Monster Hunter : World War   作:Soh.Su-K

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第四章
青漆の森、混沌の流浪


 一人の女性が森で薪を拾っていた。

 三十代半ばのその女性は、一杯になった背負子(しょいこ)を気怠そうに見つめた。

 

「段々こういう作業もきつくなってきちまった……。そう言えばあの子は……」

 

 女性が周りを見渡す。

 

「何処行っちまったのか……。離れるなとは言ってたんだが……」

 

 すると目の前の茂みがガサガサとざわめく。

 

「誰だい?」

 

 茂みから顔を出したのは一匹のウルグだった。

 

「ウルグ!」

 

 女性は一歩下がり、警戒する。

 よく見ると鎧のようなものを身に着けている。

 野生のウルグではない。

 

「この鎧……、連邦軍のウルグかい?主はどうした?」

 

 ウルグは疲れ切った様子でヨタヨタと女性に近付く。

 するとその後からワラワラと同じようなウルグが現れた。

 全部で五匹。

 その内の一匹の背中にうつ伏せに人が乗っていた。

 乗っているというより、乗せられているようで、意識もない。

 

「この子が主なのかい?連邦軍にしちゃ若すぎる……。と言うよりこの格好、ハンターじゃないのかい?」

 

 ウルグの背中から、その主らしき人物を降ろす。

 蒼白の顔に、何とか呼吸をしている程度だ。

 素人目にもかなり危険な状態だと分かる。

 

「あんた達、この子を助けようとしてたのかい!とにかく、村に連れていくよ!」

 

 声を聞きつけたのか、背後の茂みから小さな女の子が出てきた。

 六歳くらいの小さな女の子だ。

 

「ちょうど良かった!村に帰るよ!私はこの子を背負って行くから、薪を持てるだけ持って付いてきな!背負子はそのままでいいから!」

 

 女性は怪我人の様子を見る。

 どうやら右上腕を骨折してるようだ。

 

「この怪我はいつのだい!って、ウルグに聞いても分かんないね……」

 

 悪態を吐きながら拾った薪を添え木にし、骨折部分を固定した上に、脇腹に沿うようにして上段部全体を固定した。

 それが終わると、女性は怪我人を背負う。

 女の子は背負子を背負った。

 

「アンタにはまだ大きいだろ!」

 

 女の子はブンブンと首を横に振る。

 それを見た女性の顔が少し緩む。

 

「アンタ、強くなったね」

 

 女性は女の子の頭を優しく撫でた。

 

「とにかく、すぐに帰るよ!」

 

 女性と女の子が走り出した。

 その後を五匹のウルグが付いていく。

 夕暮れも間近の林道、()()()から二日が過ぎようとしていた。

 

 

 周りの騒々しい音と声で薄っすらと目が覚める。

 視界がぼやけ、耳もよく聞こえない。

 声を出そうにも、全身に力が入らない。

 ダメだ、首都に行かないと。

 しかし気持ちとは裏腹に、意識は再び底なし沼に引きずり込まれるように飲み込まれた。

 再び目が覚めると、そこは見知らぬ天井だった。

 

「ここは……?」

 

 上体を起こそうとするが上手く起きれない。

 利き腕が使えない事に気が付いた。

 三角巾で前腕部は吊られ、その上から上腕部が身体に沿うように固定されていた。

 

「やっぱ、夢じゃなかったのか……」

 

 まだ患部が熱を持ち、鈍い痛みがある。

 どれくらい寝ていたのだろうか。

 それ以前に、ここは何処なのだろうか。

 村は壊滅した。

 つまり、ここは別の場所だ。

 ココット村からどれだけ離れているのだろうか。

 どんなに近い村でも、歩いて三日以上掛かるはずだ。

 そんな事を考えていると、小さな女の子が入り口から顔を覗かせていた。

 

「やあ、こんにちは」

 

 アルバートは笑顔で女の子に話し掛ける。

 女の子は珍しい動物でも見るかのような目でアルバートを見つめていた。

 

「俺はアルバート。君が助けてくれたのかい?」

 

 アルバートが優しく尋ねると、女の子はトタトタと何処かへ走って行った。

 

「ありゃ?嫌われたか?」

 

 女の子が消えてすぐに、ドタドタと騒がしい足音が近付いてきた。

 

「目が覚めたって?」

 

 勢いよく女性が現れた。

 三十代後半の健康的な美人だ。

 

「ど、どうも、助けて頂いたようで。ありがとうございました」

 

 アルバートが深々と頭を下げる。

 

「いいから寝てな!今、医者を呼んでくるからね!ノウラ、この兄ちゃんにスープを飲ませてやりな!」

 

 女性はまたドタドタと何処かへ消えていった。

 先程の小さな女の子が木製のマグカップをお盆に載せて持って来てくれた。

 

「俺に?」

 

 そう言聞くと、女の子は満面の笑みで頷く。

 

「ありがとう」

 

 左手でそれを受け取り、口を付ける。

 根菜をメインに、色々な野菜をすり潰した優しい甘さのスープだ。

 

「美味しい……」

 

 アルバートのその言葉に、再び女の子から笑みがこぼれた。

 

「助けてくれたんだね、ありがとう。君の名前は?」

 

 アルバートのその問いに、女の子は困った顔をした。

 

「ん?どうしたの?」

 

 アルバートが首を傾げた時、再びドタドタと足音が近付いてきた。

 

「先生!早く!」

 

 先程の女性が、白衣を着た初老の男性の手を引きながら現れた。

 

「いやはや、相変わらずディアナは乱暴だ……」

 

 そうぼやきながら、乱れた白衣を直す男性。

 

「初めまして。私はこの村で医者をやってるベルンハルトと言う者だ」

「助けて頂いて、ありがとうございます。俺はアルバートです」

「アルバート君、君の身体の状態について説明させてもらうよ」

 

