いざ、神の山がまかり通る   作:ニンジンデース

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4歳馬(現3歳)編突入です。

そろそろストックが無くなってきました。
正直設定が設定ゆえにバーが赤くなるほど評価をいただけるとは思っていなかったので、感想や評価をいただけて嬉しいです。皆様ありがとうございます。


第13走 神馬の名を冠する者 日刊スポーツ賞シンザン記念

『笑いたきゃ笑えよ』

 

『笑えん』

 

 有馬記念後、馬房内で最初に二頭がはじめに交わした会話だった。

 一頭は無敗で関東3歳王者に輝いた1tを越える馬体重と巨体を持つ異端の黒いサラブレッド、バンセイフガク。

 もう一頭は、先日の有馬記念で2着となり、無敗記録が六冠で止まった小柄で美麗な黒鹿毛の牡馬、ミスターシービー。

 

 有馬記念の後、舞田厩舎へと戻って来たミスターシービーはバンセイフガクと顔を合わせると非常に気まずそうに顔を反らし、自分の馬房へと入って双方に暫く沈黙が続くと、たまらず先程の様な言葉が交わされたのである。

 

『それで、あんたに勝ったのは何処の馬だ?』

 

『シンボリルドルフ、去年無敗で三冠馬になった奴だ。随分とお澄まし面した奴だったな』

 

『……あいつか』

 

 バンセイフガクは美浦トレセン内にいる馬の中に、他とは風格が違う牡馬がいた事を思い出した。額に流星模様を持つ鹿毛の馬、人間達がシンボリルドルフと呼ぶ馬だ。

 シンボリ、という名前にどこぞの馬が頭に浮かんだが、馬主が同じなのだろうと推察した。バンセイフガクの馬主万世が所有馬にバンセイという冠名を与える様に、シンボリがそうなのだろう。

 

『その脚で三冠馬とやり合うのは荷が重かったか』

 

『……気付いていたのか』

 

 ミスターシービーが厩舎へ戻ってきた時、その脚の先、蹄に対処された跡があったのをバンセイフガクは見逃さなかった。

 

『いつからそうなった』

 

『有馬記念の時。走っていた最中どうも、な』

 

 ミスターシービーは生まれ持ち蹄が弱かった。

 母馬シービークインの管理馬を担当していた縁で仔馬の頃のミスターシービーを紹介された舞田又則は、その時仔馬の蹄の発育具合に違和感を覚えた。

 もしかしたら、蹄が育ちにくいのでは? と又則はミスターシービーの馬主であり牧場経営者でもあった人物へ万が一の事も考えて懸念事項を伝えておいたのだ。

 最初は半信半疑だった馬主だが、又則にはシービークインを牝馬二冠へと育て上げた実績と信頼があったため、念のため成長具合を観察して記録していった。

 ある程度月日が経った頃、確かにその仔馬の蹄の成長が他よりも遅い事が判明。馬主は又則へと連絡して相談、蹄の強化促進がある食物を餌に混ぜて食前療法を試みるしかないと言う結論へと至る。

 思考錯誤の末、ミスターシービーは何とか通常の競走馬と同程度の蹄の強度と厚みを獲得して競走馬デビューを果たした。だが、それでも完全な体質改善とまではいかなかったのだ。

 他にも軽量化したアルミ製の蹄鉄を付ける様にしたり、調教時は足への負担がぎりぎり掛からない境界線を見定めながら施したりと、人間達が何とかその蹄に眠る爆弾の起爆を遠ざけて来たが、有馬記念のレース中にとうとうそれが限界に達したのだ。

 結果、有馬記念では差されてハナ差でシンボリルドルフに軍配が上がった。

 

 バンセイフガクは聞こうとして、辞めた。あと何回走れる? というミスターシービーにとって残酷な質問を。

 

『まぁ、しっかり飯食って寝て養生する事だな』

 

 代わりに不機嫌そうに鼻を鳴らしながらそんな事を言ったら、隣の馬房から意外そうな声色が返って来た。

 

『……お前、もしかして心配してるのか?』

 

『頭まで故障したか』

 

 何だと―、と隣の馬房で声を荒げるミスターシービーをよそに、バンセイフガクは体を横たえて眠りに入る。

 

(故障。どんなに強かろうが体を壊せばそこまで……か)

 

