいのでは? そもそも、貴方の役に立てることなんて無いけれど?」
繰り返すようではあるが。ステンノ自身、自分が戦の最中で何か出来るサーヴァントであるとは欠片も思っていない。居るだけで崇められる才能ならそこらの神など物の数にもならない程あると自負してはいるが、それ以外では過信などした事も無い。
贄として使わない、と宣言していて、加えて、今でも敵がわんさかいるかのような言い回し。ならば何のために自分を攫って来たのか……いよいよ話が見えてこない。
「いいえいいえ!! お忘れですか? 貴女様は、居るだけで価値がある、と申し上げたではありませんか」
「……ただの戯言、若しくは比喩だと思っていたのだけど」
「全くその様な事は! 故にこそ、我らはこう頼むのですよ……『何があっても、そのお心に正直にありますよう』、と」
そんなステンノに……リンボは、そう笑いながら、のたまった。
「ふぅん。では、ここから出して欲しい、というのも言って良いのかしら? 幾らでも」
「当然! それを叶えるか否かは我々次第ではありますが……貴方が、ご自分の心に正直にあればあるほど、我々としては好都合。諦めてもらうなどとんでもない!!」
いけませんその様な事、等といかにも大袈裟によよよと顔を伏せる姿に、余計に苛立ちと不信感が募る。けれど。
何もかもが意味が分からない。自分を拘束するだけしてはいるが……その一点を除けばもはやそれは自由にしていろ、と言われているのとほとんど同じではないか。それは。
自分が此処から抜け出せるとは思っていないのか。それは間違いないとは思うが。しかしながら、自分を伏兵で攫い、そしてここに幽閉するまでの鮮やかな手並みをやってのけた連中とは思えぬ杜撰な管理だ。
嘘か、それとも。
「……随分とお優しい事。そこまで言うならお好きにさせてもらいますけれど」
「ご随意に。要り様の物が在ればこちらにお申し付け頂ければ」
――だが。
目の前の男が取りだした人型の札は、男が宙に放り投げ、印を結べばその姿を黒い影法師に変えた。出された命令を聞くだけの使い魔の類、要するに召使という事か。至れり尽くせりである。
ここまで来て、自分を騙す意味はあるのだろうか。少なくとも、ステンノには思い至らなかった。
「じゃあ、先ずはお願いしようかしら」
「はい」
「――椅子の一つでもさっさと持ってきてくれるかしら。立ちっぱなしで居るのはちょっと疲れるのよ。それとも、その召使が椅子代わりになってくれるの?」
となれば。ステンノは、目の前の男に視線を向ける。
今は、女神らしく、傲慢に、怯む事も無く……その提案に乗ってやろうと、取り敢えずは目の前の男の顔を少しでも歪めてやろうと、我が儘に言葉を紡いだ。
次が前回越えられなかった山場の第三特異点なので、頑張りたいと思います(震え声)