Monster Hunter : World War   作:Soh.Su-K

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第一章
柳緑の群、鮮血の洗礼


 ミズガル神聖帝国領内北部、辺境の村・ココット。

 フィロータ山の南西の裾野にあるその村は、百人程度の住民が暮らしている。

 年間を通して涼しい気候で、麦と畜産が主な産業だ。

 特産品として、近くの森で摘採される『特産キノコ』があり、帝都やその他の都心部で高級食材として有名である。

 しかし、ほぼ帝国の北の端で他の村とも離れており、わざわざ訪れる人間と言えば行商人くらいで、人の往来など殆どないに等しい。

 そんなココット村で、モンスターハンターを目指す若者二人の最終試験が始まろうとしていた。

 アルバート・ウィルジナ、十七歳とバーニエル・ロイスダール、十七歳。

 憧れのモンスターハンターになるべく、今から始まる最終試験に臨む為、教官の前に並んで立っていた。

 

「という訳で、今日が最後の訓練だ!内容は頭に叩き込んだか?アルバート!」

 

 クエスト内容が記載されているであろう羊皮紙を片手に、教官はアルバートを指名した。

 

「え?その!アレだよ、アレ!」

「バッカモーン!」

 

 あたふたしているアルバートの頭に教官のゲンコツが風を切って飛んできた。

 

「イデッ!」

 

 鈍い音とアルバートの間抜けな声が室内に響く。

 

「バーニエル!ミッション内容を言ってみろ!」

 

 バーニエルは返事をした後に、スラスラとよどみなくミッション概要を喋り始めた。

 

「ミッションは『ジャグラス』の討伐。数は七。最近になって個体数が増え、村の農作物への被害が出始めたため、村長から討伐依頼が出されました」

「流石はバーニエル!」

 

 自分が答えた訳でもないのに、何故か得意げになるアルバート。

 

「よし!アルバートはバーニエルを見習え!馬鹿はすぐ死ぬ!」

 

 アルバートの様子に呆れた様に教官が言った。

 

「誰が馬鹿だ!」

 

 再びゲンコツが飛んでくる。

 

「イデッ!」

「お前だ馬鹿モン!」

 

 教官に殴られた頭をさするアルバート。

 

「いいか、常に『自分はどう行動すべきか』、『次に何が起きるか』、『生き残るには何をしたらいいか』を考えろ!常にだ!」

 

 教官の説教が始まった。

 

「こうなると長いんだよな……」

 

 アルバートは不満げに呟いた。

 

「教官に聞こえますよ」

 

 バーニエルが小声でアルバートを諫める。

 

「アルバート!貴様だ!貴様に言っている!」

「分かってますよ!『常に考えろ、思慮深くあれ』でしょ?」

「分かっているなら行動しろ!このミッションを終えれば、正式に村のハンターとしてギルドに登録されるのだ!そうなったら、自分の知恵と力のみで生き抜かねばならん!短慮な行動は死に直結する事を忘れるな!」

 

 三度のゲンコツがアルバートを襲う。

 

「いってぇ!」

「とにかく!気を引き締めていけ!」

 

 教官の言葉を合図に、二人はジャグラスの討伐が始まる。

 無理やり追い出されるようにして、アルバートとバーニエルは狩猟場へと向かうのだった。

 

「教官殿」

 

 小さな影が教官の背後に音もなく現れた。

 

「村長……」

 

 教官が振り返る。

 そこには年老いた小さな竜人が立っていた。

 杖を突いたこの老年の竜人こそココット村の村長、モンスターハンターの祖とされ、『ココットの英雄』とも呼ばれる人物だ。

 まだハンターという職業が存在せず、人間が今以上にモンスターの脅威に脅かされていた時代に、彼が三人の仲間と共にモンスターを狩ることを生業としたことがモンスターハンターの始まりと言われている。

 今では飛竜などを相手にした大規模な討伐作戦は国の『騎士団』が行うが、村や地域単位の小さな依頼は未だにハンターが担当しており、ハンターズギルドも全盛期ほどではないが、しっかりと機能している。

 国の騎士団とギルドも連携しており、ハンターが現地調査し、その情報をギルドと国が共有、場合によって『騎士団』を出動させるというシステムが構築され、被害が広範囲に及ぶ場合は騎士団とハンターが共同で作戦を行う事もある。

