Monster Hunter : World War   作:Soh.Su-K

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第二章
白銀の月、恋路の二人


 フワフワと、まるで身体が宙に浮いているかのような感覚。

 全てが曖昧で、アルバートは夢と現の間を彷徨っていた。

 真っ白な世界に、自分だけ一人プカプカと浮かんでいるようだ。

 

「うぅん……」

 

 まどろみの中を、このまま深い眠りに落ちそうで落ちない、何とも不思議な状態が延々に続きそうな気がする。

 

「ア………ト!……て!…ルバ……!」

 

 何処か聞き覚えのある声が、遥か遠くから聞こえる気がする。

 

「何だよ……、もう少し寝かせてくれ……」

 

 子供のような事言っているなと自分で思ったが、果たしてこれは向こう側に伝わっているのだろうか。

 ふとそう思った瞬間、途轍もなく巨大な不安に足を掴まれ、ズブズブと深みへ引きずり込まれるようだ。

 浮上しなければ、このまま沈むと()()()()()()

 しかし、いくらもがいても身体は沈んでいくばかり。

 焦りで息が詰まる。

 もう駄目かもしれない、そう思った時、再び自分を呼ぶ声が聞こえた。

 さっきよりも力強く、鮮明に。

 

「アルバート!起きなさい!」

 

 その声に応えるように手を伸ばす。

 

「バーニィ!」

 

 名前を呼んで気が付いた。

 この声はバーニエルではない。

 涼やかにしてハリがあり、芯の強さを感じる声。

 

「ユリーナ!」

 

 勢い良き飛び起きた。

 ベッドの上だった。

 横を見ると、涙をいっぱいに溜め込んだ目でアルバートを見詰める女の子がいた。

 

「ユリーナ……」

「私が起こしてやってるんだからさっさと起きろ、このバカ!」

 

 涙を流しながら抱き付いてきた。

 胸の傷に響いたが今は言わないでおこう。

 彼女はユリーナ・アレクシオ、アルバートやバーニエルの一つ下だ。

 

「もう少し寝ててもいいだろ?」

「アンタね!三日も寝てたのよ!三日!」

「え?そんなに?」

 

 窓から外を見る。

 茜色に染まりつつある村が見えた。

 てっきり半日程度しか過ぎていないかと思っていた。

 

「そんなに寝てたのか……」

 

 ユリーナはアルバートに抱き付いたまま離れる気はないようだ。

 アルバートがユリーナの頭を優しく撫でた。

 

「そんなんじゃ許さないかなね!」

 

 顔を布団に埋めたままユリーナが言う。

 

「はいはい」

 

 そのままアルバートが頭を撫でていると、勢い良く扉が開いた。

 

「アル!起きましたか!」

「起きたんか?」

 

 バーニエルと蒼い鎧の男が顔を覗かせた。

 咄嗟にアルバートから離れるユリーナ。

 ユリーナもアルバートも、耳まで真っ赤になった。

 

「なんやー、早速イチャイチャしてるやーん」

 

 男がニヤニヤしながら遠慮の欠片もなくズカズカと部屋へ入ってきた。

 

「まぁ、三日もイチャイチャ出来なかったんだから多めに見てあげて下さい」

 

 そう言いながらバーニエルも部屋に入ってくる。

 

「バーニィ、そのセリフを言うんだったら、普通退出するだろ……」

 

 アルバートが頭を抱える。

 

「何言ってるんですか、僕はアルの相棒ですよ?心配してたのは僕も同じなんですから!」

「せやで?バーニィがおらんかったら、死んでたかもしれんで?」

 

 確かに、今回はかなり心配を掛けてしまっただろう。

 ユリーナだけじゃなく、バーニエルや村の人達にもだ。

 

「それは……、確かに。スマン……」

 

 アルバートは素直に頭を下げた。

 頭を下げた所で、ふと疑問に思う。

 

「ところで……、どちら様……?」

 

 男を見上げながらアルバートが尋ねる。

 

「おお、アルには自己紹介がまだやったな!ワイはソラタ!ソラタ・ヒノガミ、二十五歳のハンマー使いや!」

「ソラタさんが僕らを助けてくれたんだよ」

 

 アルバートが気を失ってからの事のあらましをバーニエルが簡単に説明した。

 

「事情はバーニィから聞いたでー。肝が据わってるのはええが、状況判断が悪いで、アル。バーニィが帰った方がええ言うた時に村へ戻るべきやったんや。そこで戻らんかったから上位種のカガチとかち合ってもうた訳や。異変を感じたらすぐに戻って状況報告!その情報を踏まえてギルドや他のベテランハンターが判断すんねん。見習いのペーペーが自己判断で狩猟に乗り出したらあかんねん。基本やで!基本を疎かにしちゃあかん!」

 

 捲し立てる様にペラペラと喋るソラタに、アルバートは呆気にとられた。

 

「おーい、聞いとんのか?」

 

 アルバートの目の前でソラタが手を振る。

 

「いや、聞いてますけど……、めっちゃ喋るなぁと……」

 

 アルバートの感想を聞いて、豪快に笑いだしたソラタ。

 

「正直でええ!なかなかオモロいやんけ、自分ら」

「気に入ってもらえたなら光栄です……?」

「なんで疑問形やねん!」

 

 妙な訛りで良く喋る気さくな兄貴分、アルバートのソラタに対する印象はそんな感じだった。

 しかし『()()()』という名前、何処かで聞いたことが気がする。

 

「……、ソラタ……。う~ん……」

 

 アルバートが頭を抱え始めた。

 

