いざ、神の山がまかり通る   作:ニンジンデース

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15時頃に執筆途中で保存していたら間違えて投稿してしまったので一旦削除しました。そのため検索欄に当作品が紛らわしいことになっておりました。すみません。


第2走 母は日本一

 自分の馬主が一文字違いだがガンプラを販売している超大手の玩具会社となれば、その正体が前世で有名だったかの玩具会社と同一企業であると思い至るのは早かった。

 同時に、クロマツの中で疑問が生まれ、自分なりに情報収集に勤しんで、恐らくこの世界は自分の知る世界とはちょっと違うのだろうという結論に至る。総理大臣や有名人などの名前が人間達の間で話題に出てもピンと来なかったが、それらの実績や活動内容を聞いてようやく思い至ったので気付くのに少し時間がかかってしまった。

 とは言え、それが分かったからといって自分の今後の暮らしに何か変化があるかと問われれば「まぁ、別に?」としか言いようがなく、とにかく金持ちの馬主が自分の事を大事にしてくれそうだという確証が得られればクロマツにとってはそれで十分であった。

 

 それからおよそひと月、クロマツは馬としての生をそれなりに過ごしていた。

 馬主の態度からして、自分を屠畜場送りにするような事はしないだろうと確信出来たおかげで前ほど悲観的にならずに済み、肩の力を抜いて牧場暮らしを満喫出来るようになった。

 

 そんな暮らしの間、クロマツ自身の生活にも変化が訪れ始めた。

 食事は母馬の母乳をひたすら飲み続ける毎日だった。歯は生まれたときから生えていたのが綺麗に生えそろったが、発育の関係上まだまだ母乳の世話になっている。あまりにも飲みまくるものだから途中で母馬の母乳が出なくなり、牧場の方で用意したミルクも併用で飲むようになったりとスタッフ達を驚かせている。

 睡眠も人間の頃は仕事の忙しさにかまけて睡眠時間がおざなりだったが、のんびりとした牧場生活のおかげで気兼ねなくグースカと寝れるので、成人した人間の平均的な睡眠時間以上は平気で爆睡していた。

 

 

 

 

「なあ、谷村」

 

「どしたい杉よ」

 

「クロマツが産まれてかれこれ一か月が過ぎたわけだ」

 

「そうだな、良く食ってよく寝て、元気いっぱいにすくすく育ってるな」

 

「……いやお前、元気いっぱいっつうかよ」

 

 言いよどむ杉が放牧地にいるクロマツの姿を見やる。

 

 

 

「ちと育つのが早すぎねえかあいつ?」

 

 それはもはや、仔馬と呼ぶにはあまりにも巨大になっていた。

 今のクロマツは一か月前と比べると目に見えて分かるほど大きくなり、同年代の仔馬と比べても一回り以上の体格差があるのだ。

 ぶくぶくと肥え太ったのではなく、この一か月の間に筋骨が徐々に発達したのだろうが並のサラブレッドの仔馬以上の成長速度である。

 通常仔馬は一日で1kg以上体重が増えて大きくなっていくものらしいが、件の黒毛の仔馬(仮)はどうだ、生まれて一月経った頃には既に200kg近くまで大きくなっているのだ。本来ならばそこまで成長するにはもっと歳月を要するというのに。

 やたらとミルクを飲みまくっては寝ているので、それが原因なのだろうか。幸いなのは、横にはさほど大きくならず縦に大きくなっているのでサラブレッド特有のスマート感が失われていない所だろうか。

 

「早熟……ってやつなのかあれ」

 

「俺思うんだがよ杉、この調子でいくとどえらくデカくなるんじゃないか? それこそフジよりでっかくなる感じで」

 

「いくら何でもそりゃないだろ、どれだけでかくなるんだよ。クロマツはサラブレッドだぞ、重種馬じゃあるまいし」

 

 クロマツは紛う事なきサラブレッドだ。それは種付けから出産に立ち会った者だけでなく、日本軽種馬登録協会に登録され、保証されてきたクロマツ自身と両親の血統が証明している。

 だというのにこの馬齢に似合わない馬体と成長速度、この調子では来年には母バンセイフジの馬体を越えるかも知れない。

 

「フジも700kg近くでかなり凄いと思ってたけど、仔馬の頃はクロマツ程じゃなかった」

 

「あとは、ちゃんと走れるかだな」

 

 二人が懸念するのはクロマツが今後、競走馬として活躍できるか否かである。

 母親が競馬であれほどまでの偉業を成し遂げたのだから、その子供であるクロマツにも活躍してほしいと言う願望が関係者一同にはあった。

 

