Monster Hunter : World War   作:Soh.Su-K

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第五章
群青の都、帝都の路地


 アルバート達は騎士団が用意した獣車の荷台に乗せられ、帝都へ向かっていた。

 ノウラは毛布に小さく包まり、スースーと小さな寝息を立てている。

 ベルンハルトも毛布を羽織ってコクリコクリと船を漕いでいる。

 そんな中、アルバートだけは眠れなかった。

 荷台から顔を出してソラタの姿を探す。

 

「ソラタ師団長殿!青年が話したいようです!」

 

 荷台のすぐ後ろにいた騎士がソラタを呼んでくれた。

 

「ありがとうございます……」

「いえ、話したい事もたくさんあるでしょう。早くスッキリして眠った方が身体にもいい」

 

 その騎士はニッコリと優しく微笑んでくれた。

 

「どうした、アルバート?」

 

 隊列の前方にいたソラタが獣車の近くに来てくれた。

 

「ソラタさん、これはどういう事なんでしょうか……?」

 

 アルバートには全く意味が分からなかった。

 

「何処から説明して欲しい?」

「自分でも何が分からないのか分かりません。何もかもが分からないです……」

「そうだろうな……。まず、十日前に起きた事から説明しよう」

 

 ソラタはゆっくりと説明を始めた。

 十日前、アルバート達が住んでいたココット村が、連邦軍の略奪により壊滅した事。

 その略奪作戦については、決行される四日前に帝国は連邦軍内に潜ませた者を通じて情報を手にしていた事。

 ソラタが村へ来たのは、その事を村に伝え、避難させるためだった事。

 しかし、帝国が提案した避難支援を村長をはじめとする村人たちが拒否した事。

 拒否する代わりに、アルバートをはじめとする若者四人の保護を依頼された事。

 だが、その若者四人の内、保護出来たのはアルバートのみである事。

 他の三人については全く情報がない事。

 

「俺……だけ……?」

「本当にすまない。()()()、森の中を大規模に捜索したが、お前をはじめ、誰一人見付ける事が出来なかった。戦闘の跡や獣車の跡はあったが、追跡出来なかった。捜索を諦めた頃に、連邦のブローカーからお前を越境させるという旨の連絡が入った。俺は第一軍だから担当地区じゃないが、将軍に特別に許可を頂いてお前を迎えに来た」

「バーニィもユリもエミリアも……、行方不明……?」

 

 アルバートは絶望した。

 帝都に行けば再会できると信じていた。

 しかし、そうではなかった。

 

「アルバート、しっかりしろ。三人とも、死んだ訳ではない。姿を見付けられなかったが、遺体を見付けた訳でもない。何処かで生きてる筈だ」

「そんなの分からないじゃないか!奴らは死体すら持ち帰るかもしれない!」

「落ち着け、アルバート。ノウラちゃんが起きる」

 

 混乱するアルバートを何とか宥めるソラタ。

 

「生きていると信じるしかないだろ。とにかく、今は寝ろ。帝都に着くまであと二日ある。少しでも身体を休めておけ」

「……」

 

 アルバートは大人しく荷台の中に戻り、毛布を被った。

 

「……」

 

 ソラタは獣車の荷台を見つめた後、隊列の最後尾にトコトコと付いて来ている六匹のウルグたちを見た。

 

「俺だって混乱してんだぞ、アルバート……」

 

 ソラタは誰の耳にも届かない声でポツリと漏らした。

 

 

 歩いて野営する。

 それを二回繰り返した頃には、首都が近付いてきた。

 

「ノウラちゃん、見てみな!あれが帝都・トールキンだ!」

 

 御者台に乗せてもらったノウラに、手綱を引いている男が話しかけた。

 ちょうど小高い丘のてっぺん辺りだ。

 そこからは城壁に囲まれた、丸い大きな街の一部が見えた。

 大きな川の中州に出来上がった、このミッドガル大陸最大の都市・トールキン。

 帝国と連邦が分裂する前の大ミズガル帝国時代から政治の中心である巨大な都市として栄えてきた。

 外洋へとつながる大河・ウルザブルン川の中州を中心として、巨大な円を描いて建てられた堅牢な城壁の中に、八百万近くの人々が暮らしている。

 

「凄い……、こんな大きな街、見た事ない……」

 

 ノウラは思わず息をのんだ。

 

「ビックリするのも仕方ない。世界で三本の指に入る巨大都市なんだ」

「よく分かんないけど、凄いんだね……」

 

 その会話を聞きつけて、ベルンハルトが荷台からひょっこり顔を出した。

 

「私も初めてだ……。連邦のヘルとはえらい違いだ……」

「そらそうよ!帝国は世界一強い国なんだ!首都だって世界一だ!」

 

 ひとしきり眺めた所で、小さな雑木林に差し掛かり、首都の姿は木々で見えなくなった。

 

「先生、お兄ちゃんは?」

 

 ノウラは、荷台から顔を出したままのベルンハルトに訊ねた。

 