 騎士の登場により、狩猟は飛躍的に楽になったが、騎士団だけでは手が回らないのも現実で、何よりも騎士は既に『国の軍事力』であるため、災害規模の被害が出る、もしくは出ると予測されない限り、騎士団は動かせないのも事実だ。

 ココット村のような辺境の土地は、ギルドへ依頼を出したとしても、ハンターが派遣されるには時間が掛かる。

 村専属のハンターを抱える事は、村にとって非常に有益である上、ギルト側からしてもココット村周辺の異常をすぐに察知できるのはありがたいのだ。

 

「二人は出立したようじゃな」

 

 村長は窓から外を眺めながら言った。

 

「はい。バーニエルは問題ないでしょう、あいつは常に思慮深い。考えすぎて動きが止まってしまうのが玉に瑕ですが、そこは現地で経験を積めばどうにかなるレベルかと」

「うむ、そのようじゃな」

「問題はアルバートです」

 

 教官は溜息をついた。

 

「向こう見ずで頭より身体が先に動いてしまう。土壇場で博打を打つ癖も良くない。バーニエルとのツーマンセルならまだしも、単独での狩猟には向かないでしょう」

「フォッフォッフォ、ワシの若い頃の様じゃ。なに、アルバートこそ、現場での経験を積めば化けるかもしれんぞ?」

「……、村長もそうお考えでしたか……。実際、いざとなった時の状況判断の早さはアルバートの方が上ですし、なにより適格です。向こう見ずされ治れば……」

「そう急くでない。今日のミッションが終われば、正式にギルドへ登録してやればよい。あとは他のハンターたちと共に切磋琢磨するのが良いじゃろう」

「だといいのですが、森が既に……」

「大丈夫じゃ。今は見守るしかない」

「……、はい」

 

 二人は静かに外を眺めた。

 

「そうじゃ、ここ数日のうちに客人が訪れるやもしれん」

「客人?誰です?」

「ワシにも分からん。来るかすら分からん。じゃが、用意だけはしておくように、皆に言っておいてくれ」

「承知しました」

 

 会話が終わると、二人はそれぞれ仕事に向かった。

 

 