 バンセイフジ。現役時代は19戦19勝、無敗で七冠馬に至るという恐るべき戦績を作り上げた絶対無敵の女傑。

 牝馬の身で牝馬三冠ではなくクラシック三冠に出走し、並み居る競走馬達を全て後方へ千切り捨てて12年ぶりに三冠馬になったのは今でも語り草だ。その後も天皇賞を春と秋、有馬記念を2回制覇し、バンセイフジは日本競馬史上最大の伝説を作り上げた。

 体重680kg、その巨体に加えて屈強な筋骨で形作られた馬体の雄大さ、雄々しさは並の牡馬が可愛らしい牝馬に見えてしまうほどに勇ましく、牧場内やトレーニングセンターでは、バンセイフジが進む先にいた牡馬達が自ずと道をあけていく。

 その有り余るほどの強さに競馬ファン達はこのまま海外への遠征も視野に? と期待されたが、彼女は海外へ挑戦はしなかった。

 「海外進出は、彼女の子供へと託します」と当時の厩舎の人や騎手、そして馬主が話し合って発表し、バンセイフジは当代国内最強の栄光を保持したまま有終の美を飾って引退し、繁殖牝馬入りした。

 

 そうして産まれた待望の第一子がこのクロマツなのだ。

 父親もまた競馬を嗜むものなら誰もが知る至高の名馬であり、バンセイフジの前の代の三冠馬だ。それらの血を引いたクロマツには関係者一同が一層の期待を寄せるのも無理からぬことであった。

 

 

 

 そんな人間達が心配と期待を寄せる中、クロマツ自身も自分の出生や今後について大体理解した。人間達の会話や事務所内から聞こえてくるテレビやラジオの世情で大凡絞り込む事が出来たのだ。

 馬になってから人間以上に遠くの物音や会話まで正確に聞き取れるようになったおかげで中規模なこの牧場中の会話は筒抜け状態なのだ。今しがた谷村と杉の会話もばっちり聴き取り済みである。

 

 今の時代は1980年代初期あたり、どうやら自分は競馬界でとんでもない強さの競走馬を両親に持っており、自分もまたその世界で競走馬として活躍する事を望まれている。

 クロマツは自分が競走馬になる事については前向きだ。むしろ今世で就職先が早々に決まってくれたことに感謝すらしていた。人間時代に就職難に見舞われて苦労したからこその感性である。

 加えて、元々生前から体を動かしたり鍛える事が結構好きだった事と、馬となったこの身がどこまで競馬のレースに通用するのか挑んでみたい気持ちがあった。

 

 ただし馬、特に競馬なんて前世の頃からほぼ無知に等しいクロマツにとってはそこで活躍していた競走馬の名前なんて言われた所で殆ど知らない。

 競馬の馬についての認知具合なんてナリタブライアンと何かインパクトの名がついた馬がいるらしいくらいだ。しかもその馬達が何年に活躍したのかなんて全く知らない。あとは漫画でマ○バオーなる四足歩行のムー○ンみたいな奴がいるくらいか。

 

 自分を産んだ母馬に関しても同じだ。しかしそう言われてみれば他の馬よりも一回り以上大きく、体つきも素人目に見ても筋肉がとても発達していて逞しく、顔つきも他の馬と比べると非常に勇壮に見える。成程、レースで活躍した馬と言われれば得心できる雄姿であった。牝だけど。

 その貫録が故か、馬房と放牧地等を行き来する際、遠くに牡馬達がいて母馬を目にすると『姐さん、おはようございます!』と、きびきびとした態度で凄みのある挨拶をしてくる。人間の時は気付かなかったが、動物同士でも会話ってあるんだなとクロマツが気付いたのは此処だけの話。

 いやどこの極道の女主人じゃいとクロマツは内心ツッコんだが、この牧場内の馬の中でのヒエラルキーは間違いなくトップに君臨しているのが理解できた。多くの大レースという修羅場をくぐり抜けて来た王者の風格が、他の馬を自ずと従えさせているのか。

 

 性格の方はというと、あまり多くを語らない寡黙な馬だった。だが、冷たい馬ではなかった。

 クロマツが腹が空いたので母乳をもらおうと近づけば、その意図を察したバンセイフジは黙って乳房を目の前に出して吸わせ、側にいても表情に嫌悪の感情が浮かべない事から、自分達とは全く違う毛色で産まれたクロマツに対して親であろうとする気概が垣間見える。親としては静かに仔を見守り、必要とあらば口出しするというスタンスでいるようだ。

