いざ、神の山がまかり通る   作:ニンジンデース

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第11走 漫画キャラのモデルになる

【ラスト510mは時速110km!? 神の脚を持つのは神馬シンザンと無敗の七冠馬バンセイフジの仔、黒い霊峰バンセイフガク!】

 

 でかでかと見出しの書かれた競馬新聞を休憩時間中の溝峰が目を通していた。

 新聞にはバンセイフガクがゴール板を抜けた時の写真が白黒で載せられている。

 

「黒い霊峰とは大層な二つ名が付いたもんだ。富嶽から富士山繋がりでそうなったのかね。霊験あらたかな山だし」

 

「いや溝峰さん、それより時速110kmって所に注目した方が良いんじゃないですか? ちょっとモトクロスレースの速度に足ツッコんでますよこれ」

 

「俺はフガクの走りを調教風景で前から見てたし、テキからも聞いていたからそれほど驚きはしなかったな。……確かに110kmは競走馬の出す速度じゃないなけどな」

 

 若い厩務員からの興奮気味なツッコみに平然としていた溝峰だが、言われてみて同意せざるを得ない。

 先日の府中3歳ステークス最後の直線でバンセイフガクが見せた、あり得ない速度の末脚から繰り出される追込み。

 あのレースは中継番組でも撮影されているから既に全国の競馬ファンの眼にも留まっているだろうし、実際ニュース番組でその件が放送されていた。

 それだけあの時のバンセイフガクの走りは凄まじかったのだ。一頭だけ、別次元の世界を走っている様な光景だった。

 もっとも、あの走りを再現するには脚を溜めに溜めなければ出来ない芸当だ。さすがにレースを最初から最後まであの速さで維持するのはフガクにも不可能であることは判明している。使いどころには気を付けなければならない。

 

 あのレースの後、バンセイフガクを目当てに取材に来る記者が現れるようになった。馬体重1tを越える並のサラブレッドより遥かに大きな体にどす黒い体毛、そしてラスト直線を110kmの速度で走る現在連勝続きの馬、更にはその体にかつて日本競馬の伝説的な優駿達の血が流れているなど向こうからすればネタの宝庫だ。

 対応は厩舎を代表して又則が行うようにしているが、あまり酷い輩は馬主の万世に相談して動いてもらったらピタリと来なくなった。一体何をどうしたのかは厩舎側で知る者は昔から仲の良い調教師の又則だけだろう。

 万世の方も日本中央競馬会の競走馬総合研究所からバンセイフガクの研究をさせて欲しいという相談が来て、引退したらバンセイフガクに危害が加わらない範囲でという条件で受けた様だ。

 

「あれからフガクの脚は何ともないんですよね?」

 

「ああ、全く何も問題は無かった。今日も調子よく調教コースを走って、今日乗ってた槇村さんがへとへとになってたな」

 

 バンセイフガクの調教にはいつも恵護が乗るわけではない。

 恵護は舞田厩舎が管理している競走馬や、場合によっては主戦騎手を務めている他所の厩舎の競走馬へ調教で騎乗するので、スケジュールによってはバンセイフガクだけに付きっ切りと言うわけにはいかないのだ。

 今日は舞田厩舎に所属している調教助手の一人が騎乗してメニューをこなしていたが、騎乗する人間も体力がごっそり減る様なメニューを平気な様子で黙々とこなしていき、終わった頃には乗っていた人間がよろよろになってその場に崩れ落ちそうになった事があった。

 

「化け物ですねあいつ……」

 

「それに乗って一番保ってるのが恵護君なんだよな。やっぱり主戦騎手だと違うのかね」

 

 新馬戦前の追い切り運動で初めてハイスピードで何本も走らせた時は、物凄く疲れた様子でグロッキーになっていたが、今はコツを掴んだのかバンセイフガクに調教で乗った者達の中では一番消耗が少なくなっていた。

 元々騎手の中でも身体能力が高い若者だった。体高200cmのバンセイフガクの背に補助なしで軽々と乗れたりするあたり、その片鱗がある。

 

 そう話していると、溝峰が休憩室に貼られているカレンダーを見た。

 

「そう言えば、明日だったか?」

 

「え、何がです?」

 

 何か予定があっただろうかとカレンダーを見て記憶を手繰り寄せている若い厩務員へ溝峰が答えた。

 

「ほら、漫画家がフガクを取材に来る日だよ」

 

 

 