 深い森と見晴らしのいい丘陵地に、その間を流れる川と遠くには高い山々が見える。

 緑豊かなこの森と丘を北に行けば、ヘ=ニヴル福音連邦との国境がある。

 国境と言っても綺麗に線引きされているわけではない。

 このシルクォーレの森を抜ければ連邦、その手前が帝国、その程度の境だ。

 森の東側には険しい山々が続き、人が越えられるものではない。

 実際、連邦の国境警備隊がウロウロしているのは森の北側のみで、東の山脈に人はいない。

 森の北部へ下手に近付けば、国境警備隊に見つかり、拘束されることになる。最悪の場合、その場で殺害される事も有り得る。

 そんな物騒な森になってしまった原因は、ミズガル神聖帝国とへ=ニヴル福音連邦の約百年前の戦争だ。

 元は大ミズガル帝国と言う一つの国であった。

 全ての始まりは今から百七年前、大ミズガル帝国の首都・トールキンで十数名の学生による小さな民主化運動だった。

 やがてこの運動を『革命』や『聖戦』と称し帝国内に潜伏していた反政府武装組織が表立って介入し始め、帝国領内の各地に飛び火し、大きな内戦に発展した。

 事態は日増しに泥沼化し、これを重く見た当時の帝国政府は早期収束の為に、帝国の正規兵である『騎士団』の投入を決行。

 『騎士』の力は圧倒的なものだった。

 学生の活動家と小規模な反政府武装組織の寄せ集めでしかなった『自称革命軍』は、反撃もままならないまま北へと後退せざるを得なかった。

 そして革命軍が逃げ込んだこの北部の深い森で、後に『シルクォーレ戦役』と呼ばれる、帝国が大敗を期した一年に渡る長き戦闘が起きる。

 帝国軍に対し、革命軍はゲリラ戦を敢行し、攻めあぐねさせた。

 支援として他国の正規騎士団が革命軍へ秘密裏に派遣されたとも言われている。

 何十人もの騎士が日ごとに行方知れずになり、その多くが原形をとどめない死体となって、帝国軍が進む進路に待ち構えていたと言う。

 補給線は早々に潰され、前線は孤立、前進も後退も出来ない程に帝国軍は追い詰められ、疲弊した。

 四六時中、何処から襲われるか分からない状況の中、正気を保てる兵士など皆無に等しかった。

 精神的負荷が極限の状態のまま進攻するには、このシルクォーレの森はあまりに広過ぎた。

 結果、帝国軍は進攻を断念し、シルクォーレの森以北の土地を放棄、そこに新たなへ=ニヴル福音連邦と言う国家が生まれた。

 それ以来、帝国と連邦は『薄氷条約』とも揶揄される停戦条約を締結する事で、形式上の終戦を向かえたが、睨み合いは未だに続いている。

 そんな緩衝地帯とも言える森の手前に、ココット村から一番近いベースキャンプがある。

 

「さて、到着っと」

 

 アルバートとバーニエルはそのベースキャンプへと降り立った。

 ベースキャンプとは、ハンターが狩猟の準備を整えるたり、休息を取る場所である。

 岩壁と木々に囲まれたこのベースキャンプには、ハンターズギルドからの支給品を納めた箱に、納品用の箱、休息用のテントの中には仮眠のためのベッドもある。

 テントの裏手には小さな池があり、数種類の魚が泳いでおり、ちょっとした釣り堀になっている。

 

「アル、応急薬と携帯食料はちゃんと持ってて下さいね」

「りょーかい」

 

 装備や持ち物の確認をしている間に、二人をここまで運んできた二匹の翼竜が飛び去って行った。

 村とベースキャンプを結ぶルートを覚えさせた翼竜を使う事で、この二カ所を難無く移動出来るようになっている。

 特にこのベースキャンプは、陸路による出入り口が狩猟場となる丘の方向を向いた一つしかなく、村から直接ベースキャンプへ入るには、翼竜を使って空から降り立つ以外にないのである。

 ベースキャンプを迂回すれば、狩猟場から直接村へ戻るルートもあるが、そこを使う人間は滅多にいない。

 ベースキャンプ唯一の出入口も人間一人がやっと通れるくらいの小さな穴で、中型以上のモンスターは入ってこれない。

 ハンターが安心して利用できる作りになっている。

 

「よし、準備完了!」

「行きましょう、アル」

 

 それぞれの武器を背負い、二人はベースキャンプを出た。

 出入口を通り、モンスター避けに作られた段差を降りる。

 左へカーブした道沿いに歩くと、すぐに開けた場所へ出る。

 浅い川が横切る広い草原。

 川の手前で左に曲がれば森へ向かう道、川を越えれば山へ向かう上り坂だ。

 草食種・アプトノスが絨毯のように生い茂った草をゆっくりと食んでいる。

 

「いつ来ても、ここは長閑だな~」

「アル、今日は討伐なんですから、もう少し緊張感を持ってくださいよ……」

「そういうバーニィだって緊張してないじゃんかー」

「それを言われたら、僕の説得力がなくなるじゃないですか」

 

 二人は談笑しながら、森へと続く道へ向かった。

 胸くらいの高さの段差をよじ登り、獣道へ分け入る。

 

「アル、そろそろジャグラスのテリトリーです。あまり騒がないでくださいね」

「わーってる」

 

 二人は中腰に屈んだまま、コソコソと移動する。

 森の中でも開けた場所に出た。

 壊れて朽ち始めたテントの残骸、潰れた焚火跡、地面に残る爪痕。

 ここは以前利用されていたベースキャンプの跡地だ。

 モンスターから襲われにくい造りだった筈だが、一匹の飛竜によって無残に破壊された。

 その際、三人のハンターが犠牲になったらしい。

 それ以来、ベースキャンプは現在の場所に移され、ここはモンスターの縄張りになった。

 

「バーニィ、ジャグラスいねーじゃん」

 

 アルバートが小声でバーニエルに訊ねる。

 討伐依頼に添えられた現地調査書類には、このエリアにジャグラスが数頭目撃されているとの記載があった。

 しかし、いくら辺りを見渡してもジャグラスなどいなかった。

 

