いざ、神の山がまかり通る   作:ニンジンデース

14 / 18
第14走 幻と共に 共同通信杯4歳ステークス トキノミノル記念

 無事に今年最初のレース、それも父シンザンの名がついたレースで圧勝をしてみせたバンセイフガクは良好な出だしで始まった。

 次のレースは来月の共同通信杯4歳ステークス、またの名はトキノミノル記念。バンセイフガクの高祖叔父の名が付けられたレースである。

 こちらのレースはクラシック三冠を狙う競走馬達の前哨戦とも言われており、三冠を狙うバンセイフガクにとっても色んな意味で出走したいレースだ。

 

 そのトキノミノル記念に向けての調整と新走法のトレーニングに明け暮れていたある日の事。

 最近増え続けて来たバンセイフガクへのファンレターやら贈り物の中に妙なものが混ざって来た。

 贈り先がバンセイフガクで間違いないので届けられた美浦トレセンから舞田厩舎へと渡されたそれをバンセイフガクの担当厩務員の溝峰が読み上げた。

 

「何々? 【黒王様の世紀末覇者伝説を願ってこれをお贈り致します】……何だこりゃ?」

 

「ほらあれですよ溝峰さん、以前取材に来た漫画家さんの書いてる漫画の登場キャラ、フガクがモデルになったじゃないですか」

 

「いやそれは分かるんだが……」

 

 去年の11月末頃にバンセイフガクを取材に来たかの世紀末格闘漫画の作者と原作者は、その翌月にこの世界ではバンセイフガクがモデルとなった黒王号の登場する話を無事掲載する事が出来た。

 それから元々人気だった作品は、強大な敵の登場により更に盛り上がりを見せ、その人物が騎乗する馬もまた読者に強烈なインパクトを与えた。

 

 そしてそんな漫画を読んでいた読者の中には競馬も嗜む人種もおり、読んでいて「あれ、この馬バンセイフガクそっくり……?」と気付き、そこから競馬を知らない読者も黒王号とそっくりな馬が競馬で現在活躍している事を知り、テレビや新聞で見て興味を持ち始めている兆しがあるそうだ。

 その前触れか、最近バンセイフガク宛てのファンレターに黒王号の名がちらほらと出て来ていた。

 

「まさか漫画からバンセイフガクを知って応援する人も出るとは思わなかったなぁ」

 

「まぁ、大体そっくりですからね。フガクとあのキャラ」

 

 厩舎一同もバンセイフガクがモデルとなったキャラが登場した回は週刊少年誌を買って読んでいる。

 読んだ全員の感想が「あ、フガクだ」とか「フガクが世紀末世界にいる!」と爆笑する人もいたりと反応は悪くない。

 なお、バンセイフガクが人間だった頃の世界では、主人公に突撃をかまして横っ面をぶん殴られて駄馬呼ばわりされるシーンがあるのだが、こちらの世界ではモデルが実在する競走馬だからか、馬主や厩舎への配慮でそこら辺の描写が変わっていた。

 

 更にこの話は舞田厩舎内だけにとどまらず、他の厩舎スタッフ達、他にも主戦騎手の恵護や調教師の又則の方へも多くの人達から話しが振られて話題になっていた。

 

 

 

 

「最近同期や知り合い連中から言われるんですよ、「拳王様、筋肉が足りませんよ?」って。こっちは背が高いから体重抑えるの大変だってのに……」

 

 厩舎内休憩室でぶちぶち文句を言うのは今色んな意味で話題の的となっているバンセイフガクの主戦騎手を務めている舞田恵護だ。

 それに付き合っている同じ厩舎で先輩騎手の綿上は、愚痴る後輩の姿を見て笑っていた。

 

「その程度で済んでいるなら可愛いものさ。21歳であれ程強い馬に乗って勝ち続けてるんだ。大なり小なりやっかみまじりも来る」

 

 もっとも、彼らがやっかむのは馬だけじゃない事を綿上は理解している。

 綿上の目の前にいる舞田恵護はデビューしてその年に通算64勝を挙げて新人最多勝記録を塗り替え、その翌年には113勝を挙げて史上最年少の関東リーディングジョッキーへ、更にその翌年には通算300勝を越えて全国リーディングジョッキーへと至った若き怪物だ。

 そんな騎手が怪物みたいな強さの馬と組み、更には名伯楽と名高い調教師が加わったら、とんでもない事になるだろう。自分が所属している調教師故に、その技量は良く知っている。