 この牧場での暮らし方も最初に教えてくれたのもバンセイフジだった。言い方は極めてそっけないが、分からない事があって質問しても嫌な顔一つせずしっかり教えてくれる。

 他の馬達に対しても横柄な態度をとる訳でもなく、放牧地で仔馬達が元気にはしゃいでいるのを視界に入れても変な事をしない限りは特に何もしない。

 

 

 だが、ひとたび怒りだすとその容貌を裏切らぬ迫力と威力だった。

 先日、割と最近牧場に入った2頭の繁殖牝馬が放牧地で自分の仔馬そっちのけで喧嘩をして騒いでいた時だ。

 一緒に放牧地に出されていた牝馬や仔馬達、そして自分の仔馬達が怯えている中、同じ放牧地にいたバンセイフジがずしずしと2頭の元へと近付いて一喝。

 

『やかましいぞ貴様らーーッ!!』

 

 人間側からすると馬とは思えぬ猛獣の如き叫びに加え、顔面に血管を浮き上がらせて地獄の鬼のような凶相を浮かべるものだから、牝馬二頭は酷く怯みまくり、更にバンセイフジは2頭に頭突きを叩き込んで尻餅をつかせた。

 腰を抜かしたように立ち上がれず完全に委縮した2頭を見下し、荒々しい鼻息を一つついて元いた場所へと戻っていくバンセイフジ。

 それ以降2頭は大人しくなり、双方が顔を合わせても喧嘩をする事は無く、バンセイフジが通ると慌てて挨拶をする様になった。

 

 牡馬でも、ナニが引っ込む、ド迫力。

 そんな母の姿を見て未だ仔馬のクロマツも思わず姿勢を正してしまうくらいには凄かった。

 人間の会話を盗み聞きしてみるに、そういった事を前から続けていたらしい。今では牧場の馬達は誰もが彼女を群の絶対的なボスの様に敬い、人間達も競走馬時代の功績云々を抜きにしても彼女の扱いには他の馬より神経を使っていた。

 そのような馬の胎から産まれたクロマツも、他の馬達から戦々恐々とした目で見られていたのは、外見や産まれて間もなく機嫌悪く唸り散らしていたのが原因だけではない、と思う。

 

 

 続いて父の方はと言うと、此方もまた相当に有名な名馬らしい。此処にはおらず、どこかの牧場で暮らしているようだ。

 なんでも、日本競馬の歴史では史上初の偉業を成し遂げるほどに強く、その功績から神馬と称えられるほどだったとか。クロマツと言う名前も、その父の幼名からちょっとあやかっているのだそうな。

 

 そうやって両親の功績などを整理してみると、自分はとんでもない血統の持ち主として産まれたのだと気付くクロマツ。更に母バンセイフジの曾祖父母も相当に凄かったというのだからなおの事。

 そりゃあ競走馬として期待される筈だ。聞けば両親ともに日本国内では大スターみたいな扱いだったらしいので、話題性も十分、あとは才能を受け継いでくれればさぞかし見栄えのいいニューヒーローが誕生するであろう。

 

 逆に、これでレースで大負けすれば末代までの恥になりかねない。最悪期待を盛大に裏切った報いで馬肉行きになる可能性すらチラついて見える。

 両親の威光をプレッシャーと感じるのは甚だ気に入らないクロマツだが、むざむざ負けるような情けない馬にだけはなりたくなかった。

 なればこそ、きたるレースに向けて行われるであろうトレーニングに耐えられる肉体を作るべく、今はしこたま食べまくって資本となる肉体の形成に徹する所存であるクロマツ。幸い、横に太らず縦に大きくなってるのでこの行動に間違いはない筈。

 ただ、日に日に体が大きく成長する自分を見るたび顔面が引き攣っていく牧場のスタッフ達曰く、異常な成長スピードらしい。近い内巨馬で知られる母バンセイフジすら越えるであろうとすら推測されているとか。

 

 成程、つまりこの身は恵体である、ますます競走馬として活かさない手はない。とは競馬を知らないクロマツの所感。

 同年代の仔馬達が小さく見えたので疑問に思っていたクロマツだが、人間達の会話を聞いて得心する。

 多くのスポーツにおいて体格が良い事はプラスに繋がる。競馬であってもその法則は適応されるだろうから、このスタイルで日々を暮していればいいと前向きにとらえていた。

 おかげで他の仔馬達からはやたらビビられまくり、視界に入った瞬間悲鳴を上げて逃げられるが、今の所他の馬達と必要以上に仲良くする気もないクロマツは気にしないでおく。

 

 

 

 

 

 そんな風に日々の暮らしをルーチンワークの様に過ごしていく内に、季節は秋へと移り変わる。クロマツは母バンセイフジとの別離の時が近付いて来たのだ。

 