 ベルンハルトはアルバートの怪我について詳しく説明を始めた。

 まず、胸の傷は縫っていた一部が開き、化膿していたので、縫い直した上で化膿止めの薬を塗った。

 右上腕の骨折は、今は固定しているがこのままでは、治るまでに肩と肘の関節が硬くなり兼ねない。

 可能であるならばもっと大きな街の医者で手術をしてもらう方がいいとの旨だった。

 

「何から何までありがとうございます」

「いやいや、ディアナが血相変えて君を連れて来た時は驚いたけどね。しかし、何処でこんな怪我を?胸の傷はモンスターからのようだが、上腕の骨折なんて珍しい……」

「これは……、まぁ……」

 

 怪我の説明をしようとした時。

 

「すみません、それよりここは何処ですか?俺は何日寝てました?首都に行くにはどうしたらいいですか?」

 

 矢継ぎ早に質問するアルバート。

 

「あ、え?」

「ここはヴィラって言う村だよ。国境沿いの小さな村さ。アンタがここにきて三日経ってる。いつから気を失ってるのか知らないから、何日寝てたかは分からんね。とりあえず、三日以上は寝てたのは確かだよ。ここは南の辺境だ。首都までは獣車でも一週間近く掛かる。今のアンタじゃ無理だ。」

 

 ベルンハルトの代わりに女性が全て答えてくれた。

 

「ヴィラ……、聞いた事ない名前だ……。南の辺境……?首都通り越してここまで来たのか?誰が運んでくれたんだ……?」

 

 アルバートは混乱していた。

 南の辺境と聞くと、首都を通り越して来たことになる。

 そうだとすると、誰がここまで運んでくれたのか。

 

「運んだのはアンタのウルグたちだよ。今も外でアンタを待ってる。窓から見えるんじゃないかね?」

 

 そう言って女性がカーテンを開けた。

 外の眩しい日差しに目が眩む。

 女性が窓を開けると涼しい風が入ってきた。

 

「ほらアンタたち、ご主人様が起きたよ!」

 

 その声に四方からウルグが集まってきた。

 

「お前ら……」

 

 村を襲った連邦軍のウルグたちだ。

 

「アンタ、国軍の騎士なんだろ?鎧が違うから最初はハンターかと思っちまったよ。この子らの鎧は国軍のそれだし。逆になんでそんな恰好なんだい?」

 

 女性の言葉に、アルバートの思考が停止した。

 

「国軍……?」

「え?どうかしたかい?」

 

 女性は首を傾げる。

 それに反して、何かを察したベルンハルトの顔からみるみるうちに血の気が引いていった。

 

「ディアナ、窓を閉めるんだ。カーテンもね。それと、玄関の鍵も!」

「なんだい、どうしたんだい?」

「いいから早く!誰にも聞かれないように!」

 

 ベルンハルトの尋常ではない様子に、女性も急いで指示に従った。

 

「閉めたよ!」

 

 女性が戻って来るのを確認して、ベルンハルトがゆっくりと小さな声で話し始めた。

 

「アルバート君……、君は帝国の人間だね……?」

 

 女性と女の子が息をのんだ。

 

「……、はい、俺はミズガル神聖帝国の国民です。国境付近のココット村に住んでました……」

「やっぱり……」

 

 ベルンハルトはガックリと肩を落とした。

 

「ベルンハルトさん、ここはヘ=ニヴル福音連邦なんですね……」

「ああ、そうだよ……。君は気を失っている間に国境を越えてしまったようだね……」

 

 ベルンハルトは白髪交じりの頭を掻いた。

 

「連邦軍が五日前に帝国の村を襲撃したことは私も知っていてね……。生き残りは君だけか……」

「いえ、俺の妹と幼馴染たちも生き残ってる筈です。首都で落ち合う事になっていたので……」

「そうか……。ディアナ、この事は村の他の連中には言わないように。密入国で国境警備団に殺されるかもしれない。とにかく、アルバート君は怪我の治療に専念するんだ。動けるようになったら、越境のブローカーを紹介する。帝国に戻って、首都に向かいなさい」

 

 ベルンハルトがアルバートの肩に手を乗せる。

 

「いいかい、君は生き残ったんだ。だったら生き延びて、村の人たちの分まで生きなきゃいけない。いいね?」

 

 ベルンハルトは真っすぐにアルバートを見つめる。

 

「はい……、ありがとうございます……」

 

 アルバートは頷くしか出来なかった。

 

「大丈夫、心配しなさんな!アンタの事はアタシが守ってやるよ、アルバート!」

 

 女性がニカッと笑う。

 

「アタシはディアナ。んで、この子はノウラ。よろしくね!」

 

 ノウラがペコリと頭を下げた。

 

「ありがとうございます。よろしくね、ノウラ」

 

 ノウラもニッコリと笑う。

 

「アルバート、この子は声が出ないんだ」

 

 ディアナはノウラの頭を撫でる。

 

「辛い経験をしてね、それ以来声が出なくなっちまって。でも、それ以外は普通の子だから特別扱いはしないで欲しい。小さいながら、この子は強いからね」

 

 そう言って、ディアナは再びカーテンと窓を開けた。

 

「さて、内緒話はここまで。アルバート、お腹空いたろ?今ご飯持ってくるからね!」

 

 そう言ってディアナは部屋を出て行った。

 

「あ、ディアナ!アルバート君は久々の食事だろうから、固形物はまだやめといた方がいい!」

 

 そう言ってベルンハルトもディアナの後を追って出て行った。

 

「いい人たちで良かった……。まさか、連邦だったなんて……」

 

 アルバートは少し冷めたスープを一口飲み込んだ。

 

 

 アルバートが目覚めて一週間が経とうとしていた。

 ディアナとノウラの住む家は、村の中でも外れの方に位置しており、他の村人と会う事はなかった。

 家の裏手は森になっており、そこにウルグたちが隠れている。

 主従権を放棄して、連邦軍に帰した方がいいのではないかとベルンハルトに相談したが、主を失ったウルグたちを下手に帰して連邦軍が調査に来る可能性もあると窘められた。

 とりあえず鎧を脱がせ、野性のように振舞わせているし、餌に関しても自分たちで狩りをしている様で、手が掛からくて助かっていた。

 