「ここがジャグラスの巣になってるんじゃないかとの情報だったんですけど……」

 

 バーニエルが隈なく辺りを探る。

 

「アル、見てください!」

 

 バーニエルがアルバートを呼んだ。

 

「なんだ?」

「これ、比較的新しい捕食跡です。大きさからすると子供のアプトノスでしょう。肉食のモンスターが根城にしてるのは確かなようです」

 

 アルバートが不意に空を見上げた。

 

「アル?」

 

「バーニィ!茂みに隠れろ!」

 

 咄嗟にアルバートが指示を出す。

 二人は近くにあった茂みに身を隠した。

 息を潜めていると、何処からともなくワラワラとジャグラスが二十匹近く現れた。

 

「やはり、ここがジャグラスの根城になっていたみたいですね。それにしても数が多過ぎます」

 

 バーニエルがアルバートに耳打ちする。

 

「バーニィ、嫌な予感がする……。こいつらだけじゃないみたいだ……」

 

 アルバートはある方向を睨みつけていた。

 その嫌な予感はすぐさま現実となる。

 大地を踏みしめる一際大きな足音が、アルバートが睨んでいる方向から近付いてくる。

 バーニエルも茂みの中から、足音の聞こえる方向に目を凝らす。

 その音の主は、木々の間からゆっくりと姿を現した。

 

「ドス……ジャグラス……」

 

 牙竜種・ドスジャグラス。

 ジャグラスの群れを率いるリーダーで、『賊竜(ぞくりゅう)』の異名を持つ。

 『森の大食漢』とも呼ばれ、大柄なアプトノスすら丸呑みにする大型モンスターだ。

 気性は荒く、空腹時はさらに拍車がかかる。

 ここで見つかってしまっては命がない。

 二人はとにかく気付かれないように息を潜めた。

 ジャグラスたちはしきりに匂いを嗅いでいる。

 アルバートたち人間の匂いを嗅ぎつけているのだろう。

 しばらく警戒していたが、二人を探し出せずにいた。

 もういないと判断したのだろう、ドスジャグラスとジャグラスはそのまま去っていった。

 

「はぁ……、まさかドスジャグラスがいるとは思いませんでした」

「けど、アイツも倒しちまえば、ここらを縄張りにしてる群れもいなくなるんじゃねーの?」

「僕らにドスジャグラスはまだ早いです」

「そうか?いけるんじゃねーの?」

「アルは能天気過ぎです……。それより、ミッション内容を変更する必要が出てきましたね。一度、村に戻って教官に指示を仰ぎましょう」

 

 バーニエルは来た道を帰ろうとする。

 ドスジャグラスの存在は予想していなかった。

 ジャグラスのみであれば、見習いの二人でも問題なかったが、ドスジャグラスもいるのであればギルドへ正式に依頼を出し、ハンターを派遣してもらわなくてはならない。

 二人はまだ見習いで、ギルドへ正式に登録された訳ではなく、言ってしまえばまだ民間人扱いである。

 経験や知識が不十分な民間人による大型モンスターの狩猟は禁止されているのだ。

 それは常識であり、帝国の法律でも禁止されている。

 

「いや、指定された数だけ、ジャグラスを倒せばいいんだろ?だったら、ドスジャグラスに気付かれないようにやればよくね?」

 

 あっけらかんと言うアルバート。

 

「能天気の程があります……。ドスジャグラスだけじゃなく、他の大型モンスターまで出てきたらどうするんですか?」

「大丈夫だろ、いこいこ!」

 

 アルバートがずんずんと森の奥へ進んでいく。

 

「ちょっと!もう……」

 

 バーニエルはしぶしぶアルバートについて行った。

 

 

「いたいた!」

 

 旧ベースキャンプ跡から少し山側に進んだ場所、まるで誰かが意図的に作ったような真っすぐに伸びる林道を抜けると、山の中腹に出る。

 アルバート達はその林道にいた。

 茂みに身を隠しながら、三匹のジャグラスがじゃれ合っている様子を見ている。

 

「バーニィ、行くぞ!」

「はい!」

 

 アルバートが茂みから飛び出す。

 バーニエルも茂みから立ち上がった。

 