 産まれた仔馬は半年程経つと、強制的に母馬と引き離されて暮らすようになるのがこの業界のルールらしい。

 クロマツは成人した社会人としての人格と記憶を持つが故に、今更今世の母と離れるからと言って寂しがるような感性は持ち合わせておらず、人間達の会話からその話を盗み聞きした時も「ほう、そんなものか」と感心する程度で流していた。

 

 だが、これまでの暮らしでバンセイフジには色々と世話をしてもらっていたのも確かであり、それに対して感謝の念があるのも確かであった。

 なのでせめて別れるのなら、礼の一つでも言わねば失礼であろうとクロマツは事前に声をかける事にした。

 

 

 クロマツは現在、母バンセイフジと同じ馬房で暮らしている。

 それも只の馬房ではない。母バンセイフジの巨体に加えてその子供も同じくらいでかくなるのでは? という懸念が浮上し、普通の馬房では手狭になるであろうと予想され、馬主の出資のもと隣の馬房の壁を解体して一つに纏めた大きな馬房になっているのだ。

 

 結果、部屋を大きくして大正解だった。

 バンセイフジの仔クロマツは、人々の予想をはるかに上回る成長を遂げ、その頃には既にバンセイフジを越える800kg台というサラブレッドにはあり得ない巨体にまで成長し、母を見下ろすまでに大きくなっていたのだ。

 このクロマツの異常な成長度合いに牧場内の関係者一同は慌てて血統を再確認。まさか本当にばんえい馬の血でも混じってるんじゃないだろうなと調べてみても、遥か過去の血統までサラブレッドで埋め尽くされているので、すくすく大きく成長しまくったクロマツの姿に全員が困惑した。

 そんな中、馬主のバンセイグループ代表取締役社長の万世 楽之助(ばんせい がくのすけ)はクロマツの巨体を見て仰天した後に破顔して大笑い、「これぞまさしく俺の思い描いた夢の名馬よ!」と大層気に入っていたので今の所問題はない。

 

 傍から見ると生後6か月の仔馬と母馬とは到底見えない光景であり、一緒の馬房に入っている姿が非常に違和感を与えていたのでスタッフ達の間では「もう離しても良いんじゃね?」という話も出たが、大人しく一緒にいるので一応一緒に暮らさせていた。

 

 

『母よ』

 

『何だ』

 

 クロマツの呼びかけにバンセイフジが手短に答える。

 クロマツとバンセイフジの間でこれまでに交わした会話は、およそ母子同士の温かさはなく、口調も相まってまるで口数の少ない大人の男同士の会話の様相を呈していた。しかも話す内容は精々がこの牧場で暮らすにあたってのルールだとか、そう言った事務的なものばかり。

 元々バンセイフジが寡黙だったと言うのもあるし、クロマツも前世の頃から似た傾向があり、今世において今更母親に甘えたがる気持ちも湧かず、かといって子供ぶって近付くのをクロマツ自身が気味悪がってしたがらなかった事からこの様な関係が出来上がっていたのだ。

 バンセイフジを母と簡潔に呼ぶのも、二度目の生を受けたからかお母さんやお袋と呼ぶのが妙に言い辛く、熟考の末に捻りだされた呼称だった。

 

『人間達が話していたが、近々俺と母は別れて暮らすようになるらしいな』

 

『それがどうかしたか』

 

 まさか母親と離れるのが寂しいとでも言うのか? と言外に含めた疑念を、怪訝な眼差しに乗せて見上げる様に向けてくるバンセイフジに対し、生後6か月にして母の巨体を越えた息子が鼻を鳴らす。

 

『貴女には世話になった。だから礼の一言でも伝えておこうと思った。それだけだ』

 

 思えばこの母馬はよくぞ自分を息子として面倒を見て来たものだとクロマツはつくづく思う。

 母や父、ひいてはその両親どころか他の馬でも見られない様なベンタブラックめいたどす黒い体毛を持ち、異常な成長速度とサラブレッドを上回る巨体、産まれてこの方子供らしい態度を一度たりともとらず最初の数日以外は物静かに過ごしていたその言動。

 他の馬と違う点が多いクロマツは明け透けに言ってしまえば異常な存在だった。もしバンセイフジ以外が母馬だったら気味悪がって相手をしなかった可能性があったかもしれないとスタッフ達が話していたのをクロマツは盗み聞きしていた。

 クロマツ自身もそれは時間の経過とともに自覚するようになり、どこかで子育てを放置される事も想定していたのだが、バンセイフジは今に至るまで彼女なりに母として接し続けてきた。