「眠ってる。ずっと気を張ってたからね、疲れ切ってたんだ。トールキンに着くまでには起きるだろう」

 

 ノウラは心配そうに、荷台で寝ているアルバートを見た。

 

「右上腕は骨折、胸には大きな切り傷。こんなんでよく逃げてこれたな……」

 

 御者の男がチラリとアルバートを見る。

 

「しかも、敵のウルグを従えて来るなんて、前代未聞だ」

「恐らく、アルバート君にはそれなりの騎士の能力が備わってるようだ。発現した直後に、六匹のウルグに主従権の上書きを施すなんて、中々いない能力者だと思うよ、私は」

「ウルグだろうが主人が近くにいる六匹を同時とは異常だ。騎士になるべきなんじゃねーかな。ソラタ師団長がどう考えるかは分からねーがな」

「師団長の意向で決めるんですか?」

「あぁ、彼はまだ未成年だ。未成年が生活するには保護者が必要だ。保護者がいない場合は後見人だ。元々、彼の住んでた村の村長が後見人だったみたいだが、ソラタ師団長にそれが引き継がれているらしい。襲撃を予見してたからこその判断だろう」

「なるほど。情勢が不安定になり始めている帝国にとって、有能な騎士は欲しい人材だろうね」

 

 ベルンハルトと御者の話に、ノウラは全く付いて行けなかった。

 

「ノウラちゃんはベルンハルトさんを後見人にすればいい。同じ村にいたなら、その方が気兼ねしないだろう」

 

 何気ない御者の言葉に、ノウラは少し戸惑った。

 

「私はベルンハルトさんと一緒に暮らすの?」

「その方が安心じゃないかい?流石にまだ一人暮らしは出来ないだろ?」

「……、私、お兄ちゃんと暮らしたい!」

 

 御者とベルンハルトは面喰ってしまった。

 そして、すぐに笑いだした。

 

「振られたな、ベルンハルトさん!」

「あぁ、私は盛大に振られたみたいだ」

「そうじゃなくて!ベルンハルトさん、ごめんなさい。ただ、お兄ちゃんの事も心配だし……、その……」

「いいじゃないか、ノウラ。アルバート君と一緒に住んだらいい。必ずしも後見人と一緒に暮らさなきゃならない訳じゃないんだ」

「そりゃ、オッサンより若い兄ちゃんと暮らした方がいいよな!」

 

 そう言って御者がガハハハッと盛大に笑う。

 ノウラは急に恥ずかしくなり、耳まで赤く染めた。

 

「何?何の話?」

 

 目を擦りながらアルバートが起きてきた。

 

「何でもない!お兄ちゃんは怪我人なんだから寝てて!」

 

 ノウラはアルバートに八つ当たりしながら、荷台へ押し戻そうとする。

 

「なんだよ!俺に聞かせろよー」

「ヤダ!」

「なんだよノウラー、意地悪だなー」

 

 アルバートは不服そうに荷台へ戻る。

 その様子を見て、ベルンハルトと御者は大声で笑う。

 

「楽しそうだな」

 

 ソラタがやってきた。

 

「それが、ノウラちゃんとアルバートが面白くてですね!」

「そうか。お楽しみ中に申し訳ないが、そろそろトールキンに到着する。荷物をまとめておけ、アルバート」

「分かりました」

 

 ソラタの言葉が何処となく冷たく感じる。

 まず、帝国の師団長だったとは驚いた。

 任務の性質上、ハンターと偽って村に入るしかなかったのは理解したが、騙された事には変わりがないし、帝国が村を見捨てたのも同様、腑に落ちなかった。

 そんな事を悶々と考えていると、大きな城門の前に着いた。

 アルバートはここまで大きな建造物を見るのは初めてだった。

 堅牢な城壁と、分厚い扉で出来た城門。

 群青色の旗がなびく門は、堅く閉ざされていた。

 

「ここは帝国軍専用の門でな。通過するには許可書が必要なんだよ」

 

 ソラタが通過に必要な手続きをしているらしい、御者が教えてくれた。

 

「お、手続きも終わったみたいだな」

「城門、開けぇー!」

 

 守備隊の一人が声を上げると、ゆっくりとした動きで門が開いていく。

 

「すげー……」

 

 ギシギシと大きな音を立て、鉄板などで強化された門扉が開いていく様を、アルバートは口を開けたまま見蕩れていた。

 

「ここが世界最大の領地と国力を誇るミズガル神聖帝国の首都、トールキンだ」

 

 御者が誇らしげに語る。

 

「つっても、軍用通用口だから街は見えないんだけどなー」

「とりあえず、アルバート達は一度軍の預かりになる。手続きが済み次第、住居と職を紹介する」

 

 ソラタがこの後の大まかな流れを教えてくれた。

 

「ソラタ師団長殿、一つよろしいでしょうか」

 

 ベルンハルトがソラタに質問する。

 