 府中3歳ステークスを追込みで1着で勝利したバンセイフガクは、翌日を休暇にした後は今年最後のレース、朝日杯3歳ステークスに向けて調教に勤しんでいた。

 そんなある日、自分宛てに取材に来る者がいる事を又則達の会話で知る。なんでも、最近人気の漫画家らしい。最近までは新聞記者の取材で写真を撮られたりしていたが漫画家が来ると言うのは初めてだった。

 事前に馬主の万世と又則の方へアポイントをとって取材の許可を得た様で、その万世も立ち会って取材が行われる事が決まったのだ。

 

 そして当日、鞍上に恵護を乗せて課せられたメニューを終えて調教コースから出ようとした時、バンセイフガクは調教スタンドに馬主の万世がいるのをその優れた視力でしっかり見えた。隣には又則もいる。

 向こうの万世もこっちと目があった事に気が付いたようでニコニコ笑顔で手を振って来るが、その側に見知らぬ二人が立っているのに気が付く。いつものお付きのスーツ達に加えて、カジュアルな私服の人達だ。

 色眼鏡をかけた二人組で、ちょっと筋者に見えなくもない。彼らもバンセイフガクをじっと目を凝らして見てくるではないか。

 

(……ああ、あの二人が例の漫画家達か)

 

 そう言えば今日だったな、とバンセイフガクは迎えに来た溝峰に引かれてで調教スタンド前まで移動した。

 

 スタンド前まで着くと、既に皆スタンドから出てバンセイフガクと恵護を待っていた。

 こうして色眼鏡の二人を見ると、片方は20代前半と恵護と同年代位若く、もう一人は口ひげをはやして40代くらいのようだ。

 

「丘君ほらこの馬だよっ、俺が話していた馬は。凄くイメージ通りだろう?」

 

「う、うわあ……」

 

 口ひげをはやしている方の色眼鏡の男が声を弾ませてバンセイフガクを手で示すと、もう一人の色眼鏡の男はバンセイフガクの姿を見て感嘆の声を漏らしながら見上げていた。

 又則が恵護へ二人を紹介する。

 

「恵護、こちら漫画家の丘智彦(おか ともひこ)さんと原作・原案を担当している武鎮好威(ブチンスキー)さんだ。今日バンセイフガクを取材しに来られた方々だよ」

 

「え、ぶ、ぶち……?」

 

「あ、ペンネームだから気にしないで。武鎮好威です、初めまして」

 

「ど、どうも。……よっと。舞田恵護です。き、今日はよろしくお願いします」

 

 恵護が慌ててバンセイフガクから降りてやけに緊張しながら挨拶をすると、武鎮好威がとてもうれしそうに笑った。

 

「いやあこちらこそ! あのバンセイフジやミスターシービーを担当された舞田厩舎の方々とこうしてお話できるなんて光栄ですよ」

 

「あの、武鎮好威さん? 今日僕達漫画の取材で来たんですよね……?」

 

「え? ……ああ! 勿論そうだよ! ハハハハ……」

 

 丘の指摘で我に返ったようにハッとした武鎮好威が笑ってごまかした。

 

「すみません。武鎮好威さん競馬が大好きらしくて、今日楽しそうにしてたものですから」

 

「そこまで競馬を好いてくれるのは我々としても嬉しいよ。……今日はこのバンセイフガクの取材で来られたとか? なんでもバンセイフガクを漫画の登場キャラクターのモデルにしたいと聞いたのだけど」

 

(何だと? 俺がモデル?)

 

 この場を代表して又則が本題を二人へと訊ねている間に、バンセイフガクはギョッと四白眼を丸めた。

 まさか自分が漫画のキャラクターのモデルになるなど、予想だにしていなかった事だったのだ。

 

「そうなんです。今連載している漫画に新しく登場させるキャラクターが乗る予定の馬のイメージが、こちらのバンセイフガクが凄くぴったりだったんです。なので、出来ればその許可と、皆さんからお話を聞いたり写真を撮らせていただきたいと思い伺いました」

 

「……成程、まぁ馬主の万世さんが許可しているし、事前に約束を取り付けてくれているから時間も作っている。さっそく始めようか」

 

「ありがとうございます!」

 

「時に丘さん、私は漫画の事はよく分からないのだが、どんな漫画を描かれているのだろうか?」

 

「ああ、僕こう言うのを描いてます」

 

 そういって丘が鞄から取り出したのは、一冊の単行本の1巻。

 表紙には黒髪の筋肉隆々の逞しい男が赤く揺らめく炎を背景に拳を握りしめている絵が描かれてある。

 

 恵護が近付き、それにバンセイフガクも続いてその単行本を見て、一人と一頭は仰天した。

 

 

 

「ええっ北斗の拳!?」

 