「アルバート君!」

 

 ベルンハルトが書類を数枚持って、ディアナの家を訪れた。

 アルバートは運動ついでに、外でノウラと遊んでいた。

 五匹のウルグも一緒だ。

 

「ベルンハルト先生、今日はどうしたんですか?」

「体力も戻ってきたみたいだね」

「はい、お陰様で。元通りとまではいきませんけど」

「うん、よかった。とりあえず、中で話せないかな?」

「分かりました。ディアナさん!先生が来てくれたよー」

 

 アルバートの声に答え、ディアナが窓から顔を出した。

 

「あら、いらっしゃい、先生!」

「やぁ、ディアナ!ちょっと話をさせてくれないか?」

「あいよ!上がってきて、先生!」

 

 アルバートとベルンハルトに続いてノウラも家に上がった。

 三人が入ってくると、ディアナは玄関に鍵をかけ、窓を閉め、カーテンで室内を隠す。

 

「日取りが決まったよ、アルバート君」

 

 ベルンハルトが書類の一枚をアルバートに渡す。

 それは地図だった。

 ヴィラとその周辺、国境の少し先までが記載された地図だ。

 その地図に、赤い丸と線が描かれている。

 

「いいかい、ここが集合地点。夜の内にこのルートで国境を越える。問題なのは連邦側の国境警備団だ。帝国の警備隊なら、君を保護してくれるだろう」

 

 そして、一通の封筒をアルバートに手渡す。

 

「これは紹介状だ。帝国の首都に知り合いの医者がいる。彼なら上腕の手術も出来るはずだ。住所はここに書いてるからね」

「ありがとう、先生。でも、なんで俺を助けてくれるんだ?敵国の人間なのに……」

「アルバート君、医者にとって患者の国籍なんて関係ないんだよ。病める者を救う。それが医者の真理であり、全てだ。それに、連邦の人間を帝国に逃がすのは何回かやっている。この村は訳アリが流れ着く場所だからね……」

 

 そして、更に一枚の小さな羊皮紙をアルバートに渡した。

 

「これをブローカーに見せなさい。通行手形のようなものだ。集合時間は明日の夕方。いいね」

 

 アルバートは力強く頷いた。

 

「先生、ウルグたちはどうするんだい?」

 

 ディアナが淹れたてのハーブティーをテーブルに並べながら尋ねる。

 

「用心の為、国境を超えるまでは連れて行きなさい。国境を越えた後は連邦軍に帰るように言うといい。彼らが軍の施設に帰り着くころには、君はシルクォーレの森を抜けている筈だ」

「でもウルグが帰ったら、軍が調査に来るって……」

「君がいないのであれば調査に来たところで問題はない。他の村人には気付かれていないし、僕らも喋るつもりはないから安心してくれ」

「本当に、何から何までありがとうございます……」

「いいんだよ。ホントは僕だって、連邦から出て行きたいんだけどね……。言っただろ?ここは()()()が流れ着く村だって」

 

 そう言って、ベルンハルトは困ったように笑った。

 

「先生も訳アリなんですか……?」

「聞くかい?長くなるよ、私の話……」

 

 ベルンハルトは隠すように首に下げていたネックレスを服の中から出した。

 そこには傷だらけの鈍く光る、大小二つの銀色の指輪が通されている。

 

「私がこの村に流れ着いたのは十年程前。もとは連邦軍の軍医をしていた」

 

 ベルンハルトはゆっくりと話し始めた。

 自分が連邦軍の軍医であった事。

 そんな中、戦利品として拉致された帝国の女性と恋仲になり、帝国へ逃がした事。

 それによって軍を不名誉除隊となり、連邦の主要都市では医者として働けず、監視がつけられる事になっているらしい。

 それが嫌になり、この村まで逃げて来たのだ。

 

「この村にたどり着く前に、僕は死んだ事になっている。その手引きをしてくれたのもこのブローカーだ。料金は安くないが、信頼できる」

「先生は何故連邦に残っているんですか?帝国へ亡命した方が安全じゃないですか?」

「それはそうなんだけど……、腐っても故郷は故郷なんだ……。捨てるのは容易じゃない……」

 

 ベルンハルトはうつむく。

 

「この村にいる人はみんなそうじゃないかな?訳あって、こんな辺境の村にたどり着いたけど、連邦を捨てる勇気もない。そんな半端者の村なんだよ、ここは」

「確かにね。私だって、もう連邦にいる意味なんてないんだけどね」

 

 ディアナがハーブティーを飲みながら言った。

 

「ノウラを連れて越境するのはまだ難しいよ、ディアナ。行くんだったら、もう少し待った方がいい」

「まぁ、ここでの生活も悪くないし、急いで逃げる必要も私達にはないかね」

 

 ディアナは相変わらず、あっけらかんとしている。

 

「私達の事より、アルバート、アンタの事よ。アンタはちゃんと帝国に帰るんだ。待ってる人達もいるんだろ?」

 

 アルバートはバーニエルとユリーナ、エミリアの事を思った。

 

「多分、みんな帝国の首都で待ってくれてる筈だ。早く合流しないと」

「アルバート君、これはしっかり保管しておいてね」

 

 ベルンハルトから受け取った書類を、自分の荷物の中に入れる。

 

「それと、数日分の食料も用意してあるからね。日持ちするモンばかりだから、安心して持って行きな」

 

 ディアナから荷物を受け取る。

 中には干し肉や硬く焼いたパンなどが入っていた。

 

「いくつか薬の用意しておくから持っていくといい」

「二人とも、ありがとう……」

「とにかく、明日の夕方だからね、忘れないように」

 

 ベルンハルトは念を押すように言って去って行った。

 

「短い間でしたが、お世話になりました、ディアナさん」

「何、畏まってんだい!ノウラの遊び相手になってくれて助かったよ。明日の夕方までのんびりしていきな!」

 