「ええ、何でしょうか、ベルンハルト殿」

「私の処遇に関してです。私は元連邦軍の軍医です。以前から亡命の希望をブローカーを通じて申請していましたが、一度も許可されませんでした。ここにきて、無理やりな形ですが、受け入れて頂けたもらえたのは何故ですか?」

 

 ベルンハルトの疑問は当然だった。

 ベルンハルトに関しては十年近く申請を蹴られ続けていたらしい。

 

「それは、私個人の意見を帝国が聞いてくれたからです」

「と、言いますと?」

「ベルンハルト殿の名前は今までに亡命してきたも者達からよく聞きました。拉致された帝国人の多くをブローカーに引き合わせ、手助けをして頂いた。この実績から、私が皇帝陛下に嘆願書を提出していました。一年近く前の話です。皇帝陛下の許可も下りていましたが、貴方からの申請がここ数年出ていなかったのでお伝え出来ておりませんでした、申し訳ない」

「いえ、わざわざ嘆願書を……。ありがとうございます、こんな会ったこともない私の為に……」

「窮地に陥った帝国人を助けてくださった貴方は、既に我々の同志です。帝国を代表して感謝を」

「そんな、私が手助けした人達など、拉致被害者のほんの一部です。助けられなかった方の方が多い……」

「それでも、貴方がいなければ助からなかった者も多い筈です」

 

 そんな会話をしていると、一際大きな建物の前に一団が止まった。

 

「ここは……」

「ここが帝国軍の中枢。中央司令部・本館だ。広いから迷子になるなよ、アルバート」

「なんで名指しなんですか、ソラタさん!」

「お前が一番危ないからだ」

 

 そう言ってソラタはケラケラと笑った。

 

「とりあえず、風呂と飯だ。手続きやら事情聴取もあるから、一週間くらいはここで生活してもらう事になる」

 

 アルバート達は獣車を降り、軍中央司令部の中に入っていった。

 

 

 アルバート達を事務方に任せ、ソラタは自分の上司である司令官の元へ報告に向かった。

 大きな扉をノックし、扉を少し開けた。

 

「第三師団長ソラタです。入ります」

「よし、入れ」

 

 中から許可の声がした。

 

「失礼します」

 

 ソラタは部屋の中に入り、頭を下げる。

 

「ただいま戻りました、コフーン中将」

 

 ソラタの前に立っているの帝国軍中央近衛騎士団、通称・第一軍の最高司令官、ケリィ・(ゼブルン)・コフーンである。

 

「ご苦労。無事に着いたようだな」

「はい。ただ、やはり情報がどこからか漏れていたようで、連邦から追われていました。早急に展開して正解でした」

「うむ、元々は帝国民一人の保護の筈だったが、連邦民二人も一緒に保護したようだな」

「はい、私の独断です。少女と元連邦軍軍医の二人です。スパイの可能性は低いと考え、件の帝国民と共に保護しました」

「元軍医とは、お前が以前言っていたベルンハルトか」

「はい。少女の方は、親族が連邦に殺されたとか」

「うむ、問題はないだろうが、規則に従い、五年間は情報部の監視下に置く、良いな」

 

 帝国軍の規則には、亡命者の受け入れに関しての項目がある。

 これに関しては、一般の人間に公表されていない、軍の機密事項だ。

 その中に、亡命者への処遇として、将官以上の判断により最低五年、場合によっては死ぬまで軍情報部の監視が付く事になっている。

 スパイである可能性があるためだ。

 

「それと、もう一つご報告が」

 

 ソラタが改まって発言する。

 

「なんだ?」

「今回保護した帝国民、アルバート・ウィルジナに関してです。彼には()()()()()があるようです」

「ふむ。しかし、能力者自体は珍しくない。お前がわざわざ報告するという事は、何かあるのだろ?」

「はい。彼に発現した能力はかなり強力なもののようです」

 

 ソラタはアルバートから聞いた、ココット村での出来事をそのままケリィに報告した。

 

「ふむ、主人が近くにいる状態での主従権の奪取。しかも、ウルグ六体とバフバロ一体を同時にか……」

「それに加え、近くいたドスジャグラスとジャグラスも含めてです。()()()()()()でしょうが、それでも発現と同時にこれだけの能力を発揮するとなると、かなり強力な能力者かと」

 

 フラッド現象。

 フラッドとは洪水の意味である。

 騎士の能力者の感情の高ぶりが臨界を越えた瞬間にその能力を行使した場合、一定の範囲内にいるモンスターの主従権を無差別に奪い取る現象をそう呼んでいる。

 狙って起こせる現象ではなく、主に死を目前にした騎士が起こす場合が多い為、『騎士の断末魔』とも呼ばれている。

 フラッド現象では、自らの能力よりワンランク上のモンスターを従える事が出来るとされている。

 しかし、行使した能力者はその後死亡する事案しかないため、研究も全く進んでおらず、未だに謎の多い現象である。

 

「ソラタ、アルバートが欲しいか?」

 