「おら!」

 

 アルバートが武器を手にした両手を前に突き出した。

 手にしているのは双剣。

 片手剣から盾を捨て両手に一本ずつ短剣を構えるスタイルだ。

 片手剣以上の連撃による徹底的な攻めが持ち味の攻撃特化型の武器である。

 

「アル!無茶はダメですよ!」

 

 バーニエルはアルバートがジャグラスの攻撃を躱す瞬間を見極め、引き絞った矢を放つ。

 バーニエルの武器は弓。

 スタミナと引き換えに弓を引き絞り、その時間によって矢の攻撃性能が変わってくる。

 最大火力となる距離を把握し、常にその距離を維持する事が重要な武器である。

 

「わーってる!大丈夫だ!」

 

 そう言って、ジャグラスの噛みつきや飛び掛かりを紙一重で躱し、肉薄する距離を保ったままアルバートがジャグラスを刻んでいく。

 

「アル!後ろ!」

 

 バーニエルが叫びながら矢を放つ。

 背後から噛みつこうとしていたジャグラスの胴体に、深々と矢が刺さる。

 のけぞったジャグラスをアルバートは振り向きざまに斬り伏せた。

 

「まだいます!」

 

 バーニエルの声と同時に、先程切り伏せたジャグラスの更に後ろに隠れていた一匹がアルバートへ飛び掛かった。

 

「くっそ!」

 

 避けきれない。

 アルバートはさらに一歩踏み込み、左の剣を振り上げた。

 

「アル!!」

 

 一瞬の出来事だった。

 アルバートもジャグラスも立っていない。

 バーニエルが駆け寄る。

 アルバートは立っていた位置から少し離れた場所に倒れていた。

 

「アル!大丈夫ですか!」

 

 バーニエルが身体を揺すると、アルバートが目を開けた。

 

「痛たたたた……、何とか無事だ」

「もう……、心配させないでください……」

 

 アルバートは無事だった。

 

「さっきのジャグラスは……?」

 

 バーニエルが見回すと、上下真っ二つになったジャグラスの死体が近くに転がっていた。

 

「倒したんだけどな、死体からの攻撃を喰らっちまった」

 

 そう言って、アルバートは胸をさする。

 防具の胸の辺りが綺麗に切れ、少し素肌が覗いている。

 ジャグラスの爪で切り裂かれたのであろう。

 出血している訳ではないので一安心と言えよう。

 

「もう……、無茶な戦い方はやめてください……」

 

 怪我という怪我もしておらず、ひとまずバーニエルは胸をなでおろした。

 

「これで、あと二匹だな!」

 

 アルバートは、倒したジャグラスから素材を剥ぎ取りながら言った。

 

「早めに引き上げましょう。何だか嫌な予感がします……」

 

 バーニエルが周りを見渡しながら言った。

 この場所は比較的モンスターの往来が少ない。

 大型モンスターの目撃情報も皆無ではないが、他の場所に比べて極めて少ないので、気楽に採取などに勤しむことができる場所の筈だった。

 しかし、ここ最近ではジャグラスの往来が多くなっているようだ。

 そこら中にジャグラスたちが食べ散らかした跡がある。

 空気の綺麗な林道だった筈が、今は死臭の漂う禍々しい雰囲気だ。

 

「不吉なこと言うなよ、バーニィ。用心の為に、ドスジャグラスが来た方向に向かったんだろ?鉢合わせする心配はないだろー」

 

 緊張感の欠片もないアルバートは、さらに奥へと進んでいく。

 

「アル!戻って下さい!」

 

 バーニエルが大声でアルバートを引き留める。

 

「何だよ?」

 

 アルバートが振り返ると、バーニエルは大きな木の根元近くに付着した黄色い粘液を採取し、その匂いを導蟲(シルベムシ)に覚えさせる。

 

「何だ?これ」

「アンジャナフのマーキングです」

 