 彼女はクロマツにとって、馬としての生を与えられた自分にとってどうやって馬として生きていけばいいのかを教えてくれた先輩であり、間違いなく自分を育てた母でもあった。

 

 

『お前も競争馬になるのか』

 

 クロマツの言葉を静かに聞いていたバンセイフジが、おもむろに訊いて来た。

 

『そのつもりだ』

 

 二頭の会話はおよそ母子が別れを惜しむものではなかった。

 だが、クロマツは何となく、母が何かを我が子に伝えようとしているように感じる。

 

『……もし、お前が私に何か報いたいという気持ちがあるのならば――』

 

 バンセイフジがクロマツと正面から向き合うように態勢を変えて見つめてくる。

 競走馬を引退して繁殖牝馬になってもなお衰えぬ筋肉で覆われた680kgの馬体と、馬に似つかわしくない睨みつける様な鋭い眼差しは他者を竦み上がらせるが、その眼には厳しくも肉親としての情が垣間見えたようにクロマツには感じられた。

 

『――私を越えろ。このバンセイフジを、そして全ての競走馬の頂点に立て』

 

 クロマツは突然言われたスケールの大きな話に僅かに眼を見開く。

 

『この国から遥か遠くの地で、世界で一番早い競走馬を決めるレースが存在するという。私は無敗でこの国の最高位のレースを六つ制し、そのレースへの挑戦も視野に入っていた……だが、私は引退して仔を産む事にした』

 

 何故だかわかるか? そうバンセイフジはクロマツに問うも、クロマツは「分からん、何だ?」と答えて続きを促した。

 それを承知の上か、バンセイフジは気にする事無く答えを明かす。

 

『お前やその後の兄弟達を産み、その夢をお前達に託すためだ。そして我々競走馬は、レースで勝利を手にするのと同じく血を次の世代へと繋げる事も大事な使命とされている。……あの時は引退する事に未練があったが、同時にあそこが潮時なのだとも、何となくだが私の直感は告げていた』

 

 今まで語られる事の無かった母の述懐。

 これまでバンセイフジはクロマツへこのように自分の過去や競走馬としての栄光を話した事は一度も無かった。

 もう過去の事と割り切って興味が無いのか、と思われていたが、こうして打ち明けたのは親子の別れが近付いて、己が子に何かを伝えたかったからか。

 眼を閉じながら世界への挑戦を捨てる事になった僅かな未練を滲ませていたバンセイフジだが、再び鋭い双眼で我が子を見た。

 

『……初めて産んだ仔だが、お前になら託しても良さそうだ。私と、私に関わった人間達が目指そうとした夢、その気があるのなら目指してみせろ』

 

 フンっと鼻息をひとつ鳴らすとバンセイフジは鋭い目をそのままに、口元で僅かに笑みを浮かべた。

 

『――――まぁ、色々と講釈を垂れたが、要は子が親を越える事、それが子が親に対する最大の孝行だ。それに勝る喜びは無いのだ、息子よ』

 

 

 

 その翌日、バンセイフジは今ある馬房から離れた馬房へと移され、親子の離別は完了する。

 クロマツは母馬が別の馬房へ移るその後姿をじっと見た後、彼女の姿が見えなくなるまで、例えスタッフ達が動かそうとしてもビクともせず、頭を深く下げ続けていた。




かあちゃんすごい(小並感
当初は何の実績も残さないただの繁殖牝馬で終わる予定だったのですが、設定した彼女の血筋とか見ていると勿体なくなり、気が付いたら皇帝より先に日本競馬の歴史を切り開いた怪物馬になっちゃいました。これに種付けした勇者(種牡馬)がいるらしいぞ!?

母者「さあ種を寄越せ! このバンセイフジが強い子を産むためのな!!」

種牡馬「お、おわー!?」


そんな母者の血統は下記の通りです。

バンセイフジ(1976年~)
父セントタイム(1967年 鹿毛) ※架空馬
父父セントオー(1949年 鹿毛)
父母ダーリングクイン(1958年 栗毛)

母ツキカゲ(1958年 黒鹿毛)
母父ヒンドスタン(1946年 黒鹿毛) 
母母イチジヨウ(1950年 鹿毛)

曾祖母○○○○ (1940年~1964年 栗毛)
曽祖父○○○○○○(1938年~1965年 黒鹿毛)
曾祖叔父○○○○○○ (1948年~1951年 鹿毛)


血統の理屈とかあまり分かっていない人間が考えて書いた内容なので「競馬を無礼るなよ」とお叱りを受けそうでヒヤヒヤしてます。
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