 ケリィはニヤリと笑った。

 

「……はい。彼は戦力になります。俺よりも強い騎士の可能性が高い」

「フン、分かった。では、アルバートに士官候補試験を受けさせろ。私の名前で特別許可を出そう」

「ありがとうございます」

「なに、お前の為ではない。全ては帝国の為、皇帝陛下の為だ。それに、怪我をしているのだろう?試験はそれが治ってからだ。どちらにしろ、お前が面倒をみてやれ」

「はっ、それでは失礼します」

 

 ソラタは敬礼し、ケリィの部屋を退出した。

 

「俺がお前にしたことを、今度はお前がアルバートにするとはな。時が経つのは早いもんだ……」

 

 ケリィはしみじみと言った。

 

 

 一週間程で必要な手続きや事情聴取が終わった。

 アルバートとノウラ、そしてベルンハルトに関してもソラタが後見人となるという事で永住権を取得する事ができたようだ。

 

「ソラタ師団長殿、色々とありがとうございました。こんなに早く永住権が下りるとは思っていませんでした」

 

 アルバート達一行は、ソラタに連れられ、初めて帝都の街へ出掛けていた。

 主な目的はアルバートの腕の治療。

 ベルンハルトの知り合いだという医者に会いに行くところだった。

 

「いえ、私の様な若輩者がベルンハルト殿の後見人など、申し訳ありません」

「そんな、そのお陰で私の永住権も頂けたのです。感謝以外ありません」

「ベルンハルト殿に関しては、五年もすれば後見人も不要になるかと思います。それまでは多少不自由かと思いますが、ご容赦願いたい」

「たったの五年で良いのですか?てっきり、死ぬまでかと思っておりました」

「これに関しては、ベルンハルト殿の功績です。帝国軍は貴殿をスパイだと思っていません。それより、問題はベルンハルト殿の職に関してです。私個人としては軍医として帝国軍で働いて頂いても良いと思うのですが、それは流石に許可が下りません」

「そこまで気を遣って頂かなくても!知り合いの病院で雇われ医師として働くのも手かと、自分なりに考えています」

「ベルンハルト殿は外科手術の経験もお有りなのでしょう。すぐに見付かると思います」

 

 ソラタとベルンハルトが喋っている間、アルバートとノウラは初めて目にする大きな街を落ち着きなくキョロキョロと見回していた。

 

「二人とも、あんまりキョロキョロしてると転ぶぞ?」

 

 ソラタが二人を注意する。

 

「こんなにデカい街は初めてだ」

「凄い……、こんな街があるなんて……」

 

 アルバートとノウラは感嘆の声を上げる。

 

「ここは帝都でも一番の繁華街だ。金さえあれば何でも手に入る。ベルンハルト殿、お知り合いの病院はこの辺りですか?」

「ええ、この辺りだと思います。住所はこちらに」

 

 そう言って、ベルンハルトは住所の書かれた紙をソラタに渡した。

 

「あぁ、マクラウド卿の病院ですね。ここかすぐですね」

「やはり、ソラタ師団長殿はご存じでしたか」

「しかし、マクラウド卿とお知り合いとは」

「以前、帝国の方の亡命を手伝う際に、その方が負傷していましたので、宛名無しの紹介状を書きました。その後、マクラウド殿からの手紙をブローカーを通じて受け取りました。亡命した方の怪我をマクラウド殿が診察して下さったようで。以降は自分宛てに紹介状を書いてくれていいとの事でした」

「なるほど、そのような経緯だったのですね」

「卿という事は、貴族の方なのですね」

「ええ、マクラウド家は大ミズガル帝国建国時期から続く貴族の家系です」

 

 帝国の中でも『十一貴族』と呼ばれる、建国時から続く十一の貴族の家系がある。

 その中でも建国当初から医学方面で帝国に貢献した一族がマクラウド家だ。

 与えられている爵位は伯爵。

 現在はリチャード・I・マクラウドが家長を務めており、ベルンハルトが紹介状を書いていた相手が、このリチャード・I・マクラウドである。

 繁華街の大通りではなく、一本入った道に比較的大きな病院があった。

 

「ここがマクラウド卿の病院です」

 

 飾り気のない質素な外観だが、建物としてはなかなか大きい。

 

「現当主のリチャード氏は気難しい人だと言われています。しかし、医師としての腕は帝国随一。民族、身分、職業などで患者への対応を変える事もない、医者の鑑です」

 

 ソラタの説明を聞きながら、一行は病院内へ入って行った。

 

「いつもお世話になっております。帝国第一軍第三師団長のソラタ・ヒノガミです」

 

 そう言って、受付の女性に紹介状を渡す。

 

「こちらこそ、いつもお世話になっております。椅子に掛けてお待ちください」

 

 女性は紹介状を持って奥へ消えていった。

 

「なんか、緊張する……」

 

 待合の椅子に腰掛けたが、アルバートは居心地が悪いようだ。

 