「どうしたんですか?アル」

「ソラタ……、なんか聞いた事あるんだよなー」

 

 頭を捻っているアルバートを見ながら、ソラタはニヤニヤとしている。

 

「思い出せませんか?アル」

 

 バーニエルも笑っている。

 

「その様子だと、バーニィは知ってるんだな?」

「はじめは驚きましたけどね」

「う~ん……」

 

 アルバートは頭を抱えながら、ふと部屋の隅に置かれた小さな本棚に目が行く。

 そこには聖書と共に、一冊の情報誌が無造作に置かれていた。

 『月刊 狩りに生きる』

 新米からベテランまで、全てのハンターを対象に定期的に刊行される月刊情報誌だ。

 内容は各地の狩猟場の解説、武器の案内、モンスターの情報などハンターライフに役立つものばかりで、活躍中の有名ハンターへのインタビュー記事なども載っている。

 騎士が現れ、現在の国家の礎が出来るより遥か前、ハンターによる狩猟がメインだった時代から全世界で購読されれている超長寿雑誌である。

 それを見てアルバートはピンときた。

 

「あぁ!若手のハンターチーム『Ark Angelz(アーク・エンジェルズ)』のリーダー!ハンマーのソラタ!」

「ご名答ぉ!」

 

 ソラタが満面の笑みでアルバートの背中を叩く。

 

「痛っ……」

 

 衝撃が胸の傷に響いた。

 

「おぉ、忘れとった、堪忍な!」

 

 アルバートは胸をさする。

 包帯でガッチリと固められ、出血は既にないようだ。

 鎮痛剤が効いているのだろう、あまり痛いとは感じない代わりに、少し身体がフワフワする。

 

「いえ、大丈夫です。それより、なんでソラタさんがココットに?他のメンバーは?」

「チームは六年前に離脱したんや。今はフリーみたいなもんで、一人で旅しながら狩猟やってんねん。ちょうど近くを通ったさかい、食いモンやらを分けてもらおうか思うてな」

 

 あっけらかんと答えるソラタ。

 しかし、こんな国境近くをウロウロするのは危険なのではないだろうか。

 ハンターとしては雑誌の取材を受ける程の腕前があるだろうが、国同士の睨み合いが続く因縁の『シルクォーレの森』付近をうろつくのは不用心にも程があると、バーニエルは密かに考えていた。

 

「なるほどぉ、でもそんな昔の記事だったのか……」

 

 アルバートは特に何も疑問に思っていない様子だ。

 心配し過ぎなのかもしれない、そう自分に言い聞かせるバーニエル。

 アルバートとソラタの会話を聞く事にした。

 

「確か、ワイらが取材受けたん七年前やで?ようそんな昔の記事知ってんな?」

「村長が一番最初の第一号から全部をコレクションしてるんです、それを置いておくための図書館まで作って。みんな自由に読めるんで、俺も小さい時からずっと読んでました」

 

 アルバートは少し昔を思い出した。

 物心が付いて、母親が病気で亡くなった後、まだバーニエルがこの村にいなかった頃。

 同性の遊び相手がいない村で、アルバートはずっと図書館にこもり、『狩りに生きる』を読んでいた。

 その頃から、アルバートはハンターに憧れていた。

 十年前、バーニエルがこの村に来た時、アルバートが真っ先言った言葉が「俺の相棒になってくれ」だった。

 それ以来、アルバートとバーニエルはいつも一緒にハンターを目指して切磋琢磨してきた。

 

「そいつは凄いやん。ワイの記事もあるやろか」

「探すのは大変ですけど、ある筈ですよ。探してみます?」

 

 バーニエルがからかうように言った。

 

「いやー、なんや恥ずかしゅうてあかんな!」

 

 おどけた様に言うソラタ。

 アルバートとソラタも馴染んだようだ。

 バーニエルは立ち上がった。

 

「とりあえず、僕は教官に報告してきます。アルが起きた事と今後について話し合わないと」

 

 バーニエルがドアノブに手を掛ける。

 

「ほな、ワイらは飯にでも行くか!三日も寝てたんや、腹減っとるやろ!」

 

 ソラタがズカズカと、バーニエルの開け放ったドアから廊下に出る。

 アルバートはベッドから立ち上がろうとした。

 三日も寝ていたせいか、足元が少しふらつく。

 

「立てる?」

 

 ユリーナが肩を貸してくれた。

 肩を借りてゆっくりと立つ。

 

「ふぅ、ありがと」

「アルを支えるくらいの事、私にも出来るんだから……」

 

 口を尖らせながら言うユリーナ。

 そんなユリーナの頭を、アルバートはワシワシと撫でた。

 

「ちょっと!子ども扱いしないで!」

「してないしてない」

 

 ニヤニヤと笑うアルバートの顔を見て、ユリーナは頬を膨らませる。

 

「乳繰り合っとらんで、さっさと行くでー」

 

 ニヤニヤしながらソラタが顔を覗かせた。

 再び耳まで赤くなるアルバートとユリーナだった。

 

 

「教官?いらっしゃいますか?」

 

 バーニエルはドアをノックしながら訊ねた。

 

「バーニエルか!中に入れ!」

 

 部屋の中から教官の声が聞こえた。

 

「失礼します」

 

 ドアを開け、中に入る。

 教官はデスクに向かっていた。

 

「教官、アルバートが目を覚ましました。怪我以外、問題はなさそうです」

 

 それを聞いた教官は、バーニエルに目を向ける事なく、「そうか」と答えた。

 

