死の支配者/大地の支配者   作:海月坊主

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キリが良いところまで……と思いながら走った結果えらい長くなりました。


【第二話】親心と今後の方針

「さあ、着きましたよ……」

 ゴクリ、と喉を鳴らした──い衝動に駆られた──モモンガは宝物殿にアセナ、ぶくぶく茶釜、ペロロンチーノを連れてきていた。事前に毒への耐性を付与する装備を持たせ、金貨や溢れ出したアイテムを保管する広間にはギルドメンバー、タブラ・スマラグディナの姿があった。

「あれ、タブラさん!?」

「嘘、ここで待ってたの!?」

「流石は私の同志です……」

 と、三者三葉の回答をするが、モモンガは三人の前に右腕を出して制し、眼前のギルドメンバーに呼びかける。

「勤めご苦労。パンドラズ・アクターよ、本来の姿に戻れ」

 すると、【脳喰い(ブレインイーター)】の姿は形を変え、黄色の軍服に茶色のコートを羽織った卵顔が現れた。

「ぅモモンガ様ぁ! このパンドラズ・アクターッ、創造主である貴方様及び至高のぅ御方々であらせられるぶくぶく茶釜様、ペロロンチーノ様、そしてアセナ・F・ミゼーア様のご到着をぃ今か今かとお待ちいたして──ぅおりましたっ!!」

(ぐっふ……!? やめろっ! やめてくれ!! 皆の前でその面妖な──当時はかっこいいと思っていた──動きと濃い喋りをやめるんだ!)

 ビシッ! と──靴は鳴らしていたが──全身から効果音が鳴りそうな敬礼を取る我が子の姿を見て、突如膝から崩れ落ち右手を顔に当てるモモンガに三人が駆け寄る。

「モモンガさん、まさかアンデッドにも効果のある毒が!?」

「そんなものある訳ないでしょ! どうしたの、本当は疲れがたまってたとか?」

「あー、諦めましょう? あはははは……」

 おい、最後の一言は忘れんぞ人狼と思いながらヨロヨロと立ち上がる。ここからの行動は早かった。

「いや、私は大丈夫だ。パンドラズ・アクターよこちらへ来い」

「えっ、それは壁ドン……」

 宝物殿の壁に我が子、パンドラズ・アクターを追い詰め髑髏の顔に浮かぶ深紅の双眸をギラつかせる。

「パンドラズ・アクターよ、宝物殿守護の任ご苦労。だがなぁ、ソレは違うよなぁ?」

「はっ、ありがたきお言葉でございます! ですがソレ……? それとは……?」

 額に手を当てキョロキョロと遠くを探す様な仕草をするパンドラズ・アクターを見て、モモンガは再び精神の鎮静化が成される。

「それだ! その大仰な動き! 舞台人染みた──いや、昔の俺がかっこいいと思っていたこってこての語り!!! 一万歩譲って俺の前では良しとしよう。だが、俺と二人きりでない状況でのソレはやめるのだっ!!」

 最早支配者然とした一人称すらかなぐり捨てて最大限の妥協案を口にする。ゆくゆくは自分の前でも黒歴史的行動は慎んでもらいたいが、短時間でパンドラズ・アクターを納得させるにはこれしかないだろう。

「はっ、つまりは『本当のお前を見せていいのは俺の前だけなんだからねっ』と言う最上級の取り計らいを頂戴したということですね! ……ぽっ」

「ぐっ!? ……ふーっ、ふーっ……」

 俺はツンデレかっ! その解釈はおかしい!! とせり上がってきた言葉を鎖骨辺りで留め、頷く。

「そ、そうだ。良いな? 本来のお前は私だけのものと知れ」

「このパンドラズ・アクター、感激の極みにございます!」

 敬礼を行うパンドラズ・アクターを解放し、三人のもとへと戻る。

「お待たせしましたー。こちらが私の創造したパンドラズ・アクターです」

「改めまして、至高の御方々様。私、宝物殿の守護を仰せつかっております、パンドラズ・アクターと申します。今後ともよろしくお願いいたします」

 深く一礼をするパンドラズ・アクターに安堵しながらモモンガは奥の扉を見やる。

「パンドラズ・アクターよ、我々はぶくぶく茶釜さんとペロロンチーノさんの装備を回収に来た。宝物殿に変わりはないな?」

「はっ、異常はございません。また、宝物殿のアイテムについては入念な手入れを行っております」

 ここだけは譲れないのだろう、パンドラズ・アクターの敬礼を黙認しながら、一行は宝物殿の奥、霊廟に座するゴーレムからの装備品回収を行うこととする。

(えーっと、確か……)