 日が陰り始めた村の様子は、長閑そのものだった。

 

 

 日も暮れ、アルバートたちは夕飯を食べていた。

 明日の夕方にはアルバートはこの家を離れる。

 それもあって、今日はノウラと思いっ切り遊んだ。

 それで疲れてしまったのか、ノウラはスープを飲みながらうつらうつらし始めた。

 

「ノウラ!ちゃんとご飯食べてから寝なさい!」

 

 ディアナの声に一度身体をビクつかせる。

 少し目が覚めたのか、スプーンでスープを数回口に運んだが、すぐにまたウトウトし始めた。

 

「もう、この子ったら……」

「ノウラはもう限界みたいです。寝かせてきますね」

「ごめんねアルバート」

「ノウラ、もう寝よっか」

 

 アルバートはノウラを優しく抱っこして、ベッドまで連れて行った。

 布団を掛け、頭を撫でると、ノウラはアルバートの袖を掴んだ。

 

「ん?そばにいるから大丈夫」

 

 再び優しく頭を撫でると、ノウラは微笑んでスースーと控えめな寝息をたて始めた。

 

「いつになく遊び疲れたみたいだね」

「そうですね。俺がいなくなることが分かってるみたいで……」

「そうかい……。アルバート、アンタも早く寝な。明日から大変なんだから、少しでも休んどきな」

「ありがとうございます、ディアナさん」

 

 二人が食卓に戻ると、窓をカタカタを揺らす音が聞こえてきた。

 

「なんだ?」

 

 不審に思い、アルバートがその窓から外を覗くと、ウルグの一匹が窓を叩いていた。

 

「どうした?」

 

 窓を開けてやると、ウルグは軽い跳躍で室内に入って来る。

 何かを伝えようとする目でアルバートの事を見つめてきた。

 

「何か異常か?」

 

 ウルグはアルバートの袖を噛み、グイグイと引っ張る。

 その様子に、アルバートはすぐに理解した。

 

「逃げろって事だな!」

 

 外からウルグの鳴き声が聞こえた。

 他の四匹が警戒しているのだろう。

 

「ディアナさん、追手が来たのかもしれない!」

「この子の様子からするにそうだろうね。荷物はまとまってるね!」

「はい!」

「すぐに逃げな!私が時間を稼ぐよ!」

 

 アルバートは荷物を取り、太刀を装備した。

 外に出るとウルグ達が集合している。

 二つの荷物をそれぞれ違うウルグの背に載せ、アルバートは一番体格のいいウルグに跨った。

 

「早く行きな!」

 

 ディアナが窓から顔を出して言う。

 

「ありがとう、ディアナさん!」

 

 アルバートはお礼を言ってウルグを走らせた。

 その姿が夜の森に消えたのを見届けると、ディアナは手早く食器を片付け、アルバートがいた痕跡を消していった。

 すると、力強くドアがノックされる。

 

「来た……」

 

 ディアナが慌ててダイニングへ戻る頃、もう一度ドアがノックされる。

 先程よりも強く叩いている。

 

「おい!いるんだろ!」

 

 男が外で叫ぶ。

 

「はいはい!どちらさんで?」

 

 ディアナがドアを開けると、二人の男が立っていた。

 背の高い男と小柄な男のデコボココンビだ。

 

「おせぇよ、いるんだったさっさと出やがれ、クソが!」

 

 小柄な男が突っかかって来る。

 

「こんな晩飯時に怒鳴り込んできて偉そうに……」

 

 溜息混じりにディアナ言う。

 

「あ?喧嘩売ってんのか、ゴルァ!」

「だいたい、何なんだいアンタたち」

「ふざけんなよ、このクソアマ!」

 

 小柄な男がディアナの胸倉を掴もうとするが、その手を長身の男が掴み、止めさせた。

 

「落ち着け。迷惑だろ」

 

 低い声で小柄な男を叱咤する。

 

「チッ!」

 

 小柄な男は舌打ちをしながら手を引っ込めた。

 

「夜分に申し訳ない、ご婦人。我々は連邦軍所属の国境警備隊だ。この辺りに密入国者がいるとの噂を聞きつけて調査している所だ。ご協力を願いたい」

「密入国?なんでわざわざこんな貧乏な国に来る必要があるんだい?帝国の方が連邦よりも豊かじゃないか」

 

 ディアナは鼻で笑った。

 

「それは我々にも分からん。ただ、何であれ密入国は罰せねばならん。行方を知らんか?」

 

 長身の男は鋭い眼光でディアナを見つめていた。

 

「知らないよ。だいたい、そんなに大きい村じゃないんだ。誰か入って来たらすぐに分かる。よそ者なんて見てないね」

「……、そうか。ちょっと家を調べさせてもらっていいか?」

 

 そう言って男達はディアナの返事を聞く事なく、ズカズカと家に上がり込んできた。

 

「ちょっと!何なんだいアンタたち!」

「これも公務だ。抵抗する場合、貴様も密入国の幇助で逮捕するぞ?」

「横暴過ぎじゃないか!」

 

 ディアナの声に全く耳を貸さずに、男達は家を荒し始めた。

 その音に、眠っていたノウラも目を覚ましてダイニングへやってきてしまった。

 

「お?可愛いお嬢ちゃんじゃねーか、こんばんは」

 

 小柄な男がニヤニヤとしながらノウラに近付く。

 怖がったノウラをディアナの後ろに隠れた。

 

「なんだよ、挨拶くらいしろよクソガキが」

 

 舌打ちをしながら小柄な男が離れて行った。

 

「……、この部屋はなんだ?」

 

 長身の男が一つの部屋を指差す。

 そこはアルバートが使っていた部屋だ。

 ディアナは物置のように上手く偽装していた。

 

「見ての通り、物置だよ」

「ほう。この家は貴様ら二人だけで住んでいるのか?」

「ああ、だったらどうしたってのさ?」

「なるほど。おい、二人を拘束しろ!」

「どうして!」

「やっぱり()()だったか!」

 