 この競走馬とは、レースであいまみえる事は叶わない。

 それを予感したバンセイフガクは、競走馬としてはじめて抱いた未練を忘れる様に、意識を落して眠りについた。

 

 

 

 

 

 そうして迎えた新年、バンセイフガクは4歳馬になった。

 

 バンセイフガクの最初のレースは1月にあるので舞田厩舎で新年を迎える事となる。

 隣のミスターシービーは有馬記念が終わった後、療養のため生まれ故郷へ放牧に帰郷中だ。他の馬達も何頭か正月休みのように放牧に行っている。

 騒がしくなくてこいつはいい、とバンセイフガクは調教以外は馬房内でのびのびと食っちゃねを満喫している。いささか馬房が狭めなのは否めないが。

 

 4歳馬の記念すべき最初のレースは1月13日に京都競馬場を舞台に開催される日刊スポーツ賞シンザン記念。

 バンセイフガクの父にあたる競走馬、神馬シンザンの名が付けられたレースである。

 

(新年明けに神馬の名を冠したレース。最初に走るにはおあつらえ向きのレースよな)

 

 新年早々にレースだが、バンセイフガクの調子は万全。その士気も高し。

 

 

 そんなバンセイフガクだが、自分が濡れた馬場での走りを苦手としている事を実感してからは調教中に走り方の改良を独自に試みていた。

 普段の超ロングなストライドの走りと自分の超重量の馬体でトップスピードを出せば、直線は良いとしてコーナーでは少しでも湿り気があればバランスが不安定になりはじめる。

 その欠点を以前稍重だった府中3歳ステークスでは、終盤までバランスが安定する速度にまで落として最後の直線に入ったら最大パワーで以て全てを抜き去って見せたが、安全面を考えれば改善策は必要だ。

 

 そこでバンセイフガクが思いついたのは、人間の頃に濡れたタイル床や凍ったアスファルトという滑りやすい場所を歩く時の方法だ。

 人間の頃は、いつもより歩幅を狭くして歩く事でバランスをとって滑りにくくしながら歩いていた。 それを馬のレースに当てはめれば、今の走りとは真逆の走りをするという事になる。

 今のバンセイフガクは物凄く長い歩幅で飛ぶように走っているが、今度はその逆、歩幅を狭くして更に足の回転を早めて速度を落とさずに走ると言う試みである。

 直線の時は歩幅を長くし、コーナーでは歩幅を狭くする。或は、状況に応じてそのどちらかへと強弱の変化をつけて走る事で、馬場の変化に応じて安定した走りが出来るのではなかろうか。

 そういった考察の元、バンセイフガクは調教中に自分の考案した走りを試していた。

 

 

 

 その時バンセイフガクの走り方が妙だと感じたのは、調教スタンドからそれ見ていた舞田又則だった。

 思わずいつも持ってきている双眼鏡でバンセイフガクの走る姿をじっと見て、その正体に気付いた。

 

「……歩幅が短くなっている」

 

 いつもは長い歩幅が目立つ走りが、今見た限りでは明らかに短く、そして脚の回転がいつもより更に速くなっていた。

 一体どういうことだ? 又則はスタンドから降りてコースから出て来た今日バンセイフガクの調教を担当している調教助手へ訊ねた。 

 

「槇村(まきむら)、フガクの走りがいつもと違うが何があった?」

 

「テキ、それが、私は何も指示を出していないんです」

 

「何?」

 

 困惑する又則だが、それは騎乗していた槇村もだった。

 乗っていたからこそ肌で感じたのだろう。バンセイフガクの走り方の変わりように槇村も訳が分からないと言った様子だ。

 

「すると、まさかフガクが自分で考えて走っているとでも言うのか?」

 

「ですが、フガクの走り方を変えるなんて話は聞いていません。そうなると、もしかすると……」

 

「……自分で走法を考えて編み出そうとしている?」

 

 思い当たる節はあった。バンセイフガクはストライドの長さと超重量の馬体が原因で濡れた馬場を苦手としていた。

 直線はまだ平気の様だが、コーナーでは急に脚の回転を落として速度を下げながら走りづらそうに走っていたので、普段の調子でコーナーを走らせたら危険だ。

 

 元々ストライド走法の馬は滑りやすい馬場を苦手とする傾向がある。それが極めて突出した走り方をするバンセイフガクにとっては鬼門と言っても良い程に相性が悪い。

 