「お兄ちゃん、病院苦手でしょ」

「うっ、なんで分かった」

「注射とか嫌いそうだもん」

「そういうノウラは平気なのかよ?」

「……、お兄ちゃんは手術しないといけないの?先生」

 

 ノウラははぐらかしてベルンハルトに話を振る。

 

「俺の質問に答えろー」

 

 アルバートがノウラの頭をワシワシと撫でる。

 

「やめてよー」

「病院なんだから静かにしなさい」

 

 ベルンハルトの柔らかなお叱りを受ける二人だった。

 

「アルバート・ウィルジナさん、一番診察室へお入りください」

 

 診察室から出てきた女性看護師に呼ばれた。

 

「すいません、私達も一緒にいいですか?」

 

 ソラタが女性看護師に訊ねる。

 

「ご親族の方々ですか?」

「ええ、私は彼らの後見人です。よろしいですか?」

「診察室は狭いですが、それでもよろしければ」

「ありがとうございます」

 

 診察室へ入ると、白衣を着た初老の男性が座っていた。

 少し線が細い印象を受ける体つき、ロマンスグレーの短髪に、金縁の眼鏡。

 眉間には深い皺を寄せていた。

 

「で、どれが患者(クランケ)だ?」

 

 少々威圧的な物言いだった。

 

「あ、俺です」

「そこに座りなさい」

 

 アルバートは示された丸椅子に座る。

 

「包帯とギプスを取るぞ」

 

 そう言って慣れた手つきで包帯と添え木を外す。

 

「うむ、怪我をして三週間近くなのか。服を脱いで胸の傷も」

 

 言われるままにアルバートは上半身裸になった。

 

「ふむふむ……」

 

 舐めるように傷口を診た後、カルテに何かを書き込み始めた。

 

「リチャード・I(イッサカル)・ブルース卿……ですか?」

 

 ベルンハルトが恐る恐る訊ねる。

 

「あぁ、私がブルースだが?」

 

「お会いできて光栄です。貴方に紹介状を書いていたベルンハルト・デルブリュックです」

 

 リチャードは手を止め、カルテの隣に置いていた紹介状に一度目を落とした。

 

「あぁ、君がベルンハルト君か。亡命出来たのかね」

「ええ、アルバート君達と一緒に受け入れて頂きました」

「それはよかった。医者としての君の腕は確かだ。君からの紹介状のお陰で、負傷した亡命者の治療も的確に出来た。感謝している」

「ありがとうございます。ブルース卿にそう仰って頂け、光栄です」

 

 ベルンハルトとリチャードは握手を交わした。

 

「ところで、彼の傷の具合は……?」

 

 ベルンハルトがそう訊ねると、リチャードはベルンハルトを手招きした。

 

「君も診てみるといい」

 

 リチャードに促され、アルバートの患部をベルンハルトが診る。

 

「胸の傷は塞がりかけてますね。一週間もすれば抜糸出来るかと」

「うむ」

「腕の骨折は……」

 

 ベルンハルトがアルバートの右腕を触診する。

 

「繋がり始めてますね。ズレた様子もないですから、手術は不要かと」

「うむ」

 

 リチャードはカルテに書き込んでいたペンを机に置いた。

 

「その通りだ。私が診なくても良かったようだな。とにかく、安静にする事だ。それ以外にない」

「念のため、鎮痛剤と抗生物質を頂けますか?」

「既に手配している。帰りに薬局によって貰って行くといい」

 

 リチャードは険しい顔のままだが、何処となく雰囲気が柔和になった気がするベルンハルトであった。

 

「ブルース卿、私から一つよろしいでしょうか」

 

 ソラタだった。

 

「ベルンハルト殿は職を探しています。可能であれば卿の病院で雇って頂けませんでしょうか?」

 

 リチャードはソラタの顔を一瞥した。

 

「ウチでは無理だ。医者は足りている。他を当たってくれ」

「そこを何とか!」

 

 ソラタは食い下がる。

 

「彼ほどの医者なら、ウチじゃなくとも引く手あまただろう。それに」

「それに?」

「彼には申し訳ないが、仮にも伯爵の爵位を受けたマクラウド家が経営する病院に、元連邦の軍医を入れる訳にはいかん。世間体があるのでな」

「いえ、ブルース卿に腕を認めて頂けただけも、私には大変価値のある事です」

「すまんな。貴族故に、縛りも厳しい。本当は君を受け入れたいのだ」

「いえ、そのお気持ちだけで充分です」

「雇ってはやれんが、何か力になれる事があったら遠慮なく言ってくれ」

「ありがとうございます。早速なのですが、十年ほど前に亡命した者の事を覚えていらっしゃいますか?卿に診察をして頂いた可能性が高いと思うのですが……」

「どんな患者だ?」

「顔に傷のある女性です。名前はマリア・サリヴァン」

「マリア……、よくある名前だな……」

 

 リチャードはしばらく考える。

 