 不明瞭な記憶を辿りながら、門を開く合言葉を唱え霊廟に入ると、そこには39体のゴーレムが安置されていた。その一体一体がかつてのアインズ・ウール・ゴウンのメンバーの最強装備を身に纏う宝物殿の最後の砦である。

「モモンガさん……」

「私、感動しちゃった……。これからは私たち姉弟も一緒だからね」

「はい。……では、装備を」

 姉弟の言葉に熱くなるものを感じながら、二人を促す。無事、装備の回収を行った後、宝物殿にてアセナからモモンガとぶくぶく茶釜へある提案がなされた。

「ところで、私たちはアバターの姿のままですけど、モモンガさんと茶釜さんは何かと不便じゃありません?」

「うーん、今のところはそう感じることはないけれど、今後の事を考えたらあり得るかもねぇ」

 実のところ、モモンガも支配者としてこのナザリックに君臨するにあたってアンデッドの姿というものは都合が良かった。何よりも、精神の鎮静化が起こるこの体であれば守護者たちNPCの前でボロが出ることはないだろうからだ。

「ほら、ナザリックって食堂があったじゃないですか? 私やペロちゃんは食事が必要ですけど、お二人はどうなのかなーって」

 茶釜と顔を見合わせたモモンガは揃って同じことを言う。

「お腹が空くなんて、ゲームです(だ)しそんなー」

 今度はその言葉を受けたアセナとペロロンチーノが互いに顔を見合わせていた。暫くして二人は頷き合うと、ペロロンチーノが恐る恐る言葉を紡ぐ。

「ね、姉ちゃん、モモンガさん、俺とアセナさんはその……空腹や疲労を感じてるんだ」

 その言葉に片や骸骨、片やピンクの肉棒という表情の分からないトップ2は──当然分からないが──目を見開く。ユグドラシルの状態として存在する空腹や疲労ではなく、生物としてのそれを感じている? いや、アルベドをはじめとするNPCたちが生きている様に活動するこの状況。或いは、生きているよう、ではなく本当に──。

 改めて自身の身に起こった精神の鎮静化に思い至る。あの現象も、アンデッドであるから起こっていると仮定した。となると、疲労や睡眠、食事の有無は種族によって異なると考えていいだろう。自分はアンデッドであるから先の三つについては不要としても、アセナやペロロンチーノ、恐らくは消耗しにくいだけであってぶくぶく茶釜も、これら生物として必要な休息は必須なのかもしれない。

(食事……か)

 ナザリック第九階層に存在する食堂に四人が集まった光景が頭に浮かぶ。ぶくぶく茶釜が何を食べるのかは分からないが、アセナとペロロンチーノがそれは美味しそうに食事を口に運ぶ様を想像し、少し物悲しい気持ちになる。

「俺の方は状況に合わせて考えます。茶釜さんも、種族として疲れにくい特徴があるだけかもしれないので注意してください」

「あー、なるほどね。でも、そうなると私の食事って……」

 恐らくは生物を生か死肉で、だろう。ピンクの肉棒は器用にプルプルと震え、自身の危機に声を荒げる。

「はい! 私、人化できません!」

「それなら、私がいくつか持ってるアイテムをお貸ししますよ。最初の頃に集めまくったんですよねー」

 なるほど、アセナのギルド加入の経緯であればそれも無理はないだろう。一同納得し、茶釜とモモンガはありがたくアセナから人化のアイテムを借り受けることにした。

「さて、そろそろ時間ですし、今後の予定だけ決めましょう。これから、第六階層の闘技場で各階層守護者とリュコスとの顔合わせを行います。メインは俺が喋りますが、何かあれば全然発言してもらって大丈夫です」

「はい、モモンガさん。多分、リュコスはかなり頭が切れると思う。誰かと一対一の話をする状況が生まれれば、ボロが出るかもしれない。まずいと思ったらすぐに私に話を振ってください」