 小柄な男が縄を取り出し、ディアナの手を縛り始めた。

 

「なんで!こんな!」

「上手く偽装したつもりだろうが、これじゃダメだ。物置という割に埃が少ない」

 

 長身の男はチェストの上を人差し指でなぞり、埃をチェックしている。

 

「生憎、掃除好きなんでね!」

 

 ディアナを横目で一瞥した。

 

「決定的なのは、埃のたまり方が物によってまちまちだからだ。これは動かした後だろ」

「クソ!ノウラ!逃げな!アルバートに追いつけるかもしれない!」

 

 ディアナが叫ぶ。

 それと同時に、玄関からウルグが一匹飛び込んできた。

 アルバートが連れていた内の一匹だ。

 警戒の為にディアナの家の近くに隠れていたのだ。

 

「なんだ!ウルグ!」

 

 小柄な男が驚いて飛び退く。

 ウルグはノウラの股下に身体を滑り込ませ、そのまま跨らせた。

 

「行きな!アルバートと一緒に!」

 

 その声を合図に、ノウラを乗せたままウルグは外へ飛び出し、全速力で森へ消えていった。

 

「クソ!騎士の能力者か!」

 

 小柄な男がディアナを縛り上げながら言った。

 

「お前はここでその女に尋問しろ。吐かないようなら好きにしていい」

 

 長身の男はそれだけ言い残すと、玄関から外に出る。

 すると、一際躯体の大きなウルグが現れた。

 

「あのウルグを追え」

 

 長身の男はそのウルグに跨り、森の中へ消えていった。

 

「さて、二人きりになれたな、クソアマ」

 

 小柄な男がニヤニヤと見下してくる。

 

「フン!アンタなんかに喋るもんか!」

「ああ、それでも構わねー。俺の目的はそんな事じゃねー。殺してもいいって言われたんだしな」

 

 そう言って男は少し大ぶりの刃物を取り出した。

 ナイフと言うには大きく、形状から鉈と言った方が正しい。

 

「アンタ、軍人より、殺人鬼の方がしっくりくるんじゃないかい?」

「へへへ、そいつは俺にとっては誉め言葉だ」

 

 そう言って男はディアナの服を切り刻み始めた。

 

「とんだ変態野郎だね」

 

 ディアナは男を睨み付けた。

 後ろ手に縛られているため、豊かな乳房がより強調され、それをまじまじと男が眺める。

 

「やっぱり女の身体は最高だな……。おい、股を開け」

 

 男は力尽くでディアナに股を開かせる。

 

「クソ野郎!」

「いい身体してんじゃねーか、おい」

 

 下半身を露出させ、いきり立ったモノをディアナの女性器に擦り付け始めた。

 

「やめろ、クソ!」

「うるせぇ!」

 

 男が何度もディアナの顔を殴打する。

 何度か意識が飛びそうになった。

 

「おい!ノビんじゃねーぞ!おい!」

 

 今度は平手打ちされる。

 ディアナの顔はみるみるはれ上がっていった。

 

「へへへ、いい顔になったじゃねーか、なぁ」

 

 そう言って男は腫れ上がったディアナの顔をベロベロと舐め回す。

 

「お前、いい女だ。気に入ったよ!」

 

 いきり立ったモノが一気にディアナの中にねじ込まれた。

 

「いっ!」

「悪ぃな、前戯なしで入れるのが一番気持ちいいんだよ」

 

 お構いなしにスコスコと腰を振り始める男。

 

「あぁ、最高だ!な?気持ちいいだろ!」

 

 勝手にボルテージを上げていく男。

 

「フン、アンタみたいな租チンで感じる女なんているのかい?」

 

 ディアナが挑発する。

 

「んだと?」

 

 再び男はディアナの顔を殴打し始める。

 

「おい、クソアマ!殴る度に締め付けてんじゃねーか!筋金入りのクソマゾじゃなねーか!」

 

 口内の血管も鼻腔内の血管も切れ、血が流れ出している。

 瞼にも血が溜まり、視界が遮られる。

 

「クソアマ!ノビてんじゃねーよな!おい!」

 

 男はディアナの腹部を殴り始めた。

 内臓が圧迫され、胃の内容物が逆流してきそうになる。

 

「聞いてんのかゴルァ!」

 

 既に意識が朦朧としている。

 痛みすらまともに感じなくなってきていた。

 

「おい!()()()きてんぞ!気合入れて締めろ!」

 

 左手で乳房を鷲掴みにしながら、右手で腹部を殴り続ける。

 

「一人……よがりの……セックスしか……出来ない……租チン……野郎が……」

 

 絞り出されたディアナの言葉に男は激昂した。

 

「クソアマがぁ!」

 

 男は右手で鉈を握り締め、ディアナの左腕へ振り下ろした。

 

「きゃぁあぁあぁぁぁあぁぁあ!」

 

 ディアナの叫び声が響き渡った。

 

「知ってるか?人間ってのは急所を刺されると全身の筋肉が収縮しちまうんだよ」

 

 鉈に付着した血液をディアナの腹部で拭き取る。

 

「分かるか?全身の筋肉だ。つまり、()()()の筋肉もギチギチに収縮しちまうんだよ!」

 

 男は狂ったように笑い始めた。

 

「俺もまだ七回しかやって事ねーけど、最高なんだよ!試してみるか……?」

 

 男は鉈を両手で持ち、頭上高く振り上げた。

 

 

 ノウラは泣きながらウルグにしがみついていた。

 相変わらず声は出ない。

 嗚咽だけが絶え間なく漏れ出すだけだった。

 悔しかった。

 また同じような事が起きた。

 起きてしまった。

 そして、また何も出来なかった。

 ノウラはウルグの背中で延々と自らの無力さを無言のままに嘆いた。

 やがて、前方の木々の合間に影がちらつく。

 先に逃げたアルバートに追いついたのだ。

 ノウラを乗せたウルグが一声吠えた。

 その声に気付き、アルバートが振り返る。

 

「ノウラ!」

 