 獣竜種(じゅうりゅうしゅ)・アンジャナフ。

 くすんだ桃色の鱗と背中から尻尾にかけて生えている黒い体毛、普段は背中に格納されている翼、更に下顎を覆うように生え揃った大きな棘が最大の特徴。

 獣竜種としては珍しい外見の大型モンスターで、戦闘では口を大きく開き、獲物や外敵に荒々しく喰らい付く攻撃を得意とする。

 獲物を見つければ即座に襲い掛かるほどに獰猛なその姿から、『蛮顎竜(ばんがくりゅう)』の異名を持つ。

 また、トサカのように展開することが出来る大きな鼻を持ち、その鼻からマーキング用の体液を噴射することができ、岩や木に吹き付けることで縄張りを主張する。

 

「アル、帰りましょう。アンジャナフの相手は流石に無理です」

 

 そう言ってバーニエルが来た道を帰ろうとした時、アルバートが咄嗟にバーニエルを引っ張り、近くの茂みに隠れた。

 

「アル?」

「シッ!」

 

 アルバートは口の前に人差し指を立て、声を出すなという指示を出し、茂みの向こうを指差した。

 すると、アルバートたちが来た方向から、、先程のドスジャグラスがジャグラスを数匹引き連れて現れた。

 ジャグラスが仲間の死体を見つけて鳴き声を上げる。

 注意しろと言っているようだ。

 ドスジャグラスは悠然と歩き、周りのジャグラスは忙しなく辺りを見回し、警戒している。

 見つからずに、何とかやり過ごしたい。

 ドスジャグラスの通過を待つのが、まるで無限の時間のように感じる。

 早く通過してくれ。

 バーニエルがそう願った時だった。

 ドスジャグラスの進行方向に、巨大な影が大きな音と共に現れた。

 

「アンジャ……ナフ……」

 

 思わず声が漏れる。

 しかし、既にアンジャナフとドスジャグラスは睨み合いながら、咆哮で互いを威嚇していた。

 

「縄張り争いだ!」

 

 アルバートがそう言った瞬間、アンジャナフが容赦なくドスジャグラスの首根っこに喰らい付いた。

 噛みつかれたドスジャグラスはなす術なく、何度も地面へ叩きつけられる。

 

「アル!今の内に逃げますよ!」

 

 バーニエルがアルバートの腕を引きながら茂みから飛び出した。

 

「縄張り争いで僕らの事なんか見えていません!逃げるチャンスです!」

 

 二人は全速力で来た道を戻る。

 木々の間をすり抜け、すぐに旧ベースキャンプ跡地に出た。

 さらに走る。

 アプトノスたちが呑気に草を食んでいた草原へ繋がる道が視界に入った。

 あの道に入ればもう安全だ。

 二人がそう思った時だ。

 青白いしなやかな影が二人の行く手を阻んだ。

 

「トビカガチ!?」

 

 バーニエルが思わず声を上げた。

 牙竜種・トビカガチ。

 青白い身体の背面の首から尻尾にかけてを包み込む純白の体毛、そしてその身体の配色から一際目立って見える赤い眼が特徴的な牙竜種の大型モンスター。

 体格は小柄で細身だが、尻尾は胴体以上に太く見える。

 四肢には湾曲した鋭い爪を持ち、これを駆使して木々にしがみつくように張り付き、素早くよじ登る。

 前後の脚の間には皮膜が存在し、空中で広げるとある程度の滞空や滑空が可能だ。

 また、トビカガチの体毛は非常に静電気を溜め込みやすい性質を持ち、外敵に遭遇した際にはその身を震わせて体毛同士を擦り合わせる事で帯電状態となる。

 俊敏な身のこなしと電撃を纏った肉弾戦法で激しく攻め立てる姿から『飛雷竜(ひらいりゅう)』の異名を持っている。

 通常、トビカガチは大型モンスターの中でも大人しい部類だ。

 危害を加えない限り、自分から攻撃はしないし、威嚇行為もしない。

 しかし、今は違う。

 何故か分からないが、アルバートとバーニエルを威嚇し、今にも飛び掛かろうとしている。

 

「バーニィ、流石にこれは……」

「何故か分かりませんが、戦うしかありませんね……」

 

 二人が武器を手にする。

 

「強走薬持ってくればよかった……」

「今から嘆いても仕方ありません。僕だって強撃ビン持って来てないんですから」

「フフ、バーニィ、援護頼むぞ!」

「ええ、いつも通りに!」

 