「教官、その書類は……?」

 

 教官が書類を書いているのが珍しかった。

 どちらかと言えばそういう事務処理は苦手な筈だった。

 ギルドへ提出する書類はバーニエルが書かされる事もあった。

 

「これか?これはギルドに提出するハンター登録用の書類だ、お前たちのな」

 

 それを聞いて、バーニエルは慌てた。

 

「教官、ちょっと待ってください!最後のジャグラス討伐の試験は失敗だったんですよ?もう一度試験をお願いした筈です!正式なハンター登録はもう少し待って下さい!」

 

 あの試験は明らかに不合格だった。

 狩猟場の状況変化を未報告、独断でのミッション続行、討伐目標でない大型モンスターとの戦闘による負傷。

 ソラタが助けに来なかったら二人とも死んでいた。

 とてもではないが、正式なハンターと認められる結果を何一つ残していないのだ。

 

「僕らはまだ未熟です!あと半年!半年後にもう一度試験をお願いします!」

「バーニエル、今回の結果は確かに不甲斐ないものだ。しかし、これ以上お前たちに教える事がないのも事実。森の様子がおかしかったと言うイレギュラーな要素が今回の大きな原因だ。お前たち二人なら、ハンターとして充分にやっていけるだろう。そう私と村長が判断した」

 

 その言葉にバーニエルは疑問を持った。

 

「待って下さい、あんな結果しか残せなかったのに、村長も教官も僕らをハンターに推薦するんですか?何故ですか!」

「登録が完了するまでに一週間程掛かる。とにかく、登録だけでも済ませておいた方がいい」

 

 教官は書類を手に部屋を出ようとした。

 

「くっ……!」

 

 バーニエルは咄嗟に教官の手から書類を奪い取り、近くの燭台の火で炙った。

 羊皮紙は端を焦がしながら縮れ、書類としては使えない状態になってしまう。

 

「バーニエル!」

「何をそんなに焦っているんですか!説明してください!ここ数日、何もかもがおかしい!いつもは一ヶ月分の食料や消耗品を持ってくる行商人が、先日は半月分にも満たない量しか持ってきていない!村の人達はいつも以上に妙に陽気だ!森だってそうです!何故あんなにもざわついているんですか!普段はいない上位種のトビカガチがうろついてるのは何故なんですか!」

 

 全てをぶちまけた。

 ここ数日で感じていた違和感を全て。

 大人たちは知っているのだ。

 知らないのはアルバートやバーニエル、まだ成人していない若者だけだ。

 ユリーナも知らされていないだろう。

 

「バーニエル……、登録用の羊皮紙を取り寄せるのに、最短でも三日は掛かるんだぞ……。どうしてくれるんだ……」

 

 教官の予想外の反応にバーニエルは少々面食らった。

 

「どういう事ですか……?」

「もういい、お前は帰りなさい。あとの事は村長と私で段取りする……」

 

 そう言い残して、教官は部屋を出て行ってしまった。

 一人残されたバーニエルは頭を抱えるしかなかった。

 大人たちは何か隠している。

 しかし、それが何なのか、全く見当もつかない。

 外は既に日が沈み、濃い紫色の空が広がっていた。

 

「ソラタさんは……、何か知ってるんじゃないかな……」

 

 この様な時期に突然現れたさすらいのハンター。

 彼なら何か知っているかもしれない。

 ソラタたちがご飯に行くと言っていた事を思い出し、バーニエルは村で唯一のパブへ向かう事にした。

 

 

「うんまぁ~!」

 

 ソラタがカウンター席で肉を頬張りながら叫んだ。

 ここは村唯一の食事処・『銀の月光亭』。

 食事処と言っても、食事だけではなく、酒も出すし、奥には客室もあるので宿泊も可能である。

 村の人々は気軽に『パブ』と呼んでいる。

 村を訪れる人間が滅多にいないため、食事や宿泊で利用する客がいないのがパブと呼ばれる所以だろう。

 

「久々にこんなに旨いモン食ったわー!旅してると干し肉くらいしか食えんさかいなー」

 

 バクバクとすごい勢いで肉や野菜を口へ運ぶソラタ。

 

「嬉しいねぇ、そんなに気持ちのいい食べっぷり見るのは久々だよ!ねぇ、アンタ!」

 

 恰幅のいい女が豪快にガハハと笑う。

 彼女がここの女将だ。

 

「全くだ!兄ちゃん、これも食べな!サービスだ!」

 

 小さな覗き窓の奥はキッチンになっているようだ。

 その窓から顔を出した男が女将の旦那で、ここ料理長である。

 小窓から出された大皿の料理を女将がソラタの目の前に置く。

 

「デカッ!これ魚か?」

「おうよ、ソイツは村の近くで獲れたキレアジよ!臭みがなくて脂も乗ってて旨いぞぉ!」

「キレアジ?ヒレが砥石替わりになる()()?」

「そうとも!ウチの旦那にかかれば、キレアジだって絶品料理になっちまう!」

「ホンマにこれ、キレアジか?メチャクチャデカいやん!ドスキレアジとちゃうん?」

 

 ソラタはナイフとフォークでキレアジの身をほぐす。

 ジューシーな身がホロホロとほぐれ、美味しそうな湯気が立ち上がった。

 

「うまそぉ……」

 

 ほぐれた身をフォークに乗せ口へ運ぶ。

 

「うんまぁ~!なんやこれ、うんまぁ~!」

 

 その声を聴いて、女将と料理長ガハハと笑った。

 