 だが、今確認したバンセイフガクの走りはそれとは逆。歩幅を短くしてその分脚の回転を早める事で速度の低下を補う走りをしていた。

 それは、奇しくも実在する短距離からマイルまでの距離を走る競走馬がよく用いる走り方、ピッチ走法と全く同じ走り方であった。

 

(こいつは、自分の弱点を学習して自分で克服しようとしているのか)

 

 ピッチ走法を用いる競走馬は濡れた馬場やダートコースを得意とするケースが多い。それは、バンセイフガクが苦手とする濡れた馬場を走るのに適した走法だ。

 

(……タイムはいつもより少し遅めではあるが)

 

 走り方が妙だったが、いつもの習慣で記録は取っていた。

 そこに刻まれたタイムは、普段の調子に比べれば劣っているが、急に走法を変えて出したタイムとしては悪くない。フォームもさほど崩れてもいないので初めてやったにしてはむしろ良い方ともとれなくはない。

 

 又則は全身に寒気とも電流とも判断のつかない衝撃と震えが走った。

 

(この、馬は……)

 

 前から知能の高い馬だとは思っていた。

 恵護が声掛けの合図をするだけでラストスパートをかけたりペースを変えたりと、人間の言語を、日本語を正確に理解している。

 それだけではない。言葉を発した人間の表情や態度からその心情まで読み取るという芸当すらしてみせたのだ。

 賢い馬と言うのは過去にいた。しかし、バンセイフガクはその中でも別格だ。まるで、人間並の知性があるかのように思えてならない。

 

「……おい、フガク」

 

 又則は吐息も白む1月にもかかわらず、こめかみから滲み出てきた汗を拭わずにフガクへと周りへ聞かれないよう声をひそめて呼びかけた。

 バンセイフガクが又則の声に反応し、又則を正面から見た。

 

「俺の言葉が理解できるのなら、右前脚で地面を二回軽く叩いてみろ」

 

 数秒間の沈黙、まるでバンセイフガクが怪訝そうに又則をじっと見た後、周囲を鋭い眼差しで見回すと静かに鼻息を吹き、その右前脚で地面を二回叩いて見せた。

 それを鞍上から見ていた槇村は驚き、今しがた行ったフガクの動きを凝視した。

 

「て、テキ、これは……」

 

「少し待て、槇村。……なあフガク、どうして走り方を変えた? ……いや、この訊き方は違うな……お前は、濡れた馬場でも走れるような走り方を考えていたのか? そうなら右前脚で2回、違うなら左前脚で2回地面を叩くんだ」

 

 じっと又則を見ていたバンセイフガクはちらっと足元を見て、右前脚で2回地面を叩き、再び又則を見返した。

 又則はそれを見て、ごくりと生唾を飲んで眉間にしわを寄せ、深々と溜息をついた。

 

「……調教中のフガクの走り方についてはフガクに任せる。後で他の者にもそう伝える」

 

「テキ、良いんですか?」

 

「前から懸念はしていた事だ。それを自分から改善策を編み出そうとしているのなら是非もない。見たところ、変な足運びをしているわけではないからな。勿論、変な癖がつくようなら此方で止めるか修正を加えるがな」

 

「そ、そういう事なら分かりました」

 

「よし、残りの調教メニューの消化に戻ってくれ……フガク、お前も足運びには気を付けて走れ。お前が転んだら背中に乗せている槇村が吹っ飛ぶか最悪潰されるぞ」

 

 又則が槇村に指示を出した後にバンセイフガクへそう忠告すると、低いエンジン音の様な嘶きを返して槇村の手綱に従い調教コースへと戻っていった。

 

 それを見送った又則は、自分の手が震えているのに気が付き、それを握りしめる事で誤魔化しながら心の中でぼやいた。

 

(楽さん、あんたが連れて来たのは、とんでもない馬だったぞ)

 

 調教師舞田又則は、今自分が預かっているかの黒い巨馬の底知れぬポテンシャルに肌が粟立ち、震えが走ったのだ。

 人の言葉を正確に理解し、自分の走りに欠点あらばそれを克服しようとする。そんな競走馬が、馬が、この世界に果たして2頭といるのだろうか。

 この馬は、どこまでも強くなれる。馬主の万世は凄い事をやらかすと豪語していたが、その万世の言う通り、この馬は日本競馬に決して塗り替える事の出来ない伝説を作れるだろうと、又則は半ば確信をしていた。