「すまぬ、記憶にない。記録には残っているかもしれん。一度調べてみよう」

「ありがとうございます!」

「君の想い人かね?」

「ええ、待ってくれているかもと、淡い期待をしているのですが……」

「ハハ、何か分かったら連絡しよう。第三師団長に文を出せばよいかな?」

「はい、私が責任を持ってベルンハルト殿にお渡しします」

 

 アルバートのギプスを巻きなおす間に話がまとまったところで、リチャードはノウラを見た。

 

「その子が、報告にあった失声症を患っていた子か」

 

 ノウラは電気が走ったようにビクッを身体を強張らせた後、アルバートの影に隠れた。

 

「ノウラ、隠れるなよ」

 

 アルバートは隠れたノウラをリチャードの前に押し出した。

 

「何、注射などせん。少々質問に答えてもらうだけだ。答えたくない時は答えなくてもいい」

 

 ノウラはコクンと頷く。

 

「声が出なくなったのは何年前だ?」

「4年くらい前……」

「また声が出るようになったのは先日か」

「はい……」

 

 リチャードは少し考えた後、アルバート達に向き直った。

 

「今日はこのくらいで良いだろう。アルバート、処方箋を渡すから薬を持って帰れ。ベルンハルト君、ちょっといいか?」

 

 リチャードに呼ばれたベルンハルトを残して、アルバート達は診察室を出た。

 

「噂程、気難しい感じはしなかったなー」

「お前が失礼な言動をしないか心配していた」

 

 ソラタは胸をなでおろしていた。

 

「俺だって人や場所はわきまえるよ!」

 

 アルバートの言葉にノウラがクスクス笑った。

 

「でも、先生たちは何のお話してるのかな?」

 

 ノウラは診察室のドアを見た。

 

「アルバートの今後の処置についてだろ。まぁ、一ヶ月は安静だな」

 

 ソラタがアルバートの頭に手を置いた。

 

「ソラタさん」

 

 アルバートが改まった声を上げる。

 

「なんだ?」

「俺……、騎士になれないかな?」

 

 その言葉に、ソラタは肩眉を上げた。

 

「アルバート、お前は騎士がどういうものなのか分かってるか?」

 

 アルバートの頭の上に置いてた手で、ワシワシと撫でる。

 

「え?モンスターに乗って戦うのが騎士でしょ?」

「その答えだと百点満点中二十点だ」

「えー、なんで?」

「モンスターに乗る事ができるのは貴族とその貴族に仕える限られた家臣だけなんだ」

「え?」

 

 帝国には厳格な身分制度が存在する。

 皇帝と頂点して、武家貴族、貴族、農民、職人、商人と言う順だ。

 旧帝国時代は奴隷制度も存在したが、神聖帝国建国の際に廃止した。

 ただ、時代が進むにつれて農民、職人、商人の身分格差はほぼなくなっている。

 逆に、貴族と平民との間の隔たりは旧帝国時代から変わらず大きい。

 また、貴族の中にも爵位を基本とする順位が存在する。

 特に公爵と侯爵。

 これの爵位を与えられているのは、旧帝国時代から帝国に使える七つの貴族のみだ。

 『二公爵』とも呼ばれるユリウス家とファビウス家は、旧帝国最初期から宰相として仕えてきた一族である。

 また『五侯爵』と呼ばれるハミルトン家、マクスウィン家、ラモント家、ニール家、マレー家は、代々多くの将軍を輩出している筋金入りの武家貴族だ。

 この七つの一族に、ブルース家、コフーン家、ステュアート家、キャンベル家の四つの家系を合わせた十一の貴族が『十一貴族』と呼ばれ、帝国では最も貴い貴族家系である。

 さらに、この十一の家系にはそれぞれアルファベット一文字を皇帝から与えられており、『拝命貴族』とも呼ばれる。

 しかし、それ以外に貴族の家系は数多存在する。

 そしてその数は、神聖帝国建国後、増える傾向にある。

 

「増える?貴族って増えるの……?」

「貴族の家系以外にも、騎士の能力を持つ者は生まれる。お前もそうだし、実は俺もだ。貴族やその家臣の家系でなければ騎士としてモンスターに乗る事を許されない。だから神聖帝国建国を機に、貴族以外の出身の優秀な能力者を一代限りではあるが、貴族に迎える制度を作ったんだ」

「つまり、能力があれば貴族になれるって事?」

「優秀だったならな。とりあえずお前は怪我を治せ。完治してから、まずは下士官候補試験を受けろ。話はそこからだ」

「下士官……?」

「騎士は上級士官以上の身分が必要になる。上級士官になるには、下士官としての教育を受けておくのが前提だ。手続きは俺がしてやるから、とにかくお前は試験を受ければいい」

「よく分かんないけど、分かりました!」

 

 アルバートのその返事にソラタが頭を抱ええていた頃、ベルンハルトがリチャードとの会話を終えて合流した。

 