 えー、どんな奴だよ……。という言葉が三人から漏れ聞こえそうになるが時間はもう迫っている。今更リュコスの設定を聞く時間もない。ここは場当たり的にでもアセナに話を振るのが正解だろう。

「分かりました。茶釜さんとペロロンチーノさんも、思ったことがあれば言ってくださいね」

「オッケー、任された」

「ふふん、さっきみたいなお姉さんではないわよん」

 それぞれが指に嵌めたリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンをモモンガに見せるように翳す。

「ふふ、それは重畳……。では、行くぞ」

 気分が僅かに高揚し、ロールプレイをしながら闘技場へと転移するのだった。

 

◆◇◆

 

 ナザリック地下大墳墓第六階層円形闘技場──随所に〈永続光(コンティニュアル・ライト)〉の魔法が掛かり、白い光を放っている。観客席にはゴーレムが配置されているが動く気配はない。

 「あれ、誰もいない……?」

 かつての1500人の大侵攻以外では、どんなに屈強な侵入者にも最期を与えてきたこの地は、ぶくぶく茶釜が作成した双子のNPC、アウラ・ベラ・フィオーラとマーレ・ベロ・フィオーレの管理下のはずだ。

 他の階層守護者との兼ね合いでこの場にいないのだろうか。一行は顔を見合わせた後中央に向けて歩を進めながら、ふと空を眺める。そのに在るのは真っ黒な夜空。僅かにでも自然に触れたことで心が落ち着いた感覚がする。と、視界の端に何かが映りこんだ。

「とあ!」

 六階建てにもなる闘技場の貴賓席から飛び降りた影は、空中で一回転すると軽やかに舞い降りる。難なく着地して見せたその影は、自慢げな表情を見せた。

「ぶぃ!」

 両手にピースを作る、闇妖精(ダークエルフ)の少女はモモンガの前で一礼する。

「お待ちしておりました、モモンガ様、至高の御方々様」

「うむ、アウラよ出迎えご苦労」

 傍目には少年に見える彼女こそがぶくぶく茶釜が創造したNPCの一人、アウラ・ベラ・フィオーラ。モモンガは礼儀正しく接する彼女がちらちらとぶくぶく茶釜を見ていることに気が付き、創造主には勝てないなとほっこりするのだった。

「なに、積もる話もあるだろう。私たちは他の守護者たちが集うまで自由にしている。茶釜さんと話でもしなさい」

「よろしいんですか!」

 ぴょん、と微かに跳ねるアウラに茶釜は──恐らくは両手を広げているつもりなのだろう──アウラを迎える体勢を整える。

「もちろん、いらっしゃ~い。ところで、マーレはどこ?」

「あっ、マーレ! とっとと来なさい、至高の御方々をお待たせするの!?」

 アウラが振り返ると貴賓席の真下──闘技場に着地したばかりのマーレがとことこと走ってくるところだった。

「お、お姉ちゃーん、待ってよぉ……」

 暫くしてアウラの隣に並んだマーレ。双子の闇妖精(ダークエルフ)を前にして、茶釜は自ら二人に飛び込んだ。

「わあっ、ぶくぶく茶釜様!?」

「わっ! ……えへへ……」

 両脇から茶釜を抱きしめる双子の守護者の様子を見て、三人はそれぞれの感想を抱くのだった。片や、自身の創造したNPC(シャルティア)との邂逅に胸を躍らせ、片や、これから来訪する創作物(リュコス)へ不安を感じ、そして──。

(茶釜さん、良かったですね。……俺も、もう少しパンドラズ・アクターを受け入れた方がいいんだろうか)

 奇怪なポーズで両手を広げ、「さあ、ぅ御父上! 私を、この、パンドラズ・アクターめを抱きとめてくださいまし!!」と叫ぶ宝物殿の主を思い浮かべ頭を振るのだった。

 と、再びモモンガは何かが繋がる感覚を覚える。耳に手を当てると、やはりそれは《伝言(メッセージ)》であった。

「モモンガ様、セバスでございます」

「セバスか。外の状況はどうだ」

 空いた手を場を制す様に軽く挙げるとセバスとの通話に集中する。

「はっ、ナザリック地下大墳墓の外は草原が広がり小動物などの野生動物を除いてプレイヤー及び知的生命体は確認できませんでした。ソリュシャンの索敵能力を用いても同様でございます」