 そしてこの馬の中には、かつての歴史を作った古い日本競馬の血が流れており、なにより叔父と共に駆け抜けた名馬クリフジの血が流れている。更にその馬には、自分の息子が主戦騎手を務めているのだ。

 

「……こんな凄い奴を負けさせちまったら、廃業ものだな」

 

 現在バンセイフガクは4戦4勝、いずれもレコードを叩き出しながら4歳馬となり、今月には父シンザンの名が付いたレースへと出走する。

 勝てる。又則は既にこのレースの勝敗が見えていた。元々このレースに出走させる理由は、神馬と称えられた父の名が付いたレースで勝ってゲンを担ごうと言う万世の意向によるものだ。

 バンセイフガクのコンディションも万全だ。朝日杯から三週間も経てば体調回復は勿論の事、調教に追い切りも加えておつりが返って来るくらいに余裕がある。開催する競馬場がいつもと違うのが不安要素だが、馬運車に運ばれても平気で立ちながら寝ているバンセイフガクならば問題はないだろう。

 又則は後に控えているクラシック三冠、そしてその先にあるバンセイフジが果たせなかった夢の為、気を引き締めてバンセイフガクの調教に取り組む事にした。

 

 

 

 

 

 4歳馬になったバンセイフガクの初めてのレースが間近に迫って来たが、今回はいつも行っていた中山競馬場、あるいは一度だけ行った東京競馬場とは違い、何と京都の競馬場だった。

 なのでいつも以上の時間を馬運車で運ばれ、途中途中のパーキングエリアで何度も休憩をはさみながらの長旅になるので、いつもより前に厩舎から出発する事となった。

 バンセイフガクは運ばれるだけなので楽なものだ。これが他の馬だったら長時間運ばれてストレスが溜まったりするだろうが、前世が人間だったバンセイフガクにはちょっとした旅行気分である。

 格子窓から見える風景を堪能したり、それに飽きれば立ちながら爆睡したりして十分時間は潰せるし、休憩中には水を飲ませてくれたりしているので特段不便ではなかった。

 

 

 そうして到着したのは京都競馬場。

 馬運車から降りていつものように競馬場内の馬房へ向かうと、既に馬房に入っていた他の馬達がバンセイフガクの姿を見て驚き慌てだした。まるで草食動物の群の中へ肉食動物を送り込んだかのような騒ぎぶりに、馬達を世話していた厩務員達も慌てだす。

 

『ゲェーッなんか変なのが来た!?』

 

『こ、こわいよぉ』

 

『ああ!? て、てめえどこのモンだああ!?』

 

 

 

『やかましい』

 

 それをバンセイフガクが眼光鋭く睨みつけながら唸ると、ピタリと馬達が静まり返る。バンセイフガクの眼力とその身から放たれる生物としての圧倒的な気配が、他の馬達を本能的に大人しくさせたのだ。

 

 静かになった馬房内をふんと鼻を鳴らしながらバンセイフガクは自分の馬房へと入っていく。

 そんな様子を厩務員達が呆気にとられているのを担当厩務員の溝峰が謝りながらバンセイフガクの手入れに入る。

 

「おいおい、よそ様の馬と喧嘩するなよ?」

 

『俺に聞かんでくれ。いちいち狼狽えおって』

 

 ぶおんと鼻息を吹く様子から、ため息めいたものを感じた溝峰はバンセイフガクの心境を何となく察して苦笑した。

 

 

 京都まできたが、レースまでの流れはいつもと同じだ。

 溝峰に引かれながらパドックへ入ると、観客達が驚き息を飲んだ。

 

「あれが去年の関東3歳馬チャンピオン……」

 

「何て体しとるんや……あんな図体で全レース無敗レコード勝ちとかバケモンやぞ」

 

 西日本の方へは今回初めて来たが、最近は新聞やテレビにもバンセイフガクはレースやその後の表彰式が映されているので西の競馬ファン達にも認知されてきている。

 しかし実際に同じ競走馬達と一緒に歩く姿を見れば、その異常に黒く大きな馬体には誰もが目を見開く。快晴の空から降り注ぐ陽光を浴びても一切輝かない姿は、長く競馬を見続けて来たファンですら見た事が無かった。