 アルバートは驚きの声を上げた。

 

「どういう事だ?ディアナさんは!」

 

 アルバートはウルグから降りた。

 ノウラもウルグから降り、アルバートへ抱き付いた。

 

「どうした!何があった!」

 

 ノウラはアルバート腕の中で泣きじゃくっていた。

 その様子から、アルバートは何となく事態を把握した。

 

「とにかく、少しでも離れよう。追いつかれないように」

 

 アルバートはノウラを後ろから抱きかかえるようにしてウルグに跨る。

 とにかく逃げるしかない。

 何処かに身を潜めて、明日の夕方になるのを待つしかない。

 

「クソ!どうすりゃいい!」

 

 この辺りに潜んでいても、夜が明ける前に見付かるだろう。

 だからと言って遠くまで逃げれば、集合地点に戻れなくなる。

 考えれば考える程、事態の深刻さだけがのしかかってくる。

 急に、背後から殺気を感じた。

 まるで神経を逆撫でされるような不快感。

 まるで首元に刃物を突き付けられたような切迫感。

 アルバートはウルグから降りた。

 

「お前たちはノウラを連れて距離とって隠れてろ。お前は残ってくれ」

 

 一番大きなウルグだけを残し、四匹のウルグにノウラを任せ、隠れさせた。

 

「来る!」

 

 木々の間から大きな影が飛び出し、アルバートに向かって飛んできた。

 アルバートは太刀の斬撃でその()の軌道を逸らし、回避する。

 その影は、()()()()()()()()()()()()だった。

 

「なんだ、アンタ!」

「それはこっちのセリフだ、密入国者……」

 

 柄の両端に刃物が取り付けられた武器と右腕に大きな昆虫を携えた長身の男が立っていた。

 その武器の名は『操虫棍』。

 猟虫と呼ばれる蟲と、棍の2つを操る武器であり、近接と遠距離の両方をこなす。

 棍を使用し高く飛び上がる事によって、短時間ではあるが人間の生身で空中での戦闘も可能である。

 

「これから国に帰るところなんだ。アンタの世話にはならんで済む……」

「いいや、越えてしまった時点で我々の下で処罰されるものだ。諦めろ」

「嫌だね!」

 

 アルバートは地面を蹴った。

 抜刀と同時に袈裟と逆袈裟に斬撃を繰り出す。

 利き腕が使えない分、鋭さがない。

 男は涼しい顔で夜空へとその身体を舞い上がらせ、斬撃を躱す。

 

「厄介だなぁ!」

 

 アルバートの斬撃を男は難無くヒラヒラと躱していく。

 

「その程度か?ならば、こちらからいくぞ!」

 

 男が急降下しながら斬りかかって来る。

 横に薙ながら斬り下がり、アルバートは回避。

 そのまま大きく横振りの斬撃を繰り出す。

 しかし、その斬撃を空を切り、男は再び夜空に舞い上がっている。

 

「やりづらい……!」

 

 アルバートは苦虫を食い潰した。

 

「片腕だとやりにくいだろ?」

 

 片腕使いこなすには太刀は大振り過ぎる。

 まず、人との戦闘に慣れていないのも大きい。

 

「まぁいい。ここで死ね」

 

 男の猛攻が始まった。

 何とか躱し、防ぎ、いなす。

 しかし、力量の差から、アルバートの身体には浅い傷が増えていった。

 

「クソ!」

「なかなかいい筋だ。ここまで喰らい付いてくるとは思わなかった」

 

 一度距離を取る。

 上がり切った呼吸を無理やり抑え込むアルバート。

 対して、男の方が涼しい顔をしている。

 

「諦めて()()されろ。その方が楽だぞ。さっきの幼女も、いい里親を見付けてやる」

「……、それはつまり、ディアナさんはアンタが殺したって事か……?」

 

 アルバートは太刀の柄をギリリと握り締めた。

 

「俺ではない。部下の好きにするように言っただけだ。まぁ、屍姦すらする頭のイカれた男だ。まず命はないだろう」

「いやぁぁぁあぁぁ!」

 

 男の言葉に声を上げたのはアルバートではなかった。

 

「ノウラ!」

 

 隠れていたはずのノウラが先程の会話を聞いていたのだ。

 

「ノウラ!隠れろ!」

 

 叫んだ瞬間、ウルグの鳴き声が響いた。

 アルバートにはその声が何を知らせているのか瞬時に理解した。

 アルバートはノウラに跳び付き、覆い被さるように抱き締めたまま倒れ込む。

 それと同時に、男の目の前で強烈な光が発生した。

 

「何!」

 

 閃光弾だ。

 その光をまともに見た男とそのウルグは視界を奪われ、動けなくなった。

 

「今だ、アルバート君!」

 

 その声にすぐ反応して、アルバートはノウラを抱きかかえてウルグに跨り、声の方向へ走り出した。

 

「ベルンハルトさん!」

「遅くなってゴメン!」

 

 声の主はベルンハルトだった。

 彼もウルグに跨り、アルバートと並走する。

 

「ベルンハルトさん、ウルグに乗れるの?」

「一応、最終階級は軍医大佐だからね!小型モンスターに乗る訓練も受けてるよ!」

「それで、ディアナさんは!」

 

 その問いに、ベルンハルトは一瞬止まった。

 

「一歩遅かった……。間に合わなかった……」

「そんな!ディアナ叔母さん!」

 

 ノウラが声を上げた。

 

「ノウラ!声が!」

「何て皮肉なんだ……。母の死で声を失い、叔母の死で声を取り戻すなんて……」

「落ち着けノウラ!とにかく、今は逃げるしかない!」

 

 腕の中で泣くノウラをなだめながら、とにかくウルグを走らせた。

 

「アルバート君!逃げるんだったらブローカーのアジトだ!そこ以外に隠れられる場所はない!」

「アジト?場所は分かるんですか!」

「付いてきてくれ!」

 

 アルバートはベルンハルトの後ろについて走った。

 

 

「ルイジ!いるかい!」

 