「ナザリックの外が草原……? 沼地ではなくか?」

 一番に気になった点を、他のギルドメンバーにも伝わるように復唱する。やはり、三人は顔を見合わせていた。

「はい、詳細は後程ご報告いたしますが丘や山などはなく、平地が広がっております。一キロ圏内の調査は終了しましたのでこれから帰還いたしますがいかがいたしましょうか」

 外の状況がユグドラシルとは異なるという点は想像はしていたが想定はしていなかった。対策を練るにしても時間と知恵がいるだろう。どうしたものかと考えていると、隣で茶釜が話しかけてくる。

「セバスは戻ってくるって?」

 小さく頷くと、ここへ来るように伝えた方がいいのではないかとの意見が出た。それに則り、セバスへ指示を出す。

「セバスよ、ナザリックへ帰還後ソリュシャンを連れて第六階層の闘技場へ来い。間もなく各階層守護者との顔合わせを行う予定なのだ。持ち帰る情報はこれからの方針を定めるにあたって非常に重要だ。各階層守護者や我々の知恵を出し合いたい。良いな?」

「はっ、直ちに帰還いたします」

 返答と共に《伝言(メッセージ)》は切れた。

 時間も丁度良い、そろそろ守護者たちが集うだろう。

「おや、わたしが一番でありんすか?」

 一同の近くに、陰でできた扉の様なものが現れる。その影から、漆黒のボールガウンに身を包んだ少女が姿を見せた。

「ちょっと、わざわざ《転移門(ゲート)》なんか使うなっての。歩いて来ればいいでしょうが、シャルティア」

「これ、チビすけ。遅れる訳がありんせん。妾はモモンガ様のお呼びとあれば例え地の果て水の果て──」

 あっけらかんとアウラに言い返すシャルティアの動きが止まる。その視線の先には、己が創造主(ペロロンチーノ)の姿があった。

 たっぷり数十秒の沈黙。シャルティアに会えば真っ先に抱き着きに行きそうなペロロンチーノが何故? と彼の方を見るとそこには、口を震わせ直立不動のバードマンの姿があった。

「おーい、弟?」

 茶釜が肉棒で弟をつつく──字面と実際の光景はまあひどい──が、反応はない。なるほど、自分の趣味嗜好を最大限に盛り込み、その愛情たるやこれ以上ないという境地に到達すると、動き、生きる創造物を目の当たりにした時に固まるというのか。普段のペロロンチーノの様子からは予想できなかった反応にモモンガとアセナもどうしたものかと反応に困っていたが、流石は姉というものだ。ぶくぶく茶釜はペロロンチーノの背をシャルティアの方へ強く押す。

「えいっ」

 数歩とことこと進んだペロロンチーノはより近くに立つ──創造主と同じく──固まったままのシャルティアをじっと見つめ、両手をパタパタと動かす。

「シャ、シャルティア。今まで淋しい思いをさせてごめんね。これからはずっと一緒だよ」

 シャルティアはそれでも固まったままで、アウラがいい加減に「不敬だ」と怒りそうになった時、途端に目に涙──アンデッドなのだが──を溢れさせた。

「ペロロンチーノ様ぁ……」

 先程のアウラに対する態度はどこへ行ったのか、見た目の年齢相当の反応をするシャルティアはペロロンチーノに抱き着いた。

「ずっと、お待ちしておりんした。ペロロンチーノ様ぁ」

「ごめんな、もうどこにも行かないからね」

 シャルティアを抱きしめ、優しく頭を撫でるペロロンチーノ。二人の様子を見て先程の自分たちを思い出したのか、アウラも温かくシャルティアを見守っていた。

 

 暫くして、各階層守護者と守護者統括であるアルベドが闘技場に姿を現す。アルベドには先だって説明していたリュコスの到着には──大雑把に50分と言ったため──数分ほどずれがあることを伝え、守護者たちを待機させるように指示を出した。それから程なくして、闘技場に深紅のドレスを纏った見目麗しい淑女が姿を見せる。