 既にその兆しは見えている。しばらく中央競馬の大レースは恵護とバンセイフガクの蹂躙劇が続く事になるのは想像に難くない。

 あれ程の怪物に並び立てる馬がいるかどうか、綿上は想像して、今主戦騎手を務めているミスターシービーが万全だったらと、過ぎてしまった事を想い返して口惜しくなった。

 

「……綿上さんの場合は、やっぱりフジに乗っていた時とかですか?」

 

「シービーの時もかな。だが、もし俺がそいつらと同じ立場になったら、俺も妬むか羨むくらいはしただろうな。何せこの厩舎に転属してからはそれくらい良い馬達に恵まれた」

 

 綿上は元々舞田厩舎の所属では無かった。

 前までは父の厩舎の所属騎手だったのだが、綿上が27歳の時に交通事故に遭い、そのまま帰らぬ人となってしまい厩舎が解散してしまったのだ。そこで行先に困っていた綿上に声をかけたのが、父と交友関係があった舞田又則だった。

 舞田厩舎で綿上は数々の名馬に出会う事が出来た。

 

 ハイセイコー、タケホープとクラシック三冠を奪い合い、菊花賞、有馬記念、秋の天皇賞を勝ち取った尾花栗毛の逃げ馬、タイヨウトレイン。

 

 父に凱旋門賞馬を持ち、自身も桜花賞、優秀牝馬を制覇して二冠牝馬となった逃げの女王シービークイン。

 

 日本競馬史上初の牝馬によるクラシック三冠制覇、そして生涯無敗で七冠馬へ上り詰めた19戦19勝、問答無用の最強牝馬バンセイフジ。

 

 無敗七冠の夢は潰えたが、それでも無敗六冠という大偉業を遂げて今も芝を駆ける天衣無縫の二代目天馬ミスターシービー。

 

 どの馬も日本競馬の歴史に刻まれてしかるべき名馬達だった。彼ら彼女達とレースを駆け抜けた日々は綿上の誇りである。

 特に無敗の三冠馬の主戦騎手を二度に渡って経験する事が出来たのは感無量だった。

 バンセイフジに乗って生まれて初めて三冠馬に、それも無敗の三冠馬のジョッキーとなった時、綿上はバンセイフジの鞍上で思わず泣きながら握り拳を天に突き上げた。

 三冠ジョッキーになれた喜びだけではない。掲げた握り拳は、亡き父に対する手向けだった。

 

 綿上の父、綿上疎経(わたがみうろつね)はかつて騎手であり、とある馬の主戦騎手を務めていた。

 その馬の名は、トキノミノル。無敗でクラシック二冠まで進みながらも、その後破傷風で亡くなった悲運の名馬。

 父疎経は生前、トキノミノルの死を常々悔やんでいた。その姿を見ていたからこそ、トキノミノルの存在とクラシック三冠の存在は当時の綿上にとって大きな目標だった。

 

 そしてバンセイフジの体には、トキノミノルの全姉の血が流れている。かつてトキノミノルと父が果たせなかった三冠の夢を、その近縁の末裔たるバンセイフジと共に果たせた事で、様々な感情が込み上げて、男に熱い涙を流させた。

 おかげで墓参りにはいい土産話が出来た。これまで勝ってきた賞金の分け前分で、母へも多少なりとも孝行が出来た。

 だからだろうか、綿上は大恩ある調教師の息子を応援したくなる。

 

「恵護、次はお前の番だ」

 

 その言葉の意味を察したのだろう。恵護は表情を緊張で強張らせた。

 これが今最も勝ち星を挙げている騎手の面かと、思わず笑ってしまう。笑われた恵護は、意味が分からず怪訝な顔をしていた。

 

「親父さんに孝行しろと言ってるのさ。あの人は、お前とフガクが揃うのを、ずっと待っていたんじゃないかな」

 

 又則の夢は以前聞いた事がある。

 それを思えば、恵護とバンセイフガクの存在は、長年待ち望んでいたものだっただろう。馬の方が色々と規格外なのは又則も予想外だっただろうが。

 

 言われた恵護は、短く刈り込んだ頭を掻きながら綿上から視線をそらして話した。

 

「……俺も大叔父とクリフジの事はテキからよく聞かされていました。20歳でダービージョッキーになるなんて、凄いコンビだったんだろうなぁって」

 

 恵護の眼は、どこか遠くを見ていた。過去に父が話した大叔父達の事を、自分が騎手を目指した原点を思い返しているのか。

 

「まさか本当にそのクリフジの子孫の屋根を務める事になるなんて思いもしませんでした。正直、初めてフガクを見た時は何で重種馬が入厩して来たんだ? って思っちゃいましたし」

 