「遅くなった。待たせてすまなかったね」

「ブルース卿とのお話は済んだのですか?」

「ええ、アルバート君とノウラの今後について打ち合わせをしてきました」

「また病院に来ないといけないの?」

 

 ノウラが不安そうにベルンハルトへ訊ねた。

 

「ノウラが病気になったらね。風邪とか引かないようにって、ブルース先生が言ってたよ」

「分かった!風邪引かないように頑張る!」

 

 通院の必要がないと分かったノウラの表情は明るくなった。

 

「さて、ベルンハルト殿の職探しもあるし、しばらくの宿は俺が手配しよう」

「何から何までありがとうございます。大変助かります」

 

 ベルンハルトがソラタに頭を下げる。

 それを見習って、アルバートとノウラも頭を下げた。

 

「なに、気にしないで下さい」

 

 その日は一度中央司令部に戻り、ソラタがおさえた宿へ移動した。

 そこは街に近い場所に建つホテルだった。

 ベッドが二つあるツインの部屋で、決して広くはないが、三人が生活するには十分な広さの部屋だった。

 

「安いホテルで申し訳ないが、ここで我慢してくれ。風呂・トイレは部屋に付いている。キッチン・ダイニングは共用スペースで一階にある。シーツの洗濯なども自分たちでやってくれ」

「充分です、ありがとうございます」

「とりあえず、今日はもう予定もないから好きに過ごしてくれ」

「ソラタさん、ベッドが二つしかないんすけど……」

 

 アルバートがソラタに訊ねる。

 

「ノウラは女の子だから、別で部屋を取るつもりだったんだが、本人が三人が良いと言うからな、簡易ベッドを用意させている」

「ソラタさん!私、お兄ちゃんと一緒に寝るからこのままで大丈夫です!」

 

 ノウラが声を上げた。

 

「とは言ってもな、狭くないか?」

「私小さいから大丈夫です!」

「そういう問題か?」

「アルバートはどうなんだ?」

「ノウラがそれが良いって言うなら……」

 

 ノウラが勢いよく頭を縦に振った。

 

「本人が良いって言うなら、いいんじゃないか?」

 

 そう言って、ソラタはベルンハルトに小さな巾着袋を渡した。

 

「当分の生活費です。足りなくなったらまた申し出て下さい」

「そんな!私もいくらかは持っています」

 

 ベルンハルトはそれを返そうとした。

 

「何かの時の為にある程度残しておいた方がいい。職が見つかるまではこちらで面倒を見ますので、どうぞ」

 

 ソラタからそう言われ、おずおずと受け取るベルンハルトだった。

 

 

 リチャード・I・ブルースから文が届いたのは翌日の事だった。

 

「ベルンハルト殿、ブルース卿から文が」

「こんなに早く?」

 

 ベルンハルトは驚きながらもその文を受け取る。

 

「なになに?」

 

 アルバートとノウラが興味本位で覗き込もうとするのを、ソラタが止める。

 

「そんな……、ソラタ師団長殿、外出にご同行をお願い出来ますか?」

「勿論。何処へ向かうのですか?」

 

 ベルンハルトはリチャードからの文を見せた。

 

「『Mary's Flowers(メアリズ・フラワース)』という店に。ご存知でしょうか?」

「……、ええ、分かります。行きましょう」

「ありがとうございます。アルバートとノウラは留守番を頼む」

「えー!一緒に行きたい!」

「これは大人の話だ。お前たちはここで待っていろ」

 

 ソラタがピシャリと言い放つ。

 アルバートとノウラは渋々留守番をする事になった。

 

「ソラタ師団長殿、助かりました。流石にあの二人を連れていく訳にはいきません」

「いえ、当然の判断です。未成年を娼館に連れていけませんから」

 

 ベルンハルトが探していた『マリア・サリヴァン』という女性は、今は帝都の繁華街にある『Mary's Flowers』と言う娼館にいるとリチャードの文には書いてあった。

 そこで女主人をやっているらしい。

 

「マリアとメアリ、語源は同じですからね」

「まだ昼前です。店が開くにはまだ時間がある。事情を説明すれば話が出来る筈です」

「助かります、ソラタ師団長殿」

 

 二人は速足で繁華街へ向かった。

 帝都の中にはいくつもの繁華街が点在している。

 その中でもパブや酒場が多く立ち並び、治安が悪い場所がいくつか存在する。

 そのそのほとんどがスラム化の進んだ地域で、帝国政府すら放置している無法地帯だ。

 

「帝都内のスラムがあるというのも考え物ですな」

 

 ベルンハルトが呟く。

 

「ベルンハルト殿の仰る通り、スラムはない方がいい。しかし、帝都内スラムは帝国政府が意図的に作り出しているんですよ。それについてはまた今度お話します」

「意図的に……、それは皇帝閣下のお考えですか?」

「ええ。建国以来の裏の政策です。表向きはスラムの根絶を訴えていますが」

「……、その事に関しては国民は気付いているのですか?」

「気付いているも何も、帝都内にスラムが存在する事が当たり前だと思っています。スラムの存在自体に疑問を持っていないでしょう。ただ、一部の人間は気付いているかもしれません」