 ベルンハルトは森の中にポツンと立った小屋のドアをドンドンと叩いた。

 

「なんだ、軍医殿か」

 

 頭を掻きながら初老の男が出てきた。

 身長も高く、がっしりとした体格だ。

 

「非常事態だ!今晩にでも出ないと、国境警備隊に追いつかれる!」

「チッ!二十秒待ってくれ!準備する!」

 

 ルイジと呼ばれた男は一度家の中へ消え、雑嚢袋を肩から下げてすぐに出てきた。

 

「追手は?」

「現状、二。一人のウルグを私が奪ったから、追い掛けてきているのは一だと思う。それなりに距離は稼げていると思うけど、詳しくは分からない」

「信号弾の音などはなかった、増援の心配も今はないだろうな」

 

 ベルンハルトとルイジが状況確認を手早く済ませる。

 

「青年、君がアルバートか?」

 

 ルイジがアルバートに向き直った。

 

「はい。こっちはノウラです」

 

 ノウラはアルバートから離れようとしなかった。

 ディアナの事が相当なショックだったようだ。

 

「……、状況は理解した。君の連れてるウルグを一匹借りるよ」

 

 ルイジもノウラの様子から何となくだがノウラの事情を把握した。

 

「はい」

「この際、軍医殿も帝国へ逃げた方がいい。国の状況も危うい。詳しくは走りながら話す」

「了解。それと、もう私は軍医じゃないよ、ルイジ中佐」

「ハハッ、私も軍人じゃないですよ」

 

 全員がウルグに跨り、ルイジを先頭に森の中を走り始めた。

 

「国境を越えても安心はできない。連邦の国境警備隊はシルクォーレの森から出ない限り追い掛けてくる」

「それじゃ国境なんて意味がないじゃないですか!」

 

 アルバートが思わず叫ぶ。

 

「自国の事をこういうのもなんだが、この国は盗賊の国だと思ってくれた方がいい。法なんてあってないようなものだ」

「それに嫌気がさしてルイジは軍を辞めたんだ」

「だったら、ルイジさんも一緒に帝国へ逃げましょう!」

 

 アルバートはそう言うが、ルイジは首を横に振った。

 

「この国から逃げようとする人が他にもいる。私は、そういう人を逃がしてやりたい。帝国をはじめ、三ヶ国の入国管理の部署にパイプを持ってる。国境を自力で越える事を条件に、受け入れをしてくれる。国境さえ超えれば正式な書類と共に、堂々と亡命できる。いつまで可能か分からないけど、このパイプは私以外に扱えない。」

 

 元々国軍に所属していたベルンハルトやルイジがここまで自国を嫌う理由をアルバートは理解しようとしたが、村での平和な生活しか経験がないアルバートにとって、それは困難であった。

 

「それで、ルイジ。()()()()ってのは何だい?」

 

 ベルンハルトが先程のルイジの言葉を思い出した。

 

「端的に言って、連邦は戦に備えている」

 

 その言葉に、ベルンハルトが慎重に言葉を選びながら問い返した。

 

「それは……、帝国との戦争に関して、()()()()()()()()準備をしているって事かい?」

「そういう事だ。五年、いや三年以内に連邦は帝国との薄氷条約を破棄し、それと同時に帝国への侵略を開始するつもりだ」

 

 ベルンハルトは頭を抱えた。

 

「周辺国と小競合いを続け、軍は疲れているんだぞ?そんな状態で戦争なんて、負け戦じゃないか!」

「小競合いに関しては、その数も規模も縮小の一途をたどっている。意図的に戦闘を避けている。その代わり、村などを標的とした略奪が今までよりも、より遠方まで手を伸ばし始めた。軍備などを整え始めていると考えるのが妥当だ」

「それって、近い内に連邦が帝国へ戦争を仕掛けてくるって事?」

 

 アルバートがベルンハルトに訊ねた。

 

「そういう事だね」

「一応、俺の方から帝国の知り合いに忠告はしている。帝国も秘密裏に軍備の強化を始めているんじゃないかな」

 

 戦争が起きる。

 アルバートには全く実感が湧かない。

 連邦と帝国の国境近くの村に住んでいながら、すぐ近くに敵国がある、戦争が起きるなど、全く考えていなかった。

 

「アルバート、私が案内できるのは森の途中までだ。それ以上は私自身が帝国の国境警備に引っかかる可能性もある。まずは全力で森を抜ける事を考えるんだ。抜けた後は首都に向かえ。首都なら職もあるだろうし、職があれば住まいも手に入る」

「分かりました!」

「ノウラの事、しっかり守ってやるんだぞ」

 

 やがて緩やかな上り坂になった。

 ウルグたちの走る速度を少し緩める。

 

「山道?」

「しばらくは上り坂だ。この道は私が開いた峠道だ。誰にも知られていない。しばらく行くと小さな水場がある。そこで一度休憩する。その後は下り坂になるからあとは駆け降りるだけだ」

 

 ルイジに案内され、ひたすらウルグを走らせた。

 人一人がようやく通れるくらいの獣道だった。

 木々の間から見える空は段々と明るくなり始めた。

 もうすぐ夜が終わる。

 必死に逃げてきたが、本当に追手は来ているのだろうか。

 あまりに何もない。

 もう追っても諦めたのではないだろうか。

 アルバートはそんな淡い期待を持ち始めた。

 何気なく後ろ振り返る。

 すると、大きな虫がアルバートの顔を目掛けて高速で飛んで来た。

 

「うわぁぁ!」

 

 何とかその虫を避けた。

 

「どうした!アルバート!」

 

 ルイジが振り返る。

 

「なんか、大きな虫が!」

「クソ!追いつかれたか!」

 

 ルイジは苦々しく舌打ちをした。

 

「休憩は無しだ!追手は俺に任せて先に行け!この道を真っ直ぐだ!」

 

 ルイジは獣道から外れ、森に消えていった。

 

「アルバート君!とにかく真っすぐだ!」

 

 ベルンハルトが代わりに先頭を走る。

 