 アルバートが地面を蹴った。

 

「うらぁ!」

 

 アルバートの双剣がトビカガチに斬りかかる。

 

「父と子と聖霊の御名において……」

 

 バーニエルが呟きながら弦に矢を番える。

 ステップを踏み、3本の矢を放つ。

 トビカガチはバック宙で後退しながらそれらを難無く避けてしまう。

 

「やはり、素早い……」

 

 バーニエルが苦々しく漏らした。

 

「こんのぉぉぉ!」

 

 アルバートは何とかトビカガチのスピードになんとか喰らい付いていた。

 ほぼ密着状態でトビカガチの攻撃を躱しながら斬撃を当てる。

 青白いトビカガチの身体が少しずつ赤く染まっていった。

 

「バーニィ!いけるんじゃねー!?」

 

 アルバートの声が躍っている。

 その様子を見てバーニエルは焦った。

 トビカガチはまだ怒り状態でも帯電状態でもない。

 本気ではないのだ。

 モンスターを甘く見るべきではない。

 特に、大型モンスターと対峙するのは今回が初めてなのだ。

 見習いでしかない二人には重荷過ぎる。

 

「アル!冷静になってください!」

 

 バーニエルが叫んだ瞬間、トビカガチは一度素早く後退し、咆哮と共に全身を振るわせ、帯電状態へ移行した。

 より一層素早くなり、アルバートへ襲い掛かる。

 アルバートはトビカガチの攻撃を何とか避け続ける。

 攻撃に転じる隙がない。

 

「チッ!」

 

 バーニエルが舌打ちをしながら矢を放つ。

 トビカガチは矢を確認する事もなく、太い尻尾で払いのけた。

 

「強い……」

 

 バーニエルはもう一度矢を番え、引き絞る。

 大きく咆哮した後、トビカガチは木々の中に消えた。

 

「バーニィ!気ぃ付けろよ!」

 

 アルバートがバーニエルの傍に駆け寄った。

 トビカガチが木々を飛び回っている音がする。

 しかし、姿が全く見えない。

 

「アル……」

 

 二人は背中合わせに立ち、周りを警戒する。

 張り詰めた緊張感から、冷たい汗が頬を伝う。

 

「バーニィ!」

 

 叫ぶと同時にバーニエルを突き飛ばし、アルバートも飛び退く。

 二人のいた場所にトビカガチの鋭い攻撃が飛んでくる。

 

「アル!」

「バーニィ、俺がカガチの注意を引いてる間に逃げろ!」

 

 トビカガチは再び木々の間に消える。

 

「そんな!アルはどうするんですか!」

 

 もう一度、二人が背中合わせに立つ。

 

「何とか巻いて逃げるしかない」

 

 殺気が目まぐるしく二人の周囲を移動する。

 

「一人で戦うより、二人の方が生存率は上がります!」

「上がったとしても、二人ともやられる可能性もある」

「でも!一人では無理ですよ!」

「倒す訳じゃない、ちょっと戦って逃げるだけだ!大丈夫だ!」

 

 アルバートはニカッと笑って見せた。

 

「行け!」

 

 再びバーニエルを突き飛ばし、アルバートは反対方向へ飛んだ。

 突き飛ばされた勢いでバーニエルは茂みに突っ込んだ。

 トビカガチが現れる。

 すかさずアルバートが斬りかかる。

 トビカガチとアルバートの攻防を茂みの中から伺うバーニエル。

 アルバートはじりじりと茂みから遠ざかっていく。

 トビカガチはそれに釣られ、茂みに背を向ける形になる。

 アルバートが目で逃げろと言っていた。

 バーニエルは唇を噛み締めながら、アルバートに背を向け、中腰のまま走り出した。

 

「すぐに誰か呼んできます……!」

 

 バーニエルが呟くと、背後で一際大きい咆哮が響く。

 思わず振り返るバーニエル。

 トビカガチがアルバートに向かって飛び掛かっていた。

 アルバートは避けるどころか、更に一歩前に出た。

 

「アル!」

 