「国というのは難しいですね……」

「ベルンハルト殿がそう仰るのなら、私には到底理解できませんよ」

 

 ソラタは軽く笑った。

 

「ソラタ師団長殿は聡明です。元は平民の生まれですか?」

「いえ、私はスラムの生まれです」

「え?」

 

 ソラタの答えは意外だった。

 物腰も柔らかく、言動もしっかりと頼りになる。

 どう見ても立派な騎士であるソラタがスラム出身だとは夢にも思わなかった。

 

「物心つく頃からゴミを漁り、身体を売って生きながらえてきました。こうして一代限りではありますが、騎士として働けているのは奇跡です」

「そうなんですね……。申し訳ありません、嫌な事を思い出させてしまいました……」

「お気になさらず。私の出身に関しては帝国軍内部では知られていますし、同じような境遇の騎士も少なくありません。幼少期のスラムでの経験は、今では無駄とは思っていません」

「お強いのですね」

「いえ、私は私を拾ってくれた方に恥じない生き方をしたいだけです」

「貴方は帝国騎士の鑑です。私も、私を救ってくれたソラタ師団長殿に恥じない生き方をしたい」

「そんなことはないですよ。それに、ベルンハルト殿は既に帝国の為に働いてくださっていたじゃないですか」

 

 そんな話をしている内に、街の様子は変わり、荒廃し、煤けた通りに入った。

 

「娼館はスラムでも手前の方に位置しているので比較的安全かと思います。ですが、何かあった場合は私が守りますので、ご安心を」

「ありがとうございます」

 

 人気のない通りを進むと、煌びやかな装飾が施された建物が現れた。

 三階建てののの建物は静まり返っていた。

 『Closed』の札が掛けられたドアをベルンハルトがノックした。

 

「すみません!」

 

 その声は虚しく通りに響いただけで、誰も答える者はいない。

 

「誰もいないようですね……」

 

 ベルンハルトが肩を落としながら言った。

 

「裏に回ってみましょう」

 

 ソラタはズカズカと裏手に回る。

 従業員用の通用口らしき小さなドアを見付けた。

 

「すみません!」

 

 ノックをしながらもう一度ベルンハルトが声を張る。

 しかし、やはり誰も答えない。

 

「……、やっぱり誰もいないみたいです……」

「少し時間を置いきましょうか」

 

 二人が諦めた時だった。

 

「帝国の騎士殿が何か用かい?生憎、開店時間はまだ先だよ」

 

 大きな紙袋を抱えた女性が二人に声を掛けた。

 

「すまない、ここが『Mary's Flowers』で間違いないか?」

 

 ソラタがベルンハルトの盾になるように前に出て言った。

 

「あぁ、Mary's Flowersだよ。私の店だ」

 

 女が答える。

 

「マリア……」

 

 ベルンハルトがポツリと呟く。

 

「え?」

「その声はマリアだね……」

 

 ベルンハルトがソラタの前に出る。

 

「あんた……」

 

 女は抱えていた紙袋を地面に落とした。

 

「僕だ……。覚えているかい……?」

 

 ベルンハルトが言い終える間に、女はベルンハルトに駆け寄って抱き付いた。

 

「アルブレヒト!何年待ってたと思ってんだ!」

「ごめんよ、マリア……。待っててくれたんだね……」

「お二方、お取込み中申し訳ないが、中に入れてもらえないか?」

 

 ソラタが紙袋を拾いながら、苦笑混じりに言った。

 

「あぁ、すまないね。リリィ、ロゼ、ヴァイオレット!店に入んな!アタシの客だ」

 

 マリアがそう言うと、通りの陰から若い女が数人出てきた。

 

「メリアさんのお客さんなの?」

「ほら!生き別れたカレシ!」

「えー!あれ作り話じゃなかったんだ!」

 

 女たちは賑やかに話ながら歩いてくる。

 

「ほら!あんた達は開店準備!急ぎな!」

「は~い」

「リリィ、ロゼ、ヴァイオレット、アイリス、フロックス、アネモネ、ロータス、ナデシコ、シスル。この子たちの名前だよ」

 

 女たちはソラタとベルンハルトの前で一度止まり、笑顔で会釈をして店へ順番に入っていく。

 みな整った顔立ちで、美人揃いだ。

 

「気に入った子がいたら予約していくかい、騎士殿?」

 

 マリアがニヤリと笑う。

 

「なるほど、みな花の名前ですね」

「だから、メアリズフラワースさ。さ、入んな。昼間とは言え、治安が悪いことに変わりはないからね」

「ありがとうございます。ここではメアリさんとお呼びしたらよろしいですかね」

 

 ソラタが一礼して訊ねた。

 

「メアリの方が馴染んじまったからね。この辺りはアタシの名前を出したら面倒事は避けれるよ」

 

 マリアは豪快な笑顔を見せた。

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