 その場には父と父が懇意にしている知り合いの馬主もいたので、恵護は口が裂けてもそんな事は言えなかったが。

 

「でも、調教でフガクに乗って分かったんです、こいつは勝てる馬だって。今までの定石なんて知った事かってな強さで、思うがままにレースを支配できる馬なんです」

 

 だから、怖くもあるんですけどね。と話す恵護の手が震えている事に綿上は気付き、眼を見開いて恵護を見た。

 その顔には、どこか恐れがあった。バンセイフガクと言う、今後世に同じ馬が出る事はないだろう凄まじき怪物に乗る事への恐れが。

 

「あんな物凄い馬に乗って負けたら……俺は、自分の事を騎手だなんて絶対言えなくなります。あれは……勝つために生まれてきた馬なんですよ」

 

「……それほどか。いや、あの走りを見ればそうもなる、か」

 

 府中3歳ステークス最後の直線で見せた圧倒的な末脚、あれはもはや馬と言う種を越えた速度だった。

 他のレースでもそうだ。後続と最も近くて10馬身、レースによっては下手したら60馬身も離してレコード勝ちをする程の走りをしても潰れない圧倒的な頑強さとスタミナ。手綱や鞭を振るわずとも言葉をかけるだけで騎手の意のままに動いて見せる知能の高さ。

 一体何の冗談だ、と言いたくなるような性能は、対戦相手側からすれば悪夢の様で、味方からすれば頼もし過ぎるほどに頼もしい。

 だが、それに乗る騎手の重圧もまた半端なものでは無かったと知るのは、恵護の様子を見れば明らかだった。

 

「綿上さん、俺はフガクと一緒に勝ち続けます。フガクが引退する、その時まで」

 

「生涯無敗を貫かせるつもりか、恵護」

 

「それくらいの腹がなきゃ、あいつには乗れませんよ。生半可な覚悟で、フガクに乗っちゃいけないんだ」

 

 恵護の眼には只ならぬ強い意志が宿っていた。それが綿上の眼には、危うさも感じるのは気のせいではないだろう。

 

「あまり気負いすぎるなよ。お前はこれからクラシック三冠にフガクと挑むんだ、目の前のレースを一つずつこなして行け」

 

 若さゆえの未熟な面と、バンセイフガクに乗る事への入れ込みが恵護に負荷を与えている事はすぐに分かった。

 まるで、昔の自分を見ているようだと思いながら綿上が笑いかけた。

 

「気楽に行けなんて無責任な事は言わないが……そうだな、「フガクと仲良く走りな」かな」

 

 拍子抜けしそうな綿上の言葉に、恵護は何とも言えない微妙な顔を浮かべた。

 

「仲良くって……いやまぁ、そりゃそうなんですけど……もうちょっと言い方とか……」

 

「そうかね? 俺はこれが一番重要だと思うけどな。仲が良いって事は息が合いやすい、折り合いのついた馬と騎手ってのは厄介なものさ」

 

「それは、まぁ分かります」

 

 そう言う意味では、綿上にとってバンセイフジは最も仲良く走れた馬と言えた。仕事仲間の様な関係だったのかもしれない。

 バンセイフジは普段は物静かな馬だった。気に入らない事があれば徹底的に反抗というのも生温いくらい暴れた事が過去にあったものの、必要な事だと理解すればすんなりと従う賢さを備えていた。

 

「見た所、お前は随分とフガクに懐かれている。レースでも見てる感じじゃ気持ちよく飛ばしてるじゃないか」 

 

「あれは……殆どフガクのおかげですよ」

 

「それで良いんだよ恵護。言ってしまえば俺達騎手は、競走馬をどれだけベストに走らせて勝利に導いてやれるかサポートするのが仕事なんだ。それが出来ているならお前達は負けないよ」

 

 その感覚だけは忘れないようにな。

 そこまで言われて、恵護は自分が励まされている事に気が付いて、頬を掻きながら「はい」と答えた。

 

 

 

「ところで恵護、その、なんだ。……拳王って何だ? 実は俺まだ例の漫画まだちゃんと読んでなくって……」

 

「それここで蒸し返します綿上さぁん!?」

 

 後で恵護が週刊少年雑誌のその漫画のページを見せると、漫画の中の拳王と恵護を見比べると「ま、気にするな」と肩を叩かれて恵護は何だかしょっぱい気持ちになったそうな。

 

 

 

 

 

 2月10日、府中3歳ステークス以来の東京競馬場が今回のレース会場だ。

 距離は1800m、天気は晴れ、そしてその馬場は、最悪の状態を意味する不良。前日の終日降り続けた雨の影響で、東京競馬場は不良馬場になっていた。

 