「なんだ、恵護知ってるのか?」

 

「いやあ、知っているも何も、今大人気の漫画ですよテキ」

 

 自分の息子が知っている事に意外そうな顔をする又則と、騎手である自分でも知るビッグタイトルの漫画が出てきた事に驚く息子の恵護。

 そんな中でバンセイフガクもぶったまげた。

 

 それはバンセイフガクも前世の頃に良く知る大流行したアクション漫画だ。

 核戦争で文明が滅びた後の世紀末を舞台に、伝説の暗殺拳の伝承者が迫りくる悪達と戦う格闘漫画の金字塔。

 「お前はもう死んでいる」「ひでぶ」「俺の名を言ってみろ」など、数々の名言名場面を産み出し、完結した数十年後もあらゆる媒体で商品展開が続いている伝説的作品だ。

 

(……そうか、世界が違うから作者の名前も変わっているのか。道理で知らない名前だと思った)

 

 最初名前を聞かされた時は誰だ? と思ったが、見せられた作品を見て酷く理解出来た。

 まさかこんな形で名作を生み出したコンビと会う事になるとは、とバンセイフガクが妙な感慨深さを覚えている間にも、人間側で会話が進んでいく。

 

 

「え? 敵の親玉が乗る馬のモデル? 万世さんは良いのか? フガクが敵役扱いされるんだぞ」

 

「あぁ、詳しく話を聞かせてもらったんだけどな。これが良いキャラだったんでな、俺は良いと思う。舞田さんも話を聞いてやってくれないか」

 

「……そこら辺の話は私にも聞かせてくれるのですか? 丘さん」

 

「本当は未掲載のネタを話すのって良くないんですけど、モデルにさせていただこうと予定している馬を育てている方々や馬主の方に言わないのは不誠実ですので、お伝えします。ちょっと場所を変えさせてもらっても良いですか?」

 

 そう言って、その場にいた人間の大半が調教スタンド内にある会議室の方へと向かって行ってしまった。

 その場に残されたのは、バンセイフガクと厩務員の溝峰のみ。

 一旦バンセイフガクは馬房へと戻される事になったので溝峰と共に厩舎へと帰る事にした。

 

「まさかフガクが漫画のモデルとはなぁ、お前はどう思う?」

 

 答えが返ってこない事は承知でも、何となく声をかけてくる溝峰だが、バンセイフガクはそれどころじゃなかった。

 顔は前を向けたままだが、頭の中では先程の話で頭がいっぱいだった。

 

(北斗の拳で俺みたいな馬……間違いない、黒王号だ。この世界だと俺がそのモデルになるのか)

 

 北斗の拳最大の敵と呼ぶ者も多い、主人公ケンシロウの義理の兄。崩壊した世紀末の世界を力で支配しようとした男、ラオウの愛馬黒王号。2mを越えるラオウが乗るに相応しい、黒く巨大な馬だ。

 蹄の大きさが象の脚並にあったり、邪魔なモヒカンを踏み潰したりととんでもない馬で、ラオウを語るにはこの馬も無くてはならない存在だ。

 その馬のモデルに自分がなろうとは天も予想してはおるまい。そもそも人間から馬に転生した事自体予想外である。

 

(……言われてみれば確かに俺は似ているな)

 

 自分の姿は何度か窓ガラスや鏡で見た事がある。

 立派な体と猛々しい顔つきが気に入っているのだが、こうやって話題に出されてピンとくる。こいつは黒王号の同類だと。

 違いがあるとすればバンセイフガクは全身馬体も鬣も艶や光の照り返しが無いくらいどす黒く、筋肉でバキバキにゴツイが形状が何とかサラブレッドに納まっている所だろうか。

 

(だとしたら俺に乗っている恵護はラオウか? ふふ、体格が違いすぎるな)

 

 向こうは2m以上体重100kg越えの筋肉の山みたいな大男、対する恵護は騎手の体重制限の都合でほっそりとした枝の様な体つき。ラオウの腕一本で恵護2~3人分の体積がありそうだ。

 

(世紀末覇者にはしてやれないが、世界一の競走馬の騎手にしてやれるか)

 

 しかしそれで十分だ。

 自分達が行くのは暴力が支配する無尽の荒野では無く、馬達が速さを競い合うレースの世界なのだから。

 バンセイフガクは自分の馬房で人間達の話し合いが終わるのをのんびりと待つ事にした。

 

『こんちくしょうどいつもこいつも俺の事牝馬だと思いやがってえぇぇ……ッ!! あれか、八冠馬になったら皆黙るってのかよ!? なあフガク、お前どう思うよ!?』

 