「気に入ってもらったみたいだね!そら、遠慮せずドンドン食べな!」

「おおきにな、女将はん!」

 

 ジョッキに注がれたエールを煽るソラタ。

 

「アルも食っとるかぁ?栄養付けてさっさと怪我治しぃや!」

 

 ソラタがアルバートの方を見ると、ユリーナに説教されている所だった。

 

「アル、ちゃんと聞いてる?」

「……、はい」

「いつも言ってるでしょ、無茶はするな、バーニエルの言う事聞けって!アンタが決断するとロクな事が起きないんだから!」

 

 アルバートはソラタの隣で小さくなっていた。

 

「まぁまぁ、とりあえず飯食ってからにしよや、な?」

「ソラタさんは黙ってて下さい!」

 

 烈火のごときユリーナの怒りに、流石のソラタも黙り込んだ。

 まるで葬式のような陰鬱な空気が立ち込め始める。

 

「ユリーナ、その辺にしときな!折角の料理が冷めて不味くなっちまう」

 

 見かねた女将がユリーナに言った。

 

「でも、女将さん!これで何度目だと思います?いつもいつもバーニエルや周りの人たちに迷惑かけて、心配かけて!少しは成長しなさいよ!」

「とりあえず生きて帰って来たんだからいいじゃないか」

「生きて帰って来たから怒ってるんです!死人に説教なんて出来ないですから!」

 

 助け舟を出した女将にすら、ユリーナの怒りを止められない。

 ユリーナの声は店内に響いており、勿論他の客にも聞こえている。

 店内全体が重い空気になり始めていた。

 

「ユリーナ、その辺にしてあげて下さい」

 

 バーニエルがユリーナの隣の席に座った。

 

「でもバーニィ!」

「今回の件は止められなかった僕にも責任があります。それに僕らを助けてくれたソラタさんに噛みつくのは間違ってますよ、ユリ」

 

 バーニエルの言葉にユリーナの勢いも削がれる。

 

「聞いてたの?」

「ええ、外まで丸聞こえですよ。店内もこんなに静まり返ってるお陰で、しっかりと」

 

 そこで初めて店内の様子に気が付き、顔を赤くした。

 

「ごめんなさい、女将さん。これじゃ営業妨害よね……」

「いいんだよ!悪いのはアルバートなんだから!」

「とりあえず、飯や飯!バーニィもほれ!」

 

 ソラタがエールの入ったジョッキを滑らせ、バーニエルが受け取る。

 

「ソラタさん、お酒はちょっと……」

「飲めへん訳やないやろ?」

「バーニィは滅法弱いんです」

「そう言うアルは飲めるんやろ?」

 

 ソラタがなみなみとエールの注がれたジョッキを乱暴にアルバートへ渡す。

 

「まぁ、俺は多少飲めますけど……」

「ソラタさん!アルは怪我が!」

「大丈夫や、ユリちゃん!体の中からアルコール殺菌すんねん!」

 

 無茶苦茶な理論だ。

 流石のアルバートも反論するかと思いきや。

 

「なるほど、確かにそうですね!」

 

 などと納得してジョッキを呷った。

 

「ちょっとアル!飲んじゃダメでしょ!」

「え?アルコール消毒しないと、傷口が化膿するだろ?」

「本気で言ってんの?」

 

 ユリーナは頭を抱え、ソラタは腹を抱えて笑っている。

 

「まぁ、アルらしいですね」

 

 バーニエルも苦笑いしながらジョッキに口を付ける。

 ユリーナはまだ不満なのだろう、ブツブツを呟いていた。

 

「そういやバーニィ、ワイちょっと村長はんに話があんねんけど、何処行ったらええ?」

「村長ですか?だったら、このパブの裏が村長のお家ですよ。夜はお家にいると思います」

「なるほど、サンキュー!」

 

 バーニエルは席を立ち、アルバートとは反対側のソラタの隣に腰掛けた。

 

「なんや?バーニィ」

「ソラタさんもご存じなんですね?」

 

 バーニエルはソラタの顔を覗き込む。

 

「何の話や?」

「最近、村が変なんです。妙に浮足立ってるというか……。ソラタさんもその原因をご存じなんですね?」

「なんや、浮足立っとるんか?確かに気前がええし、陽気な村やとは思うけどなぁ」

「しらばっくれないで下さい。村長に会うのはその事でですよね?」

「そんなん言われたかて、ワイにはサッパリやで?ワイが村に来たんが三日前や。そんなん分かるわけないやろー」

 

 そう言って、ソラタは再びジョッキに口を付ける。

 

「じゃあ、何故村長に会うと?」

「そら、宿無しのワイに寝床と食べモンをくれたお礼や。あと二日は村におるさかい、手伝えることがあったら手伝うで?」

「そうやって、いつも僕らは子供扱いで蚊帳の外……。僕らだってこの村の一員なのに……」

「気にし過ぎとちゃうか?とりあえず、飯食ってから考えようや!」

 

 ソラタは女将から取り皿を一枚もらい、そこに自分の目の前の料理を山盛りに取り分けた。

 

「いや、ソラタさん!量多すぎです!」

「このくらい軽く食わな!ハンターは身体が資本やで!」

 

 ソラタがガハハと笑い、女将もガハハと笑う。

 バーニエルは腑に落ちないまま、ソラタから分けてもらった料理を口に運び始めた。

 

「バーニエル」

 

 ソラタが真面目なトーンで言った。

 

「え?何です?」

「村長や村の人たちは、お前たちの事を大切に思ってる。それだけは何があっても覚えときや」

 