 

《東京競馬場第11レース、第19回共同通信杯4歳ステークス、トキノミノル記念。この芝1800mを駆けるメンバーをご紹介いたします》

 

「……フガク、初の不良馬場でのレースだ。調教の時みたいに行こう。すっ転ぶのは無しな?」

 

『馬場が悪くても俺の脚が衰えん事を見せてくれるわ』

 

《――――2枠2番バンセイフガク。先月シンザン記念を恐るべき強さで勝利して、次に狙うは高叔父トキノミノルの名を持つこのレースの勝利か。単勝オッズは1.0倍、文句なしの1番人気であります》

 

 大歓声を浴びながらバンセイフガクが不良馬場の芝の感触を確かめつつ、恵護の指示に従い返し馬に入る。

 そこで目敏い一部の観客はおや、とバンセイフガクの走り方がいつもと違う事に気が付く。

 観客だけでなく、今日バンセイフガクが出走すると知って見に来た競馬関係者達も、その走りの違いに妙だと気が付いた。

 

 一連の流れを経て各馬達がゲートに入り、バンセイフガクもと収まりレースの始まりを待つ。

 

 

《さあ第19回共同通信杯4歳ステークストキノミノル記念……スタートしました》

 

 ほとんど揃ったスタートの中を、一際大きな黒い馬体がその群れの先頭へと躍り出た。

 

《バンセイフガク、ゲートからポーンと飛び出して先頭へ出ました。しかしこの馬場で大丈夫でしょうか?》

 

 スタートしたレースの展開にそれを見る人間達は驚愕した。

 バンセイフガクは去年の府中3歳ステークスの時、稍重の馬場では速度を押さえて馬群最後方に位置取りをしていた。

 そのレースの後インタビューで判明したが、バンセイフガクはその巨体が災いして濡れた馬場で走る事を苦手とし、故に速度を抑えて最後の直線で一気に加速すると言う戦法をとっていた。

 しかし今回はのっけからスピードを上げて先頭に立っている。一体どういう事だと観客や競馬関係者達はバンセイフガクの走りを見ていると、その変化に気が付いた。

 

「……歩幅が短くなっている?」

 

 今までのバンセイフガクは低空を低く飛ぶような長い歩幅によるストライド走法で走っていた。

 しかし今のバンセイフガクはスタートしてすぐ、直後にあるコーナーへと入った途端他の馬と同じくらいにまで歩幅を短くし、その分脚の回転をいつもよりも多くして走りはじめたのだ。

 これではまるでピッチ走法である。だが当のバンセイフガクは走るフォームが変わってもそのハイペースは変わらずに、他の時のレースのように後続との差を離していった。

 

《バンセイフガク速い速い! もう第3コーナーへ入り第4コーナーへと突入! ラスト直線へと入りました!》

 

 信じられないものを見るように愕然とした表情で人々がレースを見ている中、遂にどす黒い一頭だけが他の馬達よりも遥か先にゴール板を越えて行った。

 

《ゴール! 他の追随を許さない圧倒的な一人旅! バンセイフガク、馬場の調子すらものともしない強さを我々に見せつけてくれました! 文句の言いようもないこの強さ!》

 

 バンセイフガクは緩やかに足を止めると、電光掲示板を見上げて自分のタイムを見た。

 

(この記録なら文句はあるまい……なあ、トキノミノルよ)

 

《レコード! レコードを叩き出しましたバンセイフガク、そのタイム1分48秒4! レースレコードです!》

 

 タイムを見たバンセイフガクは視線を切って不良馬場の芝コースから検量室へと向かう。

 

「特訓した走法、問題なさそうだなフガク」

 

『いや、まだまだ未完成よ。すっ転ぶ事は無くなりそうだがな』

 

 バンセイフガク的には思い付きから生まれた走りだが、実際にレースで問題なく通用する事が分かったので、これを更に磨くつもりだった。

 理想で言えば更に自在に歩幅の調整を、変速自転車のギアチェンジのように切り替えられるようになるのが望ましい。

 今回はレースで歩幅を縮める走法を初めて実践しただけだ。これからさらに発展させるのがバンセイフガクの目下の課題である。

 

 今回の共同通信杯4歳ステークスは、クラシック三冠の前哨戦とも言われているらしい。

 バンセイフガクは確かな手ごたえを感じながら、歓声とどよめきが聞こえる芝を後にしていった。




作中登場したタイヨウトレインという馬は架空馬です。
1960年代後半に登場した尾花栗毛の逃げ馬、ニホンピローエースの産駒です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。