 彼女はアルベドに自らの名を名乗ると、他の守護者同様にモモンガたちの前に並ぶ。全員が揃ったことを認めるとアルベドが口を開く。

「では皆、至高の御方々に忠誠の儀を」

 一斉に守護者各員からおどけた雰囲気は消え、硬く畏まった表情が浮かべられる。

「第一、第二、第三階層守護者、シャルティア・ブラッドフォールン。御身の前に」

 守護者たちは臣下の礼を取ったシャルティアに続く。

「第五階層守護者、コキュートス。御身ノ前ニ」

「第六階層守護者、アウラ・ベラ・フィオーラ。御身の前に」

「お、同じく、第六階層守護者、マーレ・ベロ・フィオーレ。御身の前に」

「第七階層守護者、デミウルゴス。御身の前に」

「第八階層守護者名代、リュコス・G・リスト。御身の前に」

「守護者統括、アルベド。御身の前に」

 頭を下げたままのアルベドが最後の報告を行う。

「第四階層守護者ガルガンチュア及び第八階層守護者ヴィクティムを除き、各階層守護者、御身の前に平伏し奉る。……ご命令を、至高なる御身よ。我らの忠義全てを至高の御方々に捧げます」

 七つの下がった頭を直視し、モモンガは鳴らぬ喉を鳴らす。実際後ろから二人分──ペロロンチーノとアセナの──喉が鳴る音が聞こえた。

「面を上げよ」

 最早混乱するなどと言う無様は晒すまい。そう決意したモモンガは重々しく守護者たちに告げる。ザッという擬音が似合いそうな勢いで、全員の頭が一斉に上がる。

「では……まずよく集まってくれた、感謝しよう」

「感謝なぞおやめください。我ら、至高なる御方々に忠義のみならずこの身の全てを捧げた者たち。至極当然のことでございます」

 アルベドの返答に他の守護者に口を挟もうという気配はない──いや、ただ一人、ヴィクティムの名代であるリュコスの口角が僅かに上がったことをモモンガ、そしてアセナは見逃さなかった。

「我ら階層守護者各員、いかなる難行といえども全身全霊を以って遂行いたします。造物主たる至高の四十一人の御方々──アインズ・ウール・ゴウンの方々に恥じない働きを誓います」

『誓います!』

 唱和される言葉に玉座の間で抱いた不安の全てが払拭される。ただし、やはりここでもリュコスはその表情を崩すことはなかった。

 どうしたものか。ここで守護者同士──特に第八階層との不和を招いては払拭された不安も一瞬だけの事である。リュコスを咎めるべきか、決めあぐねていたモモンガに代わり、後方から声が上がる。

「素晴らしい忠誠だ、守護者たちよ。我らの意思を統括するモモンガさんも、また、我々やこの場にいないお前たちの創造主たちも鼻が高い。しかし、リュコスよ。創造主たる私はお前のその表情にどの様な感情を抱けば良い? お前はヴィクティムの名代であるはずだ。その顔は、第八階層の総意か?」

 一歩前に出てリュコスに問いかけるアセナ。茶釜が後輩と呼ぶだけあってNPC達の言う至高の御方々として毅然としたロールプレイをしている。やがて、その言葉に守護者たちもリュコスを見る。依然として、リュコスは口角を僅かに上げ、アセナを見上げていた。

「我が造物主であるアセナ・F・ミゼーア様。私は思うのです。この身全てを捧げる忠義は尊く美しいと……しかし、それは時として至高の御方々にとって我が身を対価に寛容を迫ることになるのではないかと」

 その言葉にアルベドを筆頭に他の守護者らが目を剝く。しかし、アセナはそれを手で制すと更にリュコスへ尋ねる。

「では、他の第八階層の者たちもそう考えていると?」

 『あれら』は別として、主だって第八階層で創造主の存在するNPCは階層守護者であるヴィクティムを筆頭に、桜花聖域の領域守護者であるオーレオール・オメガやルベドが挙げられる。やはり、NPC毎に忠誠心というものは変わるのか? その、四人が心の中抱いた問いを見透かした様にリュコスは創造主の問いに答える。

「いいえ、先程の意見はあくまで私の考えでございます。しかし、この思考に至るには階層守護者であるヴィクティム様を筆頭に、オーレオール・オメガ様らとのやり取りを経ました」