「さっきの虫は、君が対峙した騎士が飛ばしてきた猟虫だろう。猟虫の有効射程内に入ってしまったという事だろう。相手は乗ってるウルグが潰れてもいいと考えているみたいだ」

「ウルグを使い捨てにするつもりなんですか!」

「アルバート君や私を殺せれば、その後は信号弾で仲間を呼べる。ウルグを潰してでも、私達を殺したいみたいだ」

 

 アルバートは自分とノウラを乗せたウルグに目を落とした。

 元は連邦軍のウルグだが、アルバートの事を助けてくれたのは紛れもなくこのウルグたちだ。

 既に愛着も沸いているし、今も必死に走ってくれているのを見ると、やはり特別な感情が湧く。

 しかし、今追跡してきているの者は、そんな事も考えないらしい。

 消耗品の移動手段。

 ハンターを目指していた自分に言える事ではないが、あまりにモンスターの命を軽視し過ぎている気がする。

 

「アルバート君!今は逃げる事が先決だ!余計な事は考えるな!」

 

 まるでアルバートの胸の内を見透かしたように、ベルンハルトが叱咤する。

 

「ルイジが時間を稼いでくれている内に国境を越えて、森を出る!ルイジの決意を無駄にしないでやってくれ!」

 

 そうだ、ルイジはアルバート達が逃げれるように、囮になったのだ。

 

「分かっています!」

 アルバートは歯を食いしばって、獣道の先を睨んだ。

 

 

 ルイジはウルグから降りた。

 そこは獣道から少しそれた場所で、五メートル四方程、藪もない草むらになっていた。

 

「さて、来るか……」

 

 武器を手にした。

 ルイジの武器は、バックラー程の小振りな盾と短剣。

 攻撃と防御を両立させた片手剣だ。

 リーチが短く、他の武器に比べ攻撃力は低いが、障害物の多い森の中では扱いやすい。

 

「まさか……、ルイジ中佐ではありませんか……?」

 

 木々の間から現れた国境警備隊が驚きの声を上げた。

 

「操虫棍使いでまさかと思ったが、嫌な予感ってのは当たるモンだな、ハンス」

「お久しぶりです、中佐」

()()()()依頼ですかね。死んだと思っていましたよ」

「俺にも色々あってな……」

「そうですか……、色々あって、連邦に反逆するようになったんですね」

「お前だって、いつまでも連邦にしがみついてられないと思っているだろ。この国はもう立ち行かなくなってる」

「それと国を裏切る事はイコールじゃない。この国が変わる可能性だってあるでしょう」

「髪も国も戦友さえも信じないお前が、そんな可能性を信じるとはな……。なかなか面白い」

「うるさいですよ、中佐」

「悪いがもう中佐じゃない。俺はただの亡命ブローカーだ」

「国に不利益を成す者は処分します」

「やれるもんなやってみろ、青二才!」

 

 二人は同時に地面を蹴った。

 

「!」

 

 アルバートは急に後ろを振り返った。

 

「どうした!アルバート君!」

「遠くで、金属が打ち合う音が聞こえたような……」

 

 その言葉にベルンハルトは静かに舌を巻いた。

 ルイジと別れて既にかなりの時間が立っている。

 もしルイジが戦闘をしていたとしても、その音を人間が拾う事など出来ない。

 しかも、今は走るウルグに跨った状態だ。

 そんな事は不可能だ。

 ある一つの可能性を除いてはだが。

 

「ルイジが戦っている。急ぐよ!」

 

 しかし、今はそんな事を考えている場合ではない。

 

「ベルンハルトさん!さっき、道の傍に小さな水場がありませんでした?」

「え?私には見えなかった!」

 

 日は登り始めたが、森の中はまだ暗い。

 ベルンハルトは確信した。

 しかし、それを今話す事は止めた。

 森を抜け、安全が確保できてからでいい、ベルンハルトはそう判断した。

 

「アルバート君の言った通りのようだ。道は下りになっている。既にここは帝国領だろう」

「じゃあ、このまま走れば、その内森を出れますね!」

「あぁ、もう少しだ!」

 

 ベルンハルトがそう言った瞬間、遥か後方で信号弾が上がった。

 数は一で、色は赤。

 

「撤退の信号弾だ!」

 

 思わずウルグたちの足を止め、その信号弾を眺めた。

 

「ルイジさんが撃ったんですか……?」

「……、分からない。とにかくもうすぐ森を抜けられるはずだ、急ごう」

 

 再びウルグを走らせ始めて一時間。

 朝の日差しが森の中をキラキラと照らし始めるころに、アルバート達は森を抜けた。

 

「止まれ」

 

 森を出てすぐ、目の前には二十人近くの騎士が立っていた。

 

「君がアルバート君かい?」

 

 中央に立っていた男がアルバートに訊ねる。

 

「はい」

 

 アルバート達はウルグから降りた。

 ノウラは震えながらアルバートの後ろに隠れる。

 

「君一人の受入の筈だったが?増えているな」

「この人たちは連邦の人です……。軍に追われて、俺と一緒にここまで逃げて来ました。この二人も助けて下さい!お願いします!」

 

 深々と頭を下げる。

 

「どうします、第三師団長?」

「構わん、保護してやれ」

 

 それはアルバートには聞き覚えのある声だった。

 

「よく帰って来た、アルバート」

 

 騎士たちのさらに後ろから現れた男に、アルバートは目を丸くするしかなかった。

 

「ソラタ……さん……?」

 

 その声に、ソラタはニカッと分からった。

 

「遅ぉなって悪かったな、アルバート。とにかく、よぉ生きとった」

 

 そう言って、ソラタはアルバートの頭をワシワシと撫でた。

 

「ソラタさん……、村が……、村がぁ!」

 

 アルバートの堰を切ったように泣き始めた。

 

「すまんかったな、助けられんで……、本当にすまんかった……」

 

 ソラタはアルバートを強く抱き締める。

 ()()()から十一日目の朝の事だった。

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