 アルバートの剣はトビカガチの身体を捉えた。

 しかし、硬い鱗と皮に阻まれ、弾き返された。

 斬れ味が落ちていたのだ。

 刃物には斬れ味が存在する。

 どんなにいい刃物でも、長く使っていれば刃は摩耗し、潰れ、欠ける。

 その場合、砥石で研ぎなおす必要があるが、トビカガチとの激戦でそんな暇はなかったのだ。

 弾かれた勢いで、アルバートは大きく体制を崩した。

 そこにトビカガチの攻撃がヒットする。

 アルバートは五メートル程宙を舞い、地面に落下した後はゴロゴロと転がり、木の根元に叩きつけられようやく止まった。

 

「アル!」

 

 バーニエルはアルバートのもとへ駆け寄った。

 抱き起こす。

 完全に意識を失っている。

 胸はトビカガチの爪で引き裂かれ、鮮血が溢れ出していた。

 

「アル!しっかりして下さい!」

 

 バーニエルはアルバートの頬を叩くが全く反応がない。

 振り返るとトビカガチが威嚇しながらジリジリと距離を詰めてくる。

 バーニエルは右腕でアルバートの身体を支えながら、左手に弓を握りしめた。

 この体制では矢を番える事すら出来ない。

 もう駄目だ。

 諦めかけた時だ。

 

「上位のトビカガチに喧嘩売るんは感心せぇへんけど、ここまでよう持ち堪えたな」

 

 何処からともなく聞こえてきたその独特の喋り方。

 バーニエルはその声の主を探す。

 木の上から高速回転しながら何かが落ちてきた。

 それはトビカガチの頭部に直撃し、地響きと共に土煙を上げた。

 

「ハンマー……?」

 

「そんな駆け出しみたいな防具で、ようトビカガチなんかに挑んだなぁ。こいつは上位種やで、いつもこの辺をうろついてる奴とは格がちゃうぞ?」

 

 蒼い防具に身を包んだ男がそこに立っていた。

 手にしているハンマーは、鉄塊にしか見えない。

 重量を誇る槌で並みいるモンスターを叩き潰す。

 そのシンプルな外見通り非常に攻撃的な武器。

 それがハンマーだ。

 

「若くて血気盛んなんはええが、相手を見誤るんはハンターとして致命的やで」

「状況説明も後でします!お説教も後にして下さい!アルに治療を!」

「中々言うやん、気に入ったわ。とりあえず、このカガチの坊やをいてこますさかい!」

 

 そう言って男はハンマーを構え、力を溜める。

 トビカガチが男に襲いかかる。

 男は回転して避け、再び力を溜め、大きく踏み込みながらハンマーを振り上げ、トビカガチの頭部を殴る。

 トビカガチの攻撃を躱し、ハンマーを振り上げ頭部を殴るを繰り返す。

 頭部を殴られ続けたトビカガチは脳震盪で倒れ、もがき始めた。

 

「恨みはないが、許してな!」

 

 男は更に、倒れたトビカガチの頭部目掛け何度もハンマー振り下ろす。

 牙は折れ、鱗は剥がれ、皮は破れ、トビカガチは既に虫の息だ。

 

「これで、しまいや!」

 

 一際大きく振りかぶり、渾身の力でハンマーを叩きつけた。

 血だらけになった頭部を一度大きく持ち上げ、トビカガチは力なく地面に倒れ込んだ。

 

「ざっとこんなもんやな。大丈夫か?」

 

 男が振り返ると、バーニエルはアルバートに応急処置を施していた。

 上半身の服を脱がせ、傷口を水で洗い流し、綺麗な布をポーチから取り出し傷口に当てがった。

 

「アル!しっかりしてください!」

 

 何度も呼びかけるが全く返事がない。

 完全に気を失っている。

 

「とりあえず、帰るで!」

 

 男はアルバートの身体をバーニエルに支えさせ、傷口を押さえている布を包帯で固定した。

 男の指示で、バーニエルはアルバートを後ろから抱きかかえるようにして立たせる。

 男はアルバートの臍が自分の首の後ろに来るようにして肩に担ぎあげた。

 

「村はどっちや!」

 

 軽快な足取りで男は歩き出した。

 

「村へ行くにはベースキャンプを回り込む道に出る必要があります!案内します!」

 

 バーニエルはアルバートの双剣を拾い、男の後を追った。

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