 妙に真面目なソラタの言葉に疑問が浮かぶ。

 バーニエルがその事について尋ねようとした時、再びソラタの向こう側が賑やかになった。

 

「だから、酒を飲むなぁ!」

「アルコール消毒をぉ!」

「アル!ユリーナ!喧嘩しないで!」

 

 咄嗟に二人の間に入るバーニエル。

 

「そんだけ元気なら心配いらんな」

 

 ソラタがケラケラと笑っている。

 

「夫婦喧嘩は家でやれよ、ガキども!」

 

 他の客からも二人を茶化す野次が飛ぶ。

 

「いいぞぉ、ユリちゃん!アルバートをはっ倒しちまえ!」

「アルバート!女の子に手ぇ上げんじゃねーぞ!」

 

 アルバートとユリーナの喧嘩が完全に酒の肴にされている。

 

「アルもユリも落ち着いて下さい!」

 

 バーニエルはとにかく二人を引き離す。

 アルバートの手からジョッキを奪い取った。

 

「だって、ソラタさんがアルコール消毒しろって」

 

 奪われたジョッキを取り返そうと手を伸ばすアルバート。

 既にアルバートの身体からはアルコールの匂いは漂ってくる。

 

「既に酔っぱらってるじゃないですか!」

 

 バーニエルは女将から水を受け取り、アルバートに飲ませようとする。

 

「酔ってないよー」

 

 そう言ってアルバートは水を拒否して、ジョッキに手を伸ばす。

 

「酔っぱらいはみんなそう言うんです!」

 

 そのジョッキをアルバートに取られる前に女将に渡し、下げてもらった。

 

「私の言う事聞かないで、三杯も飲んだのよ!」

 

 ユリーナが怒っている。

 どうもユリーナも酔っているようだ。

 

「ユリも飲んでるじゃないですか……」

 

 バーニエルはガックリと肩を落とした。

 アルバートの飲酒を止めるべきユリーナが何故飲酒しているのか。

 

「女将さん、誰がユリに飲ませたんですか……?」

「自分で飲んだんだよ、アルバートから奪ってね」

 

 もうメチャクチャである。

 

「アルバート、聞いてんのか!いっつもいっつもバーニィや私に迷惑かけて!村の人たちにまで心配かけて!」

「うるせーな!生きてんだからいいだろ!」

 

 また言い合いを始めるアルバートとユリーナ。

 

「いい加減にしてくださいよ、二人とも!」

 

 もう一度二人を引き離すバーニエル。

 

「もうアルなんて知らない!勝手に死んじゃえバーカ!」

 

 ユリーナがパブを飛び出していった。

 

「なんなんだよ……」

 

 アルバートはブツブツ言いながら元の席に座った。

 すると女将がコップの水をアルバートの顔に勢いよく浴びせ掛けた。

 

「ぷっは!何すんだよ女将さん!」

「なぁに座ってんだい!女が行っちまったんだ!追い掛けるのが男だろ!」

 

 女将の言葉に、パブの客から歓声が上がる。

 

「追い掛けろアルバート!」

「男なら行けぇ!」

「行かねぇならこの場でお前の()()を切り落とすぞ!」

 

 他の客は最高潮に盛り上がっている。

 

「アル、酔いは醒めただろ。さっさと追い掛けろ!」

 

 女将がアルバートの頭をワシワシと撫でた。

 アルバートは立ち上がってユリーナの跡を追い掛け、飛び出していった。

 パブの中でより一際大きな歓声が上がる。

 

「バーニィ、この村はいつもこんなオモロいんか?」

 

 ケラケラと笑いながらソラタがバーニエルの肩に手を置いた。

 

「そういう訳では……、今日は特に賑やかですね……」

 

 ソラタはジョッキのエールを一気に飲み干し、バーニエルに耳打ちするように言った。

 

「あの二人、何処行ったか分かるか?」

「ええ、ある程度の予測は」

「覗きに行こや」

 

 ソラタがニヤニヤしながら言った。

 

「ソラタさんも好きですよね、こういうの」

 

 クスクスと笑いながらバーニエルが突っ込む。

 

「バーニィがノリ気ちゃうんやったら、ワイ一人で探しに行くで?」

「僕は二人の幼馴染として、二人の行く末を見届ける義務があるんで」

 

 尤もらしい事を言っているが、バーニエルもあの二人がどうなるのか気になる。

 

「そう言うて、覗きたいだけやろ?」

 

 ソラタが肩を組んでくる。

 

「ソラタさんと一緒にしないで下さい」

 

 バーニエルもニヤニヤしている時点で、ソラタと同じである。

 

「一緒や一緒!とにかく行こや!」

 

 二人はパブを出て、アルバートとユリーナが向かいそうな場所を探す事にした。

 

 

 アルバートは走っていた。

 目指す場所は一カ所。

 そこにいなければ、ユリーナは家に帰っているだろう。

 

「あそこ以外、考えられない!」

 

 しかし全力で走ったお陰で、再び酒が回りだした。

 

「やべぇ……、吐きそう……」

 

 アルバートが走る速度を少し緩める。

 身体が異常なほど熱を帯びているせいか、火傷しそうなほどの熱気の呼気を口から吐いている。

 グルグルと目が回り始め、視界が歪む。

 アルバートは遂に足を止め、木の幹に手をついた。

 

「ダメだ……」

 

 アルバートは耐え切れずに嘔吐した。

 あんなに飲むんじゃなかったと、今更ながら後悔する。

 一通り吐いた所で、少し身体が軽くなった気がした。

 頭も少し冴えてきたようで、自分の嘔吐物を見て、後で土を被せておこうなどと考える。

 