(こんのクソ喧しい牝馬ヅラめが……)

 

 訂正、現在無敗の見目麗しい六冠馬の愚痴に付き合う羽目になってしまった。 

 

 

 

 一時間ほど経った頃、人間組が厩舎へとやって来た。

 交渉は成立。説明を聞いてきた又則は「まあいいんじゃないか?」と一応納得した様子で、恵護は不思議そうな顔でバンセイフガクを見上げていた。

 

「自分の乗る馬が漫画のモデルになるなんて事があるんですねぇ」

 

「競馬界じゃ恵護が初めてじゃないか?」

 

「ふふふ、時代の流行りに乗るとは、流石はフガクよ」

 

 馬房から出されたバンセイフガクは、厩舎の前で写真を撮られたり、スケッチブックで写生を描かれたりする事になった。

 

 

 まずは写真撮影。

 

(ほれ、これでいいのか?)

 

 被写体になったバンセイフガクが、カメラを構える武鎮好威へ見栄えが良さそうな立ち姿でカメラへと顔を向けると、すかさずシャッターを切りながら武鎮好威が奇怪なものを見たような顔をしながら又則へ話しかけた。

 

「……舞田先生、さっきからバンセイフガクがこっちに目線をくれるんですけど」

 

「バンセイフガクは人の言葉や動作の意味を正確に理解しているみたいなんです。多分、武鎮好威さんの撮影に合わせたのかも」

 

「……明らかにポーズをとってるみたいなんですけど、それも?」

 

「…………多分、確実に」

 

「私は今、凄い事をしているんじゃないんでしょうか……」

 

 その後、馬主や調教師の好意で恵護が騎乗したバンセイフガクに丘と武鎮好威が一緒になって撮影した。撮影は溝峰が引き受けてくれた。

 

 

 そして写生。

 

(確か黒王号ってこんな立ち姿だったか……?)

 

 写真撮影よりもより不動を求められるため、バンセイフガクが気を利かせてポーズをしたまま微動だにしないでいると、丘が不安そうに又則へと訊ねて来た。

 

「あの、ピクリとも動かないんですけど、大丈夫ですか?」

 

「……フガク、無理はしていないか?」

 

「ヴルルオォォンッ『はよ描いてくれ』」

 

「……だ、そうです」

 

「えっ」

 

 その甲斐あって作業が大分はかどったらしく、丘が色々と描き込んだスケッチブックを皆に見せてくれた。

 

「これは凄い、まんまフガクだ」

 

「これがいつか北斗の拳に出てくるのかぁ……」

 

「よもや自分の馬が漫画に出るとは思わなんだわ」

 

 又則や恵護、万世が感心しながら見るその絵はバンセイフガクの記憶にある黒王号と大体一緒だった。

 何だか複雑な気持ちを抱きながら、バンセイフガクはスケッチブックに描かれた己の絵を見ていた。

 

 

 

「皆さんありがとうございます。おかげでとても良い参考資料が手に入りました」

 

「それは良かった。面白い作品が出来る事を応援してますよ」

 

 所々で丘と武鎮好威の両名が宇宙を背景に背負った猫の様な顔になったが、つつがなく取材は完了した。

 ホクホク顔の丘と、競馬の話も色々と聞けて満足気な武鎮好威の二人の顔を見れば、今回の取材は有益なものとなったようだ。

 

「予定では年末近くに雑誌に掲載されますので、良かったら読んでください」

 

「はい、必ず買います!」

 

(おう、嬉しそうだな恵護よ)

 

 キラキラした目で言うのバンセイフガクの主戦騎手の恵護だった。

 意外な事に、北斗の拳は単行本で買いそろえていたらしく、まさか今日取材に来る漫画家が彼らだったとは思わず始終そわそわしっぱなしだった。

 二人と別れを告げた後、「さ、サイン色紙持ってくれば良かった……」と死ぬほどガッカリしていたが、バンセイフガクは何となくこの二人とは今後も何か縁がありそうな気がしたので、そう気落ちする必要はないだろうと恵護に顔を摺り寄せて慰めておいた。




お前これがやりたかったんじゃねえかネタでした。
書いている最中、そういえば年代的にこのネタが書けるのではと思いついて書いた代物です。
漫画家や原案の方の名前を変えても作品名をそのまま書いたのは大丈夫なのか不安ですが。

北斗の拳の初掲載年月日や黒王号が登場した話数などを確認してから逆算して掲載日をざっくりと予想し、それまでの期間で取材とかキャラ固定しても変じゃないのかな? と考えてこんな話になりました。
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