 観客達からの視線を一身に受けるバンセイフガクは、己が身に恥じるところなど何一つないので胸を張って見せつける様にパドックの中を歩いていく。

 

 パドックでのお披露目が済めば、今度は騎手達が各馬へと騎乗に入って本馬場入場だ。

 

《第19回日刊スポーツ賞シンザン記念。太陽輝く晴天のもと、偉大なる競走馬シンザンに追い付かんとする16頭が集いました》

 

 順番に馬達が芝に入っていく中、バンセイフガクもとうとう京都競馬場の芝へ脚を踏み入れた。

 

《8枠15番、黒い霊峰バンセイフガク。単勝オッズは何と驚愕の1.0倍、1番人気。去年3歳時は無敗の4戦4勝を勝ち抜いた関東の3歳王者。母は生涯無敗の七冠馬バンセイフジ、そして父は五冠馬シンザン!》

 

 アナウンスにおおぉっと観客席がどよめいた。

 

《両親の栄光を越えるため、まずは年明け最初に父の名を冠するレースで勝利しようと出走するこの馬、馬体重なんと1085kg! ですが皆様誤解なさらぬようこの馬は間違いなくサラブレッド、その身に流れる血には他にも初代三冠馬セントライト、幻の馬トキノミノルの全姉とどこに出しても恥じる事なき生ける日本競馬の歴史、競走馬の血筋でございます!》

 

 黒い巨体に驚き、血統に驚き、そして馬体重に驚きと三重の驚きに見舞われた観客達だが、それは次第に大歓声へと繋がった。

 バンセイフガクはそんな観客達の様子を芝を踏みしめながら優れた聴覚で聞いていた。

 

(まぁ、盛り上がる分には良い事だ)

 

 父の名が付いたレースが盛り下がるのは面白くないので、ここはひとつ、息子たる自分が観客達の度肝を抜いてやる必要があると静かに燃える。

 

 鞍上の恵護の綱に従い返し馬に入る。今日の芝はからりと乾いてバンセイフガクには実に快速日和。踏み込む芝がしっくりくる。

 駆歩で走ると、巨体からは想像もできない軽々とした足運びとストライドの長さに観客達からの視線が釘づけになった。

 走るフォームも存外に綺麗で、その速さも本当に駆歩か? 襲歩じゃなくて? と疑ってしまう位に速い。

 

「1.0倍とか訳の分からんオッズだったが……こりゃあ、いけるかな」

 

 観客の一人がついぼやき、片手に持った馬券を見直して、枠連にして正解だったなと肩をすくめた。

 

 集合時間を迎えて輪乗りを終えて、各馬のゲート入り。

 順繰りにゲートへ入り、バンセイフガクもギッチリとゲートへ入る。

 

 

《さあ第19回日刊スポーツ賞シンザン記念……スタートしました!》

  

 聴き慣れた音とともにゲートの扉が開き、レースが始まった。

 

《先頭は我が指定席と言わんばかりに飛び出したのはバンセイフガク! のっけから物凄い加速で飛ばしていく!?》

 

 いきなりのハイスピードにバンセイフガクを知らない観客達は掛かったのか? と疑う。しかし、バンセイフガクを前から知ってこの京都競馬場まで追いかけて来た観客達は出た、とその加速する姿に目を凝らした。

 

《バンセイフガク加速が止まらない! 後続との差がどんどん開いて何馬身差なんだ!? まさに一人旅! 一足お先に第3コーナー淀の坂を登り……なんと!?》

 

 京都競馬場には淀の坂と呼ばれる高低差4.3mのが第3コーナーに存在する。

 最初はゆるやかな登り坂、その後は急勾配になっており、通常は第4コーナーの下り坂を抑えて走らせるのが鉄則と言われて来た。

 淀の坂を抑えて走る事が定石となった理由は、登りで加速すればスタミナを消耗し、下りで加速すれば勢いがついて第4コーナーへ入った時に、曲がり切れずに大外へ脚が持っていかれてしまうからだった。

 しかし、近年ではその鉄板ルールを無視して駆け抜ける馬が出始めた。今のバンセイフガクのように。

 