「ひとまず、ユリを探さないと……」

 

 アルバートが再び走り始める。

 

「あぁ、吐いてもうたー、勿体ない」

 

 茂みの中からソラタとバーニエルがアルバートの後を追い掛けていた。

 

「とりあえず僕は、アレを処理します」

 

 バーニエルはアルバートの嘔吐物の元へ行った。

 折り畳み式のシャベルを取り出し、土を掘る。

 

「スコップも持ってんのか」

「ええ、一応念のために。いざと言う時はナイフの代わりにも、ノコギリの代わりにもなりますから」

「ハンターとして習慣付けたんか?」

「いえ、その前からです。この村に来る前からですから」

「ふーん」

 

 ソラタはバーニエルを見るが、下を向いていて表情が読めない。

 

「バーニエルは移住してきたんか」

「ええ、よく言えば移住。悪く言えば難民でした。ここの村の人たちが快く迎え入れてくれたので、僕の故郷はこの村になりました」

 

 バーニエルは小さな穴を掘り、アルバートの残した嘔吐物をその穴の中に入れ、土を被せた。

 

「ふむ、まぁ喋りとうないなら無理に喋らんでええ。詮索は野暮っちゅーモンやからなぁ」

 

 ポンポンとシャベルで土を固めるバーニエルの背中を見ながらソラタが言った。

 

「ソラタさんって、何気に優しいですよね」

()()()は余計やで?」

「フフフ、さて、アルを追いかけましょうか」

「見失ってもうたで?」

「予想は出来てるので、そこへ行きましょう」

 

 バーニエルの後をソラタが付いて行った。

 アルバートはまだ走っていた。

 もう少しだ。

 目の前の木々の間から、キラキラと光が漏れてくる。

 やがて視界が開け、小さな湖が現れた。

 森の中からキラキラと見えていたのは、湖面に反射する月の光だった。

 

「ユリーナ!」

 

 湖岸に一人、ユリーナが立っていた。

 しかし、アルバートの声に全く反応を見せない。

 ゆっくりとユリーナに近付くアルバート。

 

「ユリーナ……?」

 

 恐る恐る呼びかけるアルバート。

 

「……、何しに来たのよ……」

 

 刺々しい言い方である。

 

「いや、その、謝りに……」

 

 おずおずと喋るアルバート。

 完全にユリーナに気後れしている。

 

「謝りに?何を?」

 

 ユリーナの言葉は相変わらずナイフのようだ。

 

「今回は、本当に悪かった……。ユリやバーニィ、初対面のソラタさんにまで迷惑掛けて……」

 

 ユリーナは黙って聞いていた。

 

「特に、ユリには看病までしてもらって……、その、悪かった、ゴメン……」

 

 アルバートが気を失っていた三日間、ずっと付きっ切りで看病してくれていた事をバーニエルから聞かされていた。

 

「……、他に言う事は……?」

 

 ユリーナの声は刺々しいままだ。

 

「他?……、その……、あ、ありがとう……?」

「なんで片言なのよ……」

「いや、ゴメン……」

「他には?」

「他?……えーっと、……、その……」

 

 アルバートが必死に頭を回転させる。

 

「大丈夫なんか?」

 

 アルバートとユリーナから離れた茂みの中に、ソラタとバーニエルが隠れて二人を見ていた。

 気付かれないようにコソコソと話している。

 

「傍から見たら、答えは簡単なんですけどね……」

「アルバートに乙女心が分かるんか?」

「そう願うしか……」

 

 二人のギャラリーがいるともつゆ知らず、アルバートは必死に頭を捻っていた。

 

「他に言う事はないの?」

 

 溜息混じりにユリーナが言った。

 

「いや、その……」

「はぁ……」

 

 ユリーナが深い溜息を吐き出す。

 

「もういい、私帰る」

 

 ユリーナが帰ろうとした時だ。

 

「ユリ!」

 

 アルバートは咄嗟にユリーナの腕を掴む。

 

「何よ……、もう言う事ないんでしょ……」

 

 アルバートに背中を向けたまま、ユリーナはアルバートの腕を振り払う。

 

「ユリ!まだ言ってない事があった!」

 

 ユリーナの肩を掴み、自分の方へ向き直させるアルバート。

 

「何よ……」

 

 ユリーナは不機嫌そうにアルバートから目を逸らす。

 

「愛してる!」

 

 そう言ってユリーナを抱き締めた。

 

「ヒャッハー!」

 

 思わずソラタが声を上げた。

 バーニエルが咄嗟にソラタの口を塞ぐ。

 

「何やってるんですか!」

「もががが!」

 

 ソラタの奇声が聞こえたのだろう、アルバートとユリーナは訝し気にソラタたちのいる茂みの方を見ている。

 

「何?なんかいるの……?」

「分からん。けど、なんか聞こえたよな……?」

 

 アルバートとユリーナが恐る恐る茂みに近瑞てきた。

 このままではバレてしまう。

 バーニエルは左腕に装備したスリンガーに捕獲用ネットを装填し、近くにいたウサギのような生物を捕獲した。

 そして、その生物を茂みの中からアルバートたちの方へ優しく投げた。

 

「うわ!なんだ、ヨリミチウサギかぁ……、ビックリした……」

「可愛い~!あれ?なんかこの子、白くない?」

「え?あ、ホントだ!暗くて良く見えなかったけど、これミチビキウサギじゃん!」

 