「ほう……」

 感心した声を上げるアセナだが、内心では冷や汗を掻いていた。自分がかくあれとリュコスに与えた設定は『飽くなき知的生命体の抱く感情への探求心と嗜虐心』。当初は対象を人間に絞ろうとも思ったのだが、ユグドラシルでは異形種や亜人種も多く存在する。そのため、知的生命体とかなり的を広げた言い回しで設定を行ったのだが、やはりその探求心と嗜虐心はこのナザリックのNPCにも向けられているようだ。

「第八階層の管理を行うにあたり、もしも不慮の事故が起きたなら──という話になったのです。強大な『あれら』です。私も他の階層に悪影響を与えるのであれば例えこの身を失うことになったとしても命を賭して戦うでしょう。ですが、万が一にもその様な事態が起きればそれは至高の御方々に対し不敬である。即ち、自らの死を持って罪を償うと仰せになったのです」

(──!?)

 確かに第八階層の管理は重要だ万が一が起きれば身を持って止めるだけでなく、失敗に対して命で償うというのか。しかし、リュコスの話を第八階層に赴くまでもなくこの場にいる守護者たちが裏付ける。自らの死を持って償うという言葉に他の六人が頷いているのだ。汗の流れない額に冷たいものが流れる感覚を覚えながらモモンガは自分──鈴木悟としての現実(リアル)を思い出す。

 ブラック企業の営業であった自分ですら、『死ぬ気で』や『これが駄目なら死ぬと思え』など言われてきたが死んだことはない。死ぬほど怒られたことはあるがそれとて所詮は盛った比喩なのだ。玉座の間でのセバスとメイドたち、そして目の前の守護者たちの忠誠心の高さはありがたい。だが、自分たちも状況がつかめない今、あって当然の失敗が起こるたびに死ぬと言われることなど望みはしない。NPCという認識だが、それ以上に彼らはこの場にいないギルドメンバーを含めたアインズ・ウール・ゴウンの子供なのだ。ここは今思ったことを伝えようとモモンガは口を開く。

「素晴らしい忠誠心ではないか。だが、お前たちの死というものを我ら四人──いや、アインズ・ウール・ゴウン四十一人は誰一人として望んでいない。ペロロンチーノさん、茶釜さん」

 モモンガに促され、左右に控えていたペロロンチーノとぶくぶく茶釜も一歩前に出る。

「シャルティア、ううん、守護者の皆。僕たちは君たちという存在を愛情を注いで生み出したんだ」

「私たちの子供に面と向かって死ぬなんて言われたら泣いちゃうわ」

 その言葉に守護者たちの目が泳ぐ。この意識だけは今のうちに弱くしておかなくてはならない。モモンガは追い打ちをかける。

「我ら四十一人とて、互いに足りぬところはある。特に今は今後の方針も定めねばならぬのだ。お前たちには多くの難行を強いる。──だからこそ死ぬな、我らの愛しい子らよ。お前たちはこのナザリックに眠るどの様な財よりも貴い至宝と知れ」

 後半は強い思いからかロールプレイを忘れて優しく語り掛けるようになっていた。守護者たちは目に涙を浮かべながら肩を震わせている。

「我らには勿体なきお言葉でございます。ですが、今後は守護者各員、益々の忠誠を以って至高の御方々に尽くすことを誓います」

『誓います!』

(うまくいったかな。でも、今の言葉って「死ぬ気で頑張ります」ってことだよな~。ナザリックをブラック企業にするつもりはなかったんだけど……)

 思わぬ形でナザリック地下大墳墓の働き方改革が課題となったモモンガであったが、まだ与える仕事も何も決まっていない。まずはこれからの様子を見て、状況に合わせた方針を取ろうと心のメモに控えるのだった。

「うむ、各員の働きに大いに期待する。して、お前たちをこの場に集めたのは他でもない今後の方針の決定とリュコスからの要望である第八階層の現状報告を聞くためなのだ。ナザリックの外はセバスとソリュシャンが調査に向かい、間もなくここに来るだろう。リュコスよ、第八階層の現状について報告を頼む」

 再びリュコスに視線が集まる。リュコスはモモンガを見据えると第八階層についての報告と、第九階層での出来事について語った。

 

 彼女の話では、第八階層は安定しているという。『あれら』による暴走の兆しはなく、管理もヴィクティムによって間に合っているとのことだった。しかし、先程も話題に上った万が一が起きた場合にはそれこそナザリックの戦力を全て投入した戦いになるだろう。ヴィクティムの名代としての提案は第八階層を隔離することだった。