《バンセイフガク、淀の坂を減速せずに登ったかと思いきや、そのまま駆け降りていく!》

 

 この淀の坂を減速せずに下った馬が身近に2頭いる。

 一頭は同じ厩舎所属の競走馬、無敗の六冠馬へ上り詰めたミスターシービー。

 そしてもう一頭は、バンセイフガクの母バンセイフジもそうだった。

 

 先輩と母が出来たのだ。己が出来なくてどうすると言うのか。

 バンセイフガクは加速の入った下り坂を駆け抜けて第4コーナーへと入った時、己の体が外に持っていかれそうになるのを感じた。

 だが、それをバンセイフガクは己の強靭な筋肉と頑強な骨格による踏み込みで、体を無理やり内側へと持っていく。鞍上の恵護も手綱を捌いてバンセイフガクの軌道を内側へと修正するようにアシストした。

 芝が乾いた良馬場だからこそ出来る芸当だ。これがもし稍重にでもなっていたらバンセイフガクはバランスを保てていなかったかもしれない。

 

 後続の馬群が減速する中、バンセイフガクは速度を保ったまま一頭だけ最後の直線へと入り、更に加速。そして――――

 

《ご、ゴールです! 恐れ入りましたバンセイフガクその強さ! 無敗の関東3歳王者は伊達じゃない!》

 

「フガク、脚は大丈夫か?」

 

『これしきでへし折れるものか』

 

 ゴール板を越え、徐々に速度を落としてバンセイフガクの脚が止まり、電光掲示板へと顔を向けた。

 観客達はバンセイフガクがゴールをしても未だしんと静まり返っている。初めてその走りを見た観客は信じられないものを見る様に目と口を開き、前からかの馬の走りを見て来た観客はその走りに鼻息を荒くする。

 

《そのタイムは1分30秒9! この京都競馬場でも驚くべきレースレコードを刻みました! そしてシンザンの産駒としては初の勝利馬です!》

 

 瞬間、京都競馬場が一気に沸いた。

 その速さに絶句する者、馬券を空に放り捨ててガックリする者、興奮のあまり叫ぶ者。観客席の歓声を浴びながら、バンセイフガクは軽く鼻息を吹かしつつそれらを眺めた。

 

《あっぱれバンセイフガク! このシンザン記念創設以来のとんでもない勝利を我々に見せてくれました! シンザンよ! 貴方の仔が勝ちましたッ!!》

 

「今年最初の勝利だ。フガク、ありがとう。このまま今年も行こう」

 

『俺からのささやかなお年玉ってやつよ。今年はでかいレースが待ってるんだ。貰う金の額に腰を抜かすなよ恵護』

 

 今年予定しているレースは今回走ったシンザン記念を含めて9つ、いずれも重賞で中には日本最高位のレース、八大競走も含まれている。

 いよいよ始まるのだ。かつて母が走り、無敗を刻んだ栄光の八大競走への挑戦が。

 その慣らしとして、まずはトライアルレースが始まる3月までに2戦走り、4歳馬となったバンセイフガクの調子を確かめるというのが陣営の思惑の一つである。

 もう一つは、血に纏わる因縁に関係している。バンセイフガクの血統に関わる名馬の名が付いたレース全てに出走し、勝者にバンセイフガクの名を刻ませようとしているのだ。

 馬主の万世楽之助は、とことん浪漫路線を突っ走ろうとしているらしい。バンセイフガクのポテンシャルを知ればこそ出来上がったローテーションである。

 

 バンセイフガクは多くの大歓声を受けながらその黒い巨体を検量室へと向かわせていった。




この作品ですと、シービークインは桜花賞と優秀牝馬を勝って二冠牝馬になりました。
新馬戦でトウショウボーイとグリーングラスをちぎり捨ててたりしてます。

主人公の走法についてセクレタリアトのベルモントステークスの映像をビデオテープで等速ストライドを見せるという案も考えたのですが、1973年のあのレースをVHSで日本へ1985年の時代に持ち込むなんてあるのだろうかと疑問に思って却下となりました。あったら申し訳ないです。
あとあの頃ってネットとかない時代ですからセクレタリアトの情報とかどうやって出回るんでしょうね。やっぱり専門誌とか関係者伝手に伝わっていったんでしょうか。
そう考えると昨今のIT技術って凄いなぁと思う次第です。
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