 ヨリミチウサギとは、森などに生息する環境生物と呼ばれる小さな生物の一種類だ。

 茶色い身体は細長く、狭い道も難なく通れる。

 自分の身体よりも長い特徴的な耳は、普段はペッタリと垂らしているが、警戒している時だけピンと立たせるその愛らしい姿に、ペットとしても人気だ。

 ただ、臆病な性格で、不用意に近づくとすぐに逃げてしまう。

 そんなヨリミチウサギより、一回り程身体が大きく、ピンク色の身体をしているのがミチビキウサギだ。

 ヨリミチウサギのアルビノ種と考えられている珍しい種類で、滅多に見かけないため、ペットとして高額で取引される。

 天候の良いときにのみ姿を現し、道を失った迷い人を導くとも言われている。

 

「夜に見掛けるのは珍しいんじゃないかな?」

「この子、人に懐くの?」

 

 ユリーナがしゃがみ込んでミチビキウサギに手を伸ばす。

 

「あ、そうだ。私、パン持ってたんだ!食べるかな?」

 

 ユリーナがポーチの中から小さなパンを取り出した。

 

「パン?」

「アンタが寝てる間、私だってご飯食べないと死んじゃうじゃない」

 

 そう言いながら、パンを小さくちぎってミチビキウサギの目の前に投げる。

 最初は警戒していたミチビキウサギもパンの匂いを嗅いだ後に、ハムハムと食べ始めた。

 

「可愛い~。この子連れて帰っていいかな?」

「いいんじゃないか?ユリに懐いてるみたいだし」

 

 ミチビキウサギは既にユリーナの手から直接パンを食べている。

 

「おいで」

 

 ユリーナが手を出すと、ヨリミチウサギは手から腕を伝って、ユリーナの肩に登った。

 

「機嫌直った?」

 

 アルバートがユリーナに訊ねる。

 

「ふふーん、この子に免じて許してやろう」

 

 ユリーナは肩に乗ったミチビキウサギの頭を撫でながら言った。

 

「ミチビキウサギに助けてもらった訳か……」

「アルはこの子に感謝しなさい!」

「はい……」

 

 そう言って二人は村の方へ帰っていった。

 

「はぁ~、バレるかと思った……」

 

 バーニエルが脱力し、ソラタの口を塞いでいた手を放した。

 

「だぁー!バーニィ、息出来ひんかったで!殺す気か!」

「奇声上げるソラタさんが悪いんでしょー!」

 

 アルバートとユリーナの姿が見えなくなった所で、二人は茂みの中から出てきた。

 

「上手く行ったから良かったですけど……」

「まぁ、オモロかったからええやん?」

 

 ソラタがあっけらかんと笑った。

 

「とりあえず、僕らも帰りましょう。ソラタさんは村長に用事があったんですよね?」

「せやせや、忘れるとこやった!」

 

 ワイワイ喋りながら二人も村へ戻っていった。

 

 

「村長はん?いてはりますかー?」

 

 ソラタは村長の家の玄関をノックしていた。

 間もなくして、玄関のドアが開けられた。

 

「ソラタ・ヒノガミ様ですね、お待ちしておりました」

 

 中から初老の女性が現れ、ソラタを家の中へ招き入れる。

 

「お手伝いはん?」

「村長の秘書のようなものです。仕事以外では家政婦と同じですが」

 

 ソラタは村長の家の奥、立派な扉の前に案内された。

 女性が扉をノックする。

 

「村長、ソラタ様をお連れ致しました」

「うむ、入ってもらいなさい」

 

 部屋の中から村長の声が聞こえた。

 

「失礼いたします」

 

 女性が扉を開け放ち、ソラタに入室を促す。

 広い部屋だった。

 応接室や執務室ではない。

 壁には数種類の武器が飾られ、様々な資料と一緒に大型モンスターの角や爪も並んでいる。

 さながら、『ココットの英雄博物館』と言える。

 村長が現役ハンター時代に打ち立ては記録の数々を並べている様だ。

 

「今日はもう大丈夫じゃ。下がってよいぞ」

 

 村長が女性にそう言うと、失礼しますと言って女性は去っていった。

 

「ソラタさん、一杯いかがかな?」

 

 村長はニコニコしながら、棚から高そうな酒瓶を取り出す。

 

「いえ、結構です。それより、火急の知らせがございます」

 

 先程までの気さくなソラタの姿はそこになかった。

 その姿に、村長も酒瓶を棚に戻し、ソラタに向き直った。

 

「うむ、()()からわざわざご側路頂いて痛み入ります、ミズガル神聖帝国騎士団・中央近衛騎士団、通称・第一軍所属、第三師団師団長、ソラタ・ヒノガミ殿」

 

 ソラタは少し目を見開いたのち、片膝をつき、頭を下げた。

 

「お見逸れ致しました、ココットの英雄殿」

「フォッフォッフォ、いくら辺境とは言え、中央の事情に疎くなる程、呆けてはおりませんぞ?ささ、頭を上げてくだされ」

「いえ、今回私はただの伝令役です。このままお聞きください」

「いや、ソラタ殿、()()()は既に皆知っておる」

「はい、村の様子を見てそれは分かりました。しかしどうか、帝国の考えをお聞き頂きたい」

「想像はついておるよ、ソラタ殿。じゃが、ワシらはもう決めてしもうた。ただ、ソラタ殿にはお願いしたい事があるのじゃが」

「……、承知しております。しかし、時間がございません。私だけではどうにも……。一度中央に戻り、兵を連れて戻りますが、間に合うかどうか……」

「うむ、ワシの方でもいくつか手は打っておる。ソラタ殿は最後の砦としてお願いしたい」

「はっ、出来る限り尽力致します」

 