「第八階層の隔離については分かった。第七階層と第九階層を繋ぐとしよう。しかし、第九階層での戦闘メイドの無力化は当時の状況を考えれば第八階層の謀反とも捉えられかねん」

 謁見を申し出るために侵入した第九階層で、リュコスはユリ・アルファを除く警戒に当たっていた戦闘メイドたちを恐慌状態に陥れ無力化したという。本人の事を考えるとアセナが創造してから第八階層に留まり一度もNPCとしての本分を果たすことはなかったのだ。また、先程《伝言(メッセージ)》でアセナからシルヴァ以外の他のNPCとの接点を考えていなかったことも聞かされた。知らぬことによる失態であれば今後起こさなければいい、知ってもらえばいいだけなのだ。だが、彼女はつい先ほど守護者らの忠誠に水を差しかねない言動をした。両手放しで無罪放免とはいかない。他の守護者と接点を持たせることができ、かつ──NPCにとっての──罰として相応しいもの。考えを巡らせていると、隣で俯くアセナから再び《伝言(メッセージ)》が繋がる。

「モモンガさん、第八階層が管理できているということであればリュコスは引き続きヴィクティムの名代ということで動かしましょう。他のNPCたちとの関係は私が責任を持って築かせます」

 リュコスをアセナの手元に置く。であればと、程度の良い罰が浮かび再びリュコスへ目を向ける。

「リュコスよ──」

「はっ。この失態、第八階層守護者名代としても恥ずべき行為でございました。今後は隔離された第八階層にて管理に励む所存でございます」

「いや、良い。お前は他の守護者との関わりを持てず、第八階層にて任を全うした身、見るべきはお前がこの失態を犯した原因であろうよ」

「と、仰いますと……?」

 恐る恐るといったように続きを促す。

「第八階層はこの私が手ずから力を蓄えさせた階層。その階層の管理は守護者たるヴィクティムに任せる。先ほども言ったが、足りぬところは多くてな──リュコス・G・リストよ。お前に改めて命じる。第八階層守護者名代として守護者統括であるアルベドの指揮下に入れ。但し、ヴィクティム付きの護衛の役目は解任とする」

「はっ」

「続いてお前の教育についてだが、アルベド。お前から見てリュコスの立ち振る舞いはどうだ?」

「はい、至高の御方々の御前に出すことに問題はないかと。ですが、戦闘メイドの前で本来の姿を晒すなど常識的な部分は欠けているかと愚考します」

 水を向けられたアルベドは即座に答える。

「では、こうしよう。リュコス、お前はアセナさんの責任の下、第八階層を離れナザリックの者たちと触れ合え。お前の姉であるシルヴァも仲介をしてくれるだろうよ。これを以ってお前の肩書は第八階層の守護者名代のみとなる。この意味が解るな?」

「はっ、第八階層に属するいち僕としてモモンガ様及びアセナ様、ヴィクティム様の名を汚さぬよう学ぶことに努めます」

 改めてこのリュコスの頭の回転の速さに内心で舌を巻く。内政ではアルベドが、軍略や外政では特にデミウルゴスが頭一つ抜けていると記憶しているが、それとは違う何かを感じる。尤も、あのパンドラズ・アクターも設定上ではナザリックトップクラスの頭脳を持つとしている。これはアセナさんに要確認だなと心のメモに書き足すのだった。

「うむ、分からぬことがあればまずはアルベドを頼れ。良くしてくれるだろう」

 鷹揚に頷き、問題解決に胸を撫で下ろしていると、良いタイミングでセバスとソリュシャンが帰還した。

「セバス・チャン、ただいま帰還いたしました」

「同じくソリュシャン・イプシロン、ただいま帰還いたしました」

 他の守護者たちから一歩下がった位置に跪き帰還を報告する二人にモモンガは労いの言葉を投げかける。

「外部の調査、ご苦労であった。セバス、ソリュシャン。早速ではあるが報告を聞きたい。ナザリック地下大墳墓の外が平原であるというのは事実なのだな?」

「はい、ナザリックの外には草原が広がり、小動物もモンスターなどではございませんでした。また、トラップや地形、環境による障害もございません。ただ一点、地形が平原である特性上、ナザリック地表部の外観が目につきやすいという問題がございました」

「ふむ、上空にも何もなかったのだな?」

「はい、星空が広がるのみでございます」

 セバスの報告に次いで、ソリュシャンが答える。ユグドラシルとは思えない環境、しかし一方で装備はその効果を発揮し、魔法も使える様子だ。このことについては後でギルドメンバーで相談するとして、セバスらの報告で取り上げられた問題点への早急な対処が求められる。

 しばし逡巡した後、守護者を見据えた。

「では、今後の方針を示す。まずはナザリック内部だが、各守護者よ、各階層の警戒レベルを一段階上げろ。何が起こるか不明な点も多い、油断はするな。侵入者がいた場合は殺さず捕らえろ。できれば怪我もさせないことが一番ありがたい。異変があれば些細なことでも構わない、アルベドへ報告するように。アルベドは報告を受けた場合は直ちに我ら四人の誰かへ報告せよ」

 守護者たちは一斉に、了解の言葉と共に頭を下げる。

 その後、組織の運営システムをアルベドに尋ね、防衛戦の責任者であるデミウルゴスと守護者統括であるアルベドの下、より完璧なシステムの構築を命じる。

「先程も伝えたが、第八階層は立ち入り禁止とする。私の許可がある場合のみ、立ち入りを許す。七階層から直接九階層へと来れるように封印を解除しておけ。次に、九階層、十階層も含んだ警備を行う」

「よ、よろしいのですか?」

 責任者を命じられたアルベドとデミウルゴスに驚愕の色が滲む。

「問題ない。こちらはアルベドと……そうだな、リュコス。お前たちを中心としてシモベの配置を行え」

「畏まりました。選りすぐりの精鋭かつ品位を持つ者たちを選出いたします。いいわね、リュコス」

「守護者統括の御指示のままに」

「内部の方針は以上だ。外部の方針についてだが──」

「モモンガさん、いいかな?」

 隣に出ていたペロロンチーノが手を挙げる。頷き、発言を許可するとペロロンチーノは外の状況に対する問題点を挙げた。

「周囲は平原ということだけど──セバス、ナザリックの地表部は目立っていたかい?」

「はっ、周囲には建造物も高さを感じる丘もなく。目の良い者であれば遠方からでも気づくかと」

「それはまずいね……」

「そうねぇ、アウラとマーレは地表部を隠すことはできる?」

 弟の意図を酌んだのか、先をぶくぶく茶釜が引き継ぐ。双子は顔を見合わせ考え込むが、しばらくしてマーレが口を開く。

「ま、魔法という手段で隠蔽し続けるのは難しいです。ただ、例えば土や植物を生やすことで周囲に溶け込ませることは可能ですが……」

 恐る恐るといった様子でアルベドとセバスを交互に見る。アルベドには怯えた目を、セバスには何かを確認する目をして。

「栄光あるナザリックの壁を土で汚すなどと……と言いたいところではあるけれど、ね。至高なる御方々、隠蔽に関してご許可を賜れないでしょうか」

「構わん。維持費用のことまで考えるとそれが妥当だろう。だが、見た目だけを溶け込ませても問題が残る、そうだな?」

「は、はい。丘がないと聞いたので、違和感が残ると思います」

「では、周囲の大地にも同じように土を盛り上げ、ダミーを作成しろ。ペロロンチーノさん、これならどうですか?」

「うん、発見は遅れると思うよ。上からの発見は、幻術があればなんとかなるかな?」

「そうですね。茶釜さん、アウラとマーレの力をお借りしますよ」

「もちろんよぉ、二人とも協力して頑張ってね!」

「はい!」

「必要なものは各階層から持ち出して構わない。各員、休息を取った後に行動に移れ。この状況がいつまで続くかも不明だ、決して無理はするな」

 守護者各員が一斉に頭を下げ、了解の意を示す。

「今後とも忠義に励め」

 再び大きく頭を下げ、拝謁の姿勢をとった守護者たちのもとから、四人は転移によって移動する。再び大きく視界が変化し、移動した先は円卓の間。ペロロンチーノ、ぶくぶく茶釜、アセナも同様だ。互いに部屋を見渡し、自らの席に着くと誰からともなく大きく息を吐いた。

『疲れた……』

 その後、ペコペコしきりのアセナを宥めギルドとしての方針を決めるのだった。




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