 その後、ソラタが村長の家を後にしたのは、明け方近くなってからであった。

 

 

「ただいまー!」

 

 アルバートが家のドアを開け、ドカドカと中へ入った。

 

「お邪魔しまーす」

 

 その後にミチビキウサギを連れたユリーナが続く。

 

「エミー!帰ったぞー」

 

 アルバートが声を上げると二階から女の子が降りてきた。

 

「うっさいなバカ兄!目ぇ覚ましたって連絡があってから今まで何処で油売ってたんだ!」

 

 小さな身体を目一杯使って怒っていた。

 彼女はエミリア・ウィルジナ、十四歳、アルバートの妹だ。

 

「ちょっと飯食ってたんだよ」

「酒くさっ!アンタ怪我人でしょ!なんで飲んでんの!てか、ゲロ臭いし、最悪!」

「しょーがねーだろ、色々あったんだから」

「何それ!酒飲む理由になんないでしょうが!バーカ!」

 

 そこまで言って、エミリアは腰に手を当て、仁王立ちになった。

 と、やっとエミリアはアルバートの後ろにいたユリーナが目に入る。

 

「なんだ、ユリ姉ぇも来てたの?いらっしゃい」

「お邪魔してます、エミちゃん」

「ごめんね、バカ兄の看病なんに三日も付き合わせて……」

「いいのいいの、私も好きでやってるんだし」

「そんな、悪いよ。元々はこのバカが調子にのったせいなんだから。とりあえず、兄貴はそのゲロ臭いのをどうにかして、鼻が曲がる」

 

 アルバートを指差しながらエミリアが言う。

 

「うがいして、歯ぁ磨いてくる……」

 

 妹からバカと罵られた兄は、トボトボと洗面台へ向かった。

 

「ごめんエミちゃん、お風呂貸してもらっていいかな……?」

「いいよいいよ!ちょうどさっき沸いたところだから!疲れてるだろうから、ゆっくり入って!」

 

 エミリアはタオルなどを取りに、パタパタと走っていった。

 入れ替わるように歯磨きをしながらアルバートやって来る。

 

「ちょっと、行儀悪い」

「ふがががが!」

「え?何言ってんの?」

 

 少し上を見ながらアルバートが必死に喋ろうとするが、全く聞き取れない。

 

「もういいから、洗面台でやりなさい!それとも、私と一緒にお風呂入る?」

 

 ユリーナがニヤリと笑う。

 アルバートは顔を真っ赤にしながら洗面台へ逃げた。

 

「もう、ヘタレなんだから」

「ユリ姉ぇ!着替えなんだけど、私のじゃ小さいだろうから、お母さんのでもいい?」

「え、悪いよ、そこまでしてもらっちゃ!」

「同じ服着たら、お風呂入る意味ないじゃん?いいから使って!」

 

 そう言って、エミリアはユリーナにタオルと着替え用の服を渡した。

 

「それに、この時間なら泊っていくでしょ?」

「え?まぁ、うん……」

「私はバー兄ぃのとこに行くからゆっくり休んで!」

 

 エミリアはささっと身支度を整える。

 歯を磨き終えたアルバートがエミリアと鉢合わせした。

 

「あれエミ、何処行くんだ?」

「ユリ姉ぇが泊まるんでしょ?邪魔者は退散するの。じゃあユリ姉ぇ、おやすみー」

 

 エミリアはユリーナに手を振って行ってしまった。

 

「エミちゃんは相変わらずしっかりしてて可愛いね」

「可愛いか?ただのマセガキだろ?」

「少なくとも、アルよりもしっかりしてるわよ」

「それはまぁ……、確かに……」

 

 ぐうの音も出ないアルバート。

 

「ホントに似てない兄妹よね」

 

 アルバートとエミリアは全く似ていない。

 髪色も瞳の色も、顔つきもまるで違う。

 アルバートは栗色の髪に金色の瞳、エミリアは金色の髪に、黒い瞳だ。

 ちなみに二人の母親は、栗色の髪に黒い瞳だった。

 二人が似ていないのも当たり前で、父親が違うと()()()()からだ。

 と言うのも、二人の母親であるクローデッド・ウィルジナは首都周辺の繁華街にある娼館で働いていた。

 アルバートが物心付く前は住み込みで働いていたらしいのだが、その娼館で火事が起きた。

 当時、エミリアを身籠っていたクローデッドは働き口を失い、このココット村へ流れてきたらしい。

 当然父親が誰なのか分からないし、興味もない。

 村の人たちはウィルジナ家へ優しく、村で不自由を感じた事は一度もなかった。

 アルバートとエミリアにはココット村が心休まる故郷なのである。

 

「似てなくても兄妹は兄妹だからな」

「どっちが年上か分かんないけどね」

 

 ユリーナがからかいながら言う。

 

「どういう事だよー」

「うっさいヘタレ!」

「ヘタレじゃねーよ!」

「じゃあ、一緒にお風呂入る?」

 

 ユリーナがニヤニヤとアルバートを見つめる。

 

「いや……、俺は怪我人だし……」

 

 途端に顔を赤らめ口ごもるアルバート。

 

「やっぱりヘタレじゃん!」

 

 ケラケラと笑いながらユリーナは浴室へ向かう。

 

「……、女はズルい……」

 

 アルバートは赤くなった顔をそのままに、口を尖らせながら言った。

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